第1話 神の目を持つ少女

 「なー姉御ー。俺達はまだここから出られないのかー?」

 シュヴァルはベットの上で大きく伸びをした。その姿に、姉御は大きく舌打ちをする。

 「ったく。ぴーぴーうるっせぇから、今日にでも追い出したいんだけどな。あたしは、仕事を途中で放棄したくないから置いてやってるだけだって事を忘れんじゃねぇぞ。このクソカス共」

 悪態を放ちながら、医者としての作業をしている。

 「別にいいんですぜ。俺達はもうすっかり治ってるんですし」

 「安心しろ。退院当日に、死体にしてそこら辺に捨てといてやるから」

 「おーこえぇ。姉御の冗談は肝が冷えやすね」

 「ハウンド。冗談じゃねぇぞ」

 「まじですかい」

 ハウンドは、特に驚くでもなくベットに寝そべっている。

 「ったく。次に病院に来る事になったら、手の施しようがない状態になってから来いよな」

 姉御は台詞を吐き捨てて、部屋から乱暴に出て行った。

 「あれは、マジで殺しに来るかもしれねぇな」

 「それは、全力で抵抗しねぇとやべぇですね」

 本気なのか冗談なのか、焦る様子も無く二人は会話している。

 「そういや、メル達はどこ行ってんだ?今日はこっちに来てねぇよな」

 「さぁ。流石に飽きたんじゃねぇですかい?友達も増えやしたし、そっちと遊んでるんじゃねぇですかね」

 「あぁ、そうかもな。まっ、楽しんでんならいいんだけどよ」

 二人は同じタイミングで一緒にクスリと笑う。



 シュヴァルとハウンドが入院している病院は、デスシティーでも大きな病院で、名前をサナムオーネと言う。白い外観しっかりとそこに建っている姿は、奇抜さは無いがこんな街に置いてはとても頼もしいさがある。

 そんな病院の入り口前に、メルとショコラは居る。しかし、エクスエルの姿は見当たらない。

 「ねぇ。あの人は、何しにここに残ってるの?」

 「むっ?エクスエルの事か?」

 「またこの街を見て回ってるでしょ?毎日毎日飽きもせずに、そんなに見て面白い所があるの?」

 「うーむ。分からぬ」

 「分からぬって……はぁ。まぁいいや。ずっと監視されるときついなって思ってたけど、こんな感じなら気にならないし」

 「監視?」

 「あんたは気にしなくていい事」

 ぽかんとしているメルを置いて、ショコラはすたすたと病院内へと歩いて行く。

 「あっ。ちょっと待ってくれー」

 以外に早く歩くのでメルは慌ててショコラの後を追った。

 毎日のように来ているので院内職員とも顔見知りになり、受付は顔パスで、顔を見たら名前を呼び合い挨拶を交わす程に仲良くなっていた。

 「こんなんで、この病院は平気なのかな」

 セキュリティがあまりにも緩く感じ、ショコラは不安になってくる。

 「まー平気だろう。私達では考えもつかないような警備体制なのではないか」

 「んー。まぁ、関係者じゃないからそこまで心配はしてないけどね」

 シュヴァルとハウンドの病室に行く途中の、いつもの何気ないおしゃべり。この何気ない時間を、二人は無意識に楽しんでいた。

 二人の居る病室がある階に向かっている途中、突然メルが足を止める。

 「んっ。どうしたの?」

 不意の事なのでショコラは不思議に思って聞く。

 「うーむ。この近くに、何か気になる感じがあるのだ」

 「なにそれ」

 「分からぬ。分からぬから、ちょっと行ってみよう」

 「えっ。あんまりうろちょろしないほうがいいと思うけどね」

 ショコラの忠告を無視し、メルは目的の階ではない廊下を歩いて行ってしまう。

 「……はー。全く。待ちなさいよー」

 メルの後を追って、ショコラも歩き始める。

 しばらく進んでいると、不意に一室の扉が開く。そこから、一人の看護師が丁度出てくるところだった。

 メルが開いた扉から一瞬ちらっと中を覗いてみる。中に居た人物は、子供だった。そして、妙に気になり、あふれる気持ちが抑えられず、部屋から出てきた看護師を追い、質問をしてみる。

 「なぁなぁ、ちょっと良いか?」

 「ん?あら、メルちゃんじゃない。ショコラちゃんも。こんにちは」

 「うむ。こんにちはだ。イーズ」

 「こんにちは」

 イーズと呼ばれた看護師は、二人の子供と同じ目線まで腰を落とす。歳は二十代半ば、髪を後ろで縛り、大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 「今日も、シュヴァルさん達のとこ?」

 「うむ。そうなのだが、その前に気になる事があってな」

 「なーに?」

 「さっきイーズが出てきたあそこの部屋の中に居る子についてな。教えて欲しいのだ」

 先程出てきた病室を指差す。

 「あー。あそこの患者さんねー……」

 イーズは言いづらいのか、気まずそうに顔を背ける。

 「なんだ?何かあるのか?」

 「あんまり無理に聞かない方が良いんじゃないの」

 「んー……まー、同い年のお友達は居た方がいいよね」

 イーズが小さく独り言を呟き、一度頷くとメルに顔を向ける。

 「あのね。あそこのお子さんは特別なのよ。なんでも、すっごい力を持ってるとか」

 「おー。すっごい力?」

 「……」

 「そ。なんか、人の未来が見える?とかってねー」

 「おー。それは凄いな」

 「でもあの子、あっ、アリスちゃんって言うんだけど、ずっと目を閉ざしちゃってるのよねー……」

 「そうなのか?」

 「うーん……なんかあったんだろうけど、先生しか知らないんだよねー」

 「姉御か。よし、話を聞きに――」

 「メル、もういいんじゃない?イーズも、仕事がまだあるんじゃないの?こんな所、先生に見付かったら、やばいんじゃない?」

 メルの言葉を遮り、ショコラが横から入ってくる。

 「そうだったそうだった!じゃ、二人共またね」

 「おー。すまなかったなー」

 「仕事頑張って」

 「ありがとー」

 イーズは手を振りながら去って行った。

 「全く。メル、何でもかんでも、聞こうとしちゃ駄目よ」

 「えっ、駄目か?」

 「無神経に聞かないの。あんたにも、聞かれたくない事、あるでしょ」

 「うーむ……そうかもな。すまぬ」

 「いや、私に謝られても」

 二人の間に沈黙が流れる。

 「で、どうする?アリスって子のとこに行くの?行かないの?」

 先に口を開いたのはショコラだった。

 「む?」

 「む?じゃなくて、アリスのとこ。気になってるんでしょ」

 「うーむ……行っても良いものかどうか」

 「勢いで入って行っちゃえば?それで、なんか言われたら間違えました~って言って出て行けばいいし」

 「そんなんで良いのか?」

 「出会い方は人それぞれなんじゃない?」

 「おー……なんかショコラ、楽しんでないか?」

 「気のせい気のせい。ほら、行くよ」

 「ショコラ。私よりも乗り気になっていないか……」

 病室の方へと歩いて行くショコラの後ろを、慌てて追いかける。

 メルを促して、扉を空けさせて、中へと入って行く。

 「し、失礼しまーす」

 「お邪魔します」

 中に入ると、ベッドが一つにテレビが一つ、来客用の椅子が複数、本棚があったり窓が付いていたりと、普通の一人用の病室のようである。

 メルが恐る恐るベッドの上を見ると、同い年に見える少女が一人居た。薄く長い綺麗な金髪、窓から差し込む光のせいか、キラキラと輝いているように見え、それは体から発せられているのではいかと錯覚するほど綺麗だと、メルは思った。

