第8話

僕が目を覚ましたのは、朝一番になる鐘の音が町に鳴り響いた時であった。朝日が登ってから少し立ち、段々と町に歩く人々が現れる中で。

「……んん……」

僕は寝ぼけ眼をこすり、猫背になっていた背筋を伸ばす。辺りを見渡し、そしてハッと気がつく。

「ヤバい、寝てた!」

すぐさま椅子から立ち上がり、慌てながらベッドを確認する。そこには、昨夜と同じく熟睡するテマラさんの姿があった。

「んが、ふあぁ……」

僕の声で目を覚ましたのか、腕組をしながら目を閉じていたルーマが大きなあくびを一つした。

「ご、ごめんルーマ……。僕、寝ちゃったみたいで……」

「ああ、良いって。俺も仮眠してたし」

「ああ、ルーマも寝てたのね……」

僕がそう言うと、ルーマは「ふぅ!」と両腕をあげ、背伸びをした後に。

「そりゃあ少しは寝るだろ。こちとら朝から夜まで仕事をした後だ。さすがに疲れた状態で寝ずの見張りは無理があるぜ。ナリオも寝てたから、俺も少し寝た」

「起こしてくれれば良かったのに」

「お前だって同じくらい疲れてただろうし、コイツも起きる様子がなかったからな。良いかと思ってよ。ま、せっかくの見張りも無意味だったみたいだがな」

そう言ったルーマが向ける目線の先を僕も見ると、はだけた布団を尻目にいびきをかくテマラさんの姿が。

「あはは……。テマラさん、相当疲れてたのかな?」

「疲れてんのはこっちも一緒だっての。あー、寝みぃ」

「お互いにお疲れ様だね」

「全くだよ。このちび助、余計や仕事を増やしやがって」

「あはは……。下に行けばドイトンさんが起きてるかもしれないから、飲み物を貰ってきたら?テマラさんは僕が見てるよ」

「そーするわ……。ふあぁ……」

大きなあくびを再度だしながら、ルーマは扉を開け、下へと向かっていった。再び僕は、テマラさんへと視線を向ける。いつ起きるか分からない彼女を待ちながら、冷たくなってしまったフーバ茶を飲んだり、窓の外を確認したり、調合士大全を読んだりしながら時間を潰す。そして、二回目の鐘が町に鳴り響く。

「ふがっ……!」

テマラさんから急に声が聞こえ、僕はビクッと体を強ばらせた。すると彼女はゆっくりと上半身を起こして。

「ん……。どこなのだ、ここ……?」

左目をこすりながら、辺りをキョロキョロと見渡す。

「おはようございます、テマラさん。調子はどうですか?」

「うむ、おはようなのだ……。お主は、ええと……」

「ナリオです」

「そうか……。ナリオ、おはようなのだ……」

「はい、おはようございます」

まだ起きたてだからか、半分寝ぼけている状態のテマラさん。そして、少し時間をおいた後。

「……ん?」

一瞬固まるテマラさん。そして。

「……んんっ!」

僕の方へと、視線を急に向けて、そして。

「んんんんっ!!!」

肩を、というか上半身をプルプルと震えながら揺らし、震える指で恐る恐る、ゆっくりと指を指して、そして。

「……だっ!」

「だ……?」

「誰ええええぇぇぇえぇええぇぇぇ!!!」

建物全体に響き渡るほどの叫び声をあげたのだった。

「お、お主!誰なのだ!というか、どこから!どこから部屋に入ったのだ!」

「……いや、普通にドアからで……」

「妾の寝室に入る不届きモノめ!一体何をしにここにいるのだ!」

「……あ、ここ僕が借りてる部屋で……」

「まさか、妾に何かしたのだ!?体か!妾の純血の身体に触れるために部屋に侵入したのか!この変態めっ!」

「……すいません、話を聞いて……」

話が一方通行のまま、お互いにパニックになる僕とテマラさん。この状況をどうにかしなければめと考えていると、大きな足音がバタバタと階段を駆け上がり、廊下から聞こえる音が僕の部屋に近づくにつれ、大きくなり。

「どうした、ナリオ!」

「何!何か起きたのね!」

「大丈夫か!?」

ドアを蹴破るように開け、ルーマとカーノさん、ドイトンが慌てながら入ってきた。

「な、なんなのだお前達は!無断で妾の部屋に入るとは!どこのどんな不届き者なのだ!」

「ああ?恩人に向かってなに言ってんだてめえは!それにここは、てめえの部屋じゃなくてナリオの部屋だ!」

「はあ!?貴様こそ、なにを言ってる……!……あれ?」

何かに気がついたテマラさんは、次第に落ち着きを取り戻していって。

「あれ?ここ、妾の部屋じゃない……?何が……どうなって……?」

ルーマの発言に最初は反論したものの、辺りを見渡したテマラさんは、だんだんと冷静になっていき。

「ああ、そうか……」

今の状況を理解したようで、そして、うつむくように目を伏せた。

「……ま、まあ、気がついて良かったわ!ねえ、あなた」

「ああ、そうだな」

戸惑いながらも、テマラさんが目を覚ましたことに喜ぶカーノさんと、無表情ながらも安心したように頷くドイトンさん。

「テマラさん、って言ったわね」

「そ、そうだ。妾はテマラなのだ……」

「私はカーノ。この家の主で定食屋の店員よ。こっちは旦那のドイトン。よろしくね」

「あ、ああ。よろしくなのだ……」

カーノさんが自己紹介をすると、テマラさんは力なく返事を返した。

「元気になって良かったわー。混乱していると思うけど、とりあえず朝ごはんにしましょうか。起きたてだからすぐに食べるのは難しいかも知れないけど、食べないと元気もやる気もでないわ。朝ごはん食べて、頭と体を動かせるようにしましょ」

そう言って、カーノさんは右腕を折り曲げ力こぶを出した。カーノさんの言葉に、ドイトンさんは再度、無表情で頷き。

「それじゃあ、俺とカーノは下で飯の準備しよう。ナリオ達は、少ししたら降りてきてくれ」

「あ、それじゃあナリオ。俺も下にいるわ。飲み物を置きっぱだし、少しゆっくりしてる。何かあったら呼んでくれ」

「分かった。後でテマラさんと一緒に下へ向かうよ」

僕がそう返事をすると、「頼んだ」とルーマは言ってドイトンさん達と部屋を出て今度は静かに扉を閉めた。そしてまた、部屋のなかには僕とテマラさんだけが残った。目を伏せたままのテマラさんに声をどう掛ければ良いか分からないまま、しばしの沈黙の後。

