第3話 もう一人のシュヴァル

 「……んっ。なんだ?」

 シュヴァルは何か違和感を感じて目を覚ます。

 「俺は、ベットで寝てたはずなんだが……」

 空も地面も赤く染まり、そのどこまでも広く続いているように見える世界のど真ん中で寝そべっていた。服も寝間着ではなくいつもの洋服を着ており、武器も携えた状態だった。

 「どうなってんだこれ?訳が分からん」

 疑問を抱きながらシュヴァルはむくりと体を起こす。

 「でも……この景色……いや、この世界、見た事あるような」

 何か既視感を覚えた時、不意に後ろから声がかかった。

 「おいおい。忘れてるなんて、悲しいねぇ」

 「……お前!?」

 振り返った先にいた人物は、まるで鏡を見ているかのようにシュヴァルに瓜二つだった。

 「シュヴァ……」

 シュヴァルはボソッと呟くように名前を言う。

 「俺の事は覚えていてくれてるのか。それは良かった」

 シュヴァは嬉しそうにけたけたと笑った。

 「お前の事、忘れる訳ないだろ」

 恨めしそうに見ながら小声で口に出した。

 「そうだよなぁ。俺を生み出したのはお前だもんな。そりゃ忘れる訳ないか。いいや、忘れたくても、忘れられないよなぁ」

 シュヴァは、ずっとにやけながら言葉を発している。

 「忘れるも何も、最近、こっちに語りかけてきただろうが」

 「あの時は、お前が死にそうになってたから、起きちまったんだよ。俺は、黙って死にたくは無いからな」

 「ふん。で、なんか用かよ。そろそろ帰りたいんだが?」

 「あーそれなんだが……」

 シュヴァの笑みが邪悪に染まる。

 「また、俺を外に出してくれよ」

 「ああ?」

 その言葉を聞いて、シュヴァルの顔が険しくなる。

 「今の世界に出すわけねぇだろうが。お前みたいな殺人鬼」

 「俺をこうなるように生んだのは、お前だろ?シュヴァル」

 「……っ」

 「忘れてねぇよなぁ?お前が願ったんだ。死にたくない!生きたい!誰か助けて!って。俺は鮮明に覚えてるぜぇ」

 「止めろ……」

 「その言葉で生まれたのが俺だ。お前は、自分の殻に閉じこもった。俺に何もかも背負わせて、お前は逃げたんだ」

 「止めろ……」

 「人を殺す感触。殺意を向けられる感覚。戦場で芽生えた物は、全部俺が受け止めたんだ。お前は、安全なところから、全部見ていただけだったよなぁ」

 「止めろ!」

 シュヴァルの突然の大声を受けても、シュヴァの顔は何一つ変わらない。

 「ひひひ。別に恨んじゃいねぇよ?感謝すらしてるんだ。俺を生み出してくれてありがとうってな。あんなにも楽しい事を俺だけに体験させてくれてありがとうってな」

 「……」

 シュヴァの事を睨みつけ、それに怯むことも無く、言い放つ。

 「だからさぁ、またあの時の気持ちを味合わせてくれよ!なぁ!シュヴァル!」

 「っ!」

 そう叫んだかと思うと、刀を引き抜きながら急接近していきなり斬りかかってきた。

 それに、刀を抜いて応戦する。金属音が鳴り、鍔迫り合いになる。

 「お前が死にかけたあの日から、俺はまた目覚めちまってよぉ。思い出しちまったんだよ。あの時の感覚をよぉ。疼いて疼いて仕方ねぇんだよぉ!」

 「ぐうっ!?」

 押されながらも、なんとかシュヴァの刀を受け流す。しかし、すぐに横薙ぎで攻撃を加えてくるが、咄嗟に距離を離しそれを避ける。

 「なぁシュヴァルよぉ。また引っ込んでてくれねぇか?あの時みたいによぉ!」

 「引っ込まねぇよ!あの時と今は、違うからな!」

 「成長したってのか?嬉しいねぇ!だったら、俺を殺してみろよ!俺に!最高の殺し合いをさせてくれ!そして、その先で、俺を殺してくれよ!なぁ!シュヴァル!」

 再び、今度は腕を交差しながら一瞬で近付いてくる。さっきよりも、動きが早くなっており、シュヴァルはそれに何とかついていく。

 刀を構え受けようとするが、斬りつけられた勢いを止められずに、後ろに派手に吹っ飛ぶ。

 体勢を崩してシュヴァの姿を見失ってしまう。すぐにシュヴァの姿をきょろきょろと探すように辺りを見渡す。

 「どこ見てんだよ!」

 後ろから声がして振り返った時には、既に刀を振り下ろしている姿だった。回避は間に合わずに胸から腰にかけて、ばってんの形に傷が付いた。

 「ぐぅっ!?」

 シュヴァルが膝から崩れ落ち、その場に倒れる。

 「安心しろ。ここはお前の心の中で夢みたいなもんだ。お前は死にやしねぇよ。ただ、深い眠りに落ちるだけだ。いつ目覚めるか分からない、あの時のようにな」

 目の前が真っ暗になっていく最中、シュヴァの不気味な笑い声だけははっきりと聞こえ続けた。



 「シュヴァル、今日は起きてくるのが遅いな」

 メルが、コントローラーのボタンを素早く押しながら言う。

 「いやー。こういう日もありやすぜ。なってったって、何でも屋には閑古鳥が住み着いてやすからね。早く起きる必要はありゃしやせんよ」

 それに、隣で同じような事をしているハウンドが答える。

 「おー。それは、余程住み心地が良いのだなー」

 「閑古鳥に懐かれてるとか、この店が何で続けられてるのか不思議でならないんだけど」

 ゲームをしてる二人の後ろから、ショコラが息を漏らしながら言った。

 「それが、この街の七不思議の一つでさ」

 「随分しょぼい七不思議ね。残りの六つも同レベルなら、世界一しょぼい七不思議で有名になれるんじゃない?」

 ショコラの前の席に座り、紅茶を飲んでいるのはマエルマだ。

 「全く。何を暢気な事を言っているのですか!やることが無いのなら、困っている人を助けに行くべきではないのですか?」

 その隣にいるエクスエルが自分のティーカップにマエルマが飲んでいるのと同じものを注ぎながら吠える。

 「いや。茶を注いでるあんたに言われたかねぇんですけど」

 「これは、お仕事があるかもしれないから居ただけです。ちゃんと、自分のしなければいけない事を終わらしてから、まだ手を差し伸べられていない人々に手を差し伸べるのです」

