第7話

「ふわーっ、美味かった!やはり肉は最高なのだ!」

目の前の料理を全て平らげた女性は、満腹そうにに椅子に背中を預けて両手でお腹を二回ほど叩くと。

「店主、同じのをもう一皿頼むのだ!」

「えっ!あ、おう……。あー、ナリオ……」

「ドイトンさん、もう一皿お願いします……」

「わ、分かった……」

まさかのおかわり要求に戸惑うドイトンさんは、困り顔で僕を見たので、女性の要求通り追加の料理を作って貰うよう返事を返した。まあ、ドイトンさんが戸惑うのも分かる。と言うのも、彼女が食べた食事の量が。

「いち、にー、さん……七枚目か」

そう。

彼女は七人前を既に平らげており、そして追加で、八枚目を注文しているのだ。積み上げられたお皿を唖然とした表情でルーマと僕、そしてウバルさん達は見るなか。

「まあ、次で適量かの?」

「いや、どう見ても食いすぎだろ」

彼女の適量という言葉に、ルーマは突っかかるようにそう返した。

「お前のちっせぇ体のどこに、こんな量の飯が入るわけだよ?」

「なっ!お主、失礼な奴だな!妾の体はちっさくない!ただ少しばかり、標準に達していないだけなのだ!」

「それを世間一般じゃちいせぇっつーんだよ」

「なんだと!」

「ま、まあまあ落ち着いて……。ルーマも言いすぎだよ」

今にも喧嘩しそうな二人に僕はわって入る。ルーマは「けっ」と一言発し、テーブルに肘を着き目線を反らした。女性も憤慨していた様子だったが、不機嫌そうにも怒りを押さえていた。

「えと。ちょっと良いですか」

「む、どうしたのだ?」

「料理を待ってる間に、話をしたいのですが」

「話?まあ良いが……?そもそもお主らは誰なのだ?」

それはこっちのセリフです。

そんな言葉が出かかるのを押さえ、すみませんと謝罪をしたのち。

「僕はナリオと言います。銅級調合士です。隣にいるのは、銀級冒険者のルーマです」

「そうか。お主がナリオで、隣の失礼なのがルーマか」

「あ?なんだとてめえ?」

「まあまあルーマ、落ち着いて……。それで、あなたは……」

怒るルーマをなだめた後、僕は彼女に向かいとある質問をした。

「あなたは一体、何者ですか?」

聞く人が聞けばかなり失礼な言い回しだろうが、今回ばかりはこの失礼な言い方が当てはまる気がする。と言うのも。

彼女の風貌の怪しさにある。

ボブカットの髪型、僕と同じくらいの小柄な体型、大きな目とかわいらしい表情が印象的な彼女は、これだけならなんの問題もない。

問題なのは、格好である。

彼女が着ている服、白い生地をベースにした物で、スカート部は青く太い線が放射状に何本も延びているワンピース、といいよりドレス姿に近い格好。肘上まで着けているレースのアームカバーも、高価な物だと推測できる。しかしながら高価そうな両方の品は、所々で汚れていたり破れていたりしている。ルーマが暴漢に襲われたと勘違いしてもおかしくない。極めつけは、頭に着けているダイアのついたティアラ。ここ数日、ガルイダの町で過ごしているが、町中でこんなアクセサリーを着けた人を見たことはない。もちろん、ティアラを持っている人が町中にいるだろうが、こんなボロボロの格好で身に付ける代物じゃない。ましてや、大通りで大の字で倒れている人物が着けているのは不自然すぎる。

だから僕は、あなたは何者だ、と聞いてみた。

何者、の前に彼女名前やら倒れていた経緯を聞くべきかなとも思ったけど、第一に優先すべきは彼女の正体だ。聞きたいことは、彼女の正体を知った後に聞こう。

すると彼女は腕を組み、「ふっふっふ」と含みのある笑い方をすると。

「やはり凄みのあるオーラは隠しきれぬか……」

「え、あの……」

「ならば仕方ない。教えよう、妾の正体を!」

「い、いや……。知りたいのは正体じゃなくて素性……」

「何を隠そう、妾は!」

人の話を聞いて欲しい。

あと、何一つ隠せていません。なんて余計なことを言っても、話の腰は折れないだろうから。

「あ、あなたは?」

とりあえず彼女の言いたいことを言わせようと考えた僕は、話の流れに身を任せることに。つまるところ、話に乗っかることにした。

「妾は聖女クアルの妹であり、トレス王子の義妹でもある!そして何より!」


偉大なる調合士、カルフレットの孫、テマラであるぞ!