「あ、えと。僕、少し席を外しますね」

「え?あ、ああ……」

テマラさんの弱々しい返事の後、僕は立ち上がり、ドアを開ける。

「あ、あの!ナリオ、だったな……」

ドアを半分開けた時、テマラさんは僕を呼んだ。僕が振り向くと、「昨夜の話だが……」と静かに話し始め。

「その、色々とすまなかったのだ。昨日助けて貰った事、ご飯を食べさせて貰った事、話を聞かせてを貰った事、全て思い出したのだ。そして今、寝床まで貸して貰っている状態。その全てに礼を言うのだ」

「ありがとう」とテマラさんはお礼を言って頭を下げる。

「い、いえ。倒れていた時はビックリしましたが、元気になられて何よりです」

「カーノとドイトン、あとルーマだったか。彼らにも礼を言わなければな」

「そうして頂けると、ありがたいです」

実際に、テマラさんを見つけたのはカーノさんだし、ご飯を作ったのはドイトンさん、ベッドに運んだのはルーマだ。むしろ僕は、お礼を言われる程の事を何もしていない。僕は再度、テマラさんに対して。

「元気になられて何よりですよ」

そう伝えたのだった。

「ありがとう……。お主は、優しいのだな」

「いえいえ。普通ですよ。だからどうか、お気になさらずに」

「ふふっ。そう言ってくれるとありがたいのだ」

テマラさんはそう、小さく笑った後、表情に影を落として。

「……確認なのだが。昨日、そなたらが言っていた『黒大戦争』とやらは、本当に三百年前の出来事なのだな」

真剣な眼差しで僕を見つめるテマラさんに、僕は「はい」と答えた。

「ならば、今はもう、黒いアイツは驚異ではないのか?」

「驚異でないとは言えませんが、少なくとも、人類は何もできずに殺される事はありません。それは、聖女クアルと王子トレスが三百年前に証明した時と同じです。僕らは、必ず抵抗します」

「そうか……」

テマラさんはそう呟き、再度目を伏せた。僕は静かに扉を開け、テマラさん一人を部屋に残して出た。

扉を閉めると同時に、扉横の壁に背を持たれかかる。廊下から、窓ガラス越しに空を見上げ、数刻待った後。

「ひぐっ……!お姉様……!」

扉の向こう側から、嗚咽混じりで泣く声が聞こえた。

「会いたいよう……!みんなっ……!」

そして僕は、その声が聞こえなくなるまで、部屋の外で立ち尽くすのだった。



「いやー、美味かったのだ!」

目の前の料理を全て平らげたテマラさんは、満腹そうに椅子に背中を預けて両手でお腹を二回ほど叩くと。

「ドイトン、すまんがもう一皿……」

「食いすぎだバカやろう」

机に頬杖をついたルーマに一掃された。

ナネテブ・ワル一階の食堂、大きなテーブルを囲むように、僕らは座っていた。テーブルの上には大皿小皿が合わして十枚以上置かれていた。そして、お皿の上は全て空の状態。しかも大半がテマラさんが平らげていた。

結構、大盛だったと思うんだけどなぁ。

「昨日も言ったが、お前のちっさい体のどこその量が入んだよ」

「なんだと!妾はちっさくないわ!ただ標準の背丈より、ほんの少し小さいだけなのだ!」

「あー、はいはい。その言い訳は昨日も聞いたからもういいわ」

「貴様ぁ!言い訳ではないのだ!」

「ま、まあまあ……。ルーマ、言いすぎだって」

「言いたくもなるだろ、この量は」

ルーマはへの字口をしながら、テマラさんの前にある空になったお皿に目を落とす。

「ベーコンとソーセージを十数枚づつ、カルプ卵の目玉焼き、大盛のサラダにスープ、でけぇパン三つ。明らかに食いすぎだろ」

「あはは、まあ、ね……。つ、疲れてたからじゃないかな?」

「疲れた後にぐっすり寝て、その後に腹一杯食うのは分かるが、限度があるだろ。ベーコンもソーセージも結構でかかったぜ?俺ですら二枚で十分な量だったぞ。ナリオ何て、ベーコン一枚しか食ってねーじゃねえかよ。だいたいカルプ卵なんて四人か五人で食う前提のモノなのに、一人で大半食いやがって」

