#3:どんな顔をして

 ガンマンの格好をした珍妙な天竺と会い、仕事の依頼を受けた三日後。

 俺は根津を連れて国守中央病院を訪れていた。

「まったく、探偵。なんで刑事のオレがお前なんかと一緒に行動しなきゃならないんだよ!」

「俺たち市民の血税で飯をようやく食えるやつが偉そうにするな。行くぞ」

 ここに、目的の人間が入院している。

 国守中央病院は国守区でも最大の公営病院である。そのため、警察はもちろん国防軍も利用する。市民にとっても重要な医療施設だ。

「で? そいつに会えば決闘倶楽部の居場所が分かるんだろうな?」

「さあな。どのみち、見舞いと事後報告のついでだ。分かれば儲けものくらいでいろ」

 見舞い用の花と果物は準備してある。調達費用は後で警察に請求する。経費で落ちるってのはいいものだ。PJ社時代は必要に迫られてこうしたものを準備しても簡単に領収書が落ちなくて自腹を切る羽目になることも多かった。

 目的の入院患者は警察が管理しているエリアにいた。犯罪者や被害者のうち負傷した人間を入院させておくために病院内でそうした区画を持っているわけだ。だからその区画を通るのに面倒が無いよう根津を連れてきた。たぶん俺だけでも入れるが、手続きを手間取るのも嫌だしな。警察手帳一発で通れるならその方がいい。

 入り口を警備していた警官に根津が警察手帳を見せて、通してもらう。通常の入院区画と違い、警備の都合もありここはすべて個室になっている。入院費用はどうなっているんだろうか。病院と警察側の都合だから個室代は払わなくていい、とかそういう感じだろうか。

 あらかじめ聞いていた番号の部屋を見つけ、ノックする。若い男の声で「どうぞ」と返答があったので、開いた。

 そこにいたのは。

「羽柴さん。お久しぶりです」

 件の青柳の件で一緒に捜査をした赤貝である。つまり入院患者というのは……。

「羽柴さん? ああ……じゃああなたが」

 ベッドに寝ていたのは、青柳鈴郎だった。彼は上体を起こし、こちらを見る。

「話は赤貝から聞いています。この度は僕の起こした件で迷惑をおかけしました」

「いや、その……」

 呼吸を整える。

「お姉さんの件。誠に申し訳ありませんでした」

 頭を下げる。

 所長代理としての仕事である。

「防衛行為であったものの、わが社の社員がお姉さんの命を奪ってしまいました。しかるべき処罰を検討しています」

 謝罪。しかし正当防衛であるという主張をこちらから取り下げるわけにはいかない。現に正当防衛として処理しているからだ。ゆえにあくまで処罰は社内の規定に沿って行うという意志を明確にする。

 まったく、大人になるとこういう言葉回しばかり上手くなる。

「つっても正当防衛だろ? あのマチルダってロシア人がやばいのは事実だけども」

 空気を読まない根津が言う。

「刑事的には正当防衛で処理されるんだよなあ。ま、刑事が駄目でも民事があるけど」

「民事など……少なくとも僕は今回の件で探偵社の方々を訴えるようなことはしませんよ」

 根津の発言を否定するように鈴郎が答える。

「姉が僕を殺そうとしていたのは理解しています。実際、足を撃たれたわけですし。そのときのことは警察にも話しましたが、朦朧としつつも覚えていました。羽柴さんとポートマン……さん、でしたっけ? お二人が僕を守ってくれたことは分かります」

「そう言っていただけると助かります」

「敬語もやめてください。羽柴さんはどうかは分からないですけど、僕はあなたをよく知っています。地元じゃ有名でしたから」

「…………有名?」

 なんかしたっけ?

 横から赤貝が俺の持っていた花束と果物を受け取ってくれる。そして促されるまま椅子に座った。

 赤貝は花束と、テーブルに置かれていた空の花瓶を取って一度部屋を出る。

「探偵? お前昔はワルだったとかか?」

「どうだかな。お前よりは賢い子どもだったのは間違いないんだが」

「オレの子ども時代をなんだと思ってんだよ!」

「ノータリンの鼻たれ小僧だろ。そのまま大きくなりやがって。成長ってのは年を取ることと同義じゃないんだぞ」

 こいつは絶対、ランドセルが小学校の六年間待たずにボロボロになって三年生ごろに買い替えていたタイプだろうな。

 話を戻して。

「羽柴さんは不良ではなかったですよ。むしろその逆で。学校行事があると率先して手伝ったり、ボランティアに参加したりして。問題が起きるとよく仲裁もしていました。だから羽柴さんが探偵をしていると聞いて、しっくりきましたよ」

