第2話 暗殺者 ハウンド・ベルト

 「むっ?」

 ある日の昼下がり、突然、メルが外に飛び出していったかと思うと、一通の手紙を持って戻って来た。

 「ハウンドー。手紙みたいだぞー」

 「俺宛ですかい?誰でしょ」

 「そんな事よりも、手紙が来たってよく分かったね?」

 「そんな気がしたのだ」

 「メルちゃんの勘って、時々怖いよね……」

 「そうか?」

 メルの能力にショコラとアリスが若干引いてしまう。

 メルから手紙を受け取ったハウンドは、その場ですぐに手紙を黙読する。

 「……」

 「なんて書いてあったんだー?」

 シュヴァルが、取り敢えずと言った感じで興味なさげに聞く。

 「いや……何でもねぇですよ。ちょっとした、知り合いからの挨拶みてぇなもんでさ」

 「ふーん……あっそ」

 何か歯切れの悪いものを感じたが、黙っていた。

 すると、ハウンドが部屋から出て行こうとするので声をかける。

 「どこ行くんだー?」

 「あー。ちょっと用事でさ。ゲームの買い物ですよ。ゲームの」

 「あーそう。つうか、仕事中だって事、忘れんなよな」

 「すいやせんねー」

 言い終わらない内に、ハウンドは外へと出て行った。

 「ったく。何考えてんだあいつは」

 悪態をつくシュヴァルに、ソファーに座っていたマエルマが振り返って話しかける。

 「あれさ、ハウンド、なんか様子おかしくなかった?」

 「あぁ?わーってるよ、そんな事。まぁ、言いたくないんだろ?誰にだってあんだろ。そう言う事も」

 「まーそうだけどさー」

 「……はぁ。やれやれ」

 シュヴァルは席を立ち扉へと向かう。

 「むっ。追いかけるのか?」

 メルが一緒に付いて行こうと立ち上がりかけるが、すぐに制止する。

 「俺だけで行ってくる。そっちの方が何かと、まぁ、いいだろ」

 「むー。そうか。気を付けてな」

 「ああ。まっ、そんな危ない事にならないだろうけどな」

 「いや。用心した方が良いぞ」

 圧のかかった発言に、少しだけたじろいでしまう。

 「なんだ?何か引っかかるのか?」

 「うーむ。何か、そう感じるのだ」

 「メルの勘は馬鹿みたいに当たるから、心にとどめといた方が良いよ」

 横からショコラが入ってくる。

 「そうなのか……一応、気を付けるよ」

 「いってらっしゃーい」

 皆に見送られながら、シュヴァルは部屋を出て行った。



 「さってと、ここら辺で良いですかねー」

 ハウンドは、人気が無い暗いどこかの路地に来ていた。

 「出てきていいですぜー。話がしたいんでしょー?」

 手紙をかざし揺り動かしながら、誰にともなく叫ぶ。

 「ふん。簡単に誘いに乗るのだな」

 どこからともなく、顔を隠す程のフードを被った、体格から見て男であろう人間が複数人現れた。

 「いやいやー。皆さん。お久しぶりですねー。元気にしてやしたかい?」

 あからさまな殺気を放つ集団に、あっけらかんとして挨拶をする。

 「何だ?その喋り方は。昔の自分を、それで払拭しているつもりか?」

 「そんなつもりはありやせんよ。俺が犯してきた罪は、どうやったって消えねぇ」

 「そうだ。だから我々が、消しに来てやった」

 男達が、一斉に武器を取り出した。

 「ですよねー。まっ、そんなこったろうと思いやしたけどね」

 「我々の情報を持っているお前を生かしておいては危険だ」

 「別に。誰かに話そうなんて思っちゃいやせんよ」

 「組織を抜け、情報を知っている人間が生きている事が問題なんだ」

 「へいへい。分かりやしたよ。けど、黙ってやられてやりやせんよ?」

