#8:エピローグ
「暇だな……」
イコライザー事件は、無事解決した。
犯人はやはり天竺夏至郎で間違いなかった。あの段階ではあくまでイタリア系移民殺しの件でしか逮捕できていなかったのだが……。
すぐに天竺のSAAが調査され、線条痕が一致した。これにより六件の殺人と一件の殺人未遂によるイコライザー事件は天竺が犯人であると確定し、終息することになった。
まあ、警察の仕事ってのは捕まえた後も続くらしいから、ここからが大変だろうがな。なにせ犯人が警察官、しかも銃器犯罪を取り締まる側の人間だったんだから。今、世間はこの事件で実に騒がしい。
そして、俺たちも……。
イコライザー事件解決に民間の探偵が活躍した事実もまた、報道された。自衛隊が国防軍に改編されたのが二〇〇〇年代入ってすぐだからもう二十年近くになるが、一方PMCというのは探偵制度込みでもまだ施行されて十年くらいしか経っていない。国防の一部を民間企業に委託することに対する風当たりも強い。だから少しでもPMCに好意的な情報があれば何でも針小棒大に報道させている。
今回の件も大きく報道され、我が404NF社はその存在を大々的に世へ知らしめることとなった。目立つのは趣味じゃないが、こうした宣伝効果が見込めるという目算もないではなかったし、零細探偵社にとってこうした宣伝のチャンスはまたとないものだ。
これで依頼人がたくさん来る……と思ったんだがな。
暇である。
ここ最近の依頼ラッシュが嘘みたいに、宣伝したのに誰も来ない。いくら知名度が上がっても、困っている人がいないとどうにもならない因果な商売の宿命なのかもしれない。
暇すぎて書類仕事も全部終わり、自分の銃――モーゼルC96の分解清掃まで始めてしまう始末だった。
「おはようございます」
マチルダが入ってくる。
「ああ。おはよう」
「郵便物が来ていました」
彼女が渡してきたのは、大きな封筒だった。
はて、何だろう。依頼に関係するもの……? と思って、封筒に書いてある役所の名前で分かった。
「ちょっと待ってろ」
机からカッターを取り出して封筒を切り開く。
「ほら、これは君のだ。持っておけ」
封筒に入っていたのは、身分証だ。例の、レオンが準備し俺が書面を整えた書類の結果。マチルダが日本に滞在し仕事を行うことができる立場の人間であると示したものである。
それに加え、もうひとつ。
「これは……」
革製の手帳に入った銀バッジ。
すなわち探偵助手の証明証である。
「その手帳の中に必要な証明証は全部突っ込んで持ち歩くと楽だぞ。俺もそうしてるし」
「探偵助手とありますが」
「別に探偵の仕事をしろとは言わない。ただ、移民に警察が突っかかって職務質問して面倒を起こすってケースは日本でもけっこうあるからな。警察とか入管とか……面倒な連中に絡まれたとき、探偵助手という身分があった方が問題は小さく済むだろう」
何事も大事なのは権威だ。国が認める探偵ライセンスの所有者だと分かれば、向こうも下手はできない。
「そうですか……」
マチルダはしばらく、銀バッジを睨むように見ていた。
そして。
意を決するようにこちらを見た。
「あの……所長代理」
「なんだ?」
「いえ、その……」
珍しく、煮え切らないというか言葉を濁らせる。少しして、ようやく言葉が出てくる。
「わたしを雇っていただけないでしょうか、正式に」
「…………それは、どうしてまた」
その問いかけは、意外であった。
まずなし崩し的にこれまで探偵業に巻き込んでいたから、マチルダが自分の立場をどう理解しているのか実のところ把握できていなかった。それが彼女は、一応非正式な立場で事に及んでいるという自覚があったらしい。
その上で。
自分からそういうことを言うタイプだと思ってはいなかったので、少しびっくりした。
「確かに……学校にも通えないし、これから別の仕事を探すのも大変だろう。ここで働くというのは合理的な案だが」
「わたし個人の就労可能状況は分かりかねます。わたしは日本という国をまだ知らないのですから」
マチルダは返す。
「ただ、働くなら探偵がいい、と思ったのです」
「…………」
「わたしは、自分がズレた人間だということをなんとなく理解しています。わたしのいた環境での常識が、この世界ではまったく常識ではないということを。レオン大尉からは再三そう指摘されていたのですが、ここで所長代理といるうちに、その言葉の意味をほんの少しだけ理解しました」
自覚は芽生えていたのか。
「所長代理はあのとき言いました。どんな人間も、今を生きないといけないと。人を殺してはならないことが当たり前の今を」
「ああ、聞こえてたか」
「はい。わたしには今という時代がまだ理解できていません。ただ少し、自分がズレていることを認識しているだけです。ですから、わたしは、その……」
そこでマチルダは口ごもる。
「すみません。うまく言葉にできないのです。考えがまとまっていないのか、それとも表現する語彙が足りないのか……。ただ、今を生きる上で、わたしは探偵であるべきなのではないか、と思いました。所長代理とともに動いて、このズレを認識したのなら、もっと探偵として動けば、何か変わるんじゃないかと」
「そうか……」
彼女は、鋼鉄の時代から自力で抜け出そうとしている。
それは銃を愛し、人を撃ちたくてたまらない連中とは真逆の在り方で。
戦場しか知らなかった彼女が、そう思えるようになったのなら、樺太からの今日までは、無駄じゃなかったな。
「よし、分かった。君を正式に我が404NF社の社員として迎え入れる。給与その他待遇は応相談で」
「了解しました」
マチルダが敬礼をする。いつものこと。だが、すぐに彼女は敬礼した右手をおずおずと下げる。
「そうだな、まず敬礼する癖を直すところから始めるか」
「はい」
そんな時。
チャイムが鳴る。
「依頼人でしょうか」
「だといいな。NHKの集金だったら追っ払ってやる」
「NHK……日本の国営テレビ放送局ですか。そんな大組織が手ずから集金を?」
「そうなんだよ。テレビ置いてなくても金取ろうとするからな。マチルダも集金が来たら追っ払っていいぞ。君の部屋、そういえばテレビなかったよな」
「はい。……買った方がいいのでしょうか?」
「テレビゲームするようになったら買えばいいんじゃないか?」
そんなことを言いあって。
俺たちは次の依頼に向かうのだった。
#404NF:銃大国日本探偵録 紅藍 @akaai5555
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