第41話 愛ちゃんからのプレゼント

「久しぶりだね。まー君は元気だったかな?」

「僕は元気だよ。愛ちゃんも元気かな?」

「うーん、私はそれなりに元気かな。でも、まー君に会えて元気になれたと思うよ」

 随分と愛ちゃんと会っていなかったような気がするのだが、毎晩メールか電話をしていたのでそんなに久しぶりな感覚は無かった。

「毎晩話してたから久しぶりな気はしないんだけどさ、こうして会ってお話出来るのって嬉しいなって思うよ」

「私も同じかも。まー君に会えてやっぱりうれしいからね」

 お互いに会うのが目的だったので今日の予定は立てていなかったのだが、愛ちゃんが新学期に使うノートが欲しいという事で駅前にある大きな本屋に行くことにした。三階にある文具コーナーは品揃えがしないで一番いいと思えるくらい豊富で、同じようなペンでも選びきれないくらいに種類があったりするのだ。もしかしたら、まだ僕が出会っていないだけで一番書きやすいペンなんかもあったりするのだろうが、僕はいつも同じペンを買って使い続けているのだ。

「まー君は何か欲しいものとか探してるものとかあるの?」

「今は特にないけど、駅前に行くなら付箋を買ってきてって朱音に頼まれてるんだよね。だから、付箋は買うと思うけど、他に何か買おうかは迷ってるとこだね」

「それだったらさ、一緒のペンかノートでも買おうよ。どっちが先に使いきれるか勝負とかするの面白いかも。私が勝ったらまー君に罰ゲームしてもらおうかな」

「罰ゲームはちょっと嫌かも。でも、僕が勝ったら愛ちゃんが罰ゲームすることになると思うけど」

「私は負けないよ。だって、旅行の時に立ち寄った神社でまー君と勝負しても負けない様にってお願いしてきたからね。私には神様がついてるんだもん」

 愛ちゃんは僕にお守りを見せながら嬉しそうにしていたのだけれど、そのお守りに描かれているのは商売繁盛という四文字だった。学業成就じゃないのが何とも愛ちゃんらしいなと思っていた。

 僕と愛ちゃんは一緒にノートを見ていたのだけれど、お互いにこれが良いというものは中々見つからなかった。僕も愛ちゃんもプレゼントしたいなって思うノートはあったのだけれど、それは自分が使うとなると少し違うような気がしていた。

「二人で同じものを使うってのは意外と難しいかもね」

「そうかもね。私もまー君も同じのを使うってのは難しいかもね。でも、まー君にはこれが似合うと思うんだけどな」

「僕が選んだのも愛ちゃんには似合うと思うんだけどね。愛ちゃんにあげたいものって考えるとすぐに見つかるんだけどさ、二人で同じ物ってなると全然思いつかないんだよね。愛ちゃんが使っても可愛らしいのって僕には似合わないと思うしね」

「まー君と同じのを使いたいなって思うんだけどさ、全く同じのを二人で使うってなるといつも使ってるノートになっちゃうんだよね。書きなれているから使いやすいし、みんな使ってるから問題も無いんだけどね」

 このまま悩んでいたとしても閉店までに決めることが出来ないんじゃないかなって思ってしまい、僕はいったんノートから離れて他の物を見た方がいいのではないかと思っていた。それは愛ちゃんも同じだったようで、ノートゾーンから離れて付箋を見に行くことにした。見に行くと言っても、朱音がいつも使っているのはコンビニでも売っているようなどこにでもあるやつなので迷うことは無かった。

 十色入りの付箋もあったのだけれど、そんなにあっても使いきれないだろうと思ってみていたら、愛ちゃんがカラフルな付箋を見て何か考えているように見えた。

「こんなにいっぱい入ってるのってお得かもね。バラバラに買うよりも一個当たりの値段が安くなってるよ。まー君はどの色が好みだったりするのかな?」

「好みって言われてもね、この水色は好きだよ」

 僕は青系の色が好きなのだが、気分で濃い色か淡い色が好きか変わってくるのだ。今日はなんとなく水色の気分だったので水色を選んだのだが、明日になれば紺色を選んでいたのかもしれない。それくらいに僕は気分で好きな色が変わったりするのだ。

「水色が好きなんだ。私の水色も後で見せてあげるね。まー君の好きな水色だったらいいなけどな」

 今日の愛ちゃんはいつもと違うような気がする。旅行でいろんなところに行っていたから影響を受けているのかもしれないけれど、それにしては少し様子が変な気がしていた。

 それでも、愛ちゃんはいつもと変わらずに可愛くて美人なのだが、どうも表情がいつもと違うように思えていた。もしかしたら、今日はいつもの愛ちゃんじゃないのかもしれないな。僕はそう思っていたのだ。


