第14話 ラビィ~ビームっ♡

 その日の放課後。


「…………」


 言われた通りに、鬼野きの先輩が住む二〇五号室の前まで来たのだけど。


 お昼休みに鬼野きの先輩が去った後、


『マコマコ……』

『短い間だったけど、結構楽しかったよ……』


 二人は慈しむような顔で、僕の肩に手を置いた。


『えぇ……?』


 これからなにが行われるのかを聞いても、なにも教えてくれなかった。


 僕のことは、管理人さんからいろいろ聞いたらしいけど。


 ……あの真剣な目からは、ただならぬ『なにか』を感じた。


 鬼野きのうさぎ


 梨奈りな先輩曰く、うさぎの皮を被った『悪魔』とのことだ。


 もしかして僕、とんでもない人に目を付けられちゃった?


「…………っ」


 この扉の奥に……ゴクリ。


 プルプル、プルプル……ッ。


(あ、あれ……?)


 インターホンを押す手が震えている。


 ピンポーン。


 ………………。


 ピンポーン。


 ………………。


 ピンポーン。


「……あれ? 居ないのかな――」


 ガチャリ。


「? 開いてる……」


 恐る恐る扉を開けると、真っ暗な廊下の奥に微かな光が見えていた。


 入っていいのかな?


「は、入りますよー……」


 中に入って扉を閉めると、外の光が遮断されてほぼ見えなくなってしまった。


 それから廊下を進んで、部屋の扉の前に来たところで、


 カタカタッ。カタカタッ。


 なんの音?


 カタカタッ。カタカタッ。


 ……よしっ。


「しっ、失礼しまー…………え」


 中に入って最初に目に飛び込んできたのは、LEDライトの淡い光に照らされている薄暗い室内だった。


「これは……」

「来たわね」


 声のした方を見ると、黒のチェアに座っている兎と目が合った。


 頭に付けている猫耳のヘッドホンがなんとも可愛らしい。


「ふふっ」

「…………っ」


 先輩のその不敵な笑みと、この部屋の雰囲気がマッチしすぎていた。


「あ、あの……僕をここに呼んだ理由って……」


 本題について尋ねようとしたとき、机の上の物に目が止まった。

 

 三台並んだモニターと、キーボードとマウス。全体的に黒を基調としていながらも、ところどころにピンクのラインが入っている。


 モニターの画面には、銃を手に持った筋肉隆々の男が中央に映し出されていた。その周りに色々な数字が並んでいるけど、なにがなんだかさっぱりわからない。


「これって……ゲームですよね?」

「その通りよ。五人一組の二チームが競い合う、今年リリースされた新しいゲーム」

「へ、へぇー」

「真、あなたはFPSを知っているかしら?」

「FPS、ですか?」

「その顔は、どうやら知らないみたいね」

「あはは……どうもうとくて……」


 真が頭の後ろを撫でながら言うと、目をキランッと輝かせる兎が言った。


「FPSは、一人称視点のシューティングゲームのことよ」

「は、初めて知りましたっ」


 正直に答えると、実際に操作しているところを見せてくれることになった。


「最初に準備ができたら、ここで待つの」


 と言って、兎が言う待機画面が表示されると、対戦するために次々とキャラクターが集まってきた。


「ここに集まったのは、仲間であり、そして…………敵よ」

「て……敵ッ!!?」

「ええ、そうよ。命を賭けた……ね」


 そのとき、先輩の目付きが変わった。


 そして、次の瞬間――


「いい? 敵を見つけたら……」

「見つけたら?」

「…………」

「? 鬼野きの先ぱ…――」




「死ねぇぇぇぇえええええええええええええええええーーーーーッ!!!!!」




 耳を塞ぎたくなるような絶叫が、部屋中に響き渡った。


 ……ッ!!?


「フハハハハハハハハッ!」


 見た目に寄らない、悪魔のような笑い声。


「えぇ……」


 これには、さすがの真もドン引きせざるを得ない。


(ホントに、うさぎの皮を被った悪魔だったんだ……)


 兎が操作するキャラは、素早い動きで物陰に隠れると、建物から出てきた相手の頭を一発で撃ち抜いた。


「よっしゃぁあああーっ!! 次はどこだぁあああああーっ!?」


 その見た目のギャップとは裏腹に、迷いのない手つきでマウスとキーボードを操作し、次々と相手を打ち抜いていった。


 全く知識のない真からしても、それは目を見張るものだった。


(すっ、すごい……けど……)


「そっちに敵はいねぇんだから、こっちに来いよっ!?」


 ……うん?


「スキル貯まってるなら使えよっ!」


 ……おや?


「早くモク焚けってさっきから……はいぃぃぃ!? どこに焚いてんだッ!!」


 ……おやぁ〜?