 外を見ていたアリスと呼ばれていた少女は、誰かが入ってきたのを感じ顔を向ける。

 「どうしましたか?何か忘れものですか?」

 先程の看護師が帰ってきたと思っているのだろう。警戒心は無いようである。

 そんな無垢な少女の反応を見て、メルはどうすれば良いのか分からないでいた。

 (ど、どうする?何て声をかければ良いのか分からぬのだが)

 「……」

 ショコラに小声で助けを求めたと思ったら、小さく唸り声を上げ始め、そんな姿を見て、ショコラは呆れながら溜息をつき、助け船を出すつもりで声をあげた。

 「あー。ごめんなさいね。部屋を間違えちゃったみたい」

 「あっ。そうなんですか?」

 ショコラがメルを肘で軽くつつき、接触を促す。それに頷きで返して、意を決して近付いていく。

 「すまぬな。勝手に入ってしまって」

 「えっ、あっ、えっと」

 図々しくベッドのヘリに座るメルに戸惑っている様子である。

 (ちょっと強引過ぎる気もするけど、まぁ、取って食う訳じゃないし)

 メルの行動を見ていて、そう思いつつ傍に寄る。

 先程までのおどおどしていたメルは何処へ行ったのか。まるで別人のように流暢に話しかけにいく姿を、ショコラは冷ややかな目をして見ている。

 「お前はアリスと言うのだよな。私はメルだ。こっちはショコラだぞ」

 「あの、えっと。ごめんなさい。私、目が見えなくて。あっ見えないんじゃなくて、その……」

 「知ってる。さっき聞いた。人の未来が見えるのだよな」

 「えっ……?」

 「はぁ……」

 アリスがビクッとして、ショコラはメルの無神経さに呆れ返る。

 「メールー」

 「ショコラ?どうしたのだ?」

 「どうしたのだ?じゃない。あんたねぇ。無神経にも程がある」

 「何がだ?」

 「目の事をずけずけと聞くんじゃない、って……あー説明するのがめんどくさいー……」

 「目の事か?凄いではないか。人の未来が見えるなんて。なぁ」

 アリスの方へ話を振った。

 「えっ……そう、でもないですよ……」

 「む?何故だ?」

 アリスの体が、小刻みに震えだす。

 「見なくていいものだって、あるんです……」

 「見なくていいもの?」

 「人の未来は、人それぞれです。でも、一つだけ、決まっている未来があるんです……誰にでも訪れる未来が……」

 「決まっている未来、そんなものあるのか?」

 「……!」

 メルは首を傾げて、ショコラは何かに気付いたようだ。

 「それは、なんなのだ?」

 「メル、それ以上は聞いちゃ駄目」

 「むっ?」

 ショコラの声に振り向くと、苦い表情を浮かべて首を横に振る姿を見た。

 メルは全てを分かった訳ではないが、その表情から察して、話を続ける。

 「何か、すまなかったな。色々聞いてしまって」

 「……いいえ。大丈夫ですよ」

 まだ、小さく震えているアリスの手に、そっと手を置く。その手は、ほんのりと温かく、不思議と安心させられる感覚になった。そして、声の感じから察してはいたが、置かれた手の大きさから、自分と同い歳くらいの子供なんだ、と思っていた。

 「力になれるか分からぬが、私で良ければ、言ってくれな」

 「会ったばかりのあんたに相談する訳無いでしょうがバカ」

 「ショ、ショコラ?なんか当たりが強くないか?」

 ショコラの態度に気を呑まれてしまう。そんな様子などお構いなしに、腕を掴み強引にベットから引きずり下ろした。

 「ほら、今日は帰るよ」

 「分かったのだ。分かったから、そんなに引っ張らなくても」

 メルはショコラの腕を振りほどき、アリスの方を向き声を出す。

 「アリス。またな」

 ショコラもその言葉に続いた。

 「またね。アリス」

 「あっ……」

 アリスの返答も待たずに、二人は部屋を出て行った。

 「また……また……」

 その言葉を繰り返し呟き、やがて、笑みがこぼれる。



 それから、メルとショコラは、シュヴァルとハウンドの事など忘れてしまったかのように、アリスの病室を毎日のように訪れていた。大人二人は、最初こそ心配していたが、どうやら同い歳くらいの子と遊んでいると聞かされて、ほっと一安心して、それ以上の事は詮索しないでいた。一方の子供二人は、アリスと他愛も無い話をして一緒の時を過ごしていた。

 そんなある日、メルは唐突に提案を出した。

 「アリス。私達をその目で見てみてくれないか?」

 「えっ!?」

 突然の申し込みに大きく動揺する。ショコラも強く咎める。

 「あんた、何考えてんの」

 「いや、そんな反応を取るのも分かるのだが、このままではいかんと思うのだ」

 「何が?」

 「アリスの今後の人生とか」

 「それはそうだけど」

 「それにな、私達だったら、見ても大丈夫なのではないかと思ってな」

 「……」

 メルの考えは分からなくも無いと、ショコラは思った。

 アリスが言っていた『平等に訪れる未来』それは死だ。人間の死は決まっている。けど、天使の死はどうなのか。決まっているのか。それとも、死と言う概念そのものが無いのか。

 それは、考えても分からないので、頭の中で振り払う。

 「それって、あんたの勘なの?」

 「勘なのかな?そうした方が良いと思ったのだ」

 「そう……」

 ショコラは顎に手を当てて、考えをめぐらす。

 (メルがそうした方が良いって思ったんならそうした方がいいんだよね。直感だけは鋭いし。でも、もし、外れたら……余計な事をして、アリスがショックを受けすぎて戻れなくなったら……)

 ショコラが唸り声を上げていると、メルはアリスの手を握り、語りかけた。

 「そんなに日は経ってない、こんな奴の言うことなど信用出来ないのは分かる。だけど、本当は自分の目で色々な物を見たいのであろう」

 「……」

 「本棚にある本、世界の景色の物ばかりだ、私も読んだことがあるし憧れている。アリス、ここで踏み出してみないか?」

 「……」

 「もしも、目を開いて私達を見て嫌な気持ちになったら謝るし、二度とここに来ない。だから、勇気を出して見てくれぬか?」

 メルの言葉を聞いたアリスは、不安の気持ちで一杯だったのだが、前に手を握られた時と一緒で、不思議な安心感に包まれる。そして、目を開いてみても大丈夫かもしれないと思い始めていた。何よりも、このままではいけないというのは、自分が一番考えていた事でもあった。

