第4話 因縁が生まれた日

 デスシティーより離れた所に別の街がある。メッソーノと呼ばれているそこは、デスシティーと違いとてもおしゃれな街並みで、観光地としても有名であり、そこに住む人々も上品に感じられる。

 「んー!ここはいつ来ても良いわねー!隣人が野蛮人のあそことは大違いですわ」

 そんな街に、パンプキン一味が来ていた。

 「それはまぁ、あの街に比べたら危険は無いでしょうけども、あまりはしゃぎ過ぎないようにしてくださいね?サリアお嬢様」

 「分かってますわよ。アメは心配性ですわね」

 (本当に分かっているのでしょうか……)

 無邪気にはしゃぐサリアを見て溜息を付くアメリア。その会話をマリアに聞かれ同情される。

 「いつもいつもお姉様がすみません」

 「いいえ。マリアお嬢様が謝られる事ではありませんよ。サリアお嬢様の自覚がなさすぎるのです」

 「まぁ……あれがお姉様ですから」

 「なーにを話してますのっ。さっさと行きますわよ」

 先頭を歩いていたサリアがくるりと振り向く。

 「エミーも。その子達に街を案内するのは良いけど、さっさと来なさい」

 三人から少し離れた所で、ロボット達に街を解説しながらゆっくり歩いてくるエミリーに言う。

 「皆この街が初めてなんですよ!教えてあげたいじゃないですか!」

 「いや、それは分かるけどね」

 そこにロボット姉妹が割って入ってくる。

 「マスター。私達へのお気遣いは嬉しいのですが、お気にしなくて大丈夫ですよ」

 「そうそう。マスターの気持ちは分かっているつもりです」

 「ねー。それに、サリアお嬢様を見てる方が、街見てるよりも楽しいしね!」

 「ちょっと!それは一体どういう意味ですの!?」

 サリアのツッコミに笑いが起こり平穏な雰囲気が広がる中、ロアが突然人混みの中を指差し、気になる事を言い始める。

 「おや?あの方々は、研究所で見かけた方々ですね」

 「えっ?なんですって?」

 指差された方向を見ると、横道に入って行く人影が見えた。

 「ロアさん。本当にその人たちだったんですか?」

 マリアが確認の為に聞く。

 「ええ。間違いありません」

 「そうですか。お姉様どうします?追いかけますか?」

 「んーそうねー……」

 サリアは、しばし考えた後

 「よし。追いかけますわよ!」

 と、元気よく答えた。

 「大丈夫でしょうか?あの研究所を見てた方々ですよね?危ないので近付かない方がいいのでは?」

 マリアが不安げにサリアに問う。

 「大丈夫大丈夫。何をしてるか確認するだけですし。そんな深く関わる気はありませんわ」

 意気揚々と追いかけて行くサリアの後ろ姿を見て

 「いつもの事とは言え、本当に大丈夫でしょうか……」

 「まぁ、ああなっては、ついて行くしかないのですがね」

 マリアとアメリアは懸念を抱く。

 「サリアお嬢様の言う事ですから。ささ、行きましょう行きましょう」

 そんな二人の背中を、何も考えて無さそうなエミリーが軽く叩き、そして押しながら強引に歩き出させる。ロボメイド達は、それに静かに付いて行った。



 「イルダ。どうしますか?まさか、あの連中がここに来てるなんて」

 サリア達が見た人影はルネリッサにイルダとデルバドの三人だった。そしてこちらも、サリア達の存在にいち早く気付き、行方をくらまそうと行動に移していた。

 「無駄な戦闘は避けましょう。万が一にも怪我を負ったり、体力の消耗もしたくありませんから」

 「そうですね。でも、あの連中は私達を追ってきたんでしょうか?」

 「私達を探しているようには見えませんでしたし、偶然だと思いますよ」

 「タイミング悪いです……何も今日じゃなくていいのに」

 ルネリッサが頬を小さく膨らませ、ふてくされる。

 「愚痴を言っても仕方ありません。とにかく、あの連中を撒きつつ、急いでこの街を出ましょう」

 「……はい」

 「ああぁ」

 三人は早足で街中を駆け抜けて行く。横道から大通り、人混みの間をすり抜けて再び横道へ、とにかく、ひたすら進んでいく。

 どれくらいか経った時、人がいない道を進んでいる時だった。

 「……そろそろ撒きましたかね」

 ルネリッサがぼそりと呟く。

 「そうですね。そろそろ、出口に向かって――」

 「そうは上手くいかないのが、人生なのよねー」

 そう言って、えだ道から出てきたのは、サリアとマリアとアメリアだった。

 「……」

 サリア達の姿を見て即座に後戻りしようとするが、そこからは、ロア、ロウ、ロワが出てくる。その三人よりちょっと離れた物陰に、エミリーが隠れるように顔だけ出している。

