第22話 カラフル・ガールズ

 お昼が過ぎた頃。


 ザァァァァァーッ。


「雨、止まないね……」

「しょうがないよ、今日は一日ずっと天気が悪いみたいだから」

「はぁ……。ママー、今日どうするー?」

「そうだな……。外は雨が降ってるから、あまり出たいって気分でもないし……」

「だよねー」

「管理人さんだったら、天気なんて関係ないって言いそうだけど」


 その管理人である香織かおりは、今、ここにはいない。なぜなら、管理人の仕事があるからだ。


「あの人なら、そうかも……」


 てっきり、隙あらばと思っていたけど。


 琴美ことみの警戒心は、昨日の深夜からさらに増していたのだった。


「うーん……そうだっ。琴美に先輩たちを紹介するよ」

「先輩? ママが言ってた学校の?」

「うんっ。いい人たちばかりなんだよっ」

「へぇー」


 そんなやり取りをしながら、二人が玄関に来ると、


 ピンポーン。


「マコマコ~、あ~そ~ぼーっ♪」

「この声は……梨花りか先輩だっ」

「梨花……先輩? というか、マコマコってなに?」

「先輩が僕を呼ぶときのあだ名みたいな?」

「ふぅーん」


 ママをあだ名で呼ぶってことは、かなり親しい人なのかな? 新たな監視対象の予感が……。


「……わたしが出る。挨拶ついでにね」


 と言って、琴美が扉を開けると、


「マコマコ〜♪ 遊びに……来た……よ……」


 きっ、金髪ツインテ!? くっ、黒髪ツインテ!?


 そのとき、どこかで雷が落ちる音が鳴った。


「「…………っ」」


 それは、ツインテール同士の初めての出会いだった。


 うわぁ……すごい美人さんだ……それに、本物のギャル! もしかして、モデルさんかな? 


 そんなことより……あの顔であのスタイルは反則でしょ!?


(むむむむ……っ)


 小動物みたいなまん丸な目と、長いまつ毛、桜色のキュッとした唇。


(小っちゃくて可愛いぃぃぃ~っ♡ ギュッてした~いっ♪ いや、食べちゃいたい♡)


「………………」

「………………」


 二〇一号室の玄関で繰り広げられる、無言の賛辞。決して睨み合っているのではない。ただ単に褒め称え合っているのだ。


((どうしよう……先に話しかけたら負けな気がする……))


「……ん?」


 そんな二人を不思議そうに見つめる真なのだった。




「………………」


 ローテーブルの上には、昨日の苺タルトと、カップに入った紅茶が並んであるのだけど……。


「あ、あの……」

「この苺タルト、マコマコが作ったの!?」

「はいっ。口に合えばいいんですけど」

「美味しい〜っ♪ マコマコ、これ絶対商品にしたら売れるよーっ」

「そう言ってもらえると、嬉しいです。よかったですね、姫川先輩っ」

「うっ、うん……っ」


 まことに言われて顔を赤くするさくら。


(なに、この人……)


 背が高くて、髪がサラサラで、とても美人で……胸がデカい。


 多分、管理人さん以上あるだろう。私の観察眼を舐めてもらっては困る。


「さくら〜っ、わたしと組んで一発大きいの当ててみな〜い?」

「え、ええぇ……っ」

「はいはい、さくらが困ってるからそこまでな」


 最初会ったとき、金髪ツインテお姉さんに似ていると思ったけど、まさか双子だったとは。


 向こうが可愛い系なら、こっちはクール系な印象がある。まぁ、双子だからわざわざ言う必要はないけど……こっちも、美人さんだ……っ。


「それにしても、マコマコ……。もしかして、わたしより女の子してる?」

「え?」

「間違いないな」

「むぅ~。わたしだって頑張れば作れるも~んっ」

「あ、あの……」

「そう言って、この前作ったクッキー食べたけどさ。あれはないわ……」

「それ、私も無理矢理食べさせられたけど。確かに、あれはないわね」


 えっと……鬼野きのうさぎさん……だよね。


 あの小柄な体型と幼顔で間違いやすいけど、この中で一番年上なんだっけ。


 今の大人びた口調も、それが本当だと教えてくれている。


「わ、私は、独特な味がして……えっと……えっと……」

「うぅぅぅぅ~っ!!! マコマコ~っ! わたしのクッキーバカにされたぁ……ッ!!」

「あははは……」

「あ、あのーっ!!」


 全員の視線が琴美へと向けられた。


「どうしたの? 琴美」

「みなさんは、ママ……兄が通っている学校の先輩方で間違いないですよね?」

「そうだよ~っ。ミミちゃんに紹介したくて、わたしが呼んだんだ~っ♪」

「みっ、ミミちゃん……!?」


 会ってちょっとしか経っていないのに、ミミちゃん……。


 コミュニケーション能力高っ……!?


 琴美は、ふと周りを見渡した。


 いつの間に、これだけの人と仲良くなったの!?


