第2話 自宅の用心棒

「ふひひひ」


 いつもの笑い声の後に響くのは、空気が抜けるような音だ。

 パスッ、という音が鳴っている。

 その正体を目の当たりにした、そして知識のない大人が見れば酷く驚くものを佳奈美は所持していた。

 拳銃である。

 正確にはエアガン。


「あ、うるさかったですか?」


 その問いには首を横に振る。気がかりなのはそちらではない。

 エアガンを持つこと自体も悪いことではないだろう。安全に配慮して使用する分には何も言うことはない。

 だが、年齢制限があるおもちゃであることは知っていた。気になっているのはその点だ。

 その懸念を伝えると、


「大丈夫ですよ! 見てください、ほら!」


 差し出してきたのはエアガンが入っていた箱だった。10禁と書いてある。


「これは10歳以上なら大丈夫な物です。確かにエアガンは大人向けのイメージもありますけど、子ども用の物もたくさんあるんですよ」


 それでも種類は大人用には負けますけど、と佳奈美。


「でも、この自動拳銃オートマチック……あ、オートマチックというのはですね、え? 説明はいらない? あ、そうですか……」


 しょんぼりしながら、映画などでもなじみのある拳銃を佳奈美はテーブルに置く。そして、おもむろにベルトを着けだした。

 ガンベルトだ。それは、ある映画作品群を見たことがあるならば馴染みのあるもの。

 ホルスターには既に銃がしまってある。制服の上からベルトを巻き、なぜかテーブルに置いてあった帽子ハットを被り――。


「どうです! これぞ古き良きガンマンスタイルッ!」


 それは西部劇の主人公のような出で立ち。ただし、その要素は帽子とガンベルトのみ。他の部分は高校の制服のままである。

 ゆえに、女子高生ガンマンという珍妙な組み合わせだが、様にはなっている。


「あ、ちょっと端に避けててもらえます? 弾は入ってないですけど、マナーなので」


 佳奈美はホルスターに仕舞ってあるリボルバー、シングルアクションアーミーを素早く抜くと、目にも見張る速さで撃鉄を起こし引き金を引いた。

 パスッ、という空気音。

 恍惚とした表情でガンスピンをすると、ホルスターに戻した。


「家でたくさん練習したんですよ……何回か怒られましたけど。これでいつ決闘を挑まれても勝てます。知ってますか? 早撃ちっていうのは相手より先に拳銃を抜いて撃つってことじゃなくて、相手より後に抜いた上で先に撃つことなんです。実はその方が科学的にも有利だとか。映画のガンマンならどっちにしろ勝つと思いますけど。ちなみに早撃ちはこのSAAが最適と言われていて。理由はですねそう私は乗ったことないんですけど車のオートマとマニュアルをイメージすればわかりやすいらしくて、あ、はい。落ち着きます……」


 佳奈美は深呼吸をする。


「落ち着きました。あ、もう一つ見てもらってもいいですか? あ、そこから動かないでくださいね」


 作業に戻ろうとした自分に佳奈美がねだってくる。今日は余裕があるので頷くと、彼女はいきなり右腕を上げて下ろした。

 またもやポシュという空気音。気づけば右手に小さい拳銃がある。


「これはデリンジャーって言います。いやあ、うまくいきましたね!」


 意気揚々と話す佳奈美。


「これが売ってるって知ってから、慌てて買いに行って。これもすごい頑張って練習したんです! 映画とかだとちゃんとした装置を使ってやるみたいなんですけど、ちょっとそこまではできなくて。ただ袖に仕込んでいただけなんで成功するかは半々ってところなんですが――やっぱりできると気持ちいい! ただの早撃ちも魅力的ですが、こういうのとてもロマンありますよね! 私がこの撃ち方を初めて見たのはですね」


 実際映画で見たら爽快なシーンではあるので、その気持ちはとてもよくわかる。

 しかし放っておくとまたもや早口モードだろう。深呼吸を要請する。


「すーっ、はーっ。はい、大丈夫ですよ……。と、まぁいろいろ紹介しましたけど、私、サバゲー……サバイバルゲーム、です。わかります? あれ、やったことないんですよね、やってみたいんですけど」


 エアガンを使って遊ぶゲームというのはわかる。


「こういうこと一緒にやってくれる友達ってなかなかいなくて。それに、サバゲー人口のほとんどは大人らしいので、使っているのが18歳以上の銃ばかりなんですよね。それだと参加できないし。かといって、子ども用を探すのもちょっとハードルが……。やっぱり、18歳になってからがいいですよね」


 それには同意する。そもそも佳奈美は少し危なっかしいところがあるので、未成年の段階で知らない大人たちに交じるのは、少し抵抗感のようなものがある。そんな悪い人は滅多にいないと思うが。

 いや、18歳……成人したとしても、やはり危険な気がする……。

 こちらがやきもきとしている間に、佳奈美は夢見る少女の顔を浮かべる。


「あー、早く18歳になりたいなぁ。18歳になったら買いたいエアガンがあるんですよ。西部劇と言えばシングルアクションアーミーもそうですが、やっぱりレバーアクション! あのレバーを早くガチャガチャしたいんです。西部劇のガンマン御用達のメインアームをこの手に! 知ってますか? 映画に使われるモデルは実際にはその時代のそれじゃなくてかなり後のモデルらしいんです。それを改造して撮影に用いたり、時にはその時代に存在しない銃をあえてそのまま使用することもあるとか。そのモデルも映画ファンにはおなじみで――。あ、すみません……。えっと、他にもいろいろメリットありますよね。車の免許取れるし。私、車も好きなんですよね。早く運転してみたくて。私が好きな車は……はい、戻ります。他にはですね、18禁のゲームも早くやりたくて。……なんか変なこと言いました? 私」


 18禁のゲームという単語を聞いてフリーズしているこちらを、佳奈美は気にせず続ける。


「そう、ゾンビものとかずっとやってみたいんですけど、対象年齢じゃなくて買えないんですよ。おかげで心の中の積みゲーが毎年増えてるんです。噂によると結構グロいらしいんで、仕方ないんですけどね。そういう大人向けゲームの方が、銃の描写だったり、自由度だったり、良いことも多いんですけど……」


 自分が安堵したことに佳奈美は気付く様子がない。やはりどこか危なっかしいのでは、という危惧は。


「それにね成人したら結婚だって――」


 速やかに的中。今度は佳奈美がフリーズした。


「……聞かなかったことにしてくれますか」


 即座に同意する。彼女はしばらく俯いて、恥ずかしさと葛藤している。

 直後、顔を上げて、こちらに肉薄してきた。


「あ、あの!」


 戸惑いを隠せないこちらに対し、顔を赤らめた佳奈美は一言。


「私が大人になったら! いっしょに行ってくれますか! サバゲーに!」


 しばし面食らった後に、首肯する。

 佳奈美は恥ずかしさを隠すように、笑顔を見せた。


「じゃあ、後で銃も買わなくちゃいけませんね! それと、装備もたくさんありますから、どれにするか決めないと。服装も考えないといけません。レンタルもできるみたいですけどね。サバゲーフィールドも限られているので、近所にあるかも調べないと。テレビで見たんですけど、バーべーキューもできたりとかするらしいですね! とりあえず資料を見ましょう。資料って何か、ですか? そりゃあもちろん映画ですよ! やっぱり自分が好きな銃を使って遊ぶのが一番ですから! まず私のオススメはですね、ガンアクションものの定番なんですけど――」


 これは今日では終わらなそうだ。

 その予感を抱きながらも、悪い気はしなかった。

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