第10話
テマラさんとルーマの立ち会い後、僕はテマラさんが銅級冒険者になるための書類を書き上げていた。必要事項を記入し、時折嘘を混ぜ込んだ書類をブレンダさんに渡すと。
「……うん、大丈夫ですの!では、テマラさんの冒険者登録を、ガルイダのギルド職員ブレンダが承りました!」
思いの外、あっさりと受理されたのだった。
「あ、あのブレンダさん……」
「ん?どうしました、ナリオさん?」
「あ、いや……。書類の細かなチェックとかはしないのかなって……」
「大丈夫ですの!ざっと見て書類に間違いはなさそうだし、ナリオさんなら変なことは書かないと信じてますから!あれ、どうしました?ナリオさん、かなり汗をかいていますが?」
「あ、いや……!大丈夫です……!あ、あははは……」
実は提出する書類には嘘を混ぜ込んでます。なんて言えるわけもなく、ただただ苦笑いをして僕はやり過ごした。ブレンダさんは僕が提出した書類を棚にしまうと。
「それでは銅級冒険者のテマラさん。あなたが受けられる依頼は以下のものがありますの」
そう言ってブレンダさんは、四枚の紙をカウンターの上に置いた。置かれた紙を一枚、テマラさんが手に取って。
「えーっと、なになに。『薬草採取 十五本』とな。依頼場所はガルイダ近くなのだ」
「こっちは『サンゴータの殲滅 三十匹』ですね。確か魔虫種だったような」
「虫か?ふふん、余裕なのだ!」
「あとは『ギギラの狩猟 三頭程』って書いてあります。どちらも、ガルイダ近くですね」
「最後のは『ギャンブブの討伐 五匹』と書いているな。む?場所は、ニール平原?」
「あ、それはちょっと遠いですね。馬車も今出発するのはあるかどうか」
「むう、遠いのか。まあ、馬車があれば大丈夫かの?」
「とは思います」
「ちなみにナリオ、ギャンブブとはなんだ?」
「飛竜種の幼体ですね。ギャンブブは魔獣ですが、ギャンブブが成長したギャンガバスは第三級禁竜になります。ギャンブブなら大丈夫だとは思いますが、ギャンガバスにもなると銅級冒険者に成り立てのテマラさんには荷が重いかもしれませ……」
「なんだナリオ。妾の力を侮るか?」
「い、いやいや!そう言うつもりでは……!」
ジト目で僕を睨むテマラさんに、僕は慌てて弁解をした。
「ルーマと互角に渡り合うテマラさんなら、ギャンブブの依頼ならこなせると思いま……」
「ナリオ、俺がこんなちんちくりんと互角はねえよ。俺の圧勝に決まってんだろ?」
何故?
何故に茶々をいれるんだい、ルーマ?
「はあ!?それはこっちのセリフなのだ!お前なんか妾が魔法を使ったなら、一瞬で丸焦げにしてやれるのだ!」
そして何故にルーマの喧嘩を買うんですか、テマラさん。
「ま、口だけなら何とでも言えるわな」
「よし、分かったのだ!今すぐ貴様を燃やしてやるのだ覚悟しろ!」
「当たればいいな。無理だろうけど」
「はあぁぁ!?一発で当たるに決まってるし!」
「できもしないことを大声で叫ぶなよ。無駄な労力にに付き合う程、俺は暇じゃないぜ?」
「上等なのだ!最大火力で打ち込んだるわ!貴様はこの建物ごと消し炭にしてやるのだ!」
「いや、テマラさん!?ルーマさんはともかく、ギルドは燃やさないでくださいよ!?」
「おいブレンダ。俺はともかくって、どういう事だ?」
「え?あ、いやー……。あはは……。こ、言葉のあや、みたいなー?」
「笑って誤魔化せると思ってるのか?」
止めないぞ?
僕は決して、三人の会話を止めないぞ?
僕が心の中でそう決意していると、眉間にシワを寄せムスッとしていたテマラさんは、深いため息をしたあと。
「もういいわ。アホはほっとくのだ。ナリオ、とりあえず妾は今から何をすれば良いのだ?」
「あ、そうですね。今さっき紹介してもらった依頼なら、好きなもので構いませんので依頼を受けましょうか。どれも銅級冒険者なら受けられますし、ルーマも同行するから怪我する危険は少ないと思います」
「むう。それなら、とりあえずは薬草探しから始めるとするか?」
「それが良いと思いますよ。ねえ、ルーマ?」
僕がルーマにそう同意を求めると。
「いや」
ルーマはすぐに否定をし。
「あるもん全部受けとけ」
「全部だと!?」
「それは無茶だよ、ルーマ!」
「そうですの!ナリオさんの言う通り無茶苦茶ですの!」
全員からバッシングを受けていたルーマは「大丈夫だ」と言ったあと。
「なにも今日一日で終わらす気はねえよ。ギャンブブは明日以降に、それ以外は今日の昼に終わらすつもりだ」
「え、ああ。それなら、まあ。依頼を複数受けるのはあまりオススメのやり方とは言えませんが、ルーマさんもいらっしゃいますし、期限内に終われば大丈夫ですの。でも無理はしちゃいけませんの」
「わーってるって」
「ん?ニール平原は明日以降に行く予定なの?」
「ああ。用事があるかもしれねぇからな。ついでにギャンブブを狩ろうかと思ってよ」
「用事ですの?ルーマさん、何か依頼とか受けてました?」
「受けてねえよ。今から受けるかどうか決めんだよ。つーかあれだ、あれ。ブレンダが昨日、俺に話していた件だ」
「え?何の話ですの?ん?あー、なんか忘れてるような……」
「なんだ、ニール平原の調査の話はなくなったか?」
肩眉をあげ、少しだけ首をかしげるルーマに、ブレンダさんは小さく「あっ!」と言葉を漏らし、何かを思い出したようで。
「そ、そうでしたの!昨日の話ですね!もちろん覚えてましたの!と言うか、話はなくなってませんの!」
「どの口が言うんだよ。お前今、完全に忘れてたじゃねえか。まさか冒険者に依頼しといたにも関わらず、それをまるっきり忘れるギルド職員がいるたぁな」
「ううぅ……。ごめんなさいですの……。忘れてはいなくて、ルーマさん達が依頼に言ったら、グスッ…!ナリオさんに相談しようと思ってましたの……」
「じょ、冗談だよ!本気で泣きそうになるなっ!別に本気でお前が忘れてたなんて思ってねえって!あの件、ナリオにちゃんと話しといてくれって言いたかっただけだ」
「グスッ……!……分かりましたのっ」
「すまん、冗談が過ぎたわ。悪かった」
目に涙を浮かべているブレンダさんに対して、ルーマは慌てた様子で謝った後。
「ま、頼むわ」
