第6話 お風呂上がりに苺はいかが?

 その日の夜。


「ふぅ~……さっぱりしたっ」


 お風呂から上がったまことは、濡れた髪をタオルで拭きながら、ローテーブルの前の座椅子に座った。


 この座椅子は、蘭がパーティーのときに持ってきたものだ。


 あの後、蘭が持って帰らなかったため返そうと思ったのだが、


『や、やるよ……』


 と言われて、今、ここにある。


 床に直で座ってお尻が痛かったから、正直とても助かる。


 後で買い物リストから消しておこう。


「あ」


 他にも足らないものがあったから、ついでにそれを書いておこう。


 そう思い、メモ用紙を取ろうと立ち上がったとき、


 ピンポーン。


「? はーいっ」


 荷物は全部ここにあるし、なんだろう?


 不思議に思いつつ、部屋を出て玄関まで来ると、扉を開け…――


「どちら様です…――おぉ……」


 ゆっくり見上げると、真の口から声をこぼれた。


 最初に目に飛び込んできたのが…………おっきな二つのメロンだったからだ。


(いろいろな意味で……す、すごい……)


 と心の中で呟く真だが、彼女が自分よりずっと背が高かったことが、一番の衝撃かもしれない。


「あっ、あの!」


 突然、大きな声を上げると、不安満載の表情を浮かべて女性が言った。


「……パ、パーティーに参加できなくて、ごめんなさいっ!!!」

「……へっ?」


 真は思わずポカンとしてしまったのだった。




「…………っ」


 それから、座椅子に座った女性は、緊張した面持ちでキョロキョロと下を見つめていた。


 さっきは、いろいろな部分に圧倒されたが、改めて見ると、彼女のルックスの良さに目を引いた。


 艶のあるロングの黒髪。眉の長さに揃えられたパッツンの前髪。鼻筋は通っていて、口はとても小さい。


 タレ目なこともあって、おっとりとした印象を受けるが、今はその逆でとてもテンパっていた。


 なんというか、落ち着きがない。もしかすると、緊張しいなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、目の前の女性が小さな声で、


「こっ、これ……お詫びのしるしと言いますか……これから仲良くしてくださいの意味も込めてと言いますか……」


 と言って、徐に木箱をテーブルの上に置いた。


「じ、地元で有名な苺です……っ」

「これはどうもご丁寧に……」

「も、もし……っ、お口に合わなかったら、新しいのを用意…――」

「あの……」

「なんでしょうか!?」


 真が尋ねようとしたとき、突然、テーブルに身を乗り出した。


「かっ、顔が近いです」

「……ッ!!? わ、私ったら……っ」


 なにやら呟くと、元の位置に座り直した。


 反応の落差がすごい。


「ど、どうぞ」

「じゃあ、えっと……今更ですけど、どちら様ですか?」

「!! そ、そうでしたねっ!!」


 すると、彼女は一度深呼吸をして、背筋を伸ばした。


「とっ、隣の二〇二号室の姫川ひめかわさくらですっ!」

「姫川……さん?」


 そういえば、この前、管理人さんが言っていたような……


『二○二号室には、さくらちゃんって子が住んでるの。学年は二年生だよっ♪』


 そうだっ、思い出した。


「二年の姫川先輩ですよね?」

「そ、そうだけど、どうしてわたしが先輩って……」

「この前、管理人さんが教えてくれたので」

「あ、そうだったんですねっ」


 と言って、ここで初めてニコッと笑み浮かべたのだが、


「…………で、では、わたしはこれで失礼します……っ!!!」


 彼女は立ち上がると、足早に部屋を出て行った。


 あの身のこなし、只者じゃない。


 すると、行ったはずの姫川先輩が扉の隙間から顔を覗かせて、


「あの……鍵を閉めておいてくださいっ」


 と言い残して、今度はほんとに行ってしまった。


 ――ガチャリ。




 それから、言われた通りに鍵を閉めて部屋に戻って来たのだけど。


 嵐のように去っていったな……。さて、どうしよう。


 ローテーブルの上に鎮座している苺の入った箱。


「……せっかく貰ったんだし」


 明らかに高級そうな箱を開けると、


「おぉ……っ」


 中には、ニ十個の苺がキレイに並べられていた。それはまるで、芸術品のよう。


(一人だけで食べるのは勿体ないし、明日、管理人さんたちにもお裾分けしよう)


 真は、キッチンから持ってきたフォークで一番手前の苺を取り、口に運んだ。


「……!! 甘ぁぁあ~いっ」


 この爽やかな香りと、口の中に広がる甘さと酸味が相まって……。


「幸せ……っ」


 つい声がこぼれるほど、この苺に魅了されたのだった。

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