裏切り

そんな事を思っていた最中、ロドニーがやっと立ち上がる。

「これは困った状況になったね。さてどうしたものか──」


 この敵に囲まれた状況においてもロドニーは落ち着きを払い、テーブルの周りを歩き始める。

「やあ──お久しぶりですね。母さん」

「本当に久しぶりね。貴方に会えて嬉しいわよ、ロドニー」

「僕もですよ。貴方に与えてもらったこの病弱な体の御恩は忘れていません」


 ロドニーはツカツカと歩きアデラインに近寄ると対峙する。

「母さん、抱きしめてもらえませんか」

 

 何を血迷ったのかロドニーは両手を広げ、無防備にアデラインの一体に近づいていく。


「えぇ、結構よ。貴方はルーベスと違って賢い子だものね」

 アデラインも手を広げロドニーをその胸に迎え入れる。


「私は母の愛に飢えているのです。それを満たして下さい」

「あぁ、ロドニー。愛してあげるわ。思う存分に」

 

 アデラインの人形に抱かれながら、優しく目を閉じる。

 誰もこの状況の着地点が見えず、動くことができない。

 しかし、周囲を警戒する、張り詰めた感覚がこの場を未だに支配していた。


 ロドニーとアデラインの家族愛を謳ったこの奇妙な行動だけが、この場から浮いている。

 

 アデラインの抱擁に浸っていたロドニーは、ふいに目を開きジャケットのポケットの中から二対のミニチュアの玩具を取り出した。赤い光の発光と共に掌の中で巨大化する。刃渡り直径三十センチ程の丸ノコの付いた携行性の高いそのET2ool。それを手にしたロドニーが丸ノコを回転させる。けたたましい音を発する凶器と化したバズソーは、抱擁していたアデラインの両方の腕を切り落とす。ボトリと二対の腕が床に転がる。今起きたことを正確に理解する間もなく、戸惑いの色の瞳を浮かべながら驚きの声を上げるアデライン。


「何するの! ロド──」

更に近づき彼女の首に向けてバズソーを回転させて切りつける。一瞬の内にアデライン首が切り取られ、音を立て床に落ちた。


 他のアデライン達は、自分と同じ姿の人形が無残に破壊されたのを見ても特に怒りを抱いてはいないようだった。むしろ、それを喜んでいるかのように口元を歪ませている。連帯感のような繋がりは一切抱いていないらしい。まるで自分だけが本物のアデラインで、他は忌むべき偽物だと感じているようだ。


 ロドニーはバズソーを縮小させると、そのアデラインの頭を跪いて拾い上げ、自分の顔に近づけて頬ずりする。

「あぁ──母さん。今まで愛してくれなかった分、たくさん愛してくれよ。その分僕も母さんをたくさん傷つけて愛してあげるからさぁ」

「ロドニー、こちらに来なさい私が愛してアゲル」


 他のアデライン達が、そうロドニーに囁く。

 ロドニーはアデラインの頭を放り投げ、バズソーを巨大化させる。

 

 状況をよく呑み込めず、ただロドニーの酷く歪んだ愛情を目の当たりにして僕は顔をしかめる。クレアラがそんな異様な精神状態のロドニーに近づく。不用意に──

「大丈夫、ロドニー?」

「僕は平気だ。心配なのは君の方だ。心の準備をしてくれ。何しろ君も手足を切り裂かれるのだから」

 

 クレアラは危険を察知してその場から飛び退こうとした。しかし、一瞬早くロドニーの持っていた二対のパズソーが彼女の足を両断する。

 クレアラが短い悲鳴を上げる。足を失くし、うまく飛び退くことができなかった彼女はその場で床にうつ伏せに倒れる。


「何してるんだよ、お前は!」

アデラインの人形に向けていた銃を、僕は狂気の瞳を宿したロドニーに向けて銃を放つ。流石に殺すのは戸惑い、とっさにロドニーの足に向けて撃った銃弾は赤黒い炎に焼かれ消失する。

 僕の銃口から外れたアデラインが動き出す。それを見て再びアデラインに銃口を向けて動きを牽制する。


 ロドニーが呪いの道具を使えることは聞いていなかった。

 それにあの銃弾の防ぎ方は、アデラインの力と全く同じだ。


 ロドニーはクレアラに歩み寄ると背中を踏みつけて、二本の腕もパズソーで切り刻む。クレアラはこれで四肢をもがれた状態だ。なにもできないに等しい。

 彼女の呪義手の腕から、こぼれた赤の三日月が床に落ちる。

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