第三十集:悪逆非道

「おい、こいつ大丈夫なのか? 変な髪色してるぞ。なんかの病気かも知れねぇ」

「病気で髪が朱くなるかよ、馬鹿野郎。いいから、先に攫ってきたやつらと同じ檻に入れておけ」

「わあったよ」

 服を掴まれ、ズルズルと引っ張られた後、勢いよく放り投げられた。

 何か衝撃が来るかと思ったが、ふわりとした清潔な香りのする布団が敷いてあるようだ。

 わたしは縄を解かれ、誘拐犯たちは檻の戸を閉めて去って行った。

「……す、翠琅すいろう様ですか?」

 誰かが小声で話しかけてきた。

 その方向を見ると、見慣れた顔が五つ、驚いた表情をしていた。

「お、たんさん。生きてたんだね。よかった」

「ああ! やっぱり! す」

 大きな声を出そうとしたので、わたしは急いで淡の口を塞いだ。

「むごもご」

「助けに来た。あまり騒ぎを起こさないようにしたいから、静かにしてくれ」

「むご!」

「了解ってこと?」

 淡は勢い良く頭を縦に振った。わたしは淡の口から手を放し、「で、他の二人は?」と聞いた。

「……殺されました。奴ら、俺らの身体を薬に作り替えるとかなんとか……」

「やっぱり。誰の為か言ってた?」

「つちなんとか……、頭領がどうのこうのと……」

「……土蜘蛛か」

「つ、土蜘蛛って……」

 土蜘蛛は朝廷にも国にも法にも縛られない人間の集団の通称。

 その勢力は年々増強しており、戦争が起こるたびに敗走兵や脱走兵を仲間に加え、略奪行為を繰り返している無法者たちだ。

「術師は見た?」

「真っ黒な外套を着てはいましたが、術師の腕にあったのは白虹はっこう教の入れ墨でした」

 白虹はっこう教は太陽を穿つ白き虹を神として崇拝している宗教で、その〈太陽〉というのが〈天子〉の暗喩なのではないかと言われ、どの国からも疎まれている宗教団体だ。

 ただ、彼らが言うには、『白虹はっこうとは太陽のごとく燃え上がる人々の怒りや恐怖、嫉妬や狂気を心の聖なる光で打ち鎮めるものであります。天子に弓ひく気など毛頭ございません』とのこと。

 現在、中原の多くの国で信仰自体は許されているため、花丹かたん国内にも一びょうだけ寺院が存在する。

「何故白虹はっこう教の紅師こうすいが土蜘蛛の頭領を治療するんだ……?」

 とりあえず、全員を逃がしてから考えようと、わたしは煌糸こうしで檻の鍵を外した。

「みんな、逃げて。わたしはあとから行く」

「でも……」

「一人の方が動きやすいんだ。頼む」

 五人は顔を見合わせながら少し悩んだ後、「翠琅すいろう様を信じます」と、音を立てないよう気を付けながら出口へと向かって走っていった。

(行くか)

 わたしは檻を抜け出し、廊下の外に立っていた二人組の首を煌糸こうしで締め上げ、気絶させた。

 薬と血のにおいのする方へと進んでいく。

(……香のにおい)

 呪術で使うものなのか、とてもにおいがきつい。

(灯りだ……)

 あまり大きくない屋敷のようだ。廊下の突き当りを左へ行くと、また見張りが二人立っていたので、わたしは同じように首を絞め、気絶させた。

(……ああ、なんてこと)

 室内には豚を解体するときのように吊るされた人体が二体。

 見覚えがある。薬黎院の仲間だ。

(臓器がすべて抜かれているのか)

 開かれたはらの中は空っぽだった。

(ここはただの作業室だ。……ごめんね。後で必ず二人の遺体は持ち帰るから)

 わたしは胸に湧き上がる怒りを抑えつけながら、さらに廊下を進んでいった。

 すると、一際明るい部屋が目に入った。

 見張りは六人。部屋の入り口を包囲するように、三方向を向いている。

(一人でも声を上げれば、気づかれるな)