「………………へ?」

一瞬の静寂。と言うか、沈黙が辺りを包む。皆が静かな理由は分からないけど、僕は戸惑いすぎて声が上手くでなかった。

「はいよ、クナイドリのステーキ……。ん?どうしたんだ、お前達?」

ちょうどその時、彼女が注文した料理を運んできたドイトンさんは、戸惑うように僕達を見るが。

「……えと…………」

僕はうまく言葉が出ずに詰まり、他は言葉を出さずに黙り込む。と言うよりは、誰かが言葉を発するのを待っている様子だ。

「おっ、待っていたのだ!いっただっきまーす!」

そんな僕達とは裏腹に、ドイトンさんが持ってきてくれたステーキにかぶり付くテマラさん。

「あ、あのー……」

重たい沈黙の中を破った一人の勇敢者、もとい冒険者が、小さく手を上げる。

「む?なんだ、男よ」

ルフーナさんに気がついたテマラさんは、ステーキが食べ終えるのと同時に目線を向ける。

「あの、質問を良いですか?」

「良いが、先に名乗ってからにするのだ」

「あ、はい……。銅級冒険者のルフーナと言います」

「ほうほう。で、ルフーナとやら。妾に質問とはなんなのだ?」

「あの、聖女クアルとトレス王子って、黒大戦争を終わらせたあの二人ですか?」

「あの二人って、ルフーナ知ってんのかよ?」

ルフーナさんの質問に、ルーマは疑問を投げ掛けた。

「会ったことあんのか、コイツの知り合いに?」

「さすがにお会いした事はないですが、有名な伝書に出てくる人物ですよ。ルーマさんはご存知ないんですか?」

「知らん。一般教養なのか?」

「一応、ギルドの座学でも聞きましたし、僕達は村にいるときに学びました」

「へえ、どんな話なんだ。教えてくれ。お前ら知ってんだろ?」

そうルーマがルフーナさん以外に聞いてみたところ。

「……………………」

ウバルさん、ディンさん、キャディさんは明確に目線をそらしていた。

「まって、村にいるとき教会で学んだよね?」

「い、いやー……。俺は一緒にいたかなー……?」

「兄さんに連れられて行ったんだから、兄さんもいたよ。ディンもキャディも僕の隣にいたの覚えてる。ギルドの座学でも聞いたでしょう?」

「まあ、その……寝てたっていうか……」

「あはは……」

露骨に目を逸らすディンさんに焦りの笑顔で誤魔化すキャディさん。

「三人とも忘れたんだね」

「「「……はい」」」

すると、急にはっとした表情でルフーナさんは僕を見ると。

「……もしかして、この流れで行くとナリオさんも知らないとか……?」

「僕は知ってますよ」

「良かった、味方がいた!」

いや、味方って。

それで良いのだろうか?

「んで。その聖女と王子がお前のなんだって?」

安堵するルフーナさんを横目にルーマはテマラさんにそう聞くと。

「………………」

口に手を当て、考え込むテマラさん。

「おい、聞いてんのか」

「む。妾か?すまん、聞いてなかった」

「てめぇ……!」

「ま、まあまあ……。ルーマ、落ち着いて……」

片方の眉をピクリと動かして、少し怒り気味のルーマを僕はなだめると。

「テマラさん、どうかされましたか?」

「む?なにがだ?」

「あ、いや。何か考え事していたようなんで」

「むぅ。黒大戦争って、なんなのだ?」

「えっ?」

テマラさんからの意外な言葉に僕は驚き、言葉を漏らす。

「テマラさんも、ご存じないですか?」

驚きつつも、ルフーナさんが声を振り絞る様に聞くと。

「知らないのだ」

威風堂々と返答するテマラさん。

「え、えーと……」

テマラさんの回答に困ったからだろうか、困惑の表情で僕を見るルフーナさん。確かに、事実確認のための大前提の話を大多数、特に重要人が知らないのはまずい。

「それじゃあまず、黒大戦争の話からしましょう。確認は後回しにします。ルフーナさんは、それで?」

「あ、はい。助かります」

僕の提案に表情を緩ませるルフーナさんを確認すると、僕は語り口を開いたのだった。



その昔、ルナカニア王国にとある危機が起きた。

それは蝕まれた漆黒。

それは唐突に訪れた終わり。

それは全てを零に返す存在。

人々は見た。

千の魔獣を敵に向かわし。

百の禁竜を羽ばたかせ。

十の怪物を従える。

地獄のような黒い一つを。

人々は絶望した。

千の魔獣が人々を襲い。

百の禁竜が全てを破壊し。

十の怪物が希望を砕く。

終焉の化身である黒い一つに。

人々は祈った。

千の魔獣を退け。

百の禁竜を打ち倒し。

十の怪物を消し去り。

黒い一つを滅ぼすことを。


聖女が言った。

民よ、剣を取りなさい。

愛する人の為に。

守りたいものの為に。

この国の為に。

自分自身のために。

剣を取り、戦う決意をするのだと。


王子は言った。

恐れるな。

我らは光と共にある。

怯むな。

光は決して裏切らない。

迷うな。

信じる光の方へ歩こう。

目を開け。

私がこの剣で光を作ろう。


王子は剣をかざした。

聖女は剣に祈った。

剣は二人に答えるように。

神々しく光輝く。

人々は祈りの手をほどき。

そして剣を取った。

ルナカニア王国は。

千の魔獣をかき消し。

百の禁竜をなぎ払い。

十の怪物を退治して。

黒い一つを倒したのだ。


剣と祈り光を与えた聖女の名は、クアル。

剣を握り闇を払った王子の名は、トレス。

ルナカニア王国に平和と安寧をもたらした偉大なる名前。

やがて二人は王と王女となり、ルナカニア王国を繁栄へと導いたのであった。



「以降、ルナカニア王国に起きた危機を『黒大戦争』と呼んだ。我々は忘れてはいけない。魔獣の恐ろしさを。禁竜の脅威を。怪物の恐怖を。黒い一つを。そして、どんな暗闇の中でも、希望の光を灯し続けることを。とまあ、概要はこんな感じかな?」

僕はそう言って語り口を閉じると、「おぉー」という歓声と共に小さい拍手をもらった。

「流石です、ナリオさん!文句のつけようがありません!」

そのなかでも特に大きな拍手でルフーナさんは頷き。

「語り口の上手さもありますが、語る言葉が文面通り正しい!省略もなく、昔の方々が書かれた伝書をそのまま語るなんて、素晴らしすぎます!聖女クアルや王子トレスの言葉を何も見ずに言える……!それだけでもすごいのに、黒い一つの語りまでも記憶してるなんて……!」

