第27話 買い物にはハプニングが付き物 -4-

「さぁ~って、次はどこ行こっかなー」


 ピロリンッ。


「ん? あっ、梨奈りなからだーっ」


 お店を出たところで、仕事に戻ったはずの梨奈から通知が届いた。


「なになに~? 『この前、話してたマンガの新刊が出たっぽいから買ってきて』だって~」


 ピロリンッ。


『お金は、今まであたしがおごらされてきた分から差し引いておくから』

「えぇ……。もう今月のお小遣いが……っ」

「ちゃんと返さないから、こういうことになるのよ」

「トホホ……って、うさセンパイ……!?」

『ッ!!?』


 全員が振り返ると、ここには居ないはずの兎の姿があった。


「うさ先輩!? 今日は来られなかったんじゃ……」

「イベント期間が午前中だけっていうのをすっかり忘れていたわ。私としたことが……」


 うさぎは悔しそうに拳を握りしめていた。


 よくわからないけど、お察しします……。


「まあ、ということだから」

 

 要するに、急遽午後の予定が空き、行けるようになったということか。


「兎ちゃん、迷わずに来られたねー」

「え、管理人さん知ってたんですか?」

「うんっ、さっき注文を待っていたときにね」

「場所さえわかれば、ここくらい一人で来られるわ」

「うさセンパイ、意外と方向音痴だもんねー」


 ギロリッ。


「なにか言ったかしら?」

「いえ、なにも!!」


 先輩の威厳いげんか、それとも年上の風格ふうかくか。


「こ……こんにちはっ!」


 隣で琴美ことみがお行儀よく挨拶をしたのだけど、体がプルプルと震えていた。


「ええ、昨日以来ね」


 怖がるのも無理もない。


 どうしても、見た目の可愛らしさに惑わされてしまうのだから。


「ところで、次に行く場所で困っているみたいね」

「えっと、そうですね。なかなか、決まらなくて……」

「ふーん。それなら、私に付いてきなさい。とても楽しいところに連れていってあげるわ」

「楽しいところ?」


 ……。


 …………。


 ………………。


 それから電車で移動すること、三十分。


「着いたわよ」


 まことたちがやってきたのは、見上げてしまうほど大きなゲームセンターだった。


 そういえば、昨日の話し合いの中で、ゲームセンターって言ってたっけ。


「久しぶりに腕が鳴るわね」


 目を輝かせている兎の後について中に入ると、エスカレーターに乗って、対戦格闘ゲームのコーナーがある階へとやってきた。のだが、


「「――――ッ!!?」」


 他の人の声が聞こえなくなるほどの大音量の音楽に、つい耳を押さえる鈴川すずかわ兄妹。


 それから、ちょっとずつ耳が鳴れたところで、そっと手を離した。


「おお……っ」


 自分が知っているゲームセンターとは違っていて、とても新鮮だった。


 メダルゲームやUFOキャッチャー、レースゲームだけじゃないのか。


「先輩、あのゲームはなんですか?」「ああぁ~あれは、音ゲーだね。選んだ楽曲で全国のプレイヤーとポイントを競うの♪」

「へぇー」

梨花りか、久しぶりに私と手合わせしなさい」


 と言って指さした先には、『エクストリームファイター』と書かれたゲームの台が置かれていた。キャラクターを複数のボタンとスティックで操作するらしい。


「いいねぇ~。相手がうさセンパイだからって、手加減しないからねっ!」

「ふふっ、望むところよ。ちなみに、今までの対戦成績をあなたは憶えているかしら?」

「…………」

「あら、返事がないわね。まあいいわ、すぐに……思い出させてあげる」

「ぐっ……」

「あっ、言い忘れていたけど、負けた方は勝った方にUFOキャッチャーを十回分奢る。そうだったわよね?」

「そっ、そうだよ!!  ……せっかく、黙ってたのに……っ」

「なにか言ったかしら? まあいいわ。じゃあ、始めましょうか。――ふふふっ」


 それからというと、


「ふっ、遅いわ」

「なっ……!? まだまだ……ッ!」

「その意気よ、私を存分に楽しませて頂戴」


 白熱したバトルが繰り広げられたが、結局、うさ先輩の圧勝で終わった。


「また負けた~……っ。悔しい~~~!!」

「ふふっ、まだまだね」


 歴戦の戦士の雰囲気を漂わせながら、いつの間にか集まっていた観衆の間を通って二人が戻ってきた。


「うさセンパイ、強すぎーっ。あんなの勝てるわけないじゃん!」

「今までの積み重ねがあるから当然のことよ。ほら、早く出しなさい」

「うぅぅ……持ってけ泥棒っ!!」


 梨花は自分の財布からお金を出すと、パンッと兎の手のひらに置いた。


「また儲けちゃったわね。さぁ~て、どれを取ろうかしら?♪」

「あ、あの……」


 真は、さっきから気になっていたことを尋ねた。