「うむ、美味かったのだ」

「うるせえよ」

自信満々にそう答えるテマラさんに、ルーマは悪態をついた。

「まあまあ、良いじゃない。ご飯を美味しく食べられたのは、元気な証拠よ」

テマラさんの向かいに座るカーノさんは、笑いながらそう言って。

「食べられる元気がないより、よっぽど良いじゃない。ねえ、あなた」

カーノさんはドイトンさんにそう聞くと、ドイトンさんは「そうだな」と無表情ながらも納得した様子で頷いていた。

「お代は入らないわ。今日は私達の奢りよ」

「い、いえ。僕らの分はちゃんとお支払しますよ」

「いや、ナリオ。お前だけじゃなくてコイツにも払わせろよ。おい、食った分は自分で払えよ」

「え、奢りじゃないのか?」

「バカ言え。俺もナリオもお前に貸す金なんて銅貨一枚足りとも無えよ。自分の事で精一杯だ」

「むう……」

「金が無えなら、頭に着いてる宝石やら身ぐるみ剥いで売ってこいや」

「だ、ダメなのだ!ティアラは妾の宝物なのだ!」

頭のティアラを両手で押さえ、上半身をルーマから遠ざけるようにのけ反らすテマラさん。

「なら、てめぇで何とかしろ。さっきも言ったが、俺もナリオもお前を奢るほど無駄金は持ってねぇ」

そうルーマは言うと、ため息をひとつついた。

「えー。でも妾、お金なんて持って無いのだ。あてもないし、八方塞がり状態だな。ははははは!」

「ナリオ、こいつを無線飲食の罪でギルドにつき出すぞ」

「わーっ!待て!待つのだ!」

立ち上がるルーマをテマラさんは大きな声をだして慌てた様子で止めた。

「さっき言ったのは冗談なのだ!確かに妾はお金は持ってないが、ちゃんとあてはあるのだ!」

「それはあてが外れる三下のセリフだろうが」

「だ、大丈夫なのだ!金を持ってる奴はこの町にいるし、妾ならすぐに探せるのだ!」

「信用ならねえ」

「み、三日!いや、妾なら一日で探せる!そいつから金を踏んだくって、昨日と今日の分は返すのだ!」

「やってることが強盗と一緒じゃねえかよ、ったく……。ナリオ、マジでこいつどうするよ」

呆れ半分、困り半分といった状態のルーマは、話を僕にふる。

「えっと、そうだね……。まずはお金の事は置いといて、テマラさんの事を教えて貰えますか?代金や返済の話しは、それの後でも考えましょう」

「おお、ナリオ……!お主はルーマと違って話が分かるのだ」

「ああん?」

「ま、まあまあ、ルーマ。落ち着いて……」

「はあ……。わーったよ。ナリオ、任せたわ」

再度、大きなため息をひとつついて、ルーマは静かに席に戻った。

「えーと、それじゃあ……。まずは何から聞こうかな……」

「こいつの出自じゃね?」

「まあ、そうだよね……。えと、テマラさん」

「おうなのだ」

「まず、確認です。昨日言っていた、カルフレットの孫という話ですが?」 

「うむ。妾は偉大なる調合士の孫カルフレット、テマラなのだ」

テマラさんは昨日と変わらず堂々と胸を張り答えた。

ううむ。

僕の質問に、意見を変える様子はない。

「僕が知る限りでは、カルフレッドは三百年前の話です。テマラさんの事を疑うわけではないのですが……」

「俺はガッツリ疑ってるがな」

僕に任せると言ったルーマが、僕の言葉を遮るようにちゃちゃを入れる。任せるなら邪魔をしないでほしいんだけど。

困りが大ルーマに向けながら、僕は「コホン」と咳払いをした後。

「疑うわけではないのですが、意見の食い違いをなくせる程の納得のできる説明が欲しいです」

「……ううむ、説明か。どこからすれば良いか」

腕を組み目を閉じて、深く考え込むテマラさん。

「……まずは、三百年前の出来事から話させてほしい」

「三百年前の出来事ですか?」

「お主達が言う、黒大戦争の事なのだ」



異変は、数ヶ月前から起きていたのだ。

ルナカニア王国の周辺で、禁竜が何体も目撃され始めた。

禁竜自体、目撃されることは何ら不思議ではなかった。禁竜の討伐は、日常的に行われていたからな。ただ今回は、違ったのだ。

「何百もの竜が大移動をしている」

一人の兵が絶望しながら、そう言ったのだ。

その事を聞き、妾とクアルお姉様はすぐに調査を始めた。お姉様は生物学の第一人者として調査に抜擢され、妾は護衛を承ったのだ。大移動する禁竜が王国近くにある森から出ている事を突き詰めた妾達は、すぐさま森へと向かったのだ。

とある森。ルナカニア王国近くにある、リンドの森と言う場所があり、多くの禁竜や魔物が生きる、別名、怨恐の森と言われていた。まあ、今はなんと呼ばれているかは分からんが。

ともかく、妾達は大移動の要因があるリンドの森に調査を行うことになったのだが、森は、入る前から違和感はあった。

多数の禁竜や魔物が、生存競争の坩堝に阿鼻叫喚を叫び会う森。

そのはずなのに。

妾達がリンドの森に入る前、いや、入った後にも禁竜は愚か、魔物すら見かけなかったのだ。

調査のため森の中へと向かい、そして妾とお姉様は禁竜の大移動の原因である『黒い何か』と出くわしたのだ。



「とまあ、ここまでが第一章というところだな。続いて第二章は妾と黒い何かが対峙したときなのだが……」

「長え長え。もっとコンパクトに要点まとめて話せや」

腕を組み、意味深に頷くテマラさんに、頬杖をついたルーマは横槍を入れる。

「む?妾の苦悩の日々とかを聞きたいのではなかったのか?」

「いらねえわ。逆に何で聞きてえと思ったんだよ」

「私は、少し聞いてみたいわー」

「なんでだよ、カーノ」

「あら、なんか面白そうじゃないー」

ルーマの指摘とカーノさんの答えに、僕は「あはは……」と苦笑いを浮かべ、ドイトンさんは無表情ながらも渋い顔をしていた。

「お主らが聞きたそうにしてたではないか」

「聞きてえのはお前の出自とナネテブ・ワルの前でぶっ倒れてた理由だ。黒い何かの話しは興味がないとは言わねえが、それに対するお前の感想はどうでもいいわ」

「おお、そうか。それならそうと言って欲しかったのだ。まったく、言葉足らずじゃ女性にモテないとお姉様が言っていたぞ?」

「おいナリオ。ギルドに行くぞ。走って行こう。話の分からん奴をなんかの罪でしょっぴいて貰えるはずだ」

「世界のどこを探しても、そんな罪で捕まる人はいないと思うけど」

「そうなのだ。世界のどこにそんなバカな罪状で捕まるバカな罪人がいるのだ。しかもさっきのは、ちょっとしたジョークなのだ。全く、ナリオはすぐさま理解したというのに、お主は早とちり過ぎるのだ」

「下らねえジョーク程、つまらねえもんはねえよ。なあ、ナリオ?」

「……ノーコメントで」

ちなみにそれは、ルーマが人の事を言える立場ではないと思う。

つい先日、ジョークのせいで果てしなく疲れた銅級調合士と銅級冒険者がいたことは、ルーマの中ではなかったことになっているのだろう。理不尽と言うか、ルフーナさんには同情する。もちろん、僕自身にも同情してしまう。

「なれば」とテマラさんは改めるように言った後。

「妾とお姉様が森で黒い何かと出会い、なんやかんやあった後……」

「まてまてまて。なんやかんやで済まして良い出来事なのか?」

「知らん」

「おいコラ」

「知らんわ。妾もどこからどこまで説明すれば良いか分からんのだ」

「はあ……。んじゃあよ、なんやかんやで済まさねえで良いから、さっさと続きを話せ」

「なんだと!偉そうな奴なのだ!」

「ま、まあまあ。テマラさん、あなたが黒い何かと出会った後の話を、教えてください」

「うむ。ルーマの事は、ナリオに免じて許すとして、続きを話すのだ」



妾達が森の奥深くで見つけたのは、見たこともない様な生物だったのだ。体つきからして、禁竜であることは間違いないのは分かったのだが、ツルツルとした頭部に目は無く、代わりに角と見間違う程の大きな耳の様な器官が特徴的であった。鱗は逆立つように生え、四つんばいの体をいとも容易く持ち上げそうな両翼と、翼の薄い幕から見える鱗粉は良く覚えている。

何より。

とてつもなく黒かったのが印象的であった。

一番に感じたのは、恐怖。次いで強敵であること。

妾達は幾度も討伐を試みたが、妾の直感は正しく、今まで経験したことの無いような強さで、討伐は何度も失敗した。合わせて、ルナカニア王国周辺で見かける禁竜も増えてきており、事態の対処をしきれなくなっていった妾達は、次第に追い込まれていったのだ。