「それでね、動物園に行ったんだけど、その動物園の熊の檻の近くに野生の熊が出るから注意してくださいって書いてあったんだ。熊を見ながら熊に怯えるのってなかなかない体験だと思うんだけどさ、そう言うのってよくあったりするのかな?」

「北海道とかならよくあるのかもね。ほら、この前も札幌の町中に熊が出たってニュースでやってたからね。その熊がどうなったのかは知らないけど、僕らの町にもクマが出たらパニックになっちゃうかも」

「それが通学路とかだったら大変かも。そうなったらまー君の家から学校に通おうかな。まー君なら熊が出ても守ってくれそうだしね」

「愛ちゃんと一緒にいる時に熊が出たら守るけどさ、たぶん一瞬でやられちゃうと思うよ。だから、そんな時は気にせずに逃げていいからね」

「ええ、逃げないで私も一緒に戦うかも。でも、さすがに動物園にいた大きい熊じゃ勝てないかもね。小さいのでも勝てないと思うけど」

 愛ちゃんが旅行中に撮った写真に熊が写っているのだけれど、その熊は立っていない状態でも愛ちゃんよりも大きく見えていた。たぶん、写り方の問題でそう見えるのだと思うけれど、他に見せてもらった写真と比べてもどの動物よりも大きく見えていた。トラやライオンよりも熊の方が何倍も大きく見えているのだ。

「近くで見てても大人しくて餌をあげると喜んでくれてたんだけどさ、野生だとそうもいかないんだろうね。まー君は苦手な動物とかいるの?」

「僕が苦手な動物か。嫌いな動物とかはいないけど、ちょっと苦手なのは大きい蛇かな。実際に見たことは無いんで勝手な想像だけどさ、何となく体に巻き付いてくる感じが苦手かも」

「そうなんだ。私は蛇はそんなに嫌じゃないかも。どっちかって言うと、空を飛ぶ動物の方が苦手かも。なんか、急に襲われそうな気がして嫌なんだよね。それに、足が他の動物に比べると見た目が怖いんだよね」

 あんまりじっくり見たことは無いのだけれど、鳥の足は他の動物に比べても独特な気がする。なんとなく怖いというのもわかるような気がするのだ。

「お揃いのノートはさ、蛇も鳥も描かれてないやつにしようね。まー君がどうしても鳥が良いって言うんだったら我慢するけどね」

「そんな事は言わないよ。それに、鳥とか蛇のノートなんてあるのかな?」

「さあ、探してみたことは無いけど、ここにはあるかもしれないよ。でもさ、わざわざそんなの探すのはやめようね」

 愛ちゃんの言う通りで、わざわざ苦手なモノを探す必要なんてないだろう。お互いに好きなモノをモチーフにしたノートなんて探すのも面白いのかもしれなけれど、実際に使うのであればシンプルな方がいいような気がしていた。

 僕はなんとなくパステルカラーを基調としたノートを見ていたのだが、シンプルがゆえに使いやすそうに思えてこれが良いのではないかと思っていた。色もたくさん種類があるので何色かお揃いで買って使う授業だけを変えればいいのではないかと思った。僕の提案を聞いた愛ちゃんはそれは良い考えだと喜んでくれたのだ。

 僕たちはお揃いのノートを五冊買ってそれぞれ使う授業を分けることにしたのだ。お揃いのノートを使っているのにバレない作戦なのだが、きっとこれは誰にも気付かれないと思うのだ。

「まー君の機転のお陰でうまく行ったね。これなら一緒のノートを使ってるってバレないかもね。私はまー君と付き合ってるのを隠してるわけでもないからバレてもいいんだけどね」

「僕も別に同じノートを使ってるって思われても平気だけどね。なんで隠そうと思ったんだろう?」

「さあ。そんな事はどうでもいいじゃない。今からこのノートを使うのが楽しみだな。まー君はどれを先に使い切るんだろうね」

「たぶん、英語か数学だと思うよ。他の授業よりも書くこと多いからすぐに無くなっちゃうかも」

「私は歴史とかかな。テストに関係ない事も調べて書いちゃうところがあるからね。知っている人が出てきたら似顔絵とか書いちゃうからな」

「勉強で埋めなきゃダメだって。似顔絵は反則でしょ」

「それもそうだね。気を付けます」


 僕たちは目的のモノを一通り買うことが出来たのでいつもの漫画喫茶に向かっていたのだが、今日は漫画喫茶ではなく映画を見に行くことになったのだ。

 ちょうど話題の映画がやっているので見ておこうということになったのだが、愛ちゃんが見たい映画は意外なことに怖そうなホラー映画だった。

 確かに、このホラーも話題にはなっているのだけれど、僕はてっきりもう一つの話題作である恋愛映画を見るものだと思っていたのだ。でも、愛ちゃんが見たいのはとても怖いと評判のホラー映画だったのだ。

