放課後、暇だからと家に転がり込んでくるマニア女子の話

白銀悠一

第1話 プラモデル、作ります

 ピンポーン。

 チャイムの音が響いて、対応する。相手が誰だかはわかっている。


「こんにちは。今日も大丈夫……ですよね?」


 確認しながらも、相手は問題なしを前提として靴を脱ぎ始める。

 こちらも、特に異論なく招き入れた。いつも通りの日常である。


「お邪魔します」


 家主よりも先に、茶髪の彼女はつかつかと廊下を鳴らしていく。リビングへと入ると、もはや断ることもなくソファーに座った。


「あ、失礼します」


 親しき仲にも礼儀あり、を思い出したらしい。

 しかし、もはやその程度のことで眉根をひそめるような関係ではない。

 学生服に身を包んだ女子高生は、うきうきを隠さない様子で袋をテーブルに置く。


「すみませんね、このままで。一回家には帰ったんですけど、着替えるのもおっくうで」


 がさがさと袋を鳴らし取り出したるは……紙の箱だ。注目すべきはパッケージだろう。ロボットの絵が一面にどかどかと載っている。


「たはっ、待ってました」


 楽しそうな声を出す。そして並べられるは様々な道具類。

 ニッパーに、ピンセット、接着剤、ブラシのようなもの、スプレー……など。

 コトコトとテーブルの上に並べていく。


「あ、いいですよ。作業に集中してください。自由同盟、ですから」


 自由同盟……などと言えば堅苦しいが、つまるところそれぞれの作業の邪魔をせず、のびのびと過ごすこと。

 そんな同盟の発案者である彼女の名前は、愛沢佳奈美。

 なんでも家では作業に集中できないからという理由で、知り合いである自分の元へ転がり込んできた。


「どうかしましたか? 同志」


 手振りでなんでもないことを伝えると、パソコンの前に戻る。こちらの業務もまだたくさん残っている。終了時刻は未定だ。

 こちらがキーボードを鳴らしていると、向こうも負けじと説明書をめくっている。


「ここのパーツがこうで、あ、これがこうか、ふむ……」


 ニッパーがぱちりぱちりと喋っている。


「頼みますよ、高校生の580円は無駄にはできない……ッ!」


 これが、彼女が家では集中できないという所以だ。

 結構独り言が激しめらしい。家族に何を騒いでるのと言われてしまうのだそうだ。


「頭パーツはまさに顔ですからね。ここがダメとかナンセンス!」


 パソコンに向き直る。自由同盟員にふさわしい行動をとる。

 カタカタカタカタ。


「バリ風情が生意気にッ!」


 カタカタカタ。


「なんでここに9番があるの9番が! 普通8の隣でしょうが!」


 カタカタ。


「この高級ニッパーの切れ味に恐れ慄くがいい」


 カタ。


「おっと! ところがどっこい! どれだけ小さいパーツでも落とさなければどうということは――むみゃッ!?」


 慄く佳奈美と視線が合う。彼女は給湯器のように耳たぶまで顔を赤く染めた。


「あ、えと、これは、ですね。作中のセリフをですね、言いながらやるとテンション爆上げでして」


 よくあることだから、声を出すこと自体に文句はないが。

 もう少し声量を落としてほしいと要求する。


「は、はい。ごめんなさい……静かにします」


 パチリ、パチリ。ニッパーの音も心なしか小さく聞こえる。

 かちりと部品同士を組み合わせ、窓を開ける。


「ちょっとスプレー使うんで換気をしますね。あ、もちろんテーブルは汚しませんから」


 持参した段ボールを組み立て、新聞紙をガサゴソと広げだす。カシャカシャとスプレーを鳴らし、景気の良いぷしゅ、という音。

 ブラシを上手に使いながら、真剣な表情で塗装に取り組む。


「最後の仕上げ……!」


 最後は筆で丁寧になぞっていく。そして。


「よっしゃー! 私ってば不可能を――おふ……ええ、できました。完成です」


 音量を抑える。が、その喜びは隠し切れていない。にやにやが止まらない様子だ。


「にやにやしてる……? そんなまさか。いつもこんな感じです。ええ」


 これが普段通りなら、さぞ笑顔の多い毎日を送っているのだろう。

 佳奈美はにやけ顔で一通り完成品を見回した後、荷物の中に手を突っ込んだ。

 取り出したるはカメラ。早速響くのは撮影音。


「にひっ」


 手に持つのはスマートフォンでもデジタルカメラでもない。

 今や見るのも珍しい使い捨てカメラだった。

 カシャリ、という今や懐かしい撮影音が響く。次に鳴らすのは巻き上げ音だった。

 かつては中高生の修学旅行のお伴が、今を生きる女子高生のプラモ撮影に使われている。

 その光景を不思議そうに見てると、佳奈美が撮影しながら話し始めた。


「味があるんですよね、これ。本当はちゃんとしたカメラを買いたいんですけど」


 お小遣いが……。子どものみならず大人にも通ずる悲しき宿命。


「スマホでも撮るんですけどね」


 何枚か撮影した後にスマートフォンを取り出す。そして、交互に撮影し始めた。

 新旧の音の交わりに、こちらの集中力はすっかり削がれてしまう。音の大きさを窘めるはずが、すっかりその行為に夢中になった自分に佳奈美が気付く。


「……気になります?」


 というその声音と表情は、それを咎めるのではなく――語りたくてしょうがない、という顔。

 しまった、と思っても手遅れだ。

 彼女が家で作業できない二つ目の理由が披露される。


「この機体はですね、主人公に最初にやられちゃった機体なんですけど、まず見た目が素晴らしいんです。何もしなくても主張する悪役としての存在感。かといって、ヒロイックな活躍が不可能ではない秀逸なデザインです。そして、シンプルな武装である銃と、剣。単純なんですけどとても奥が深いです武器としてこれさえあれば外れなしという装備をデフォルトで持っていてなおかつかなりのバリエーションも多くモブだけでなくエースも数多く搭乗した機体であり敵役ながらかなりの人気で多くの専用機も作られたんですけど今回私はあえて量産型の塗装に挑戦しまして私の大好きな緑色に染めることであこの緑色なんですけど単にグリーンと言うわけではなくてモスグリーンでして」


 圧倒的情報量。当初こそ普通の解説だったが、気づけば息継ぎのない弾幕のような早口に。

 気圧されていると佳奈美がハッとする。自制できるのは彼女の長所の一つだ。


「ごめんなさい、私。またあなたの邪魔を」


 問題ないことを伝える。このくらいならば。

 それに、なぜ佳奈美を部屋に招き寄せているのかを考えれば。


「煮詰まった時とかつらい時とか、傍にいてくれるだけで嬉しい……孤独だと寂しい時もあるから、ですか? ……な、なんか暑くなってきましたね」


 早口で話し続けたからか? 彼女はこちらに背を向けた。


「……多少なら、あなたの時間を使ってもいいんですよね?」


 その問いに肯定する。すると、彼女は二つの品を差し出してきた。

 使い捨てカメラとスマートフォン。


「ツーショットを……あ、もちろんこの子とですけど、お願いできますか?」


 その願いを快く快諾する。とびきりの笑顔が撮れそうだ。

 こちらも思わず、笑顔になってしまうほどの。

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