「この探偵が? ボランティア? 報酬が発生しないと動かない守銭奴なのに?」

 根津が大仰に驚いてみせた。

「昔の話だ。別に俺も、好きでやっていたわけじゃない」

 表向きは優等生に見えただろう。実際は押し付けられていただけだ。

 特に学校行事の手伝いなんてのはやるもんじゃない。ひたすら面倒だ。わがまま放題の馬鹿な同級生の手綱を握らなきゃならないし、それだけ労を払っても感謝されない。俺みたいなやつは存在しないことになった。一部の連中が自分たちで成功させた行事だと大騒ぎする。

「単に、断る勇気がなかっただけだ。それだからどんどん面倒を押し付けられる。そのくせ、自分が好きでやっていることだからと言われて評価の対象外になるんだ。やってられん」

 だから仕事では絶対にボランティアは無しだ。必ず報酬をもらう。そうでなければならない。仕事の評価とは報酬以外にないのだから。

「はあん。それで国守第三高校の教頭からも脅し半分で報酬を分捕ったんだな」

 根津が得心いったように言う。

「国守第三……影本のところの教頭か。警察になんか言ってたのか?」

 報酬は支払われたのを確認していたので、それからは気にしていなかったが。

「聴取のときに散々愚痴られてよ。あれは脅迫じゃないのかって。仕事の報酬払うのは当然だし、後ろ暗いのはそっちの勝手だろうって天竺さんが言って収めたんだよ。探偵、お前あの人にもっと感謝しろよ」

「検討しておく」

 まったくあの教頭。自分のとこの生徒が人殺しまくっているのを棚に上げて俺を脅迫で訴えようとしていたとはな。面の皮が厚いやつってのはどこにでもいるもんだ。

「それで、羽柴さん」

 鈴郎が聞いてくる。

「今日は羽柴さんとそこの刑事さんだけですか? あの子……ポートマンさんは?」

「あー、えっと」

 ちらりと根津を見る。

「今は謹慎させている。ひょっとしたら警察から聞いたかもしれないけど、彼女は既にいろいろやらかしているからな。今後の対応も含めて協議中、というところで」

「僕が言うのも変だとは思うんですが」

 少し前のめりになって、鈴郎が主張する。

「あまり彼女を責めないでほしいんです」

「それは……」

「僕は見ました。樺太で、彼女くらいの年の子が銃を持って人を殺す姿を」

 そして、彼は見たのだったな。

 自分が手榴弾を投げ込んだ先に、そんな子どもがいたことを。

「警察から聞きました。樺太の元少年兵だと。彼女は戦争という毒が体に回って、人を殺す以外の選択肢を咄嗟に取れなくなっているだけなんです」

 銃は毒だ。

 仕事の上ですら、一度触れれば毒は全身に回って、銃を手放すことができなくなる。現に俺の左腰には、ただの見舞いだというのに銃がいつものようにぶら下がっている。

 それはこの場にいる誰もが、そうだ。根津は職務中でこそあるが、SAAを腰から下げている。赤貝も銃を保持していたし、サイドボードには鈴郎のものらしい拳銃が置いてある。

 俺たちはいつの間にか、銃を手放せなくなっている。

 鈴郎は別にしても、俺たちは戦争に行ったわけじゃない。人を殺す場所に行ってはいない。にもかかわらずこの様だ。

 なら、戦争で人を殺すことだけを教え込まれた子どもはどうなる。

 銃の毒はどれほど体に回っているのか。

 銃を持つだけじゃない。銃は人を殺す道具で、それを握ったからには殺すしかない。まるで侍が一度抜いた刀に血を吸わせないと収められないように、銃と殺しが当たり前に繋がっている。

「無論、それは理解している」

 本当に、そうだろうか。

「彼女のしたことは正しい。あのとき、青柳さん――美鈴さんを撃たなければ確実に君は死んでいた。場合によっては俺たちも。でもその正しさは、人殺しという最大の過ちを除けば、という意味に過ぎない」

「…………」

「人殺しが悪なのは間違いない。どんな事情であれ、どんな相手であれ殺してはならない。その前提があるから社会は円滑に回る。自分が殺されるかもしれないという恐れを最小限にして生活できるんだ。それを破壊する言動は危険だし、警戒の対象になる。これも当たり前だ」