 「ほんと、めんどくせーのに居座られちゃいやしたねー。こんな暑苦しい神の使いの御言葉を、今後も聞かされるとなると、頭がおかしくなりそうでさ」

 「そうだな。私も天使と言えば天使だが、ハウンドと同じ気持ちだ」

 ゲームをしている二人が、ひそひそと話していると、応接室の隣にある、シュヴァルの寝室の扉が開いた。

 「だんなー遅いですぜー。いつからそんな御身分になったんですかい」

 「シュヴァルー……むっ!?」

 扉から現れたシュヴァルを見て、メルは瞬時に何かを察し立ち上がり臨戦態勢を取る。

 「お嬢?何を……」

 全員、メルの行動が理解できなかったが、シュヴァルがにたりと笑ったのを見ると、目を開いて見ていないアリスでさえも、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。

 「お嬢達!今の場所から動くんじゃねえ!」

 そう叫んだハウンドは、苦無を取り出しシュヴァルに投げる。

 「いひひ……攻撃、したな?」

 左の腰に吊ってある刀を鞘ごと抜き、飛んできていた苦無に合わせて鍔を弾き苦無に当てて落とす。そして、刀を元の位置に素早く戻し、腰を捻り居合をする構えをして、高速でハウンドに突っ込んでいく。

 「いっ!?」

 ハウンドは、ジャンプをしながら小刀を抜き防御を取る。そこに、シュヴァルの刀が襲う。斬撃は防いだものの、勢いに押され後ろのガラスを突き破りながら外へと吹き飛んだ。

 「ったく、いきなりなんなんでい」

 上手く着地をして地面に立ち、体をはたく。一際大きくはたいた後、前に大きく飛んだ。遅れて、ハウンドが居たとこにシュヴァルが刀を振り下ろして落ちてきていた。

 「だんな、殺気がやばいですぜ。そんなに怒らせるような事しやしたっけ」

 「くはは……実力はあるはずなんだけどなぁ。そんなに気付かないもんなのかねぇ」

 「ああ?何の話してるんで?」

 「気付いてないならいい。それに、お前は俺に刃を向けた。もう戻れねぇよ」

 「あんなもん向けられたら、そりゃ投げるでしょ。謝りやすぜ。すいやせん」

 「ははは……ほんとに気付いてないのか。悲しいねぇ」

 「……あんた、ほんとにだんなか?」

 「さぁねぇ!」

 ハウンドとの距離を一気に縮め、刀が降り上げられる。

 その速さに驚きながらも、紙一重で躱し、再び距離を離した。

 「そっちがその気なら、とことん付き合ってやりやすよ」

 「きひひ。本気で来いよ?じゃないと、最高の殺し合いが出来ないからなぁ!」

 (くそ。こいつ、だんなじゃなさそうだけど、だんなの顔してるからめちゃくちゃやりづれぇや)

