#2:時代錯誤の店
面白いと表現しても、その言葉が内包する意味は多種多様だし、話し手の主観が加わればそれはまた一段と複雑になる。だから俺は特に気にするでもなく、いつも通りPJ社のロゴの入ったウィンドブレーカーを着て、そこへ向かった。
池袋にはPJ社のオフィスが以前はあったため、よく訪れていた。だから詳しい……とは言えないな。レオンと会うまでは職場と家を往復するだけの日々だったから、池袋についてはあまり詳しくない。立教大学があるらしいというのを知っているくらいだ。
サンシャイン通りは池袋駅東口を出て少し歩いた先にある。多くの店や映画館、アミューズメントストアが並ぶエリアだが、新型感冒と樺太紛争による経済悪化の影響で閉店したところも多い。
戦争は特需をもたらすから経済的には利益が多いと主張する人間はいるが、実際はこんなものだ。攻められれば防衛に国力を蕩尽せざるをえず、攻めれば秩序の破壊者として経済制裁を受ける。日本国内で作っている軍事物資などたかが知れているから、大して儲からない。儲かったのは海外の会社ばかりだろう。そこから献金を受け取っている政治家はそれでいいのかもしれないが、俺たち市民は困るというわけだ。
時間が早いし平日というのもあるが、サンシャイン通りは閑散としていた。そこから一本入った裏通りなどさらに人がいない。ともかく歩いて目的地を目指したのだが……。
「これは……」
なるほど、面白いかどうかの判断は別にして、「行けば分かる」というのは事実だったらしい。
裏通りを入ってすぐのところに、問題のパブ、イエローボーイはあった。あったのだが……。
まるでそこだけが、西部劇から切り取って持ってきたかのようだった。店の外観は、まさに西部劇でガンマンたちがたむろする酒場そのままという感じのデザインをしている。
「なんかの撮影のセットだと言われた方がまだ説得力があるな」
外のテラス席では客のひとりが寒そうに煙草を吸っている。だがその客の格好が問題だ。西部劇に出てくる保安官そのままの格好。ここだけ西部開拓時代に戻ったのか?
まあ要するに、そういうコンセプトの店なんだろうというのは分かる。天竺が選ぶ店らしくない気もするが……いや、案外これで合っているのか?
いいさ、別に。どんな店でも問題はない。俺はここに来いと言われたから来ただけだ。
店の中に入る。木製のカウンターにテーブルとイス。わずかに薄暗い店内。やはりタイムスリップでもしたかと思わせる。
「こっちだ」
カウンターの片隅に座っている男がこちらに手招きしていた。知らない男だ。しかし俺を呼んでいるのは間違いない。
近づいて、そこでようやく気付く。
「なんて格好してるんですかね」
俺を手招きしていたのは、天竺その人である。公職に就いているときのスーツ姿から一転、ウエスタンなガンマン風の衣装に身を包んでいるから分からなかった。
白いシャツの上に革のベストを着込み、ボトムスはジーンズ。ブーツはわざとなのか砂に汚れた質感を出し、よく分からん金属製のパーツがかかとについている。そして目立つテンガロンハット。服装が変わると印象もがらりと変わるものだ。
「店には店のドレスコードってのがあるんだよ」
「そうですか」
促されるままに隣に座る。
「道理で、根津のやつがSAAを持っていたわけですね。憧れの先輩を真似て、と言っていましたがそういうことですか」
「ああ。あいつも一度ここに連れてきた。オレがガンプレイを見せたらすっかりハマっちまってな」
ちらりと、天竺の腰にぶら下げられている銃を見る。リボルバーではあるが、SAAではない。大型のマグナムリボルバーで、影本の件のとき、マンションの屋上で持っていたのと同じだ。後でマチルダに確認したところ、天竺の銃はダーティハリーも使用した有名な44マグナムであるS&WM29の三インチバレルモデルだという。
「ここはオレの行きつけだ。刑事なんてしゃらくさい仕事をしていると、こういう遊び心のある場所が無性に恋しくなる」
「仕事で銃器を扱ってるんですから、プライベートくらい銃から離れても良かったんじゃないですか?」
「銃ってのは一度触ると毒みたいに体に回る。分かるだろ? 仕事のときだけしか持ってなかったはずの銃を、いつの間にかプライベートでも身につけてないと落ち着かなくなる」
「さて、どうだか……」
俺の仕事は公私の区別がつきにくい性質のものだからな。
「まあ飲め。オレのおごりだ」
「一応聴取でしょう」
「一応、な。
「非正規雇用は飲みにケーションの対象外ですよ。正規雇用の正社員様が飲み会するための時間を確保するために残業させられますからね」
「そうなのか? 嫌な職場だな」
「まったく」
とはいえ、断るより適当に何か奢ってもらった方がお互い気楽なのは分かっている。酔うわけにもいかないから、サングリアを適当に頼んだ。
「それで、例の件だが」
サングリアが運ばれてくるのを待ってから、天竺が話を始める。
「まず影本の件で殺した男子高校生三人だな。正当防衛で終わるよう采配したのはオレだから問題はない。現職の刑事が正当防衛だって言ってんだから処理もそれで終わる。民事も、学校側は
「そうか……刑事はよくても民事がある可能性を忘れていましたね」
「だが大丈夫だろう。青柳の件だが、そっちはお前の他に目撃者がいる。そいつの証言がきちんと採用されれば無事に正当防衛が証明されるというわけだ。先に撃ったのが向こうだと分かっているからな」
「目撃者?」
あの場に俺たち以外いただろうか。赤貝が戻ってきていたのか?