「まー君はさ、オカ研だからホラーとかも詳しいんでしょ?」

「まあ、少しは詳しいと思うけど」

「じゃあ、見終わった後に私が気になったところを質問しても良い?」

「良いけど、ちゃんと答えが出せるかわからないよ」

「それは気にしなくても良いよ。答えよりもまー君がどう思ってるか知りたいだけだからね」

 僕たちはジュースとポップコーンを買って自分たちの席に座っていたのだが、予告編が終わっても僕たち以外にやってくる人は誰もいなかった。

「ねえ、誰も来ないね」

「そうだね。貸し切りみたいだね」

「うん、何となく贅沢な気分だね。誰もいないのってちょっと怖いけど、怖くなったら手を握っても良い?」

「良いよ。いつでもどうぞ」

「ありがとう」

 そのまま映画は始まったのだが、結局僕たち以外に映画を見ている人は誰もいなかった。こんなこともあるんだなと思っていたのだが、外に出ると次の上映を待っている人が列を作って待っていたのだ。

「ちょうど誰も見に来ない時間だったみたいだね」

「そうみたいね。凄い偶然だね」

 僕たちは並んでいる人達の横を通って映画館からゲームセンターに向かっていった。映画を見るとメダルが少し貰えるみたいなので僕たちはメダルゲームで遊んでみることにしたのだが、貰えるメダルが少なかったという事もあってあっという間に使い切ってしまったのだ。さらに買い足して遊ぶことも出来るのだけれど、さすがにお金を払ってまで遊ぼうとは思えなかったのだ。

「ねえ、せっかく一緒に来たんだからプリクラとか撮ろうよ。まー君と一緒に撮ったプリクラを真美ちゃんにあげたいって思うんだけど、どうかな?」

「良いと思うよ。僕も朱音に一枚あげようかな」

「それも良いかもね。そうだ、朱音ちゃんにプレゼント持ってきてるんで帰りに渡すね」

「朱音にプレゼントって、何かな?」

「それはね、朱音ちゃんに似合いそうなおパンツだよ」

 愛ちゃんは僕の耳元でそう囁いたのだが、愛ちゃんの言葉も息遣いも僕をドキッとさせるには十分すぎるものだった。愛ちゃんが近くに来たという事だけでもドキドキしてしまうというのに、プレゼントにパンツを買っているというのはかなり意外であった。


 僕と愛ちゃんは機械の指示に従って色々なポーズをとっていたのだが、最後の指示である自由に撮っちゃおうというのにはお互い慣れていないという事もあって直立してしまったのだ。もう少し体を動かせばよかったと思うのだが、いざとなると緊張して動くことが出来なかったのである。

「もう、最後にまっすぐ立ってるなんて面白いな。まー君ってそう言うとこあるよね」

「ちょっと緊張しちゃっただけだよ。緊張してなくても変わらないかもしれないけどね」

「そうだね。でも、そこも良いところだと思うよ。あっちで落書きできるみたいだから一緒に何か書こうね」

 僕は何を書こうか迷っていたのだけれど、愛ちゃんが色々と書き込んでくれているので邪魔にならない程度にスタンプを置いてみたりしていた。

「そんなに遠慮しなくてもいいんだよ。そうだ、シールの出口に注目してみてよ」

 愛ちゃんに言われてシールの出口を見ていたのだけれど、出てくるまでもう少し時間がかかるのか何も出てくる気配はなかった。

 何があるのかなと思って僕はずっと出口を見ていたのだが、愛ちゃんに頭を軽く叩かれたので視線を横へ動かすと、そこには愛ちゃんの水色のパンツが目に飛び込んできた。

「ねえ、この水色はまー君の好きな水色?」

「うん、好きな色だよ」

 僕の言葉を聞いた愛ちゃんは嬉しそうにはにかんでいた。

 二人で嬉しい気分になっていたと同時にシールが完成して出てきたのだ。

 プリクラの僕は表情が少し硬くなっていたのだけれど、今ならもっと自然に笑えるんじゃないかと思いながらも、愛ちゃんの履いている水色のパンツを見ていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る