第8話 サッカー少女の考え事

 それから、約二時間前。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 らんは、早朝の河川敷をドリブルしながら走っていた。


 今日が始業式の日だとしても、彼女には関係ない。


 朝の日差しを全身に浴びながら無心で走る。これが彼女のルーティン。


 蘭のサッカー部は特別強いというわけではないが、なんとか地区大会を勝ち上がろうと日々練習に励んでいる。自分と同じサッカーバカが集まっているからか、辛くても楽しい。


 そんなあたしは、アパートを出てからずっと考え事をしていた。


鈴川真すずかわまこと……か)


 華奢な体型と、あたしにはない可愛らしさ。正直、ちょっぴり羨ましかったり、そうじゃなかったり……?


「…………」


 それなのに、まさか……ねぇ。


 ワンワンッ!


 そのとき、突然、前の方から犬の鳴き声が聞こえてきた。


「蘭ちゃん、おはようっ」

「あっ、おばちゃんっ、おはよ~っ!」

「おばちゃんじゃなくて、おねぇ~さんよっ? ふふふっ」

「あはははっ♪ またまた~」


 この人は、いつも同じ時間にここで犬の散歩がてらジョギングをしている。


 確か、今年で八十歳だっけ? 兎にも角にも、元気なおば……お姉さんなのである。


 ワンッ! ワンッ!


 この、朝から元気がいい柴犬は、二歳のオスで、名前は寝太郎。名前の由来は、よく寝るからという単純な理由だった。人懐っこい性格で、初めて会ったときもすぐに撫でさせてくれた。


「ところで、寝太郎をずっと撫でて大丈夫なのかい?」

「え? ……うわっ、ヤバッ!?」


 撫でるのに夢中になりすぎて、すっかり忘れていた。


 今から帰ってシャワーを浴びて…………。


 逆算しても頭がパンパンになるだけだから、とりあえず早く帰ろう。


「じゃおばさん、また明日ーっ。寝太郎もよく寝ろよー」

「ふふふっ」


 ワンッ!! 


 蘭は、いつもより速いペースでドリブルを再開したのだった。




 部屋に帰ると、パパッとシャワーで汗を流した。


(急げぇぇぇ……)


 その後、濡れた髪を乾かしながら、適当にバターを塗った食パンを口に放り込んだ。


 味音痴のため、空腹を満たせるのなら基本的になんでもいい。もちろん、好きな食べ物に限られるけど。


 ちなみに、黒焦げでカッチカチのから揚げでも余裕で食べられる。今まで、食べ物の類でお腹を壊したことがないのが、自慢の一つだ。


 そんなことを考えている間に、制服に着替えた蘭は外に出た。


(なんでリボンが食器棚の中に入ってるんだよ……っ!!)


 おかげで、十分以上のロスだ。


 急いで階段を下りると、


「あ」

「ん? あっ、美風先輩、おはようございます」


 真が香織の部屋の前に立っていた。


「おっ、おはよ……ここでなにしてるんだ……?」

「姫川先輩を待ってるんです。今、管理人さんの部屋にいるので」

「さくら? って、どうして香織さんの……部屋……に……」


 蘭の視線は、自然と真の下の方へと向けられた。


「?」


 じーーーーーっ。


 真の全身をくまなく観察していく。


「…………」


 ウチの学校は制服の選択が自由だから、男子がスカートを履いていても特に違和感はない。ズボンを履いている女子が普通にいるように。


 じーーーーーっ。


「あの……もしかして、僕の制服になにか付いてますか?」

「えっ、いや……別になにも付いてないけど……っ」


 と言って行こうとしたとき、


「まっ、待ってくださいっ」


 呼び止めた真は、振り返った蘭にたどたどしい声で尋ねた。


「この制服……どう思いますか?」

「え?」


 蘭は、その真剣な目と目が合った。


 答え方次第では、取り返しの付かないことが起きる、と直感が囁く。


「教えてください……っ」

「に……似合ってるんじゃないか?」

「っ!! そう……ですか。えへへ……っ」


 その嬉しそうに頬を緩めた顔を見て、


(かっ、可愛い……っ!? ……てか、なんだ? この……)


 彼女の服を褒める彼氏の図は……。


「どうしたんですか?」

「なっ、なんでもないっ! 先行ってるぞ!」


 と言い残して、蘭は行ってしまった。


「……?」


 真が首を傾げていると、部屋から香織とさくらが出てきたのだった。

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