 「……」

 ずっと、どうすればいいか分からなかった。目を開けて人を見たら嫌な映像が見えてしまう。突然発現したこの力とどう向き合えばいいのか。

 でも、今目の前に、そのヒントがあるのかもしれない。このチャンスを逃したら、二度と立ち直る事も出来ずに、この力に苦しめられる人生になってしまうかもしれない。

 「……」

 アリスは、考えて考えて考えて、それほどの時間は経っていないのだが、とても長い間、考え抜いていたように思える。そうして、メルの手をぎゅっと握り返して、口を開いた。

 「どんなことになっても、私の、友達のままで、いてくれますか?どんなことになっても、傍にいてくれますか?」

 「……うむ!そんなの、言われるまでもないぞ!なぁ!」

 「ええ。そうね」

 メルはとても嬉しそうに言い、ショコラは普段の通りに返す。

 二人の様子を感じて、意を決してゆっくりと目を開けていく。久々に開けたからだろう、光に慣れるまで少し間があった。

 光に慣れ、改めて、気持ちを強く持ち、二人の友人の方に目を動かす。そこには、心配そうな顔を向けている自分と同い歳くらいの女の子が居るのが見えた。

 「アリス?どうだ?」

 目の前の白いワンピースを着た少女がそわそわした様子で訊ねてきた。

 「えっと……メルちゃん?」

 「……うむ!そうだぞ!」

 名前を呼ばれたメルは、表情は変わってないが声が弾んでいるのでとても嬉しそうなのが分かった。

 「それじゃあ、後ろに居るのが、ショコラちゃん?」

 「ええ。ちゃんと、普通に見えてる?」

 「……うん。ちゃんと、普通に、見えてるよ……」

 軽く微笑むショコラを見て、涙が溢れてきて瞳に溜まり、遂には止めどなく流れ始める。

 「おー。綺麗な瞳をしているなー」

 「えー……?」

 そんな状態にも関わらず、メルは突然そんな事を言った。

 「あんたねー……まぁ、確かに綺麗だけど。それを今言うの?」

 「いや、思ったからな」

 メルの空気の読めなさに言葉を失うが、思わず同意してしまう程に、アリスの瞳は綺麗だった。

 あまりにもまじまじと見るので、恥ずかしくなりアリスは隠すように俯いた。

 「あー。まだ見ていたいぞ」

 「もーいいよー……恥ずかしい……」

 「うーむ。青くてキラキラしてて、あれは何というのだろうか」

 「ダイヤモンドとかじゃない?」

 「青いダイヤ。ブルーダイヤか。ブルーダイヤの瞳だ」

 「何度も言わんでいい」

 メルを手刀で軽く叩く。

 恥ずかしさで顔を伏せていたアリスは、嬉しさのあまり忘れていた、理由が分からない事を二人に聞くべく顔を上げる。

 「そう言えば、なんで二人の未来は見えないの?」

 「む?それは……」

 メルは気まずそうにショコラの方を見る。その様子を見て、アリスは慌ててその場を取り繕う。

 「あっ!言い辛いなら言わなくて良いんだよ!」

 「いや別に。言っても大丈夫でしょ。隠すような事でもないし」

 アリスの慌てぶりに、ショコラは冷静に対応する。

 「おーそうか」

 「ほらメル、見せてあげれば」

 「そんな、無理しなくても。えっ?見せる?」

 アリスが制止しようとしたが、メルはお構いなく力を見せた。

 「……そ、それ」

 背中に白い翼を生やしたメルを見て、とても驚きはしたが、それと同時に、美しいとも思った。

 「私はな、天使という生物らしいのだ」

 「て、天使……?」

 「信用出来ないだろうけど、ほんとよ」

 「あっ、ショコラもだぞ」

 「えっ……そ、そうなの?」

 「軽くばらすな」

 ショコラが溜息を付き、自分の考えをアリスに伝える。

 「アリスのその目の力って、私達には効かないのよ。多分、寿命とか死の概念とかが無いから。もしくは、何らかの力が働いて見えないか」

 「分かってたんだ……」

 アリスはぼそりと呟く。

 「このアホは気付いてないけど、私は気付いてたよ」

 「何の事だ?」

 「アリスの力の内容。人間には決められた未来があってそれが見えるってやつ」

 「おー。それは、結局何なのだ?なぞなぞか?」

 「んな訳ないでしょ」

 メルのアホさ加減に首を横に振る。

 「私が見える未来。それはね」

 アリスは、勇気を出して口を開き、一度深呼吸をして続ける。

 「人の最後、死ぬ直前の光景が見えるの」

 「おー。そうなのか。それは大変だな」

 「……えっ?それだけ?」

 意を決して告白したのに、メルの反応は拍子抜けしてしまう程に軽かった。

 「とても悩んでいるのは感じたが、本当の苦しみは本人しか分からぬからな。私に出来る事は、話してくれたことをしっかりと受け止めて、一緒に考えたり悩みを分かち合ったりすることだけだ」

