エピローグ

「おはよう」


「お、おはよう」


そそくさと私の前から逃げていく香澄。


あの日から一カ月がたった。しかし香澄の様子はさっきの通りだ。

放課後帰るため玄関に向かうと、一人の男子に呼び止められた。


「奈央さん。ちょっといいかな」


「はい?私?」


思わず聞き返した。なぜなら相手は香澄の思い人と思われる咲耶くんだったからだ。


「うん」


「なんですか?」


咲耶くんは私をまっすぐ見てくる。私は思わず目を逸らす。あれ?なんかこの感じ既視感がある。でもまさか、そんなわけない。だって私と咲耶くんはまともに話したこともないんだから。


「実は君のことが好きなんだ。付き合ってくれないか」


咲耶くんは少し震える声でそう言った。

その震えから嘘や冗談で告白して来てるんじゃないことがわかる。


「なんで、私なんですか?」


「正直最初は一目惚れだった。でも、香澄から君のことを聞く中で性格もいいって知って余計好きになったんだ」


「それは……!」


別に誰にでも優しいわけじゃない。香澄が好きだったから、香澄には優しかっただけ。だから性格良く聞こえるんだ。


「気のせいだよ」


「まぁ性格が多少盛って教えられてたとしても、一目惚れのスタートだからね、あんまり関係ないかな」


「そ、そうなんだ」


あまりの迫力に思わずたじたじになる。


「で、でもさ何でこのタイミングなの?」


「あー。それなんだけどさ、最近君のこと見てたんだけど、香澄と話してないよね?」


「うん」


「もし間違ってたら恥ずいんだけど、香澄って俺のこと好きだと思うんだよ。だからもし俺が告って2人の仲が悪くなったら嫌だなと思って告白しなかったんだけど、その心配は無くなりそうだったから告白することにしたんだ」


空いた方が塞がらない。言ってることは間違ってないんだけど、なんだろう、この認めたくない感じ。


「うん。気持ちは嬉しいけど、私は君とは付き合えない」


「どうして?」


「どうしてって」


私は君のこと好きじゃないから。と続けようとした私を遮って咲耶くんは言った。


「香澄のことが好きだから?」


「え…?」


「あれ?違った?そんな気がしたんだけどなぁ」


私は背筋が凍った。まさか誰にもバレてないと思っていたことが、全く関わりがない人にバレているとは。


「あ、誰にも言ってないから広められるとかは心配しなくていいよ」


「ど、どうして気づいたの?」


すぐに否定すれば良かったのに、言い当てられた私はそれが出来なかった。


「君を見ているうちに少し怪しいなって思ってたんだけど、香澄から話を聞いてるうちに確定な感じがしたんだよね」


きっと咲耶くんが鋭いだけで、他の人はわからないはず。だけど1人に知られるだけで、ものすごく怖くなった。それと同時にやっぱりあの恋は許されないものだったんだと思わされる。


「確かに私は香澄のことが好きだよ。だけどそれは恋愛対象としてじゃない。友達としてだよ」


その思いはあの日に消えた。


「あれ?そうなんだ。じゃあどうして付き合えないの?」


「私があなたを好きじゃないから」


「それはまだ俺のことを知らないからでしょ?付き合ってから知っててってくれればいいからさ」


「ごめん。私はそういう付き合いはできない」


「チッ。あぁそうかよ。やっぱレズはダメだな」


「は?」


「人が下から出てれば調子乗りやがって、まぁいいやどうせ後で香澄が告ってくるし」


話が分からない。ついていけない。急に人が変わったかのように豹変した目の前の人に戸惑う。


「この後実は香澄に呼び出されてるんだよね。まぁ十中八九告白だと思うからしゃーないから受けてやるか。まぁまぁ香澄も可愛いしな」


「は?」


「じゃーなレズの人」


言いたいことだけ言って、私が理解する前に彼はいなくなった。


さぁ全く予想のしてなかった展開だ。

彼の本性がさっきのだとすると、なにがなんでも香澄と付き合うのは阻止したい。けれど香澄の告白を止めるすべは私にはない。ここで私が止めに行ってもまだ未練がある人にしか見えない。友達に頼もうにも友達は香澄しかいないし、咲耶くんの外面は良さそうだから誰に言っても信じてもらいにくいだろう。

告白したのを後悔するつもりはないが、早まったかなとは思ってしまう。もし私が告白せずにいたら止められただろうか。でもその場合彼の本性を知るきっかけはできなかったから、告白するのに反対しなかっただろう。


「なるようにしかならない…か」


どの選択をしても正しいと思えないなら、心のままの選択肢を選ぼう。それがきっと一番後悔しないはずだから。

私は学校の中を走った。

告白スポットなんてそんな多くはない。香澄の性格からして、変な穴場を狙ってくることはないだろうからこの3箇所を見張れれば阻止できるはず。ただどうやって3箇所を見張ればいいのか。いや、3箇所を見張らないなら1箇所に絞ろう。今まで香澄と過ごしてきた時間から香澄が選びそうな場所に行けばいいだけだから。