左手で二回程空を仰いだ。
「ルーマ、一体何の話?」
僕がルーマにそう問うと。
「仕事の話だよ。すぐに分かる」
ルーマは僕に短く、そう答えた。
「どれ。ナリオがブレンダから話を聞いてる間に、俺らはちゃっちゃと依頼をこなしに行くとするか。おいテマラ。準備したら行くぞ?」
「任せろ!それじゃルーマ、ナリオ!今すぐ準備をするのだ!」
「行くのは俺とお前だけだ、バカタレ。今の俺達の話を聞いてなかったのか。ナリオはガルイダで仕事があんだよ」
「なぬっ!妾はそんなこと聞いてないぞ!」
「少しは他人の話も聞いとけバカ野郎」
頭から湯気が出そうな程怒りを露にするテマラさんに対して、ルーマも負けじと眉間にシワを寄せて怒りを露にする。
「まあ、僕が行っても足を引っ張るだけですし……。ルーマとテマラさんなら依頼を十二分にこなせますよ」
「む。確かに、お主がいても戦いにはあまり役に立ちそうではないからな。あっはっは!」
「あ、あははは……」
大笑いするテマラさんに、僕は苦笑いで返した。僕が冒険者の仕事に対してなんの力にもなれないのは分かりきっていることだが、こうもズバッと言われると、もの悲しさの様なものを感じる。
「だが安心するのだ!お主には、妾か冒険者としての活躍を脳内に記憶するという使命があるではな……」
「つべこべうるせえな。いいから行くぞ」
今の今まで静かであったルーマは我慢の限界か、テマラさんの襟後ろを右手で乱暴に掴むと、テマラさんを引っ張りながらギルドの出口に向かう。
「おら、まずはこ汚い格好をどうにかするぞ。装備整えに防具屋行くからな。あと一緒に武器も選んでこい。したら、依頼に行くからな」
「ま、まて!まだナリオに妾の武勇伝がどれだけスゴいかを伝えきれていないのだ」
「大丈夫だ。別に誰も聞きたがらねぇ」
「お主は妾に無礼すぎやしないか!?」
少しの抵抗か。テマラさんはジタバタと手足を動かすが、ルーマは気にする様子もなくズリズリとテマラさんを引きずりながら出口へと一直線に向かう。
「んじゃナリオ、薬草集めから行ってくるわ。夜には帰る」
「あ、うん。気をつけて」
「あとブレンダ。あの事、きっちりかっちりナリオに話しとけよ?んで、頑張ってナリオを説得しておけ」
「分かりましたの。お気をつけて!」
「待つのだルーマ!ナリオよ!帰ったら妾の武勇伝を聞かせるから待っておれぇぇー……!」
テマラさんの声が遠ざかりながら、二人は、と言うかルーマと強制連行されるテマラさんは、依頼を遂行しに向かっていった。
「えと、ブレンダさん。さっきのルーマとの話なんですが……」
ルーマとテマラさん、二人を見送ったあと、ギルドに残された僕は、ギルド職員であるブレンダさんにそう話し出した。
「ルーマは仕事って言ってましたが、一体何の話ですか?ルーマの言い方だと、調合士の仕事じゃないですよね」
「あ、えと。どこから切り出せば良いやら……。結構長くてややこしい話になりますが、ナリオさんはお時間大丈夫ですの?」
「あ、僕なら大丈夫です」
時間は十分余っている。と言うかやることが無さすぎる位だ。暇を余らさせ過ぎて、今すぐ何からしらの仕事をしたい。それこそ、調合士以外の仕事でも構わない程に。
「なら、とりあえず近くのテーブルへ移動しましょう。立ち話もなんですから」
そう言ってブレンダさんはカウンターから近くの丸いテーブルへ手をかざし、移動を促す。僕はそれに応じ席に座ると、向かい側になにやら大量の書類を持ったブレンダさんが座った。
「それで、お話って?」
僕はブレンダさんにそう話を切り込むと、ブレンダさんは「実は」と深刻そうな顔で話し始める。
「ナリオさんとルーマさんがニール平原で出会ったジゴセググなのですが……」
「見つかったんですか!?」
「い、いえ。ジゴセググはまだ見つかっていないんですの。代わりに、と言ってはなんですが……」
「代わりに?」
「ジ、ジゴゼギアが見つかっちゃいましたの……。しかも元気いっぱいに生きている個体が……」
「はいっ!?ジゴゼギアですか!?」
僕は驚きの声で叫ぶようにそう言った。
ジゴゼギア。
ジゴセググと同じく第二級禁竜に指定されている禁竜であり、性格はジゴセググよりも凶暴で、自身のテリトリーに入った者を容赦なく攻撃する飛龍型の禁竜である。
橙色の体をしており、ジゴセググと同様の尾の先にある丸い膨らみがあるが、尾の先にある無数の白いトゲはジゴセググよりも鋭さが増しており、そのトゲに何人もの冒険者が餌食となっている。別名、空下の王とも言われ、尾の先にある丸い膨らみを振り回すように相手にぶつけて攻撃し、相手に致命傷を負わせる。加えて足の爪や牙なども鋭く、空中から一気に下降し獲物を切り裂く攻撃も行う。ジゴゼギアはジゴセググとは逆に雄個体しか存在しない。と言うのも、この二体はツガイの関係にあり、いわば夫婦である。仮にジゴセググが育児をしている最中、もしくは出産直前に近づこうものなら、どこからともなくジゴゼギアがやって来て敵を排除する。冒険者の中では、ジゴゼギアとジゴセググが同時に存在する場合は、手を出してはいけないとまで言われている。
「一体なんで、そんな凶暴な竜がニール平原に現れて……!」
「分かりませんの……。現れた原因も理由も全部不明で……。ガルイダギルドも冒険者も、慌てに慌てててんてこ舞いですの……」
「あ、え?で、でも、ブレンダさんは前にニール平原にジゴセググが出るのは稀って言ってませんでしたっけ?」
「そうなんですの!そのはずなんですの!私もガルイダのギルドに働いてから、ニール平原に第二級禁竜が出るなんてほんの数件しか聞いたことないのに……!こんな短期間にジゴセググに次いでジゴゼギアまで……。頭が痛くて倒れそうですの……」
「ああっ!ブレンダさん、気を確かに!」
「しかもこの事を中央ギルドに報告したら、『処理はそちらに任す』なんて返答が来やがりまして!イライラで頭がパニック状態ですの!」
「あ、ああ……。えと、ブレンダさん、気を確かに……。というか落ち着いて……」
かなりご立腹な状態のブレンダさん。まあ確かに、応援を頼んだ中央ギルドから『ジゴゼギアはそっちで何とかしろ』なんて言われても困り果てるだけだ。地方ギルドでは討伐対処の使用がないし、それはガルイダも同様だろう。
