第3話 ただ好きだから

1 オファー

 立ち上げから約2週間が過ぎた。

 桜の花も散ってしまい、通常なら国体選考会も行われる春季大会を控えていた頃だけれど、私たちは来月末に行われる総体予選のエントリーを済ませて、ひたすら練習の毎日だった。


「ぐはっ」

「ぢぬぅぅ」


 砂が付いてしまわないように、ちゃんと体育館に入ってから倒れ込む花林と茉鈴。

 今はこんな感じに、ぐで~んと床に転がっているけれど、この二人だったら春季大会の時点で、国体選手に選ばれたかもしれなかったんだよな。


「さすがのワタクシも、息が上がってしまいますわね」


 高級ホテルにありそうな白いタオルを頬に当てながら、凜々果は涼しげに言った。

 脚力だけじゃなくて、持久力もあるんだよね凜々果って。めきめきバドも上達しているし、もし予選を突破して総体に出られたら、凜々果も選考員の目に留まっちゃうかもなぁ。……というか制服の時とは違って、猫耳みたいなお団子頭が可愛くて堪らない。


「そう言えば、ぜぇ。あやみんさん、ぜぇ。3分1分さんぷんいっぷんって誰が考えたの、ぜぇ。ですか?」


「ぜぇ」と、髪を後ろで一つに結んだ美鳥が壁に手を付いて、しんどそうに訊いてきた。眼鏡がずり落ちている。


「片寄先生だよ? 忘れたの?」

「え? ……ああ、そうでしたね。ぜぇ。私は一体何を訊ねているのでしょうね」


「ぜぇ」と、美鳥はらしくもなく自分を嘲笑あざわらうように言った。

 うん。きついよね、3分1分。

 私も持久力なら自信がある方だけれど、今終えたインターバル走が、とんでもなくハードで凜々果ほど平然としていられない。坂道と階段の往復を3分間走って1分休憩する、それを5本も繰り返すのだ。

 膝とかふくらはぎが痛くて、3本目辺りから絶望を味わったよ……。


 でもそうやって片寄先生は日々、私たちのために頑張ってくれている。

 バドも知らないって言っていたし、きっと興味もないはずなのに、一生懸命褒めたりしてくれるもんなぁ、ラケットも買っていたし。

 だからそうやって奮闘しているところを見ると、少し罪悪感を感じるんだ。……ラッキースケベ戦法のことを。


「お疲れー!」

「あっ、先生」


 噂をすれば何とやらだ。

「お疲れさまでーす!」と、ぐだっていたみんなも立ち上がって声を揃える。


「どうしたんですか? いつもより早いですね?」

「うん! また戻らないといけないんだけど、決まったから先に教えてあげたくて!」

「決まった?」


 なんだかテンションの高い片寄先生に、私たちは首を傾げる。そんな私たちに、先生は目を爛々とさせて興奮気味に言った。


「練習試合だよ! しかもオファーもたくさん来てる!」

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