「あ、あはは……。ありがとうございます」

熱量の高いまま、語りの感想を伝えてくれた。

「なあ。ルフーナのテンションが異様だと思うのは俺だけか?」

「いや、ルーマさんの言う通りっすよ。ルフーナのテンション、爆上がりっす」

「あいつ、文化とか歴史とか大好きなんだよな。特に伝書については勉強熱心だし」

「と言うより、私たちが全員勉強嫌い過ぎて語り相手がいなかったのもあると思うな」

こそこそと話すルーマ達の会話が聞こえ、僕はなるほどと納得をする。

「ナリオさんは他に何か伝書をお知りですか?」

「え?まあ後、二つ程は記憶してますが……」

「へえ!それはちなみに、どんな……!」

「はいルフーナ、ストップ」

興奮状態のルフーナさんの肩を両手で押さえるように、キャディさんが止めると。

「伝書も良いけど、話がそれてるから。テマラさんに確認したい事があるんでしょ?」

「えっ!あ、そ、そうだね……」

「伝承は、後でナリオさん聞きにこよう。私も付き合うからさ」

「……うん、分かったよ。でも、伝書を教えてもらうくらい一人で聞きに来れるよ。大丈夫、もう子供じゃないんだから」

「え、あ、うん……。そうじゃないんだけどな……」

ガックリと頭を落とすキャディさん。どうしたんだろう?何かショックな事があったのかな。

「いや、ナリオに聞きに行く時はキャディも着いていけ。ルフーナを一人でこさせるなよ」

そんな中、ルーマが一言意見を言うと。

「えっ!」

ガックリと落としていた頭を急に上げ、キャディさんは一直線にルーマを見た。

「いや、今のを見てたら当たり前だろ。誰がルフーナの暴走を止めんだ?」

「キャディ以外なら、俺っすかね?」

「ウバルはルフーナに甘いからダメだ」

「それじゃあ俺が……!」

「お前はバカだからダメだ」

「ひでぇ!」

辛辣な言葉をディンさんにさらりと言ったルーマは。

「伝書やら歴史やらをナリオから学びたけりゃ、ルフーナとキャディはセットで来い。それが条件だ」

「そんなルーマさんまで。僕も十六ですよ?」

「歳が云々、子供か大人か云々より、相棒に興奮状態で迫る姿を見せられりゃ、そんな考えにもなるだろ。第一に暴走しません信じて下さいと言われても、今のを見てたら説得力がねぇ」

「そんなぁ……」

今度はルフーナさんがガックリと頭を落とした。

「別に会わせねぇとは言ってねえよ。キャディを誘えば良いだけの話だろ。キャディが学びに興味がねえとかは知らねえが、そこはお前が説得しろよ」

「まあ、そうですが……。ごめんキャディ、やっぱり一緒に来てもらって良いかな?」

ルフーナさんが申し訳なさそうにキャディさんに聞くと。

「わ、私は大丈夫だよ!まあしょうがないよね!ナリオさんの相棒のルーマさんの意見だし!無視はできないもんね!うん!うん!私は全然大丈夫だから!」

キャディさんは嬉しそうにルフーナさんを励ましていた。

「ごめんね、キャディ。迷惑かけちゃって……」

「全然良いよ!むしろ、もっと頼ってよ!その……そう!仲間でしょ?」

「……うん。ありがとう、キャディ」

しゅんとするルフーナさんに、上機嫌のキャディさんは笑顔で言葉を返すと。

「あ、そうだ。おい、キャディ」

「なに、ルーマさん?」

「一つ貸しな」

「えっ……!うん!」

ニヤリ顔のルーマに、少し恥ずかしそうに、されど嬉しそうに、ルーマにも返事を返した。

「貸し?キャディさんに何か貸したの、ルーマ?」

「ん?ああ。おーきな貸しが一つできたぜ」

「へえ、どんな?」

「気にすんなって。んなことより、大事な事があるじゃねえか。黒大戦争、だっけか?それとコイツに何の関係があんだ?」

ああ、そうだった。

あっ、と本来の目的を思い出した僕は、テマラさんの方を振り向いて。

「テマラさん。これが黒大戦争の話なんで……すが…………」

彼女への確認を再開しようと話し始めたが、途中、言葉が失速してしまった。

「…………………………」

「テ、テマラ、さん……」

彼女は。

無言で泣いていた。

音を立てることなく。

感情を表に出すこともなく。

静かに、無表情で。

ただただ、涙を流していた。

「ど、どうしました!」

僕は慌てるようなそう聞くと、テマラさんは「……ああ」と小さく返事をして。

「すまないのだ。なんでもない……」

両手で涙を拭いながら、そう答えた。

「なんでもないって……」

「いや、本当に大丈夫なのだ。そうか。黒大戦争とは、その事だったのか……」

「その事……?」

「ナリオとやら。一つ聞きたい」

涙を拭い、大きな目を見開いて、テマラさんは僕に聞いた。

「黒大戦争の後、ルナカニア王国はどうなったのだ?」

「え?」

「衰退はしていないか?王位の争いなどで、まさか滅亡はしていないと思いたいが」

「えと、今でも平和に繁栄していますよ。王族も血を絶やさずにいます」

「そうかそうか。それなら、妾は満足なのだ」

嬉しそうに、少しだけ寂しさを見え隠れさせながら、テマラさんは静かに笑った。

「それで!その黒大戦争とやらはいつ終わったのだ?」

そしてすぐさま、元気な声を出したテマラさん。

「伝承と言うからには、一年前や二年前の話ではないだろう!きっと十年、いや、二十年は昔の話か?」

「え、あ。も、もっと前ですね……」

腕組をしたテマラさんの問いに、僕はそう答えると。

「お、もっと前から!一体、どれくらい前なのだ?」

「えと、さん……」

「さん?三十年前なのだ?」

「さん……百年前です」

「……………………は?」

「黒大戦争は、三百年前に起きた大戦です。ルナカニア王国の歴史で聖女クアルと王子トレスは十代前の王族ですね」

「へえ、そんな前なのか」

ルーマは横から会話に入り込み。

「もっと最近の話だと思ってたわ」

「いやいや。かなり昔の話だよ。当時の資料が古いから伝書となってるけど、最近見つかった資料から黒い一つがどの禁竜だったかって正体も分かったし……。あれ、テマラさん?」

