外伝2 残された者の気持ち

 シュヴァルとハウンドに置いていかれて意気消沈していたメルは、突然部屋を飛び出して行く。

 「メル!何処行くの!」

 ショコラはすぐに後を追うが、既にメルの姿は何処にも無かった。

 「あーもう。なんでそんなに早いの」

 いらっとしつつも、口に手を当ててすぐにメルの行き先を考え始める。

 「メルちゃん。シュヴァルさんとハウンドさんを追いかけたんじゃ?」

 エクスエルは窓に近付き空を見上げながら言うが、ショコラはその意見を即座に否定した。

 「それは無い。メルはそこらへん、分かる子だから。自分が必要無いって言われて置いて行かれたのに、それでも追いかける程馬鹿じゃない」

 「そ、そうなんですか?」

 「じゃーどこ行ったのよ」

 マエルマが、まるで他人事のように言う。

 「それが分かったらこんなに考えないって」

 「もしかしたら……」

 アリスが小声で呟いたのをショコラは聞き逃さなかった。

 「アリス。何か心当たりでも?」

 「えっ?あっ、いや……多分なんだけど」

 「うん」

 「高い所に、行ったんじゃないかなって」

 「高いとこ?なんでそう思うの?」

 「何となくだけど、メルちゃんは純粋だから、付いて行けないなら、せめて遠くから見送ろうと思って、遠くを見渡せる高い所に行ったんじゃないかなーって」

 「馬鹿と煙は高い所が好きみたいな感じ?」

 「いや、違うよ?それに、使い方も間違ってるし」

 「……あり得る」

 「えっ!?」

 「アリス、ありがと。じゃ、行ってくるわ」

 「えっ!?えっ!?」

 困惑しているアリスを置いて、ショコラは部屋を出て行った。

 「本当に行っちゃったんですか?」

 目を閉じているので、近くにいるであろう残されたエクスエルとマエルマに問いかける。

 「はい。本当に行っちゃいましたねー」

 「私達はどうする?付いて行く?」

 「いえ……メルちゃんの事は、ショコラちゃんに任せて、私達はここで、皆さんが戻るのを待ちましょう」

 「そうねー。後追った所で、何すればいいか分かんないし」

 「そうですね。祈りを捧げて待ちましょう」

 「あんたほんと変わんないね」

 アリスの提案を二人も受け入れて、静かに待つことを選んだ。



 「……んー。どこかな」

 空に上がり街を見渡しながら、ショコラはメルの捜索をしていた。

 「んー。あっ。ほんとにいた」

 メルは、街の中でも一際高いビルの屋上に居た。どこか遠くの方を見つめている。

 後ろに降り立ち、ゆっくりと近付いていき、穏やかな口調で名前を呼ぶ。

 「メル」

 「おー。ショコラか。ここが良く分かったな」

 「アリスがね。遠くを見渡せる高いとこに行ったんじゃないかって」

 「そうか。アリスは鋭いな」

 「あんたが単純なだけってのもあるでしょ」

 「酷いぞショコラ」

 二人は並んで遠くを見る。

 「で、見たかった物は見えたの?」

 「うーむ。残念ながら見えないのだ」

 「でしょうね。どっちに行ったのか分からないし、距離も分からないんだから」

 「うむ……」

 しばしの間、風の音だけが二人を包む。

 「待たなければいけないと言うのは、辛いな……」

 「……そうね」

 メルがボソッと呟いた弱音を、ショコラは優しく受け止めて、返事を返していく。

 「置いて行かれるのも辛い……」

 「うん」

 「信用されていないのも辛い……」

 「うん」

 「もっと強くなりたい……二人と一緒に歩けるように。二人の背中を預けてもらえるように。二人に、付いて来いって行くぞって言ってもらえるように」

 「うん」

 「よし。頑張るぞー」

 「……はいはい」

 シュヴァルの言葉で傷つき落ち込んだであろうから慰めに来たのに、すぐに元気になったメルの様子を見て、ショコラは拍子抜けしてしまった。

 (全く。これだったら、私来なくても良かったかもしれないなー)

 「ショコラ?どうかしたのか?」

 「なんでもない」

 「む?」

 少し機嫌の悪くなったショコラをなんでか分からないと言った表情で見るメル。

 「で、元気になったのは良いけど、強くなるって具体的にはどうすんの?」

 「うむ。ショコラ、手伝ってくれ」

 「……は?」

 突然の提案に怪訝な顔をする。

 「特訓に付き合ってくれ」

 「嫌よめんどくさい」

 「何故だ。こんなこと頼めるのショコラくらいしかいないのだ」

 「なんで私なのよ。同じ天使ならエクスエルにでも頼めばいいでしょ」

 「あやつは……愛がどうだとか言って練習にならなそうだ」

 「マエルマは?あの人だったら容赦なさそうだし」

 「マエルマは、単純に強くない」

 「あんたの方が容赦ないじゃん」

 「アリスはこんな事に誘えぬし、やっぱりショコラしかいないのだ」

 「嫌よ。他当たんなさい」

 「なーショコラ―。たーのーむー。なー」

 「いーやーよー」

 ビルの屋上で二人の子供は、無邪気にじゃれ合うような形で押し問答を続けていた。



 メッソーノの病院から姉御のいるデスシティーの病院へと移されたアメリア。その傍にはエミリーが落ち込んだ様子で椅子に座っていた。

 「アメリアちゃん。皆、仇を討ちに行ったよ。私は、行った所で役に立たないからお留守番。アメリアちゃんを見守るって言うのもあるけどね。えへへ」

 顔は笑っているが元気は無い。

 「こういう時に、ご主人様と奥様の訓練を逃げていた自分を恨みますね。まぁ、今更なんだけどね」

 寝ているアメリアの反応は無い。それでも、語り掛けるような独り言を続ける。

 「あの家には、やっぱり、アメリアちゃんがいないと駄目なんだよ。サリアお嬢様が一番寂しそうだよ。サリアお嬢様に強く言えるのは、アメリアちゃんしかいないんだからね」

 「マリアお嬢様も、いつものお掃除仲間が居なくて寂しそうだし、アメリアちゃんの手際の良さが無いから、いつもより時間がかかって、大変そうだよ。私がやれって話だけど、私がお手伝いしちゃうと、仕事を増やしちゃうからね。あはは」

 「ロアちゃん達も頑張ってるけど、でも、どこか元気ない様に見えるんだ。不思議だね。ロボットだから、そういう感情は無いのかなーって思ってたんだけど、少しずつ芽生え始めてるのかな?そうだと良いなー」

 「私もね、寂しいよ……アメリアちゃんとサリアお嬢様のやり取り、あれが無いと、あのお屋敷、ちょっと暗い気がするんだよね。気のせいかな?」

 だんだんと、エミリーの声に涙がまじり始める。

 「メルちゃんも、びっくりしてたって、サリアお嬢様が言ってたよ?」

 「……お嬢様達、もう戦い始めてるのかな?無事に、戻って来るよね?」

 必死になって抑えていたものが込み上げてきて、いよいよ歯止めが効かなくなってしまう。

 「ねぇ……答えてよ……アメリアちゃん……独り言は……辛いよ……」

 「ねぇ……目を開けてよ……いつもみたいに……叱りながらも楽しそうにしてる姿を見せてよ……」

 とうとう、アメリアが寝ている横に泣き崩れてしまった。

 病室には、エミリーの嗚咽交じりの鳴き声だけが、寂しく鳴り響いていた。

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何でも屋4 風雷 @fuurai12

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