#5:決闘倶楽部

 当日、二十時過ぎ。

 俺は目的の場所、すなわち城下町の湾岸部コンテナエリアに向かっていた。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「これでも鉄火場には慣れてる。職業柄な」

 道連れが根津なのが心もとないが、腐っても刑事だ。少しでも暴力沙汰になれば公務執行妨害で捕まえられる。そのための要員なのだから連れて行かないわけにはいかない。

「探偵が修羅場に慣れてるとは思えないけどな。前職のPMCだって非正規雇用だろ」

「今の日本じゃ非正規にも銃持たせてドンパチするんだよ。いいから黙ってついてこい」

 コンテナエリアは薄暗い。夜間作業用の灯りはあちこちにあるはずだが、既に投棄された区画であるため、電気が通っていないのかそれとも電源が入っていないのか灯りはついてない。月明かりと星明かりは城下町のネオンにかき消されてここまで届かない。

 区画は置かれたコンテナで雑然としている。放置されたガントリークレーンに上って覗き込めばそれこそ迷路のように見えただろう。とはいえ、まさか本気で人を迷わせるためにコンテナを配したわけでもなし。大きな道を適当に進んでいけば、方角さえ間違えない限りたどり着くことはできる。

「おお、本当にいたぞ」

 すぐに開けた場所に出る。俺たちは物陰に隠れて少し様子をうかがう。

 コンテナエリアの中でいっとう開けた場所が、連中のたまり場になっていた。数は十人以上。中には大型のチョッパーバイクも数台停車している。みな思い思いの格好をしているが、概してガンマン風というか、イエローボーイで天竺がしていたあのバカみたいな格好に近い服装である。

 薄暗い広場だが、誰かが持ち運び式の発電機と投光器を持ち込んだのか、強烈にそこだけ明るく輝いている。大仰なステージのようですらあった。その中で連中は互いの銃をホルスターから抜いて見せびらかす。光に反射して銃は凶悪そうにギラギラと輝いた。

「SAAはもちろん……S&WのM3を持っているやつもいるな」

「なんだそれ?」

 俺の呟きに根津が聞き返す。

「下調べくらいしておけよ。そもそもウエスタン趣味はお前の方だろうに。SAAと近い時期に出たリボルバーで、西部開拓時代に使われた銃のひとつだ。古い銃だしSAAほど流通しなかったが、ふむ……。中国の銃器メーカーが古い銃の復刻モデルを作っているからな。その中の一丁だろう」

 そして弾丸はWCC社から購入……。イコライザーがあの中にいる、という推測ももっともらしく聞こえるな。

「どうすんだ? 連中が決闘を始めたら出ていくのか?」

「今夜は決闘するかどうか分からないだろ。それに怪我人が出てからじゃ遅い」

 別に馬鹿な連中が勝手に怪我するのはどうでもいいが、怪我人が出るのを防げなかったというレッテルを社に貼られるのは嫌だからな。先んじて動く。

「行くぞ。転び公妨作戦だ」

「それ公安の手口だろ! 俺たちはやらないぞ」

「公安もお前らも善良な市民から見たら似たようなもんだ」

 ともかく、ここから先は出たとこ勝負だ。

「ちょっといいかお前ら! 警察だ!」

 俺は警察じゃないけど。ともかくそう言い張って表に飛び出した。探偵バッジを警察手帳らしく、暗がりでごまかしながら見せびらかして連中に近づいていく。後ろを確認すると根津も警察手帳を手に近づいていた。

「なんだ?」

「警察だと?」

 この一声で逃げ出すようなら周囲を固めている警察が即座に確保へ移行できたのだが、連中の反応はやや鈍かった。まあ、警察が二人で突然現れるのは想像の外だろう。

「嘘っぽいな」

 俺たちが警察に見えないのも原因か。俺はともかく根津はそれでいいのか。

 とにかく前に出ると、いかつい男たちは自然と俺たちを囲むように動いた。ならず者の集団行動はだいたいいつも同じだ。警察を名乗って前に出れば、高圧的に取り囲んで威圧してくると踏んでいた。

 後はこれで根津を殴ってくれれば楽に公務執行妨害なんだけど。

「警察がオレらに何の用だ?」

 集団の中でリーダー格らしい、もじゃもじゃの髭にサングラス、テンガロンハットをかぶった男がこちらに問いかけてくる。

「警察様がお前らにわざわざこんな夜に用件うかがいに来てんだ。帽子取ってサングラス外して神妙にしろ」

「なんだてめぇ!」

 どれだけ偉そうな態度をしても苦情は国守分署に行くのでやりたい放題である。他人の金で飲み食いする酒と肉は極上だが、同じくらい他人のふんどしで取る相撲も楽しいものだ。

「お前警察じゃないだろ」

 囲んでいたひとりが言う。

「その服のロゴ! PJ社の社員だな? PMCのエリート様が何の用だ?」

「いいからさっさとひざまずいて靴を舐めろ下郎ども。国防軍の腰抜けよりも国を守ってるお偉い傭兵様がてめえらの前に姿現してやってんだからよ」

 警察じゃないと気づかれたのは無視だ。とにかく向こうが手を出してくれれば終わるので挑発を続ける。

「おい探偵ちょっと待て」

 根津が耳打ちをする。

「なんだ?」

「一応言っておくが、お前が殴られても公務執行妨害にはならないぞ? 傷害罪にはなるけど逮捕の手間が違う」

「だからお前が俺を庇って殴られろ」

「挑発したのお前だろ! というか連中、銃持ってるんだぞ! 拳より先に鉛弾が飛び出さないかこれ?」

 その可能性は実のところ十分にある。だからこそ逆に馬鹿馬鹿しいくらい挑発しているのだ。本気で殺意が芽生えるというより、一発殴っとけと思うようなわざとらしさを演出している。

 銃を持っている相手に銃を抜かせず拳で応じさせるのは大事な技術だ。

「いいかお前ら、よく聞け」

 さすがに我慢できなかったのか根津が俺たちの間に割って入る。

「お前たちが決闘倶楽部だということ、実銃を使った決闘ごっこで負傷者が出ているのはもう把握済みだ! 大人しく捕まれ!」

「決闘? なんのことだかさっぱり分かりませーん」

 連中はおちゃらけて挑発し返してきた。うん、俺が発端とはいえ腹立つなこいつら。

「しらばっくれても意味ないぞ。調べはもうついてるんだ」

「オレたちが決闘なんてした証拠はどこにあるんだ? え、刑事さんよ」

 もじゃ髭が啖呵を切る。そうだな、現行犯じゃないから逮捕はできない。

「しかし、お前らそれでいいのか?」

 ここからが本題だ。

「なんのことだ?」

「調べがついてるのは決闘だけじゃないってことだ。最近このあたりを騒がせている連続銃殺魔事件を知っているだろう」

「ああ、ニュースでやってるな」

「その犯人がお前たちの中にいることも分かっている」

 ぎょっとして、連中はお互いに目を見合わせた。

「正直なところ警察も人手不足でね。ちゃちな決闘騒ぎをいちいち取り締まるほど暇じゃない。特にこんな掃き溜めにたむろする社会のクズなんて捕まえて税金で飯を食わせる余裕はないんだ。だから取引といこう」

「取引だと?」

「犯人を出せ。そうすればお前たち全員を逮捕するのは見送ってやる」

 無論、これは陽動だ。

 俺の目的は決闘倶楽部を捕まえることでイコライザーを捕まえることじゃない。警察は俱楽部の中に犯人がいれば御の字と思っているようだが、俺にとってはどちらでもかまわないことだ。

 しばらくお互いに牽制するように見合っていた倶楽部の連中だが、やがてその混乱は引いていく。連中は互いに問題のイコライザーがこの中にいないという確信を得たらしい。すると次はどうなるか。