僕がルーマの質問に答えていると、腕を組んだまま、テマラさんは顔をひきつらせて。

「さ、さん……。さん、さん?ひゃく……ねん……!」

「はい?あ、さっきの伝書の話ですか?そうですね、大体三百年前の出来事ですね」

僕の話を聞いたテマラさんの顔が、段々と青くなるのが分かっていき。

「さ、さ、さん、さんあぁ……」

「え!ちょ、テマラさん!」

表情は白目を向いたまま後ろに倒れ込んだのだった。



「なるほどな。そんなことがあったのか」

僕の言葉を聞いて、ドイトンさんは数回ほど頷き。

「あらあら、なんか大変だったのねー」

左手を頬に当て、カーノさんは同じく数回ほど頷いていた。

「いやあ……。お騒がせしてすいません」

僕がそう、頭を下げると。

「別にナリオちゃんが悪いわけじゃないでしょ。ねえ、あなた」

「ああ。まあ、大事じゃなくて良かった」

二人からそんな言葉を掛けられた。

「で、倒れた本人はどこに行ったんだ?」

「今、ルーマ達で僕の部屋に連れて行って、ベッドに寝かしています」

「流石に床に寝かしておく訳にもいかないものねー」

「あはは……。まあ、そうですね」

「妻よ、そう言う問題じゃない」

苦笑をする僕と、無表情ながらも弱々しく答えるドイトンさん。と、その時。

「ナリオさーん」

僕を呼ぶキャディさんの声が聞こえた。振り返ると、階段から下りてくるキャディさん、ルフーナさん、ディンさん、ウバルさんの姿があった。

「言われたとおり、あの娘をベッドに寝かしてきたぜ」

「お疲れ様です。あれ、ルーマは?」

階段から下りてきたメンバーを見ると、一緒に行ったはずのルーマの姿はなく、僕がそれとなく聞いてみると。

「あー、ルーマさんすか……」

少し苦い顔をしながらウバルさんは頭を掻いて。

「実はまだ、ナリオさんの部屋にいるっす」

「え、僕の部屋?自分の部屋じゃなくて?」

「はいっす。あの女性、テマラさんのことを見張っておくって言ってたっす」

「見張りですか?」

「ええ。見張る理由は『怪しいから』だそうっす」

「ああ、なるほど……」

ウバルさんの言葉に、僕は納得をする。確かに、素性も知れない女性を一人でいさせるのは何かと危ないからなあ。

「まあ、目が覚めたときに一人でいるよりは、誰かがいた方が良いですものね」

「それもあるっす。と言うより、俺もそっちの意見だったんすけど、ルーマさんは違うみたいで……」

「違うみたい?」

歯切れ悪く答えるとウバルさんに、僕はどういう事かと疑問を投げ掛けると。

「ルーマさんの場合だと『信用してねえ』って方が強いと思うぜ」

ウバルさんの言葉を遮って、ディンさんが両手を頭の後ろにやりながら答える。

「正体不明の女を一人でいさせるより、誰か見張りをつけといた方が、こっちはずっと安心できっかんな。見張りは必要だろ。俺は、ルーマさんの行動にゃ賛成だな」

「えー。でも、テマラさんって良い人そうだったじゃん」

「バッカだなキャディ。人は見かけによらねえだろ。それに、良い人ってだけじゃ信用できねえしよ」

「むう、まあ確かに……。でもあんたにバカって言われたくは無いわよ!」

「何だと、コラ!」

「まあまあ。二人とも落ち着いて……。そんなわけで、ルーマさんは今、ナリオさんの寝室にいらっしゃいます」

ディンさんとキャディさんの喧嘩を仲裁したルフーナさんは、僕にそう言うと。

「あと、ルーマさんからの伝言がありまして」

「伝言?何ですか?」

「『部屋に戻るなら酒以外の飲み物持ってきてくれ』だそうです」

「はは。はい、了解しました。皆さんも、お手伝いありがとうございます」

僕はそう言って、四人に軽く頭を下げる。

「それじゃあ一段落付いたところで、俺達は宿に戻るっす」

「そうだね。もう良い時間だし、これ以上いたらお店に迷惑掛けちゃうからね」

ウバルさんの言葉にルフーナさんが賛同すると。

「あらあら、大丈夫よ?迷惑なんて掛かってないわよ。ね、あなた」

「ああ」

カーノさんとドイトンさんの言葉に、キャディさんは「いやいや」と手のひらを縦にして顔のまで小刻みに動かしながら。

「もう夜も遅いですから。これ以上いたら本当に迷惑になっちゃいますって」

「ま、そうだな。明日も依頼を受けなきゃいけねえし、俺らは退散するか」

「あらそう?それじゃあ無理に引き留めるのも悪いわね。気をつけて帰ってね?」

「ご馳走様っした!」

「また来るぜ!」

「うん!明日にでも!」

「美味しかったです」

それぞれの四人の声が、ドイトンさんとカーノさんに向けて放たれると。

「毎度あり」

「来てくれてありがとねー。ご贔屓にしてくれたら嬉しいわー」

ドイトンさんは無表情で、カーノさんはとびきりの笑顔で、お礼を返したのだった。



「それで、これからどうするんだ?」

ウバルさん達を見送り、改めて席に座ったドイトンさんは、僕にそう聞いた。

「どうするとは?」

「あの娘のことだ」

「娘……。ああ、テマラさんですか」

僕がそう答えるとドイトンさんは「そうだ」と答える。

「たしか、素性も何も分からないんでしょう?そんな人、一体どうすれば良いのかしらね……。ナリオちゃん、何か考えてるの?」

「あー……。何個か考えてはいますが、とりあえずはテマラさんが目を覚ましてからですかね」

僕はドイトンさんとカーノさんにそう伝えた。まずは、色々と確認しないといけないことがあると。

テマラさん自身から、本人の素性を聞き出さないといけない。

あの人が誰で、何者なのか。

「今現在、分かっていることは彼女自身が言っていた『聖女クアルの妹』と『トレス王子の義妹』そして『カルフレットの孫』ということですね」

「でもそれって、あの子が言っていただけで確証とかはないんでしょう?」

「そうですね。あくまでも自称です。もしかしたら彼女が嘘を言っているかも知れないと言う可能性もあります」

「ナリオちゃんはどう思ってるの?彼女が、か、カルヘッス……の孫?」

「カルフレットです、カーノさん」

「そうそう。それそれ」

笑いながら頷くカーノさんに、無言で隣で頭を抱えるドイトンさん。「あはは……」と乾いた笑いで僕は返した。

「ナリオちゃんはあの子の言うこと、信じてるの?」

「あー……。まだ半信半疑ですね」

「半信半疑?半分は信じてるの?」

「ええ。信じている、と言うより嘘を言っていることを怪しんでいるって所ですかね」

「嘘を怪しむ?」

頭をかしげるカーノさんに、僕は「はい」と答えた。

「仮に彼女が嘘をついているとして、もし嘘を着くなら、生きている人や無名の人にすると思うんですよ」

そもそも、三百年前の偉人を祖父って言うことは、年代、有名度など全てに無理がある。

「それに、カルフレットは生涯独身でしたから。孫どころか子供も怪しいですね。まあ今回は孫がいたと仮定します」

しかしながら、そんな仮定があるとしても、だ。

彼女の主張は自身がカルフレットの孫であること。この世界の大多数が知っている偉人を孫であるなんてすぐバレる嘘、子供でもつかない。

なのに彼女はそう言い切った。

自信満々に、堂々と胸を張って。

「そんなすぐにばれる嘘、わざわざつきますか?」

「まあ、私ならつかないかな-……?」

「僕もです。なら、現時点で考えられる可能性は三つ」

一つ。彼女は誰にでもばれる嘘をついている。

二つ。彼女は真実を言っている。

三つ。彼女は真実を言っている。しかし二つ目とは別に何かしらの訳や理由がある。

「ちょっと待って、ナリオちゃん」

僕の言葉を聞いて、カーノさんは右手の平を差し出しながら、僕の話にストップをかける。

「ナリオちゃんの考えてることで、一つ目は分かるわ。でも、二つ目と三つ目がよく分からないわ……」

「ああ、すいません。説明します」

まず、一つ目の可能性として。

彼女がバレると分かっている嘘を吐いていると言うことだ。目的、目論見などはあるかどうかも分からないので、彼女が何のために嘘をついてるかは考えていない。その辺は、彼女が起きてから聞けば良いと考えている。