 「残念でしたわねー。うちには、優秀な従者がいるんですのよ」

 そう言って、ロア達の方に掌を向ける。

 「私達の目には、人体感知センサーが内蔵されてますし、この街の地図も入れて貰っていますので、どこにも逃げれませんよ」

 「……機械兵ですか。そう言えばいたんでしたね。厄介な」

 イルダは恨めしそうにロア達を見る。

 「それで、わざわざ我々を追いかけてきたという事は。何か御用がおありなんでしょう?」

 溜息を一つ付き、めんどくさがりながらもサリアの考えを聞こうとする。

 「話が早いですわね。でしたら、単刀直入で聞きますけど、貴女達、あそこで一体何をやってましたの?研究所側に助けに入るでもなく、ただ見ていたって何がしたかったんですの?」

 「我々の隊長はお優しいのです。そこまで仲がよろしくなくても部下は部下。様子を窺うだけはしてきて欲しいと言われたから見ていただけです。それ以外に意図はありません」

 「あっそ。で、あんた達は、一体何をしようとしているの?」

 「それは言えませんし、貴女達に言う必要もありません」

 「なーんか気になるのよねー。嫌な感じがするって言うのかなー」

 「それ以上は、こちら側に関わろうとしない方が身のためですよ」

 「ここまで首を突っ込んだんだから、終わりまで見届けないと気持ち悪いのよねー」

 「……引く気は無いと?」

 「くどいですわよ」

 サリアのこの言葉をきっかけに、その場の空気ががらりと変わる。

 「そうですか。ならば、止むを得ませんね」

 「皆様、お気を付けを!」

 ロアが注意喚起をするのと同時に、イルダとルネリッサはサリア達の方へ、デルバトはロア達の方へ、それぞれ一斉に動き始めた。

 「全く。どうしてこうなりますの?」

 アメリア、マリア、イルダ、ルネリッサの手にナイフが握られ、全てが交差して金属音を立てて止まる。サリアは、それを後ろで黙って見ている。

 デルバドは腕を振り上げ、目の前に居たロアに対して殴り掛かろうとする。ロア達は手首を曲げ、刃を出して臨戦態勢を整えた。デルバドの攻撃は遅く、それを容易く避けた後に、三人は息を合わせてデルバドに刃を突き立てる。

 「おや?これはどう言う事でしょう?」

 しかし、刃はデルバドの体に傷を付けることは無かった。

 「オレ二……ソレ……キカナイ!」

 腕を振り回し三人のメイドを引きはがす。

 「姉さんどうします?」

 「もうちゃっちゃと威力のある武器使っちゃおうよー」

 「そうですね。そうしてしまいますか」

 「三人共ー!駄目ですよ!街に被害が出ちゃいますから!威力高いのは抑えてー!」

 メイド達が各々に内蔵されている兵器を使おうとしたところに、離れて見ていたエミリーが注意を入れる。

 「ではマスター。一体どうすれば良いですか?」

 「えっ!?うーん……」

 エミリーは頭を抱えて考え込む。その間、デルバドの攻撃を黙って受け流し続ける三人。

 「と、取り敢えず!今はその人を惹き付けておきましょう!お嬢様達の方へ行かせちゃ駄目ですよ!」

 「はい。マスター」

 エミリーの号令で三人は意味の無い攻撃を継続する。

 「……」

 デルバドは何も言わずにそれに付き合う。

 マリア達の方は、斬ったり殴ったりの攻防をしていた。

 「お姉様どうしますか?このままやってても埒が明かないですよ」

 「いえ。むしろ、本気を出していないように見えます」

 「うーん……」

 距離が離れた隙に相談をし始める。それは、イルダとルネリッサも同じだった。

 「どうですか?リッサ。手応えの方は」

 「そこまで脅威だとは思いません。追って来ようと返り討ちに出来ます。ここで無理に倒す必要は無いかと」

 「私も同意見です。それに、装備もあまり持ってきていませんから、長引かせるわけにもいきません」

 「それでしたら」

 「ええ。さっさと帰りましょう」

 小声で話し合っていた所、イルダが突然声を張り上げる。

 「デルバド!合図を出したら、思いっきりこちらに飛びなさい!」

 「ワガッダ!」

 二人は顔を合わせる事も無く意思を通わせた。

 「それじゃ、行きましょうか」

 「はい」

 懐から拳銃を取り出しナイフと共に構える。

 「いきなり大声出して、あいつら何する気なのかしら?」

 「警戒するに越したことはありません。マリアお嬢様、お気を付けを」

 「はい」

 アメリアにイルダが接近してくる。イルダが放ったナイフをぎりぎりで躱し、そこにちょっと前までは無かった殺意が込められており、さっきまでの戦いが軽めの運動程度だったと思い知る。ナイフを構え投げるまでの速度が全然違うのだ。

