第34話⁂修行僧山根の死⁂

 

 初枝が寺の茶室で厄介になっている時には必ずと言って良いほど、灯籠の陰に隠れて様子を伺っていた佳代だが、今日は何か……様子がおかしい。


 いつもだったら茶室の明かりが、この時間帯夜の9時半頃だったら煌々と灯りが付いているのに真っ暗、更には読経の時は明るい筈なのにいつまでたっても灯りが付かず真っ暗。


「これは……怪しい?」

 そう思い佳代が、障子に近づき様子を伺っていると何か……”ピチャピチャ”微かに聞こえて来る聞きなれない音。

そこで……静かに……静かに……ほ~んの少し障子を開けて見た。


「ああああああああああ!アアアアアアアア!なんと……なんと和尚が、グチな卑しい目をギラつかせながら、初枝の美しい女体をなめ尽くしている。許せない!許せない!許せない!」


カ————ッ!となった佳代は茶室に飛び込んだ。

「あなた————————ッ!何をしているのですか!」


 そこに仁王立ちで立って居たのは誰有ろう妻の佳代。

 鬼の形相で、和尚さんの一部始終を恨めしそうに眺めていた。


「ワァワァ~~ン😭ワァワァ~~ン😭この淫乱女、どれだけ男をたぶらかす気、許せない‼殺してやる!」

茶室に有った包丁を取り出して初枝目掛けて飛び付いて来た。


「オッオイ❕ヤッヤメロ————————ッ!」

 

 和尚さんが懸命に止めに入るが・・・

 佳代が初枝に飛び付いた時に、偶然着物がはだけてお腹周りが”バサ————ッ!”と見えた。

 その時に……何と……お腹が……かなり膨らんで


 これは大変!


 こうして初枝が、寺の茶室にやって来た時のお世話係修行僧山根に、嫌疑が掛かった。

 かと言って一概には山根が犯人とは限らない。

 頻繫に初枝の家に顔を出す、あの軍人2人田村と池田だって十分怪しい。


 それでも用心には用心に越した事はない⁈

 そこで修行僧山根に問い質してみた。


 最初のうちは徹底的に、否定していたが、とうとう隠し通せないと観念して白状した。

 それでは何故、こんなにも徹底的に山根は否定したのか?


 それは故郷で寺の跡継ぎとして期待して待っている親の為にも、何としても一人前になり帰還したい。

 だが、それだけではない。

 まだ大学を卒業したての20そこそこの山根は、まだ女性を知らない。


 初枝とは20も年が離れていると言うのに、大人の女性の色っぽさにすっかり夢中になってしまい、初枝と離れ離れになるのが何より辛いのだ。

 ましてや初枝が妊娠していると知って、尚更その思いは強くなった。


 何としても修行が終わるあと半年は、ここで歯を食いしばって耐えよう!

 

 そう思って徹底的に否定し続けたが、どうにもこうにもならなくなってしまった。

 それは……和尚さんが「これはただ事ではない!大変な事だ!」


 そう言って騒ぎ立て、初枝の家にしょっちゅう顔を出していた2人田村と池田に、食い下がろうとしたが、最近2人供ピタリと顔を見なくなった。


 初枝の近所の住人に聞いても、片足の無い田村は最近全く見ないとの事。

 一方の池田の方だが、お手伝いさんが代わる時に顔を出すぐらいだとの話、半年以上は見ていない。

 

  初枝は確か?妊娠6か月との事……って事は2人は関係無いって事?

  確証を得た和尚さんは、今度は又もや山根に食い下がった。

  すると、とうとう観念したのか白状した。


 

 ◆▽◆

 ここであの山根友樹の母と言われているレミママの存在が、明らかになる。

 実は修行僧山根とレミママは同郷で尚且つ同級生、この修行僧山根とレミママは付き合い始めていた。


 だが、レミママの母親は極貧農家の娘で、生活の為に身売りさせられてしまった身の上。

 その為、レミママは父親が誰だか分からない私生児。

 

 昔の身売りさせられた娘が妊娠した場合は、大概中絶させられたらしいが、人気のある遊女は出産を許される事も有った。

 

