第二十一集:琳琅珠玉
時間が過ぎるのがいつもよりも遅く感じる。馬車の振動が全く心地よくない。
いわゆる乗り物酔いってやつだ。多分。
気持ち悪い。行きたくない。だが仕方ない。
「あとどのくらいで付きますか?」
「そうですねぇ……、はい、つきました!」
「……あは、あははは」
聞くタイミングが良すぎたようだ。着いてしまった。
馬車から出ると、見慣れた景色が広がっていた。
「……仙境は
仙力が満ちている。少し肌寒いくらいの涼しい風に、四季によって
木々はその枝を光に向かって伸ばし、根は大地に降り注ぐ霧雨を吸い上げる。
川を形作る清流は水底の石を優しく転がし、次の地へと運んでいく。
美しき
「それにしても、大きいですね……。
地上二十階、地下十五階建ての楼閣は、聖域にだけ存在する
屋根を覆う黒い瓦は
その力を使い、この
「いつ見ても美しいですね! これぞオリエンタル建築の至高ともいうべき作品です」
「建物は素敵ですけど、中にいるのは……」
「聞こえているぞ、少年」
まさに春雷、ともいうべきひくく轟く声。
振り返ると、そこには
「スペンサー、お前が紹介したいと言っていたのはこの少年のことか?」
「ええ、そうです。
わたしは自己紹介をしようと口を開いた瞬間、唇に長くきれいな指を押し当てられ、言葉を遮られた。
「……まるで幽玄の花だ。気に入った。弟子にしてやろう」
「……え」
「
「え、あの……」
「さぁ、中へ入るといい。私が
わたしは何も言う間もなく、
「わあ……」
「素晴らしいだろう、幽玄の花よ」
「あの、
他の階には科学や錬金術、魔術、妖術、仙術などの専用研究室もあるという。
「本はどこにあるんですか?」
「地下にね。最適な環境に最適な方法で保管してある。木簡も多いから、湿気は大敵なのだ」
「そうなんですね。さすがというか、なんというか……」
「
「あ、ありがとうございます」
こんなに丁寧な扱いをされることはそうそうないので、なんだか居心地が悪い。そわそわしてしまう。
「どんな九尾の狐がいい?」
「え、えっと……、
「私の、ような……? なんて可愛いことを言うのだ。ますます気に入ったぞ。本当に、弟子になる気は無いか?」
「あの、いちおう玄女様にお仕えしておりますので、その、あはは……」
「そうか……。羨ましい。玄女め」
「えええ……」
スペンサーに助けを求めようと後ろを振り返ったら、彼は天女のような艶を持つ書生と商談を始めていた。
「おお、あの書生は私の一番弟子でな。お前とは趣の違う美しさだろう」
「え、あ、あぁ……」
言葉が何も出てこなかった。女の子に間違えられることは多いが、容姿をここまで褒められることはそうないため、どうしたらいいかわからない。
「では、まず色から決めようか。さぁ、こっちへ」
わたしは染料がたくさん並ぶ階へと連れて行ってもらった。
植物のにおいが充満しているが、嫌なにおいではない。
「これは亜麻色。これは杏子色、
わたしは様々な染液が入った樽を眺めながら、ある一色の前で止まった。樽に書いてある色名を読む。
「……
「おお、良い色を見つけたな、
「わたしの髪の色に似ている気がして」
「そうか」
わたしはなぜか髪色が他の
どうやら、大隔世遺伝というものらしく、かつて血筋にいた魔女族の聖女の髪色かもしれないという。
髪色のことで困ったことも多いが、わたしはとても気に入っている。
「この色にします」
「うむ。赤い九尾の狐、天狐か……。唯一無二。なんと素晴らしい存在か!」
「あ、あの、変装ですよね? わたし、
「残念ながらしない。天狐になってくれたら弟子にできるのだがな……」
「では、
「はい。お願いします」
「一時間くらいで出来るからな。茶でも飲んで待っていてくれ」
そう言うと、
するとタイミングよく書生が一人現れ、「お茶の準備が整いました」と言って案内してくれた。
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