 「やはり、力を隠していましたか」

 「本気で遣り合う気などありませんでしたからね」

 「でしたら、何故遣り合う気に?」

 「そろそろ、本気で帰りたくなったので」

 「そうでしたか。ですが、簡単に行かせるわけにはまいりません」

 「それでしたら、力づくで通るまでです。先程と同じように!」

 イルダが新たなナイフを取り出し、一回二回と振り回され、体を逸らして何とか躱すと、そこに拳銃の照準が額に向けられ、咄嗟に体をそれから外すように動く。

 (そう。貴女程の人なら、そうやって動きますよね)

 アメリアの動きに合わせるように、イルダは鋭い右足の蹴りをお見舞いする。

 アメリアは両手を曲げ何とかけ最初の蹴りを防御する。しかし、すぐに次の左足の蹴りが襲い掛かる。それには反応が遅れてしまい、もろに左の脇腹に入る。

 「うぐっ!?」

 よろめいて背中を見せた所にもう一度蹴りが入り、そのままマリアの方へと吹き飛び、馬乗りで覆いかぶさる。

 「マリア!アメ!平気!?」

 「……はいお姉様。アメリアさん大丈夫ですか?」

 「ごほっごほっ……はい……なんとか」

 蹴られた箇所を手で押さえながらアメリアは苦しそうに言う。二人が倒れている隙に、イルダとルネリッサはサリアに向かって走り出していた。

 「こいつら!」

 ナイフを抜きルネリッサへと投擲すると、すぐさまもう一本のナイフを袖から取り出し横に振ってイルダを斬ろうとする。だが、斬られる前にジャンプでサリアを飛び越えて、ナイフは空を斬り、投擲したナイフも弾かれてあらぬ方向へと飛んでいった。

 それでもサリアは、後ろを振り返らずにイルダに向かってナイフを後方へと投げた。

 「イルダ!」

 声をかけられたイルダが振り向きざま、飛んできていたナイフを払い落とす。

 「何年一緒にやってきてるのですか。安心しなさい」

 ほっとしているルネリッサを見つつ拳銃の安全装置を外し、デルバドの名前を呼びながら空へと向かって一発撃つ。

 それを合図にして、デルバドが足に力を込め地面を蹴る。その一蹴りでイルダ達の方へと飛び立った。

 「あら。凄い跳躍力」

 ロアは感心しつつも、両隣の妹とアイコンタクトを取り、落ち着いて三人で後を追う。

 「二人共、先に行ってください」

 イルダより少し先に着地したデルバドと、サリアを掻い潜り近くに寄っていたルネリッサに向けて言う。

 「イルダはどうするのですか?」

 「二人が逃げる時間を稼ぎます」

 その提案にルネリッサは不安顔を浮かべるが渋々納得をして離れようとする。

 「……気を付けて下さい」

 「ええ。心配しないで。リッサ」

 そこに、何かを思い出したかのようにルネリッサを呼び止める。

 「リッサ。これを銃と交換して下さい」

 「えっ?」

 イルダの方を向くと、ナイフが山なりにゆっくりと飛んできていた。

 「急ですね」

 と言いつつ、持っていた銃を投げ渡す。二つの武器が交差してそれぞれの手元へ渡る。そして、言葉を交わさず視線だけでお互いの意思を告げると、ルネリッサとデルバドは走り出した。