そして起きた、お主達が言う黒大戦争。何百もの禁竜や魔物の群れが、ルナカニア王国に攻め行ってきたのだ。

刻一刻を争うなか、ルナカニア王はとある決断をしたのだ。

黒い何かを討伐する剣の作成、そして、それに似合う魔石の生成。その魔石の生成の為、贄と選ばれたのが、妾だったのだ。



「ちょっと待てよ」

テマラさんの言葉を遮るように、ルーマは唐突にそう言った。

「何で剣の作成の話から、お前が関係すんだよ。そもそも、贄って何だ?」

「贄はそのままの意味、生け贄の事なのだ。魔石の生成に人が使われ、使われた人と言うのが妾であったということなのだ」

「はあ、何言ってんだ?」

「なにって、強敵に勝つためには強力な武器がいる。なれば、強力な武器には強力な魔石が必要になるだろう。強い魔石を作るには、強い魔力を持つ者が選ばれた。それが妾とということだ」

「いや、意味が分からねぇ……。そもそも魔石は……」

「いや、意味は分かるかもしれない」

僕はそう、テマラさんとルーマの会話に割って入った。

「どういう事だよ、ナリオ?」

「ルーマは魔石がどう作られてるかは知ってるよね」

「ん、ああ。人工物は確か、草からできてんだろ?」

「そう。グアテムていう植物から作られてるんだ」

冒険者が使う武器には、魔石という特殊な石が埋め込まれている。品質、種類、用途は冒険者によってバラバラだが、武器に魔石を埋め込むという点は変わらない。武器に魔力をのせるため。はたまた、放つ魔法をより強力にするため。魔石は禁竜と対峙する者には、無くてはならない代物である。

現在、世界に流通している魔石の殆どは人工的に作られた魔石である。グアテムから魔素と植物の液を抽出して精製されており、見た目は石というよりは琥珀に近い。

「天然物の魔石もあるけど、高い能力に対して高価だから、冒険者の武器に使われる魔石は、一般的には人工物が多いね」

「はあ。んで、その人工魔石とコイツの話に何の関係があんだ?」

「……大昔の、グアテムから人工魔石を作れるようになる以前までの魔石の作り方は知ってる?」

「いや、知らん。……おい、ちょっとまて。この話の流れから、嫌な予感しかしねえぞ?」

さすがルーマ、察しが良い。

キョトンとするカーノさんと、無表情ながらも不思議そうな様子のドイトン。僕は少し渋るも、皆から向けられる目線に静かに諦めを感じ、重い口を静かに開いた。

「昔は、魔力の高い生物を生きたまま魔石にしていたんだよ」

現在の人工魔石の精製が普及する前までは、人々が精製する人工魔石は、魔素の高い石に魔力を注入するというやり方であった。しかしながらその方法では、元元来の石が持つ魔素に魔力を入れただけにすぎず、現在の人工魔石の様な効果は得られなかった。

魔素。

魔力の元となる器。無機物、有機物に関係なく持つ、魔力を貯める入れ物である。魔素量は高ければ高いほど自身が持つ魔力量は大きくなる。無理やりイメージをするなら、魔力を水、魔素をコップとすることだろうか。コップに入る水は、決められた量しか入らない。コップが許容量を越えてしまえば水が溢れるように、魔素にいくら魔力を注入しても、許容量以上の魔力は保有できないのだ。

「だから昔は魔石の精製方法の一つに、とある石に魔素を込めるっていうやり方が研究されていたんだ」

「妾の時代では、最新の研究だったのだ」

「魔素を石に込める……?んな作り方、聞いたことねえが」

ルーマは首を傾け、眉間にシワを寄せながらそう言った。

「それはそうだよ。今じゃ誰もやらない研究だから」

いや、研究する人はいるかもしれないから断言はできないが、それでも少数派の研究であるのは確かだ。

「やらない研究?だれも研究していないのか?」

ドイトンさんの問いに、「はい」と僕は答えた。

「歴史として研究している方はいても、研究を堀深める方は、ほぼ皆無だと思われます」

「ちなみに、研究しない理由というのは、何だ?」

ドイトンさんは無表情ながらも怪訝そうに、僕に聞いた。

「主な理由としては二つです。一つは、研究しつくした事ですね」

石に魔素を込める研究が行われた理由として、昔、ルナカニア王国の禁竜事情が関係されている。昔は今みたいに冒険者が至る地域にいたわけではなく、数も比較にならないほどに少なかった。

「あ?冒険者が少ないことと研究が廃れることに、何が関係あんだ?」

「それが、結構関係しているんだ。今じゃ禁竜退治は、冒険者が半数を請け負っているでしょ。冒険者は禁竜に対抗する要となってると言っても過言じゃない」

「あら、そうなの?」

首をかしげるカーノさんに、ルーマは「ああ」と肯定したあと。

「まあ禁竜の調査や狩猟は主な冒険者の仕事だな。酷い時にはお国のために兵と協力して捕獲や撃退まで駆り出される時もあったぞ」

「へえー。それじゃあルーマちゃんも、ルナカニア王国の為に兵隊さんと禁竜と戦ったのねー?」

「あ?ああ、まあ、な……」

カーノさんの言葉に歯切れ悪くルーマは答える。そんなルーマに、テマラさんは二回ほど頷いたあと。

「うむ。ルーマも国の為に働くとは、良い心がけなのだ」

「うるせえ、何でお前が上から目線で言うんだよ。国の為っつーか、協力っつーか……。まあ結果的に見ればそうだけどよ……」

ルーマは苦い顔をして僕をチラリと見たあと。

「実際は、大勢の兵は俺らを偉そうに見ているだけで、禁竜と戦ったのは俺と知り合いの二人だけだっけどな。協力なんて聞こえは良いが、あいつら完全に俺ら冒険者に禁竜の対処を投げただけだ。しかも、国から兵を出すからってことで報酬金は少ねえし、肝心の兵は役立たねえときた」

ちなみに、このときにルーマが戦った禁竜はゼクスゾクと言う第二級禁竜であり、実力的には金級冒険者や銀級冒険者が複数名で戦う程に強力な禁竜である。しかし、ルナカニア王国からルーマに依頼された内容は「金級冒険者二名でゼクスゾクの捕獲」という何とも無理難題な内容だった。

「国に金がねえのか知らねえけどよ、全く持って無茶苦茶な依頼だったぜ。しかも国から直の依頼だったから、断れねえし」

「あら、そうなの?」

「金級冒険者は国から直接依頼が来るんですよ。と言うか、国から直接の依頼は金級冒険者しか来ませんから。他の冒険者は実力不足と見なされて受けられません」

「そゆこと。んで、下手に金級の称号があると『討伐は厳しいけど金級なら大丈夫だろ』って見なされて、国からも中央ギルドからも無茶を押し付けてきやがんのよ。めんどくせーったらなかったわ。それで、ナリオ」

