第16話 サッカー少女のヒミツ

 次の日の朝。


「あ」

「!!? 美風先輩……っ」


 昇降口で靴を履き替えていると、まことらんとバッタリ出くわした。


 タオルを首に巻いているところを見るに、今日は朝練があったのだろう。


「………………」

「………………」


 唐突な遭遇に、二人の体は固まったまま動かない。


 その間も、周りの学生がチラチラこちらを見ていた。


「おっ、おは…――」

「ぼっ、僕……ごめんなさーーーーーいっ!!」


 視線を集めるほど大きい声を上げると、周りに見られながら駆け足で行ってしまった。


「……な、なんだ?」


 蘭は、ポツンとその場に立ち尽くしていたのだった。




 休み時間。


(なんだったんだ……?)


 トイレの個室の中で、蘭はさっきの真のことを考えていた。


 あの反応、普通じゃなかった。



 昨日、あたしが寝ている間に部屋の掃除を手伝ってくれていたらしいけど。


(もしかして、寝ている間に、なにかまずいことでも言っちゃったか……?)


 あんな反応を見せられたら、気になってしょうがない。


 直接聞こうにも……緊張するのはこっちもだし……。


 蘭はトイレから出て、教室の自分の席に戻った。


「はぁ……」

「おっ、蘭がため息とは珍しいっ」

「こっ、この声は……」


 顔を上げると、そこには黒髪ショートヘアの少女が立っていた。


「あたしの親友で、同じクラスの嵐志帆あらししほじゃないかーっ!」


 中学のときに同じクラスになって以来、志帆はあたしにとって一番の親友だ。


 キリッとした目とは裏腹うらはらに、いたずらっ子な一面を持つ。


 今も、ニヤニヤしながらこっちを見てるし。


「代わりの自己紹介ありがとう。誰に向けて言ったのかは、わかんないけど」


 と言って前の席に座ると、クルッと体をこっちに向けた。


「さっきからため息が止まらないけど、なにかあったのー?」

「!! な、なんでもない……っ」

「そうかな~?」


 ニヤリッ。


「こっ、心当たりがありそうな顔だな?」

「さぁ~どうだろう~♪」

「くっ……。勘のいい女は嫌いだっ」

「にひひっ♪」


 ――わかりやすいなぁ~。




「蘭、また明日~」

「おぉ~っ。じゃあなーっ」


 途中の道で別れ、蘭はアパートに向かって歩いていた。


「んん~っ! 今日も楽しかったーっ」


 やっぱり、イスに座ってペンを走らせるより、外でボールを追っかけてる方がずーっと楽しい。


 あの静かな感じがどうも苦手なんだよなー。


「ふわぁぁぁ……っ」


 大きく開けた口から欠伸がこぼれた。


 帰ってまず汗を流すためにシャワーを浴びて、その後に月額五百円で見放題の有料チャンネルでサッカーの試合を見ながら飯を食う。


 その後は、ネットサーフィンをしながらダラダラして、寝る。


 うんうんっ。我ながら今日もいいルーティンだ。


 そんなことを考えながら、アパートの前に着いたところで、


「ランラーーーーーンッ!!!!!」

「うん?」


 香織かおりの部屋から、梨花りかが血相を変えて飛び出してきた。


 それも、裸足で。


「ランラン、助けて~っ!!」

「なっ、なんだよ、暑苦しいっ。離れろ!」


 抱き着いてくると、離れまいと回している腕の力を強めた。


「離れろって言ってる……だろっ!」


 なんとか力尽ちからずくで剥がすと、梨花はぷくぅーっと頬を膨らませた。


 だからなんなんだよ?


 すると、


「梨花ちゃ~んっ、逃げないで~~~!」


 追いかけるようにエプロン姿の香織が出てきた。


 こっちも裸足で。


「ひえぇぇええええ~ッ!?」


 バァッと後ろに隠れると、さおな顔でブルブルと震え出した。


「蘭ちゃん、ちょっとだけ動かないでねっ」

「ランラン、わたしを守ってーっ!」


 蘭を中心にぐるぐる回り出す二人。


「……なんだこれ?」




 初っ端からルーティンを崩された蘭は、香織の部屋に無理矢理連れて来られると、座椅子に座らされた。


「こりゃあ……」


 目の前のローテーブルに思わず目が止まった。


 大皿の上に山のように盛られた野菜炒め。そして、


「真ちゃ〜んっ! またうまくできなかっだぁぁぁ……っ!」

「あはは……っ。気を取り直してまた作りましょ。……いつかはわかりませんけど」


 と言って真が目線を逸らすと、


「えぇぇえええーーーんっ!!」


 香織は滝のような涙を流していた。漫画みたいな量だな。


 そんなことより……


「……っ!」


 真はふと目が合うと、真っ赤になった顔を慌てて逸らした。


「…………」


 全然わかんねぇ。やっぱり、なにかしたのか? あたし?