 「行かせるか!」

 新しいナイフを持ち、サリアが突っ込んでくる。

 「馬鹿正直に突っ込んでくるのですか?」

 イルダは右手の拳銃の銃口を向ける。

 「あんたは今、自分で一人になったんでしょ」

 「は?」

 サリアの左右と上にロア達が現れ、両腕の刃を飛ばしてきた。

 「そう言う事ですか」

 イルダは冷静に自分に向かって飛んでくる刃を二丁の拳銃で一発で確実に撃ち弾く。

 その一瞬の間に、サリアは距離を縮めつつ、持っていたナイフを投擲する。

 飛んできていたナイフを拳銃で払い落すと、十分な距離まで来ていたサリアの右の拳が顔に放たれる。ぎりぎりの所で顔を逸らして躱すと、左の拳銃を突きつけようとする。

 それは、すぐに右腕を強く当てられ照準をずらされるが、すかさず右手の拳銃を動かし始める。それも、即座に左手で腕を掴まれて止められてしまう。

 サリアが両腕はそのままに、右足で勢いよく蹴ろうとする。それを、曲げた左足であっさりと防がれたと思ったら、曲げていた部分を伸ばしそのまま蹴り上げてくる。

 避けようと思い体を逸らせようとした時、誤って両手の力を緩めてしまう。

 イルダがそのチャンスを見逃すはずも無く、地面に付いている右足を軸に回転し、サリアの顔面に後ろ蹴りを放つ。

 「いっ!?」

 咄嗟に顔の前に腕をクロスさせて防御する。顔への一撃は防げたものの、威力に押されてよろめきながら下がって行ってしまう。そこに、追い打ちとばかりに銃口が向けられ引き金が引かれた。銃弾が迫っていた時、サリアの前にロアが降り立ち、銃弾を刃で弾いてから突進してくる。

 腕を曲げた状態で銃を構えて後ろへと下がって行くイルダに、右手の刃を射出する。

 下がるのを止め、右手の銃を左に払い弾くと、左手の銃をイルダに向けようとしたが、それよりも早く左右からロウとロワが迫っており、すぐに狙いを二人に移す。

 刃を携えた腕を伸ばしてきたので、振り払って軌道をずらす。二人はすぐさまもう一方の腕に付いた刃を突きつけてくる。それを、バックステップで躱しつつ、二人の眉間に向けて銃弾を放ったのだが、当たりはしたが貫通することなく跳ね返されてしまった。

 「本当に厄介ですね。機械兵は」

 攻撃を避けられたロウが再び腕を伸ばしてくるのを軽々と避けて、横っ腹に蹴りをお見舞いして、ロワごと吹っ飛ばす。そこに、ロアが上から刃を振りかざして迫ってきていた。

 (倒せない敵をいくら相手していても無駄ですね)

 そう思いながら、タイミングを合わせて蹴りを叩き込み、さっきの二人の方へと飛ばし、合わせて来ていたサリアには、後ろ回し蹴りを放つ。顔を動かして辛うじて避けられた所に、反対の足を伸ばして襲わせる。

 自分の顔に迫る足を腕でガードした後に、お返しとばかりに同じように蹴りを入れようとする。が、こちらも同じようにしてガードされてしまう。

 「ここまでやるだなんて、正直思ってもいませんでしたわ」

 「それはどうも」

 二人は同時に相手から距離を取る。

 (もう十分時間を稼げましたかね。でも、その前に――)

 イルダは一丁の拳銃を仕舞い、別の装備に手を置く。

 「何をするのか知りませんけど、飽きてきたので、私達は帰ろうと思いますの」

 サリアの周りに、マリアやアメリア、態勢を整えたロア達が集まる。

 「奇遇ですね。こちらも、帰ろうと思っていました」

 「あらそうなんですの?じゃあ、街の外まで一緒に帰りましょう」

 「それは遠慮しておきます」

 「そうおっしゃらないで!」

 サリアが手で合図を出すと、ロア達三人が動き出す。と同時に、イルダも、手をかけていた閃光弾のピンを抜きロアの顔に投げつけ、目をつむり耳を塞ぐ。直後に強烈な光とけたたましい音が鳴り響く。

 ロボット達は回路が逝かれたのかその場に倒れて動かなくなり、サリア達も呻きながら身動きが出来なくなっている。

 (さっ、後は……)

 イルダは目を瞑ったままその場からゆっくりと横へと動いて行く。

 (確かあの人達の位置は)

 呻き声を頼りに照準を合わしていき、引き金に指をかける。

 「お嬢様達!危ないです!」

 少し離れた場所にいて被害が少なかったエミリーが叫んだ。

 「な、何が!?」

 「えっ!?何!?」

 「お嬢様……!サリア!」

 その声にいち早く反応したのはアメリアだった。それに合わさるように、引き金が引かれ、発砲音が鳴り響く。

 「ぐぁっ……!」

 「……アメ?」

 まだ目の調子が治って無かったが、自分の目の前で何か嫌な事が起こったのだけは分かった。

 (少し思ってた結果と違いましたが、まぁいいでしょう)