「青柳鈴郎だよ。意識がやや朦朧としてはいたが、当時の記憶はちゃんとあるらしい」
「ああ……」
「ここ数日で意識も戻った。酸欠の影響もなくなって後遺症もなし。証言能力に疑問がつくこともない。あのお嬢ちゃん、人を殺す割に問題視されない星の下にでも生まれてるのかもな」
「どうだか……」
どちらにせよ問題が生じないのであればいい。
「民事はどうですか? 青柳には両親がいたでしょう」
「それもたぶん無問題だ。話を聞く限り、この件も大事にはしたくない感じのアレだからな」
「…………」
まあ、姉が弟を殺そうとしたというのはどうしたって世間体が悪いからな。
動機が何であれ。
「じゃあマチルダは特に警察の厄介になることはないんですね?」
「そうだな。さすがに警戒というか、しばらく様子見したり専門家のカウンセリングを受けてもらうかもしれないが。事件性のある問題として処理はされない。前科もつかないし、経歴に傷はなし、だ」
「カウンセリングですか。案外、その方がいいかもしれませんね」
専門家に任せるというのは一案である。元少年兵を日常復帰させる専門家がいるのなら、の話だが。
「しかしなあ……」
天竺はビールジョッキを煽りながら呟く。こいつ、一応仕事という体裁なのに飲みにまったく妥協がない。
「情報が樺太の……豊原だったか? あそこの収容所から下りてきてびっくりしたぞ。チェチェンの元虐殺部隊所属ってのはフカシじゃなかったんだな」
「あのタイミングで嘘はつかないでしょう」
「そういう経緯なら納得というか、どうにもならんだろ。むしろここ四件の殺しが事件性のある問題として処理されなかったことは運がいい」
「警察がそれ言っていいんですかね」
取り締まる側だろうに。殺人を容認してどうする。
「じゃあなんだ? お前さんは事件としてあのお嬢ちゃんをしょっ引いてほしかったか?」
「別にそういうわけではないですが」
「それにしても三月に樺太から東京へ来て二週間経たずに四件の殺人か。下手したらイコライザーよりハイペースで殺しているな」
「イコライザー……そういえばそんな事件もありますね」
すっかり忘れていたが。
「なんだ? お前さん知ってたのか?」
「自分で口にして何言ってるんです。それに影本の件の聴取中に天竺さんが出したんじゃないですか。詳しい話はしてませんでしたけど、状況から察するに今年に入ってから東京を騒がせている連続銃殺通り魔事件のことでしょう」
「ああそうだ。それで困っちまってなあ」
「警察は困るでしょうね」
当然、そんな犯罪者が跳梁跋扈していれば警察は困る。市民に被害が出るのは容認できないし、捕まえるのに手間取れば警察の面子もつぶれる。
だが、天竺の言った困るとはそういう意味ではなかったらしい。
「実はその犯人に問題があってな。この店の常連連中は頭抱えてんだ。いや……俺たちだけじゃなくて、こういう趣味の連中はみんなな。ただでさえ最近は悩みの種があるってのに、もうひとつも抱えてられねえよ」
「……どういうことです?」
話の流れからして、天竺の本題はそこにあるらしかった。聴取云々は俺をここへ引っ張り出すための口実か。
「イコライザーがどうしてそう呼ばれているか知ってるか?」
空にしたジョッキをカウンターに置き、お代わりを要求しながら天竺が話を進める。俺もあまり飲んでいなかったサングリアに口をつける。
「事件の犯人は銃を使っていただろ。その銃弾が特徴的なもんで、そこから警察はイコライザーと通称をつけた。これはまだメディアに流していない情報なんだが、人の口に戸板は立てられなくてな。ネットじゃちらほら出始めている」
連続殺人事件などで共通する何かが証拠として出た場合、警察はそれを隠すことがある。模倣犯が現れたとき、区別がつくようにするためだ。だがネット全盛の今日この頃、警察の情報封鎖にも限界があるようだ。とはいえ、今回の事件は銃を凶器に用いている。銃弾がいくら特徴的でも、弾丸の線条痕を記録しておけば模倣犯との区別は容易につくだろう。だから警察も本気で情報漏洩を防ごうとはしていないのかもしれない。
「弾丸が特徴的……。珍しい40口径でも使ってましたか?」