 レミママの母親は人気の遊女だった為に出産を許されたのだ。

 レミママの母親は、借金返済の為に売られてきた身の上、自分で赤ちゃんを育てる等とんでもない事。


 こうして里子に出されたは良いが、里親の狙いはただ1つ、ただ同然でこき使う事だった。

 呉服問屋を営んでいる養父母に、ただ働き同然で女中のように扱き使われている有様。


 一方の山根は、この富山の片田舎でも名の通ったお寺の跡継ぎ、到底結婚など出来る筈もなく友達関係に留まっている。


 ◆▽◆

 山根は徹底抗戦もむなしく破門になり、また違う寺に修行僧として修行に出た。

 【僧侶になるには一定期間修業しなくてはならない】

 

 そして無事修行を終えて帰還。次期住職としてお勤めに励んでいたのだが、運の悪い事に、27歳の若さで不治の病と恐れられた肺結核であっけなくこの世を去った。

 明治から昭和20年までは「国民病」「亡国病」と恐れられ死亡原因の第1位だった。その為、当時死亡原因は肺結核が圧倒的に多かった。



 初枝が産んだ赤ちゃん山根友樹は、初枝があのような状態なので、生前は僧侶山根の元で育てられていたが、山根の死で事態は急変するのだが、


 それより……あれだけ初枝に夢中になり、魅了されていたのに、何の未練もなく山根は別れることが出来たのか?

 

 ……それが……どうも……そうでは無いらしい。

「僕が初枝さんを連れて帰り幸せにします」と和尚さんに直談判したらしいのだが、和尚さんが取り合わなかったらしい。

 それはそうだろう20歳も年が離れて居れば、幾ら魅力的と言えども歳の差には勝てない。

 山根が40歳の時に初枝は60歳という事だ。

 幾ら優しい山根でも、いつか初枝を疎ましく思うに決まっている。

 それもあるが、和尚さんも妻が有りながらも初枝に思いを寄せているので、手放したくないのも有るのだ。


 ◆▽◆


 それでは初枝は『山根友樹』を出産した後、殺害されていないのであれば何処に消えたのか?

 

 実は…初枝は三ツ矢の強い要望で三ツ矢の元に引き取られていた。

 三ツ矢本人にも当然責任はあるのだが、余りにも残酷な事が初枝の身に起き過ぎるので三ツ矢は、友樹の父である副住職にだけ話して夜の内に魚津を引き払い精神病院に入院していた。


 こうして最高の医療設備を有する精神病院の個室で治療に当たって貰っていた。

 そこには時間が空けば、ほんのわずかな時間であっても、必ず1分でも1秒でも初枝を見守る三ツ矢の姿がある。

それだけ初枝の事を愛し続け、片時も忘れられなかったのだ。


 そして…初枝も幾ら三ツ矢の事が嫌いだと言っても、ここまで愛されていたら初枝も本望だ。

 こんな精神状態の初枝だが、最近は三ツ矢にも徐々に心を開いている。


 そして近々三ツ矢と初枝は入籍するらしい。

「エエエエ————————ッ!」

 それでも……まだ正気に戻った訳でも無いのに……第一初枝がOKを出したとは到底思えないのだが……。

 本末転倒も甚だしい。

 一体どういう事なのか?


 それから……こんな精神病患者と結婚すると言えば、親戚一同が許さないと思うのだが?

 いえいえ大の大人のする事に、誰も口出しはしない。


 

 益々分らなくなって来た?


 何がどうなって、三ツ矢が山根君『山根友樹』の父親となり、ましてや一番訳が分からないのが、レミママが何故『山根友樹』の母親にならなくてはいけなかったのか?


 僧侶山根と付き合っていたレミママは、初枝に愛する人を奪われたのだから、本来だったら、僧侶山根と初枝の間に出来た子供『山根友樹』が憎い筈なのに、恋敵の子供『山根友樹』の母親に何故ならなくてはいけなかったのか?


 そこには、思いも寄らない人間模様が隠されている。


 何故、レミママは母親役を引き受けなくてはならなかったのか?


 実は、とんでもないカラクリが隠されている。









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