 小刀を握り直しながらハウンドはそんな事を考えていた。

 二人は、示し合わせたかのように同時に動き、お互いの武器がぶつかり合う音が響き渡った。



 ハウンドが落ちていったのをシュヴァルが追いかけて同じように出て行った時、何でも屋の女性陣は呆気に取られていた。

 「な、何なの?これも、何でも屋の日常なの?」

 「あー神様……この街は、人々が荒みきっています……神の御慈悲を……」

 「ちょっとエクスエル。あんな奴に祈りを捧げるの止めてくれる?」

 「あ、あの。一体何があったの?近いとこで大きな音が聞こえたけど……」

 各々が感想を述べている中、メルはすぐに部屋から出て行こうとする。それに、ショコラが声をかけた。

 「ちょっと、どこ行くの?只の喧嘩なんだから、ほっときなよ」

 「違う。あれはシュヴァルじゃない」

 「シュヴァルじゃないってどういう事?」

 「何かが違うのだ。とにかく、違うのだ」

 それだけ言って、部屋から出て行った。

 「……あ-もう!二人共!アリスの事、ちゃんと見といてよ!」

 そう言い残し、メルを追ってショコラも部屋から出て行った。

 「あの……今は一体どういう状況なんですか?」

 アリスが恐る恐る尋ねる。

 「んー……喧嘩のように見えるけど、ちょっとやばい状況……みたいな?」

 それに、マエルマも恐る恐る答えた。

 「それって、大丈夫なんですか?」

 「んーまぁ、あの人達なら大丈夫なんじゃない?」

 二人のふわっとした会話に、エクスエルが割り込んでくる。

 「神様に祈りを捧げていれば大丈夫ですよ」

 「あんたはちょっと黙ってな。神様馬鹿さん」

 「まっ!なんて言い草ですか!罰が当たりますよ!」

 「はいはい」

 「何なんですか!その態度!」

 「もー。本気で怒らなーいの」

 「むー!」

 暢気にじゃれ合っている二人を感じながら、アリスは窓の方を眺め不安をかき消すように小さく祈っていた。



 二人の斬り合いは、ハウンドの防戦一方で、何とか凌いでいる様子だった。

 「おいおい、マジで殺そうとしてるじゃねぇですかい!」

 「当たり前だろうが。これは、殺し合いなんだからなぁ!」

 振り下ろされた刀を、肩に触れるぎりぎりの所で受け止める。

 「何を考えてんのか知らねぇけど、あんたがその気なら、こっちもマジになんねぇといけねぇですね」

 もう一本の小刀を横に振る。

 シュヴァルは後ろに飛びつつ、ハウンドの首を狙い両手の刀を×を描くように動かす。

 首に届く前に反対側に飛び、お互い距離が離れた。

 「ハウンド!そいつは、シュヴァルだけどシュヴァルじゃないぞ!気を付けろ!」

 何でも屋応接室から降りてきた階段の傍にメルとショコラがおり、そこからメルが叫んだ。

 「お嬢!どういう意味ですかい?」

 「分からぬ。分からぬが、違うのだ」

 「ひひひ。やっぱり、お前だけは気付いてたか。メル」

 シュヴァルがその場で首だけ動かしメルの方を見る。

 「お前、何者だ」

 睨みつけるメルを、せせら笑いながら、シュヴァルは答えた。

 「俺は、昔シュヴァルが生み出したもう一人のあいつ。名前なんざどうでもいいが、テキトーにシュヴァって名乗ってる」

 「お前は何がしたいんだ?」

 「俺は、ただ殺し合いがしたいんだ。さいっっっこうの殺し合いを!俺を殺せる奴と殺し合いがしたい!その果てで、俺は死にたいんだよ」

 シュヴァが恍惚とした表情を浮かべて宙を見つめる。

 「お前、この街に似合っているな。そのイカレ具合が」

 「くははは。歓迎の言葉、ありがとうよ」

 「それで、シュヴァルはどうなったんだ。もしかして、死んでしまったのか?」

 「いいや。こん中で寝てるよ。いつ目覚めるかは分からんがな」

 そう言うと、自分の胸を指差すシュヴァ。

 「そうか。おいシュヴァル!早く起きろ!外は大変な事になっているぞ!」

 メルが、シュヴァの中で眠っているらしいシュヴァルに呼びかける。

 「何が何だか分かりやせんけど、とにかく、そいつはだんなであってだんなじゃねぇんですね?」

 ハウンドも全てを飲み込めていないが、なんとか理解しているようだ。

 「二重人格ってやつね。ほんとにあるとは」

 ショコラだけはとても冷静にこの場を見ていた。

 「ハウンド!殺しては駄目だぞ!シュヴァルも殺す事になってしまう!」

 「いやー……それ、結構難しいですぜ。お嬢」

 「話し合いは終わりか?なら、続きをしよう。なぁ?ハウンド!」

 言い終わる頃には、空いていた距離が突然無くなり、ハウンドの首元に刃が振られていた。

 「はやっ!?」

 間一髪の所で躱し、続く攻撃も避けるのだが、どれも何とか躱せている状態で、気が抜けないでいる。

 「ハウンド!」

 そんな状況に危機感を持ったメルが駆け出そうと一歩踏み出すと、ハウンドが大声で制止した。

 「来ちゃいけねぇ!お嬢を守りながらこいつとやりあうのは無理でさ!」

 「っ!?」

 メルは、声の迫力に立ち止まってしまうが、ショコラが優しく背中に手を置いた。

 「行きなさい。加勢した方が良いって思ったんでしょ?」

 「えっ?あぁ……しかし……」

 「メルの勘はアホみたいに当たるし運も良い。考えるよりも先に行動した方が、メルの場合は良い方に転がるよ」

 「そ、そうなのか?」

 「そうなの。いいから、さっさと行く」

 ショコラに急かされ急いで加勢しようとした時、ハウンドがシュヴァの攻撃を捌ききれずに斬られそうになっていた所だった。

 「やらせぬ!」

 咄嗟にメルが右手を突き出す。シュヴァが振り下げた刀とハウンドの間に、光の壁を作り出し、斬撃を防いだ。

 しかし、すぐにもう一方の刀が襲い掛かる。後ろに飛び躱したとこへ、即座に下から上に刀が向かって来る。それも、刃が届く前に今度はシュヴァの上を跳び越すように後ろに回るように飛ぶのだが、それを追いかけるようにシュヴァは瞬時に振り返り、攻撃を続けようとしていた。

