第三十二集:昏天黒地
「赤い九尾の妖狐だと……?」
「そうです。ただ、妖気などは一切なく、面妖な術を使い、我らを蹴散らしていきました」
左耳が裂けている
「見られたんだな」
「左様です、英王殿下。おそらく、警備についていた英王府の兵も見られているかと」
「くそっ。赤い九尾……。まったく、不吉なあの星のようではないか」
「……
「ああ。夜空に瞬くあの
「そう考えると、まさに
「すぐに探せ。何としても捕まえて、始末せよ」
「かしこまりました。殿下」
紅師はわずかな衣擦れの音だけを残し、その場を後にした。
「赤い九尾……。赤い髪……。ははははは! まさかな。当時生まれていなかった小僧に、何が出来るというのだ。
英王はただ一人頭に浮かんだ少年を笑い飛ばし、自身が立てた計画を書き記した書籍に目を通した。
「もうすぐだ。もうすぐこの国は私のものになるのだ」
口元に笑みを浮かべ、英王は一枚の大きな紙を撫でた。
それは
☆★☆★☆☆★☆★☆☆★☆★☆
「そうですか。大変でしたね、
蒐集屋敷
「英王殿下はいったいどこまでやるおつもりなんですかねぇ」
「どこまで、というと?」
「
「……中原全部。統一国家ということでしょうか?」
「ううん、独裁国家という方が正しいかもしれませんね。それこそ、英王府ではまだ人間の兵士しか見ていませんが、そのうち
「……たしかに、そうですね。皇太子殿下が無事なうちはまだ時間があると思っていましたが、実はかなり計画は進んでいるのかもしれません」
「可能な部分は急ぎましょう。でも、我々の
「わかりました」
わたしはしっかりと頷いた。
「それでですねぇ……、
「え、いや、その前に。わたしが不在だった間、あのズナアク族の男は……」
「来ませんでしたよ。ただ、何度かお客様以外の人間の気配は感じましたけど」
「まぁ、九尾を従えることが出来そうな人物は限られます。その中で、何にも縛られず、自由に現場を引っ掻き回せるとすれば、スペンサーさんくらいでしょうから」
「光栄です」
「いや別に褒めてませんから」
「ぎゃふん!」
「まぁ、無事だったのならいいです。お仕事の話に戻りましょう」
「そうですね! お仕事というのは、暗殺です!」
「あ、暗殺……。誰のですか?」
「工部尚書です」
「それは英王派閥だからですか?」
「いえ。悪人だからです」
「そりゃ、英王に加担しているのだから、極悪人でしょう」
「それとは別に、英王でも知らない一面を持っているようなのです」
「英王でも知らない一面……?」
「やつは
「……は?」
「その人数、三十年間でおよそ百五十人。被害者の多くは十二歳にも満たない女児と男児です。外部への発覚を恐れ、どうやら屋敷内でもごく少数しか知らないらしいですね」
わたしは理性を失いかけるほどの怒りに思考を支配されそうになったが、どうにか深呼吸でそれを押しとどめた。
〈本人〉よりも精神的、金銭的、体力的、体格的、地位や権力で〈弱者〉となる者から、あらゆる暴力によってその尊厳と自由意志を奪う奴が死ぬほど嫌いだ。
その中でも特に、非のない子供に手を上げる奴には反吐が出る。
「スペンサーさんはどうやってこれを知りえたのですか?」
「生き残った唯一の双子からです」
「ど、どうやってそんな環境で!」
「この間、ある男女が訊ねてきたのです。その双子は
「ずっと復讐の機会を狙っていたってことですか」
「そのようです。本当は自分たちで殺そうとしていたけれど、工部尚書の家ともなると警備は厳重。それに、女性の方は子供を人質に取られているようなのです」
「え! それは、工部尚書に妊娠させられて産んだ子供ということですか?」
「そうです。工部尚書は女児が妊娠すると、そのまま殺すか、他の貴族に産まれた子供を売るために懇意にしている寺に預けるそうです。その寺は工部尚書と他数名の侍従しか知らないらしく、女性はどうにか子供を取り戻したいようです。売られて悲惨な目に合わないように」
「どこまでもクソ野郎ですね、工部尚書は」
「金銭よりも高価値で取引できる子供を売買しながらのし上がってきたのでしょう。尚書の中では一番裕福らしいですよ」
「殺してきます。邸に忍び込めばいいですか? それとも
「とても怒っていらっしゃいますね、
「はい。ものすごく怒っています。今すぐ引き裂いてやりたいです」
「では、
「大暴れすれば、人も集まってきますし、
わたしは願った。
子供たちの冥福と、極悪人への裁きの鉄槌を。
いや、願うなんて野暮なことはしない。
自分でやるのだ。
裁きに関しては。
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