第40話 陽菜ちゃんからのプレゼント

 最新の流行を追いかけるのは良いことだと思うのだけれど、僕の意見なんて参考にしてくれなくても良いと思うのだ。

「まー君先輩の好みって、あんまり陽菜の好みじゃないんですよね。ほら、陽菜ってどっちかって言うとまー君先輩の好きなタイプじゃないですもんね」

 何とも返答に困る質問なのだが、僕はそれに答えることが出来ずに黙っていたのだ。陽菜ちゃんにじっと顔を見つめられてはいるのだが、僕はその視線を避けるように可愛らしい感じの服を手に取ってみた。

「その服はちょっとサイズ的に無理だと思うんですけど。ほら、陽菜に全然あってないですもん」

「そんな事ないと思うけどな。デザインも可愛いし良いと思うよ」

「でも、それって陽菜には大きすぎますよね。まー君先輩って、陽菜の胸をその隙間から見たいんですか?」

 僕は手に取った服のサイズを改めてみてみたのだが、僕が二人で着ても余裕がありそうなサイズであった。なぜこんなに大きい物がこんな店にあるのかと疑問に思っていたのだが、わりとこの店には体の大きい人も来ているという事がわかったので納得するのであった。

「陽菜の胸元を見たいだなんてまー君先輩はエッチすぎますよ。陽菜はそういうの見られるの恥ずかしいですけど、まー君先輩だったら見せてあげてもいいですよ。愛ちゃん先輩には内緒にしてくださいね」

「いやいやいや、そう言うつもりじゃないから。僕はそんなつもりで選んだんじゃないから。本当に違うんだって」

「じゃ、どういうつもりで選んだんですか。もしかして、サイズを間違えただけって事ですか?」

「それも違うんだけどさ、なんて言うか、僕がこの店に来ること自体が間違いなんじゃないかなって思って」

「それはあるかもしれないですね。まー君先輩みたいな真面目そうな人はこの店には似合わないですよね。それに、オドオドしてる感じが挙動不審すぎて不審者でしかないですよ。たぶん、陽菜がまー君先輩の事を知らない立場だったら、盗撮魔かな思っちゃいますもん」

「そんな風には思わないでしょ」

「いや、思いますって。実際にちょっと前に真面目そうな人が隠しカメラで盗撮してたことあるんですからね」

 なんとなくアウェー感はあったのだけれど、店の感じと僕の感じが合ってないだけなんだろうと思っていた。でも、それはタイプが違うからなのではなくて、以前いた盗撮犯に似ている僕を警戒しているという事だったのか。

 こういう店だったらすぐに店員さんが陽菜ちゃんに服とかを勧めに来ると思っていたのだけれど、割と自由に見ることが出来ていると思っていたのだが、陽菜ちゃんに何かを勧めるよりも僕を警戒しているので近付いてこないという事だったのか。

「この店は陽菜のお気に入りなんで変な事しないでくださいね。会長の時みたいに写真撮ったりしたらダメですからね」

「え、どういう意味なのかな?」

「さあ、どういう意味でしょうね」


 結局服は何も買わなかった陽菜ちゃんではあるが、僕の事を警戒していた店員さんに怪しい人ではないという事を説明してくれていたのだ。

 店員さんはまた来てくださいと言っていたけれど、陽菜ちゃんが一緒じゃ無い限りは来ることも無いだろう。愛ちゃんも会長も真美ちゃんも朱音もたぶん来ない陽菜ちゃんだけの店だと思うのだから。

「欲しい服あったんですけど、やっぱりお小遣いじゃ買えないですよね。何かバイトでもしてたら買えたかもしれないですけど、陽菜はバイトとか出来ないしな。パパにおねだりしたらママに怒られちゃうし、どうしたらいいですかね?」

「まあ、我慢するしかないんじゃないかな」

「そうですよね。我慢するしかないか。でも、あの服は可愛かったな。写真だけでも撮っておけば良かったかも」

「いつか買えるといいね」

「あ、その言い方って全然気持ちこもってないですよ。まー君先輩って愛ちゃん先輩の時と他の人で露骨に態度違いますよね。陽菜はもう慣れたからいいですけど、愛ちゃん先輩と付き合ってから冷たくなったって朱音ちゃんが悲しんでましたよ」

「そんな事言ってるの?」

「はい、この前も一緒にお菓子作ってて相談されましたもん。お兄ちゃんが家にいても朱音にかまってくれないんだ。一緒に遊んでる時も朱音の事よりも愛ちゃん先輩の事ばっかり考えてるっぽい。って言ってましたよ。そこんところはどうなんですか?」