 「……」

 「なんか、メルが知ったふうな口を利いてるのむかつくんだけど」

 「ショコラ。最近当たりが強いぞ」

 じゃれ合い始める二人を見ながら、アリスはメルの言葉を聞いて、胸の前に両手を置き、ぐっと噛み締める。

 「……そっか。なんだ。あはは、もっと早く言えば良かったな。そしたら――」

 そこまで言って、言葉に詰まる。

 二人がアリスの顔を見ると、また泣き出してしまっていた。

 ずっと苦しんでいたことを、こうもあっさりと受け入れてくれるなんて。こんなにも簡単に解決してくれるなんて。こんな日が来るなんて、夢にも思っていなかった。

 「ずっとね。苦しかった。いきなり、人が死ぬ映像がね、見えるようになって……」

 アリスが涙交じりの声で語りだす。メルとショコラは、それを静かに聞く。

 「怖くて……震えて……なんで、私なんだろうって……それで、不意に、鏡で自分の姿を見ちゃって……自分の最後を見ちゃって……」

 アリスの体が震えだした時、メルが急にアリスを抱きしめた。

 「もう良い。もう大丈夫だ。どれだけアリスが悩んできたのかが分かったから」

 「……うん」

 「大丈夫だ。これからは、私達がいる」

 「……うん」

 二人が抱き合っている所に、ショコラは無言で近付き、アリスが落ち着くまで背中を優しくさすっていた。



 姉御が病院の屋上で煙草を吸っていると、そこにシュヴァルとハウンドがやってきた。

 「……ちっ」

 「見て早々に舌打ちって、俺達どんだけ嫌われてんだよ」

 「身に覚えがない時点でクソ野郎って自覚しろカス」

 「何かやったか?俺達?」

 「それこそ、身に覚えがありやせんね」

 「お前ら、本気で殺されたいようだな」

 腰に吊ってあるホルスターに収まっている拳銃に手を伸ばす。

 「冗談ですって姉御」

 「これでも、結構感謝してるんだぜ?」

 「死の底から救い上げてやったんだから、あたりめぇだ馬鹿垂れ。これで感謝してないとかぬかしたら、問答無用でドタマに穴開けてるわ」

 拳銃に伸ばしていた手を煙草の方に戻し、一度煙を吐く。

 「つか、お前らは何しにきやがった?腰にそんな物騒なもんぶら下げて」

 シュヴァルは二本の刀を、ハウンドは小刀を、それぞれ持っている。

 「いや、運動しないとなまるからな」

 「だから、治るもんも治らねぇんだろうがよ!お前らまじで死ぬか?」

 再び、今度はホルスターから拳銃を抜いて銃口を向け威嚇をする。

 「いやいやいやいや!?冗談きついって姉御!?」

 「だんなが運動するぞって誘ってきやした。俺は上司に従っただけでさ」

 「てめぇ!何一人だけ被害者面してんだよ!お前が最初に体がなまるから運動がしたいって言ったんだろうが!」

 「上司の命令は絶対の、弱肉強食の世の中が憎いでさ」

 「お前ふざけんなよ!」

 「それが、最後の言葉で良いんだな」

 二人に、わざわざ見せつけるように拳銃の安全装置を外して見せた。

 シュヴァルは引きつった笑顔を見せ、ハウンドは両手を上げる。

 「……ちッ。ったく」

 舌打ちをしつつ、安全装置を入れ、拳銃をホルスターに戻す。二人は深い息を吐いた。

 「あっそうだ。姉御、ちょっといいか?」

 シュヴァルが突然、何かを思い出したかのように尋ねた。それを、不機嫌そうに返す。

 「あぁ?なんだ?」

 「最近、うちの子供達が入院患者の子供と遊んでるみたいなんだけど、なんか知らねぇかな?」

 「その子供が、何かのいわくつきって他の患者らが噂してたんで気になってるんですよねー」

 「……」

 煙を吐き、灰を灰皿へと落とす。

 「この街で、いわくがつかない奴なんざいねぇだろうが」

 「いやー。子供でいわくが付くのは早すぎねぇか?」

 「くだらねぇ噂好きの奴らが流したデマだろ。それに、たとえ何かあってもずけずけ探るんじゃねぇよ。相手は子供、しかも、ここの院長のあたしにな」

 「いやいや、こっちは子供達が接触してんだ。相手がどういう子かってのは、知っといて損するもんじゃねぇだろ」

 「あの子は、お前らが思ってるような子じゃないよ。とても非力な、普通の子供だ」

 「姉御ー。患者の情報を簡単に教えられないのは分かりやすが、こっちも、遊び感覚で聞いてる訳じゃねぇんですぜ」

 吸い終えた煙草を灰皿に乱暴に捨て、姉御は二人の方を向く。その目は、とても威圧的で、二人は同時に唾を呑んだ。

 「お前らは、その子供と、地獄の業火に焼かれて苦しみ続ける日々を一緒に過ごせるか?」

 「なんだそれ?」

 「それだけ、あの子が背負わされたものが大きいって事だよ」

 「内容が分かんねぇから、どうとも言えねぇよ」

 「だったら言う気はねぇ」

 「おい!」

 シュヴァルが一歩前に出た時、ハウンドは何かに反応し屋上に建てられている柵の方へと歩いて行く。そこから下を覗き込むように見る。そこには、病院内の庭を歩いている三人の子供達がいた。内二人は、ハウンドが良く知っている二人だった。

 「だんな、姉御。下を見てくだせぇ」

 「何だよ?今はそれどころじゃ」

 「良いですから」

 「……」

 言われた二人も下を見て同じ光景を目撃する。白いワンピースを着た少女が先頭ではしゃぎ、黒いワンピースを着ている少女が金髪の少女を手を引き一緒に歩いている。とても楽しそうにしているのが見て分かった。

 「どうやら俺達は、知らぬ間に巻き込まれちまったみたいですぜ」

 「そうみたいだな」

 「……」

 二人が同時に姉御を見る。頭を掻き、鼻から息を吐いていた。

 「ったく。分かったよ。ただし、話をした後にやっぱり止めたなんか言い始めたら、それこそ問答無用で殺すからな」

 「分かってるって」

 「そこは、しっかり守りやすよ」

 二人の真剣な顔を見て、新しく煙草に火を付ける。一度深く吸い、煙を吐いてから喋り始めた。

 「あの子は、アリスって言うんだが、アリスには突然、不思議な力が宿ったんだ」

 「不思議な力、ねぇ」

 「俺達にとっては、そんなに驚く事じゃありやせんね」

 「ほう……知ってんのか?」

 「いや、俺達が知ってる力かもしれないってだけだよ」

 「ふーん……」

 煙草の灰を灰皿に落とす。

 「あの子が宿してる力はな、人の未来が見える力だ」

 「人の、未来?」

 「なんでぇい。それは便利じゃねぇですかい?占い師とかでやっていけそうじゃねぇですかい」

 「そいつの人生の手助けが出来る映像が見れるならな。でも、あの子が見れる映像は違うんだよ」

 「それは、何ですかい?」

 「アリスが見れるのは人の最後、そいつが死ぬ瞬間だ」

 「うわぁ。マジかよ……」

 「そりゃぁ。きちぃですねぇ……」

 アリスの力の内容を聞いた二人は、瞬時に理解し絶句してしまった。

 「この街でその力は、えげつねぇだろ」

 「死に方の種類は無駄に豊富ですもんね。それを、子供が見ちまうのはきついですぜ」

 「ああ。だからアリスは、今は物理的に目を閉ざしてるんだ」

 「まぁ、見たくもないもんが見えちまうんだから、そうするしかないよな」

 「アリスの目は病気にかかってる訳じゃ無いから、私でもどうすれば良いのか分からない。ほんと、何の為に医者をやってるのか分からなくなる」

 溜息と怒り交じりに、煙草の煙を吐いた。

 「だからこそ気になるんだ。お前らんとこの子供はどうやってアリスの心を開いたんだ?」

 怪訝な顔をして姉御は尋ねた。

 「俺達も知らないけど、思い当たる節はあるな」

 「それは何だ?」

 「詳しくはめんどくせぇんで言えやせんけど、お嬢達もまた、アリス嬢と似たようなものを抱えてるって事ですかね」

 「ほぉ……成程な」

 それだけ聞いて察したのか、それ以上は何も聞こうとはしなかった。

 「あの光景を見て、お前らに頼みごとが出来た」

 「姉御が俺達に頼み事?めちゃくちゃ嫌な予感しかしないんだが」

 「お前らは黙って何かを聞けない呪いにでもかかってんのか?」

 「だんな、だんなのせいで俺までおかしいみたいに言われてるんですけど」

 「お前は元々おかしいだろ」

 「ひでぇ言われようだ」

 「ちっ。良いから。黙って聞け」

 煙を吐き一拍置く。

 「アリスを、お前らに託していいか?」

 「あー……そういう頼みかー……」

 「あたしも、途中で投げ出してるようだし、何よりもお前らに頼むのがすげぇ嫌だけど、でも、ここで引きこもっているよりも、お前らとっていうか、あの子達と一緒にいた方が、何かいい結果が生まれそうな気がするんだ」

 姉御の言い分を聞き、シュヴァルは頭を掻きながら答える。

 「はぁ。何でも屋は託児所じゃねぇぞ」

 「でもだんな、もうこの依頼は、お嬢達が受けたようなもんでしょうよ」

 「そうなんだよなー。あの二人が勝手に始めちまってるからなー」

 シュヴァルは両腕を組み、ハウンドは再び子供達を見る。

 「んでどうすんだ。さっさと決めろ」

 「あーあ。しゃーねーか。良いよ。ここで姉御に恩を売っとくのも悪くないしな」

 「てめぇ。子供を出しに使ってんじゃねぇよ」

 姉御は乱暴に煙草の火を消し、灰皿に捨てる。

 「とにかく、任せたぞ。ゴミ共」

 「へいへい」

 「それよりも――」

 姉御がホルスターの拳銃に手を置く。

 「お前ら、気付いてるか?」

 二人を睨みつけるように見つめながら聞いた。

 「あぁ。気配を消しきれてねぇな」

 「誰ですかね?何が目的なんで?」

 「多分だが、アリスだ。目の力の情報を、どっかから仕入れたんだろ。最近、妙な気配を感じてはいたんだ」

 「でも、ここを襲うか?この街の聖域みたいなもんだぜ?なにより、姉御の存在を知ってて襲う馬鹿なんてこの街にいるか?」

 「よそ者なんだろ。くっそめんどくせぇ。お前ら、手伝えよ」

 姉御が屋上の出入り口に向かって歩き出す。

 「はぁ?こっちは病人だぜ?姉御達だけで対処してくれよ」

 「うるせぇ。医者に隠れて体動かしてたてめぇらが言えることなんざねぇぞ」

 「人使いあっれぇ」

 「怪我が悪化したらどうすんだよ」

 「黙れクソ共。さっさと来い」

 言い終わるや否や、姉御が屋上から出て行く。

 「あーあ。気張っていくぞー」

 「うぃーす」

 体を伸ばしてから姉御の後を追い、出入り口へと歩いて行く。

 「お嬢達は大丈夫ですかね」

 「大丈夫だろ。敵を感じた所、それほどじゃねぇ。メル達だったら余裕だ」

 「そうですよねー」

 「それよりも、俺達が死なねぇようにしねぇと」

 「あー。姉御はマジで容赦なさそうですもんねー」

 二人は、この後の行く先の事を考えると不安しかなく、憂鬱な気分のまま屋上から出て行った。



 シュヴァル達が屋上で異変を感じ取っていた頃、メル達もまたその気配を感じており、行動に移そうとしていた。

 「ショコラ。病院へ戻ろう」

 「ん。そうね」

 「どうかしたの?」

 二人の声の調子が変わり、アリスの表情が曇る。それを察した二人は、安心させるために、メルはアリスの肩に手置いて一言放つ。

 「大丈夫だ。安心しろ」

 「えっ?えっ?」

 「何が大丈夫なの」

 メルのいい加減なのか本気で言っているのか分からない励ましに即座にツッコミを入れつつ、ショコラはアリスを抱きかかえ、メルに指示を出す。

 「援護宜しく」

 「任せろー」

 「あんまり任せたくないテンションね」

 軽い返事に不安を隠せないが、ひとまず任せることにして病院へと駆け出す。その動きを察知されたのか、至る所から軍服姿をしていたり、普通におしゃれな服を着ていたり、武装した男達がそこら中から飛び出してきて、ショコラを追いかけようとする。