 ハウンドも、小刀を抜き臨戦態勢に入る。

 「さすがのお前でも、この人数を相手に勝てるとでも?」

 「簡単に、命を捨てられねぇ理由が出来やしてね」

 今にも戦いが始まりそうなその時、間の抜けた声がその場に響き渡る。

 「おーおー。やってるねー。俺も混ぜてくれねぇか?」

 その場に居た全員が声のする方へ首を動かす。そこに居たのはシュヴァルだった。

 「なんだ?貴様は?」

 「だんな!?なんで!?」

 「いやー。道に迷ってなー」

 「だんな。嘘つかねぇでくだせぇ」

 「おいおい。邪険にすんなよ。喧嘩なら、助太刀してやるぜ?」

 「だんな。これはおふざけじゃねぇんだ。帰ってくだせぇ」

 「そうだ。今なら見逃してやる。だから去れ」

 そう言われたシュヴァルは頭を掻き、両腰に吊ってある刀を引き抜き、左の刀を突き出して見せる。その顔は真顔で、全てを分かった上でそこに居る事を示していた。

 「これで、混ぜてくれるかな?」

 「貴様……」

 「だんな!まじで、巻き込みたくないんで、引いてくだせぇ」

 「……」

 溜息をつきながら左手の刀を肩に担ぐように移動させる。

 「あのなぁ、こっちは巻き込まれる事には慣れてんだよ。黙って巻きこんどきゃぁいいだろうが」

 「だけど!」

 「るせぇ!お前はもう何でも屋で俺の部下だ!部下が困ってる時に手を差し伸べんのが上司の俺の役目だろうが!」

 「……」

 シュヴァルの発言に目を丸くする。そして、何かが吹っ切れたように薄く笑う。

 「だんなと会う前の事なんですぜ?それでも、手を差し伸べてくれるんですかい?」

 「はっ。関係ねぇよ」

 「そうですかい」

 「話し合いは済んだのかなー?」

 ハウンドの後方にいた一人がシュヴァルの方に体を向ける。

 「リーダー。どうやらこいつは死にたいらしい。だから、もう殺しちゃってもいいですよね?」

 「あぁ?何だお前?」

 「……お前達はそこの男を殺せ。俺はハウンドを始末する」

 「だんな。ここは任せやした」

 そう言うと、リーダーの男とハウンドがその場から消える。

 「そんじゃ、ちゃちゃっと済ませちゃいますか」

 残された男達の周りの空気が殺気に包まれる。そんな中、シュヴァルはケロっとしており、余裕をかましている。

 「あーあー。そんなに殺気立っちゃって。疲れねぇか?」

 「お前。状況分かってんの?なーに余裕こいちゃってんのさ。これから死ぬんだぜ?お前」

 「そっちこそ分かってんのか?返り討ちにあうんだぜ?お前ら」

 「調子のってんじゃねぇ!」

 男達が一斉にシュヴァルに襲い掛かる。

 最初の男は持っていた小刀を右から振り抜く。それを、軽々と躱しながら、首後ろを右手の刀の頭で思いっきり殴る。その間に、もう一人が反対側から飛び掛かりながら小刀を振り下げてきていた。それに対して、左手の刀を振り上げ小刀を弾くと、さっきの男にしたように首元を殴った。

 次の攻撃は、時間差で三本の苦無が飛んできていた。右手の刀を八の字のように動かして斬り弾く。

 「……ん」

 振り終わった直後、顔目掛けて一本の苦無が遅れて飛んできていた。

 「ったく」

 ぎりぎりのとこで体を逸らして避ける。その際、右手の刀を仕舞い、変わりに拳銃の形をしたスタンガンを取り出す。

 小刀を構えて向かってきていた一人に対して、左手の刀を思いっきり横に斬る。しかし、跳躍で簡単に躱されてしまう。しかも、その後ろから、別の男が迫ってきていた。先程の男も、空中で苦無を構えているのが見える。すぐに上の男に銃口を向け、首元を狙って引き金を引く。見事に命中し感電させて無力化する。