「でも中央ギルドの対応は、なんか変ですね。地方に第二級以上の禁竜が現れ、かつ対処が困難になる場合なら、いつもの対応としては中央ギルドが腕利きの冒険者に依頼して遠征してもらうはずなのに」
ふと僕は、疑問を口にした。僕が臨時職員として中央ギルドに働いていた頃は、地方ギルドから派遣依頼が来たらすぐに対応していた。地方ギルドとのやり取りから冒険者への遠征依頼の手続きや説明までを僕自身がやっていたので分かる話ではある。しかしながら地方ギルドへの対応がこうも投げやりであると中央ギルドと地方ギルドで色々な摩擦が生まれてしまうのではないかと思う。それは後々、大きな歪みになりかねない。
「あ、言われれば確かに……。いつもは『調整します』って返答がきたあとに、数日後に派遣されるんですが」
ハッと気がついたブレンダさんは、そう言葉を漏らした。
「今回は違うんですか?」
「今回は連絡してすぐにこの返事ですの……。何とかしろって言ったって、どうすればいいやら……。もう仕事が嫌で逃げ出しそうになりそうですの……。それで結果的にガルイダギルドで対処することになりましたが、どうしたものかと思いまして。とりあえず、腕の立つガルイダ在住の冒険者に相談をしようと思いまして。そこでピックアップしたのが」
「ああ、ルーマであったと。成る程、理解しました。なら、ルーマがジゴゼギアの調査に行くのですね?」
「あ、いやー……。それが……」
明らかに目線を反らし、急にどもりだすブレンダさん。
「え!まさかルーマ、調査の話を断ったとか……?」
「い、いえいえ!断ってはいないんですの!ただ、その、受ける代わりに条件を付けられまして……」
「条件ですか?」
意外に拍子抜けの理由だった。てっきりルーマの事だから「面倒くせえ」とか「ダルい」とか不謹慎な理由で断ったと思ったけど、僕の思い違いのようだ。これは、友人として申し訳ない。
「ちなみに、どんな事言われたのですか?」
僕はルーマが提示した条件とやらをブレンダさんへ聞いてみる。まあ、そんなに無茶な条件を出す程、ルーマも人が悪い訳じゃないだろう。きっと日にちをおいてからとか、必要な道具を揃えてからとか、冒険者としての経験から依頼に必要な準備をするためにブレンダさんへと条件をだしたのだろう。友人として、ルーマの常識的な考えが予想できる。条件なんて仰々しい言葉をルーマが言った時には少し驚いたが、全く、ルーマも人が悪い。
「調査にはナリオさんも同行する事が条件ですの」
予想を遥か上空想定外空域まで越えていた。
僕の友人は無茶を言う常識を放棄した人が悪い者であった。
「なので、ナリオさんにもジゴゼギアの調査を依頼したいという次第なのですの……」
「無理です」
「即答ですの!?」
「当たり前ですよ!?」
だって僕、冒険者じゃありませんし。
ただの銅級調合士ですし。
「そ、そこをどうかお願いしますの!今すぐに依頼を頼めるのはナリオさん達だけですの!危険すぎて誰も彼もに頼める依頼ではありませんの!」
「いや、僕もその『誰も彼も』に含まれますからね!?」
そもそもの話。
ギルドの決まりでは、冒険者でない者に依頼を任してはいけない決まりになっているはずなのだが。
「大丈夫ですの!調合士の冒険者との同行は禁止されていませんの!」
「でも危険な場所に一般人を向かわせるのはいかがなものかと……?」
「大丈夫ですの!バレなきゃ良い話ですの!私が黙っていれば、後はお二人が万事解決してくれますの!」
「それギルド職員が言っちゃダメなセリフですよ!?」
「それにナリオさん、たぶん一般人の括りには当てはまりませんの。ルーマさんレベル並みに、一般人から結構な枠外にはみ出てると思いますの」
「それ人として言っちゃダメなセリフですから!」
「でも、ルーマさんも私と同じ様なこと言ってましたよ?」
「ルーマあいつ何言ってんのさ!」
冒険者として。
人として。
友人として。
ルーマには説教が必要なレベルである。
「あと、ルーマさんから伝えられたのがありますの」
「え、まだあるんですか!?」
ルーマめ、また何か余計な事をブレンダさんに言いやがったのか。
「『たぶんジゴゼギアは、ジゴセググがニール平原に現れた理由と関係がありそうかもな。お前はどう思うよ、相棒』と」
「…………!」
ああ、成る程。
繁殖期外にも関わらず自身のテリトリーの外に現れたジゴセググ。
そして、同じく繁殖期外でテリトリーの外に出たジゴゼギア。
二つには何かしら関係がある可能性がある。しかしながら、あくまで可能性の話だ。関係している根拠が、ブレンダさんとの会話では見つからないし、ルーマもたぶん、根拠らしい根拠を持ってはいないだろう。
ただ何かしらの勘が働いたのだ。
熟練の経験による勘。
身の危機を察知する勘。
ジゴセググとジゴゼギア。
二つには何かしらの因果があると。
「あ、あの、ナリオさん……。やっぱり、ジゴゼギアが現れた原因って、ジゴセググなんですかね……?」
不安な表情を浮かべながら、ブレンダさんは僕にそう聞いてくる。
「いや、まだ何とも……。ですが……」
だけど。
もし。
あるいは。
可能性をあげるならキリがない。可能性の否定も星の数ほどあげられる。肯定も否定も、今の情報からならどちらにだって舵が取れる。
ならば今、僕がすべき返答は、一つ。
考えろ。情報を整理するんだ。今、僕がとるべき行動を探しだせ。
答えの道筋を見つけるために、僕がやるべき事は。
「確認だ」
「ん、え?何を確認するんですの?」
「……ブレンダさん。この時期のニール平原で見かける禁竜は、どんなものがいますか?」
「え、あ、えと……。ちょ、ちょっと待ってください。今、調べてきま……」
「ああ、いや。そこまで正確な情報でなくても構いません。言い方を変えます。この時期のニール平原で見かける禁竜に、第二級禁竜はいますか?」
「わ、私がガルイダのギルド職員に着任してからは、第二級禁竜はニール平原に何回か出現していますし、春の月にも出現したことがありますの。ただ、出現は不定期でして。夏の月にも秋の月にも、もちろん冬の月にも現れた事はありますが、今回みたいに連続して出現したことは初めてですの」