 「こんなにもいたのか。だが、行かせぬ!」

 メルは即座に反応して、光の球を大量に出し、男達に向かって射出する。それは、男達の体に当たり、弾けて吹き飛ばした。

 「何だあのガキ!?」

 「構わん!殺せ!金髪のガキ以外に用は無い!」

 リーダーらしき男が叫びマシンガンを構える。それに続いて、周りの男達も次々とメルに銃口を向け始めた。

 「撃て!」

 号令がかかり、一斉に銃弾の雨がメルを襲う。

 「それは効かぬ」

 両手を前に出し、シールドを出して簡単に防いで見せた。男達はあからさまに動揺をしている。

 「な、なんなんだよあれ!?全然効いてねぇぞ!?」

 「だったら……!」

 一人の男が攻撃の矛先をショコラへと向ける。

 メルは瞬時にそれを察し、自分にシールドを張りつつ光の球を出して、男に向かって飛ばす。球は男に当たる前に弾けて、衝撃波で後ろへと吹っ飛ばした。

 (全く。甘いんだから)

 メルの戦い方を見て、ショコラはそう思った。

 「しょ、ショコラちゃん?何が、起こってるの?」

 近くで鳴り響く音のせいもあるのか、一層不安がってしまっているアリスに、どんな言葉をかければいいか迷ったのだが、メルが全く焦っている様子が無いので、こんな言葉をかける事にした。

 「んー。近くで祭りが始まったってとこかな」

 「えっ?それはどういう……」

 「この街はお祭りが日常だから」

 「だから、それはどういう……」

 意味を問おうとしたのだが、自分に心配をかけまいと色々してくれようとしているのが分かったので、二人を信じて成り行きに任せる事にした。



 姉御、シュヴァル、ハウンドも、病院内に隠れていたメル達が戦っている敵の仲間達の襲撃に遭遇していた。弾丸の雨を防ぐように物陰に隠れてやり過ごしながら、どうするかを話し合っていた。

 「姉御さー。警備の見直しをした方が良いんじゃねぇの?」

 「あぁ?ここを戦場にする馬鹿は、田舎もんだけだろうが」

 「まぁ……姉御の怖さを知ってたら手なんか出さないからな」

 「んで、どうしやすかい?ここで成り行きを見守ってる訳にもいかねぇでしょうよ」

 「はー。そうだなー」

 姉御は火の付いていない煙草を吸っているように見せて、二人に指示を出す。

 「お前ら、突っ込め」

 「はぁ!?死にに行けってか!?」

 「お前らならやれる」

 「策も何も無しにですかい?人使いが荒いってレベルじゃねぇや」

 「ぐちぐち言ってねぇでさっさと行け!あたしは下に行って他の奴らの様子を見なきゃいけねぇんだ!お前らは上から全部片づけながら下に来いよ」

 姉御はそれだけ伝えると、さっさと階下へと降りていってしまう。

 「マジでやらせんのかよ……人でなしにも程があるだろ」

 「まぁ、姉御にとっちゃ、俺達なんてそんなもんですぜ」

 「あぁ……そうだな」

 シュヴァルは頭を掻き、一度深呼吸をして、二本の刀を抜く。ハウンドも、腰に吊ってあった鞘から小刀を抜く。銃弾の雨が鳴り止んだタイミングで、シュヴァルは左、ハウンドは右に飛び出した。

 まずシュヴァルは、目に入ったマシンガンを構えている男に向けて左手の刀を投げた。

 「!?」

 刀は男の胸に刺さり絶命させる。

 「くっそ!」

 その姿を見た後ろの男は驚きながらも、銃器を構え撃とうとする。しかし、それよりも早く、右手の刀を左手に持ち替えて走ってきていたシュヴァルの横一閃が入り、首を切り落とされる。

 ハウンドの方も、飛び出したらすぐに小刀を敵に向かって投げた。それは、手前に居た男の肩に刺さる。

 「ぐあっ!」

 「こいつ!」

 仲間の男はハウンドに照準を定め直して、引き金を引く。それを、壁を物凄い速さで蹴りながら躱していき、十分近付いた時に男を蹴り飛ばした。その後すぐに小刀を刺した相手の体を操りそいつが持っていたマシンガンの銃口を蹴り飛ばした男に向けて、引き金を引き撃ち殺した後に、用済みと言わんばかりに、利用した男の首をひねって殺害した。

 「おい!どうした!?」

 シュヴァルが向かった方から、声がして一室から仲間らしき男が顔を出す。

 シュヴァルは咄嗟に殺した男を見てポーチを探り、所持していた手榴弾のピンを抜き仲間の男に向かって投げる。

 「なっ!?」

 男が反射的に室内に逃げようとするが、間に合わずに爆発に巻き込まれた。

 「あっ!?やっべ!?」

 爆発した後に、シュヴァルは口元を手で覆いながら焦った声を出す。

 「おいハウンド!なるべく建物は壊さないようにしろよ!後で姉御が怖いからな!」

 振り返りながら叫ぶが、その時見た光景は自分達の死を予感するものだった。

 ハウンドの方にも、部屋に入っていた敵の仲間がいたようで、異変に気付きマシンガンを構えながら出てきたのだが、その男の気配には気付いており、出てきたと同時に襲い掛かり、胸倉を掴みながら窓の方へと投げ飛ばした。男は、ガラスを突き破り地面へと落下していく。シュヴァルが見た光景は、この場面だった。

 「あー……」

 「だんなー?何か言いやしたかい?」

 シュヴァルの心配などつゆ知らず、殺した男の一人から手榴弾を奪い取り、窓から身を乗り出して、先程落とした男目掛けてピンを抜いた爆弾を放り投げて確実に仕留めにかかっていた。