思い返すのは芦原の一件である。あの事件では9mmでも45口径でもない40口径が使用されたのが特徴的だった。それが頭にあったので適当に言ったのだが、天竺は思ってもみない反応を返した。
「それに近い感じだな」
「え?」
「使用された弾丸は44-40ウィンチェスター弾だったんだ。だから特徴バリバリでな。そんな弾丸を使う銃はまずSAAか、そのクローンモデルしかない。だから俺たちみたいなウエスタン愛好家は参ってるって話だ」
「…………」
いまいちピンとこなかった。
ビールのお代わりが運ばれてくる。
俺の様子を見て取って、天竺が少し考えてから説明する。
「まずな、西部劇でよく使用されている銃がSAAだ。これは分かるだろ?」
「まあ、それくらいは……」
「SAAは当時から現在までいろいろなモデルが発売されているから、使える弾丸の種類も多い。だがその中でも発売当時から使えたのがまず45ロングコルト弾だ。これを自動拳銃に使えるよう改良したのが45ACP弾、いわゆる45口径弾ってやつだな」
なるほど。アメリカくらいしか45口径は使わないと聞いていたが、もともと西部開拓時代の弾丸だったわけだ。
「だがSAAが使用する弾丸で特徴的なのが44-40ウィンチェスター弾だ。これはライフルと互換性のある弾でな、要するに同じ弾丸を拳銃とライフルで使えるから便利だってことで流行ったんだ。ちなみにそのとき使われたのがいわゆるウィンチェスターライフルというもので、その中にイエローボーイって愛称のついた銃もある。だからこの店の名前もそこから来てるんだ」
そういう繋がりか。
「なんとなく理解はしました。SAAくらいでしか撃てない弾丸を犯人が使っていると。しかしなぜそれがイコライザーと?」
「弾頭重量や材質から計測して、使用されたのは日本のワイルドキャットカートリッジ社、通称WCC社の販売している44-40イコライザー弾だったからな」
「
「イコライザーってのはSAAの愛称のひとつだ。他にもピースメーカーとかフロンティアシックスとか、古い銃にはそういう愛称があることが多い」
そうか。マチルダが思い出せなかった銃の愛称とはそれか。
「実物を見るか?」
言って、天竺は自分の銃に手を伸ばしかけ、それを止めてマスターを呼んだ。マスターも銃を持っていたらしく、腰からリボルバーを引き抜いて見せてくれる。冗談みたいに銃身の長いSAAだった。
通常、リボルバーはレンコン状の
一発だけ、弾丸が取り出される。薬莢底面を見ると、『44-40 Equalizer』と刻印がある。
「WCC社は古い設計の弾丸を独自に作って卸している会社で、44-40ウィンチェスター弾も
「詳しいですね」
「オレらみたいに古い銃を使っているとWCC社の世話になるからな。マスター、ありがとう」
天竺は弾丸を戻し、銃をマスターに返す。
「そういえばお前のモーゼルも古い弾丸を使うタイプじゃないのか?」
「いや……俺のは9mm弾ですよ。普通の」
レオンが言っていたな。この銃――モーゼルC96は元々9mm弾ではなく今はあまり流通していない弾丸を使用していたと。9mm弾は第一次大戦ごろから欧州で流通しポピュラーな弾丸になったためにC96も9mm弾仕様が作られ、これはその模造品なのだという
そもそもPJ社のロゴが入ったこのモーゼルは、正社員に配備される拳銃だ。制式装備というより、一種の宣伝目的で作らせたものだが……。レオンが使わないというので俺が貰って、今に至る。
「そうか。しかし探偵として独立したんだから、PJ社のロゴの入ったもの使ってると怒られないか?」
「怒られならPJ社がもうすでにアメリカから叱られてますけどね」
ピンカートンジャパン社という名前で活動しているPMCなのだが、ピンカートンとはアメリカに実在する探偵社である。ゆえにまるでピンカートンの日本支社みたいな名前を勝手に名乗っているので向こうから文句を言われている。しかしPJ社はまったく意に介していない。明治ブルガリアヨーグルトが無問題なら俺たちだって無問題、という様子だ。
とはいえ独立したわけだし、他社のロゴが入った道具を使い続けるのもな……。適当にテープで隠しておくくらいはしておくべきだろうか。