 治りかけていた目を開け、イルダは状況を理解してからその場から立ち去ろうとする。

 「ま、待っ……!」

 その声に振り返って見てみると、エミリーが頼りない歩きで近寄ってきていた。

 イルダは無視をして再び歩こうとする。

 「待て!」

 次に声をかけたのはサリアだった。少しずつ治ってきていた目で、何となくだがアメリアがどうなったのかを確認する。血を流し倒れているのを見て、先程の銃声の標的は自分で、それをアメリアが庇ってこうなったのだと認識した。

 「お前!顔を覚えたわよ!絶対に許さないから!追いかけまわして絶対に見付けてやる!どこに逃げようが必ず!」

 「……」

 背後から聞こえる声を聞きながら、イルダはその場を後にする。

 その背中をふらつく足を必死になって踏ん張りながら恨めしく睨んでいると、弱々しい声がアメリアから聞こえてきた。

 「お、嬢様……ご無事ですか?」

 「アメ!?私は大丈夫。貴女が守ってくれたから」

 「そうですか……それは良かった」

 「それよりもあんたでしょ!すぐに医者に見せてあげるからね!」

 サリアはアメリアを横に抱き、マリア達を置いて、街にある病院までよたよたと歩き始めた。

 「大丈夫よ。助かる。助かるからね」

 「……申し訳ございません。お嬢様」

 「喋らなくていいから!」

 「……お嬢様。お嬢様は今……何を考えていますか?」

 「えっ?」

 「余計な事を……考えているのでは……ないですか?」

 「何を……」

 感覚がだんだんと治ってきたので、徐々に足を出す速度を速めながら、ぽつりぽつりと心情を吐露する。

 「また、やってしまった……私はまた……自分の好奇心で……周りを巻き込んで……危ない目に合わせて……あの時は、シュヴァルに、マリアを殺されかけた……次は、ロアにロウにロワを一度殺された……そして、今日は貴女よ?アメ……」

 「自覚は、あったんですね」

 「……うるさい」

 「反省するのは……勝手ですが……直そうとは……しないで下さいね」

 「なんでよ。こんなの、直した方が良いでしょ?」

 「良い子にしている……お嬢様なんて……物足りないですし……気持ち悪くて……仕方ありませんよ」

 「どういう意味よそれ」

 「そのままで……いて下さい……私を……これからも……巻き込んで下さい」

 その言葉を最後に、アメリアは口を開かなくなった。

 「アメ?アメ!?アメリア!」

 走る足が更に加速する。

 「巻き込んであげる!これからもずっと!マリア達や、あんたがどんなに嫌がっても!巻き込み続けてやるから!だから……死なないでよ……」

 泣きそうになるのを必死に抑えて言葉を絞り出した。



 マリア達が病院に着きサリアを見付けると、治療室の前にあるベンチに項垂れて座っていた。

 「お姉様……」

 「……マリア」

 「大丈夫ですか?」

 「私はね……ロア達は大丈夫なの……?」

 「視界に支障が出ていまして、戦いへの参加が上手く出来ませんが、それ以外は大丈夫でございます」

 「そう……後でエミリーに治してもらいなさいね」

 「はい」

 なんとか会話をしている状態の、憔悴しきっている姿を見て、マリアは何て声をかければ良いのか分からず考えていると、エミリーがサリアの前に立ち、サリアの肩を強く叩いて説教を始める。