ルーマは、話を戻すように僕に聞いた。

「冒険者が少ねえことが何に関係してんだ?」

「ああ、ごめん。話がそれちゃって。冒険者が少ないってことは、禁竜の対処は自ずと国になっていたんだ。だから国は、禁竜と戦う事に重きを置いていた」

この研究が最盛期の時代、禁竜の討伐は兵士が行っていた。もちろん冒険者もいたが、今ほど数はいなく、報酬や依頼の制度なども不確定な要素が多かったのが原因である。

「禁竜を討伐するために、武器や兵器、守護に重きを置いていた。その中に『人工魔石の精製』が含まれていたんだ」

事態が一変したのは、黒大戦争終了後。戦争中に国だけでは対処しきれなかった禁竜を冒険者が自発的に討伐するようになり、その功績に国は目を向けた。そして戦争後、冒険者は国から重要視されることとなった。そうして、国から民間へと禁竜の討伐が委託された後、国は武器、兵器、研究、守護に注いでいた力を統治一本に集結させていった。それに会わせて人工魔石精製の研究も縮小していった。

「黒大戦争終結後には、魔石よりもポーションの方が重要視されたのもあるらしいよ。だから、研究者も別の研究をしていったって本で読んだことがある」

「はあ、なるほどねえ。それが廃れた理由だと」

「そう。もう一つの理由としては、研究に使用する石が高価だったってのもある。使われていた鉱石はラマギエって名前だけど、知ってる?」

「いや、知らねえな」

ルーマはそう言って頭を横にフルフルと振り。

「私もよ。聞いたことないわー。あなたは聞いたことは?」

カーノさんは首をかしげながら、ドイトンさんへとそう聞いて。

「ない」

無表情で短く答えた。

「希少な鉱石です。と言っても、流通はしていますが。今のルーマの剣に埋め込まれてる魔石の大きさで金貨五十枚位で買えますね」

「「金貨五十枚!?」」

「それは、えらく高いな」

目を見開いたルーマとカーノさんは声を会わせて、ドイトンさんは無表情ながらも、少し引いた様子で言葉を返した。

「しかも『今』で金貨五十枚ですから、昔はもっと高価だったかもしれません」

今現在、研究を行う人がいない理由とは、研究に使用される石が高価すぎるが余り、誰もが気軽に魔石の精製を出来ないからである。

「それでも、国は頑張って研究を進めていた見たいですよ。当時の魔石よりは強力な武器が安く出来たみたいですし」

「ひやー。そんなに高価な代物なら、興味本位でやってみようなんて思わないわー」

「確かに」

カーノさんの言葉に、無表情で同意をするドイトンさん。

「ちょっと待てよ、ナリオ」

「ん?どうした、ルーマ?どこか疑問があった?」

「いや、お前の話で研究が廃れた話は理解したよ。ただよ……」

ルーマはいぶかしんだ表情で、僕に訪ねる。

「肝心の『生きたまま魔石にする』って説明がまだだぜ?」

「あ、確かにそうね」

ルーマの意見にカーノさんは同意を示した。

「それは、ラマギエの魔石精製方法と関係してくるんだ」

僕はルーマの質問に対して、そう答えた。

「ラマギエを使用した魔石精製研究は、大きく三段回に別れるんだ。研究当初を一段階目として、ラマギエに直接魔力を流す方法を行った」

ラマギエは特殊な鉱石であり、ラマギエ自体に魔力は持たないものの、魔素は存在したため魔力を貯蓄できたのだ。だから国は、魔力が保てるという利点からラマギエを研究素材に選んだ。しかし、ラマギエ自体に貯蓄はできたものの、やはり許容量に限界があり、武具に使用するレベルには達しなかったらしい。

「そこで研究者は、ラマギエに違う媒体を組み合わせて実用化を考えたんだ」

ラマギエに違う何かを組み合わせることにより、ラマギエ自体の魔力蓄積量を増やそうと考えたのだ。最初は鉱石から、無機物、有機物と変化をしていった。

「これが研究の二段階目で、研究者はラマギエと違う素材の融合を試みたんだ」

「へえ。そんなこと出来たのか」

「いや、実際は上手くいかなかったらしいよ」

素材同士を組み合わせて物質のレベルをあげるのはよくある話で、ルーマの剣もジゴセググの素材を合わせることで強化を計った。しかしラマギエは、素材自体の結合要素が弱く、他素材との融合が上手くはいかなかった。

「それで、研究は新たな方法として三段回目にうつったんだ」

「新たな方法?それが、生物を生きたまま魔石にする方法か?」

「うん。厳密に言えば『生きた魔獣をラマギエに融合させて魔石にする』って方法だけどね」

ラマギエは結合要素が弱いが、決して結合しないわけではなかった。だから研究者はラマギエに合う素材を探し続け、そして見つけた素材が禁竜の体内にある竜宝であった。

「禁竜の体内に作られる竜宝は魔素と禁竜の肉体が交わって出来る代物なのは、ルーマも知ってるでしょ?」

「あ?ああ。まあ、どう出来んのかまでは知らんけどな」

「安心して。それは未だに研究中だから」

竜宝が出来る条件は、『禁竜の肉体』と『魔素』ではあるが、作られる場所やメカニズムは不明のまま。現代でも未解明なままの代物である。

「へえ。んで、ラマギエの研究には竜宝を使ったわけか」

「いや、使ってないよ」

「使ってねえのかよ!」

「禁竜を倒すための武器を作るのに禁竜の素材が必要になるのは、本末転倒でしょ。討伐出来るとしても禁竜の中に竜宝が絶対あるとも限らないし、討伐した後の被害も考えたら竜宝を使うことは効率が悪かったんだ」

「あー。まあ、確かに。冒険者内でも、竜宝は『出たら儲けもん』位の認識だからな。手に入ったら嬉しいぐらいの代物だし」

納得したルーマはそう言って、二回ほど頷いた。実際に僕達が手に入れたジゴセググの竜宝は未成熟の物であったし、ルーマの言う通り見つかったら嬉しい位の感覚が正しいのかも知れない。