 向かってきていた男は、その光景に怯む事無く小刀を振ってきた。

 辛うじて躱すのだが、男は一歩前に出て即座に小刀を戻しながら同じ軌跡を辿りつつ次の攻撃に移っている。

 その行動に合わせて、シュヴァルは刀の頭を相手の小刀に打ち付けるようにして勢いを止める。そして、右手を握り相手の鳩尾へ拳を入れた。男は、ぐったりと横たわる。

 「ふー。こんなもんか?ハウンドの知り合いってのはよ」

 ぎろりと残っている男に目を向ける。その男は、一気に展開された状況に驚いたのか何もせずに突っ立っていたが、いきなり拍手をし始める。

 「いやー。凄い凄い。まだまだ弱い連中とは言え、まさか、こんなあっさりと負けるなんて」

 「何だよ。お前の方が余裕そうじゃねぇか」

 「ははは!だって俺、ハウンド先輩の代わりに入ったんですもん。そいつらとは違いますよ」

 フードを取り素顔を見せてくる。髪は茶髪、顔は整っており、発言の軽さからチャラそうな雰囲気を感じる。

 「お前が……ハウンドの代わりねぇ……」

 拳銃を仕舞い、再び刀を抜く。

 「お前らってさぁ。一体何なんだ?」

 刀同士を擦り合わせ、関心のない様子で聞いた。

 「あれ?ハウンド先輩に聞いて無いんですか?」

 「ああ。あいつが喋りたく無いんだったら、無理に聞かねぇよ」

 「俺は良いんですか?」

 「お前は別だろ。喋る気が無いんだったら別にいいけどよ」

 「いやいや。喋ってあげますよ。折角だからね」

 「そうかい。それはありがたい」

 男はごほんと咳ばらいをして、喋り始める。

 「俺達は暗殺を生業としている一味。あんまり仲間意識は無いけど。あっ、俺が入る前だと、あの帝国にも居たとか聞きましたね!凄くないですか!あの帝国に雇われてたとか!」

 「……」

 「そんでですね、今日は、脱走したハウンド先輩の所在が分かったので、こうやって始末しに来たって感じです。大事な情報を持ってる人は生かしとけませんもんね」

 「あっそ」

 「あれ?な~んか反応薄いな~」

 「いや、その大事な情報とやらをべらべらと、よく喋るなーって思ってただけだ」

 「そりゃそうでしょ。だってお兄さん、これから死ぬんだし。情報教えても問題ないっしょ」

 「あーそうかい」

 「てーかお兄さん、運無いですね~。ハウンド先輩に関わらなかったら、こんなとこで死ななかったのに」

 「まだ殺りあって無いのに、もう勝った気でいんのか?」

 「当たり前でしょ。一般人に負ける訳ないっしょ」

 「はいはい。じゃ、そろそろかかってこいや」

 一度、左手の刀を横に振る。

 「後悔しても、もう遅いですからね!」

 言い終わるや否や男は姿を消す。次に姿を現した時には、目の前で武器を振り下ろそうとしてる瞬間だった。

 「流石にはえーな」

 ぼそりと呟くも、軽々と左手の刀で受け止め、右手の刀で斬りかかる。しかしそれも、簡単に後ろに飛ばれ躱される。その行動の最中、苦無に見える武器を飛ばしてきていた。

 振った右手の刀を元の位置に戻しながらたやすく切り落とす。

 「まだまだ、本気じゃないですよー!」

 「いいから。さっさと来い」

 再び姿が消えたと思ったら、今度は横切ろうとしている姿が見える。その際小刀で斬りつけようとしてきた。

 体を捻ると共に斬撃を刀で受け流すが、すぐに次の攻撃が来る。跳躍をして体をよじりながら、シュヴァルの頭上を飛び越えつつ小刀を振る。それも、刀で受けて無傷で終わる。

 その後も、素早い攻撃が何度も行われるが、軽くあしらい続けた。

 その内、男は立ち止まる。肩で息をして余裕が無くなりかけている。

 「はぁ……はぁ……お兄さん、強いですね……」

 「まぁ。伊達にこの街で生きてないからな」

 「……そうですか」

 「この戦い、止めるか?俺は別に構わないぞ」

 息を整えている男に、哀れみを込めて提案してみた。

 「へっ!こんなもの、何てことはない!」

 言い終わると、またしても、攻撃を繰り出してくる。しかし、明らかに動きが鈍くなり、攻撃も単調な物になって、さっきよりも受けやすくなっていた。

 「おいおい。キレが悪くなってるぞ。諦めなって」

 「もう、勝った気でいるのかよ!」

 体勢を低くして正面に止まったと思ったら、そのまま勢いよく突っ込んでくる。

 (ったく。何をそんなに必死になるのやら)

 上から振り下ろされる右手の小刀を弾き返すように刀を動かした。男は、攻撃を弾かれつつも、左手に握った小刀を振り上げる形で追撃をしてくる。シュヴァルはそれを、体を仰け反らして躱しながら、男を蹴り飛ばした。