 「殺さないようにするのは大変ね」

 ショコラが左手を前に出して黒い球を撃ち出す。真っ直ぐシュヴァに向かって飛んでいく。

 「ひひひっ。いいねぇ」

 刀を振るのを止め、ハウンドから距離を離していく。黒い球はシュヴァを追いかける事も無く霧散した。

 「わりぃですね。お嬢達。助かりやした」

 「そんなことはいいから、あいつどうすんの?」

 「いやー。どうしようもねぇっていうか」

 「シュヴァルを起こすしかないな」

 メルが真剣な眼差しをシュヴァに向けながら言う。

 「それをどうすれば良いのか分からないから困ってるんでしょーが」

 「呼びかけ続けるしかない」

 「……」

 ショコラは苦々しい顔を向ける。

 「それって だんなが起きるまで、シュヴァとか言うやつの攻撃を避け続けろって?こりゃあ、厳しいタダ働きが始まりやすね」

 「愚痴言ってる暇ないよ」

 「ゆくぞ!」

 「へいへーい。うちのお嬢達は人使いがあれぇや。この街に住んでると、皆こうなっていくんですかねぇ」

 ショコラの攻撃から逃れたシュヴァが、一瞬にして距離を詰め、ハウンドを目標に刀を振るう。それは小刀で受け止める。

 メルとショコラは翼を出し羽ばたかせて、二人から離れた。

 「それが天使の力ってやつか!さっきのやつもそうだよなぁ!ははは!そりゃあいい!」

 「どこ見てやがるんでい!」

 子供達の力を物珍しそうに見ているシュヴァに、高速で移動して死角から斬りかかった。だがしかし、その攻撃は、ノールックでいとも容易く防がれてしまう。

 「お前らは良いなぁ。昔戦った奴らは、俺に怯えて戦意を失ったり、逃げだしたり、歯ごたえの無い奴ばっかでよぉ。お前らは、そんな事無いようで俺は嬉しいぜぇ!」

 防いだ刀に力を込めてハウンドを斬り払い、そのまま一回、二回と連続で斬りつけ続ける。その斬撃を躱しているハウンドは、嫌な感覚を抱き始めていた。

 (斬る精度・速度、何もかも、どんどん正確に、洗練されていきやがる。このままじゃ、いつか捌きれずに殺されちまいやすね)

 先日思い出した死の感覚、あの時のよりも大きな恐怖が襲い始めていた。

 「だんな!さっさと起きやがれ!じゃねぇと、マジで殺すしかねぇ!」

 「ははは!俺は歓迎だ!殺せるんだったら殺してくれ!」

 ハウンドの首や心臓と言った急所に刃が迫り続けるが、何とかいなして躱してを繰り返す。が、殺せない相手から本気で殺される緊張感とシュヴァの戦闘における成長の速さについていけず、遂に、持っていた武器を弾き落とされてしまう。

 「やべっ!?」

 「ひひひ!まずは一人目!」

 刀を構え振り抜こうとした時

 「んっ」

 何かを察し動作を止めたかと思うと、ハウンドから距離を離していく。そこに、シュヴァが居た地面から黒い針が突き出した。ショコラの攻撃がハウンドの窮地を救う。

 「すいやせん。ショコラ嬢。助かりやした」

 「礼はいいから、この状況をどうするか考えて」

 「それが分かれば苦労なんざしてやせんぜ」

 「それもそうね」

 それを言うと、今度はショコラがシュヴァに向かって行く。

 「次はお前が相手してくれるのか?歓迎するぜぇ!」

 「本気で相手なんかする訳ないでしょ。さっさとシュヴァルを起こせ!」

 「はっ!起こしてみればいいだろう!」

 二人の武器の刃がぶつかり合い甲高い音が鳴る。

 「お前は、どれだけ俺と殺りあえる?」

 「さぁね。でも、簡単にはやられてあげない」

 「ははは!それでいい!」

 シュヴァが刀に力を込めショコラを振り払った。

 追撃を仕掛けようと一歩前に出ようとしたシュヴァは、ニッと笑い足に力を込めながら言う。

 「それはもう見たぞ」

 地面を蹴り即座にその場から離れた瞬間、先程まで居た足元から針が飛び出してくる。

 「あー。メルと一緒のめんどくさい奴っぽい」

 その行動にゲンナリとした感じになりながら、ショコラは右手の甲に盾を出してシュヴァの一撃を防ぐと同時に、左手の剣をシュヴァに向かわせる。それは、分かっていたかのように簡単に受け止められる。

 「そこ!」

 掛け声とともに空中に黒い剣が現れたかと思うと、シュヴァに斬りかかるように滑らかに動く。

 「ひひひ……」

 不気味な笑いをしつつ、後ろへと下がって攻撃を躱す。それを追いかけるように、ショコラが黒い球を右掌の上に出して、それを突き出しながら発射した。

 シュヴァは近付いてくる球を左手の刀で横に斬り消滅させ、そのまま後ろに持っていき地面に刺す。そして、右足を柄の部分に置き、力を込める。

 「何やってんの?」

 不思議がりながらも、シュヴァの背後に黒い球を複数出し、先端を尖らせて動きを封じる目的で腕や足を狙って伸ばした。

 「っ!駄目だ!ショコラ!逃げろ!」

 「はぁ?」

 後ろから聞こえるメルの声に疑問を持ちながらも、視線はシュヴァから逸らさずに見ていた。

 「ははは、おせぇよ……」

 ボソッと呟くと、軽くジャンプをするように左足を浮かしたと思ったら、刀の柄を力を溜めていた右足で思いっきり蹴り、ショコラとの距離を一瞬で無くす芸当を見せる。

 「嘘でしょ!?」

 「ショコラ!?」

 驚きながらも、冷静に対処しようとしたが遅く、シュヴァが振り払った刀はショコラの首を無慈悲に捉えていた。

 「今度こそ一人……あぁ?」

 首を斬ったと思っていたシュヴァだったが、手ごたえが思っていたものよりも無く、刀をよく見ると、首に刃が入る少し手前辺りで止まっているのが分かった。

 「はは……ははは!なんなんだ?それはよぉ!あははは!」

 敵を倒せなかったことによる動揺よりも、何故か凄く楽しそうにしているシュヴァに、嫌悪感を抱きつつ、剣を振ったり、黒い球を出して射出して、シュヴァを引きはがそうとする。それは簡単にあしらわれてしまうが、間を空けることには成功した。

 自分を首を触り、刃を入れられた部分を確かめる。

 (膜の傷は……もう治ってる。でも、あいつの成長速度から言って次は無い。けど良かった。メルだったら、今ので死んでたでしょうし)