 「何へこたれているんですか!お嬢様らしくない!さっきのあの女性に向けた勢いは何処へ行ったのですか!」

 「……」

 「いつもみたいに、私達の事を強引に引っ張って行ってくださいよ!私達の心配も不安もお構いなしに、前を走り続けてくださいよ!」

 「……」

 「サリアお嬢様は私達のリーダーなんです!迷ってる暇なんかありません!下を向いてる暇なんかありません!早く決めて下さい!この後、どうするのかを!」

 エミリーの説教を黙って聞いていたサリアは目を見開いて少しの間固まっていたが、何かを言おうと口を開けた時、看護師が鬼の形相で怒鳴りつけられる。

 「誰ですか!大声を上げているのは!ここは病院ですよ!静かにしてください!」

 「うわぁ!すいません!すいません!」

 看護師に怒られて、ぺこぺこ頭を下げるエミリー。

 「……ぷっ!あははは!」

 そんなまぬけな姿を見て、サリアはついつい吹き出してしまった。

 「全く……」

 ひとしきり笑った後、そこにあった顔は、いつもの顔だった。

 「なんで私の周りには、私が落ち込むのを許さない人しかいないのかしら。私だって、少しくらい立ち止まったっていいじゃない」

 「好き勝手やってるんですから、我慢してください」

 「そこまで好き勝手やってたかしら?」

 「自覚がないのはいけませんよ」

 穏やかな雰囲気になり心が緩んだところでマリアが声をかけてくる。

 「お姉様。そろそろ、この後どうするか決めませんか?」

 「んっ。そうね。でも、その前に」

 「どうしました?」

 急に真剣な顔つきになると、サリアはマリアを抱きしめた。

 「心配かけてごめんね」

 「いいえ。お姉様なら、すぐに立ち直るって信じてましたから」

 「そうなの?」

 「何年、お姉様の妹をやっていると思っているんですか。アメリアさんやエミリーさんに、お姉様に関する知識で負けるつもりはありません」

 「あははは!流石!私の最高の妹だわ!」

 「はい!」

 二人で盛り上がっていると、エミリーが咳ばらいをして注意をした。

 「はいはい。えーっと、取り敢えず、何でも屋の所に行きましょうか」

 「あの人達のとこへですか?」

 「多分なんだけど、あの研究所の一件から時間経ってるし、あいつらだったらなんか情報持ってるんじゃないかしら」

 「情報を持ってるとして、素直に教えてくれるでしょうか?」

 「その時はその時よ。力尽くで教えてもらいましょ」

 「あはは……お姉様らしいやり方です」

 「さっ、街へ帰るわよ。そんで、私とマリアがあいつらのとこへ。エミーはロア達の事治してあげて。すぐに戦場へと出かけることになるでしょうし」

 「はい」

 「アメリアさんはどうするんですか?」

 「エミー。容体が安定したら、あの先生の元に連れてってあげて。あっちの先生の方が信用出来るからね」

 「分かりました」

 「悪いわね。面倒かけるわ」

 「そんな!気にしないで下さい!」

 サリア達は顔を見合わせた後、アメリアが寝ているベットを見る。

 「このままお別れなんて許しませんわよ。それに、あの世が居心地いいからって、いつまでも休日を満喫するなんて許しませんからね」

 ガラス越しにサリアは言う。

 「……行きましょう」

 アメリアを病院に残して、サリア一行は病院を後にした。



 「隊長。ただいま戻りました」

 サリア達との戦闘を終え、アジトに戻って来た所に、一足先に帰ってきていたルネリッサが心配した様子で出迎える。

 「お帰りなさいイルダ。怪我とかはありませんか?」

 「平気ですよ。二人はどうなんですか?」

 「ヘイギ」

 「大丈夫です。問題はありません」

 「そうですか。良かったです」

 三人で無事を確かめ合っていると、後ろからハイベルが近寄ってきて声をかけてきた。

 「イルダ。二人から話は聞いていますよ。大変でしたね」

 「いいえ。そうでもありませんでした。ですが、ご心配をおかけしたようで申し訳ありません」

 「良いのですよ。皆さんが無事だったのですから」

 「はい」

 安心しているハイベルの横にいたエフェルが口を開く。

 「それで、目撃者は排除したんですか?」

 「一人、致命傷を与えた程度で、それも殺せてるかは不明ですね」

 「そうか……」

 「まぁまぁ。あの人が博士へ送り込んだ兵器が敵に渡って、それが一緒になって目の前に立ち塞がったのですから、それを倒せだなんて、酷な話ですよ。エフェル」

 「いえ、私は……」

 「エフェルも心配だったのですよね?こんな事になるなら、自分も一緒に行けば良かったと思っていたんですよね?」

 「……」

 笑顔を向けるハイベルに、エフェルはばつが悪そうにそっぽを向いた。

 「隊長。あの人達は、ここに来ます。大佐達と共に」