 ただ、そういうのは全部、言い訳だ。

「彼女にどう接すればいいか分からないんだよ。彼女が悪いんじゃない。身元を引き受けて、あまつさえ探偵社の仕事を手伝わせた時点でこうなるリスクは承知していた。にもかかわらず、いざそれを目にしたとき向き合えなかった自分が、どういう態度で彼女に臨むべきなのか……」

「戦争に出て、銃を撃った時点で僕たちは人殺しになります。国民はそれを望んでいたくせに、いざ僕たちが人殺しになって戻ってくると白い目を向けてくる。古今東西、戦争に出た兵士の扱いなんてそんなもんなのは分かっていて、その上で戦争に行ったはずなのに、いざ無下にされると嫌な気分になります」

 鈴郎が呟く。

「世の中には自分は戦争に行かないくせに散々人を煽るやつがいます。そのくせ、いざ戦場に行った兵士が戻ってきて弱音を吐くと下劣なものとして扱う。……それに比べたら、ポートマンさんと向き合うために悩んでいる羽柴さんは十分やれていますよ。その悩みをどうにかする必要はないでしょう。その悩みを抱えたまま、彼女と会うしかないんだと思います」

「そんな、もんかな……」

 それこそ言い訳じみている気がする。大人が現実を乗り越えるための方便だ。

 ただでさえ……レオンの死を隠しているのに、さらにそんな状態で、マチルダと向き合っていいものか。

 いや、違うのか。

 大人なのだから、一度ついた嘘は最後まで貫かなければならない。それが方便というやつだ。

「まあ……マチルダとはまたそのうち話し合ってみるさ。ところで……」

 この流れなら、話を仕事の方へ持っていってもよさそうだ。

 鈴郎が青柳の死についてこちらを責めてくるようなら退散するしかなかったが、どうやら話ができるらしいので、遠慮なく俺は聞きたいことを聞くことにした。

「今、俺はここの馬鹿面刑事と一緒の別の事件を追っているんだ。その件で鈴郎くん、君の知っていることが役に立つかもしれないと思ってね」

「僕の知っていること、ですか?」

「ああ。決闘倶楽部って聞いたことあるか」

「決闘倶楽部……」

 鈴郎は聞き覚えがないのか、反応が鈍い。だが……。

「それなら、オレは聞いたことあります」

 花瓶に活けた花を持って部屋に戻ってきた赤貝が答える。

「ネット上でここ最近ちょっと話題になってましたから。MP《ウチ》の管轄じゃないんで気楽なもんですよ」

銃器犯罪対策課オレらは頭抱えてんだけどな!」

 根津がぶつくさと文句を垂れる。

「決闘倶楽部のたまり場を探すのが俺の受けた依頼だ。警察が今追っている連続銃殺通り魔事件の犯人もひょっとすると決闘倶楽部の人間かもしれないが、確たる証拠もないのに通り魔の捜査を放り投げて決闘倶楽部に関われないということらしい。それで俺にお鉢が回ってきた」

「でも僕は決闘倶楽部については知りませんよ?」

「そうだな。だが、城下町については多少知識があるだろう? なにせ国防軍の連中から隠れるために潜んでいたんだ。働いていたクラブだけじゃなく、周辺で隠れられそうな場所の目星はつけていたはずだ」

「ちょっと待て探偵!」

 根津が横から割り込む。

「なんだ?」

「まるで倶楽部の連中のたまり場が城下町だと分かってるみたいじゃないか!」

「十中八九そうだからな。これを見ろ」

 俺は地図を取り出して広げた。城下町を中心にその周辺を記録した地図である。赤丸と青丸で印を打った。

「赤丸が六件の銃殺通り魔事件で被害者が発見されたポイントだ。見ての通り、城下町の外を囲むように現場がばらけている」

「本当ですね」

 鈴郎が覗き込む。

「面白いのは、特にこの番号を振って赤線でルートを示した三件なんだが、この被害者たちは城下町を通るルートで通勤していた。城下町なんて治安が悪いところ、通り魔にはうってつけなんだがどういうわけか犯人は被害者が城下町を出てから犯行に及んでいる。まるで城下町で人が死ぬと困るかのようにな」

 さらに。

「次いで、青丸が決闘倶楽部の関係者が逮捕された場所だ。正確には決闘ごっこで負傷したやつが救急車に回収された地点、だがな。これも城下町の外を囲むように点在している。もし連中がたむろしている場所を知られたくなくて、怪我人をどこかへ運んでから救急車を呼んでいたとしたらどうなると思う?」