 心の中で独り言を呟いていると、離れたシュヴァが楽しそうに喋りかけてくる。

 「そこの白い奴と同じだと思ったんだがな。予想が外れて残念だ」

 「残念そうに見えないけど。まっ、私は他の人達よりかは、ちょっとだけ頑丈だから」

 「ははは!嬉しいねぇ。簡単には殺せないなんて」

 「それはほんとに嬉しそう」

 「ショコラ!?平気か?」

 メルが心配そうに駆け寄ってくる。その後ろから、ハウンドもやって来た。

 「ええ。大丈夫」

 「そうか。良かった」

 「それよりも、何か策は思いついた?」

 「いーや。なーんにも思い付きやせん」

 「どうすんの?こんなのジリ貧よ?」

 「一つ、思いついたことがある」

 メルが、真剣な顔つきで言う。

 「何?」

 「精神を斬るのだ」

 「……はっ?」

 メルがいきなり突拍子も無い事を言い出したので、ショコラは一瞬固まってしまう。

 「お嬢、そんな事出来るんですかい?」

 「いや。やった事無い」

 「マジの思い付きじゃねぇですかい」

 「でも、メルがやれそうなんだったら、これにかけるしかないんじゃない?」

 「他に手もねぇですし、やるしかねぇか」

 「頼むな。奴の隙を作ってくれ。そしたら、私が斬る」

 「はーあ。やれるだけやってみやすかー」

 「でも、私とハウンドはあいつと戦いすぎてて戦い方を把握されて長くはもたないから、さっさとしてね」

 「うむ。分かった」

 メルを置いて、二人はシュヴァに向かって歩いて行く。

 そんな二人にシュヴァはにやにやしながら声をかけた。

 「相談は終わったのか?あっちの白い方はいつになったら来るんだ?」

 「慌てないでよ。その内来るから」

 「そうですぜ。お嬢は俺達の隠し玉ですからね。そんな簡単に戦わせてあげやせんぜ」

 「ひひひ……隠し玉のまま終わらなきゃ良いけどなぁ」

 少しの間があり、三人は再び刃を交わし始める。

 そんな中、メルは自分のやりたい事を実現するためにはどうすれば良いのかを考えていた。

 「精神を斬る……不確かな物を斬る……私の力で……」

 自分の掌を見ながら、ぶつぶつ呪文を唱えるように、一人口を動かす。剣が形作られていき、その姿はほんの少しだけ変わっていた。柄までは今まで出していた物と同じなのだが、剣身が実態が在るのか無いのか分からないほど薄い。それが完成する頃に、ショコラから催促が投げかけられる。

 「ちょっとメル?まだなの!?」

 「むっ。今行くぞ」

 メルからの返答に、やれやれと言った感じで一息つき、隣で戦っているハウンドに言葉を送る。

 「ハウンド。隙を作るよ」

 「へいへい。お嬢様達の仰せのままに」

 横に振られたシュヴァの刀を、二人同時に後ろに躱す。ショコラはその場に立ち止まり、ハウンドは左手に苦無を三本取り出して握り、シュヴァに向かって投げたと同時に自分自身もダッシュで近付いていく。

 向かって来る苦無を、さっきと同じように刀を横に振り弾き、そのままハウンドに対して斜め上から叩きつけるように刀を振った。

 小さく動きそれを空振らせると、反撃で小刀を斬り上げる。

 それは、左手の刀で止められてしまい、しかも、空振らせた刀を構え直し突くように動かしてきた。

 「展開がはえぇなぁ」

 そう言いながらハウンドは後ろへと飛び、それと入れ替わるように、ショコラが上から飛び込んできて、剣を真っ直ぐに斬り下ろした。

 シュヴァは笑いながらも冷静に二本の刀で受け止める。そこに、メルが走り込んでくる。その後ろから苦無が飛んできて、メルを追い越していく。

 「いいねぇ!全然諦めないその感じ!ははは!」

 シュヴァは楽しそうに言い、ショコラの剣を止めている刀を一本引き、飛んでくる苦無を横に払って叩き落とし、近付いてくるメルには刀を突き刺そうとする。

 「メル!」

 「お嬢!」

 二人の声が響くが、メルには届いていなかった。それだけ、集中しており、その瞳には、目の前の男しか見えていなかった。

 (世界が遅く感じる。次にどうすれば良いのかが分かる)

 そう思いながら歩みを止めずに剣を動かす。自分に向かって来る刀を、剣の腹を当てて下へ軌道を逸らしつつ、そのまま刀の上を滑らせるように動かし、シュヴァの間合いに入った所で剣を斬り上げた。シュヴァの体に傷こそ付いていないものの、間違いなくメルの剣の刃は届いていた。