 「いや……なんでもねぇ……」

 自分達が今やっていることに対して頭が痛くなってきたシュヴァルは、メル達に会ったら別れの言葉をかけようと思った。



 シュヴァル達と別れた姉御は、下に向かっている最中に敵の別動隊と鉢合わせをしており、五人いる内の一人に銃口を向けられていた。

 「お前、ここの院長だな?」

 「それがどうかしたのか」

 「アリスと言う子供を渡せ。そしたら、我々はすぐにでもここを引き払う」

 「脅しに屈するような馬鹿はここにはいねぇよ。しかも、要求が子供をよこせだと?ここをどこだと思ってんだこの脳足りん共」

 「そうか。ならば仕方ない。皆殺しにしてでも探すだけだ」

 男はそう言うと、引き金を引こうとする。

 「はああぁぁ。めんどくせーなー」

 言葉を発した次には男の顎の下に自分の回転式拳銃の銃口を向けており、瞬間、火が噴いていた。

 目の前で行われた行為があまりにも一瞬で、周りの男達は呆然と立ち尽くしていた。

 「うっ、うわあああぁぁぁ!」

 一人の男が突然パニックに陥り姉御に向けて乱暴に銃を構える。

 「うるせぇ!ガキみたいに騒ぐな!」

 銃を向けられても、怯む事無く冷静に持っていた拳銃で殴り飛ばした。

 「ったく。人の命取りに来てるくせに、自分達の命が取られかけると発狂するとか、覚悟が足りねえんじゃねぇか?なぁ?」

 残った男達の方を振り向かずに独り言を呟くように言う。

 「こいつ!」

 立ち尽くしていた男の一人がようやく動こうとした時には、そちらを見る事も無く頭を撃ち抜き、もう一人もついでのように撃ち殺す。

 「さーて、てめぇでいいから話を聞いてもらおうか」

 さっき殴り飛ばした男を撃ち殺しながら、最後に残った男を見る。

 「お前らの本拠地は何処だ?アリスの情報をどこから手に入れた?ここを襲ったらどうなるか知らなかったのか?全部喋れば助けてやるぞ?」

 すっかり怯え切ってしまっている男は、体を震わせながらも、精一杯の言葉を返した。

 「お、お前に話す事は何も無い!」

 「そうかい」

 男が銃を構えるよりも早く、姉御の拳銃の銃声が鳴り、男はピクリとも動かなくなった。

 「自分の命欲しさに情報を渡さなかったのは立派だったぞ。あのクズが欲しがりそうな人材だ」

 最後に殺した男に賛辞を送り、再び階段を下りていく。



 病院内の別の階層に、一人の看護師の姿があった。見た目は二十代半ばで短髪、制服のせいなのか威容を感じさせるのだが、左手をポケットにしまい、右手でマシンガンを持ちながら廊下を歩いている姿は自分の目を疑いたくなる程異様であった。

 ゆっくりと歩を進めていると、一室から同じ制服を着た女が笑顔で出てくる。小動物系で小柄な体形、可愛らしく髪を後ろで二つに結んでいる。しかしその手には、拳銃が一丁握られていて、こちらも異様な光景だと感じられるものだった。

 「あっ!ルラウ!おっつっつー!」

 「おっつっつークラリーヌー」

 奇妙な挨拶を交わす二人。その後、小柄の女、クラリーヌの後ろに何か得体のしれない物体が引きづられてくる。ルラウは涼しい顔で尋ねる。

 「それ何?」

 「んー?ああこれ?襲撃犯の一人。捕まえたんだー」

 手足を縛られ、何か言っているが口を塞がれているので聴き取れはしない。部屋の中を覗いてみると、仲間だった者達だろうか。血を流して倒れている。外からチラッと見ただけだと死んでいるように見える。

 「あれ死んでんの?」

 「あったりまえじゃーん。生かして返す気なんてさらさらないよ」

 「だよね。そいつも?」

 「もっちもちー。こいつらのアジトとか、目的とか、拷問で全部聞き出したら用済みよ」

 二人の会話は男には聞こえないように小声で話をして、意地悪な笑顔を一緒に浮かべる。

 「この階はもう他にいなさそう?」

 「多分ね。それよりも、先生と合流したい。指示をもらいたいし、今他がどうなってるとか知りたい」

 「あー確かにねー。先生は問題ないだろうけど、他の人達は無事かな」

 「大丈夫でしょ。そんじょそこらの雑魚に負ける程、私達弱くないし」

 「ルラウはそうだろうけどさー」

 和気あいあいと雑談を繰り広げていると、不意に館内放送が流れ始める。

 『あーあー。お前ら、聞こえてるかー?』

 「あっ!先生の声だ!」

 「そうね。指示かしら」

 『こんな奴らにやられてる子は、流石にいないでしょうが、怪我とかしてたらちゃんと言いなさい。何十倍にもして返すから』

 「ははは!先生はお茶目だねー!」

 「これは、お茶目って言うの?」

 『それと、今、私達に喧嘩を売ってきているアホ共に関してですが、遠慮も、容赦も、一切しなくていい。全力で抵抗しなさい。それと、患者の皆さんは、騒ぎが収まるまで大人しくしていてください。まぁ、この街の患者の皆さんなら、みなまで言わなくても分かると思いますがね。では、私からは以上。健闘を祈ります』

 そう言うと、放送が切れる音が鳴る。

 「だってさー。この後はどうしよっか」

 「んー。まっ、見付けた敵は片っ端から殺して、取り敢えず、下に向かえば良いでしょ」

 「だねー。んじゃ、しゅっぱーつ!」

 これを聞いた二人は、とても能天気であった。

 一人の男を引きづりながら、二人の看護師は歩き出した。



 放送を終えた姉御は、火の付いていない煙草を咥えており、煙を吐くように息を吐いた。

 「せーんせえー?」

 その仕草を見て、近くにいた看護師が睨みつける。

 「火は付いてないだろうが。私はそこまで馬鹿じゃない。何度も言ってるだろ。中では吸わないって」

 「もー。勘違いされる方もいらっしゃるんですからね。気を付けて下さい」

 「はいはい……」

 「何暢気な会話してんの」

 このやり取りを、ジト目で見ているのはショコラだ。メルの援護のおかげで苦も無く院内に退避出来ていた。メルは、出入り口の前で、未だに一人で敵を軽くあしらい続けている。

 「あの子は、なんで奴らを殺さない?」

 姉御は火の付いていない煙草を口に咥えながらショコラに訊ねる。

 「メルは甘すぎんのよ。あんな奴ら、一瞬で消し飛ばせるのに。大切に思っている人が本当に危なくならないと本気を出そうとしない。悪い癖よ」

 「あぁ。それは、難儀だな」

 咥えていた煙草を口から離し、何かを悟ったように遠い所を見つめる。

 「せーんせーい!」

 「こちらに居たんですね。先生」

 「んー?」

 かったるそうに声のする方を向くと、ルラウとクラリーヌが一人の男を引きづりながら歩いて来ているのが見えた。

 「おー。お前達、無事だったか。どうだ?首尾の方は?」

 「もーばっちりですよ!」

 「見つけたゴミは片っ端から掃除しときました」

 二人は笑顔を浮かべながら報告をする。

 「ほー。それはごくろーさん。んで、そいつはなんだ?」

 引きづられている男を指差して聞く。

 「これですかー?後でー、い・ろ・ん・な事して、情報を聞き出すんですよー」

 「そうかそうか。人の趣味にとやかく言わんが、程々にしとけよ」 

 姉御の言葉を聞いて、クラリーヌぐいっと顔を近づける。

 「趣味じゃないですー!当然の粛清ですー!」

 「はいはい。好きにしな」

 クラリーヌを追い払うように、しっしっと手を振る。

 「許可貰ったー」

 「良かったねー」

 二人の間にのほほんとした空気が流れる。するとそこに、今度は男の怒号が響き渡る。

 「姉御ー!片付けてきたぞー!」

 階段を気だるそうに下りてくるのは、シュヴァルとハウンドだった。

 「おーゴミ共。ごくろーだったな」

 「ほんとですぜ。労ってくだせぇよ」

 「労ってやりてぇのは山々なんだがな。上の方で、爆発音とか何かがぶっ壊れる音が聞こえたんだが、お前ら、何か知らねぇか?」

 姉御にギロリと睨まれた二人は、さっと目を逸らした。

 「姉御、労いの言葉なんかいらねぇ。俺達は当然の事をしたまでだ」

 「ですね。命を助けてくれた恩人にはきっちりと借りを返しとかねぇといけやせん」

 「お前ら……私と別れた後、上で何やってきたんだ?」

 まるで、蛇に睨まれた蛙のようにその場に立ち止まってしまう。

 「ちっ。まぁいい。後は表の奴らをお前らでどうにかしろ」

 あごで指された方を見て、二人は状況をすぐに理解する。

 「これで本当にラストかー?」

 「これ以上は働く気はありやせんぜ」

 「ぐちぐち言ってねぇでさっさと行け!」

 「「うぃーっす」」

 銃口を向けられ、二人はかったるそうにしながらメルがいる正面玄関へと歩いて行く。

 「あの二人、本当に大丈夫なの?」

 ショコラが疑うように姉御を見る。

 「あいつらなら大丈夫だよ。傷は治ってるし、屋上で私に隠れて模擬戦紛いの運動をしようとしてやがったからな。むしろ丁度いいだろ」

 「あっそ。なら平気か」

 (えっ?そんな軽い反応でいいの?本当に大丈夫なのかな……)

