第二十七集:卑怯千万

 黄昏時を過ぎ、月のない烏夜うや

 両親の顔を見て、兄に会ったことで、いつも以上にやる気に満ちている。

「さぁ、螢惑けいこくの時間だ」

 わたしは朱き天狐に変身すると大仙針だいせんしんに乗って皇宮を目指して飛んだ。

「……服装も変えたほうがいいかな」

 制服で何度も変身していたら、そのうちバレるかもしれない。

 わたしは黒橡くろつるばみ深衣しんいに着替え、さらに同じ色の唐衣からぎぬを羽織った。

 今世界を照らしているのは、墨を垂らしたような夜空を彩る数多の星芒せいぼう

 皇宮の上空、焚かれている篝火は最低限のものだけ。それもそうだ。そもそもこんなにも警備が厳重な場所に、いったい誰が忍び込むというのだろう。

 わたしは自嘲気味に笑い、大仙針だいせんしんから飛び降りた。

 煌糸こうしを屋根にたらし、それを伝って降りていく。

 髪が風に攫われるようになびき、その姿はまるで炎が揺らめいているよう。

 わたしは音を立てないよう、地面に降り立ち、観音開きの黒い鉄製の扉にかかっている鍵を、鍵穴に煌糸こうしを差し入れ、外した。

 中に入ると、そこにはたくさんの戸棚があり、それぞれに設計図や材料の見積もりなどが書かれた巻物が収められている。

 目当ては新兵器のもの。目印は、赤い紐。

 わたしは物音を立てないよう、数千本の煌糸こうしを駆使して次々に赤い紐が付いた巻物を開けていった。

(……これだ)

 巻物には『開発中』の文字と、『瑞泉軍』の印が押してあった。

 内容はよくわからなかったが、爆発物のようだ。

(次は試作品……)

 その時、何かが外で揺れた。

(誰かいる)

 わたしはすぐに窓から外へ出た。

(入るときに鍵は閉めた。だから、大丈夫なはず……。あれは……)

 入って来たのは英王世子、簫 青爽しょう せいそうだった。

(こんな時間に何を……)

 巻物もすべて元あった場所に戻してある。新兵器の設計図以外は。

 青爽せいそうは手持ちの灯篭を持ち、引き出しに近づくと、何か紙を取り出して去って行った。

(……何を持ち去ったんだ?)

 わからなかったが、設計図を持ち去ったことがバレていないのならそれでいい。

 わたしは先ほどまでよりもさらに警戒しながら煌糸こうしを屋根に引っ掛けて上った。

 屋根伝いに倉庫へ向かう。

 瓦が触れ合いカチャカチャと音を立てないよう、慎重に足を運びながら。

(厄介だな)

 下には灯篭を持った青爽せいそうが歩いている。まだ、何かしようというのか。

 彼が立ち止まったのは奇しくも、新兵器の試作品が置かれている倉庫の前だった。

 鍵を開け、中へ入っていく。

(……まさか、使う気なのか⁉)

 嫌な予感がした。

 煌糸こうしを垂らし、窓の隙間から中を見ると、先ほど設計図で見た新兵器のようなものを持って立っていた。

 青爽せいそうは倉庫を出ると鍵を閉め、また歩き出した。

 外には改造された馬車が待機しており、青爽せいそうを乗せて進みだした。

 わたしは大仙針だいせんしんに乗り、後をつけた。明らかに、帰宅するのとは違う方向。

(……飛燕侯府の方角!)

 いてもたってもいられなかった。思考よりも先に、身体が動いていた。

「な、何者だ!」

 馬車を運転していた御者が声を荒げた。それもそうだ。

 朱い髪に狐のような耳に狐面。背後には九尾がゆらゆらとゆれている。

 こんなにも婆裟羅ばさらな人物が夜中に空から降ってきたら、怖いに決まっている。

「何事だ……。き、貴様はいったい……」

 御者の声にただならぬ気配を感じたのか、青爽せいそうが出てきた。

 わたしは声を発することもなく、大仙針だいせんしんを直剣に変え、馬車の人が乗る屋形部分を真一文字に切り裂いた。

「ひぇ……」

 御者は逃げ出し、青爽せいそうは何かを持ったまま地面に背中から落下した。

 わたしは青爽せいそうを蹴り飛ばし仰向けにすると、腕の中にあるものを奪い、そのまま空へと飛びあがった。

 青爽せいそうはあまりのことに固まったようにその場から動けなくなっていた。

(馬で帰れるでしょ)

 そもそも嫌いな奴だ。夜盗にでも襲われればいいとすら思うが、そうはならないだろう。

 奴も一応武人だ。この程度、なんてことないはずだ。

(これはいったい何……?)