 「ぐうっ!?」

 蹴り飛ばされ地面に倒れのたうっている男に、再度提案する。

 「もう止めとけって。誰もお前を責めやしねぇからよ」

 「うるせぇ!」

 男は、怒声をはき、よろよろと立ち上がり怒鳴り散らした。

 「くそっ!調子に乗りやがって!見てろよ……お前らの住居は知ってるんだ……殺してやるよ。お前んとこのガキどもをよ!」

 「あぁ……?てめぇ。冗談でもそれは笑えねぇぞ」

 「ははは!焦ったのか?自分のせいでガキが死ぬんだからな!後悔しても遅いんだよ!」

 「……」

 シュヴァルは一度大きく息をはくと、高笑いをしている男に向かって男が反応出来ない速さで近付き、顔面に拳を叩きつけた。

 「ぶべっ!?」

 殴られた顔面を押さえて地面に唸っている男に、鋭く睨みながら言う。

 「俺じゃなくて俺の関係者を襲うとか、てめぇの力不足で勝てない現実から逃げてんじゃねぇよ」

 「……っ!」

 「はぁ……もういいや。街の住民じゃねぇ奴は、殺すつもり、無かったんだけどな」

 冷たい声で言うと、ゆっくりと男に向かって歩き出す。

 「あぁ……ああああああ!」

 向かって来る気迫に、男は半狂乱になり、シュヴァルに向かって突進して行く。

 「逃げずに立ち向かって来れるんだったら、最初からそうしろ馬鹿が」

 男の攻撃を躱しながらお腹を思いっきり殴った。

 「がっ!?」

 男はお腹を押さえながら蹲る。

 「ったく。そのまま大人しくしてろ」

 そう言い切ると、シュヴァルはハウンドの元へと歩き出そうとする。

 「ま……まてっ!」

 男が殴られた部分を押さえながら、よろよろと立ち上がる。

 「んだよ。まだやるってのか?決着はついただろうが。それすら分からないほど、お前はアホなのか?」

 「何で殺さない。殺せば良いだろ!この街はそういうとこなんだろ!」

 「お前なぁ……」

 男の強がりともとれる質問にシュヴァルは、呆れるよりも哀れみの気持ちの方が強く出ていることに気付いた。暗殺者としてでしか生きてきていないからか、狭い世界の価値観に囚われているように見えて、悲しくなってくる。

 「はぁ……殺さねぇよ。そんな気も起きねぇや」

 刀を仕舞いながら男を無視して立ち去ろうとする。すると、男は不気味な笑い方をしながら言い放つ。

 「くくく……甘いなぁ。お兄さん、甘すぎるって」

 言い終わった瞬間、男の姿が消える。

 「……」

 シュヴァルは、先程芽生えた感情をすぐに消し、心底呆れてしまう。



 男は、何でも屋に向かって猛スピードで移動していた。

 (俺をコケにしたことを後悔させて、あいつが絶望する姿を見てやる!)

 笑いながら移動していると、目の前にいきなりシュヴァルが現れて、男を蹴って止めた。

 「ぐああぁぁ!?」

 地面を滑るように転がっていき、やがて止まる。

 「お前、ほんとに救いようがねぇな」

 地面に寝転がっている男に、一歩一歩、力を込めて近付いて行く。

 「ま、待ってくれ!?分かった!もうお兄さんの仲間を殺そうとしないよ!だから頼む!見逃して!」

 とうとう命乞いをし始めた男を、冷たい目で見ながら十分近付いた距離から見下ろす。

 「……」

 (ははは……どこまでも甘いな!)

 突然、男が小刀を振り上げシュヴァルに斬りかかってくる。

 「どうしようもねぇな。お前」

 男の攻撃をあっけなく躱し、膝蹴りを入れて、すぐに追撃でかかと落としを決めた。

 「……!」

 地面に勢いよく叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまう。どうやら気絶してしまったようである。

 「まぁ。お前がメル達を襲いに行った所で、勝てる見込みは100パー無かったけどな」

 もう聞こえていないであろう相手に向かって言う。

 「あーあ。こんなのがハウンドの代わりかよ。大丈夫なのか?あいつの元の職場は」

 頭に手を置いて、詳しく知らない組織を憂いた。そして、のんびりとハウンドの元へと歩を進め始めた。



 シュヴァルと別れてからハウンドは、目の前の敵とにらみ合いが続いていた。すると突然、リーダーと呼ばれていた男が口を開いた。

 「やはり、お前は変わったな。見ていて感じていたよ。ハウンド、お前は弱くなった」

 「あぁ?あんたにはそう見えるんですかい?」

 「ええ。お前には、既に暗殺者としてのオーラが無くなっている。あの時からだろうな。お前が暗殺を躊躇ったあの日から」

 「もう過ぎた事ですぜ」

 ハウンドは男の言葉を遮るように被せる。

 「あんたは俺を殺しに来たんでしょ?だったら、さっさとかかってきやがれってんでい」

 「そうか。じゃあ、遠慮なく」

 ふっ、と姿が消えたと思ったら、いつの間にか、ハウンドの後ろに背中合わせでおり、小刀の刃をハウンドの首に向け横に線を入れるように動かした。

 「んっ?」

 斬った感触を感じず、見ると、少し離れた所にハウンドがおり、小刀を構え、斬りつけようとしている所だった。

 それに合わせるようにすぐに小刀を動かした。金属がぶつかり合う音がして二本の小刀は止まる。

 二人は余っている片手に同時に三本の苦無を持ち、同時に後ろに飛び、同時に投擲をする。六本の苦無は衝突し合い地面に落ちた。

 「腕は落ちていないようだな」

 「この街に暮らしてたら、落としてる暇ありやせんからね」

 一拍置き、二人はまた動き出す。すれ違いざまにお互いを斬りつけようと小刀を動かし、それぞれ、自分に向けられている攻撃を躱し、その勢いのまま地面を滑って距離が離れていく。

