#3:本領

 俺の前職はPMCのピンカートンジャパン社である。PMCというのは民間軍事会社で、モントリオール文書による正式な名称はPMCsとなっているが、日本では慣例的にPMCと呼ばれる。

 要するに傭兵だが、国際条例的に傭兵と呼称してはならない。基本的にPMCには元兵士、しかもそれなりにエリートの特殊部隊上がりの軍人が就職するケースが多い。そして主な任務は軍隊から外部委託された兵站管理や後方支援、また兵士の指導などである。ただ、海外のケースだと前線勤務に諸外国の兵役経験者が給料高さにつくケースが多いとも聞く。

 じゃあ兵役の経験もない、運動能力だって人並みより劣るくらいの俺がいったいPMCで何をしていたのかという話だ。

 軍隊もドンパチするだけが仕事じゃないし、戦争に関することだけやっていればいいわけじゃない。金銭に文書の管理、人事の調整に広報とやることは多い。たいてい、そういうのは人件費削減のため非正規雇用の事務員にやらせるわけだ。

 とはいえ、例の芦原のように割と銃を持つ機会の多い仕事でも非正規雇用というケースがあって、社会問題になっている。一応、非正規雇用は軍用銃を持てない決まりがあるのだが、民間用の銃でも警備くらいなら十分役に立つ能力があるしな……。

 じゃあ俺がしていたのは事務か。それは違う。事務員が独立して探偵はしない。じゃあ芦原のように銃を持っていたのかというと、厳密にはそれも違う。一応、訓練を定期的に受けさせられた立場だが、銃を撃つのは本職じゃなかった。

 俺のPMC時代の主な仕事は、調査だ。

 国から降りてくる仕事を淡々とこなせばいい、というかこなさざるをえない正規軍と違い、PMCは民間企業ゆえに依頼の取捨選択を迫られる。すべての依頼を遂行するリソースはないし、する必要もない。また依頼人の中には、依頼してくるくせに支払い能力がない……どころか金を払うという概念すら存在しないやつが一定数いる。

 それに前回の影本の件のように、受けることで社のブランドイメージを著しく棄損するリスクのある仕事も存在する。

 俺の仕事は依頼人や依頼内容の背景を洗い、その仕事を受けて報酬がきちんと支払われるか、報酬に対し諸々のリスクは釣り合うかを調査することだ。非正規がそんな大事なことをするのかと思われるかもしれないが、俺の仕事は情報収集までで、意思決定は上のお偉い正規雇用様がやっていた。しかし多くの情報に触れ、また最終判断をいくつも見ていれば、だいたいどういう情報から何を判断しているかは分かるようになる。

 俺がレオンと組んで探偵事務所を開こうという話になったとき、本来俺の担当はそれだった。零細探偵事務所は大手PMCよりもさらにシビアな受注の判断を迫られるから、レオンは俺を誘ったというのはあるだろう。

 まあともかく、そういうわけで。

 探偵を小規模経営のPMCとして見たとき、行方不明者の捜索は本業とは言い難い。だがあくまで俺の領分として見たときは、むしろこっちの方が専門だったりする。

 影本の一件より気が楽だというのは、つまり慣れた仕事だからという側面もあった。

「さて、と……」

 青柳から依頼を受けた翌日、俺は国守区から離れて新宿歌舞伎町にいた。

 捜査方針はふたつ。

 まず、オレとマチルダは交互に青柳につく。そして青柳と一緒に適当に東京の街を歩き回る。これは鈴郎を探すためではなく、国防軍の捜査を妨害するためだ。俺たちはただ彼を見つければいいのではなく、国防軍に先んじなければならない。ゆえにこうした小細工は必要だ。

 探偵風の中年男とロシア系少女。脱柵者の親族の周りをこんなのがうろついていれば、国防軍の注意はそっちに向かざるをえない。しかもそいつらが親族を連れて東京を歩いたらどうなる。連中には鈴郎とどこかで落ち合うために動いているように見えるだろう。そうやって注意を逸らして捜査を攪乱しつつ、こっちで動く。本当はマチルダにはずっと青柳についていてもらいたいが、国防軍の注意を引くには俺と交互の方が効果的だろうからな。