 「メル!」

 それを見届けたショコラは、もう一度名前を呼び即座に後退していった。

 はっと我に返ったメルも、同じように急いでシュヴァから離れていく。

 「……」

 シュヴァは不思議そうに自分の体に触れる。確かに斬られた感触があった。にも関わらず傷が付いていない事に、自分の目を疑いながらも、何故か笑いが込み上げてくる。

 「……はははっ!なんだこれは!何をしたんだ?これに一体何の意味があったんだ?折角斬れたのに!残念だったなぁ!」

 笑っているシュヴァを見つめながら、ハウンドとショコラは不満げに声を漏らす。

 「失敗ですかい」

 「まっ、そうそう上手くいかないか」

 しかし、二人の横で、メルだけは諦めていなかった。

 「シュヴァル!早く起きろおおおお!」

 メルの叫びが轟き、シュヴァが一歩踏み出したその時

 『ったく。うるせぇな。静かに寝さしてくれねぇのかよ』

 「……っ!?……ははは……もうタイムリミットかよ……早いねぇ……」

 次の足が出る事はなく、そのまま片膝を付く。

 「ありゃ。なんか様子がおかしいですね」

 「効いたって事?」

 「うむ。そうだ」

 メルが自信ありげに胸を逸らす。そこに、声がかかる。

 「お前ら……」

 「むっ。シュヴァルか!?」

 メルの問いに、小さく頷く。

 「良かった……戻ったのだな……」

 「いや。まだだ」

 「えっ?」

 シュヴァルが神妙な面持ちで続きを話す。

 「いいか、一つだけ言っとく。次、俺が目覚めた時、その時、あいつだったら、シュヴァだったら、迷わず殺せ」

 「……えっ?」

 「だんな。そりゃどういう意味ですかい」

 「いいか!言ったからな!迷うなよ!こいつは……この世に出しちゃ、いけ……ない……」

 そう言い残し、シュヴァルはその場に倒れてしまう。

 三人は急いで傍へと駆け寄る。息はしており、ただ眠りについたようである。

 「ちゃんと、帰ってくるんでしょうね?」

 ショコラがぼそりと呟く。

 「シュヴァルは絶対に帰ってくる」

 「そうですね。だんなは、ただでやられるような人じゃねぇや」

 メルは、力強く答え、ハウンドも、それに同意する。

 しかし、そうは言いつつも、二人の顔は、不安に包まれていた。



 シュヴァルが再び目覚めた場所は、今朝のあの場所だった。

 顔を上げて正面を見ると、シュヴァが片足を上げて地べたに座っていた。

 「ひひひひ、お目覚めか?シュヴァル?」

 「ああ。寝起きで聞きたくない声だ」

 体を起こして胡坐をかいて対談を始める。

 「随分、うちの奴らにちょっかいをだしてくれたみたいだな」

 「くはははは!あいつら、面白かったぞ。俺にあそこまで敵意を向けれるなんて、相当肝が据わってるのか、それとも、何も考えてない、何も感じないただの馬鹿なのか」

 「ハウンドは、メル達がいたから逃げなかっただけだろうな。いなかったら絶対逃げてるだろうよ」

 「はははっ!それは何となく感じてた」

 「それで、お前のお眼鏡にかないそうなのはいたのかよ」

 「ハウンドも、黒い奴も、慣れれば殺れそうだった。けど、あの白い奴はやばいぞ。俺と同じ匂いを感じる」

 そう言った後、ニッと不気味に笑い言葉を付け足した。

 「あいつは強くなる。どこまでも。俺と、最っっ高の殺し合いを出来るほどにな」

 「……そうかい」

 二人は会話を止め、同時に立ち上がる。

 「メルは、お前とは違うし、そんな事させねぇよ。お前はここで、俺が殺す」

 「ひゃはは!そうだな。そろそろ、一つの体に二つの魂はいらないって思ってたんだ」

 武器を同時に取り出し、お互いに構える。

 「それに、俺が一番殺し合いをしたいのは、お前だよ。シュヴァル!」

 言い放つと共に、距離を瞬時に無くして、シュヴァルに刀が振り下ろされる。

 それをすんでの所で止め、逆に余ってる手で持っている刀で斬り返す。

 それは、軽々と受け止められて少しの間力が拮抗して硬直状態になるが、徐々にシュヴァルの方が押され始める。

 まずいと思ったシュヴァルは、込めていた力をわざと抜くと同時に、シュヴァとの距離をわずかに離した。

 シュヴァの刀は元の勢いのまま空を斬り、そこに、新しくクロスに構え直したシュヴァルの斬撃が振り上げられた。

 シュヴァは笑いながら、とても軽やかに躱し、間隔が開いて行く。

 「こんなんで殺せたら、ほんと苦労しないよ。お前は」

 不気味な笑顔を浮かべているシュヴァを見ながら、不満げな表情を隠す事も無く向ける。

 シュヴァルの言葉などお構いなしに、再びシュヴァが距離を詰め斬りかかってくる。それを、同じように防御しようと刀を構え斬る。のだが

 「ちっ!」

 シュヴァルが動かした刀はすんでの所で足を止めたシュヴァの目の前の空を斬る。そして、一歩前に出るとすぐに刀を持ち直して刃を下から上に動かす。

 「くっそ!」

 面食らいながらも何とか躱すが、そこに更なる攻撃が加えられる。一撃二撃三撃と、回数が増えていく度に、全ての速度が増していき、動きに無駄が無くなっていく。

 (相変わらず、こいつの成長速度は速すぎる!こっちは、追いかけるので精一杯だっつうのに!)

 死に物狂いでシュヴァの猛攻を耐え凌ぎつつ、度々反撃を繰り出すが、あっさりと防がれたと思ったら、逆にそれを起点にされ、危なく斬られかけるという場面を何度も体験する。

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ここまで、死と隣り合わせの緊張感を持った斬り合いをずっと繰り広げており、シュヴァルの疲れが徐々に出始めてきていた。

 「おいおい!もう限界かぁ!まだまだ!まだまだまだまだ楽しもうぜ!」

 「そう言うんだったら、少しは休ませてほしいけどな!」

 二人の二本の刀がぶつかり合い、金属音が鳴り響き、鍔迫り合いになる。

 「まだ元気そうじゃねぇか」

 「無理してるのが分かんねぇのかよ!」

 シュヴァルはいきなりわざと自分の体制を崩す。その予期せぬ行動で、シュヴァも体制が崩れ前のめりになる。そこに、上に向かって刀を振った。

 刀がシュヴァの顔に触れそうになる刹那、シュヴァは地面を蹴り、バク転をするように後ろへと大きく飛びその場を凌いだ。攻撃を躱されたシュヴァルは小さく舌打ちをして、地面に着地したシュヴァは、笑いながら馬鹿にしているように見える称賛を与えた。

 「ははははっ!今のは危なかったなぁ!」

 (そんな事思ってねぇだろうが)

