第4話⁂戦後の町!⁂

 

 1945年(昭和20年)日本軍は、戦況悪化により敗戦色も一層色濃くなって来た。


 そんな中、エリ-ト軍人で、連隊付中佐村上40歳の妻初枝35歳は、戦闘を逃れるために、祖母の家のある魚津の山あいにある片田舎に、かれこれ2年前から疎開中である。


 やがて第二次世界大戦末期、最も有って欲しくなかった恐ろしい原子爆弾投下という最大の悪夢で、幕を閉じる事になる。

 1945年8月6日広島市、更に8月9日長崎市に原爆投下そして…長く続いた戦争も8月15日終戦を迎えた。


 たまたま子宝に恵まれなかった初枝は、非常に辛い話だが、戦争未亡人となってしまった。

 その時に夫の部下だった片足の無い 田村中尉23歳が、何かあった時の愛妻の為に残しておいた遺品の数々と、最期の言葉を伝える為に遥々戦地からやって来たのだった。


 こうして悲しみに暮れる初枝の為に、田村の故郷である岐阜から毎月この魚津にやって来ていた田村。


 そんな時に戦争で多少の負傷は負ったものの、五体満足で帰還出来た連隊付中佐村上の、部下で有った若干20歳の妻有る身の軍人池田が、兵役時代に散々お世話になった中佐の妻が魚津に居ると聞き付け、早速挨拶にやって来た。


 戦況の悪化に伴い若干19歳で戦闘に駆り立てられた池田は、この現状化生きて帰れる保証などどこにも無い。

 その為高等専門学校の17歳の頃から付き合っていた彼女と、籍だけは入れてあった。


 だが、未亡人初枝の余りにも大人の色香漂う美しさに、一瞬で魅了されてしまった池田。

 それは初枝にしても同じで、精悍で、さわやかな笑顔と健康的な肉体美、更には何とも整った彫刻ダビデ像の様な端正な甘いマスクに、すっかり心を奪われてしまった。


 そんな折に、2人の姿があちこちで確認されていた。


「あのやけに色っぽい未亡人初枝と若い男が山里で逢引きしていた」


「2人が寂れた寺の境内で手を握っていた」


「土手で見詰め合っていた」


 口さがない噂はあっと言う間に、この片田舎に知れ渡ってしまった。

 2人は余程注意はしていたつもりだが、如何せん目立つので一瞬で気付かれてしまった。


「それも15歳も年上の戦争未亡人が、自分の子供ほども年の離れた妻も子供もある若者と、逢引きするとは不謹慎極まりない」


「どうせあの未亡人初枝が、初心な若者を女の色香で誑し込んだに違いない」


 非難の目を向けられたのは一方的に初枝で、それは女たちの嫉妬が生み出したことなのだ。


 自分達とはほど遠い、美しさと妖艶さを併せ持つ美しい初枝に激しい嫉妬と、いつ我が夫を、あの色香で骨抜きにされるか分からない恐怖心から、ある事無い事吹聴しまくっているのである。


 そんな噂がこの片田舎の町だけに留まっているかと思いきや、その噂は何とも因果な事に、同県の砺波市に住む池田の妻の耳にも入り、大変な事になった。


 一時は池田の説得で、妻も理解してくれて一旦は終息に向かったのだが、そう簡単には行かない。

 引き裂かれれば引き裂かれるほど、もう会えなくなるのではと思い、その恐怖心から、尚更燃え上がるのが恋の炎というもの。


 初枝は祖母の家に疎開中では有ったが、実際には富山県の県庁所在地である富山市内生まれの東京育ち。

 それもあって、こんな田舎の女性達とは大違いで、身のこなしや、話し方、ファッションセンスまで、細部に渡り洗練されている。

 

 周1で足蹴く初枝の元に現れる若くて美しい男池田、更には月1でやって来る片足の無い男田村。

 そこに来て35歳の女盛りの色香漂う何とも美しい初枝の言動に、地元の主婦たちは怒り心頭。

 

 富山大空襲の爆撃で大打撃を受け、惨憺たる現状化、更には終戦直後のガレキの山と焼け野原で、泥水をすする生活を余儀なくされていた敗戦国日本において、食べ物にも有り付けなく駅に野宿する子供等を尻目に、この時代に不謹慎極まりない。


 初枝は遺族年金と男達からのプレゼント攻撃で、こんな時代にも拘らず、いっぱしに口紅を付け何とも艶やかな着物姿。


 これに異を唱えたのはこの山あいの主婦たち。

「敗戦直後のこの時代に、誰もかれも食うや食わずの生活を余儀なくされているのに、あの女だけはチョットばかり美人だからと言って、男達からの貢ぎ物で良い生活を送っている。同じ人間でもこの差は何?あんまりだ!」


 そんな時にお寺の和尚さんである、小百合の父善吉さんの元に初枝が相談に現れた。

 実は…初枝と和尚さん夫婦は同年代である。

 という事は、小百合の両親もかなりの高齢で小百合と弟輝樹を出産した事になるのだが、長く子宝に恵まれなくて諦めた頃に相次いで生まれていた。

 


 初枝は、主婦たちの散々な物言いに困り果てて、相談にやって来た。


「男達を惑わす悪魔だ。妖怪だ。この町から出て行け!そんな事を言われてほとほと困っています」


 和尚さんである善吉さんも、美しく妖艶な初枝の魅力も当然のことながら、すっかり同情して事あるごとに寺で説法を説き聞かせた。


 これに危機感を感じた小百合の母はとんでもない事を思い付く。


 そして恐ろしい事件が起きる。

 それはあの妖艶な男を惑わす初枝の失踪事件。


 小百合の実家である、お寺西光寺を出てから忽然と姿が消えた。

 あの美しい男池田は、血眼になって初枝の居場所を探し回っている。

 一体初枝はどこに消えたのか?


 すると、妙な噂を耳にした。


 それは小学4年生の坊やの証言なのだが………?

「あの日初枝おばちゃんの跡を、身体が曲がったおばあちゃんがズ~ッと付けていたよ」という証言が出て来た。


 そういえば、異様に腰の曲がったおばあちゃんは2人程いるには居るが、坊やに聞いた所2人のおばあちゃんとは全く違うと言うのだ。


 一体初枝はどこに消えたのか?

 それとも……既に殺害されているのか?










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