「つまりこちらは、彼女が堂々と嘘をついている、と言うことです。特にそれは……?」

「私は、理解できるわ」

「俺もだ」

「分かりました。それでは次に二つ目の考えですが」

二つ目の可能性として。

彼女が本当にカルフレットの孫であると言うこと。つまり彼女自身、嘘をついていは無いということ。

「何故、どうして、などの理由は後回しとして、彼女は本当に三百年前の人間であり、なにか理由があって過去から来たとか、今に蘇ったとか」

「蘇りって、そんなことって本当にあり得るの……?」

僕の言葉に戸惑いながら首をかしげるカーノさんに、僕は苦笑いをしながら。

「いやぁ、どうでしょう……?」

「どうでしょうって、ナリオちゃんが言ったんじゃない」

「僕も過去から人がやって来るや蘇るなんて話は、物語ぐらいでしか聞いたことしかなくて……。まあ可能性の話ですし、僕もこの可能性は限りなく低いと思っています」

「あらそうなの?」

カーノさんの言葉に、「ふっ」とドイトンさんは無表情で小さく笑う。

「ま、その可能性にロマンはあるな」

「あなたまで……。そんなこと本当にあり得るの?」

「あり得るかあり得ないかが分からないから、ロマンなんだろ」

「そういうモノなの?私には分からないわー」

そう言ってカーノさんは首をかしげた。

「えっとまあ、二つめの考えがそういうことです。それで、最後の考えとしまして」

三つ目の考えとして。

彼女は真実を言っているが、それは騙された情報であると言うことである。

「彼女は誰かがついた嘘を信じ込んでいると考えています」

「えっ、あの子騙されてるの!?」

テマラさんが騙されている、と言う言葉にカーノさんは本気で驚いていた。

「あくまで可能性の話ですよ、カーノさん。まだ決定したわけじゃないですって」

「あ、ああ、そうなの……。良かったわ」

ホッと胸をなで下ろすカーノさんに、僕は「すいません」ととりあえず謝ると。

「しかし、そうなると」

すると、静かに口を開いたドイトンさん。

「その可能性があっていたとしたら、一体何のためにそんな騙され方をしたんだ?」

「それは、分かりません……。情報が少なすぎて……」

「まあそれは、そうか」

「確かにあの娘、カノヘットの孫としか言ってないからねー。あの娘のこと、まだ何も分からないままだわー」

「カルフレットです、カーノさん」

「あら、間違えた?でも惜しい間違じゃない?」

「妻よ、そういうことじゃない」

「あら?惜しくないかしら?」

「いや、そうじゃ……。すまないナリオ、話を続けてくれ」

無表情で頭を抱えるドイトンさんに「あはは……」と引きつった笑いで僕は返した。心の奥底で、ドイトンさん苦労しているなと思ったのは黙っておこう。

「とまあ、僕の考えはそんなところです。考えと言っても、僕の想像しているところが大半ですが」

「まあ、そうだろな。聞き出そうにも、相手はベッドで寝てるしな」

「はい。なので、彼女が目を覚ましたら、色々と聞こうと思います。まあ、問題の後回しだと言われれば、返す言葉がないのですが……」

「仕方ないさ。そうしたら、今日はやることはないという事か」

「そうですね。なので僕は、これからルーマの所に行きます。彼女の見張り、と言うと聞こえは悪いですが、様子見をしてきます」

「そうか。わかった、どれ」

そう言ってドイトンさんはゆっくりと立つと、カウンターへと向かった。

「あいつに飲み物を持って行くんだろ?何が言い?」

「フーバ茶で良いんじゃない?アレって少し苦いけど、飲むと眠気が取れるのよねー」

「そうだな。何処にあった?」

「奥の棚よー。私も今行くわ」

カーノさんはそう言うと、行きよい良く立ち上がってドイトンさんのに続いてカウンターへと歩いて行った。

「あ、ありがとうございます。あと、ドイトンさん。ものすごく言いづらい事があるのですが……」

「ん、なんだ?」

水を入れたポットをコンロの上にのせて僕の方へと振り返ったドイトンさんは。

「フーバ茶は嫌いか?」

「いえ、僕は好きです。お茶のことではなくて、彼女の食べた料理何ですが……」

「ああ、それがどうした?」

無表情ながら、首をかしげるドイトンさんに僕は申し訳なさそうに。

「……僕の仕事代金じゃら引いておいてください」

