06 稀莉爾

 朝日の中を歩いている。

 あれから分かったことがあり、ATMは明るい時間なら手数料無料になるわけじゃなかった。夕方六時になると明るくてもアウト。次の朝九時まではアウトだ。明るくても。僕はいつも仕事のあと朝七時とかにATMを使っていたから手数料がついてしまってたらしい。

 僕は、ずっと見えなかった。

 人の顔も。

 文字も。

 数字も。

 それがゆっくり、ゆっくり、みえるようになった。

 お客さんが見せてくれたネットニュースの記事も、読めた。

 稀莉爾きりやという自分の名前、これも最後まで読めなくて、書くときは模様みたいに覚えて書いていたから、字がきたないとよく言われた。読めないものを書くのはむずかしかった。


 僕は死んでいた。


――「神家(かみや)ことのは」を名乗る自称霊能者・松渕ともえ容疑者(42)が先月二十八日、自宅内で口論となったことから長男の稀莉爾(きりや)さん(21)の首を絞め殺害した事件で、警視庁は六日、松渕容疑者が昨年十月ごろ信者の女性に対し、重い慢性疾患のある子ども(11)=死亡当時=に霊がついているなどと言って「祈祷料」として約八十万円を不当に支払わせ、通院をやめさせて必要な治療を受けさせず死に至らしめたなどとして過失致死の疑いで再逮捕した。


 つまり僕は死んでいる。ピンとこないけど、そういうことかと思う。いつから死んだんだろう。全然覚えていない。

 お母さんがいない。

 お客さんもいない。

 もう誰も僕に言うことを聞かせようとしない、ってことかもしれない。

 お金を取られたり、お尻の穴とか射精とかを好きにされたりしなくてもいいってことかもしれない。

 早くそうなりたいと思ってたはずなのに、何だかはっきりしなかった。ただ、朝日が明るい。

 白くて、すべてがぼんやりする。

 お母さんに最後に会ったのいつだっけ。

 確か、僕に何かいてるって言って、何とかっていう霊能者のひとを呼んだ。僕から取ったお金で。

 残高ゼロになって。

 それを言ったらすごい怒ったんだっけ。

 もっといる、あるはずだ、ウソつくな、ってめちゃくちゃ怒られて。

 ああ、でもなんか、


 もう――思い出せないな。





 

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