「しかしイコライザーですか。けったいな名前ですね」
「銃は持てば男も女も人を殺せる。力を均質にし、平等にする。だからイコライザーと呼ばれるんだ」
「そんなもんですか。マチルダを見ていると、とてもそうには思えませんが」
「あのお嬢ちゃんは例外だろ。鉛筆で三人殺せるのは例外だ」
それはそうか。
しかしな……。
「SAAってのは、それこそ西部開拓時代に保安官が使った銃だ。だから
天竺がジョッキを傾ける。
「西部開拓時代は法の支配が届かないのが当たり前だからな。銃による調停が必要だったんだ」
「なら、イコライザー事件の犯人――それこそイコライザーと呼ぶべき男は保安官気取りということですか?」
適当な相槌のつもりだった。だが想定外に、的を射たらしい。
「そうだな。実際、被害者もそんな様子だ」
「と、いうと?」
「ここ最近、またイコライザー事件の被害者が出た。これで六件目だ」
「ペースが早くなってますね」
連続殺人にはありがちなことだ。最初の内は事件ごとの間が年単位で開くこともざらにあるが、概して件数を重ねるごとにペースは早くなる。殺しをしても警察に捕まらないという成功体験を得て、増長していくのだ。
だいたいはその結果、証拠を多く残すようになり逮捕に至るのだが……。まれに本当に捕まらないやつもいる。
「被害者が特殊なんですか?」
スマホを取り出して検索をかける。使用した銃弾の種類さえ野次馬の話題になるくらいだ。被害者の情報もネットに転がっているだろう。
「ああ。被害者同士の間に接点はない。だが調べていくと、被害者は過去に犯罪歴があるが不起訴になったり、ネット上で問題を起こした人物だと分かった」
「不起訴になったものを犯罪歴というのは正確じゃない気もしますが」
すぐに情報は出てきた。新しい六件目の被害者はまだだが、五件の被害者は身元が露呈している。うち三人が女性。二人がまだ未成年の少年か……。
「ネット上で問題を起こしたというのは?」
「オレはSNSってやつは詳しくないからなあ。その辺は根津の方が知ってるんだが、いわゆる炎上ってやつらしい」
「ああ、ネット上で悪目立ちしちゃったんですね」
「そうらしいな。原因はいろいろだ。飲食店のバイト中に冷蔵庫に入った写真をネットに上げたみたいなものから、転売をやってたやつもいるんだと」
「炎上の原因はピンキリですからね。不起訴処分に比べると取り留めもない感じですか」
実際、ネットに転がっている情報もそんなところだ。逮捕されたが不起訴になったのは三人の女性。一件から三件目の事件の被害者だ。
どれもネット上で以前聞いたことがあるような話。洗顔用石鹸の原材料に小麦を使用して利用者がアレルギーを発症してしまった企業の女社長とか、成人式の衣装レンタルをしていたが当日突然連絡がつかなくなってそのまま倒産した会社の重役とか……。一時期世間を騒がせていたが、そういえば現状どうなっていたか気にしてなかったなと思い返すような事例の関係者だ。
もっと凶悪な事件を起こしたのに不起訴になったとかだと思ったんだが……。いやまあそれなりに社会にとっては大きな話題を呼んだ事件ではあるんだが、その命で贖え! となるタイプかと言われると……。
なんかイコライザーと俺の間でテンションが違うというか、いまいち共感できない。殺人犯に共感しても仕方ないんだが。ああ保安官気取りってそういうことかという納得感が薄い。
しかしネット上では「死んで当然!」という声も一定数拾える。こいつらもこいつらで事件がなかったら思い出していたか怪しいもんだな。
とはいえ、それも四件目と五件目の被害者……未成年の少年たちを見れば少し理解できる。彼らは確かにネット上で炎上したらしいが、本当に些細なことだ。それこそ一昔前に「バイトテロ」なんて呼ばれた諸々の問題を起こした人のひとりだったりとか、その程度だ。転売もそうだろうな。確かに問題だし悪いことではあるんだが、その悪さはネット上でより大きく共有されやすいというか……。
すごくざっくり言うと、ネット受けがいい感じがする。今どきの殺人鬼ってのはネット受け大事なのか?