 心の中でシュヴァルがツッコむ。

 しばし、睨み合いが続く。そんな中、シュヴァルはこんな事を考えていた。

 (俺は、こいつとまともに戦っても勝てない。だったら……夢だか心の中だかを利用してみるしかねぇな。一か八かだが、やってから後悔すりゃいいか)

 一つ息をついて、刀の柄を握りしめ直す。

 「準備は出来たかぁ?」

 にやにやと嫌な笑みを向けながらシュヴァは言った。それに対して、シュヴァルも、同じような顔を作って答える。

 「ああ。待ってもらったようで悪かったな」

 二人は同時に走り出し、刀を振り、それを受け止め、もう片方の刀を振る。まるで、お互いが写し鏡のように動きがシンクロしている。

 「ははは!やっぱり、お前は俺の生みの親だよ!楽しいねぇ!こんなに斬り合えるなんて!」

 「何一つ楽しくねぇよ!って、言いたいとこだけど、楽しんでる自分がいるのが悔しいぜ!」

 両者、距離を取る。

 「「けど」」

 そして、合わせたように、大声を上げる。

 「「もう終わらせる!」」

 再び、二人は同じタイミングで走り出す。先に攻撃を繰り出したのはシュヴァだった。右手の刀を横から振る。シュヴァルは左手の刀で受け、すぐさま右手の刀を下から上に動かす。

 シュヴァが体を逸らして躱すと、すぐに左手の刀をカウンターとばかりに勢いよく下ろした。

 (ここだ!ここしかない!)

 刀が迫る中、シュヴァルは右手の刀を手放し、近付いて来ているそれを掴みにいく。刀はシュヴァルの手の中に収まり止まった。血が出てはいるが、痛みはまるでなかった。

 その予想外の行動にシュヴァは、一瞬の隙を作り、シュヴァルはそれを見逃さなかった。シュヴァの刀を受け止めていた左手の刀を下から滑らせながら移動させ、シュヴァの左腕に一気に近付ける。

 「おらああぁぁ!」

 そして、そのままシュヴァの左腕を斬り落とした。

 「いひひ!ひははは!いいねぇ!その気迫!ぞくぞくするねぇ!」

 腕を一本失ったにも関わらず、焦るどころが面白がっており、正面を向きながら小刻みにステップを踏むようにシュヴァルから距離を離していく。

 (ここで戦いの間を空けられたら、こいつの成長速度じゃ片腕でも倒すのが難しくなる!だから!ここで決める!)

 そう決めて、シュヴァを追いかける為に駆けだした。

 「ひゃははは!ここで勝負を決める気か?いいぜ?殺してくれ!俺を!」

 後ろに下がっていたシュヴァが急に足を止めたと思ったら、シュヴァルに向かって勢いよく突っ込んでくる。二人の刀がぶつかり合い、激しい斬り合いを繰り広げていたのだが、その時は突然やって来た。

 シュヴァルは腰に吊ってあった鞘を右手に握りしめ、シュヴァが振った刀から身を守るようにして構える。しかし、刀の勢いが思ったよりも強く、鞘を破壊してシュヴァルの腕に刃が食い込んだ。だが、それのおかげか、勢いがそがれシュヴァルの腕を斬り落とすまでにはいかなかった。

 「ここだああぁぁ!」

 そして、カウンターとばかりに振り払ったシュヴァルの刀は、シュヴァのもう一つの腕を斬り落とす。

 その後、すぐに刀を自分の胸に引き力を込め、シュヴァの胸目掛けて突きを放った。

 「はははは!流石だねぇ!」

 シュヴァが避けるよりも早く、シュヴァルの刀は、シュヴァの心臓を貫いた。

 「……シュヴァ」

 「くははは……なんて顔してるんだ……お前は勝ったんだぞ……」

 シュヴァルの表情は沈痛な面持ちをしてシュヴァを見ている。

 「俺が言えることじゃねぇけど、これで本当に良かったのか?お前の人生は」

 「くだらねぇな……俺は、最高の殺し合いをして、その果てで、死にたかった……やっと叶った……やっと死ねる!長かったなぁ……」

 シュヴァルは刀から手を離しシュヴァから少し離れた。シュヴァが膝をつくと、体が段々と消え始める。そんな姿を、哀れみの目で見ていると、急にシュヴァルを睨みつけ怒鳴り声を上げた。

 「そんな目で見んじゃねぇ!今!この瞬間!俺の人生は最高だったと言える!生きてきて良かったと!だから、シュヴァル!生き続けろよ。何が何でも!死ぬ気で生きようとしろ!そんな目で見るお前が、唯一出来る俺への罪滅ぼしだ」