 ハウンドは、左手に苦無を一本持ち、投擲する。

 男も、それに合わせて苦無を一本投げて弾き落とす。更に、腕を返しながら二本の苦無を追加で投擲していた。ハウンドは斬り払い防いだのだが、そちらに気を取られている内に、いつの間にか接近してきていた男は、小刀を突き出してきていた。

 (こりゃあ防げねぇや)

 そう思ったハウンドは、近付いてくる刃を体を傾けて避ける。しかし、瞬時に逆手持ちに切り替え、追尾してくる。

 (ありゃりゃ。まっ、仕方ねぇか)

 「!?」

 接近してくる刃をハウンドは、左手を貫かれながらも受け止めた。

 「まさか、そんな行動に出るとは」

 「緊急避難でさ。ほんとは、自分の体を傷つける行動は、姉御に殺されかねねぇんで、もう少し控えたかったんですけどね」

 言い終わると、自分の小刀を振り斬りつけるのだが、ハウンドに刺した小刀をその場に残して、既に男は距離を離していて空振りに終わる。

 「……まぁいい。左は潰した。次はこうはいかないぞ」

 「……」

 ハウンドは焦っていた。左手に小刀を刺されたままだと上手く動かせない。だが、小刀を抜いたら抜いたで傷口が悪化してしまう。

 (こりゃーやべーな)

 目の前の男は、似たような武器を取り出し構え直している。

 (捌ききれるか分かんねぇけど、帰る為には、やるしかねぇやな)

 今にも動き出そうとしている男を見て、言い聞かせるように自分の小刀を握り直した。

 ハウンドの決意が合図だったかのように、男は先程よりも激しく攻撃をしだした。

 右から苦無が飛んできたと思い小刀を振って斬り落としたら、今度は間髪入れずに左から飛んでくる。それも小刀で斬り落としたら、次は男が斬りかかって来ていた。攻撃を含んだ防御で向かって来る男を斬りつけるが、ハウンドを跳び越すように躱され、その勢いで上から苦無を投げてくる。体をねじりなんとかそれに対応するが、すぐさま次が来る。

 最初こそ全ての攻撃に反応出来ていたのだが、片腕だとすぐに限界が来てしまい、徐々に反応が遅れてきて体のあちこちに傷が出来始める。

 (くっそ……やっぱりきちぃや)

 死が近付いてくる感覚をひりひりと感じ始め、焦りからか更に動きが鈍くなっていく。

 「やっと……やっと人としての俺でいれる場所を見付けたんだ……だから、死ぬ訳にはいかねぇんだ……!」

 ハウンドの叫びをあざ笑うように、男の攻撃は止まず、遂には小刀を握っていた手の甲に苦無を刺された痛みで小刀を落としてしまった。

 「まずっ!?」

 「残念だ。お前は優秀だったのに、ここで殺さないといけないんだからな」

 男がハウンドに向かって容赦なく武器を振り下ろした。

 ハウンドは避けようと体を動かそうとするが、蓄積されたダメージと精神的な焦りで、反応しきれなかった。

 (くそっ……ここまでかよ……まぁ、しょうがねぇですよね……元々、だんなと会わなけりゃ生きる事を諦めてた身。ここで、報いが来たって事か)

 諦めて目を瞑って覚悟を決めたその時

 「もしかして、諦めてねぇだろうな!」

 「……っ!?お前!?」

 「だ、だんな!」

 ハウンドと男の間に入ったのはシュヴァルだった。左手の刀で男の攻撃を受け止めて、右手の刀で男に斬りかかる。しかし、簡単に避けられ距離を取られる。

 「まさか、生きていたとはな」

 男は驚きを隠せないと言った顔をしている。

 「あの人数を抜けられるとは、侮っていた」

 「おいおい。お前も人の力量が分かんねぇのかよ。俺の事舐め過ぎじゃねぇか?」

 「でも、無傷なのは驚きやした」

 「ハウンド……お前もかよ。つうかよ、ハウンドの代わりで入ったとか言ってた奴がいたんだけどよ。弱かったぞ。お前の元職場は大丈夫なのか?」

 「へへっ。それは、もう終わりなのかもしれやせんね」

 「勝手な事を言うな」

 離れていた男が、一瞬でシュヴァルに近付いて小刀を振るった。それをシュヴァルは右手の刀で受け止め、素早く左手の刀で攻撃を加える。あっさりと躱されて再び距離が離れる。

