第三十三集:鬼哭啾啾
夜も更け、虫さえも鳴くのをやめる時間。
月光の中、朱い閃光が
それは夜空に浮かぶあの赤い星。
(……屋敷の中に逃走経路くらいは作っていそう)
悲鳴や嬌声が外に漏れるような場所で行為に及ぶはずはない。ましてや、拷問道具を
(どうせ、密室に地下に通じる階段でも作ってあるんでしょ。騒ぎを聞きつけて逃げられるのだけは困るんだよなぁ……)
わたしは空から屋敷を眺めながら、工部尚書の姿を探した。
一時間くらい経っただろうか。
血のにおいが漂ってきた。
(……残酷なお戯れが終わったんだな。風呂に行くところか。じゃぁ、入っている無防備なところでも襲わせてもらおうかな)
わたしは工部尚書の屋敷の門前に降り立った。
「な! お、お前、何者……」
なにかが爆発したような破壊音は近隣の屋敷にも響き渡った。
「な、何事……、うわあああ!」
音に驚いて集まってきた工部尚書の屋敷の人々は腰を抜かし、恐れ慄いた。
なぜなら、目の前に立っていたのは、朱い九尾の天狐だったからだ。
「い、いったい、な、何をしにここへ……」
わたしは
もちろん、傷つけはしない。縛り上げてその辺に転がすだけだ。
「く、曲者!」
さすが工部尚書。わずかながら、私兵を持っているようだ。
わたしは「兵たちには容赦なく攻撃せよ」と分身たちに命令し、風呂場へ急いだ。
「な、何が起こっている……、うわああああああ!」
風呂場から半身を乗り出した工部尚書と目が合った。
「え?」
工部尚書はほとんど濡れていなかった。
それどころか、服を着ている。
どういうことかと、風呂場に押し入ると、中には二十歳そこそこの青年がいた。
「……誰だお前?」
男はわたしを見て驚くどころか、何か虫でも診るような目で「俺は遊び疲れているんだ。どっか行け」とまで言い放った。
「……工部尚書殿、こちらの方はどなたです?」
わたしが効くと、腰を抜かした工部尚書は後ずさりながら答えた。
「む、息子です……」
「では、毎夜のごとく残虐な行為を奴隷に施しているのは息子殿ですか?」
「な! なぜ、そ、それを……」
わたしは目の前で優雅に風呂に浸かり、「お前、女だったら飼ってやってもいいぞ」と高笑いしている男に強烈な殺意が湧いた。
「工部尚書殿は、後始末をしていたんですね。そして、隠蔽を」
「し、仕方なかったのです! こうでもしなければ、息子は、息子は……。手当たり次第に、身分も気にせず
「では、あの
「双子……。はっ!
「……親子で残虐行為をしているのか!」
「ひ、ひぃぃ!」
「なぜ息子だけがしているように語った!」
すると、話を聞いていた工部尚書の息子が高笑いしながら答えた。
「それは俺が庶子だからだ! 嫡子は弟。俺は親父殿の……、今も昔も立場は違えど、遊び相手ってことさ」
わたしは怒りに身体が震えた。
「お前、自分の息子にまで手を出していたのか……?」
「ひぃぃい! そ、それは、そ、その」
簡単だった。相手は人間。
わたしは工部尚書の首に
鈍い音を立て、頭部が床に落下した。
「おお、やるなぁ、九尾。俺のことも殺すのだろう?」
「……双子を遣わせたのはお前か」
「……ああ、そうだ。もううんざりなんだよ。歪められた俺のこの人生も、何もかも」
「お前と父親の残虐行為を知っていて、脅せばすべてを白状するような奴はいるか?」
「庭師二人だ。俺と親父が殺した
「わかった」
わたしは
お湯が跳ねる。
白濁していた湯が、みるみるうちに桃色に、そして、赤く染まっていった。
わたしは湯から男の頭部を取り出し、髪を掴むと、工部尚書の頭部も掴み、騒ぎが広がっている庭の方へと向かった。
近隣の人々も集まっている。
わたしは飛び上がって屋根に上ると、庭に向かって二つ、首を投げた。
「……うわああああああ!」
辺りは騒然となった。
そして分身たちに庭師たちを捕えさせると、近くにあった柱に縛り付けさせた。
わたしはおびえる人々を前に「つかの間、お静かに願います」と言い、悲鳴を止めた。
「皆々様、御耳を拝借いたします。この屋敷は、口にするのも憚られるような悪逆非道な行いを、幾年も隠しておりました。それを今宵、この
民衆は朱い九尾の姿に怯えながらも、名家に起きた
「これより語るは、児童虐殺と遺体の損壊、そして死体遺棄の全容にございます」
わたしは商人となる庭師を指さし、この屋敷で何が起こっていたのかを、集まった人々に聞かせた。
「工部尚書殿は遥か昔より幼い奴婢を買っては凌辱の限りを尽くし、悍ましい性行為に使えなくなった者から殺しておりました。その遺体の処理を任されていたのが、そちらに縛られております、庭師の二人。この屋敷の草花が美しいのは、可哀そうな子供たちの救いを求める魂が宿るからなのではないでしょうか……」
野次馬の中には
わたしが話し終わると、人々は屋敷に向かって罵声を浴びせ始めた。
民衆が暴徒となる前に
ただ、それだけで帰してくれるはずもなく、今度はわたしに向かって矢を向け、牽制してきた。
「
「
「なぜそのような存在がこんなことをする」
「すべては次世代のため」
「次世代……。皇太子殿下のことか」
「どうとらえるかは、そちらにお任せいたします」
わたしは分身たちを解くと、
「では、ごきげんよう」
「ま、待て!」
何本もの矢が飛んできたが、わたしに刺さるはずもなく。
追われても面倒なので、崑崙山の方へと飛んでいき、追手が見えなくなったところで
今日明らかにした事件は、氷山の一角に過ぎない。奴婢でなくとも、同じような目にあっている浮浪者の子供たちは数えきれないのだろう。すべてを把握することも難しい。
犯人たちを殺せば見せしめにはなるだろうが、まったく気は晴れなかった。
風が冷たい。
服についた返り血が、染み込んで固まっていく。
ただただ、不快な夜だった。
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