「六件目の被害者は何したんですか?」
「まだ二十代の女性なんだが、夫の銃コレクションを売り払ったとSNSで自慢して炎上したらしい」
「マジでどうでもいいですね」
どんどんイコライザーの殺害対象がしょうもなくなっている気がする。まあ厳密に被害者を選定すればそれだけ面倒がかかるし、警察にも次の犯行を予測されやすくなるからな。殺害対象の条件が緩くなっていくのは当然か。
殺害対象の選定理由も、あくまでイコライザー自身が納得するためのものだ。そしてたいていの場合、自分を納得させる論理ってのは自分の行動を正当化するためにどんどん緩くなっていく。ダイエット中の人間がゼロカロリーコーラならいいと思って飲み始めれば、すぐにそれは普通のコーラでも一週間に一本だから問題ないとなり、最後には別の食事でカロリーを調整しているから大丈夫となる。そしてダイエットは破綻する。これと同じだ。
人間は自分を許す論理の構築だけはとにかく早くて上手い。
「それで……。俺に愚痴るために呼んだわけじゃないでしょう? 何か俺に用件があるんですか?」
「鋭いな。そうだ。探偵のお前さんに頼みたいことがある」
お互い仕事人間だな。こんな場所で、かたや天竺に至っては馬鹿みたいな格好しているのに仕事の話をしている。
「決闘倶楽部って知っているか?」
「いえ……聞くからに嫌な予感しかしませんが」
「そうなんだよ。オレたちウエスタン愛好家が今、イコライザー事件と一緒に頭を悩ませている問題だ」
それを言われるだけで、問題の所在は分かった。
「西部劇さながらの決闘でもして問題になってますか」
「まったくその通りでな。元はオレたちと同じ、単なる愛好家集団だったんだが……。蛸壺化ってやつなのか……。だんだん過激になっていったんだ。本物の銃を使って決闘ごっこを始めやがった」
「まさに銃器犯罪対策課の領分じゃないですか」
「実際、何人か逮捕者は出てる。逮捕者というか……怪我して病院に搬送されたところをとっちめたって感じだが。今のところ小口径の弾丸を使っているから怪我で済んでいるが、いよいよとなると死人が出る」
「それだけじゃないでしょうね」
イコライザー事件と、その決闘倶楽部はつながりがあるかもしれない。
「イコライザーの使う銃はSAA。そして決闘倶楽部の連中も元はウエスタン愛好家。銃を使って過激なことをし始めた連中の中に、保安官気取りのイコライザーが混じっている可能性があると?」
「ああ。オレはそう睨んでる。だがウチはイコライザー事件の捜査で手一杯だ。かもしれないで決闘倶楽部に手を出せない。連中、怪我人を適当なところに放り出してから救急車を呼んでるみたいでな。たむろしている場所は一か所に限定されるはずだが、そこがつかめない。それで、お前さんの出番ってわけだ」
「決闘倶楽部のたまり場を探し出せってことですね。そこさえ分かれば警察が一網打尽にできる。決闘倶楽部の問題は片付き、上手くすればイコライザー事件も解決する」
「そういうことだ。お前さんみたいな零細探偵にとっても、警察からの仕事ってのはいい話のはずだ。それに……お前さんは警察に恩を売っておいた方がいいだろうからな」
マチルダの件か……。確かに、警察の機嫌を損ねるのはよろしくない。
「報酬がきっちり出るならやりますよ。悪事を働く連中の逮捕に協力する依頼なら、気持ち的にも楽ですからね」
グラスに入っているサングリアを飲み切った。
「よし、話はついたな。一応根津をお前につけておくから、なんかあったらやつを頼ってくれ。頼りない相棒になるかもだが」
「俺の相棒は、ひとりしかいないですよ」
立ち上がり、その場を後にする。仕事の話となれば、動くのは早い方がいい。
俺はスマホを取り出した。電話をかける相手は、ひとりしかいない。
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