「ねぇーねぇー。わたしに黙ってお泊まりイベントしたってホント~っ?」

「イベントというか、はい、そうですね」

「なぬっ……!?」


 梨花はガクリと肩を落とした。


「香織さんいいなぁ~。わたしもマコマコたちとお泊りしたかったーっ! あっ、そうだ。今日――」

「お断りします」


 琴美にスパンっと言われて、しょんぼりする香織。


「ええぇー……ぐすんっ」

「まったく、そんなことで泣くなよなー」


 ベッドの上にも、まだいたーーーっ。


 ……って、ママのベッドに平気で寝転がってるということは、つまり、ママと親密な関係なのでは……。


「ベッドの上でゴロゴロしてる人に言われたくな~い」

「貴重な休みの日なんだから、別にいいだろ? 部活がない日なんてそうないんだからさー」

「ふ~ん。いくら『オトコの娘』好きとはいえ、まさかベッドに自分の匂いを――」

「ッ!!?」


 蘭はバァッと飛び起きると、頬を赤らめて床にペタンっと座った。


「あ、あたしは、そんな……匂いを付けるなんて……っ」

すると、兎がふと真と蘭の足元を交互に見た。

「真、あなた、その座り方で脚痛くならないの?」


 兎が言う座り方とは、女の子座りのことだ。


「最初は痛かったですけど。琴美がお昼寝のときにいつもこうしていたから、いつの間にか慣れちゃったみたいです」

「もうっ。恥ずかしいよ……」

「膝枕じゃないと寝られなーいって、言っていたのはどこの誰かな?」

「むぅ……いじわる」

「あはははっ」

「でも、気をつけないと姿勢が悪くなっちまうぞ?」

「え。姿勢ですか?」

「ああぁ」


 蘭先輩曰く、男性と女性では、骨盤や股関節の骨格に違いがあって、それがのちに大きく影響するらしい。


 女性の骨盤は、男性と違って大きく広がっているため、骨盤を開いて座る『女の子座り』ができるとのことだ。


「要するに、骨盤が大きくないと女の子座りができないってことだ」

「へぇー。詳しいのね」

「体のメカニズムをちゃんと理解しておけば、体作りの役に立つからですっ!」


 エッヘンと誇らしげに胸を張った。


「そういえば、『あれ』バレたみたいね」

「え?」

「『オトコの娘にバブみを求めるのは間違って――』」

「あああああああああーっ!!!!!」


 慌てて兎の口を塞ぎに行く蘭だったが、素早い動きで避けられてしまった。


 まさにウサギのような俊敏性しゅんびんせい


「別に、題名を口に出してもいいでしょう? 減るものでもないし」

「よくなーいっ!」

「あぁ、あれかー」

「なんでお前も知ってんの!?」


 梨奈に素早いツッコミを入れる蘭。


 その一方、真はというと、つい興味本位で見てしまった本の内容を思い出し、顔がボッと赤くなっていた。


「みなさんは、その……『あれ』をご存じなんですか?」

「もちろんよ。だって、この子にそれを教えたの、私だもの」

「……え、そうなんですか!?」


 衝撃の事実!! 蘭がオトコの娘好きになるきっかけを作ったのは、なんと兎だった。


「この子が私の部屋に来たときに、教えてあげたの」

「…………っ」

「最初は今みたいに顔を真っ赤にしてたけど。気づいた頃には、もうすっかり沼にハマっていたわ」

「…………っ!!」

「沼?」

「ええ。一度足を踏み入れたら、なかなか抜け出せない。禁断の……ねっ」

「!?」

「オトコの娘のことを考えただけで…――」

「うぎゃぁぁぁああああああ~ッ!!!!!」


 蘭は、悪者がヒーローにやられたときのような叫び声を上げながら、バタッと床に倒れてしまった。


美風みかぜ先輩!?」

「ふふふっ。私の教育の賜物たまものよ」


 と言って、兎はVサインで「ふっ」と笑みを浮かべた。


「そんなことより~明日は天気いいんだし、みんなでどこかにお出かけに行こう〜♪」

「ああぁー、明日は練習があるから行けねぇわ」


 起き上がりながら、蘭が言った。


「じゃなんでここにいるの?」

「お前が呼んだんだろっ!!」

「そうだっけ~?w」

「ぐぅ……っ、もう帰る!」


 と言って扉の前に立った蘭は、プルプル震わせた体をこっちに向けると、


「止めろよっ!」

「アハハハッw」


 そのやり取りを、ただただ呆然と見つめることしかできない琴美。


「……いつもこんな感じなの?」

「まぁ、そうだね……見慣れた光景というか……」


 周りに聞こえないように小声で喋っていると、


「マコマコは、どこか行きたいところあるーっ?」


 と言われて考えてみたものの、ついぼーっとしてしまう。


「この一か月、ずっと頭がパンパンで……慣れないことばかりで、もうヘトヘトです……」

「よく頑張った、エラ~イっ♪」


 よしよしと頭を撫でられて、真は、


「やっ、やめてください、恥ずかしいですよ……」

「そんなに照れなくてもいいじゃ~ん♪」


 全く嫌な気がしないから、つい、されるがままになってしまう。


「で、行きたいところー?」

「え? うーん……特には……」

「そっかー。さくらは?」

「わ、私も、ここがいいという場所は……っ」

「ふむふむっ。じゃあー、ランラ……うさセンパイはー?」

「おいっ。今飛ばしたの、絶対ワザとだろ」

「ゲームセンター、それ以外になにがあるのかしら?」

「うさ先輩!?」


 二人のやり取り、まるで夫婦漫才のようだ。この例えで合ってるかな?


「梨奈は、モデルのお仕事だもんねーっ」

「ん? ああぁ、そうだな」

「へぇー。梨奈先輩、モデルさんだったんですか」

「まぁね。と言っても、たまに雑誌に載るくらいだから――」

「すごいですっ!」

「っ!!  そっ……そうか?」

「はいっ!」

「…………っ」

「『そんなに褒めるなよ。てっ、照れるじゃんか……っ』」

「……人の心を勝手に読むなっ」

「エヘヘ~っ♪」


 双子ならではの芸当と言ったところか。


「さっきから聞いて回ってるけど、あなたはどうなの?」

「よくぞ聞いてくれましたっ! わたしはねぇ~っ、とことんダラダラする~っ♪」

「……聞いた私がバカだったわ」

「ああ~っ、冗談だよ、冗談!」


 それからというと、話が途中でれたりしながらも、なんとか明日の予定が決まったのだった。

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