「まあ、そういうことで。ラマギエの魔素量を上げる融合の為に、禁竜よりも弱く、魔素も持っている魔獣が選ばれたんだ」

「はあ、なるほどね。ん、でも魔獣から竜宝が出たって話は聞かねえけど」

「それはそうだよ。魔獣から竜宝が発見されたってケースは一件も確認されてないから」

「あ?なんか話が見えねえけど……。ラマギエの融合に、いったい魔獣の何の素材を使ったんだよ?」

「全部だよ」

「……は?」

「魔獣の素材じゃなくて、全部使ったんだ。言ったろ、『生きたまま魔石にする』って」

「……おい、ちょっと待て。俺は一応、話が見えた。が、お前の口から答えを聞きたい。さっきの嫌な予感が的中しそうだけどよ」

「さっきといい、今といい、鋭いねルーマ」

「褒めてんのか、それ」

「感の鋭さは褒めてるよ」

苦い顔をしつつ、引き気味のルーマに、僕は苦笑いをしながらそう返した。

「ちょっと、待って待って。おばちゃんを置いてきぼりにしないで」

そんな会話の中に、カーノさんは慌てて割って入った。

「ナリオちゃんもルーマちゃんも、話を進めすぎよ。私、何一つ理解していないわ?」

「あ、マジかよ?ナリオは結構親切丁寧に説明してくれてたんだから、お前らも理解したもんだと思ってたが……」

「出来るわけないじゃない!旦那と私は遙か彼方に置いてきぼりよ!」

「いや、ドイトンは理解してたみたいだぞ」

「ええっ!そうなの、あなた?」

「ん、まずまずはな」

「あなた、私を裏切ったのね!」

「何を裏切ったんだ……」

驚きを隠そうとしないカーノさんに、一段と眉間のしわが深くなったドイトンさんは、困り果てたようにそう言った。

「だが、最後のナリオとルーマの話はよく分からんな。ルーマと違い、俺には話がよく見えん」

「私は全く見えていないわー!視界不良もいいところよ!」

「自信持って言うセリフじゃねえよ……。ナリオ、答えを頼む。俺も嫌な予感が外れていると良いけど」

「それじゃあ、再度説明をします。でも、ルーマの嫌な予感は、残念ながらあってると思うよ」

『生きたまま魔石にする』と言う言葉通り、この研究は、生きた魔獣を魔石と融合させるモノであった。

当時の研究資料によると、前回の実験、ラマギエとの融合素材の選定で竜宝に適性がある事が分かり、竜宝よりも安価で、手に入りやすい素材を探した。しかしながらそんな都合の良い素材は見つかるはずもなく、研究は行き詰まり状態であった。そこで研究者は、ラマギエと組み合わせる竜宝をくまなく調べることにしたのだ。そして分かったことは、竜宝は魔素自体と魔素を持つ肉体のエネルギー、通称エネギオと呼ばれたものから精製されることを発見した。

「そこで研究者は、竜宝の代わりに魔素とエネギオをラマギエと融合させようと試みました。そこで抜擢されたのが魔獣です。最初は討伐した魔獣を融合しようとしましたが、魔獣の遺体だとエネギオが不足してしまい、融合はできても魔石としては不十分な代物になってしまいました。だから、生きた魔獣をそのままラマギエと融合させたんです」

「んで、ラマギエから作られた魔石の出来上がりって訳か。生きたまま研究材料にするのは、趣味が悪いぜ」

「まあ、確かに。あまり気持ちの良い話ではないよね。それに、魔獣を使ったラマギエの魔石は、結局はグアテムから精製されたものと大差ないしね」

「へえ、少し劣るのか」

「ラマギエの方がね。手間がかからない分、グアテムのが優秀だよ。それに、ラマギエからの魔石を精製しようとしても作り方が分からないし、精製したら罪になっちゃうし」

「マジかよ」

「罪!?ナリオちゃん犯罪しちゃったの!?」

「何でナリオが犯罪を侵すんだよ。作ったら犯罪になるって言っただけだろ」

驚き慌てるカーノさんに呆れながらルーマは言った。

「精製したら罪になる?妾、そんな話聞いたことないのだ」

首をかしげるテマラさんに僕は答えるように。

「昔は魔獣だけだったのですが、まあその、研究がエスカレートしていってですね、とある研究者が、やってしまいまして……」

「やった?なんかやらかしたのか?」

「まあ、その……。ま、魔獣の代わりにね」

僕は吃りながら、話を続けて。

「……魔獣の代わりに人を融合させたんですよ」

「は?」

ルーマは唖然として。

「ええっ!」

カーノさんが大きな声を出して驚き。

「……なんとまあ、きな臭い話になったな」

ドイトンさんは無表情で眉間にシワを寄せた。

「やっぱしな。そんな話だと思ったぜ。でもそれ、マジ話なのか?」

「うん。王国の歴史に記されてるよ。過去に四回ほど行われてる」

「マジかよ……。結構な国の黒歴史じゃねえか。んでもよ、人を融合なんて、そんなの出来んのか?」

「理論的には可能だよ。人にもエネギオは宿ってるし、魔素もある。ただ、倫理的にはアウトだね。調合士内でもタブーとされる調合の一つだよ。だから、研究が廃れた原因にもなってるんだ」