 口調が変わりすぎでちょっぴり、いや、だいぶ怖い。というか、


「そ、そんな大きな声を出したら、ご近所さんに……」




「おりゃあああああああーーーーーッッッ!!!」




 きっ、聞こえてない……っ。


 それから、約三十分後。


「ふぅー。ちょっと味方に足を引っ張られたけど、まあ余裕だったわね」


 兎はスッキリした顔でヘッドホンを外した。


「お疲れ様でした……」

「少しはわかったかしら?」

「は、はい……あははは……」

「そう。なら、本題に入ってもいいわね」

「本題?」

「あなたをここに呼んだ理由」

「!」

「真、あなた……ゲーム実況をやってみるつもりはないかしら?」


 ………………………………。


「え、ゲーム実況……? って、なんですか?」

「……まあ、簡単に言えば、ゲームをプレイしているところをたくさんの人に見てもらうのよ」

「へ、へぇー」

「私、実はこう見えてゲーム実況をしているの」

「鬼野先輩がですか?」

「『鬼ヶ島のラビィー』というチャンネルでね」


 ほぼそのままだ。鬼ヶ島は苗字の『鬼』から、ラビィーは兎のラビットから。


「この名前、渾身の出来だと思わない?」

「そっ、そうですね……」

「わかってるじゃない。これが、私のチャンネルよ」


 ゲームとは別のモニターに、チャンネルのトップページが表示された。


 その中の『動画』の欄を見てみると、数時間の動画がいくつも上がっていて……。


「一日前……二日前……三日前……もしかして、毎日やっているんですか?」

「こっちに来てからは、実家に帰るとき以外」

「すっ、すごい……」

「ふふふっ。これくらい、当然のことよ。はぁ……」


 すると、元気のない声が口からこぼれた。


「? どうしたんですか?」

「実はここ最近、毒舌すぎるのが原因で数字が伸び悩んでるのよね。一部の層には評判だけど」


 一部の層?


「最初の頃は……」


 次の瞬間、兎はニコッと笑顔を作ると、大きく息を吸った。




「…――お兄ちゃんっ♡ ラビィー頑張るから、最後まで見ててね♡ 約束だよっ♪ せぇ~のっ、ラビィ~ビームっ♡ ……とまぁ、こんな感じで活動してたんだけど。どうにもしょうが合わなくて疲れちゃったのよね」




「………………」


 まるで別人のような変わり様だ。


「胸はないなのに肩は凝るし」

「へ、へぇー……」


 笑えないので、後半は聞こえなかったということにしておこう。


「それで、ぶりっ子妹キャラを止めて、さっきみたいに思い切って素を出してみたの。すると、どうなったか」


 ………………。


 どうやら、この沈黙が答えらしい。


「そこで、あなたには私の相棒として、一緒に活動して欲しいの」


 兎は徐にゲーミングチェアの上に立つと、


「毒舌キャラの私と、癒しキャラのあなたが組めば、鍛え方次第で…………私たちは世界の頂点に立てるわっ!!」

「……鬼野先輩」

「なにかしら? もしかして、やってくれる気に――」


 真は兎の両脇を持ち上げると、ゆっくりと床に下ろした。


 落さないように優しく……。


「イスの上に乗ってたら危ないですよ。怪我したらどうするんですか?」

「うっ……私より年下だというのに……。まるで、母親みたいね」

「ママですから、当然ですっ」


 エッヘンと胸を張る真。


「ママ? それはどういう――」

「さっきの件ですが、丁重にお断りさせていただきます」

「……急にも程があるわね。うーん……」


 兎は腕を組んで、なにやら考え出した。


 ここは新しい案が出る前に、


「ぼ、僕、用事を思い出したので、ここで失礼します……」


 ど、どうだ?


「…………」

「きっ、鬼野先輩……?」

「うさ先輩……」

「へっ?」

「『うさ先輩』って呼んでいいから、私に協力しなさいっ!」

「え……ええぇっ!!?  …………でも、お断りさせていただきます」


 ズコーーーーーッ!!!


「い~や~だーっ!! おーーーねーーーがーーーいーーーーーっ!!!!!」


 兎は真の背中に手を回すと、お腹に顔を擦りつけた。


 まるで、泣きじゃくる子供のように。


「ラビィーをたすげでぇぇえーっ!!!」


 どうして梨花りか先輩たちがあの反応をしていたのか、少しわかった気がする。


(初めて会ったときと、まったくイメージが違う)


 それからというと、泣き止むまで兎は離れようとしなかったのだった。


 まあ結局、お誘いは最後まで断ったけど。


 そして、今日わかったことがある。




 鬼野先輩は……とても面倒くさい。

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