 急に話を戻してイルダが話す。

 「断定をするのですね」

 「はい。あの女性は、仲間をやられて黙っているほど、弱くは無いです」

 「そうですか……それは困りますね」

 「ご安心を。あの者達の相手は、私がしますので」

 「それでしたら、私も手伝います」

 ルネリッサが一歩前に出る。それに続くように、デルバドも声を上げた。

 「オレモ……ヤル」

 「おや、デルバドが自らだなんて、珍しいですね」

 「オレ……テキ……タオセナカッタ……ソレシカ……デキナイノニ」

 「そんな事ありませんよ。デルバド、そんな事、言うものじゃありませんよ」

 「ウウ」

 項垂れるデルバドの腕に、ハイベルが優しく手を置く。

 「さっ。三人共、今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでください」

 二人はお辞儀をして、デルバドは短く唸るような声で返事をした後に、部屋から出て行った。

 「隊長」

 「はい?」

 三人が出て行ってから、エフェルはハイベルの前に立って話し出した。

 「どうしましたか?」

 「はい。隊長。作戦の時期、早めた方が良いかと思いまして」

 「それは、どうしてですか?」

 「大佐やあの男、それに、イルダ達が会った女性達。私の考えでは、近々ここへ襲撃しに来ると思っています」

 「……やはり、そう思いますよね」

 「はい。ですから、すぐにでも、行動に移した方が良いかと」

 「……」

 ハイベルは暫くの間、言葉を発するのを止める。それを、エフェルは黙って見ていた。

 「作戦は、早めることはせず、決めた通りの時期にします」

 ハイベルの発言を聞いて、エフェルはただ一言だけで答える。

 「了解しました」



 そろそろ夕食を準備する時間になり、何でも屋でも、その空気が流れ始めていた。

 「あーあ。もう店じまいすっかー」

 シュヴァルが体を伸ばしながら、気だるそうに言う。

 「ここにお邪魔させていただいてずっと思っている事なんですけど、何でも屋ってどうやって生計を立てているのですか?」

 「それは、ここで暮らし始めると全員が思う事だけど、考えるだけ無駄だから、考えるな」

 エクスエルの純粋な疑問を、ふわっと答えてあげる。

 「アリスー。今日の晩御飯は何なのだー?」

メルがハウンドと対戦型のゲームをやりながら聞く。

 「うーんと、作りたい物が色々あって」

 「アリスの作る料理ならどれでも歓迎だぞ」

 「そういう言葉が、一番困るんだからね」

 「おー。そうなのか」

 「ふふ。でも、楽しみにしてくれているのは嬉しいよ」

 そこに、シュヴァルが一言添えた。

 「まっ、これから、料理をする時間は沢山あるんだ。作りたいのを一つずつ作っていけばいいさ」

 「はい」

 和気あいあいとしている何でも屋に、勢いよく扉を開けて誰かが入ってきた。

 「何でも屋!いますわよね?ちょっと聞きたいことがあるんですの」

 「はいはい。どなたですか……って、お前ら」

 シュヴァルが露骨に嫌そうな顔で見た人物は、サリアとマリアだった。

 「おー。パンプキン姉妹ではないか」

 「メルちゃんやっほー。元気してる?って、なんか子供が増えてない?いや、人が増えてない?」

 「うむ。ショコラにアリス、エクスエルにマエルマだ」

 各自に挨拶を交わすと、シュヴァルが本題を聞き出そうとする。

 「おい!何しに来たんだよ。依頼でもしに来たのか?」

 「そんなもんあんたに頼む訳ないでしょ」

 「依頼をしに来たんじゃないなら帰れよ!」

 「用があるからこんな辺鄙なところに来てあげたんでしょうが」

 「来て欲しいなんて頼んだ覚えはないぞ」

 サリアはシュヴァルの方へ歩み寄ると、仏頂面で言い放つ。

 「あんた、研究所の事覚えてるでしょ?」

 「何だいきなり。最近だぞ?忘れる訳ねぇだろうが」

 「そこで、私の従者が遠くの方に謎の人影を見たって言うのよ」

 「それ、こっちは知らねぇぞ」

 「教えてませんもの」

 「おい!」

 「黙って聞きなさい!それで、その謎の人影を今日メッソーノで見かけたから追いかけて接触したのよ。そしたら、ちょっといざこざがあって、アメがやられましたの」

 「なに?アメリアがか?」

 その言葉に驚いたのはメルだった。

 「ええ。でも安心して。アメはあんなんで死ぬような奴じゃないから」

 「う、うむ……」

 サリアの「これ以上何も聞くな」という圧に押されて黙ってしまう。

 「んで、そのお前んとこのメイドの仇を討ちたいから、何か情報を持ってたら寄こせと」

 「仇だけじゃ無いけど、そう言う事ですわね」

 「仇だけじゃ無いってなんだよ」

 「ここまで首を突っ込んだんだから、最後まで結末を見届けないと気持ち悪いでしょうよ」