 すると、いつの間にかキッチンに移動していた香織から箸と取り皿を渡された。


 ということはつまり、


「みんなで協力して食べ切ろうーっ!」

「やっぱり……」


 どうやら、完全に巻き込まれてしまったらしい。


「いっぱい作ったから、たくさん食べてねっ」

「作り過ぎですよ、香織さん……」


 各々が箸で取り、口へと運んだ。


 ぱくっ、モグモグ。


「どっ、どうかな!?」

「……なんか味薄くない?」

「薄いな」

「なっ、なっ、なんですと……っ!?」


 驚くや否や、香織はバタッとテーブルに突っ伏した。


「うーん、そうですね……」

「まっ、真ちゃんは……!?」

「食材本来の味がするというか……塩コショウとソースの概念がないというか……。感想が見つかりません」

「……っ!?」


 よっ、容赦ねぇなぁ……。これが所謂、ギャップ萌えって奴なのか?


 いいえ、違います。


 ん? 今、どこからか声が聞こえたような……。


「――あ、あの、美風先輩っ!!」

「!! な、なんだっ?」


 突然呼ばれてビクッとしてしまった。


「えっと……その…………先輩に謝らなければいけないことがあって……」

「謝る? なんの?」

「実は…………見て、しまったんです……」

「見たって、なにを……?」

「……『見るなっ!』と書かれてある箱の中身を……」

「うん? 箱? ……ううん!? もっ、もしかして……み、見たのか……『あれ』を?」

「はっ、はい……」

「――ッ!!? あっ。だから、朝会ったときに、謝ってたのか――」


 ――『ぼっ、僕は……ごめんなさーーーーーいっ!!』


 ………………ッ!!!???


「あちゃ~。ランラン、バレちゃったんだ~」

「へっ?」

「『あれ』♥」

「!!?」


 真が見てしまったもの、それは…――蘭のコレクションである『薄い本』だった。


 ちなみに内容はというと、女の子の格好をしたオトコの娘と大人のお姉さんのあれやこれやが……


「…………っ」


 真はそれを思い出しただけでまた顔が真っ赤になってしまった。


 どうやら純真無垢な彼には、まだ早過ぎた世界だったようだ。


「なっ、なんで、あたしがあの本を隠してることを知ってるんだよ!?」


 ………………。


「へっ?」

「ふぅ~ん、ほんとに隠してたんだ~♡」

「!!? はっ、図られた……っ!?」

「? 二人ともなにの話してるのー?」


 尋ねられて、梨花は不敵な笑みを浮かべた。


「実は~……」

「ああああああっ!!!」


 梨花の声を塞ぐように声を上げた蘭。


 顔は真と同じように真っ赤に染まっていて、自分でも気づかないうちに耳まで赤くなっていた。


 その様子が年相応の女の子の反応みたいで、梨花は心の中でニヤッと笑みを浮かべたのだった。


 ……。


 …………。


 ………………。


 その後。


 自分の部屋に帰ってきた蘭は、無我夢中でベッドに飛び込んだ。


 ベッドから軋む音が鳴ったが、それを気にする余裕はなかった。


「うわぁぁぁああああ~ッッッ!!!!!」


 穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。


 よりにもよって、あれを見られるなんて……。


 あれを見られるくらいなら、パンツを見られた方が何百倍もマシだ。


 と心の中で叫ぶ蘭の瞳は、クローゼットの方へと向けられた。


 あのとき、真は「趣味は人それぞれですから……」と目を合わせないまま言っていたけど。


 完全に気を遣われた……それも、年下に……っ。


「…………っ」


 恥ずかしさのあまり、蘭は枕に顔をうずめたままもだえ続けていたのだった。

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