「……ナリオ、すまん。俺も聞きづらい事だったからあえて聞かなかったが、お前がそう言うなら俺も腹を割って話す」

「はい」

「今日分の金額じゃ足らない」

「足らない分は僕が払います……」

「なんか、すまんな……」

「いえ……。彼女に料理を進めたの、僕なので……」

お互いばつの悪い状態の僕とドイトンさんは「あはは……」と乾いた笑いで返し合ったのだった。



ドイトンさんが作ってくれたフーバ茶入りのポットとカップ二つを持ちながら、僕はゆっくりとナネテブ・ワルの階段を上がり、自分が借りている部屋の前へと立つ。三回ほどノックをし、カップを持った左手で器用にドアを開け。

「お待たせ、ルーマ」

僕はベッド前に座るルーマに声をかけた。

「よお」

「どう、テマラさんの様子は?」

「どうもこうも、爆睡状態だよ。見ろよ、これ」

そう言ってルーマは指差す方へと目をやると、ぐじゃぐじゃになった掛け布団と、両手を頭へとあげていびきをかくテマラさんの姿があった。

「コイツのいびき、どうにか何ねえか?見張りだから寝る気はねえが、雑音過ぎてイライラしてきたわ」

「まあまあ……。彼女も疲れてるんだと思うよ?」

「いっそのこと、顔に座布団でも乗せるか?したら、少しは音を遮断できんだろ?」

「テマラさんが窒息になっちゃうって……。まあ今日は諦める方向で。寝ないための音楽と思うことにしよう」

「こんな音楽聞いてたら不眠まっしぐらだぜ?ったく。禁竜の咆哮と良い勝負だよ」

呆れながら頭を掻くルーマに、「あはは……」と苦笑いで僕は返した。手に持っていたカップを一つテーブルに置き、もう一つにフーバ茶を注ぐ。ポットから薄茶色の液体が湯気を立ててカップへと入る。その際に香る匂いは、燻製の様な芳ばしい匂いだった。

「はい、フーバ茶。ドイトンさんとカーノさんから」

僕はそう言って、湯気立つカップをルーマに差し出すと。

「お、悪ぃな。ちょうど喉が渇いたところでよ」

カップを手に取り、啜るようにフーバ茶を一口飲んだんだ。瞬間、眉間にシワを寄せ、渋い顔をしながら。

「うひー。やっぱ苦えな、フーバ茶は」

「あれ、もしかして苦手だった?」

「逆だよ。むしろ結構好きだな。この苦味がたまらんのよ」

「ははは。それは良かった」

「むしろ冒険者でフーバ茶を苦手な奴が少ねえよ」

「そうなの?」

「ああ。夜に辺りを見張る時なんかによく飲むぜ。苦くて目は冴えるが、味には癖がねえから飲みやすい。茶葉を湯に入れるだけだから簡単だし、茶葉もたいした荷物にならないからな。冒険者には必需品だな」

「へえ。それは知らなかった」

「まあ全員が全員持ってる物じゃねえしな。味がダメとか、臭いがムリとか言う奴もいるが。ま、俺の知り合いの冒険者は嫌いと言うやつはいなかったな」

「そうなんだ。ルーマも持ち歩いてたの?」

僕は話を聞きながら、自分のカップへとフーバ茶を注いだ。

「いや、俺はめんどいから持ってねえ。一緒に行動する冒険者から一杯貰うってのは、よくやった」

「それは、どうなの……?」

渋い顔で首を捻る僕に、わはは、とルーマは快活に笑った。

「そういえば、アイツらはどうしたんだ?このちび助をベッドに運んで下に行ったきりだが」

「ウバルさん達は宿に戻ったよ。明日の依頼もあるし、テマラさんが目を覚まさないことには進展もないしね」

「そっか。ま、進展がないねぇ……」

ちらと目線をテマラさんに移したルーマは、少し考えたあと。

「ナリオは何か考えてんのか?」

「ん、何が?」

「コイツをどうするかをさ」

左手の人差し指でテマラさんを指した。

「んー。まあ今後どうするかは何個か考えてるけど」

「なら良いわ。後はナリオに任す」

「いや、ルーマも手伝ってよ」

「そりゃあ俺も手伝うよ。つっても、あくまでも手伝い位しかできねえと思うぞ。だから、ナリオが主軸で考えてくれよ」

「ああ、成る程。それなら、了解した」

「頼むわ。まあ、俺に考え事しろってのもムリな話だぜ?」

「あはは、僕それになんて答えれば正解なのさ」

「『そんなことない』の一言で十分じゃねえか?」

ルーマの言葉には「あはは」と再度笑って返し、自分のカップにフーバ茶を入れる。先ほどと同じ、芳ばしい匂いが辺りに漂った。ルーマは持っているカップを再度啜るように一口飲むと。