私は1箇所に当たりを絞って、その場所の付近を探す。まだどっちも来てないみたいだ。じゃあまだ阻止できるはず。

そこで少し周囲を見回していると、先に香澄が向かってきているのが見えた。私は急いで香澄の前に向かう。


「香澄!」


「奈央?!どうしたの?」


「ちょっと言いたいことがあるんだけどいいかな」


私の勢いに思わず前のように反応する香澄。


「ごめん、約束あるから」


「分かってる。けどちょっとでいいから時間を頂戴」


すこし悩んで香澄はいいよと言った。


「こうして話すのも久しぶりだね」


「そうだね。それで言いたいことって?」


「実はね」


と私は口ごもる。なんて言って香澄を止めるかは考えていなかった。

いろいろ言いたいことはあるけれど私はシンプルに止めることにした。その結果、それでも香澄が告白しようとしてもそれは香澄の選択で私にそこまで止める権利はない。


「私さっき咲耶くんに告白されたの」


「は?」


「それで断ったらすごいぼろくそに言われたの」


「は?」


「この話を信じるかどうかは香澄に任せる。ただ告白する前に知っておいてほしかっただけだから」


「ちょちょっと待って。なんで私がこれから咲耶くんに告白するの知ってるの?」


「さっき咲耶くんが言ってたよ」


「は?どゆこと」


私は丁寧に説明する。

玄関で咲耶くんに話しかけられたこと。

告白されたこと。

断ったらレズはこれだからだめだとか言われたこと。


「それ、本当?」


「私に嘘をつく理由は………まぁ香澄から見たらあるかもしれないけど、私にはない」


「そっかぁ」


「まぁレズだからとかは全力で否定したいけどね」


「というと?」


「私は別に女の子が好きなんじゃなくて、香澄が好きだっただけだから」


「そっか。そうかもね」


そこで少し失敗したと思った。この流れで私が好きだった話は私の言葉の真実味が失われる理由になりかねない。


「ちょっと待ってくれる?頭の中で整理したいから」


「もちろん」


そこから少し無言の時間が流れる。1ヶ月前は無言の時間でも心地よかったけど、今はこの時間が気まずい。

これでもし信じてもらえなかったらどうしよう。私は全力で止めなかった友達を見捨てた人間になるのかな。


「うん。信じるよ」


香澄は唐突にそう言った。


「え?」


「だから、信じるよ。奈央のこと」


「本当に?」


「まぁだってこの後咲耶くんを呼び出してるなんて本人しか知らないし、友達少ない奈央が知るわけないでしょ。それに咲耶くんに気持ちがバレてるのはなんとなくわかってたしね」


「それじゃあ」


「でも、ごめん。ちょっと待って欲しい。この後すぐには告白しないよ。でも咲耶くんともっと話してちゃんとじるんの目で見極めたい」


香澄の硬い意志がそこにあった。


「そっか」


それなら私にはもうやるべきことはない。


「それじゃあね」


「ちょっと待って」


私がその場を去ろうとすると香澄に呼び止められた。


「この後公園に行くから、そこで待っててくれない?」


私は頷いてその場を離れた。1ヶ月ぶりにまともに香澄と話して、やっぱり変わってしまったものがある。けれど変わらないものも確かにあるんだと気づいた。





「待った?」


「うん」


香澄が来たのは私が公園に来てから30分後のことだった。


「それで?」


「んー。最初はねいつも通りの咲耶くんだなぁと思って話してだんだけど、奈央に告白したの?って聞いた急に人が変わってね。誰から聞いたの?って聞かれたから、奈央って答えたらすごい奈央のこと馬鹿にしてきたから、私も怒って言い合いになっちゃった」


いろんな感情が出てきて、整理できない。香澄の度胸に驚いたし、私を庇ってくれて、信じてくれて嬉しい気持ちがある。


「だからね、告白どころじゃなかったよ。咲耶くんがあんな人だって知れたのは奈央のおかげ。ありがとう」


「いや別にお礼を言われるほどじゃないよ」


「それでね。ごめん」


「え?」


この流れで謝る要素がどこにあるんだろうか。


「私から親友のままいられるって言ったのに、実際奈央とあった時、距離を置いちゃった。結局きっかけも無くて、1ヶ月もそのままになっちゃって。都合のいいことかも知れないけど、もう一度私と親友になってくれませんか」 


私は息を飲んだ。香澄は私と会う時気まずいけど、それだけで別に私はいないならいなくなってもいい存在だと思っていた。けど、香澄は私を、私という親友を望んでいる。そのことが今は本当に嬉しい。


「もう前の気持ちとは別れたから、前みたいに優しくはしないよ?」


「うん。別に都合のいい人が欲しいわけじゃない。奈央がいいの」


「ならまたよろしくね」


私はそう言って香澄に笑いかける。きっと気持ちを隠さずに言えた私たちは今まで以上の親友になれると信じて。


「うん!」


そう言って香澄も笑った。


「あ、ならまぁ彼にも感謝しなきゃね」


「彼?」


「咲耶くん」


性格最悪で、邪魔な存在でしかなかったけど、もう一度私と香澄を繋げるきっかけを作ってくれた。


「いいよあんなやつに感謝なんてしなくても」


笑いながら帰る私たち。

きっとまだ最初はぎこちなくなる。

だけどきっと前よりもっと仲良く話せる日が来るって私たちはそう信じてる。
























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叶わぬ恋と友情 春ノ夜 @tokinoyo

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