 「……」

 「忘れるなよ……俺の言葉を……!」

 「……忘れねぇよ」

 「くくく……こう言うのを、遺言って言うのか?……いや、呪いか?どっちでもいいか。くくく、はははは……!」

 言葉を残して、シュヴァは綺麗に消えてしまった。

 「くそ……お前の言葉は、呪いの言葉だよ……」

 シュヴァルはその場に崩れるように座り込む。

 「はぁ……疲れた……これ、夢の中とかじゃなかったか?こんな夢見てたら、疲れなんか取れねぇよ」

 溜息をつき、後ろへと倒れ、瞳を閉じる。

 「起きたらどうするか……まずは説明して、それから……」

 考え事をしている途中で、シュヴァルの意識は不意に途切れた。



 「……んっ?起きたのか?」

 壁に寄りかかる様に寝かされていたシュヴァルが次に見た光景は、武器を構えて自分を警戒している何でも屋の面々の姿だった。

 「だんな……ですかい?」

 「本物のほう?」

 「シュヴァルさんは戻りましたか?」

 「んー。全く分からないわねー」

 「ち、近付いて良いのでしょうか?」

 各々が不安がりながらシュヴァルの事を見ている中、メルだけは武器を消して警戒を解いていた。

 「シュヴァルだ……シュヴァルだ!」

 メルが手放しで喜び始める

 「分かったのはメルだけかよ……俺は悲しいぞ。少なくとも、ハウンドは分からないと駄目だろ」

 駆け寄ってきて袖を掴むメルの頭に手を置きながら、ハウンドに注意をする。

 「いやいや、こんな激ムズ問題分かる訳ねぇでしょうよ」

 シュヴァルとメルの様子を見て、他のメンバーも近寄っていく。

 「ほんとにシュヴァル?いきなり斬りかかってこないでしょうね?」

 「大丈夫だショコラ。心配ないぞ」

 「ならいいんだけど」

 「見る事は出来ないですけど、元のシュヴァルさんに戻ったなら良かったです」

 「ほんと、怖かったんだからね?私でも分かるくらい殺気が凄かったもん」

 「やはりこれは、暴力からは何も生み出さないと言うのを説くしかないようですね」

 「目覚めて早々、くだらねぇクソ話を聞かせようとすんじゃねぇ」

 「くだらないとはなんですか!そんなんだから、心が荒んでいくんですよ!」

 「あーあー聞こえねぇ聞こえねぇ」

 「むー!」

 皆で和気あいあいとしている風景を見て、ハウンドがぼそりと呟く。

 「緩い空気ですなー。さっきまで、あんな死闘を繰り広げてたのに」

 その言葉に反応したのはシュヴァルだった。

 「悪かったよ。まさか、あいつがあんな強引に体を取りに来るとは思って無かったからな」

 「何者なんですかい?あのシュヴァとか言うのは?」

 「……」

 頭を掻き、言い辛そうにしているシュヴァルを見て、メルは両手を広げて話を打ち切ろうとする。

 「良いではないか。もう終わった事だし。こうやって無事だったのだから」

 「いや。軽く話させてくれ」

 不安そうに見るメルに向かって、安心させるように優しく微笑むと少し考えてから話し始めた。

 「俺は昔、少年兵としてあの戦争に参加してたんだ。ただ、人を殺すような生活とは無縁でな。初めての戦場に行って、目の前で人が死んでいく様を見て、すぐに駄目になりかけた。死にたくない。生きたい。でも、人を殺すのは怖い。その時生み出したのがシュヴァだった。あいつは、あの時の俺の理想。人を殺す事に躊躇が無くて、死ぬ事を恐れない。むしろ、あの戦いを楽しんでいた。そんなあいつに、俺は憧れすら抱いていた」

 ピリッとした空気を察してシュヴァルはすかさず言葉を続ける。

 「安心しろ。そんな気持ちはもう無いし、あいつとは、さっき決着を付けてきた」

 自分の胸を叩きながら、キリっとした笑顔を向けた。

 「でしょうよ。でないと、今頃シュヴァと第二ラウンドが始まってやした」

 「そうだな」

 和やかな雰囲気が何でも屋を包み込むと、シュヴァルが突然頭を下げた。

 「皆!迷惑をかけてすまなかった!」

 不意の事に少々困惑する面々だったが

 「そうですねー。まぁ、いい運動にはなりやしたよ」

 「そうね。すっごい命がけだったけど」

 「良いではないか。良い経験だったぞ?」

 「出来れば、危険が無い方が良いとは思うよ?」

 「ああ!シュヴァルさんにもそんな過去があったのですね!なんて悲しい過去なのでしょう!」

 「あんた、ほんとぶれないわね」

 いつもと変わらない様子で対応されて、シュヴァルはほっと胸を撫で下ろした。

 「なーににやけてるんですかい?だんな?」

 そんなシュヴァルをハウンドが茶化しに来る。

 「にやけてねーよ」

 「いや、にやけてやしたよ」

 「にやけてねーって」

 「嘘つかなくていいですって」

 「嘘なんかついてねぇよ」

 「なんだ?どうかしたのか?」

 そこに、メルも参加する。

 「だんながですね、にやけてたのににやけてないって嘘つくんですぜ」

 「だから!嘘ついてねぇっつってんだろ!」

 「おー。照れ隠しと言うやつだな」

 「それですぜお嬢」

 「あーうるせぇうるせぇ!今日は疲れた!何でも屋は休みだ!腹も減ったし、なんか食いにでも行くぞ!」

 シュヴァルが急にすっと立ち上がり、逃げるように歩き始める。

 「だんなー。話はまだ終わっちゃいねぇですぜー」

 「照れ隠しだろ?照れ隠しなのだろ?認めた方が楽になるぞシュヴァル」

 ハウンドとメルが追いかけるように歩く。

 「はぁ……何やってんだか」

 二人を見つめながら、ショコラが呆れたように声を出す。そこに、アリスが声をかけた。

 「でも、声を聞いてるだけだと、とっても楽しそうだよ」

 「楽しそうなんじゃなくて、楽しんでるよ。あれは」

 「ふふふ。そうなんだ」

 ショコラとアリスの後ろでは、エクスエルが両手を組んで感動しており、マエルマがそれを冷めた目で見ている。

 「あぁ……あれが、友情というものなのですね。素晴らしいです!愛ですね!愛!」

 「あんたってそれしかないの?」

 「そんなことありません!今見せて頂いている物も素晴らしい愛の形ですが、恋愛というものも興味が――」

 「そう言う事を聞いてるんじゃないんだけど」

 エクスエルのテンションに呆れていると、他のメンバーが既に遠くに見えたので、落ち着いて後を追いかけ始める。

 「んっ?あっ!ちょっと!待ってくださーい!」

 それに気付いたエクスエルは慌てて後ろをついて行くのであった。

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