「んじゃあよ、このちび助も融合に使われたってのか!?」

「まて、誰がちび助なのだ!?」

ルーマの言葉に反応し、テマラさんは突っ込みを入れた。が、ルーマはそれをスルーして。

「つーこては何か!こいつはマジで三百年前に生きていた奴ってことになんのか!」

「テマラさんの話を聞く分には、そうなるかも」

僕がそう答えると、僕以外の皆がテマラさんの方へと向いて、無言でまじまじと見続けた。

「む?な、何故に妾を見るのだ?妾の顔に何か着いているのか?」

「いや、テマラちゃんて、本当に昔から来た人なのねーと思って……」

「なんだ、その事か」

不適な笑みを浮かべ、テマラさんは自信満々に腕組みをしながら。

「だから最初から言っておるのだ。妾は偉大なる調合士、カルフレットの孫であると」



「ま、そんなこんなで、妾は魔石の贄になったが、見事に復活を成し遂げたのだ!」

「どう言った理由で復活出来たのかの説明がまだだぞ」

「それは知らん。気がついたら復活した」

「てめえなぁ……!」

「ま、まあまあルーマ。穏便に……」

「しかしながら、不思議な話もあるものだな」

話を聞いたドイトンさんは、無表情ながらも少し驚いた様子で、そう呟いた。

「だな。俺はまだ信じらんねえが、ナリオが説明すんなら、不思議と納得するわ」

ドイトンさんに同意したルーマは、数回頷くと。

「んで、こいつが仮に過去から復活した奴だと仮定して、こいつの言うことが仮に本当だとするならば」

「仮にとはなんだ!妾、本当の事しか話してないのだ!」

「わーったよ……。ったく、人の話の腰を折るんじゃねぇって」

「いや、ルーマも大概だけどね……」

ルーマの着いた悪態に、僕は苦笑いで小さくそう言った。

「お前は、今からどうすんだよ」

「ん、どうするとはなんだ?」

「今からの生活、生き方、その他諸々。あと俺達から借りてる金をどうすんだって話だよ」

「ああ、その事か。安心するのだ!」

ルーマの問いに、自信満々で答えるテマラさん。

「さっきも言ったが、金にはあてがあるのだ!」

「へえ、そうなんですか」

「おいナリオ、信じんなよ。あてのある奴がこんなセリフ吐かねえって」

「おいルーマ。貴様、さっきから妾に対して失礼すぎないか?」

「当たり前だろ。見ず知らずの人間を敬う気持ちなんて微塵もねえよ」

「ふん。まあ良いわ。しかし、あてがあるのは本当なのだ!」

「ちなみに、その『あて』というのは……?」

僕はテマラさんにそう質問すると。

「実はの、妾の事を売った輩がいるのだ」

「えっ!」

「なんだと?」

「売った輩ですって!」

「……胡散臭え」

僕、ドイトンさんは眉間にシワを寄せながら、カーノさんはリアクションも声も大きく出して驚き、逆にルーマは小さく呟きなが怪しんでいた。

「じ、人身売買って犯罪じゃないの!」

「落ち着けよ、カーノ。これが三百年前の話だったら、あてもクソもねえ」

「いや、最近の話なのだ。妾が復活するちょっと前の話」

「お前が魔石に融合していた時の話か?だったら尚更、胡散臭えな」

「なにおう!」

「まあまあ、テマラさん。落ち着いて……。その、もう少し詳しく聞かせて欲しいんですが」

ルーマの煽りに反応したテマラさんをなだめつつ、僕はテマラさんに話の続きを催促した。

「む。妾が目覚める少し前。と言うか、魔石と融合している時に、少し意識はあったのだ」

「意識があった……?魔石と融合しても、自分の意識は保ったままだったのですか?」

「いや、意識を取り戻したのは魔石の一つ前の所有者の時からだ」

「あ?なんでそんなこと分かんだよ?」

「魔石に流れてくる魔力で分かるわ。魔力は人それぞれ違うのは知っておろう?」

「知らん」

「俺もだ。初めて知った」

「私も知らなかったわ。ナリオちゃんは知ってた?」

「あ、僕は知ってました」

人間、髪質や体質にが似ている人はいるだろうが、同じ人は存在しない。それと同じように、人間が保有する魔力と魔素も、性質が近しいものはあれど、同じ人は存在しないのだ。

「たとえ兄弟でさえ、同じ魔力は存在しませんから。魔力は個人認証を行える証明になります」

「そう言う事なのだ」

テマラさんは僕に同意をして。

「その時に、一つ前の所有者が現所有者に渡す時に、金を貰ったらしいのだ」

「ああ、成る程。だから『妾を売った輩がいる』って言ったんですね」

「さよう。確か、金貨百枚で売るって言っていたのだ」

「金貨百枚!?」

「それは、えらい大金だな……」

カーノさんとドイトンさんは、大きく驚き。

「ああ、金貨百枚だあ?売った奴も大きく出たな」

ルーマは呆れながらも、小さく驚いていた。

「金貨百枚かあ……」

僕は僕で驚きつつも、密かにルーマをチラリとみた。というのも、昔、ユッカさんに金貨百枚で剣を売り付けた事をふと思いだし。

「ちなみに、売った人の特徴とかはご存じ何ですか?どんな顔をしているとか、性別とか」

「いや、何一つ分からんのだ」

「ああ?だったらどうやって見つけんだよ」

不機嫌になっていくルーマを「まあまあ」となだめていると、テマラさんは自信に満ちたひょうじょうで腕組をして。

「案ずるな。妾は『魔力感知』の達人なのだ!」

「はあ。達人ねえ……」

「ルーマ!貴様、信じていないだろう!」

「お、良く分かったな。これっぽっちも信じてねぇ」

「よし分かった!喧嘩だな!貴様、妾に喧嘩を売っているのだな!」

「探しだすのは喧嘩を売った奴じゃなくて、お前を売った奴だろ?」

「ルーマ、余り煽らないで。話がややこしくなるから……」

「悪ぃ悪ぃ」

ルーマはそう謝るが、悪びれる様子は微塵もない。まったく、と僕が苦い顔をしていると。

「ねえ、ナリオちゃん。魔力感知って、なに?」

カーノさんは質問をしてきた。

「魔力感知とは、その名の通り魔力を感知する方法です。冒険者が禁竜を探す手段として、良く用いられます」

「へえ、そうなの。それじゃあルーマちゃんも出来るの?」

「出来るのは出来るが、苦手だな。俺の感知はザルも良いとこだぜ。索敵範囲も感知能力も並みの冒険者以下だぞ。向こうに禁竜がいんだろうな、位にしか分からん」

「ちなみに僕は出来るは出来ますが、魔力が少なすぎて索敵範囲が狭いんで、使い物になりません」

「あら、そうなの?ナリオちゃんにも難しいなら、私には絶対無理ねー」

「カーノさんがですか?練習次第では出来ると思いますが、一体なんで?」

「え?だってその魔法が使えれば、無くした物を探すのに便利そうじゃないー」

「あ、あの、えと……」

それは無理な話である。探しだす物自体に魔力が無ければ、いくら魔力感知でも、見つけることは出来ないからだ。

しかしながら、キラキラと目を輝かせているカーノさんを前にして、「意味がないです」とも言えずに。

「ま、まあ、使えれば便利かもしれませんね!ねえ、ルーマ!」

「俺に振んのかよ!え、あ、まあ。そ、そうかもな。だけど使えればな!普段から魔法を使わねえカーノにゃ、ムズいと思うぜ!」

「あら、やっぱりそうかしらー?」

残念、と言ってカーノさんは早々と諦めてくれた。

「む、そうか?訓練すれば誰でも出来ると……」

「テマラさん!」

「おいてめえ!黙ってろ!」

「な、なんなのだ急に?」

僕とルーマは、テマラさんに近づき話に割ってはいると、カーノさんに聞こえないように小さな声で。

「一体誰が、カーノに教えっと思ってるんだ!」

「ルーマが教えれば良かろう?それが無理ならナリオでも良いのだ。索敵範囲が狭いと言っておったが、使えないわけではあるまい?」

「使えはしますが、今、ルーマも僕もそれに割いてる時間がなくて……」

「あと、せっかく教えても『使えないわねー』って言ってすぐに飽きるに決まってんだよ」

「あ、ルーマ。今のカーノさんのモノマネ、ちょっと上手かったね」

「お、だろ?じゃなくてよ!」

ルーマのノリ突っ込みなんて、珍しいなあ。なんて考えていると。

「三人ともどうしたのー?」

「何でもないです!」

「おう、なんでもねえ!気にすんな!」

カーノさんの呼び声に、僕とルーマはぎこちない笑顔で、そう答えた。

「まあ、なんでも良いわ。しかしながらナリオよ。魔力が少ないのは感心しないのだ。妾のように毎日魔力の底上げ訓練をしなければ、いつまでたっても少ないままだぞ?はっはっは!」