 姉御とショコラのやり取りを聞いていたアリスは姿の分からない二人の男を心配する。



 「むー。しつこいなー」

 メルは銃弾の雨にさらされながらも、シールドを張り無傷でこの場を乗り切っているのだが、この次にどうすればいいか考えあぐねていると、後ろから声が掛かる。

 「メル。大丈夫か?」

 「おー。シュヴァル。ハウンド」

 二人は柱の陰に隠れて銃弾をやり過ごしつつ、メルと会話を交わす。

 「二人共、無事だったのだな。良かった」

 「当たり前だろ。こんな奴らにやられるかよ」

 「まぁ、こいつら片付けた後に、姉御に殺されるんですけどね」

 「そうだった……死の運命からは逃れられないんだった……」

 「二人は一体何をやってきたのだ?」

 「そんな事よりも」

 「ちゃっちゃとやっちまいやしょうぜ」

 そう言うと、シュヴァルとハウンドは武器を握り直す。

 二人の雰囲気が変わったのを、メルは感じた。

 「メル。援護してくれ」

 「奴らを殺すのか?」

 「当たり前だろ。どうせ、姉御に喧嘩を売ってるんだ。今ここで楽に死ぬか、後で惨たらしく死ぬかの二択しか、あいつらには残ってねぇから、心配すんな」

 「そうか。分かった」

 「じゃ、最後のお掃除、始めますかい」

 三人は、何の合図も無く同時に動き出す。メルが広げていたシールドを三人分に分けて張る。

 「何だ!?男が増えたぞ!?」

 「だからなんだ!やる事は変わらねぇよ!」

 「おい!中の奴らとの連絡が取れねぇんだけど、何かやばくないか?」

 「今更焦ってもおせぇんですぜ」

 ハウンドは敵が反応出来ない速度で動きながら一瞬で距離を縮め、一人目の首を斬り、すぐに近くの男の首を同じく斬り殺した。

 「何なんだよ!?こいつら!」

 敵側の男の一人が手榴弾を取り出しピンを抜くと、ハウンドに向かって放り投げた。

 「やらせぬよ」

 手榴弾を囲むように薄い膜が包み込む。そのままハウンドの近くで落ちて爆発したのだが、威力を完全に封じ込めて被害を全く出さずに終わる。

 「な、何が起こった!?」

 男が慌てていると、いつの間にかシュヴァルが近くにおり一太刀浴びせて命を絶つ。

 「その程度で焦るって、お前らほんとにどこから来たんだ?」

 刀に付いた血を振って飛ばしながら、冷たく言い放つ。

 「まっ、どこから来たかなんざ、今となってはもう関係ねぇか。不勉強な自分達を恨みながら死にな」

 メルの援護をもらいつつ、二人は、一人、また一人と男達を斬り殺していく。

 「ひいぃぃ!?」

 最後に残った男は腰が抜けてしまいその場にへたり込んでしまう。そこに、何でも屋の二人が近付いていく。

 「お前で最後だ。なんか言い残す事でもあるか?」

 刀の切っ先を突きつけ、脅すように聞く。

 「ま、待ってくれよ!?頼む!見逃してくれ!」

 「あぁ?ここまできて何言ってんだ?」

 「何か知りたいことは無いか?全部教えるから!だから、命だけは助けてくれよ!なっ!」

 「……残念だけど、お前はもう助かんねぇよ」

 「えっ……!?」

 「入る組織を間違えた自分の無知を呪って死んでくだせぇ」

 「まっ――」

 男が何かを言おうとしたのと、銃声が響き、男の眉間に穴が開くのは一緒だった。

 「あーあ。死んじまったよ」

 「あねごー。情報を吐き出させてから、殺しゃあ良かったんじゃねぇですかねぇ?」

 二人が振り返ると、火の付いた煙草を咥え、片手には煙を吹かせている拳銃を持ちながら、姉御が近付いて来ていた。

 「んなもんいらねーよ。うちの子が一人とっ捕まえてるから、そっからなんか分かんだろ」

 「あっ、そうなんですかい?」

 「それに、分かんなくても良いんだよ。そん時は、街の連中に片っ端から聞いて回るだけだからな」

 「ありゃりゃー、こりゃー相当ご立腹ですね」

 「当たり前だろうが。必ず根城を暴いて叩き潰す。どんな手を使ってもな」

 「相手が可哀想で仕方ねぇや」

 「ふん。自業自得だ」

 姉御が煙を吐いていると、ショコラとアリスが歩いてくる。

 「二人共ー勝ったぞー」

 「はいはい。凄い凄い」

 ショコラは軽くあしらう。

 「少しは褒めてくれよ」

 「……なんかむかつくから嫌」

 「なっ!」

 「あはは」

 子供達のおしゃべりを聞いていた姉御が突然シュヴァルとハウンドに言い放つ。

 「お前ら、今日で退院していいぞ」

 「えっ!?いきなりだな!」

 「あんだけ動けりゃ、もう大丈夫だろ」

 「退院理由がテキトー過ぎじゃねぇですかい?」

 「何よりも、お前らはうるせーんだよ。さっさと出てけ」

 「ひでぇ理由」

 「でも、やっと帰れるんですね。いやー、清々しやすぜ」

 「まぁな」

 「……」

 姉御が無言で銃口を二人に向け、二人は無言で両手を上げる。その中に、子供達が入ってくる。

 「聞こえたぞ。二人共、やっと帰れるのか?」

 「ああ。無事に帰れるかは分からないけどな」

 「死体になったらここに捨てていくから」

 「ショコラ嬢は厳しいや」

 姉御が銃を下ろし、二人も両手を下ろす。

 ショコラの隣にアリスが立っていたので、挨拶を交わす。

 「んで、その子がアリスだったか」

 「初めまして。アリス・ロエットって言います」

 「俺はシュヴァル。こっちのアホはハウンドだ」

 「だんな。そんな紹介ありやす?」

 「いいだろうが。本当の事だし」

 「ひでーなー」

 「あの……私、目が……」

 アリスがおどおどしながら自分の事を告げようとすると、シュヴァルはすぐに制止する。

 「言わなくていい。姉御から聞いてるよ」

 「そう、なんですか?」

 アリスの前に屈み、姉御がアリスの頭の上に手を置いた。

 「悪いな。勝手に話して。でも、こいつらには覚悟を決めさせたから、こき使ってやって良いぞ」

 「え……それは……」

 「姉御。勝手に俺達の人権を売らないでくれ」

 シュヴァルの発言を無視して、姉御は続ける。

 「それとな、アリス、これからの事は、この何でも屋に任せてやってくれないか?」

 「……それって、私の目は治せないって事ですか?」

 「……そうだな。私には治せない。それは、アリスに宿った力だから、治す治さないじゃないんだ」

 「こんな力!欲しいだなんて思った事ありません……!」

 「それでも、治さなくていい。向き合うんだ。自分に宿った特別な力、どうして自分に宿ったかを考えるんだ」

 「そんな事言われたって……」

 「すぐに答えを出さなくていい。時間はある。それに、一緒に向き合ってくれる友達も出来たんだろ?自分の意思で作った友達が」

 「……」

 メルが後ろから抱きつき、ショコラが左手を握った。見ていないのに、アリスは何故か二人が何をしたかが分かった。

