第15話 お片付けは、新しい世界への扉

 とある休日のこと。


 まこと香織かおりと一緒に、らんの部屋の扉の前に立っていた。


「ごめんねー? 手伝ってもらうことになっちゃって……」

「いえいえ。ちょうど暇でしたし、掃除は得意なので」


 蘭は掃除が大の苦手で、一週間に一度、香織が代わりに掃除をしてあげている。


「あっ、言い忘れてたけど、クローゼットは絶対に開けちゃダメだよ?」

「え、どうしてですか?」

「さあ? 私も聞いたんだけど教えてくれなかったんだー。たぶん、見られたくないものがあるのかも」

「わかりましたっ。じゃあ今日はそこ以外の掃除ですね」

「うんっ。よ~しっ、頑張ろうーっ!」

「おおーっ」


 ピンポーン。


 ………………。


「あれ?」


 香織がインターホンを押したのだけど。


 ピンポーン。

 

 しーーーーーんっ。


「いないみたいですね?」


 それから何度が鳴らしたが、中からの反応はなかった。


「まだ寝てるみたいだし、勝手に入っちゃおっか」


 と言って、香織は手に持っていた合鍵で扉を開けた。


「蘭ちゃ~ん、入るよ~っ」


 慣れていることもあって、迷うことなく中に入った。


「お邪魔しま……す」


 靴を脱いでからキッチンの前を通ると、扉の前で止まった。


「どうしたんですか?」

「真ちゃん……覚悟はいい?」

「え、はい……っ」

 

 ……うん?


 いつもは見せない真剣な表情の香織が扉を開けると、


「やっぱり~」

「え?」

「ぐがぁぁああ~……」


 この大きなイビキは……


 ベッドの上で、蘭がお腹をポリポリかきながら眠っていた。


「こ、これは……」


 部屋の中は、脱ぎ散らかした服の数々、お菓子の袋、転がった飲みかけのペットボトル、割り箸と空っぽのカップ麺の容器。


「おぅ……」


 目の前の盛大に散らかっている状況に、うまく言葉が出てこない。


 この光景を見て、パッと浮かんだ言葉は、「きっ、汚い……」だった。


「はぁ……。今回も掃除のし甲斐があるねー」

「あはは……みたいですね」

「ぐがぁぁああ~……」


 当の本人は、今も夢の中だった。


「じゃあ、初めよっか」

「はいっ。あっ、美風先輩を起こさなくていいんですか?」

「一回寝たらなかなか起きないから、そのままでいいよ」


 そんな気持ちよさそうに眠っている人の横で、早速掃除を開始した。


「あの、僕は最初になにをすれば?」

「そうだなぁー、じゃあ服をお願いっ。私は容器とか片付けるから」

「わかりましたっ」


 それから真が服を一か所に集めていると、香織が「これいつのだろう?」と言って、持ってきた袋に次々とゴミを入れていた。


 ……今、なにか怖い言葉を聞いた気がしたのだけど。


 日にちがわからないゴミほど恐ろしいものはない。


 そんなことを頭の中で思いつつ、服を、洗濯するものとしないもので分けた。


 スポブラとショーツは迷わず洗濯行きだ。


「よいしょっと。じゃあちょっと洗濯機に入れてきます」

「はぁ〜い」


 どっさりと溜まった服の山を崩れないように持ちながら、真は部屋を出たのだった。




 それから、服が洗濯機の中で洗われている間に、別の場所を掃除することにした。


 それが、キッチンだ。

 

 コンロ周りの汚れから始まり、シンクや排水口など、できるところは全てピカピカにした。


 キッチンを見れば、その人がどれだけ掃除ができるのかがわかる。ちなみに、美風みかぜ先輩は…………うん。


「ふぅー……終わった……」

「うわぁ〜すごいキレイになったねーっ♪」


 扉の隙間から、管理人さんが覗き込んできた。


「そうですか? えへへっ」


 褒められると、素直に嬉しい。


「えっと、部屋の方は?」

「今、終わったよ♪」


 と言って、三つのパンパンになったゴミ袋を見せてきた。


「これでやっと、部屋の半分ってところかなっ」

「!? あはは……すごいですね……」


 あの部屋に、これだけのゴミがあったのか。


 それもまだ半分……。


 途方もないが、やるしかない。


「真ちゃん、気合いだよっ、気合いっ!」

「そ、そうですよね! 頑張りましょう!」


「「えいえい、おぉーっ!」」




「やっ、やっと終わった……」

「お疲れ様♪ 疲れたでしょ?」

「い、いえ、これくらい、ちょっとした運動ですっ」


 ホントはヘトヘトで、今すぐにでも自室のベッドに飛び込みたいくらいだ。


「喉も乾いたし、なにか飲み物取ってくるね。ここの冷蔵庫、な~んにも入ってなかったからっ。真ちゃんはゆっくり休んでてーっ」

「あ、ありがとうございます……」


 香織は玄関で靴を履いていると、


「あっ、悪いんだけど、蘭ちゃんを起こしておいてもらえるかなー?」

「シーツを洗うんですよね?」

「正解っ!」

「わかりましたっ」

「じゃお願いね~」


 ――ガチャリ。


 真は、ベッドの横に立つと、眠っている蘭を見下ろした。


(ホントに気持ちよさそうに眠ってる……)


「美風先輩起きてください、もうとっくに朝ですよ」

「むにゃむにゃ……おいしいぃぃぃ……」


 寝言で言うのだから、余程美味しい料理なのだろう。


 ……って、そんなことを考えている場合じゃなかった。


「先輩っ、シーツを洗いたいので起きてください」

「ぐがぁぁああ~……」


 ダ、ダメだこりゃ。


 管理人さんが言った通り、なかなか起きてくれない。


 肩を揺らしても起きる気配はないし。


「うーん……んん?」


 ここでふと、真はクローゼットの方に目を向けた。


「…………」


 開けるなと言われたら、開けたくなっちゃうんだよね……。


 と心の中で呟きながら――――クローゼットを開けた。


 ハンガーラックには、制服やコートなどの厚手の服がかけられている。


 そして、下に置いてある三段の収納ケースには、それぞれ名前が書かれたテープが貼られていた。上から順に、『洋服』『運動着』『下着』。


 この丸みのある書き方から察するに、恐らく管理人さんが書いたのだろう。


「……って、さすがにこれ以上は……んん?」


 真の目は、自然とその収納ケースの横に置いてある箱へと向けられた。


 雑誌が入りそうな大きさの箱。その側面には、太いペンで書かれた『見るなっ!』の文字。


「うーん……」


 見るなと言われると……見たくなっちゃうのが、人間のさがというもの。


 興味がまさった真は、躊躇なく箱のふたを開けた。


「……?」


 中には、可愛らしい女の子が描かれた表紙の本が入っていて…――


「お茶持ってきたよ~、真ちゃん?」

「え、えっ……?」

「どうしたの? 顔がリンゴみたいに真っ赤だよ?」

「そっ、そうでひゅか……?」

「ひゅ?」

「!? ぼっ、僕、帰りますッ!!!」


 真は急に立ち上がると、


「ごめんなさーーーーーいっ!!」


 慌てて部屋を出て行ってしまったのだった。


「えっ、ま、真ちゃん?」


 ――ガチャリ。


「? どうしたんだろう……?」




「あっ、あっ、あんな…――」

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