声高らかに笑うテマラさん。すると。

「おい、テマラ」

「む、どうし……ひっ!」

そんなテマラさんを、殺気を込めるように睨み付けながら、ルーマは低い声でそう言った。テマラさんも呼び掛けに答える途中で、肩をビクンとあげ、驚いていた。

「お前がどれだけ適当な事を言おうがくそつまんねぇ冗談を言おうが構わねえが、相棒への悪口は許さねえぞ」

「ま、まあまあルーマ。落ち着いてさ……」

「いや、これだけは譲れねえな。ナリオに止められても、曲げられねえよ」

「あ、いや、その……。すまぬナリオ。妾はバカにするつもりはなく、冗談で言ったのだが……」

しゅん、と気を落としたテマラさんは、まっすぐ僕に向き、頭をテーブルギリギリまで下げる。

「あ、いやいや。大丈夫ですよ、テマラさん」

「いや、人が気にしている事を笑われたら、誰でも嫌な気持ちになる。今のは、妾の失言だった。ルーマも、すまぬ」

そう言って、テマラさんはルーマにも同じように頭を下げた。

「いや、分かったんなら俺は良いよ。俺もやりすぎたかもしんねえしな」

「うむ。まあ、許してくれれば、幸いなのだ」

「はいよ。ま、その話は水に流そうぜ。今は、お前の話を優先しねえとな。えっと、どこまで話したんだ?」

「確か、テマラさんの魔力感知で『あて』を探すって話だったような」

「おお、そうなのだ!妾の感知能力はすごいぞ!」

元気を取り戻したテマラさんは、声高らかにそう言うと。

「なにせ妾が復活してこの町に来た理由は、『あて』がこの町に入るからなのだ!」

「あ、そうなんですね」

「そう。妾を売った奴を探しに、妾の魔力をフルに使い、昼夜をとして死に物狂いにこの町にやってきたのだ。しかしながら、町に着いたところで腹が減って死にかける中、旨そうな臭いに釣られてきて、そこで事切れた」

「だからお店の前で倒れていたのね」

「さようなのだ。あ、昨日のご飯、ご馳走様なのだ。ステーキが果てしなく旨かったのだ」

「あらあら、ご丁寧に。美味しく平らげてくれて、こちらこそありがとうだわー」

「見事な食いっぷりだったな」

ペコリと頭を下げるテマラさんに、カーノさんとドイトンさんも軽く会釈を返した。

「それじゃあ何か。お前の言う『あて』は、この町にいて、魔力感知すりゃすぐ見つかると?」

「うむ。こればっかりは、自信をもって答えられるのだ」

「んじゃよ、今日から探せと言えば、すぐに出来んのか?」

「なめるでない、ルーマ。今すぐにでも探してみようではないか」

テマラさんはそう言って立ち上がり、テーブルから少し離れた場所まで移動し、背筋をピンと伸ばす。静かに両手を胸の前で合わせ、目を閉じると。

「ふぅー……」

軽く息を吐き、集中するテマラさん。そして、テマラさんの全身から一気に魔力が放出された。

「あわっ……!」

「……へえ、こりゃすげえな」

僕は純粋に放出された綺麗な魔力に驚き、ルーマもまた、小さな驚きと共に感心もしていた。たぶんルーマも感じ取っているのだろうが、テマラさんは魔力感知でかなりの範囲を詳細に調べている。おそらく、ガルイダを包み込める程に広い位に。

「……えっと、ナリオちゃん。テマラちゃんは今、何かしてるの?」

「魔力感知を行っていますね」

小さな声でカーノさんは僕に問いかけ、僕もまた、小さな声でカーノさんへと答えた。

「薄い魔力の幕がテマラさんから辺り一面に広がりました」

「幕?私には何も見えなかったけど」

「そりゃ、かなりの薄すさでの魔力幕だからな。俺もナリオも、集中してなきゃ見逃してたわ」

「えっ、そうなの?二人とも分かったのね」

「ああ。しかも、すげぇ広範囲に感知してる。あんなの俺には出来ねえよ」

「うん、僕も無理だ」

と言うより並大抵の魔力じゃ、こんな芸当は無理だろう。魔力感知から察するに、テマラさんはかなりの魔力の持ち主であり、魔力操作も上手いはず。僕は確実に無理なのは分かりきっていたけど、ルーマにすら出来ないと言わせる事をやるなんて。

「………………ん?」

すると、魔力感知をしていたテマラさんが、ふと言葉を漏らし。

「んんん?」

小さく首をかしげ、そして。

「あれ、おかしいのだ?」

「え、ど、どうしました、テマラさん?」

「いや、感知をしていたのだが……。あれぇ?」

今度は、先程とは逆方向へと首を大きくかしげた。

「いや、まさか……。いやいやいや、それはない。いやしかし……」

「おい、失敗したとかじゃねえだろうな」

「まさか、『あて』がこの町に既にいないとか?」

「あ、いや。感知は出来たのだ。出来たのだが、あれぇ?」

煮え切らない答えを返したテマラさんに、ルーマは少し怒りぎみに「あ?」と反応すると。

「んじゃ、なんだってんだよ」

「いやいや、まあまあ。うん、そうだな。まずは確認をしなければな」

「聞いてんのかテメェ!」

「ルーマ、落ち着いて……」

「すまぬナリオ、ちょっと良いか?」

「はい?何でしょうかテマラさん」

「妾と握手してくれ」

「……はい?」

僕が疑問混じりの声で返事をすると、近づいてきたテマラさんは左手を差し出して。

「握手を頼む」

真剣な面持ちで、僕にそう言った。

僕も僕以外も訳が分からず少し戸惑ったが、真剣な表情のままのテマラさんにチラリとみて、僕は言葉に従うように。

「あ、えと。そ、それじゃあ失礼します」

差し出された手を握り返した。

テマラさんは僕げ手を握り返したと同時に再度目をつむり、そこからしばしの無言。何が起きているのかまったく理解できず、また急な握手を求められた事もあり、緊張と恥ずかしさが入り交じった時間を過ごしていると。

「……やっぱり、そうか!お主だな!」

テマラさんの急な大声に僕達は各々驚くが、テマラさんはそれを気にする様子もなく、手を握ったまま。

「貴様か!貴様が犯人であったか!」

「えっと……。何の話ですか?あと、何で怒ってるんですか?」

「戯けたことを!」

戸惑う僕は、夕べ行き倒れを助け、そのままご飯をご馳走し、そして朝、食事を共にする女性から。

「貴様が、妾を売った犯人であったか、ナリオ!」

「……はい?」

あらぬ濡れ衣を着せられてしまった。

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