 「お前も、ハウンドも、俺が処理すれば問題ない」

 「はぁ……寂しい人間だねぇ」

 「何?」

 「人を殺す事しか考えられねぇのは、寂しいって言ってんだよ」

 「何が寂しい?俺達はそうやって生きてきた。これからもそうだ。何も変わらない」

 「そうかい。言っても分かんねぇならそれでいいさ。説得をするつもりなんざ無いし、人になんか言えるような生き方もしてないしな」

 シュヴァルは溜息をつきながらハウンドに声をかける。

 「ハウンド。さっさと片付けて帰ろうぜ」

 「へいへい。ちゃっちゃと片付けちまいやすよ」

 落ち着いた様子で落とした武器を拾いながら言う。その顔は、どこか楽しそうだ。

 「先程まで死にかけていた奴に、一体何が出来る?一人増えたとはいえ、お前は死にかけ、何も状況は変わっていないぞ」

 「まぁ、なんですかい。気持ちの問題ですぜ。気持ちの」

 「気持ち?」

 「ごちゃごちゃ言わずにやってみろよ。俺は先に行くわ」

 気付けば、シュヴァルは武器をしまって、帰ろうと歩を進め始めていた。

 「少しくらい待ってくれてもいいじゃねぇですかい」

 「暢気な!」

 シュヴァルの方を向いていたハウンドに刃が迫る。それをひらりと躱し、足を引っかけて転ばせた。

 「ええい!」

 振り向きながら立ち上がる時に、苦無を数本投げる。頭付近に投げられたそれらを、後方に飛び避ける。

 間を置かずに、ハウンドに接近していた男は小刀を振り下ろす。それをまず、タイミングよく掌で相手の武器を握る手に当て軌道をずらし、すかさず自分の小刀を首元目掛けて突き刺しにいく。

 「!?」

 男がやられたと思った瞬間、ハウンドは首に刺さるすれすれの所で刃を止めていた。

 男は慌てて距離を取り、自分の首をなぞりながらハウンドに訊ねる。

 「何故、殺さなかった」

 「あぁ?この街のルールなんでね」

 「なんだそれは?」

 「会話なんざいいんで、さっさと終わらさせてくれやせんかね」

 「……」

 男は、息を大きく吐くと、再びハウンドにラッシュをかけ始めた。しかし、先程とは打って変わって、軽い身のこなしでひらりひらりと猛攻を躱し、ついでと言わんばかりに小突いたり指で突っついたり、まるで遊んでいるかのようである。

 「はぁ……はぁ……」

 「あのー。姉御に殺されに行かないといけねぇんで、そろそろ帰って良いですかい?」

 手を上げて、息を切らしている男にめんどくさそうに提案した。ハウンドのその態度に、イラつきを隠さずに男は答える。

 「なんなんだ……何故殺さない?いくらでもその機会はあったはずなのに」

 「そりゃあまぁ。あんたが知ってるハウンドは、ここにはいやせんからね」

 「どういう意味だ、それは?」

 「分からねぇならいいんですよ」

 「おーい。まだ終わんねぇのか―?」

 シュヴァルが壁に寄りかかりながら、退屈そうにしている。

 「へいへーい。今すぐに―」

 それに、ハウンドは鬱陶しそうに返事をした。

 「そう言う訳なんで、降参してくれやせんかい?そして、二度とその面、見せねぇでくだせぇ」

 「何をふざけた事を!」

 正面から向かって来る男に、やれやれと言った感じに首を左右に振った後、一歩足を出したかと思ったら、瞬時に男の背後に回り、背中合わせに立ち、男の首元に刃を突き立てた。

 「……こいつ!」

 即座に突き立てられた刃を躱し、ハウンドの目の前に姿を現した男は、小刀を突き出してくる。

 ハウンドは、瞬く間に右手の小刀で男の武器を弾くと、そのまま裏拳を顔面にぶち当てた。

 「ぐあっ!?」

 殴られて飛んでいき、壁に激突して地面に横たわった。

 「はーあ。だんな、行きやしょう」

 「ああ」

 シュヴァルと共に歩き出そうとするハウンドが、何かを思い出したように立ち止まり、振り返らずに言い放つ。

 「この街の暗黙のルールで、余所者には一度警告で痛めつけるってのがあるんですよ。まぁ、やらない人の方が多いですけどね。だから、これは警告ですぜ。次手を出して来たら、本気で殺しやすんで。そのつもりで」