「どうって言われてもね、別にそうでもないんだけどな」

 実際に僕は愛ちゃんの事を考えてはいるのだけれど、さすがに朱音と遊んでいる時までそんなに考えてはいないと思う。いや、無意識のうちに愛ちゃんの事ばかり考えていたのかもしれないが、それは普通なんじゃないかなとは思うのだが。

「でも、恋人の事を考えるのって普通ですよね。こうして陽菜と一緒にいるのにまー君先輩は愛ちゃん先輩の事を考えているみたいですし。ね、今も考えてたでしょ?」

「考えてたでしょって、話題に出てきたらそりゃ考えるでしょ」

「そりゃそうですよね。でも、陽菜が服を見てた時も愛ちゃん先輩の事を考えていたんじゃないですか?」

「どうだろうね。あんまり意識してなかったかも」

「それって失礼ですよ。こんなに可愛い女の子が目の前にいるっていうのに、他の女の事を考えるだなんて。でも、陽菜は別にそれでもいいんですよ。愛ちゃん先輩の事は陽菜も好きですし。ああ、やっぱり駄目です。こうして陽菜と一緒にいる時は陽菜の事を考えてくださいね」

 相変わらず陽菜ちゃんはまっすぐな目で僕を見つめてくるのだが、不思議と僕は陽菜ちゃんの目を逸らすことが出来なかった。他の人なら恥ずかしくなって見つめ合うことなんて出来ないのだけれど、純粋できれいな陽菜ちゃんの目は逸らすことが出来なかったのだ。

「もう、そんなに情熱的に見つめられたら困っちゃいますよ。なんだか喉が渇いちゃったな。陽菜は甘いものが飲みたい気分なんですけど、まー君先輩は陽菜と一緒に甘いもの飲みたいですか?」

「甘くなくても良いけどさ、喉は乾いたね。その辺にある店に入って何か飲もうか。外にいると汗も出てきそうだし」

「じゃあ、決まりですね。この辺にあるお店だと、あのハンバーガー屋さんとかどうですか?」

 陽菜ちゃんが指さしているハンバーガー屋はよく行く店とは違うチェーン店なのだが、僕はあまり来たことが無かった。テレビではよく見るし話もよく聞くのだが、実際に入るのは初めてだったので少し緊張してしまっていた。

 なれないメニュー表に四苦八苦しながらも僕はドリンクとポテトのセットを頼むことにした。陽菜ちゃんはドリンクとアイスを頼んでいたのだが、その組み合わせならシェイクでも良かったのではないかと思った。

「アイスが食べたくなっちゃったんですよ。シェイクって気分じゃないし、ポテトにはオレンジジュースが合いますからね」

 僕のポテトを陽菜ちゃんは勝手に食べていたのだけれど、僕も一人で食べるつもりはなかったので別に気にしてはいなかった。朱音と一緒の時も僕のポテトを取られることはあるのだが、その時は朱音が先に自分のポテトを食べきってから僕のを強奪していくのでこの状況とは少し違うのかもしれないな。

「あ、アイス食べますか?」

 陽菜ちゃんはスプーンでアイスをすくい取ると僕の前に差し出してきた。僕はそれを当たり前のように食べていたのだが、陽菜ちゃんは少し動揺しているように見えた。

「え、ホントに食べると思わなかった。まー君先輩ってこういうの平気なんですね」

「こういうのって?」

「ほら、陽菜が使ったスプーンでも平気で使えるんだなって思って」

「別にそういうのは気にしてないけど。あ、ごめん。陽菜ちゃんは気にするよね。新しいの貰ってくるよ」

「いえ、いいんです。そう言う意味じゃないんで。それに、陽菜もまー君先輩なら嫌じゃないですから」

 別に僕としては特に意識もしていなかったのだけれど、陽菜ちゃんの態度を見ていると普通の事ではなかったのかと思ってしまった。小さい時から朱音と食べ物を奪いあったり食べさせあったりしていたこともあって差し出されたものを食べるのは当たり前の行為だと思っていたのだけれど、あらためて意識してしまうと恥ずかしいという思いもわいてきてしまっていた。

 お互いに沈黙が続くと何だか話しだすきっかけがつかめなくなってしまった。僕は別に無言でいても気にならないタイプではあるのだが、今の状況だと沈黙は何かを意識しているように感じて本当に気まずく思えてしまったのだ。

 空になりそうなポテトにも手を伸ばすことも無く、時々目が合えばお互いに不自然な笑顔を交わすという、いつもとは違う二人の関係性が出来つつあったのだ。

「あ、お兄ちゃんだ。陽菜ちゃんと買い物に行くって言ってたけど、こんなところで会うなんて偶然だね」

 僕たちの沈黙を破ってくれたのは偶然居合わせた朱音だった。

 たぶん、服を選んでいる時から近くに朱音がいたのは知っていたのだが、それも偶然だろうと思って敢えて無視をしていたいのだ。朱音も気付いてほしくなさそうに隠れていたという事もあったのだが、あの時に話しかけていれば今みたいな気まずい事態にはならなかったのかと考えてみたりもしたのだ。


