#4:確保準備
さらに三日後。俺はようやく事務所に顔を出すことにした。ほぼ二週間ぶりか。こんなに職場に顔を出さなかったことは、定職に就いてから今まであっただろうか。PJ社時代は盆と正月の休みも三日くらいしかなかったし……。ああ、樺太へレオンを追いに向かったときは、結構長く職場を空けていたな。まああれも調査仕事の一環と偽っていたから、職場的には働いている判定だったはずだが。
スーパーカブで事務所のあるガレージハウスまでたどり着く。鍵を使ってシャッターを開き、中にカブを停車させる。ガレージから二階に上がることもできるが、用があったので一度外に出て、シャッターを閉じて施錠する。
ガレージハウスは屋内の階段で一階から三階まで移動できるようになっているが、それぞれの階層ごとに部屋の使われ方が大きく違うため、外階段でそれぞれ上って入れるようになっている。玄関が二階と三階にもあるのだ。これは二階部分を事務所として利用する上で当然の措置だが、三階は居住エリアにするつもりだったのにこういう設計にしたのはよく分からない。レオンは元々マチルダをここに住まわせるつもりで、だが探偵業に携わらせるかは決めていなかったから、事務所を通らなくても部屋に出入りできるよう配慮したのかもしれない。
一度、外階段で三階まで上る。マチルダがいるはずの部屋の前まで向かった。
「…………」
必要なことだけをする。紙袋に入れた、彼女に渡すための荷物をドアノブにかけておく。
「お嬢ちゃんなら今留守だぜ?」
下から声が聞こえてくる。振り返って覗き込むと、天竺がいた。
今日はさすがに、あの珍妙なガンマンスタイルではなくスーツ姿だった。
「今ごろ警察で聴取を受けているはずだからな」
「またですか。何度同じ話を聞き出せばいいんですかね」
「そう言うな。こっちもやりたくないがそういう手続きなんだよ」
俺が二階に降り、天竺が上ってくる。
「しかし知らなかったとはな。本当にお前さんら没交渉になってるじゃないか。大丈夫か?」
「天竺さんが心配することじゃないですよ」
俺は鍵を開け、事務所の中に入る。天竺も後に続いた。
「ところでイコライザー事件はどうですか?」
俺はあまり気にしていないことを聞いて話を逸らした。
「天竺さんから依頼を受けてもう一週間が経とうとしてますけど。犯行ペースが早くなっていることを考えると、もう七件目は起きてるんじゃないですか?」
「テレビ見てないのかお前」
「あいにく決闘倶楽部の調査で忙しくてですね。それにテレビのニュースですぐに流れるとも限らないでしょう」
「それはそうだな」
応接用のエリアにあるローテーブルに必要な地図などを並べる。ソファに天竺が座った。
「七件目はまだだよ。少しペースが落ちたな。犯人も被害者の選定に手間取ってるんじゃないのか?」
「まあ、事件がないのはいいことですね」
ふむ、それは予期していたことだ。別に、どっちでもいいことだが。それでも想定通りに事が運ぶのはいい兆候だ。
俺の推理の正しさを、多少なりとも裏付けてくれる。あくまで多少なりではあるものの、それでも自信を持って事に当たれる。
「そんで? 決闘倶楽部の場所は分かったのか?」
「ええ。おそらくここで間違いないでしょう」
地図を開いて天竺に見せる。
「城下町のどこか、というのは最初から見当がついていました。イコライザー事件の被害者及び決闘倶楽部の負傷者が発見された地点をプロファイリングすれば、自ずと見えてきますからね。問題はその城下町の中でもどこかということで……」
夢城区の入り口にあたる城下町は、あくまで一区画とはいえそれなりに広い。やみくもに探すというわけにはいかなかった。倶楽部の連中に調査していると気づかれては逃げられるからな。
だから最初から心当たりがあるだろう鈴郎を頼ったわけだ。彼が当たりをつけてくれれば御の字だったが、想定以上に成果はあった。
「いくら広い城下町でも、じゃあ決闘倶楽部の連中がドンパチやって大丈夫なところとなると限られますからね。地図上で探したところ、おそらくここだろうと推測が立ちました」
城下町の湾岸付近。樺太紛争のあおりで水上運送会社が潰れ、コンテナだけが放置された場所がある。ここなら人目につかない。
「確かめたのか?」
「一応、それらしい集団がコンテナエリアに入っていくのを目撃しました。とはいえ、実際に決闘をしているかどうかまでは。そこまで近づいたらもう逮捕するしかないですからね」
「確かに
「さて、それはどうとも。連中が決闘に今のところ使っている小口径弾は銃声も小さいですから、案外気にされていないだけかもしれませんね。城下町でどの程度刃傷沙汰が一般的かにもよりますけど。とはいえ、もっと大口径の銃で撃ち合い始め、定期的に銃声が響くようなら周囲の人間が怪しんで通報するでしょう。そしてさすがに連中も、それを想定しないほど馬鹿じゃないはずです」
「つまり、ここからはスピード勝負ってことだな」