 この手の不良連中は、妙にチーム内での結束が固いからな。あらぬ容疑をかけられ、一瞬とはいえ仲間内で疑心暗鬼にさせられれば堪えるだろう。どんな挑発よりも。

「ふざけたことぬかしやがって、このクソジジイ」

 もじゃ髭サングラスが怒気のこもった声を上げる。

「どっちかと言えばお前の方がジジイじゃないか? 認知症の検査は早めに受けた方がいいぞ?」

「黙れこのクソが! 俺たちを侮辱しやがって!」

 ついに怒ったもじゃ髭は銃を抜いた。それを見て、他の連中も次々に銃を抜く。

「ぶち殺してやる!」

「おおおおい! 探偵、大丈夫なんだろうな」

「無問題だな」

 猿山の大将が銃を抜かなきゃ自分たちの銃も抜けない腰抜けどもめ。そんなものはお飾りだ。キレて引き金に指のかかっているもじゃ髭以外は銃を撃つ度胸はない。

 まあ正面に立つ相手がいつ銃撃つか分かんないのは相当ヤバいんだけど。

 やれやれ。転び公妨作戦は失敗か。プランBに移行しよう。

「ずいぶん無粋な真似するな」

「ああ?」

「こっちは銃も抜いてないのにそっちは撃つ気か? ガンマンの風体が泣くぞ?」

 趣味とは合理ではない。

 ゆえに趣味人は、その趣味に行動を左右される。そこに合理性はない。あるのは当人の満足感だけだ。

「ガンマンが銃を抜くとなったらそれはもう、決闘だろ」

「お前……俺に挑む気か?」

 やつはもう、決闘など知らないと言い張った当初の主張を完全に忘れているらしかった。

「文句があるならお互い銃で決めようか。こっちもそれなりに銃を扱ってきたプロなんでな。遊びで拳銃チャカ撃ってるお前に負けるほど未熟じゃない」

 ウィンドブレーカーの裾をわずかになびかせて、左腰に吊るした銃を見せる。

「……いいだろう。後悔させてやる」

「こっちの台詞だ」

 釣れた。

 もう少し言葉を弄する必要があると思って色々準備はしていたが、案外簡単だったな。

 PMCのエリート社員様に銃で勝つチャンスがあるというのは、そんなに連中にとって大事なのだろうか? 趣味というのは突き詰めれば極めて個人的な行動原理に過ぎないから、俺には予測することはできても理解することはできない。

 しかし、古今東西アマチュアな人間が実は自分はプロよりできるやつなんだと思い込みたいというのはある話だよな。週に一度、三時間程度プレイするだけの草野球チームがプロ野球選手に勝てるわけはないんだが、フィクション的にはのでそういう物語は多い。それに当てられるとなんか自分もアマチュアだけどプロに勝てる気がしてくるってのはよくあるものだ。

 特に一部のオタッキーな趣味ではそれが顕著で、ミリオタもそういう集団だ。米軍制式拳銃を振り回して粋がっていた影本とか、ライフルを大量に持ち込んでいた男子高校生三人組とかは分かりやすい。まあミリタリー趣味とウエスタン趣味は似て非なるものかもしれないが。

 ともかく、決闘である。

 お互い、距離を取る。

「おい探偵、何やってんだ!」

「いいから見てろ」

 銃弾があらぬ方向に飛んでも大丈夫なよう、俺たちを囲んでいた連中も離れ始める。手慣れているというか、こういう状況を何度か経験しているゆえのよどみない動きだ。決闘をしていたというのは間違いない。

 これで決闘開始の直前に根津が現行犯逮捕してくれれば丸く収まるんだけどな。あいつにそれを期待するほど俺も馬鹿じゃない。他人がどの程度仕事ができるかを正確に測るのは、こういう職業には大事なスキルだ。

 どういう事態に対応できて。

 どういうことができないのか。

 万全に知らなければ、所長代理など務まらない。

「先に抜かせてやる」

「そいつはどうも」

 俺ともじゃ髭はお互い、両手をぶら下げて自由にした。

 後は一息で、銃を抜ける体勢。

「…………」

「…………」

 さすがに遊びとはいえ、実銃で決闘ごっこを何度もしている連中のボスだ。これが命のやり取りだというのに不必要な緊張がないのが見て取れる。あるいは単に実銃を扱うことへの想像力が欠如していて、死の緊張を抱かないだけかもしれないが。

 いずれにせよ、パフォーマンスは十分というわけか。

 しかし、そんなことに意味はないんだよ。

 お前たちは趣味人で、決闘好きかもしれないが。

 こっちは仕事なんでな。

 きわめて事務的に終わらせる。

「……!」

 俺は。

 上着の裾をはためかせ、銃に手をかけた。

「遅ぇっ!」

 その瞬間、もじゃ髭も銃を手にする。

 明らかに。

 抜くのは、向こうが早い。

 これは……。

 やつは腰の低い位置で銃を構える。

 銃口が、こちらを向く。

 そして。

 銃声が轟いた。

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