「そうだったんだ。でも、陽菜ちゃんが良いなって思った服は朱音も見てみたいかも。次は朱音が陽菜ちゃんとデートしようかな。お兄ちゃんが一緒でもいいけどさ」

「それは良いかも。次は三人で一緒に行こうか。まー君先輩もその方が良さそうだし。変な服を選んだりもしないだろうからね」

「別に変な服なんて選んでないでしょ。サイズを間違えただけで」

「サイズを間違えたって、お兄ちゃんはデリカシーが無いもんね。朱音の事も子ども扱いしてるしさ」

 さっきまでの気まずい雰囲気は朱音の登場によって一変した。陽菜ちゃんも楽しそうにしてくれているので僕も一安心だ。

「あ、朱音も飲み物買ってこようかな。お兄ちゃん、お金頂戴」

 僕は財布の中からなけなしのお金を朱音に渡すと、朱音は嬉しそうに列に並んでいった。ついでにポテトでも頼めばよかったかなと思ってスマホを取り出すと、陽菜ちゃんから写真が届いていた。

「あ、やっとスマホを取り出しましたね。いつになったら見るのかなって思ってたんですけど、まー君先輩ってあんまりスマホ見ない人なんですか?」

「そう言うことも無いけど。家にいる時は時々見てるよ。でも、なんで写真なんて送ってきたの?」

「なんででしょうね。ほら、見てくださいよ」

 僕は陽菜ちゃんから届いた写真を開くと、そこには試着室でスカートを脱いでいる陽菜ちゃんの姿が映しだされていた。

 思わず顔を上げてしまった僕の事を陽菜ちゃんはニヤニヤとした顔で見ていたのだが、陽菜ちゃんは僕のスマホを取り上げると写真のパンツの部分を拡大して僕に返してきたのだ。

「どうですか。陽菜のパンツも可愛いでしょ。中学生の時のやつなんでちょっと小さいんですけど、一番のお気に入りなんですよ。いろんな意味でレアなパンツだとおもんでちゃんと見てくださいね」

「こういうのって良くないと思うんだけど、試着室で写真とか撮っちゃダメだと思うよ」

「大丈夫ですよ。陽菜が自撮りしただけですから。それに、まー君先輩も陽菜が着替えてる時に見たいなって思ってたんじゃないですか?」

「そんな事は思ってないけど、思ってないよ」

「ホントかな。嘘じゃないのかな。パンツが見たいって思ったらいつでも言ってくれていいですからね。パンツだったら見せてあげますからね」

 僕は別に陽菜ちゃんのパンツを見たいとは言ってないし、思ってもいないはずだ。でも、送られてきた写真は陽菜ちゃんの秘密を知ることが出来たみたいで嬉しくも思っていた。

「ねえ、パンツってなんの話してるの?」

 かくれんぼをしても簡単に見つけることが出来る朱音ではあるのだが、こういう時に限って存在感を消すことが出来るのだ。いきなり話しかけられて僕は心臓が飛び出るのではないかと思うくらいに驚いていたのだが、陽菜ちゃんは冷静に朱音の質問に答えていた。

「朱音ちゃんにさ、可愛いパンツをプレゼントしようかと思ってるんだ。陽菜とお揃いの可愛いやつね」

「え、それは嬉しいかも。陽菜ちゃんも可愛いパンツ好きだしきっと趣味合うよね」

「うん、実はもう用意してあるんだよ。今度お菓子作る時に持っていくね」

「ありがとう。朱音もお礼しなくちゃだね。可愛いパンツ買いに行こうかな。あ、お兄ちゃんはついてきたらダメだからね」

 僕は朱音に気付かれる前にそっとスマホの画面を戻したのだ。ただ、どうしてもパンツに描かれていたキャラクターが頭から離れなかったのだが、それは朱音が買ってきたお子様セットのおまけについてきたオモチャと同じようなキャラクターだったという事もあるのだ。

「あ、そのおもちゃ良いな。陽菜もそのピンク好きだよ。まー君先輩もやっぱりピンクが好きなんですか?」

 僕は陽菜ちゃんと朱音に見つめられていたのだけれど、その質問に答えることは出来ずにポテトの空き箱を指で触って誤魔化していた。

「お兄ちゃんは水色が好きなんじゃないかな。ね、お兄ちゃん」

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