「ちなみによ、ナリオ」

低い声で僕に問いかけた。

「お前はコイツが言っている事、どれだけ信じてるんだ?」

「テマラさんの事?僕は……」

「あ、いや、待った」

僕が話し出すのを止めるように、左手のひらを見せるルーマ。

「まず俺の考えから話すわ。お前のを聞いてからだと、意見が傾きそうだ」

「成る程。そしたら、どうぞ」

「まず、俺はコイツの事を全く信じてねえ」

そう言って、ルーマは左手の親指でテマラさんを指す。

「確かお前が言うには、カルフレットは何百年も前の奴だろ?」

「うん。僕の記憶が正しければね」

「そんな奴の孫なんて、いくらなんでもムリがあるだろ。子孫ならともかく、あいつは孫と言い切った。だが実際には、そんなことはあり得るわけがねえ。なら、コイツの言うことは嘘になる。何で嘘をつくかは置いておいでだ。嘘つきを信じる奴は少ねえだろ。それに俺は、嘘つきは徹底的に怪しむタイプだからな。だからコイツの事は全く信じてねえ」

ルーマはそう、淡々と答える。

「確かに、ルーマの言うことには一理あると思う。彼女が言うことは、誰がどう聞いても十中八九虚偽だと考えるのが普通だしね」

「ま、一か二の確率を信じる善人もいるだろうがよ。誰とは言わねえが」

「あはは……。僕の事かな?」

ニヤリ顔で僕を見るルーマに、苦笑いで僕は返す。

「ナリオがどう考えてるか分からんけどよ、俺の様に信用を全くしてねえって訳でもないんだろ?」

「うーん、どうだろう……?信じてるとは言いきれないけど、嘘をついてるとは断言できないかな」

「その理由は?」

「下でドイトンさんとカーノさんにも話したんだけど、彼女は誰にでもばれる嘘をついている。もしくは彼女は真実を言っている。または彼女は真実を言っている。しかし二つ目とは別の理由がある。って僕は考えてるかな」

「はーん、成る程ね」

「理由は聞く?」

「いや、いいわ。俺も大体似たような考えだったし。んで、肝心の信用性は?」

「まだ一、二割程しか信じてないかな。テマラさんともう少し話せれば、お互いの信用が上がるかもしれないけど」

「ちなみに、信用出来ると考える理由は?こっちは聞いておきてえんだが」

そう言って、フーバ茶を一口飲むルーマ。僕は「ううん……」と唸り渋い顔をした後。

「これは、ドイトンさんとカーノさんには話してないけど」

「おう」

「……泣いた理由が分からないんだ」

「ん?」

「黒大戦争の話をしたときにテマラさんが泣いていたの、ルーマも見たでしょ?」

「ああ、そういやそうだな」

「あの話しに泣く要素が無いと思うんだ。ただただ歴史を語っただけ。関心はすれど、感動はしないはずだ。なのにテマラさんは泣いていた」

彼女は話を聞いて、泣いていた。

声をあらげる訳でもなく。

感情を爆発させる事もなく。

ただ静かに、何かを思い出すように。

静かに、涙を流していた。

「彼女が嘘をついているかもしれない。彼女は何かを隠しているのかもしれない。それでも、テマラさんが涙を流したのには訳があるはずだと思うんだ」

「それが、お前がコイツを信じる理由か?」

「うん。あの涙には、何か理由がある。何者かも分からない彼女でも、あの涙は信じて良いのかもしれない」

「いやいや、ナリオ。お前はお人好しすぎんだよ」

ルーマは眉間にシワを寄せてそう言うと、ため息を一つついて。

「涙を流すなんて、女の常套手段だろ?人を信用させるために、あいつらは何でもするからな。ま、それを抜きにしても、お前は簡単に人を信じすぎだよ。善人すぎだ」

「あはは……。よく言われるよ」

呆れ返るルーマに、苦笑いで僕は返す。

「ま、お前が良いならそれで良いわ」

「え?」

「俺が疑って、お前が信じる。それならバランスが良いだろ?」

「いや、それは……。ルーマが一方的に被害を受けるだけじゃ……」

「気にすんなよ。バツを引くのはなれてっから。それに、コイツは野放しにすると危険な気がするしな」

「え、何で?」

「理由はねえよ。ただの冒険者の勘だ。まあ、どこぞのどなたか知らない奴をそこら辺にうろちょろさせる訳にゃいかねえから、見張っとくのには変わらねえけどよ。それに、いざとなったらギルドに引き渡せば良いだけだし」

「それは、本当の最終手段じゃない?」

「むしろ最初に行使するか?」

「あっはっは」と陽気に笑うルーマに、つられて僕も静かに笑った。

「ま、何はともあれコイツが起きたら聞きたいことが山ほどあるからな」

「まあね」

「あと食い物代を払って貰わねえと」

「それは僕が払っておいた」

「え!お前が払ったのかよ!」

「立て替えただけだけどね。さすがにツケだと、ドイトンさんに悪いと思ってね」

まあその前に。

料理を進めたのが僕だから、それをツケになんてムシが良い話しだ。ドイトンさんもカーノさんも信用しているし、信頼もしている。だからこそ、金銭などは妥協をしてはいけない。僕は二人を信じているのと同じくらい、二人も僕を信じてくれていると思うから。小さな歪みで、二人との信頼関係を崩したくない。

「あー。ま、それもそうか。最終的にコイツに取り立てればいいだけだし」

納得した様子でルーマは軽く頷く。僕は部屋にある椅子をルーマの隣に置き、お茶のはいったカップを持ち座った。

「しかしながら、今日は寝ずの見張りだぜ」

「そうだね。見張るなら二人の方が良いから、ルーマには悪いけど朝まで付き合ってほしい。あと、一人だと寝そうだし」

「任せろよ。何を語る?何を話す?朝までとはいわず一日中でも構わないぜ」

「それは、勘弁して。でも、そうだなあ……」

頭を横にし顎に手を当て、僕は「ううん……」と考えて。

「あ、そしたら予定を立てよう」

「予定?」

「ガルイダの近くはフラッと行けてフラッと帰れるから、次の冒険はニール平原と同じくらいの場所にしようと思うんだ。だから、その為の準備や日にちを決める予定を立てたいなと思って」