 「お前……そんな考えでいたら、いつか身を滅ぼすぞ」

 「お生憎様。こんな私だからこそ、慕ってくれている人達がいますのよ。あんたの心配はノーセンキューって事ですわね」

 「誰も心配なんざしてねぇよ」

 シュヴァルの発言を無視して、ちらりとマリアを見る。それに気付いたマリアは、にこりと笑みを向けてくる。その笑顔に答えるように、笑顔を返した。

 「それで、情報を持っているのかいないのか、どっちなんですの?」

 「持ってたとして、お前に教える訳ねぇだろうが。それに、お前らの事を襲った奴が、俺達となんか関係があんのかよ」

 「奴らの名前はイルダ、リッサ、デルバドって呼び合ってましたわ」

 「……」

 シュヴァルの眉が一瞬ピクリと動く。それを、サリアは見逃さなかった。

 「心当たり、有りますわね」

 「……ちっ」

 「隠すのが下手ですわねー」

 「うるせ……まぁ、そっちの事情は分かった。けど、だからって、教える気はねぇよ」

 「あっそ。だったら――」

 懐から銃を抜き、シュヴァルの額に銃口を突きつける。

 「力尽くでも教えてもらう」

 「サリア!?」

 「ごめんねメルちゃん」

 「本気かよ」

 「自分のせいで仲間を傷つけてしまって、それで黙って大人しく塞ぎ込んでるほど、私は大人しくないんですの」

 「……」

 シュヴァルはサリアの目をじっと見つめる。その瞳の中には、絶対に引かないという揺るぎない決意が見えた。

 「……ハウンド。教えてやれ」

 その熱意に負け、溜息を付きながらハウンドへ指示を出す。

 「良いんですかい?だんな」

 「ああ。自分で巻き込まれたいって言ってんだ。ただ、後の責任は知らん」

 「まぁ、だんながそう言うならいいですけど」

 「やっぱり知ってましたのね」

 拳銃を仕舞いながら、仏頂面で言った。

 「それで、何を教えてくれるのかしら?」

 腕を組み、とても偉そうにしている。

 「聞く態度がめちゃくちゃむかつきやすね」

 「気にするだけ無駄だ」

 「ですね」

 ハウンドはかったるそうに続ける。

 「良いですかい?この街から離れた所に廃工場があるんですけどね、そこに奴らはいやすよ」

 「ほんとにー?その情報は信用出来ますの?」

 「この街じゃ一番信用出来る筋の情報ですぜ」

 「あんたが仕入れた情報じゃないの?」

 「利用できる情報屋は利用しやすよ」

 「手抜きねー」

 「てかよ。情報聞きに来た態度じゃねぇんじゃねぇですかい?」

 「その情報は信用するけど、言ってるあんた達の方は信用してませんもの」

 「だんな。このアマむかつくんですけど」

 「大丈夫だ。俺もむかついてる」

 サリアの態度に、今すぐに飛び掛かってやろうかと思ったが、そこはぐっと我慢をする。

 「まぁ良いですわ。それじゃ、聞きたい事も聞けたし、帰りますわね」

 「お邪魔しました」

 「ちょっと待て」

 サリア達が扉に向かおうとした時、後ろからシュヴァルの呼び止める声が聞こえた。

 「なんですの?」

 「お前ら、その工場に行こうとしてるだろ?」

 「それがどうかしまして?」

 「勝手な行動すんじゃねぇよ。俺達だって用があって情報を集めてたんだからな」

 「だからどうしたんですのよ」

 「だから、俺達も行くんだよ」

 「えっ……付いて来るんですの?」

 「おい!何引いてんだよ!お前らが付いて来る側だろうが!」

 「付いて来ても宜しいですけど、邪魔だけはしないでちょうだいね」

 「人の話を聞け!それにこっちの台詞だ!」

 「それじゃ、出発日は後日連絡しますわね」

 「なんでそっちが主導権握ってる感じになってんだよ!」

 「てか、後日連絡ってそんなに準備に時間がかかるんですかい?」

 「女性の支度は時間がかかるものなんですの。あんた達男は大雑把だから分からないでしょうけどね」

 「男側のお前が言ってんじゃねぇよ」

 「それは一体どういう意味ですの?」

 二人が睨み合い、今にも一戦交えそうになっているのを、マリアが姉の腕を掴んで強引に連れ帰ろうとする。

 「さっ!お姉様!早く帰りましょうね!」

 「そうだそうだ!さっさと帰れ!」

 「あんた覚えときなさいよ!この戦いが終わったら、次はあんたの番だって事をね!」

 「その台詞、そっくりそのままお前に返してやるよ!」

 「それでは、お邪魔しました!」

 マリアの言葉が最後まで聞こえないタイミングで扉が閉まり、姉妹は何でも屋を出て行った。

 「ったく。騒がしい奴らだったな」

 「全くですぜ」

 「騒いでたのはサリアだけだったぞ」

 姉妹が帰った後の何でも屋は、やろうと思っていた夕食の準備をし始めるのだった。

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