 「……」

 語気を強め威圧感を放ちながらハウンドは発言した。そして、二人はその場から離れて行く。そんな二人の背中を見つめながら、男はぽつりと呟く。

 「ふふふ……なんだ……俺が知ってるハウンドが……まだ、いるじゃないか……」

 不敵に笑みをもらして、男は静かに気絶をした。



 その後、二人は病院へと向かい、姉御に怒声を浴びせられて一発ずつぶん殴られながらも、一応治療をして貰い、病院を後にして帰路についていた。

 「いやー。殺されなくて済んで良かったですねー」

 「なんで俺まで殴られなきゃいけねぇんだ……今回は怪我してねぇのに……姉御に怪我させられたようなもんだぞ」

 二人が殴られた箇所を押さえながら言う。

 「まぁまぁ。部下が困ってる時は上司が手を差し伸べてくれるんでしょ?」

 「こんなの手を差し伸べるなんざ聞いてねぇよ。下手すりゃ命無くなってたわ」

 「だったら良かったじゃねぇですかい。命はあるんですから」

 「こんな厄介ごと、二度と起こすんじゃねぇぞ」

 「へーへー」

 そこから暫く、二人の間に沈黙が流れる。

 「あー。これは独り言なんですけどね」

 そんな中、ハウンドがぼそりと言う。

 シュヴァルは黙って耳を傾けた。

 「俺は、暗殺者として育てられたんですよ。心を殺して、人を殺す事に何の感情も抱かないように。これでも、結構期待されてたんですぜ?秀才ってやつですよ」

 ハウンドは、ちらりとシュヴァルを見た。特に反応せずに黙っている姿を見て、話を続ける。

 「人を殺して殺して殺す毎日が続きやした。それが当たり前でしたし、何の疑問も抱きやせんでした。そんなある日、ある一家を殺す命令が下されたんですよ。何時もの命令、そう思って俺とその時の同僚数人でその一家が住む屋敷に行きやした。何時ものように警護の奴らを殺して、建物の中に潜入して部屋を調べ回って対象を見つけ次第殺す……そのつもりだったんですけどね……」

 そこまで話てハウンドが言い淀んだ。頭に手を置き数回軽く叩きながら考え、そして、何かを決意したかのように再び話し出した。

 「俺が、ある部屋を訪れた時、そこに居たのは子供だったんですよ。ようは子供部屋ですね。すやすやと可愛い寝息をたてていやした。その時に気付いたんですよ。それまで、俺は子供を殺した事が無かったって」

 「……」

 「初めてでした。殺す事を躊躇ったのは。どうして躊躇ってるのか分からなかった俺は、一先ず別の部屋の始末からしようと思って、その場を後にしやした。色々片付けて、子供部屋に戻ったら、子供達は死んでやした。呆然として立ってると、声をかけられたんです。まだ生き残りがいるのかと見たんですけど、そこに居たのは、あの時の同僚、さっき俺と戦ってた男でした」

 「……」

 「『あんたがやったのか?』って聞いたら、『お前、迷ったな?』って返されて、『人間に戻ったお前を、生かしておくわけにはいかないな』そう言われて、いつの間にか同僚達に囲まれてて、そんな中を何とかこの街まで逃げ伸びて、どっかのお人好しの気まぐれで助けられて、今に至るって訳でさ」

 「……」

 ハウンドの独り言を聞き終えたシュヴァルは、なおも黙り続けている。

 「だんな、なんか反応が欲しいんですけど」

 たまりかねたハウンドは、感想を求めた。

 「はぁ?独り言だろ?なんもねぇよ」

 「いやーそうなんですけどね」

 ハウンドが両手を頭の後ろに組み、二人の間に再び沈黙が流れた。

 「まぁなんだ」

 気恥ずかしそうにしながらシュヴァルが口を開いた。

 「俺が言えることじゃねぇけどよ、昔のお前がどうだったとか関係ねぇよ。少なくとも、何でも屋はお前の今の居場所だ。誰にも文句は言わせねぇ」

 「……」

 「分かってんだろ?自分は、償っても償いきれねぇもんを作ってきたって」

 「……ええ」

 「だったら、開き直って生きていけよ。奪ってきた命の分だけ長くな。どうせ、お互い地獄行きだ。もう時間は戻せねぇんだ。反省しつつ、後悔をしながらも、生きろ。自分らしくな」

