04 キリヤ

 お母さんは、思う通りにならないとすぐ怒る。中身が怒ってて、外側はすごいしゃべったり泣いたりしてくる。不機嫌って言うと、あたしが怒ってることもわかんないの? って言うし、怒ってるって言うと、勝手に決めつけないで! 自分がまずい立場になるとあんたってすぐそういうこと言う! とか色々しゃべる。不機嫌で怒ってるし、僕の言うことはぜんぶまちがってる。

 僕はまちがってる。

 下を向いた僕を無視して、あまるさんはお母さんとしゃべってる。


「そもそも何でいてるって思ったの。悪いこと気に入らないことあったら全部霊のせい? あのさあ、おれたち人間が滅多に霊に影響できないのと同じように、霊だって滅多に生きてる人間には影響できないんだよ」


 さっき、嘘泣きしたら殺すって餘目さんが言ったから、お母さんは黙ってる。お母さんはすぐいろんなことして言うこと聞かせようとしてくるけど、怖いと思った人の前ではやらないんだよね。


「ねえ、そもそもの話だけどさ」


 餘目さんの声は不思議だ。他の人の声は肌の上ではね返って入ってこない。だから耳の穴から無理やり入り込んでくるけど、僕の脳はにぶいからそこまでだ。

 でも餘目さんの声は肌にしみてしまう感じがした。そんなことある? 僕の肌には穴があいてるのかもしれない。雨の日に、服が水を吸うみたいに僕が餘目さんの声を吸う。そういえば傘折れたまんまだ。百均の傘、百円じゃないから買いたくなくて忘れてた。


「あなたがあなたに起きてる何を気に入らないと思って霊のせいだと思ったのか、一度も話に出てこないんだよな」


 ぼんやりしてくる。お金払わなくちゃ。お母さんが持って来いって言ったお金。僕の口座の残高はゼロ。時間外とかで手数料も掛かっちゃった。何時ならいいとかもよく分からない。明るい時間ならいいと思ったのに。

 

「な? 具体的に何が問題なのか分からない状況で、できることってないよな? 何を改善したらいいか分かんないんだから。だからおれとしては、できることだけはしたよ。直に会って、判断した。これが結論だ。あなたには、何も、憑いてない」


 お母さんが首を振ってる。そんなはずないって。なんか憑いてるんでもなきゃ、こんな風になるはずないってお母さんは思ってる。

 お母さんは。

 霊感ありますって嘘ついて人のお金取ってたお母さんは。

 私にはわかるのよあんたはおかしい絶対なんか憑いてんだから本当はこんなはずないんだからって。

 だから憑き物祓いして僕をに戻そうとしてる。

 餘目さんに必死にしゃべり出す。


 だって稀莉爾きりやは普通の子だったしあんたは男の子なんだからお母さんのこと助けてねって何度も私言ったんです、父親が飛んだから私がどんなに大変か知ってるんだから、私を困らせるようなことするはずない。高校も定時行くって言うと思ったのに行かなかった、私立ですごいお金掛かって、だからすぐ辞めさせたんです、だって私を助けるのが先でしょう? 早く働いて一人前に稼いで、私に家建てたり旅行連れてったりして安心させてって言ったのにバイトみたいな所しか行かないで、私が探してやった所も一月で辞めてほんとその前からもうおかしいってわかってたのに私子どもが可愛いからまさかって思ってて、何とかまともにしようと思って毎日いくらいくら寄越してねあなたの食費とかもかかるんだからってちゃんと生活のこと教えてきましたよ。なのに訳の分からないバイトばっかりして、九時五時で働けるまともな所にしなさいって言っても、昼まで寝て夕方出掛けて朝まで帰ってこない。土日も行くんですよ、だったら給料増えるはずでしょ? でもお金ない残高ないってそればっかり、私がどうなるか全然わかってない。結婚もしないし家も建てないしあんた何やってるのって、あんたがお金隠してるんじゃないんだったら職場の上司に私が話すから番号教えろって言ったんですよ、だってそうでしょう、まともな給料も寄越さないで。あの子の年で優秀だったらお金に困るはずないんだから。

 それが、散々言って、泣きわめくまでして聞き出した勤め先が。


 男相手の風俗って。

 時間いくらで身体売ってるんだって。

 そんな。

 そんなの。


 憑き物でも憑いてるに、決まってるでしょ。



いてません。何も」


 餘目さんは即そう答えた。

 お母さんが泣き声を上げた。







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