「うん、成る程……」
「ちなみに、何かおかしい所とかありましたか……?私は、ジゴゼギアがニール平原に現れること自体がおかしいとは思うんですけど」
「いや、ないですね」
「はい?ないんですの?」
「ええ。第二級禁竜がニール平原に現れる事は、今回だけではないんですよね。ならジゴゼギアがニール平原に現れるのも、可能性がない訳ではありませんから。今までギルドの調査に事例がなくても、ジゴゼギアはニール平原に来ていた可能性もあります。ジゴゼギアがニール平原に来たことに理由が必要なら、何個か思い付きます」
ジゴゼギアがニール平原にきた理由として。
繁殖期前に獲物を狩る場所を探していた。もしくは何らかの原因がありジゴセググとジゴセギアは既に繁殖期に入っており、ジゴセググのためにエサを探しに来ている。だとしたら、何らおかしい話ではない。どちらの理由にせよ巣の周辺に獲物が存在せず、テリトリー外であるニール平原に出向き獲物を探しにきたとすれば、強引だけど理由にはなる。
「無理やりおかしい点をあげるとなれば、ジゴゼギアがニール平原に居座り続けた場合ですね。三日や四日以上ニール平原にいた場合は、少し雲行きは怪しくなります」
「居座り続けた場合?エサを取りに来たから、とくにおかしくはないんじゃないですの?」
「それだと、居座り続ける意味がないんです。エサが取れる事を確認したならば、ツガイの場合、一度ジゴセググがいる巣に戻るはずです。まだツガイでない場合なら、食事の為にニール平原に来たという事になります。食事が終われば、すぐに立ち去るはずです。だから、ジゴゼギアがニール平原に居座る理由がないのです。どちらかが理由にせよ、ジゴゼギアはニール平原に居座ることがあり得ないんですよ」
「ジゴゼギアがニール平原を新しい巣にしたとかはあり得ないんですの?」
「なくはないとは思いますが、可能性は低いと思います」
僕はブレンダさんにそう告げた。
ユドラ台地という繁殖に適した場所があるなら、縄張り争いをしてでも奪い取るはずだ。もちろん、縄張り争いに負けた個体、とも考えられるが、ニール平原に巣を作る理由が分からない。今までニール平原に巣を作らなかったのは、繁殖に適さなかったからと考えられる。もちろん想定外の例もありえるとは思うけど、僕にはジゴゼギアがニール平原に巣を作るためにやってきたとは思えない。
「だから、巣を作る、もしくは作った可能性は低いと思います」
「それじゃあやっぱり、エサを探しに……?」
「もっともらしい理由はそれしか思い付きませんが、どうでしょう……。現状、憶測でしか話ができませんから何とも言えません……」
僕はそう言いうと、ブレンダさんは目を閉じ、再び考え込んだ。しかもさっきよりも深く熟考をしてる様子であり、そして。
「ナリオさん」
目を見開き、僕の名を呼んだ。
「ジゴゼギアの調査の件、やはりもう一度考えて貰えませんか?やはりナリオさんとルーマさんに行って貰う事が、現状ではベストな選択だと思いますの」
「うーん……。選択としてはルーマに行って貰うのが良いと思いますが……。ちなみに、ガルイダでジゴゼギアの討伐できる冒険者は、他にいますか?」
「確実性で言うとルーマさん以外ですと一人いらっしゃいますが、今、ガルイダにいるかどうか……」
「えっと、いるにはいるけど、ガルイダに不在かもしれない、と言うことですか?」
「基本的にその人は、あまり依頼を受けない人でして……。ギルドにも顔を出す事は稀なんですの。実力は申し分ないのですが」
「うーん……。だとしたら、僕もルーマが行くことに賛成ではあります」
ルーマが僕を連れていく事を条件にだした。それはつまり、何かしら知識を持った人に調べて貰いたい事があると言うことだろう。加えて、ジゴセググと関係性を怪しむルーマの勘を信じるならば、調べておくに越したことはない。
「……分かりました。お引き受けします」
「えっ!本当ですの!」
僕の答えを聞いて、ブレンダさんは花が開いたように笑顔になった。
「ああ、良かった!依頼を断られてたら、本当にどうしようもなかったのですの!打つ手なしのチェックメイト待ったなしでガルイダは滅びを待つだけでしたの!」
「いや、少しは抵抗しましょうよ……」
「いや、無理ですの!ガルイダギルドの威厳の無さを甘くみないで欲しいですの!並みの冒険者にこんな話を少しでも話したら、ビビって誰も行きたがらないですの!ていうか、ガルイダギルドご用達の銅級冒険者の皆さんには、こんな危険な依頼をお願い出来ませんの!銀級以上の案件ですよ、こんなの!」
「あはは……。なんか、ごめんなさい……」
かなり物騒な発言を笑顔でしていたと思いきや、急にキレだす情緒不安定なブレンダさんに、引きついた笑いで僕はそう返した。しかしながら、ブレンダさんの表情が柔和になった気がした。
まあ、それもそうか。
助けを頼んだ中央ギルドには応援要請を断られ、唯一の頼みであるルーマには僕次第で依頼を受けるか決めるなんて言われる始末。彼女が抱える不安と責任に対して依頼を受けるという僕の返事は、ありがたい物だったのだろう。ブレンダさん、相当追い込まれてたんだろうな、ということが分かる。
「でも、ルーマがいないから依頼を勝手に受けるとも言えないしなぁ」
「あ、ルーマさんからは『ナリオがやる気なら受ける』と言ってましたよ?」
「あはは……。ルーマらしい、のかな?」
「ではでは早速、依頼の書類をお渡ししますね!」
「え、もう?ルーマが帰ってきてからでも良いですよ?」
「善は急げですの!冒険者のやる気を削ぐような事を、ギルド職員がしてはいけませんの!と言うか、早く解決して欲しいですの!このままじゃ私、胃が痛すぎて穴があきますの!」
「いや、まあ、なんと言うか……。あの、御愁傷様です……」
「かける言葉がそれですか!?」
「すみません、他に見つからなくて……」
「あ、ま、まあそうですよね……。はあ……。ただでさえ激務なのに、過重労働すぎますの……」
そうため息をつくブレンダさんに、僕は「あはは……」と苦笑いでお茶を濁した。
「まあでも!ナリオさんとルーマさんが調査依頼を受けてくれるなら、肩の荷が軽くなりますの!むしろ、羽が生えて飛び立てるほど気持ちが楽になりますの!」
「あはは……。まあ、あくまでも僕はルーマの調査依頼のついでみたいな者なので、役には立たないと思いますよ?同行はしますが、ルーマの邪魔にならないように気を付けますよ」
「いや、確実に邪魔にはならないですの。むしろ頼もしさ満点ですの」
「いやいや、調査であれば僕でも役立つ事がなくはないかもしれませんけど、それでも僕は冒険者ではありませんから。銅級調合士にできることなんて、無いに等しいですよ」
「あ、あの……。ナリオさんが調合士という事を差し引いても調査には十部過ぎるぐらい役立ちますから、心配は何一つないですが……」
「あはは。無理してお世辞言わなくても大丈夫ですよ。無力なのは自分自身分かってますから」
「……いや、自分自身が一番分かってないですの」
僕が笑いながらそう言うと、ブレンダさんは眉を潜めて首をかしげて悩むと。
「ま、まあ。ナリオさんの発言がルーマさんが聞いたら怒りそうなのはさておいて、本人がそう思うなら、とりあえずそういう事にしておきますの」
なぜか渋々納得をしていた。
「ではでは、ナリオさん!依頼ご協力、ありがとうございます!調査はいつ頃行かれますか?」
「そうですね……。ルーマは時期について何か言ってましたか?」
「ナリオさんに任せると言ってましたの」
「あ、はい」
全部僕任せかい。
まあ、ルーマらしいっちゃらしいけど。
「それじゃあ、今日にでもルーマに聞いてみます。夜には帰ってくると言ってたし、その時に相談しますよ」
「よろしくお願いしますの」
ブレンダさんはそう言って、僕に対して深くお辞儀をするのだった。
僕がナネテブワルに戻ったのは、十一回目の鐘がガルイダに響いた後の事だった。少々遅く帰ってしまったのはテマラさんの冒険者登録と、長い時間ブレンダさんと話をしていたのが原因だけど、まあ部屋に戻っても調合できる素材もなければ、クランの書類がある訳じゃない。
まあ一言で言えば暇である。
できれば何かしら短期の仕事などを出来れば良いのだけれど、ブレンダさんから依頼された案件(依頼されたのはルーマだけど。)があるので、僕一人が好き勝手に動くわけにもいかない。ナネテブワルで何かしら仕事があれば良いのだけれど、などと思い、ナネテブワルの入り口を開けようとした瞬間。
「だから某はダメなんだーっ!」
ビクッ、と体を硬直させる程の大声が聞こえてきた。何かトラブルでもあったのかな、と思いそっと静かにドアを開けると。
「某に意味はないのだーっ!」
「ま、まあまあ……。お客さん落ち着いてー……」
カウンターで突っ伏すように泣く男性と、それを励ますカーノさんの姿があった。
「しかしなが店員よ!某がっ!某がダメだと、家族がーっ!」
「あ、あらあら……。その、だ、大丈夫よ!今から頑張れば良いのよ!」
「しかしこれ以上、どうすればーっ!」
「また話が戻っちゃったわー……」
困り顔のカーノさんと大声で叫ぶ男性を見て、僕が呆然としていると。
「ナリオ、帰ったか」
僕に気がついたドイトンさんは、カウンターを静かに出て、僕の元へと歩いてきた。
「あ、ドイトンさん。今戻りましたが、えと、どうしたんですか、コレ?」
「ん?ああ……。まあ話すと長いが、端的に説明するとだ」
「はい」
「妻が困っている」
「……でしょうね」
ドイトンさんの言葉を聞いて僕はちらりとカーノのさんを伺うと、眉を潜め困惑しながらも脳をフル回転させ男性客を励ます姿があった。
「……カーノさんがあんなに困っている姿は、なかなか見ないですもの。もしかしたら初かもしれません」
「俺もだ。妻をどうにか助けてやりたいが……」
ヒソヒソと話す僕に、ドイトンさんも声を静めて返し、男性客の姿を確認する。
「某には冒険者としての才能がないのだーっ!」
「ああその話、四回くらい聞いたわー……。おばちゃんの答えが『はい』でも『いいえ』でも『どちらでもない』でも、お客さんの反応が一緒だったものー……」
「店員よ、聞いているのかっ!」
「聞いているけど一向に前に進まないのよー……。はあ……。ナリオちゃんでもルーマちゃんでもテマラちゃんでも誰でも良いから、早く戻ってきて欲しいわー……。そして何とかして欲しいわー……」
酒が入っているのか泣き上戸になっている男性客と、途方にくれて遠くを見つめるカーノさん。
「相当やられてますね」
僕が率直な意見を言うと、ドイトンさんは困った顔をしながら「ああ……」と小さく頷いていた。ここまで疲弊しているカーノさんを見るのは、初めてかも知れない。いつもはハキハキと明るく、悩み事とは無縁な人柄なのに。
「そこでナリオ、頼みがある」
「イヤです」
「まだ何も言ってないぞ?」
「聞かなくても分かります。あの中に割って入れって言いたいんでしょ?」
「話が早くて助かる」
「いや、その話しはお断りしたんですが……」
「俺には無理だが、お前ならやれる」
「そんな無茶な……。大体なんで男性が泣いてるのか分かりませんよ?」
「俺も分からない。気がついたら泣いていた」
「いきなり泣いたんですか!?」
「いきなりだ。理由は知らん。たぶん妻も分からん」
「絶対に話しに割って入りたくない状況ですね……」
と言うか、ドイトンさんはそんな状況下に僕を向かわせようとしたのか。そんな無茶を言われても、僕は愚か、ルーマもイシューさんも拒否反応を示すに決まっている。お腹をすかせた魔獣に生肉持ちながら近づく者はいないのと同じ理屈である。事情も分からぬまま危険地帯に侵入する気は更々ないし、侵入したら最後、面倒な事になるのは容易に想像できる。つまるところ、触らぬ神に祟りなしだ。
「すいませんが僕は、二階に避難をさせていただきますので……」
「待て。ナリオ、銀貨三枚で頼む」
「それで分かりましたと言えるほど、危機管理能力が低いわけではないですので」
「オマケに俺の秘伝のスパイスを渡そう。新作と自信作、二つ付ける」
「スパイスには心踊るほど引き付けられますが、さすがにリスクが大きすぎますって」
「……なら、今日の仕事はなしにもしよう」
「今日も仕事をさせようとしてたのですか!?」
諸行が鬼畜過ぎないか?
「いや、人手が足りなくてな……」
「ああ、成る程……。確かに開業したてですから、人を雇う時間がありませんもんね」
「加えて、あれだけ妻を拘束されると夜の開店の準備もままならん……。しかし相手は客だから、無視も注意もできん」
「端から見れば普通に、とは言いきれませんが。それでも男性ら食事しているだけですからね」
まあ、過ぎたうざ絡みは営業妨害になるとは思うけど、この男性の態度はドイトンさんにとってはまだ穏やかな方なのだろう。
「はあ、どうしたもんか……」
そうドイトンさんは深くため息を付くと、俯きながら頭を悩ませている様子だった。
「……分かりました。僕があの男性の相手をしてみます」
「……良いのか!?」
「相手にされる保証はないですけどね。上手くできるが分かりませんが、話を聞くのは苦手じゃありませんから。それに、お店の開店が出来ないのは僕もルーマも困りますし」
「……すまん、恩に着る」
そう言って軽く頭を下げたドイトンさんに、僕は「頑張ります」と答えた。
さて、確認しよう。
とりあえずとして、僕がしなきゃいけない行動をかんがえてみようか。まずは第一に。
「男性とコンタクトをとってみよう」
男性に僕を認知されないことには、話が進まないか。
「それならまずは」
僕はそう呟くとドイトンさんから離れ、カーノさんと男性客へと近づいていく。
「だから某には才能があると信じていたっ!信じていたのにぃーっ!」
「あらあら……。えーと……」
「カーノさん、こんにちは」
僕は頭を抱えながら叫ぶ男性を尻目に、カーノさんに挨拶をする。
「あ、あら。いらっしゃいナリオちゃん。帰ってたのね?」
「はい。ついさっき戻りました。そちらの方は、お客様ですか?」
「ええ、そうよ。デリーさんっていうの」
「始めまして。僕は、銅級調合士のナリオと申します」
僕が男性客のデリーさんにそう声をかけると。
「ん、ああ……。某はデリーという……」
弱々しいか細い声で、僕にそう答えた。
「先ほど何か声をあらげてましたが、何かあったんですか?」
「いや……。某の話をこちらの店員に聞いて貰っていてな……。話せば話すほど、某のダメさが浮かび上がってきてしまい……。グスッ……!」
涙目に鼻を啜りながら、デリーさんはまたもやか細い声でそう言った。
「成る程。ちなみにダメさとは?」
「ん?ああ……。某は一応銀級冒険者なのだが、今現在壁にぶつかっていてな……」
「壁ですか?」
「……今でも禁竜と立ち会うと、体が震え上がるんだ。それも、第三級禁竜ですら怖いと思ってしまう……。某は冒険者失格なのだーっ!」
か細い声と思ったら、今度は叫びながら、机に付したデリーさん。
「ああ、また始まっちゃったわー……」
そんなデリーさんの姿にうんざりした様子のカーノさんは、僕に聞こえるほどの小さな声で呟いた。
「先ほどからこんな様子ですか?」
僕も声を潜めてないしょ話をするようにカーノさんへ
「そうなのー……。さっきから同じ事の繰り返しよー。おばちゃんがどう返事してもね」
「なぜっ!なぜ某には才能がないのだーっ!」
机に付していたデリーさんは、今度は天井を見上げながら大きな声で叫んでいた。
「最後は結局、こうなっちゃうのよー……」
「成る程、堂々巡りですか」
「そうよー……。仕事前なのに、おばちゃんもう疲れちゃったわー……」
「あはは……。そういえばドイトンさんが呼んでましたよ?デリーさんは僕が話を聞いておきますので、構わず夜の営業の準備をしてきてください」
「あら?もうそんな時間?でもナリオちゃんだけに任せるのも悪いわ」
「あ、大丈夫です。中央ギルド職員時代にも同じ感じの経験しているので慣れてますよ」
「あ、そうなの?」
「はい。むしろ理不尽に怒鳴ったり、依頼金を多く払わせようとしないだけかなりマシですよ……。あの頃は訳も分からず『すいません』を連呼してたなぁ……。あ、思い出したら涙出てきたや」
「おばちゃんから振っといて何だけど、すごくゴメンねナリオちゃん!?」
小声ながら申し訳なさそうに、されど力強くカーノさんは謝っていた。
「そ、それじゃあ、ここは任せるわ。おばちゃんは全力で逃げるから」
「別に逃げなくても良いのでは……?」
「お礼に今日の夜ご飯はおばちゃんの奢りよ!」
「あ、それは嬉しい」
「でしょ?おばちゃんが丹精込めて作ってあげるから!」
「それは遠慮したいです」
「なんでなの!?」
「冗談です。楽しみに待ってますよ」
「もう。冗談がルーマちゃん並みにキツいわ!」
ルーマの冗談はカーノさんとってキツいんだな。と口から言葉を発しかけたが、僕は寸前で飲み込んだ。流石にカーノさんをこの場所に拘束しているのも可哀想だし、何よりこのままカーノさんが居続けて夜の営業に支障をきたすと思うと、ドイトンさんがまた頭を抱えてしまう。
「まあまあ、カーノさん。僕の事は心配しないでも大丈夫ですから、早くドイトンさんの所へ行ってあげてください」
「あらあら、旦那の事をすっかり忘れてたわ。それじゃあゴメンね、ナリオちゃん!必ずお礼はするから!」
カーノさんはそう呟くと、足早にドイトンさんが待つカウンターへ戻っていった。僕は最度、デリーさんへと目線を向けると。
「グスッ……!二人とも、すまないっ……!某のせいで家族が路頭に迷うはめにっ……!」
独り言がとんでもない方向へ飛躍していた。
「あ、カーノさんは仕事に向かいましたよ」
「なぬっ!そ、某の話しなんて、聞くきはないということかっ、店員っ!」
「ま、まあまあ……。代わりに、と言ってはなんですが、僕に話してもらいたいです。それで、デリーさんの責任で家族が路頭に迷うんですか?」
「それは某にっ!才能がないからっ!」
「才能?何の才能ですか?」
「それは、その……」
先ほどまでとは打って違い、デリーさんは少し言い淀んだ後に。
「……冒険者としての才能だ」
苦虫を噛み潰したような表情で、デリーさんは力なくそう言った。
「実は某、剣を持って禁竜に立ち向かうのがとてつもなく怖いのだ」
「……成る程」
「禁竜は愚か、魔獣でさえも恐怖を感じる時がある。銅級の時も恐怖は感じていたが、経験を積めばそんな感情は薄れるだろうと気にもしなかった。だが十数年も冒険者として依頼をこなしても、某の中の恐怖が薄れることはなくてな。むしろ、戦いで死にかけた経験が、恐怖をより一層濃くさせていった」
「………………」
ポツリポツリと理由を話してくれたデリーさんに対して、僕は返答をしなかった。
そんなことはありません。あなたは素晴らしい方です。
禁竜を恐れるあなたの気持ちは分かります。
そんなに怖いのなら、冒険者を辞めれば良い。
そんな普遍的で軽んじた答えを伝えるつもりは、更々無かった。それをデリーさんに伝えるのは簡単である。だけどこれは、そう言う問題じゃない。
デリーさんの悩みは、そんなつまらない文章で片付けて良い問題じゃない事が明白だったからだ。
「小さい頃から冒険者は某の夢であった。夢を叶えるために努力もした。何度試験に落ちても、諦めなかった。そしてやっと冒険者になれたのだ。なのに……。なのにっ……!」
「これ以上冒険者としてやっていく自信がない」
「……っ!……ああ、そうだ。笑いたきゃ笑ってくれ。ギルドの様々な老若男女に、散々バカにされてきたのだから……」
「笑いませんよ。バカにするつもりは毛頭ありません」
僕は。
最大限の優しさを込めて、デリーさんに向けて笑顔でそう言った。
「……へぇっ?」
「僕の友人も冒険者なのですが、彼も戦うのが怖いと言っていましたよ。万全の準備をして、万全の体調にしていても、死ぬかもしれない戦いになるのが怖いって。怖さをバカにする奴らは、死ぬことを知らないただのバカとまで言ってました」
「そ、そう言うものなのか……?そんなこと、某以外には考えないと思っていたが……」
「きっと、そんな思いをしている人は沢山いますよ。たぶんデリーさんが思うよりも沢山います。でも、もしデリーさんが悩んでいるなら、ここで一つ確認をしましょう」
「確認?なにをするんだ?」
「デリーさんが進むべき道の確認です」
デリーさんは今後、どうしていきたいか。決めるのはデリーさんである。だけど、デリーさんが決める答えがより良い方向に行き、デリーさん自信も後悔がないように。
「一緒に考えましょう」
「一緒にって言ったって、某に何が……」
「出来ますよ」
何一つ、出来ない人なんていない。
自分が他人よりも長けている才能は、何かしらあるはずだ。僕にもルーマにも、もちろんデリーさんにだって、きっとある。
「一人で思い付かないなら、僕も考えます。今日結論がでなければ明日も考えましょう。諦めるのは、可能性を全て潰してからです」
「し、しかしだな……!いったい何をどう考えればいいか……」
「そうですね……。まずはデリーさんの武器を考えましょうか」
「某の武器?某はロングソードを使っているが……?」
「あ、いや、そうではなくて……。デリーさんの特技とか、人より秀でてることの事です」
「某の特技っ?んんぅ?ああ、いやぁ……」
眉間にシワを寄せながら右側に首をひねり、デリーさんは考え込み。
「……ないなぁ…………」
弱々しくそう答えた。
「……某、人よりなにかを上手くやってのけた記憶なんて、なにもないが……」
「あ、えーと……。ひ、人より上手くなくても、得意な事があるはずですよ!」
「得意と思っていた冒険者業も、蓋を開ければたいした実力がなかったしな……」
デリーさんはそう言うと、萎れていくようにみるみると頭をテーブルに項垂れていった。
「あ、いや、その……。そ、それじゃあ、デリーさんの特技は後で見つけてみましょう!他にも考えなきゃいけないことが沢山ありますから!」
「他に考えること?」
「はい。僕がパッと思い付く限りでは、デリーさんの弱点の克服は優先すべきかと。後は冒険者とは別の収入源を見つけるとかも、考えるべきです」
「そ、某は冒険者を辞めるつもりはないぞっ!」
「ああ、違いますよ。冒険者を辞めろという意味ではなくて、冒険者をやりつつ別の仕事も行うって言いたかったんです。つまるところ、副業です」
「副業?しかし、冒険者をやりつつ副業をする者なんて……」
「いえいえ、結構いますよ。銀級冒険者で警護の仕事をする方とか、農業の傍らに銅級冒険者の依頼をする方など」
「え、そうなのかっ……!」
僕の言葉に、口をあんぐりと開けながらデリーさんは驚いていた。実際、冒険者が他の仕事を兼業することは、珍しい事ではない。農業、漁業、林業等々、繁忙期を過ぎた時期には暇をもて余す職業の者や毎日の業務で空いた時間が出来てしまう者が、依頼を受けることだってある。逆に、冒険者の片手間に講師や運送の業務を行い、安定した収入を確保する者もいる。そういえばルーマがルナカニア王国にいる時には、空いた時間に冒険者見習いの人たちに戦い方や剣の扱いなどを教えていたっけ。
「他の職種の人が冒険者を副業にするも、冒険者が他の職種を副業にするも、大丈夫だったはずです。ギルドには『副業をやってはいけない』なんて規定はなかったはずですから」
「そうなのか……。てっきり某は、冒険者は皆、依頼をこなして生活を成り立てているものだと思っていたのだが……」
「金級冒険者にもなれば可能かもしれません、というか、他に副業をしている暇がないのかもしれませんが。ですが、銀級冒険者は皆、大なり小なり仕事を持っていますね」
僕がそう言うと、デリーさんは驚きながらも、「そういえば」と口にして。
「某も前に、ギルドでそんな話をしていた冒険者を見たことがあるな……。やたら農業の話しに詳しいと思っていたが、今思えば農家の者だったのか……?」
「かも知れませんね。時期的に冬の季節なら、可能性は高いです」
収穫が終わり、次の作物を育てる為に畑を耕す間の期間に、収穫した作物を保存食へと備蓄。はたまた、薪や炭を作り冬を乗り越える準備をする。その間に、農家の方は冒険者として依頼を受ける。依頼をこなし金貨を得る為の他、各地で野生の果物や野菜を取り、狩猟を行い保存食へ回すなど、依頼のついでに取ってきた物が目当ての方もいる。
「なので、デリーさんも副業を考えてみてはどうですか?」
「副業か。確かに良いかしれん……。しかし、某にできる仕事があるだろうか……?」
「それは、今から探していきましょう。今日は無理でも、明日には良いアイディアが浮かぶかもしれませんから。もし時間が合えば、僕もお手伝いしますし」
「ほ、本当かっ!」
「ええ。僕は今、ナネテブ・ワルにお世話になってまして。と言うか情けない話、住居が見つかるまで暫くは厄介になりそうでして……」