 わたしは青爽せいそうから奪い取ったものを見ながら首を傾げた。

 科学はさっぱりだ。

 そのまま銀耀ぎんように持って帰ることにした。


 銀耀ぎんようは深夜でも関係なく光が灯っている。

 当主のスペンサーは悪魔だ。寝ることはない。

 屋敷の前に降り立ち、扉のノッカーを鳴らすと、すぐに走ってくる音が聞こえた。

「おお! さすが翠琅すいろうさん。はやかった……」

 スペンサーはわたしが手に持っているものを見て、目の色を変えた。

 それはひどく凶悪で、〈悪魔〉の目つきだった。

「それが、新兵器ですか」

「そのようです。これが設計図で……。実は、これをもって英王世子が飛燕侯府に向かっていたところを襲撃して奪ったんです」

「それは正解ですね。もしこんな都でこれを使っていたら、大変なことになっていましたよ」

「これはなんなんですか?」

 スペンサーに兵器を渡すと、彼はそれを酷く恐ろしい目つきで眺めた。

「これは……、中心にあるのは反魂珠はんごんじゅ……。おそらく、反魂珠はんごんじゅの力を爆発的に周囲に拡散するための装置か……」

反魂珠はんごんじゅって、たしか……」

「そうです。死者の霊を呼び出し、遺体に定着させ、僵尸キョンシーを術式なしに作るためのものです」

「何のためにこれを飛燕侯府で……」

「生きている人間を操るためでしょう」

「どういうことですか?」

「生きている人間に死者の魂を定着させ、意のままに操るのです。まるで、殺し合いをしたように見せかけるか、それとも……」

 わたしはスペンサーが言おうとしていることに気づき、怒りが湧いてきた。

「飛燕主師が謀反を画策しているように見せかけて、英王世子が瑞泉軍を率いて討伐する気だったのですね」

「その通りでしょうね。そうすれば、一番邪魔な軍を一族もろとも消すことが出来ますから。謀反の罪は重い。きっと、男は子供も殺され、女は奴婢ぬひにされるでしょう」

 わたしは狐面を床に叩きつけ、怒りと悔しさであふれ出る涙を乱暴に拭った。

「つまり、自分たちの邪魔になる軍を不名誉な理由を添えて討伐すれば、それは武功になるから一石二鳥だと……。そういうことですね」

「随分と卑怯な手を考えるんですねぇ、英王殿下は」

「でなければ、梅寧軍は簡単にやられたりしませんでしたよ」

 わたしは深呼吸をし、怒りを心の奥に押し込めた。

「どうやって止めましょう。試作品を見る感じ、これでは効果範囲が広すぎて、周辺の住民も巻き込まれていたでしょう。そうすれば、謀反もつじつまが合わなかったでしょうし。何故英王世子は使おうとしたのか……。いや、違う」

「どういうことですか?」

「英王が不安因子をあぶり出そうとしたのかもしれませんね……」

「つまり、わたしのことですね」

翠琅すいろうさんについて何か向こうにバレているわけではないでしょうが、まぁ、敵がいるのかいないのかを知るために、わざと世子に試作品を取りに行かせたんでしょうね」

「すみません。引っかかってしまいました」

「いえ、結果的に良かったと思います。正体不明の朱い九尾を警戒して行動が慎重になる分、こちらも準備に使う時間が増えるでしょうし」

「なるほど。それもそうかもしれません。でも、軽率でした。以後気を付けます」

「いい心がけです。とりあえず、今日はもうお休みください。わたくし、集中して試作品と設計図を調べますので」

「わかりました」

 わたしは一度外へ出て、銀耀ぎんようの壁に梅の木の扉を取り付け、幻想空域に入った。

 怒りに身を委ねてしまった。軽率だった。これがもし螢惑けいこくの姿を手に入れる前だったらと思うと、本当に自分が情けない。

 冷えた夜の空気に身をさらしながら、わたしはそっと溜息をついた。

 もう二度と、感情に惑わされないよう、心に誓いながら。

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