「うさ先輩、さっきから気になってたんですけど、対戦成績って……」

「三百七十八戦、三百七十八勝よ」

「ぜっ、全勝……ですか」


 つ、強すぎる……。


「でも、この中で本当に強いのは……」


 兎が見つめる奥の台の方を見ると、「…………」


 カチャカチャ、タタタッ、タタッ、カチャ、タタタッ……


「おいっ! あの子すごいぞっ!?」

「ああぁ! まだ一度もダメージを受けていないっ!」


 こっちはさっきよりもさらに観衆が集まっていた。


「あれは……姫川ひめかわ……先輩……?」


 タタタッ、タタタッ……


 えぇー……。


「やっぱり、なかなかやるわね。私が認めているだけでのことはあるわ」

「え、姫川先輩ってそんなに強いんですか?」

「ええ。ゲームにあまり興味がないって言っていたから、私が教えてあげたんだけど。まさか、あれほどの素質があったなんて……」


 顔は嬉しそうだが、拳は握りっぱなしだった。


「あははは……」

「真ちゃん、私たちも遊ぼう~っ!」

「行こっ、ママ」

「そうだねっ」




 楽しい時間はあっという間で、外はすっかり夕暮れ時を迎えていた。


「ああ~楽しかった~っ!!」

「そうね。またいつでも相手してあげるわ」

「こ、今度……お願いしますっ」

「それにしても、さくらちゃんが、実はゲームが得意だったなんて初めて知ったよー」

「得意だなんてそんな……っ」


 照れてはいるけど、満更ではないらしい。


「お菓子作りをしてるから、手先が器用なのよ。じゃなきゃ、あんな風に一方的に私がやられたりしないわ」

「たまたまですよ……っ」

「先輩、とても上手でしたよ……ん? 琴美?」

「はぁ~あぁ~……帰りたくないなぁー……」

「んッ!! じゃ今日はわたしの部屋に――」


 梨花が手を挙げる前に、真が言った。


「ダメだよ、明日は学校があるんだから」

「わかってるよ……」

「あまり父さんに心配かけちゃダメだよ?」

「えっ?」

「一昨日、琴美が来たときにこっそり連絡しておいたんだ。父さん、なにも言わずに出て行ったから、近所を探し回ってたみたい」

「ああぁ……」

「帰ったらちゃんと謝ること。いいね?」

「……うん」


 琴美はコクリと頷いた。


「よ~しっ、じゃあ駅に着くまでわたしがギュ~ッてしててあげる♪」

「え」

「ギュ~~~~~ッ♡」

「……っ!!?」

「あっ、わたしも~!」

「管理人さんまで…――――――――え」


 そのとき、まこと香織かおりの服の袖をギュッと握った。


 今までにないくらいの強い力で……


「んん?」


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


「!! ……真ちゃん?」


 うつむかせたその顔は、まるでなにかを恐れているような……そんな感じがした。


(今、見てたのは……)


 香織はチラッと前の方を見ると、眼鏡をかけた一人の男性がこちらに向かって歩いていた。


 体形はスラッとしていて、身長は百八十センチくらいか。


「……ッ」


 すると、真は身を隠すように香織の後ろに回った。


「だっ、大丈夫……?」


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァ……ッ」


 距離が近づくにつれて、呼吸は激しいものに変わっていく。


 そして、




 ――――――――――――――――――――――――――――――。




「ハァ……ハァ……」


 何事もなくすれ違ったのだが、その後も、服の袖は握られたままなのだった。




 次の日の朝。


 いつものように玄関前を箒で掃除していると、制服姿の真が二階から下りてきた。


「真ちゃん、おはよう♪」

「おはよう……ございます……」

「? あっ、琴美ちゃん、昨日は楽しんでくれたかな?」

「楽しんでいましたよ……。また来たいって言っていましたし……」


 あの後、近くのお店で夕食を食べて、実家に帰る琴美を駅で見送ったのだった。


「………………………………………………」

「どうしたの? 顔色が悪いよ?」


 香織がスッと額に手を当てた。


「うぅ~ん、熱はないっぽいけど」

「大丈夫ですよ……なんでもないですから。時間がないので、行ってきます……」

「う、うん……」


 いつもより一時間も早いのに?


 そんなことを考えている間に、真は学校への道をゆっくりな足取りで進んでいった。


「真ちゃん……」


 気のせいかもしれないけど……。


 そのときの真ちゃんの背中が、いつも以上に小さく見えた――。

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