 もうひとつの捜査方針は、赤貝からもたらされた。

 それは監視カメラの映像

 そこには鈴郎らしき男が映っている。彼は黒いスーツ姿で、大きな花束を抱えて外を歩いている。この映像が撮られたのは東京駅だという。

「レーさんはおそらくキャバクラかどこかに、馴染みのホストを抱えているのではないかと……」

 と、赤貝は言った。ただ彼自身、本気でそう思っていないらしいのは口調で分かる。

「鈴郎はそんなことしない!」

「まあまあ」

 憤慨する青柳さんを宥め、俺は確認した。

「それは国防軍の、鈴郎くんを探している連中の判断だな」

「はい。オレは違うと思います。レーさんは女遊びをするようなタイプじゃないですし」

 姉と後輩が言うならそうなんだろう。なら可能性はひとつ。

「鈴郎くんはどこかのクラブで働いているんじゃないか? ああいうところは多少身元が怪しくても受け入れてくれるし、住み込みの仕事もある。花束は客に頼まれて買いに行ったんだろう」

 そういえばそんな話、昔見た韓国ドラマにあった気がするな。

「じゃあ、鈴郎は今……」

「東京にはクラブがたくさんあるが、木を隠すなら森の中だ。隠れ潜みたい彼の心理的に、クラブやそういう店が密集しているところを選ぶだろう。すると真っ先に候補に挙がるのはふたつだ」

 ひとつは言わずと知れた夜の街、新宿歌舞伎町。

 もうひとつは……。

がひとつ夢城区。その入り口、通称城下町だ」

 そういうわけで、まず俺が歌舞伎町を調べることにした。この順序は結構重要だ。次にマチルダが調べるのは城下町ということになる。城下町はここ数年で流入してきた移民が大勢いるからロシア系の彼女もそんなに目立たないが、東京の中心地歌舞伎町をマチルダがうろついたら人目につきすぎる。それに夜の街だ。下卑た大人が吐いて捨てるほどいる。マチルダなら大丈夫だとは思うが、一応気休めでも安全な方を選ぶべきだろう。

 まあ城下町は城下町でかなり危ないが……。やっぱり本当なら、マチルダを仕事に使うべきじゃないんだよな。前回といい今回といい、人手の少なさと選択の余地のなさ、そして彼女の能力値の高さに甘えている節がある。

 今回だけ、今回だけだ。特に今回は時間との勝負なのだから、やむをえない。

「………………」

 ひょっとしたら彼女を兵士として使っていた大人の中にも、そうやってズルズルとした考えがあったのかなと想像してしまって、ため息が出る。

 レオン……お前が今もいてくれれば……。

「やるしかないか」

 たそがれている場合じゃないな。この歌舞伎町でさっさと鈴郎を見つければ、問題は何もない。

 しかし…………結論から言えば、捜査は空振りだった。

 確かに、花束を持ったボーイの姿はちらほらと見かける。思い切って話しかけてその花束の所在を尋ねたが、やはり上客に頼まれて、ホストに渡すプレゼント用の花束を買いに走ったとのことだった。鈴郎がクラブないしそれに類する店で働いている、というのはほぼ確定したが、肝心の場所が分からない。

 クラブには住み込みの仕事もある……と言ったが、しかしこのご時世だ。昔より格段にそういう店は減っている。女性ホストは常に人不足だから身元が多少怪しくとも囲むだろうが、正直なところボーイなどその気になればどこからでも引っ張れるからな。人的資源としての価値が違う。身元の怪しい人間を受け入れて住み込みまでさせるリスクを負うかというと、結構難しい。

 裏を返せば、歌舞伎町に多くある店の内、そういうボーイを受け入れられるだろう店というのは限られている。そしてそんな店がどこかは、長年の調査仕事を経てだいたい分かるようになった。だからあらかじめ当たりはつけていて、それらの店を調査していたのだが。