 こっちに言ってる様に聞こえるが、自分に言い聞かせているようにも聞こえるとハウンドは思った。そして、ずっと同じ歩幅で歩いていたハウンドが、歩みを緩めシュヴァルの後ろに付く。

 顔を伏せて口元が緩むのをシュヴァルに気付かれないようにして、すぐに顔を元に戻す。シュヴァルの隣に駆け足で並ぶと、隣を見ずに言う。

 「とかなんとか言って、ほんとは何でも屋の人手が足りなくなるからいて欲しいくせに。だんなは恥ずかしがり屋ですね~」

 「ああ!?んな訳ねぇだろうが!いっつもゲームばっかして仕事してねぇ時あんだろうが。メルにも悪影響を与えやがって、今日なんて、お前のせいで姉御に殴られるし。今すぐにでも出てっていいんだからな」

 「またまた~。素直じゃねぇなぁ」

 「俺が殺してやろうかてめえ!」

 「おい!」

 二人が言い争いを始めかけた時、後ろから呼び止められた。

 「ああ?」

 同時に振り向くと、ハウンドの代わりに入ったと言っていた男がいた。

 「何だお前。帰ったんじゃねぇのかよ」

 「しつけぇですぜ。しつけぇ男は嫌われるって言いやすよ」

 「うるせぇ!逃げられると思うなよ!俺が必ずぶち殺すんだからな!」

 「いや、逃げてる訳じゃねぇし」

 シュヴァルの声など聞こえていないようで、ぶつぶつ独り言を喋り、目がおかしくなっている。

 「おいハウンド。あいつはお前の代わりだぞ?何とかしてくれよ」

 「この手見てくだせぇ。もう激しく動きたくねぇんですけど」

 「こっちも、もう関係無い事で動きたくねぇんだけど」

 「何ごちゃごちゃ言ってんだああぁぁ!」

 男が一歩踏み込んで、二人に飛び掛かってくる。迎撃をする為に、それぞれの武器に手をかけた時、男の頭に苦無が一本刺さった。男はその場に落ちて、二度と動く事は無くなった。

 苦無が飛んできた方向を見ると、暗がりの横道にリーダーと呼ばれていた男が立っており、その後ろには、部下であろう男達もいる。

 「良かったのかよ。仲間だったんだろ?」

 シュヴァルがリーダー格の男に問う。

 「感情に支配された人間は、我々の組織にはいらない」

 「あーそうかい」

 男達が死んだ男をただの作業の様に回収していく。

 「どこから情報が洩れるか分からないからな」

 「こっちはそいつに対してなんの興味もねぇから、勝手に持ってってくれ」

 男達が闇に消えていく中、リーダー格の男はその場にとどまり、二人の事を見続けている。

 「なんか用かよ」

 「……ハウンド」

 「何ですかい?」

 「……我々の邪魔をするようであれば」

 「分かってやすよ」

 食い気味に口を開く。

 「ここで永遠のお別れでさ。あんたはあんたの、俺は俺の道を進む。お互い、一切干渉しない」

 「それでいい」

 それを言うと、男も闇に消える。

 「はぁ。これで、ほんとの終わりか」

 「ですね」

 二人は、再び家に向かって歩を進めた。



 「おっ。シュヴァル~。ハウンド~。おかえりなのだ~」

 何でも屋にあと少しで帰れる所まで来た時、メルが手を振りながら迎えに現れる。

 「おお。メル。ただいま」

 「ただいまですぜ。お嬢」

 「うむ。むっ?どうしたのだ?その怪我は?」

 二人の顔の腫れと、ハウンドの手の怪我を見ながら心配そうに言った。

 「これですかい?これは、名誉の負傷ってやつでさ」

 「おー。それは凄いものを付けてきたな」

 「いや、名誉なんてねぇだろうが」

 「おー、どっちなのだ?」

 ハウンドの言葉につっこんだシュヴァルを見て、メルは首を傾げる。

 「あっ、そう言えば、アリスが食事を作って待っているぞ。ショコラはそれの手伝いをしている」

 「まじか!アリス料理出来んのかよ!」

 思い出したように告げられたメルの報告に、シュヴァルが声を上げて嬉しがる。

 「料理の文明が無かった俺達の食卓に、とうとう料理の文明がもたらされるんですかい。こりゃめでてぇや」

 ハウンドも、一緒になって喜ぶ。

 「よっし。さっさと帰るぞっ」

 「おしゃー」

 「おー」

 三人は、足取り軽く自宅へと帰って行った。

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