 わたしは煌糸こうしで足を作ると、少し遠い場所を思いっきり踏みつけた。

「ん⁉ 誰かいるのか?」

 わたしはなおも煌糸こうしに足踏みを続けさせた。

「俺が見てくる」

「いや、必ず二人で行動しろと頭領に言われてるだろ」

「じゃぁ、見に行くか」

 二人がこちらへ歩いてきた。

 わたしは煌糸こうしの足踏みをどんどんと自分に近づけ、見張りの二人をおびき出し、声を出されないうちに煌糸こうしで首を絞めた。

「おーい、まだ戻ってこないのか? 大丈夫か?」

 一人、また一人と気絶させていく。

 ただ、部屋の入口にぴったりと張り付いている二人は、絶対に動かない命令を受けているようで、こちらには歩いてこない。

 それならば、こちらから行くまで。

 わたしは煌糸こうしで三人分の足音を立てながら近づいていった。

「なんだよ。四人とも遅かった……」

 煌糸こうしが首に食い込み、みるみるうちに顔色が赤から紫色に変化していく。

(いっちょあがり)

 わたしは入口の戸の隙間から中を覗いた。

(……移植しているのか。それも、呪術で)

 病人は胸部から腹部にかけて切り開かれており、空中には血で描かれた呪文が魔法陣のように赤く光りながら浮かんでいる。

 わたしは大仙針だいせんしんを持ち、狐面をつけると、中へと入っていった。

「何者⁉」

 紅師こうすいは持っていた短剣を構え、こちらを睨みつけてきた。

「よくもわたしの仲間を殺したな」

「……朱い髪にその膨大な力。人間ではありませんね。いったい、何者です」

 わたしは螢惑けいこくに変身した。

「きゅ、九尾⁉ ……いや、それにしては妖気など全く感じない。いったい、本当に何者なんだ!」

「お前には一生わからない」

 わたしは勢いよく顔を殴り、大仙針だいせんしんの切っ先を紅師の左耳に突き刺し、壁に固定した。

「あがっ……」

「土蜘蛛の頭領はどこにいる」

 紅師は口から血を流しながら笑った。

「早くしろ」

 なおも笑い、紅師は言った。

「だれが土蜘蛛なぞを治療すると?」

「……じゃぁ、誰を治療するつもりなんだ」

「この世は確実な書類と多くの他人からの認知によって人々を識別する。つまり、反魂のように呼び出した魂を健康な体に定着させるだけでは、貴族連中には不十分だということだ」

 遠くの方から剣と甲冑が触れ合う金属音が聞こえてきた。

「ここは貴族が己の身体を永らえさせるための研究施設だというのか!」

「ひひひ。その通り」

「いったい、誰の……」

 金属音がもうそこまで迫っている。

「早く言え!」

 わたしは大仙針だいせんしんを引き抜き、紅師の喉元に突き付けた。

「俺を殺したところで、他にも紅師はいるし、大紅師様もいる。完全な鼬ごっこだぞ」

「全員探し出して殺す」

「それはどうかな? 朱き九尾よ」

 時間切れだった。

 逃げ出さないと、兵士全員を殺すことになる。

 わたしは部屋を飛び出すと、大仙針だいせんしんに乗り、さっきの部屋に寄って遺体を煌糸こうしでくるんで飛び立った。

 後ろを振り返ると、兵士たちがわらわらと屋敷の外に出てきている。

 ただ、わたしを目視出来ていないようだ。

(あの甲冑の紋章は……)

 何度見たことか。幾度殺してやろうと思ったことか。

 憎しみが、身体中の血を沸騰させるように熱を発した。

(英王府のものだ)

 江湖の人間にまで手を出し、あろうことか白虹教と手を組むとは。

 怒りのあまり、手のひらに爪が喰い込み、血が滴った。

 わたしは兵士たちが見えなくなる場所まで飛ぶと変身を解き、手に包帯を巻いた。

 これ以上、憎しみで己を傷つけないように。

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