 鈴郎は見当たらない。

「歌舞伎町じゃないのか?」

 すると城下町ということになる。あそこはあまり行きたくない。マチルダを行かせるのも、できればしたくないんだがな。

 とはいえ、今日一日調査して空振りになった以上仕方ない。城下町を調べるにせよ、歌舞伎町での調査を継続するにせよ出直すほかない……。

 と、そこで。

 スマホで時間を見ていると、視界の端にちらりと映るものがあった。そちらに目線を向けると……。

 ガタイのいい男が三人連れで、周囲を伺うように歩いていた。

 俺はすぐにそいつらが、国防軍の人間だと分かった。

 軍人ってやつは、自分の身元を隠すのが下手だ。赤貝はむしろうまくやっている方だった。それこそ特殊作戦群――米軍のグリーンベレーに相当すると言われる特殊部隊の連中ならともかく、海外派遣を想定した国守基地の人間とはいえたかがMPにすぎない一兵卒に、そうした偽装技術はまったく伝授されていない。

 マチルダが自分のことを一兵卒と謙遜するのと違って、文字通り安い歩兵ポーンにすぎないからな。

 右腰に吊るした拳銃はタンカラーのベレッタM9A4。国防陸軍の制式拳銃だ。それだけならただのガンオタクという線もあるが、オタクがM9の中でも光学サイトを載せるようデザインされ、銃身下部にアクセサリレールもついたA4を持って、まったく無改造というのはないだろう。国防軍は自衛隊時代からの慣習で、光学サイトやらタクティカルライトやらを銃につけるのを嫌う傾向にある。軍の急な拡大で不足するライフルを補うためにアメリカからM4カービンを買ってからはそうでもないが、未だに拳銃はあまりカスタムしない。だから持っている銃を見るだけで、軍人かどうかはすぐに分かる。

 おまけに周囲をキョロキョロと見回す所作だ。完全にお上りさんと来ている。国守基地の隊員は海外派遣のための編成と練兵のために全国から集められているから、都外の出身者も多い。そしてなかなか街に繰り出すこともできないとなると、どうしてもああいう態度になる。

 とはいえフラフラしているのはふたりだけで、そのふたりを引き連れているらしい年長の男はずいずい歩いているところを見ると、あいつは慣れているようだな。そりゃあ、東京に不慣れなやつだけで組んでも捜査にならないから当然だが。

 もしかしてあの軍人三人組は、鈴郎を見つけたのだろうか。先んじられたと思って一瞬焦るが、すぐに違うと気づく。連中は明らかに、調査のために動いているという様子ではない。彼らの歩く様子はただの観光だ。人に聞き込みをするでもないし、行き交うスーツ姿の男たちの中にひょっとしたら鈴郎が交っているかもしれないのに、そちらにまったく注意が向いていない。

 だとするとなんだろう。本当にただ休みに歌舞伎町へ繰り出しただけで、俺たちの件とは無関係なのか? いや……休みなのに拳銃をぶら下げているか? やはり何らかの仕事で来ていると見るべきだ。

 試みに、後ろをついて尾行してみた。まさか自分たちが追跡されるとは思ってもいない連中のことなので、特に苦労もなく後を追うことができた。

「本当にいいんですかね……?」

 雑踏の中でも、耳を澄ませれば男たちの会話は聞こえた。三人組のひとり、周囲を興味深げにきょろきょろと見ているひとりが言った。

「早く脱柵したやつ探さなくて」

「まだ逃げて四日だろ。そんな焦んなくていいんだよ……。それより、こういうときでもないと長く外出できないからな。息抜きも大切だ」

 年長らしい男がそんな言葉を返し、先に進んでいく。

「お、あったあった。この店だ」

 男たちは店の前で止まる。

「へえ、ここが東京でも有名な……」

「ああ。せっかくだ。今夜は楽しもうぜ」

 三人組は店内へ消えていく。追跡はここまでか。

「この店は……」

 看板を見る。『TOKYOローズ』。歌舞伎町でも有名なキャバクラだな。テレビにも出るくらいには有名店だが、だからこそ身元の怪しいボーイなど受け入れたりしないから、鈴郎の潜伏場所の候補としては真っ先に外してある。

 実際、いないはずだ。そもそも、監視カメラに映った鈴郎の服装と、この店のボーイの格好は差異がある。

 するとなぜあいつらはここに……?

 話しぶりからすると…………。

「まあいいか」

 どちらにせよ、空振りをしてくれているというのであれば文句はない。俺はその場を離れて、今夜のところは帰宅することにした。

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