「おおっ!いいな、遠征か!」

「ルーマ、声でかいって……!」

人差し指を口の前に持っていき、ルーマに音量を下げるようジェスチャーを送ると、ルーマは慌てるように両手で口許を押さえて。

「わ、悪い……」

僕はテマラさんを見ると、彼女は寝息を立て、幸せそうにグウグウと寝ていた。僕は安堵の、ルーマはドン引きしたように、お互いにため息をついた。

「とりあえず静かに、静かに打ち合わせをしよう」

「お、おう。分かった」

「とりあえず」と僕は仕切り直すように言うと。

「行き先は、候補が何点かあるんだ」

「おう、どこだ?」

「まず一つ目が、ベルガー湖海。ガルイダから南に行ったところにある湖で、距離的には往復四日位かな。二つ目にツヴァイゲル山。これもガルイダの南にある山で、往復二日位だね。三つ目にピノノ深林。これはニール平原奥地にあって、移動もニール平原と同じくらい。往復二日で見てれば余裕に着くよ」

「いいなぁ、いいなぁ!ワクワクするぜ!」

「場所の説明は?」

「是非とも頼むわ!」

「了解。それじゃあ、まずはベルガー湖海から」

ガルイダから真っ直ぐ南に進んだ先に、横長に丸い楕円形の湖がある。見た目は何ら普通の平地にある湖であるのだが、読んで字のごとく湖にある水は全て海水なのである。

「ちょっと待てよ、湖だろ。そんでもって、海水はしょっぱい水だ。湖の水がしょっぱいなんて聞いたことねえぞ?」

「普通はそうだね」

「つーことはだ、どういうこった?」

首をひねるルーマに、僕は答える。

「そこの湖の湧き水が、海水なんだよ」

ベルガー湖海の西側と東側には複数の大穴が確認されている。ベルガー湖海は西から東に水の流れを作り移動している。というのも、西側からは海水が湧き出ており、その海水が移動して東側へと吸い込まれているのだ。

「海から地面の下を通って、湖海の西側から出てきてるとは言われているけど、原理は不明らしい」

「不思議な海の湖って訳か」

「それぐらいの解釈で良いと思うよ」

「はーん、成る程ね。分かったような、分からんような。ま、良いか。んで、次の候補が……山か?」

「ツヴァイゲル山ね。これは、一つの山にある三日月状の二つの山頂が特徴的な山だね」

ガルイダから南に進んだ場所にあるこの山は、地面の地殻変動でおきた山である。

「地殻変動?」

「まあ、地震が起きて地面からニョキっと山が現れる感じのイメージ。溶岩とかでできた山じゃないんだ」

「はあ。それだけ聞くと普通の山っぽいけどよ、名前が着いてるって事は何かしら特徴があんだろ?」

「ご明察通り。見た目は普通の山で、標高も高すぎる訳じゃないんだ。ただこの山は、ある特徴を持っているんだ」

ツヴァイゲル山の特徴、それは。

あの山は地殻変動でできた山であり、そして今もなお、地殻変動し続いている山であるということ。

「……あ?どゆこと?」

再度、ルーマは首をひねる。

「あの山は地殻変動で地面から生えてきた。これは普通の山と変わらないよ。一見、山は微動だにしていない様に見えるけど、そうじゃないんだ」

ツヴァイゲル山の外側。山外殻と呼ばれる部分は、固い黒土で覆われている。固い外殻は、外部からの振動を跳ね返す性質を持っている。その効果は山外殻の中も同じであり、今もなお山の内部は地殻変動が起きているのである。それに加えて山外殻は自己修復を行い、山に穴を空けたとしてもすぐに元に戻ってしまう。

「こっちのイメージとしては、山の中身が時間が立つにつれ変わっていくって感じかな。だから、山の中でとれる鉱石も変動し続ける」

「成る程ねえ。ヘンテコな山って訳だ。んで、最後は森林だっけ?森か?」

「そう。ピノノ深林。森の林のほうの森林と言うよりかは、深い林のほうの深林だね。深林と言っても、ここに生えてるのは樹木だけじゃないんだ」

ピノノ深林に生えているモノには、大きく分けて二種類ある。一つは樹木で、これらは深林の七割ほど群生している。木は硬く重量のあるモノや、柔軟性のあるモノ、特殊な液体を出すものなど、多種多様にある。

そしてもう一つ、ピノノ深林に生えているモノとして、樹木並みに育ったキノコが有名である。

「キノコ?」

「そう。木と同じくらいの高さまで成長する種のキノコが群生している」

「美味いのか?」

「残念、食用じゃないんだ。食器洗いのスポンジや寝具とかで使われるモノらしいよ」

「へえ、そうなのか。なんだ。キノコが食い放題って訳じゃねえのな」

興味が薄れ、ルーマは少しばかり気をおとしていたが。

「でも、防具の部品にも使われることもあるらしいよ。緩衝材の部分とかで使われるって聞いたことがある」

「おお、それはちょっと興味あるわ」

僕からの追加情報に、興味が再加熱された様だった。

「とまあ、この三ヶ所が候補地だね。まあ、テマラさんの案件を終わらせないと行けないけどね」

「ってたく、コイツがよお……」

じろりとルーマはテマラさんを睨み付ける。が、テマラさんは先ほどと変わらず、深い眠りの中であった。

「まあまあ……。それにジゴセググの事もあるから、それが少し落ち着いてから出発かな」

「まあ、それもそうか」

そう言って、カップの中のフーバ茶を一口飲んだ。僕もカップに口をつけ、啜るように一口飲む。独特の苦味と香ばしさが、口の中に広がった。

「あ、ちなみによ。話しは戻るが、ナンタラ湖海にでる禁竜や魔獣はどんなんだ?」

「ベルガー湖海ね。たしか、禁竜は湖の中にはいなかったと思うよ。魚ばっかりだって。でも湖海の魚を狙う禁竜が集落近くに集まるらしくて……」

そう僕らは、テマラさん寝ているのを見守りながら、次の冒険について、楽しく朝まで語り続けていた。

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