 「先生、私、どうすれば良いのか分かりませんけど、頑張ってみます。ずっと目を開いていても大丈夫なようにします。そしていつか、先生の顔を見に来ますね」

 「ああ。その時を待ってるよ」

 姉御がシュヴァル達に向き直り、きつい口調で言葉をかける。

 「お前ら分かってんだろうな?怪我とかさせたらどうなるか?」

 「分かってるよ!分かってるから、その本気の殺意をしまってくれ!」

 「姉御、気合だけで人を殺せそうですぜ」

 「ふん」

 踵を返して病院へと向かおうとする。その時、小さな声で何かを言ったのを、二人は聞き逃さなかった。

 「私に出来なかった事、頼んだぞ」

 シュヴァルとハウンドは、改めて重要な事を頼まれたのを胸に刻みつけた。

 「はぁ……重いなぁ」

 「まっ、何か出来る訳じゃねぇですけどね」

 二人して空を見上げる。何かを振り払うようにシュヴァルは首を振り、口を開いた。

 「さっ。帰るかー」

 それに答えるように次々に言葉を返していく。

 「あーあ。溜まってるゲームとかアニメ消化しねぇとなー」

 「おー。早く帰ろー」

 「なんか、いっつも緩いよね。何でも屋って」

 「そうだなー」

 「緩すぎるのが欠点の大部分ですけどねー」

 「ふふふ」

 皆の会話を聞いてアリスは笑う、そして、胸に手を置いて深呼吸した。

 「皆さん」

 全員がアリスの方を見て言葉を待つ。

 「改めて、宜しくお願いします」

 深々と頭を下げたアリスに対して、シュヴァルが代表して答える。

 「ああ。宜しくな」

 五人は、我が家に向かって一歩進もうとした時、ふと、シュヴァルは何かを思い出したように訊ねる。

 「そういや、エクスエルは何処だ?姿を見ないけど」

 その問いに、メルが手を上げて答える。

 「あやつは、なんか、毎日街のどっかをほっつき歩いてるぞ」

 「あいつはここに何しに来てんだ……」

 溜息を付いて、再び歩き出す。久しぶりの我が家に帰る為に。



 退院をした翌日から何でも屋を再開し、それから更に数日が経ったある日、テレビから流れてきたとあるニュースに目がいった。

 「だんな。これ」

 「んん?なんだ?」

 ハウンドに言われ、テレビを見てみる。そこには、最近どこかの組織が壊滅したと報道されており、その組織が根城にしていたとみられる現場が映し出されていた。そしてそこには、血文字で『聖域を犯した者に罰を与えた』と書かれていると、テレビから聞こえてくる。

 「あー……これ、姉御達だな」

 「ちげぇねぇや」

 二人は、それをやった犯人がすぐに病院側の人間だと察した。

 「そんな事をやって、姉御達は平気なのか?」

 純粋な瞳を向けるメルに、シュヴァルは冷静に答える。

 「良いかメル。この街には手を出しちゃいけない組織が二つある」

 「うむ」

 「ドンが率いる南の警察連中と、姉御が率いる病院の連中だ」

 「おー」

 「組織の人間が一人残らず消えるまで絶対に手を緩めないから、マジで手を出すなよ。子供だろうが容赦しないからな。特に、それぞれのトップのドンと姉御は、敵とみなした相手は老若男女問わず殺しに来るから気を付けろ」

 「うむ。分かったのだ」

 「どうしてこの街の人々は、そんなにも生き死にに付いて軽く見ているんですか!」

 エクスエルがシュヴァルの前に両手を腰に置いて立ち、両頬を膨らませて抗議する。

 「あぁ?軽く見てる訳じゃねぇよ。何処の誰かも分かんねぇ奴の命より、仲間の命の方が大切なだけだ」

 「どんな人間の命も平等ですよ!」

 「お前、めんどくせぇなぁ」

 「ここ数日、私はこの街を沢山見て回りました」

 今度は祈るようにポーズをとる。

 「いきなりどうした?」

 「とても悲しいんです。人間はとても尊い生き物なんですよ?なのに、こんなに命を軽く見ているだなんて……」

 「しょうがねぇだろ。考え方は違うもんだ。それに、この街は特殊過ぎるんだよ。お前の考えは通用しねぇ。諦めな」

 「ううううー--!私は諦めません!」

 ぷいっと顔を背け、客用の一人掛けソファーに座った。

 「はぁ……融通が利かねぇな」

 「この街に向かねぇ性格してやすね」

 エクスエルに呆気に取られていると、部屋の扉が開かれる。

 「むっ」

 「ありゃ、お客さんですかね」

 「復帰第一号かな」

 しかし、そこから現れた人物は、シュヴァル達を驚かせる人物だった。

 「あー!やーっと見付けたー!」

 「お前!?」

 その人は、研究所にいて、シュヴァルと戦いを繰り広げた女だった。

 部屋を見渡しながらシュヴァルの傍へと近寄って行く。

 「やほー。探したんだよー。こんなへんぴなとこに店構えてて、よく潰れないね。よっぽど繁盛でもしてるのかな?」

 「来て早々大きなお世話だ!てか、何しに来たんだ。もう研究所は潰れてなんのつながりも無くなったんだから、好きに生きろよ」

 「あーそうそう。それの事で相談したいことがあってね。だから探してたのよ」

 シュヴァルが座る椅子の前まで来ると、片手を腰に、もう一方を胸の前に置き言い放つ。

 「私を、ここに置いてくれないかな?」

 「はぁ?何言ってんだ?」

 「いやだって、私って、いつどうなるか分からない身じゃない?あんた達、腕が立つからさ。私がどうなってもどうにかしてくれるかなって思って」

 「おいおい。俺達はあの事の処理を請け負ってる訳じゃねぇぞ」

 「良いじゃない。別に減るもんじゃないし。それじゃ、そう言う事で」

 「おい!勝手に決めんな!」

 シュヴァルの言葉を無視して、女がくるりと振り返る。

 「あれ!?ショコラじゃん!何で?死んだんじゃないっけ?」

 三人掛けの方のソファーに仲良く三人の子供が座っており、左から、ショコラ、アリス、メルの順で座っている。

 「一応、死んだことは死んだよ。まぁ、色々あってね。マエルマは元気そうね」

 「何何?ちょっと聞かせてよ。その色々をさ」

 開いていた一人掛けのソファーに座り、挨拶も程々に、ショコラと話し始める。

 「おい……こいつ……もう居座る気でいるじゃねぇか……」

 シュヴァルが頭を抱えていると、ハウンドがいつの間にか接近しており、肩に手を置き、そっと呟いた。

 「でも、いいんじゃねぇですかい?賑やかなのは。嫌いじゃねぇですぜ」

 「……」

 女性陣が楽しくおしゃべりしている姿を見て、シュヴァルは大きく息をはいた。

 「まっ、ここが明るくなるんだったら、多少の事は目を瞑っても、いいか」

 そう言うと、薄っすらと笑みを浮かべるのだった。

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