「ええ。今夜、俺と根津が向かいます。警察には少し離れたところで待機してもらい、俺たちが確認次第逮捕してもらうという感じで」
決闘の現場を抑えられれば一番いいが、そこはどうでもいい。根津を連れて行くのだから、最悪公務執行妨害でもしょっ引ける。要するに決闘倶楽部を一網打尽にしさえすれば目的は果たせるのだ。公権力万歳。
「今夜か?」
天竺が怪訝そうに言う。
「それはまた急だな」
「ええ。とはいえ悠長にも構えていられませんからね。やむをえないかと」
「…………」
何かを気にするように、天竺が考え込む。
「そういえば警備は銃器犯罪対策課の仕事でしたか」
何気なく話を振った。
「警備?」
「国守中央病院ですよ。ほら、影本殺しの犯人が入院しているでしょう? そこの警備、天竺さんのところが担当してたんですよね?」
「ああ……イコライザー事件で忙しいのにそっちにも人手が取られてな。とはいえ犯人が犯人だからな……。やつを殺そうとする馬鹿はそれこそ銃を持って押し入りかねないから、ウチじゃないと警備はちょっと心もとない」
「そんなに銃器犯罪対策課って腕がいいんですか?」
「SWATを除けば一番銃撃戦に慣れたチームではあるな」
なるほど。根津の言い分もまったくの自意識過剰というわけではないのか。
「その犯人、集中治療室は抜けたってニュースでやってましたけど、その後の容体はどうです?」
「ああ。四日前に意識を取り戻した。ただ事件当時の記憶が少し混濁しているらしい。至近距離で爆弾食らってるから無理もないが……。聴取はもう少し容体が安定してからだ。逃亡できる体じゃないから急ぐ必要もないしな」
「そうは言っても、もう調べることもないでしょう? 動機は娘を殺されたことによる復讐だと分かってるんですから」
「警察の仕事は逮捕してからも続くんだよ。やつをちゃんと裁判で裁くには、爆弾だの脅迫状に入れた弾丸だのの入手先も特定するに越したことないしな」
それは大変。捕まえて終わりじゃないわけだ。裁判は検察の仕事とはいえ、そこまでの調査を継続してするのは彼らということか。
「それに銃乱射事件の犯人ってのは、SNSに犯行声明を残すものだろ。それもないか調べているんだが……」
銃乱射したのは犯人ではないんだがな。
「あれ、天竺さん聞いてないんですか?」
俺は尋ねる。
「根津が言ってましたよ。マチルダが犯人のSNS見つけたって」
「なに?」
天竺が前のめりになる。
「犯人って、影本を殺した方だぞ? お嬢ちゃんが殺した三人の方じゃなくて」
「ええ。そっちです」
「そもそもあの移民、スマホ持ってたのか。俺はそこから疑ってたんだが」
「今どき難民もホームレスもスマホは持ってますよ。スマホないと何もできないご時世ですから」
それはともかく。
「根津が言うには、マチルダがイタリア語でSNSに投稿された声明を見つけたそうです」
「イタリア語? なんでイタリア語……。つうかお嬢ちゃんイタリア語使えるのか?」
「それは素直に驚きなんですけどね……」
レオンのやつ、適当なこと吹きこんだと思ったら外国語はいろいろ教えていたりする。
「ニュースでやってたじゃないですか、あの犯人と被害者の娘はイタリア系移民だって。母語がイタリア語だったんですよ。というかそもそも脅迫状もイタリア語ですよ?」
「そうだったのか……」
脅迫状の言語は俺も後で知った。一緒に入っていた弾丸がロシアのものだったのでてっきりロシア語だと思っていた。マチルダも平然と読んでいたし。
「しかし脅迫状は俺たちに狙撃を警戒させるためのものだったはずだろ。なんでイタリア語で?」
「犯人は日本で暮らしてますから日本語は多少読んだり聞いたりはできるのかもしれませんけど、書くのは無理だったんじゃないですか? 最近は手書きの文字も翻訳できるアプリとかありますから、イタリア語で書いても目的に適うと思ったんでしょう」
まあ影本も教頭もアプリで翻訳するという発想はなかったわけだが。そこで犯人は念を入れてライフル弾を同封して狙撃を強調したんだろう。
ロシア製の弾丸を用いたのは、さして意味のある選定ではあるまい。他のライフル弾でも良かったはずだ。どうせ狙撃はしない腹積もりだったのだから。ただロシア製の弾丸は樺太紛争で使用する銃器の鹵獲があったことから日本ではよく流通しており、入手しやすかったのだろう。鹵獲された弾丸が闇市場に流れていれば比較的目立たず手に入れることもできるわけだし。
「そうか……。後で確認しておくか」
根津が言っていた通り、天竺はイコライザー事件にかかりきりで影本の件からは一歩引いていたらしい。情報の入手が遅れていたと。
「ともかく、今夜は総出で決闘倶楽部を狩らないとな。警備も一夜くらいなら、別の連中に代わってもらえるだろう。そっちは俺が手配しておく」
「じゃあそれでお願いします」
準備は整った。
いよいよ、狩りが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます