第9話
とある日のとある晴れのガルイダ。
そして、とあるナネテブ・ワルの一階。
先程、六回の鐘の音が聞こえ、昼ご飯も目前の中、ドイトンさんとカーノさんは慌ただしくお客を迎える準備をしていた。その二人を横目に、クラン設立のためにギルドへ書類を提出した僕は、今度は別の書類を作成していた。クランの資金を保管しておく銀行の名義作成やらガルイダへのクラン設立の申請書など、提出期限はまだ先、クラン設立後で全然間に合うモノではあったが、今のうちに作っておこうと思い、作成している中。
「ナリオー。暇なのだー」
ナネテブ・ワルの一階、テーブルに上半身を倒し、両手を向かいに座る僕へと伸ばしながら、テマラさんはそう言った。
「テマラさん、書類の上に手をのせないで下さい……。いやすみません、今ちょっとクランの書類で手を離せなくて……」
僕がそう言うと、書類の上まで伸ばした腕をパタパタと振るテマラさん。正直、ちょっと邪魔であった。
「何を言う。妾と書類、どちらが大事なのだ?」
「若干数で書類が上回るんですが……」
嘘です。
書類の処理が遥かに大事です。
しかしながら僕の言葉に気にする様子もなく、テマラさんは。
「暇すぎるのだー。妾に構うのだー」
書類の上で腕のパタパタを繰り返す。
「あ、それなら書類を手伝って下さい。枚数は少ないですが、色々面倒な……」
「それはイヤなのだ。面倒くさいし事務仕事は嫌いなのだ」
「あ、えと、はい……」
かばっと起き上がるや否や、拒否の反応を示すテマラさん。どうしたものかと考えていると。
「おっす、ナリオ。お疲れさん」
白い袋を肩に担いだルーマが、僕らの近くに荷物を下ろしたあと、声をかけたのだった。
「あ、ルーマ。お疲れ様。帰り早いね?依頼はもう終わったの?」
「いやいや。今から依頼をやっても昼過ぎちまいそうだったから、ギルドで依頼確認してきただけだ。昼食ったら、もう一回行ってみっかなと思ってよ」
「成る程ね」
「ナリオはクランの書類か何かか?」
「うん。別に今すぐ必要って訳じゃないけど、時間があるうちにやっておこうと思って」
「成る程、お疲れさん。んで、テマラ。お前は何やってんだよ」
眉間にシワん寄せながら、ルーマは仁王立ちでテマラさんにそう聞くと。
「暇なのだ」
つまらなそうにテマラさんは答えたのだった。
「そうじゃねぇよ。何、ナリオの邪魔をしてんだって話だ」
「違うのだー。暇だからナリオと話していただけなのだー」
「暇ならガルイダの町中でも散歩してこいよ」
「さっき行ったばかりなのだー。金もないから買い物も出来ないし。あ、そうだナリオ。お金くれなのだ」
「えぇー……」
「たかりかよ」
「少し位良いだろう?何せお主たちは」
妾に。
かなりの借金があるのだからな。
かなりのどや顔で、テマラさんはそう言ったのだ。
「貴様が、妾を売った犯人か、ナリオ!」
「……はい?」
「とぼけおって!他の者の目は誤魔化せても、妾の魔力感知は誤魔化せんぞ!」
「いや、あの、話が見えな……」
「まだ言うか!」
憤慨するテマラさんは、僕と握手をしながらも激昂し続けていると。
「ちょ、ちょっと待って!テマラちゃん!」
カーノさんが会話の間には入り。
「何かの間違いじゃない!?ナリオちゃんがそんな事するなんて考えられないわ!」
「いいや!妾の魔力感知に間違いはない!ルーマと一緒に妾を売ったのだ!」
「まあ、ルーマちゃんならあり得るかもしれないけど……」
なぜか納得するカーノさん。
「ちょっと待てや!何で俺ならあり得んだよ!」
「いやまあ、ナリオちゃんはあり得ないのは確実だけど、ルーマちゃんならもしかしたら、とか?万が一、とか?やりかねないと思っちゃって……。ねえ、あなた?」
「ん!?んん……。まあ、ナリオよりは可能性があるな」
カーノさんの意見に、無表情で同意をするドイトンさん。
「俺もしねぇよ、んな面倒な事!」
「それは信じづらいわー」
「ああ、難しいな」
「ちなみに妾は一切信じていない」
「お前らなぁ!」
怒号をあげるルーマに僕は「まあまあ」となだめたあと、テマラさんの手を離して。
「ルーマ、ちょっといい?」
ルーマをテーブルから離れた場所に呼んだ。そしてルーマにだけ聞こえるように小さい声で。
「実は僕、心当たりがあるんだけど……」
「マジかよ。ナリオ、お前ついに人身売買に手を出して……」
「違うよ!するわけないから!」
「ジョークだよ。お前がそんな事するわけねえって」
「勘弁してよ……」
渋い顔をする僕に、ルーマは「悪ぃ悪ぃ」と笑いながら言うと。
「んで、心当たりって?」
「テマラさん、さっき『金貨百枚で売られた』って言ってたよね?」
「ん、ああ。あいつにそんな価値があるとは思えねえがな」
「僕らも最近、金貨百枚で買い取ってもらった物があるじゃない?ルナカニア王国でユッカさんにさ」
「ん?ああ、俺の使っていた剣だろ?レー……なんたら。なんてんだっけ?」
「レーニアーね。その剣に埋め込まれていた魔石がテマラさんだったって可能性って、ないかな?」
「ああっ?んなまさか……」
「ありえない、とは断定できないんじゃない?現にテマラさんは魔力感知で、僕が売った犯人だと言ってるし」
「あいつの間違いじゃねえか?俺はあいつを信じられてねえしな」
「まあ、とりあえずは本人に確認しようと思うけど……」
「だな。したら、確認やら、もしそうだった場合は、判断をナリオに任せて良いか?」
「了解。とりあえず、聞いてみよう」
ルーマとの相談も終わり、僕達はテーブルへと移動したあと。
「すいません、お待たせしました」
「むう、犯人。もといナリオ。怪しい密談は終わったのか?」
「ええ、まあ……」
テマラさんに声をかけるも、テマラさんはジト目で僕を見ながら、辛辣な言葉を発した。
「えと、テマラさん。一つ確認したい、と言うかお聞きしたいんですが」
「む、何なのだ?」
「テマラさんは先程、『魔石になっていた』と言っていましたが、ちなみにどんな武器の魔石だったとかは分かりませんか?」
「武器?いや、知らんのだ。武器は妾が魔石になったあとに作られたから、妾が何に使われたなんて知らないのだ」
「あ、ですよね」
当たり前と言えば当たり前な話だ。現代の武器の作成方法として、魔石の生成後に武器を作るという行程になっている。それは昔も今も変わらないようだ。分かっていたことだが、僕は若干、安心をした。
「あ、でも。最近までの所有者は剣に名前を叫んでいたぞ?」
安心が一転、不安へと変わり。
「ち、ちなみに何て……」
「『俺のレーニアーが!』とか言っていたのだ。確か見た目も、大層な飾りつけをされたロングソードだったな」
不安が一気に心臓の鼓動を早めていった。
「ねえ、ルーマ……」
風よりも早く鳴り、山よりも大きい音で動く心臓の鼓動をどうにか押さえながら、ルーマの顔をチラリと見ると。
「いやー。やべえな、こりゃ」
薄ら笑いをしながらも、目が泳ぎまくるルーマの姿があった。
「大丈夫?ナリオちゃんもルーマちゃんも、顔が悪いわよ?」
「人の容姿をさりげにバカにすんなや」
「あら、ごめんなさい。二人とも顔色が悪いわよ?」
「あ、いや、まあ……」
どうしよう、とルーマに再度目線を移すが、ルーマも余裕のない薄ら笑いを浮かべるだけ。
しょうがない。
僕はそう、自分に言い聞かせ、恐る恐る「実は……」と真実を話すことにした。
「僕とルーマがガルイダに来る前の事なんですが、ギルドのとある人にルーマが使っていた武器を売りまして……」
「ルーマちゃんの武器?今、ルーマちゃんが使っている剣の他に持ってたってこと?」
「違え。これの一個前のやつだ」
「実は、その剣。名前がレーニアーって言いまして……」
「レーニアー!テマラちゃんが言っていた名前と同じじゃない!」
「しかも、売った金額も金貨百枚と同じでして……。その、テマラさんの話と類似点が多いと言いますか……」
「うむ!これで確定したのだ!」
僕が話終える前に、テマラさん大きな声で話を遮り。
「やはりお主達が、妾を売った犯人なのだ!」
「ちょっとまてや!確かに俺達はレーニアーを売ったが、そこに使われた魔石がお前だと決まった訳じゃねえ!」
「なにおう!」
「それに、俺達が売ったのはあくまでもレーニアーって名前の剣だ!仮にレーニアーにお前が使われたとしても、売ったのは剣になるからな!お前を売った訳じゃねえからな!」
「むっ……!へ、屁理屈を言いおって!」
「屁理屈じゃねえ、事実だ!」
ルーマとテマラさんが大声で言い争うなか、カーノさんが心配そうな様子で。
「ちょ、ナリオちゃん……!止めなくていいの?」
「まったく、ルーマ……」
「あ、良かった。止めてくれるのね!」
「やっとレーニアーの名前を覚えてくれたんだね」
「ナリオちゃん、そこじゃないわ!?剣の名前なんて今はどうでも良いところよ!?」
感慨深く頷く僕に、カーノさんからの突っ込みが入った。
「喧嘩を止めるの!二人の喧嘩を止めなくちゃ!」
「いやー、ルーマが間違える度に何回も訂正した苦労がやっと報われたと思うと、何だか成長した息子を見るみたいな感動がありまして」
「大体、買われた奴から取り立てろよ!てめえが言うにはレーニアーが壊れたから復活したんだろ!だったら壊した奴が悪いじゃねえか!」
「そんなもん妾だって知らんわ!それに、お主達が売ったのは事実であろうが!」
「待って待って!感動してる場合じゃないわよ!?止めて止めて、今すぐ喧嘩を止めなさいって!」
二人の言い争う姿に、カーノさんは全力で僕に二人を止めることを頼んできた。と言うか、言い方が命令形だったような。
「あ、はい。おーい、ルーマ」
「だからてめえが言ってんのは……!あ、どうしたよナリオ」
「喧嘩ストップで」
「あ?俺が喧嘩?このちび助と?バカ言うなよ。こんな見た目も中身も小物な奴と喧嘩なんてするわけねーだろ」
「だぁれが低身長の美女なのだ!」
「低身長はお前以外いねーけど、美女とは言ってねーわ。勝手に脚色すんなボケ」
「よおし分かった、燃やす!妾の全身全霊の魔力で燃やし尽くしたるのだ!」
「マッチの火より火力出りゃいいな」
「はいはい、ルーマ。そこまでにしよう。それ以上言ったら、侮辱罪でギルドに捕まるよ?」
「事実を言っただけで捕まえに来るほど、ギルドも暇じゃねえだろ」
「そうじゃなくても煽るのは失礼だから。謝って、とまでは言わないけど、とりあえず言い争いは一時中断にね」
「……はあ。わーったよ。お前に任せるって言った手前だし、お前の判断に従うよ」
「うん、助かる。それで、テマラさん」
僕はルーマにお礼を言って、テマラさんに目線を向けて。
「先程の話の続きなのですが、確かに僕達はレーニアーを売りました」
「ようやく認めたか!」
「はい。ですが、そこに使われていた魔石がテマラさんと融合したモノとは知りませんでした。これは、神様に誓って本当です」
「むう……。まあ、信じようではないか」
「あと、これは憶測なんですが、『テマラさんを売った』と言うことで今すぐ金貨百枚を支払わせる事は難しいと思います」
「な、なぜなのだ!」
「当たり前だろうが」
僕の変わりに、ルーマはそう答え。
「実は売った剣に使われていた魔石に、三百年前から人が封じ込まれていました。なんて誰が信じんだよ。んなことギルドで話してみろ。頭がおかしい奴で処理されて終わりだろ」
「なっ……!でも、その通りなのだから仕方ないだろう!」
「テマラさんの話を聞くなら、その通りなんです。なので、僕は折衷案を提示します」
「折衷案?」
首をかしげるテマラさんに、僕は話を続けて。
「まず金貨百枚は、こちらからテマラさんにお支払します」
「なんと!」
「ああっ?」
目を見開き驚くテマラさんとは対照的に、ルーマは目を細めて眉を潜ませた。
「ちょい待ち、ナリオ。何で俺達がこいつに払わなきゃいけねーんだよ」
「誰がちび助だ!」
「誰も何も言ってねーよ、ちび助」
「まあまあ。話を聞く分には、テマラさんを売ったのは僕らだからね。借りたものは返さなきゃ。でもテマラさん。今すぐには無理です」
「なぬ?」
「金額が金額なので、すぐに用意して支払う事は出来ません。なので、僕達に時間を下さい」
「「時間?」」
今度はルーマとテマラさん、二人揃って首をかしげた。
「時間をかけて、お金をお返しします。もちろん、その間に発生したお金も僕達が立て替えますよ。借金を返す、って言った方が分かりやすいかな?」
「成る程な。理解した」
僕の言葉に、ドイトンさんは頷いた。
「ナリオ達は金を何日かかけて返していく。その間に、テマラ嬢の生活はナリオ達が保証すると」
「まあ、そんな感じです。いかがですか、テマラさん?」
ドイトンさんにそう告げると、僕はテマラさんへとそう告げる。
「むむう……。どうしたものか……」
「悪くない条件だと思うんですが……」
「むう、そうなのか?」
「そりゃそーだろ。むしろ、これで断れば俺らはお前に銅貨一枚たりとも払わねえよ。俺らが払う義理がねえ金を払ってやるって言ってんだ。ナリオの提案じゃなかったら、提案を速攻で否定してやるところだ」
「ナリオ、その条件でいいのだ。それで十分なのだ。ルーマが否定するよりも早く妾が飲み込むのだ」
「あ、あはは……。それじゃあ、そういう事でお願いします」
「うむ!それじゃあ二人とも、妾にしっかりとお金を返すのだ!」
「腹立つ金借りだな」
条件を受け入れたテマラさんに、納得しかねるルーマは、眉を潜めながらそう呟いたのだった。
そんなこんなで、今日の朝、何とかテマラさんが納得する形でお金を返す事が決まり、現在お昼前。
「ひーまーなーのーだー。ナリオ、妾にかまうのだー。暇で暇で退屈なのだー」
「うるせえな!」
机に寝そべり、手足をバタバタとバタつかせるテマラさんに、ついにルーマがキレたのだった。
「またどっかに遊びにでも行ってこいや!」
「だって暇なんだもん」
「金貨一枚やるからどっか行ってこい!しばらく帰ってくんなや!」
「おおっ、気前が良いなルーマ!それじゃあ行くぞナリオ、着いてくるのだ!」
「え、僕も行くんですか?」
「何でナリオ連れていくんだよ!勝手に一人で行ってこい!」
「だって、妾が迷子になったら困るであろう?」
「魔力感知なり人に聞くなりして帰ってこいや!」
「一人で行ってもつまらないのだ」
「あ、ならルーマと一緒に……」
「それは嫌なのだ」
「奇遇だな。俺もこいつと二人の買い物は嫌だ」
「ええー……」
変なところで気の合った二人。いや、こんなところであってもなぁ、なんて思っていると。
「ナリオー、行くのだー。妾、暇すぎてもう一度魔石に融合しそうなのだー」
「いや、書類を中途半端にするにはいけないので……」
「俺的にはうるさいのが静かになるなら、魔石になるのもアリだな」
「その場合、僕がギルドに捕まるけどね」
僕に調合しろとでも?
たとえそんな機会がくるとしても、絶対にやりたくないな。
「あらあら、三人とも。お疲れ様ね。何やら秘密のご相談?」
僕らがそんな会話をしていると、お昼の準備が一段落したカーノさんが会話へと割り入ってきた。
「あ、カーノさん。お疲れ様です」
「よう。準備は終わったのか?」
「私の方はあらかたねー。旦那の方はまだかかるみたいだけど、調理の仕込みみたいだから私に手伝えることはないわねー」
「なんだ?ドイトンから『厨房に入るな』とか言われたのか?」
「違うわよー。旦那はそんな意地悪を言わないわ。『こっちは俺がやる。そっちは任せた』って言われたの。いやーもう、格好いいったらありゃしないわ。おばちゃんを何回惚れさせるのかしら、あの人」
「へーへー。熟年夫婦の惚気は聞くに耐えるから、その辺で終わりでいいわ」
「あらあら、辛辣ねー。それで、こちらは何の痴話喧嘩かしら?」
笑顔でルーマをいなしたカーノさんがそう言うと。
「ルーマが意地悪言うのだー」
困り顔で、テマラさんはカーノさんへと訴えかけた。
「ナリオと買い物行こうとしたのに、ルーマが『一人で行ってこい!』なんていうのだ。ひどくない?」
「あらあら、ダメよルーマちゃん。女の子に酷いこと言っちゃ。一人の買い物なんて不安になっちゃうわ」
「ちげーよ。俺はナリオの仕事を邪魔するなって言ったんだ。邪魔する位なら一人で行ってこいや」
「あらあら、ダメよテマラちゃん。ナリオちゃんのお仕事を邪魔したら。お仕事は大事なんだから」
「あはは……」
カーノさんの意見がまとまらないなあ、なんて。
コロコロと意見を変えるカーノさんに苦笑いをしながら、僕は言葉を飲み込んだ。
「カーノ。妾、すっごく暇なのだー。何か楽しいことはないかー?」
「あらあら。それじゃあ、何かテマラちゃんに仕事をしてもらうのはどうー?ナネテブワルでウェイターとか?」
「仕事?妾、給仕なんてやったことないのだ」
「あらー、それは困ったわね……。時間があれば私やナリオちゃんが教えられたんだけど」
テマラさんの一言に、困り顔のカーノさんは諦めた様子であった。たしかに、お昼時の忙しい時間帯に差し掛かろうとしている現在に、テマラさんに教えている余裕はない。
「逆に、お前は何ができんだよ?三百年前から食っちゃ寝だった訳か?」
「ルーマ、ちと無礼すぎないか?仕事をしていない訳がないだろう。妾は昔、護衛をやっていたのだ」
「護衛?あ、そういえば『お姉様の護衛で』って話してましたよね」
僕がそう言うと、「うむ!」と両手を腰に当て、自信満々に答えるテマラさん。
「研究者として各地に出向くお姉様に同行して、時には禁竜、時には悪漢を相手に、バッタバッタと倒してきたのだ。実を言えば、腕にはそれなりの自信があるぞ」
「へえ、禁竜を戦ったんですか。それはすごいですね」
「だろう?」
「すごいのね、テマラちゃん」
「だろう!もっと誉めても良いのだ!」
「調子のんなや」
僕とカーノさんがテマラさんに賛辞を送る中、ルーマがストップをかけた。
「いーからどっかに一人で行ってこい。うるさくてしょうがねえ」
「行こうとしてるから、ナリオを誘ってだな……」
「やめろやめろ。話が戻るじゃねえか。ナリオはクランの仕事で忙しいんだ。諦めろ」
「ぶー……。ナリオ、行くのだー」
「あはは……。えっと……」
「あらあら、困ったわねー。この辺りに護衛の仕事なんて無さそうだし……。あ、そうだ!良いこと思い付いたわ!」
両手をピシャリと叩き、何かひらめいた様子のカーノさん。
「テマラちゃん、冒険者になりなさいな!」
「冒険者?妾がか?」
「そうよ。テマラちゃん、さっき禁竜と戦ったって言っていたじゃない?その腕があるのなら、冒険者のお仕事もやっていけるはずよ」
「ああ、それは良いかも知れませんね」
カーノさんの言葉に、僕は同意した。先程、魔力感知を行うテマラさんを見て、魔法の扱いも相当なものだろう。禁竜、とまではいかなくとも、魔獣相手なら十分戦えるはずだと思う。
「ふむ、冒険者ねえ……。カーノ、冒険者とは一体どういった仕事をするのだ?」
「えーと、魔獣と戦ったり、あとは、その、禁竜と戦ったりすると思ったけど……」
「戦ってばっかなのだ」
テマラさんの率直な感想。
確かにカーノさんの説明だと、冒険者は狂戦士というイメージになってしまう。
「えーと、後は……。後……。あとはナリオちゃん!説明お願い!」
そしてお鉢がこちらに回ってきた。
「冒険者の仕事は、魔獣や禁竜の調査、未知の場所の調査、外界への物資調達などがあげられます」
魔獣や禁竜の調査は、ルカナニア王国を中心に広がる街や村の周辺を調べる事を言う。調査を行い、魔獣の増加や予期せぬ禁竜の来訪などがあった場合、狩猟を行う場合もある。僕やルーマがジゴセググと対峙したのは、後者になるかな。
「ちなみに、禁竜は生態系の調査も冒険者の仕事になりますね。魔獣が増えすぎれば討伐、撃退も行います」
「ふむ……。すなわち、片っ端からボコボコにすれば良いのだな!」
「あ、えっと……。依頼内容にそえば、その通りですね……。イメージとしてはそんな感じです。あとは、外にしか手に入らないものを採取したり」
「ちょっと遠いお使いか?」
「あー……。まあ、イメージはそんな感じです……。あと未開の場所を調べ、ギルドに報告とかですね」
「つまり冒険だな!」
「うん。イメージはそんな感じです」
「ナリオ、説明がだんだんと雑になってるぞ。途中で諦めんなや」
笑顔で対応する僕に、ルーマは突っ込みを入れた。
「ま、まあ、善は急げです。お昼を食べたら、ギルドに向かいましょう。確か銅級なら、手続きは難しくないですから。僕も同行するから、ルーマも付き添いしてくれない?」
「ああ?面倒くせ……。まてよ?いや、いいか。分かった、俺も付き添うわ」
眉を潜めて嫌そうな表情をするも、すぐさま僕に同意してくれた。ルーマの様子に少し疑問を持ったものの。
「うん、お願い」
余計な事は何も言わず、僕はルーマにそう告げた。
ドイトンさんが作る料理の味は、ルカナニアのギルドで働いていた時から評判であり、特に数種類を混ぜ合わせて作った特性のスパイスは好評であった。ナネテブワルに拠点を移してからもそれは変わることなく、昼食時、夕食時には満員御礼、かなりの混み具合になっている。なので僕達は、ナネテブワルが混む前に早めの昼食をとり、お昼ちょうどにギルドに向かうことにした。ガルイダに七回の鐘が鳴り響いたと同時に。
「お邪魔します」
「おっす」
「お邪魔しますなのだ」
僕達はギルドのドアを開けた。
「は、はひ。ほふはえはまへ……。はれ、はひほはん?」
ドアを開けた先、受付カウンターで食事をとっていたブレンダさんの姿があった。僕達に気がつくと、口の中に入った食べ物を処理して。
「どうしたんですか、ナリオさん?クランの事ですか?」
「あ、いや。今回は冒険者の新規登録の事で……」
「え!ナリオさん、冒険者になるんですの!?」
「いやいや、僕じゃありません。こちらの女性です」
ブレンダさんの言葉を僕はそう否定し、隣にいたテマラさんを紹介した。
「こちらはテマラさんです。彼女に銅級冒険者の登録をお願いします」
「うむ。よろしく頼むのだ」
「あ、成る程。はい、よろしくお願いします。あ、私はガルイダのギルド職員でブレンダと言います。以後、よろしくお願いします」
「うむ!よろしくなのだ、ブレンダ!」
「ちなみに通称『ですの』だ。困ったらそう呼んでやれ」
そう、ブレンダさんとテマラさんの会話にルーマは茶々をいれる。
「わっ!ちょ、ちょっとルーマさん!?何言ってるんですか!」
「ん、ですの?何を言ってるのだ、ルーマ?」
「な、何でもありませんよ、テマラさん!」
「別に隠さなくても良いだろ?遅かれ早かれすぐにボロが出てバレるんだから」
「ダメですよ!しかも何でバレる事が前提なんですか!?バレない可能性もあるでしょ!?」
「ぜってー無理。んな可能性、皆無すぎるわ」
「ルーマ、ですのって一体何なのだ?」
「気にしなくて良いですから!テマラさん!」
「ブレンダはパニックになると口癖で『ですの』って出ちまうらしいぜ。恥ずかしいから普段は隠してんだとさ」
「さらっとバラしましたよね!?私の秘密、簡単に言いましたよね!?」
「へえ、可愛らしい口癖なのだ」
「あれ、私の言葉がスルーされますが!?ちょっとナリオさん!止めて下さいですの!この会話を今すぐやめさせて欲しいんですの!」
「あはは……」
ルーマの茶々に動揺して口癖が戻るブレンダさんに、僕は苦い顔で笑った。
「あーもう、この話題はやめですの!」
「あ、『ですの』が出たのだ」
「ブレンダの奴、パニックになってんな」
いや、それはルーマのせいでしょ。と言うとまた話が逸れそうなので、言葉を飲み込んだ。
「気を取り直して。ようこそギルドへ!」
「あ、いや。こちらこそ食事中にすいません」
「いえいえ。これもお仕事ですから。とは言え、さすがにもう一人職員が欲しいのが本音です。せめて食事休憩をゆっくりとりたいものですねえ。あ、すいません。関係ない話を……。それで、今回はテマラさんの冒険者の新規登録でしたね。少々お待ちください……」
ブレンダさんはそう言うと、カウンターの下に身を隠しゴソゴソと音を立てた。
「えっと、確かこの辺に……。あ、あったあった」
そして大きな木箱と共に再びカウンター越しに身を表して。
「準備完了です。ではテマラさん。奥の部屋に来てください」
「む?妾一人か?ナリオ達は一緒じゃダメなのか?」
首を横にひねるテマラさん。それを聞いたブレンダさんは少し困ったように。
「えっと、今から行うのは魔力登録ですので、出来れば本人とギルド職員のみで行いたいんですが……」
「それは、ここでも出きるのではないか?」
「あ、いや、まあ……。それはそうなんですが……」
何故か食い下がるテマラさんに、ブレンダさんはうろたえていると。
「魔力登録は基本的に一対一で行うんだよ」
ルーマは、二人の会話に入った。
「登録するときに別の魔力が入ると、調べる時にややこしくなるんだよ」
「別にそれぐらい、良いではないか?」
「それが実は、魔力登録で他人と魔力が混ざると結構面倒くさい事になります」
テマラさんの更なる疑問に、僕は助け船をだす。
「仮にテマラさんが登録した魔力にルーマの魔力が混ざったとします」
「それは嫌なのだ。こんな横暴で口悪い大ざっぱな奴の魔力と混ざるなんて、死んでも嫌なのだ」
「激しく同意だな。俺も大食い、うるさい、聞き分けないの面倒くせえ三拍子が揃ったちび助と一緒にされるのは死んでもゴメンだね」
「はあ!?ルーマ貴様、妾に喧嘩を売る気か?」
「んだよ?喧嘩売ったのはてめえの方だろ?」
「話が進まないのでストップで!」
なんでさ。
なんで説明するだけでいざこざが起きるのさ。
「分かりました、訂正します。仮にテマラさんと僕の魔力が混じったとしましょう」
「それなら良し!」
「良しじゃねえ、バカやろう」
腕組をしながら納得したテマラさんに対し、ルーマはテマラさんの納得した事に不満を露にしていた。しかしながら、ここで話を反らす訳にはいかない。僕は二人の反応をスルーして、説明を続けた。
「テマラさんが混じったままで登録を行った場合、その場は登録が出来ますが、後々面倒になります」
「後々面倒?」
「ええ。登録した魔力を調べる機会がくるとします。その時にテマラさん以外の魔力が発見された場合、ギルドは、その人が誰なのかを調べる義務が発生してしまうのです」
犯罪の抑止、または、未登録者の洗いだし。
ルナカニア王国は国への反乱防止の為に、ギルドへ行わしている業務である。ギルドは魔力登録されている冒険者以外に依頼をだした場合、違反行為と見なされ、罰則を受けることとなる。違反行為が軽いと見なされれば職員への注意喚起で済むが、違反行為が重大と見なされれば解雇、悪質な場合には刑務所に連行されることもある。
「混じってしまった魔力の持ち主がギルドで簡単に調べが付く職員なら良いんですが、何千人いる冒険者の魔力を調べるとなるとかなり時間が掛かります。それが冒険者ではなかった場合、ギルドに登録されている何万人もの魔力登録の中から探しださなければなりません。それを未然に防ぐために、魔力登録は登録者と受付者のみで行います」
「ちなみに、探している最中は登録者もギルドに軟禁されるからな。探し終わるまで軟禁はとかれねえぞ」
「面倒くさっ!なんだそれは!軟禁なんて妾は絶対に嫌なのだ!」
「だからそうならない為に、ブレンダと二人で別室で登録してこいやって言ってんだよ!いいから行ってこいや!」
「なにおう、偉そうに!」
「実際に俺は銀級冒険者ですからー。今から登録する一桁台の銅級冒険者よりずっと偉いですー。それとも何か?ナリオがいなきゃ不安か?ちび助は保護者と一緒じゃないと登録も怖いお年頃ですかー?」
「むがー!別に!妾は!一人で行けるに!決まってるのだ!!」
「んじゃ早よ行けや」
「言われなくてもそうするのだ!行くぞブレンダ!案内を頼む!」
「ふぇっ!?あ、はい……。じゃ、じゃあ奥の部屋に案内をしますので……。あっテマラさん!そっちじゃないですの!」
「むう?こっちか?」
「違います!先導!私が先導しますから!」
急いで大きな木箱を持ち上げたブレンダさんはそう言うと、テマラさんを追いかけて奥の部屋へと入っていった。
「ったく、登録だけでも一苦労じゃねえか……」
二人がいなくなった途端に、ルーマは口をこぼした。僕は「あはは……」と苦笑いを浮かべ、一つ、小さなため息を付いた。
「ま、まあこれでテマラさんの暇は解消されるといいけど」
「解消されなきゃどっかにぶん投げるだけだ。これ以上面倒見れねえよ。つーか、見たくねえ」
「まあ、どちらであろうとルーマはテマラさんの面倒は見なくちゃいけないけどね」
「あ?何でだよ?」
「『新人冒険者は登録後、銀級以上の冒険者と一定期間依頼を受けなければならない』って決まりがあるでしょら?」
「……あー、あったわそんな決まり。全然忘れてた。でもそれは、別に俺じゃなくても良いだろ?その辺の適当な銀級で……いや、ダメだな。なんか面倒が起きそうだ」
「そう予感できるなら、頼むよ。新人冒険者のお世話をするのも、ベテラン冒険者の仕事でしょ?」
「面倒くせえが俺が着くしか……。いやまて、ナリオ。お前最初からこれが狙いか?テマラを冒険者にして、俺に面倒見させるのが目的だったな?」
ジト目で僕を見るルーマに、僕は悪気ない笑顔で「バレた?」と答えた。
「実はテマラさんに冒険者の事、カーノさんが提案しなければ僕が言おうと思ってたんだ。テマラさんの実力なら銅級冒険者でもやっていけそうだし、ルーマも銀級冒険者だからテマラさんから目を離すことはないと思って」
「んでお前の手から離れるし、良いこと尽くめってか?」
「それもある。でも一番は、身分証明かな?このまま『誰のなにがし』で行くわけにいかないし。ギルドで登録された『銅級冒険者のテマラ』って証明があれば、ルナカニア王国周辺ならやっていけるでしょ?」
「だからって、俺の面倒を増やすなよ……」
「そんな嫌そうな顔しないでさ。後輩育成と考えて頑張ってみてよ」
「はあ……。ま、いいか。ちっとの辛抱だ。俺もアイツに確認したいことがあったし」
頭を掻きなが、渋々納得した様子のルーマ。
「そう言えばナネテブワルでも思ったけど、ルーマ、何かよからぬ事を考えてない?」
「お前よりは、かわいい悪巧みだよ。ま、テマラが帰ってきたら話すとするわ」
ルーマはそう言うと、小さくニヤリと笑ったのだった。
テマラさん達が奥の部屋に入ってから少したち、僕とルーマはたわいもない話をして待っていると、扉が開く音が聞こえた。目線を向けると、奥の部屋からブレンダさんとテマラさんが退出してきた。
「テマラさん、お疲れ様です。特に問題などは……」
「見よ、ナリオ!これが妾の冒険者の証なのだ!」
慰労の言葉を遮り、僕の目の前に銅のプレートを見せつけるテマラさん。
「これがあれば、冒険者になれるらしいのだ!」
「あ、えっと……。おめでとうございます……」
「うむ!すごいだろう?すごいだろう!妾を褒め称えても良いのだ!」
「銅級登録ごときで褒め称えるか、バカやろう」
喜ぶテマラさんに、ルーマは辛辣な言葉を投げた。
「なにおう、偉そうに!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。銀級や金級ならお疲れの一言をくれてやるが、銅級は登録するだけだろうが。子供でも出きるっての。あと、まだ終わってないからな」
「なぬ、まだ試練があるのか……」
「試練てほどの事じゃないけど、まだですの。でも、あとは書類だけですから簡単ですの」
絶句するテマラさんにブレンダさんは優しくそう言うと、カウンターから一枚の紙を取り出して。
「こちらに必要事項を書けば、晴れてテマラさんは銅級冒険者の仲間入りですの!」
「むう、書類か……。ナリオよ」
「はい、どうしましたテマラさん?」
「あとは頼んだ。書類は任す」
「てめえでやれバカやろう。ナリオになんでも感でも任すなや」
潔い顔つきで話すテマラさんに、ルーマの厳しい突っ込みが入った。
「ええー……。書類は嫌いなのだ……」
ルーマの辛辣な一言に、嫌そうな様子でテマラさんは苦言を漏らす。
「あ、でも大丈夫ですよ。確か冒険者登録の書類なら、別の人が書いても問題ないですから」
「ナリオは甘やかし過ぎだぜ。少しは自立を促してだな……」
「でもルーマが金級に上がった時は、僕が書類を書いたような」
「おいルーマ!お主もナリオにやらしてるではないか!」
「あ、あれはだな……。き、金級の登録書類は枚数が多いんだよ!」
「多いって言っても、一枚から三枚になっただけじゃなかったっけ?」
「ちっとも多くないのだ!妾と全然変わらないのだ!」
「ナリオ!お前どっちの味方だよ!」
いや、どっちと言われても。
書類を書くのに敵も味方もないと思う。あえて言うなら、二人とも自分で書いて欲しい。
「俺は流石に一枚は自分で書いたわ!ナリオには、後の二枚はやってもらったのは、事実だけどよ……」
「へえ。そうなんですの?ちなみにナリオさんは何の書類を作ったんですか」
「「自身の経歴と過去に討伐した禁竜」のレポートを書きました」
「たしかそれ、かなり時間が掛かる面倒くさい部類の書類ですよ!?」
「なぬ!おいルーマ!貴様、面倒な事をナリオに任していたのか!」
「しょうがねえだろ!くそダルい書類だったんだから!だから、やべえ奴と分からねえ奴はナリオにやってもらったんだよ!」
「言い訳にすらなってないのだ!」
「むしろ開き直ってますの!?」
テマラさんとブレンダさん、二人係でルーマを責め立てるなか、「まあまあ」と僕はなだめた後。
「テマラさんが書く書類は、僕が書きますから。代筆は、本人了承なら可能だったはずですし」
「あ、そうですの。それなら、今からナリオさんに書いてもらって……」
「なら、テマラは暇になる訳だな。おい、少し俺に付き合え。手合わせしろ」
ブレンダさんの言葉を聞いて、ルーマはそう、テマラさんに提案した。
「はあ?お主と?」
「安心しろ。俺もお前と長時間一緒にいる気はねえ。短時間で済む。ブレンダ、ギルドに練習室ははあるか?」
「え、あ、ありますが……。え、でも、手合わせって……」
「少しばかし、銅級成り立ての新人をいじめてやろうと思ってよ」
「いじめって……!」
「冗談だ。んでも、こいつの実力を知るには、手合わせが手っ取り早いだろ?」
戸惑うブレンダさんに、テマラさんは軽く笑みを浮かべながら。
「別に妾は構わんぞ?ちょうど体を動かしたいと思っていたところなのだ。まあ、いじめられるのがルーマでなければ良いがな。妾、力の加減とか出来ないし」
「はっ!言ってろ。んで、ブレンダ。練習室はどっちだ?案内してくれ」
「あ、えと、ナリオさんは……」
何故か闘争心むき出しのルーマとテマラさんに戸惑うブレンダさんは、困った様子で僕を見る。
「案内をお願いします。僕も着いていきますので大丈夫ですよ。書類は終わったら書きますから」
「は、はい。ああ、良かった……。ナリオさんが入れば安心ですの……」
「おいブレンダ、どういう意味だ?俺が本当に問題を起こすかもしんねえって思ってんのか?」
「な、何も言ってませんの!さ、さあさあ!荷物を置いたら練習室へ案内しますの!」
ギロリと睨むルーマに若干怯みながら、ブレンダさんは駆け足でカウンターへと戻っていった。
各ギルドには、大きく分けて二つの場所がある。一つは、冒険者の依頼の管理、禁竜や魔獣の資料保管など、書類対応を目的とした部屋。ギルド職員は主にこちらで業務を行い、対応する。そしてもう一つは、冒険者が自身の技術を向上させるための部屋がある。冒険者同士がある時は武具での手合わせを行い、ある時は魔法を教えあい、互いに切磋琢磨を行う場所。通称、練習室と呼ばれる。練習室は中央ギルド、地方ギルドに問わずどのギルドにも作られており、ガルイダも例外ではなく存在していた。正方形の広い部屋。部屋の真ん中に大きな一枚の平たい石の板が敷かれていた。その板の中心から端に向かった場所で、ルーマとテマラさんが向かい合い、二人は各々、身体を動かしていた。
「ルールはさっき言った通り、魔法は無し。純粋な武具の戦いだ。んで、ナリオが勝ち負けの判断をつける。いいな?」
しっかりと腕を伸ばし戦う準備をしながら、ルーマはテマラさんへとそう告げた。テマラさんもまた、屈伸など自身の体を丁寧に解しながら。
「了解なのだ。まあ、妾は武具の使いも一級品であるから、負けることはないが」
「おーおー。ほざくなら今のうちに好きなだけほざいとけ?」
「お主も悔し涙を流す準備を忘れるなよ?」
手合わせ前からバチバチと火花が飛び散る。
「ナリオさん……。手合わせって、こんなに殺気立ってましたの?」
「僕は冒険者の立ち会いを見たことがないので何とも言えませんが、たぶんこれは異常ですね……」
二人の立ち会いから少しはなれた場所で耳打ちするブレンダさんに、苦笑いを浮かべながら僕はそう返した。
「と言うか、なんでまたルーマさんは急に手合わせなんて言い出しましたの……?」
「いや、たぶん急じゃないですね。ルーマは最初から、テマラさんとの手合わせが目的だったんだと思います」
お前よりはかわいい悪巧みだ。
確かにルーマは、そう言っていた。ナネテブワルにいた時も、ガルイダのギルドに来た時もそうであったが、ルーマがテマラさんのギルド登録に文句を言わずに着いてくるのは変だと思ったが、ルーマの目的はテマラさんの実力を図ることだった訳だ。
「えっ?それはルーマさんが、テマラさんが冒険者として実力があるかを見たかったって理由ですの?」
「まあ、そんなところだと思いますよ」
ブレンダさんの疑問に、僕は言葉を濁しながらそう答えた。
たぶんだけど、ブレンダさんの考えは半分正解だと思う。僕とルーマは実際にテマラさんの魔力感知を見ているが、魔法は相当な使い手だろう。だけど、禁竜は魔法のみで勝てる程甘くない個体もいる。冒険者にとっては、禁竜を相手に動ける技量も必要になる。いつかテマラさんが一人立ちするときまでに、ルーマは冒険者としての技術と知識を伝授するつもりなんだろう。その手始めとして、手合わせを提案したと思う。
そして、もう半分の答えとして。
「たぶん三百年前の相手と戦いたかったんだろうなあ」
僕は小声でそう漏らした。
ルーマの事だ。興味本位でテマラさんと手合わせがしたかったんだろうな。三百年前の武術がどういうものか、実際に体感できるチャンスなんてそうそうある訳じゃない。まあ、これはブレンダさんには内緒にしておこう。テマラさんが魔石から甦った三百年前の人物です、なんてブレンダさんに言おうものなら、思考回路が情報量を処理しきれず、オーバーヒートする事が目に見えている。ブレンダさんがパニックになるのは、ルーマやイシューさんと話すときだけで良い。
「よしっ!準備運動終わりっ。おいテマラ。準備は良いか?」
「妾は万全なのだ」
「んじゃ、やるか」
そう言うと二人は、互いに木製の武器を手に取った。ルーマは自身の使うロングソードに似た木製の剣を持っていた。それに対し、テマラさんは。
「槍……。しかも、柄がかなり長い」
自身の身長の倍近くはある長い槍を右手に携え、左手をは腰に当て、貫禄ある立ち姿をしていた。
「武器はそれで良いんだな?」
「うむ。槍先がだいぶ軽いが、まあ妾ならこれぐらいでも大丈夫なのだ」
威風堂々とルーマの問いに答えるテマラさんに対して。
「えっ、そんなはずは……。木製の武器だとしても、重さは普通の武器とほぼ同じなはずなのに」
ブレンダさんは怪訝そうに疑問を口にしていた。
「よし、なら構えな」
ルーマは右手に持った剣の柄を顔の横に掲げ、剣先をテマラさんに向ける。
「ふむ……。お主も準備完了なのだな。それなら!」
テマラさんは右手に携えていた槍の柄を槍先から一番遠い場所に持ち替えると、自身の体を軸にして滑らせるように回した。槍先が大きく弧をかいて一周したと同時に左手で槍の柄を掴み、一回しした槍の先をルーマに向けた。
「へえー。僕、冒険者のルーティンって初めてみました」
テマラさんの動作に、僕はそう感想を漏らした。冒険者の中には、戦う前に決まった動きをする人もいる。ルーマが顔の右横に剣を構えるのもそうらしく、ルーマ曰く『戦うスイッチが入る』らしい。
「私は色々な方のルーティンを見てきましたが、あの型は初めて見ますですの。変わったルーティンですね」
ブレンダさんも目を丸くしながら見ていた。ただ、ルーマはテマラさんのルーティンを目にしたとき。
「……成る程ね」
どこか納得した様子であった。
「来い、ルーマ!」
「先手は譲るぜ。かかってこいよ」
「ほお、余裕だな!ならば、お主が自身の言葉に後悔する前にっ!」
テマラさんはルーマへと一直線に向かうと、構えた槍を躊躇いもなく突く。しかし、その攻撃を予想していたルーマは直ぐ様右へ避けた。
「なんの!」
テマラさんは突いた槍をルーマが避けた方へと大きく振り切る。が、ルーマはそれをしゃがんで避け、立ち上がると同時に逆袈裟斬りを行う。
「ふっ!」
「甘いわっ!」
ルーマの逆袈裟斬りを槍の柄で上手くいなしたテマラさんは、後ろへと下がるように跳び、ルーマと距離を取る。
「へえ、やるじゃねえか」
「なんの、まだまだ!」
またもテマラさんはルーマへと一直線に向かうが
先程とは違い槍を振り下ろす形でルーマに切りかかる。ルーマは再度右に避けると。
「おりゃあ!」
右に避けたルーマにテマラさんの中段の左回し蹴り。回避が間に合わなかったルーマは右腕で防御する。一瞬、苦痛に顔を歪ませたが。
「悪くねえがっ!」
すぐに笑みを浮かべ、ルーマは防御した右腕でテマラさんの脚を押し返した。押し返されたテマラさんは、体を回転しつつも直ぐ様体制を持ち直し、ルーマへ槍を構える。
「むう、良いのが決まったと思ったんだがの」
「甘ぇ甘ぇ。並大抵の冒険者ならそうかもしれんが、相手はこの俺だぜ?」
「知らんわ。お主がどれだけ強いか弱いか中途半端か、全くもって知らんのだ」
「バチクソ強ぇに決まってんだろうが。今さっき、相手にしていて気づかなかったのかよ。それとも必死か?俺に一太刀をいれたい一心すぎて気がつかなかったか?」
「はあ?いれられるし!一太刀どころか百太刀いれてやるし!」
「オーバーキルすぎるわ」
はあ、とため息を一つ突いたルーマは、先程とは違い真剣な顔で。
「まあいいわ。俺もお前の実力を見れた事だし、次で終わらせるか」
「ほお!余裕だなルーマ!ならば来い!妾が返り討ちに……!」
「んじゃ遠慮なく」
テマラさんが話を終える前に、今度はルーマが一直線にテマラさんへと向かっていく。テマラさんは槍を構えるも、すでにルーマは間合いへと入っていた。ルーマの逆袈裟斬りをギリギリのところで槍の柄でいなすが、槍刃の下をルーマは左手に握り。
「はいよ、チェックメイト」
先程、逆袈裟斬りを行った刃は、一瞬の間にテマラさんの頸動脈を切る寸前で寸止めされていた。
息を飲むテマラさん。僕とブレンダさんは一瞬の事で口を開けたまま声が出なかった。そしてルーマは僕に。
「ナリオ。判定は?」
「あ、えっと、勝負アリ……。ルーマの勝ちで……」
「だとよ。はい、俺の勝ちー」
僕の判定結果を聞いたとたん、ルーマは槍を離し、頸動脈に止めていた剣をそっと体から引いた。一瞬の事に、唖然としていテマラさんは、その場に腰を抜かしたように座り込む。
「な……!ひ、卑怯なのだ!妾が喋っている最中に攻撃なんて!」
「お前が『来い!』って言ったんだろうが。それともなにか?実戦でも同じ言い訳すんのか?」
「ぐっ……!な、ならばもう一回!もう一回立ち会いするのだ!」
「いや、今ので十分だ。今日はもうやらん」
「な、何故になのだ!もう一回!一回妾が勝つまでやるのだ!」
「一生終わらねぇよ」
「なぜそう言いきれるのだ!やってみなきゃ分からんだろうが!」
「やっても良いが、お前が依頼受ける時間がなくなるぞ?」
「なにお……!ん?依頼?」
「ああ、依頼だ?せっかく冒険者になったんだ。やるだろ?」
キョトンとした表情のテマラさんに対し、イタズラっぽく笑って答えるルーマ。
「やる!やるのだ!今まで暇で暇で仕方がなかったからな!妾、体を動かすのはめっぽう得意だし!」
「ならナリオが書類を書いたら行くか。つーことでブレンダ。こいつに合う依頼を……」
「ま、待って欲しいんですのっ!」
たんたんと話を進めるルーマとテマラさんに、ブレンダさんは慌てながら止めにはいる。
「さっきの今、テマラさんは冒険者になったばかりですの!それなのにもう、依頼を受けるなんて……!もっと講習とか練習を積んでからの方が良いですの!」
「講習も練習も、全て実戦で学ばせっから大丈夫だろ」
「そんな無茶苦茶な!」
「俺はスパルタなんだよ。それに手合わせして分かったが、こいつに講習も練習もいらねえだろ。相当な実力があるぞ」
「それは、そうかもしれませんが……」
腕組をしたルーマは真剣に対して、ブレンダさんは同意するものの納得はしていない様子だった。
「で、ですが!やはりギルド職員としては、いきなり依頼を出すのは推奨しかねますの!」
「んじゃ、もう一人の職員に聞いてみるわ」
ナリオ、とルーマは僕の名前を呼び。
「お前はどう思う?」
「……僕は『元』職員だけど。しかも臨時職員だし」
「ルナカニア王国中央ギルドに長年勤めていたんだから、ベテランだろ?」
ニカッと笑うルーマに乾いた笑いで僕は返すと、ルーマに近づいて小さな声で耳打ちをして。
「ちなみに、本音は?」
「さっさとテマラに依頼をやらせて、アイツを銅級冒険者として一人立ちさせてぇ。そうすれば、面倒な俺の負担がなくなるしな」
「そんな事だと思ったよ……」
「て事でブレンダを説得したい。つーか、お前がブレンダを説得してくれ」
「僕に説得を代行しろってこと?」
「まあ、そんなとこだ。つーことで、頼んだ!」
「はいはい……」
ルーマが僕のギルド臨時職員時代の話をしてきたから何事かと思ったが、そう言う企みがあったわけね。要するに、テマラさんのお世話を早く終わらしたいと。まあ僕も、ルーマにテマラさんの依頼同行を頼んだ手前、ルーマを否定できないのもある。
さて。
どういった切り口で、ブレンダさんを説得したものか。
「ちなみにブレンダさん。テマラさんにすぐに依頼を出せない理由としては?」
「えっ!まさか、ナリオさんまでテマラさんに依頼を出せって言うんですの!?」
「まだ僕は、なにも言ってませんよ……。ただ、ブレンダさんが頑なに依頼を出さない理由が気になりまして」
「それは先程申しました通り、テマラさんは冒険者としての技術も知識も少ないと思われるからですの。実績があれば依頼は出せますが、そのための書類とか、用意してきてる様子はないようですの」
「あはは……。おっしゃる通りです。用意していません」
というか、ついこないだ復活したテマラさんの実績なんて、書類を作ったとしても信用してもらえるかどうか分からない。
「ルーマさんがいるとはいえ、いきなり禁竜や魔獣と戦う事は、ギルド職員として依頼を渡しかねますの」
「まあ、そうですよね。僕が職員でも、ブレンダさんと同じく魔獣や禁竜の討伐依頼は出さないです」
相当な実力を持った新人冒険者でも、本物の戦闘となれば勝手が違うものだ。いきなり上手くいくとは思えない。もしそれで、新人冒険者が死んでしまったとなれば、それはギルドの過失に他ならない。僕がギルド職員であったならば、ブレンダさんと同じような回答を冒険者にするだろう。
だとすれば、だ。
「なら、薬草集めなどの依頼ならどうですか?比較的簡単ですから、銅級に成り立てと言っても出来ると思いますし」
「えっ?ああ……。まあ、それなら……。ガルイダ近くであれば安全ですの」
「あとは、この前ルーマが受けた依頼の様な、草食獣の討伐とかならどうですか?ルーマも一緒に行きますから安心だと思いますし。禁竜や魔獣の討伐依頼はそれが終わり次第、ルーマが教えながらおいおいやれればと考えています」
「んー……。まあ、それぐらいなら……。さっきの戦いを見ましてもテマラさんは相当出来ますし、まあルーマさんがいれば……」
「安心材料は確実に増えると思いますよ」
ルーマが同行すると言う事は、ジゴセググと退治した冒険者、と言う事実を知っているブレンダさんにとってかなり心強いものにだろう。もちろん、テマラさんの実力を見ていない訳じゃない。ルーマは知らない人と手合わせを行ったとき、素直に他人の力を評価するタイプだ。テマラさんと手合わせしたルーマが実力があると言うんだ。きっと、大丈夫だろう。
「うん、分かりましたの」
僕の話しに納得してくれたブレンダさんは、一度、大きく頷いて。
「それらの依頼であれば、テマラさんへお出しできますの。ナリオさんが書類をお出ししたら、カウンターでお渡ししますの」
「ありがとうございます、ブレンダさん!」
僕がそうお礼を言って頭を下げると、「いえいえ」と笑顔で返したブレンダさん。
「話、まとまったか?」
僕らの話しを横で聞いていたルーマは、頃合いを見て僕達にそう聞いてきた。
「まあ、ぼちぼちね。今日明日は軽めの簡単な依頼をやるって事で」
「そうですの」
「おー、そっか。んなら、ナリオが書類書いたら出発だな」
「ちなみに、過失があったらルーマが一人で全部責任を負うになるから」
「そうですの」
「何でだよ!」
そりゃ、そうでしょ。
同行する銀級冒険者がルーマなのだから、何かあった場合は同行者が責任を負うのが普通なんだから。
「注意深く新人冒険者を見てあげてるのも、銀級冒険者の仕事だよ」
「マジかよ……。ま、いっか。何もなければ良いだけの話だろ?んで、どんな依頼をくれんだ?」
「ガルイダ周辺での薬草探しか、同じくガルイダ周辺での草食獣の狩猟をお出しする予定ですの」
「そんな依頼で、何かやべえ事を起こす方が無理難題だろ……。ドイトンといいカーノといい、しかもブレンダまで。どんだけ俺を信用しねえんだよ」
「まあまあ……。僕が書類を書いたら、直ぐ様ブレンダさんに手続きしてもらうから」
「おお、頼むわ。おい、テマラ!」
ルーマは僕に返事を返すと、大声でテマラさんの名前を呼び。
「なんだ、ルーマ?」
「依頼出たらすぐ出発するぞ。冒険者の仕事だ」
「おお、やっとか!任せろなのだ!妾の魔法と槍の腕で、魔獣も禁竜も全てなぎ倒してやるのだ!」
「銅級冒険者の最初の依頼は、薬草集めだ」
「ええー、薬草ー?なんか地味なのだー」
「ナリオ。こいつ冒険者になる気がねえらしいってよ」
「任せろ任せろ!妾に超絶任せろ!辺り一面の薬草という薬草を根こそぎ全部取ってくるから!」
「根こそぎはダメですの!?ルーマさんちゃんと教えてくださいよ!?絶滅とかさせたら、ルーマさんを本気で怒りますからね!!」
「その辺は流石に俺でもわーってるから任せろ、ブレンダ。俺が厳しく叩き込んでくる。つーか根こそぎ取るんじゃねえ。加減しろ、ばかやろう」
「あはは……。まあ、程々に採取してくださいね……」
僕は苦笑いを浮かべながらも、ヤル気満々のテマラさんを見て「頑張ってください」と言葉を送ったのだった。
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