「そういうことですか」

 赤貝が納得したように頷く。

「一種の地理的プロファイリングですね。犯人は自分のテリトリー内に警察が入るのを恐れ、そこから少し離れた場所で犯罪を行う。それを繰り返せば、自ずとドーナツの穴のように犯人が避けたがっているテリトリーが浮かび上がる」

「その通り。仮に通り魔が決闘倶楽部の人間だとするなら、このふたつの事件における犯行現場の一致は重要だ。城下町というテリトリー内にどうしても警察が来てほしくないんだ」

 最も、地理的プロファイリングは本来もっと厳密な分析と計算の元に行う手法だ。素人が見様見真似で地図に印を打って何とかなるものじゃない。だが俺は警察ではなく探偵だ。このくらいの雑な決め打ちでも、ざっくり場所を絞れればよし。もし空振りならそのときは別の手を考える……くらいの気楽さでいい。捜査方針を決めればそれに沿って大勢が動かざるをえない警察と違い、こっちは個人の零細探偵。好きに動ける。

「城下町……。確かに僕は一週間にも満たない程度しか滞在しませんでしたが、国防軍から隠れるという目的がありました。ゆえに隠れ場所になりそうなところも目をつけていました。その情報が役に立つかもしれませんが……その」

 そこで鈴郎がふと、疑問を口にする。

「そういえばそこの刑事さんは国守分署の人ですよね? どうして城下町……夢城区の事件に関わっているんですか?」

「あー」

 あんまり気にしてなかったな、そこ。東京の刑事なんだから東京の事件に関わるのは当然だろうくらいの気持ちでいた。だが考えてみれば国守の刑事が外へ出張るのは妙と言えば妙だ。

「あのなあ」

 呆れたように根津が言う。

「銃器犯罪対策課は全国に数あれど、都内で一番洗練された捜査組織なのは国守ウチなんだよ。なにせ国防軍の基地があるからな。共同で訓練とかできるし。銃器犯罪対策課の中でも国守のものは一流って言われてんだから。イコライザー事件みたいなものになれば駆り出されるのも当然だろ」

「一流?」

「なんだよその目は! 疑ってるのか」

「そりゃあな」

 なにせ根津がいるくらいだからな。そんな組織が一流?

 だが心当たりがないでもない。まさに影本の件だ。さらっと狙撃地点を洗い出して見張りをつけるなんてやっていたが、あれは専門技術がないと無理だろう。そして警察に本来そんな技術はないはず。なるほど、国防軍と連携して共同訓練などを行う中でそうした技術を身に着けていたわけだな。

 マチルダがさらっとやっていたのでうっかり見逃していたが……。狙撃地点の選定なんて本来かなりの専門技術だ。警察ながらそれに精通しているなら確かに一流なんだろう。

 でもなあ……。

「オレも選ばれしエリートなんだよ。少しは見直せ」

「高級ワインの樽に一滴でも汚水が入ったら、それはもう汚水の樽なんだよな」

「この野郎!」

 それはともかく。

「要するにでかい山だから引っ張り出されたってことだろ?」

「そうだよ。それに夢城区の警察は城下町の捜査には低調だからな。オレらがやらないと話にならん。あそこの連中、カジノで甘い汁を吸うことしか頭にない」

 城下町はいわばブラックボックス。その気になれば摘発できる店などごまんとあるだろうが、それをしても警察が儲かるわけじゃない。だから警察すら仕事したがらないわけだ。むしろこの場合、城下町と距離の遠い国守の刑事が仕事をした方が諸々都合がいいだろう。そういう事情もありそうだ。

「とにかく、了解しました」

 鈴郎が頷く。

「それらしい場所を思い出せばいいんですね」

「ああ。もっとも、君が知っている場所がたまり場とは限らないが」

「いえ……いくら城下町と言っても、人が隠れ潜める場所はそう多くないでしょう。どこかで引っかかるはずです」

「オレも手伝いますよ、レーさん」

 赤貝は基地に戻らなくていいのだろうか。その辺はよく分からないが聞かないことにした。俺には関係ない話だ。

「ああ、頼んだ」

 俺は立ち上がり、病室を後にする。

「そういえば」

 ついてきた根津に尋ねる。

「もうひとり会いたい人がいるんだ。ここの病院に入院しているって話なんだが……。もう意識は戻ったのかな?」

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