かなり格好悪いことを言っていると自覚しつつ、僕は目線を泳がせながら苦笑いをした。
「いや、某にはその方が助かるよ。えーっと、ナリオ君、だったか?」
「あ、はい」
「某の、こんな酔っぱらいのおっさんの話を聞いてくれて、礼を言う。ありがとう」
デリーさんはそう言うと僕へと体を向け、座ったままの状態で頭を深々と下げた。
「あ、いやいや!デリーさん!頭を上げてください!」
「いや、お礼を言わせて欲しい。さっきまで憂鬱だった某の気持ちも、ナリオ君と話して心がかなり軽くなったよ」
「あ、いや。僕はデリーさんの話を聞いていただけですよ……」
「それでもっ!いや、それだけでも嬉しいのだっ!……正直、某の不満や愚痴を聞きたがる人はいなくてな」
ああ、愚痴を言っている自覚はあったんだ。と。
喉元まで出かけた言葉を、僕は飲み込んだ。
「だがナリオ君は、真剣に某の話を聞いてくれた。それだけじゃなく、新たな道を見つける手段も提示してくれた。初めて冒険者になった時と同じくらい、今は希望に満ち溢れているよ」
「そんなにですか!いや、まあ。でも、希望が持てたのなら、良かったです」
「はははっ!ありがとう。……君は聡い子だな。君には知識がある。そして、それを誰かの為に使ってくれる優しさがある」
「あはは、ありがとうございます。でも、僕の知識なんて、まだまだ勉強不足です。今もまだ、学びの途中ですから」
「はは、そうか。さて、と」
デリーさんはおもむろに立ち上がり、少し背筋を伸ばしたあと。
「某は、帰るとするよ。この気分のまま、今日は眠りに着きたいからな」
「店員よ!」と大きな声をあげて。
「長居してすまない。勘定をお願いする」
「あ、毎度ありー。今、行くわー」
しっかりとした足取りでカーノさんへと向かい、食事代を支払いに言った。
「すまんな、ナリオ」
デリーさんがお金を支払い行くのを確認した後、小さな声でドイトンさんが僕へと話しかける。
「あ、ドイトンさん」
「助かった。あと、見事だった」
「いやぁ、見事ではないとは思いますが……。デリーさんの話を聞いていただけですし」
「それをできる奴は中々いない。あの手の客は特にだ。まあ、客を悪く言うつもりはないが、あれは少々骨が折れる」
「あはは……」
疲れた顔でため息を着くドイトンさんに、僕は苦笑いを返す。
「まあ、デリーさんも希望が持てたと言ってましたし、良い方向へなったのならいいんですが」
「それは大丈夫だ。来店時より足取りは軽やかだ」
店に来た時は仕事で疲れていたからであって、帰りはお酒を飲み上機嫌になっているからじゃないのか?
などと呟くのは、無粋だろうか?
「あらあらー?おばちゃんに内緒で二人でお話し中かしらー?」
僕がそんなことを思っていると、デリーさんの会計を終わらしたカーノさんが、お店のカウンター近くへと戻ってきた。
「お疲れ様です、カーノさん」
「お疲れ様、ナリオちゃん。さっきはありがとねー」
「あ、いえいえ。僕は特に何もしていませんから」
「あら、謙遜?」
「違いますって」
僕が困り顔でそう言うと、カーノさんは大きな声で笑い、ドイトンさんもつられて小さく笑っていた。
「あ、そうだ!ナリオちゃん、さっきのお客から伝言預かってたわ」
ふと何かを思い出したカーノさんは、両手を胸の前でピシャリと小さく叩いた。
「デリーさんから伝言ですか?なんだろう……」
僕がカーノさんにそう問いかけると、カーノさんは「ええと」と口にだした後。
「十二回目の鐘か最終の鐘が鳴る位に大雨が降りそうだから気を付けてくれ、って言ってたわ。洗濯物を外に干してたり、出掛ける用事があるのなら、今のうちに済ませたほうが良いって」
デリーさんの伝言を伝えてくれた。
「ん?雨が降るんですか?」
僕はそう聞いて、ナネテブ・ワルから外を見る。太陽の暖かな日差しが降り注ぐ様子を確認した後。
「今日?今から?雨が降るんですか?」
二人へと向き直し、再度聞いてみた。
「さあ?おばちゃんは知らないわー。ただ、ナリオちゃんに伝えてくれって。話を聞いてくれた礼らしいわー」
「しかし妻よ。こんなに晴れているのに、雨なんて降るのか?」
ドイトンさんの質問に、カーノさんは「さあ」と気の抜けた返事を返していた。
「お客さんが言ってた事だから、私には分からないわよ。ただでも、外に出た途端に『雨の臭いだ』とか言って私に言った後、走って帰ってたけど。まあお客さんも酔っ払ってたし、『私は天気が分かる!』なんて格好つけたい日も有るんじゃない?」
「良い歳の大人が、それはないだろう」
「あら?私も似たような事を思うときはあるわよ?私は今日は物をなくさない!なんて分かる日もあるし」
「まず無くすのをやめてくれ。この前、台所でまな板の上に無くしたと騒いでいた調味料が置きっぱなしだったぞ?あと、フライパンが何故か果物の下敷きになって置かれていたし」
「で、でも私は無くしてはないわっ!見つけたもの!」
「俺がな」
「えー、良いじゃない。見つかったんだし、結末良いなら全てオッケーじゃない?」
「妻よ、多少は反省してくれ……」
夫婦喧嘩、とまでは行かない緩い夫婦の会話を、僕は薄ら笑いで聞きながら、窓に近づきふと外を見る。ちぎれたパンの様な雲が、晴れた青空右から左にを流れていた。今から雨が降るとは思えない程の快晴。だけど今から雨が降ります。などと聞いて、はたして信じる人はいるのだろうか?人によっては、嘘、虚実、はたまたふざけた戯言と捉えるだろう。
「いや、でもなぁ」
何かが引っ掛かる、という感覚。
ふざけた戯言で片付けるには、あまりにつまらなく、物足りない。
もしかしたらこの言葉は、デリーさんの根拠のない自信かも知れないし、もしくはただの虚言かも知れない。
「とりあえずは、そうだな」
この戯言を面白いと散らかすことは、あまりに楽しく、満ち足りそうだ。
勝率の低い賭けに、大金を払う感覚に近いだろう。もし勝てたら、もし当たったなら、とワクワクしてしま
う。まあ、僕は賭け事をやったことはないけど。
だから、ひとまずは。
「洗濯物を取り込んじゃうかな」
僕はデリーさんの言葉を信じる事にした。
調合士旅行記 扇 直角 @chokuta
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