第3話③
「顔色は……さっきよりも良くなってますね。もう安心です」
小さく寝息を立てて眠るルフーナさんの顔をのぞき込みながら、僕はそう言った。
ルーマ達が森へ食料を取りに入ってから少し経過して。すやすやと寝ているルフーナさんを見て、安心し慈しむような表情をするキャディさん。僕は話を続けて。
「食事の準備が出来たら起こしましょう。それまでは、休ませてあげてください」
「本当にありがとう、ナリオさん……」
「困ったときはお互い様ですよ」
「あら、お優しいことを言うのね。何か見返りでも要求するのかと思ったわ」
テーブルに腰掛け、右足をさすりながら目を細めた笑顔で僕に言う。
「いやいや。そんなの求めませんよ」
イコナさんの言葉を、僕は笑って返す。
「しいて言うならば、僕が困ったときに声を掛けてくれる位で良いです。それで見返りを貰ったてことで」
「へえ。あなたって珍しい人種の人間ね」
「それは褒め言葉ですか……?」
「ええ。私の会って来た人の中では、ダントツにいい男よ」
「喜んで良いのかどうなのか……」
とりあえず、褒め言葉として受け取ることにした。
「さて、次はイコナさんの調合品を作らないと」
「あら、私の?見返りは何を与えればいいわけ?」
「入りませんって」
苦笑いで僕は言葉を返す。木箱を開け、小さなすり鉢とすりこぎ棒、ナイフを取り出す。
材料の中からホレイダケを一つ取り出し、ナイフで細かく切っていく。
「これをすり鉢で細かくすれば完成です」
「えっ」
「そうなんですか!」
驚くイコナさんとキャディさん。それもそうか。僕も初めて作ったときは、あまりの簡単さに本当にあってるかどうか不安だったもんだし。
「調合品とは言いましたが、これに至っては魔力や精製水は関係ないですね。ホレイダケの持つ熱を吸収するという材料濃度だけが必要なだけですから」
細かく刻んだホレイダケをすり鉢に入れ、すりこぎ棒でたたきつぶすように混ぜていく。最初は固形のホレイダケだったが、すりつぶすごとにホレイタケから冷却効果のある水分が出る。これを何回も何回も繰り返し、ドロドロの液体になるまでかき混ぜる。
「はい、完成。火傷なおしです。本来は火傷した場所に対しての調合薬ですが、冷やす効果があるので湿布代わりに使用します」
「湿布代わりって事は、飲まなくて良いのね」
「はい。ホレイダケは、あまり美味しくないですからね……」
「食べたことあるんですか?」
何故か興味津々に聞いてくるキャディさん。
「気になって少しだけ」
「え、それ聞くと逆に気になりますけど……。ちなみに、味は?」
「無味です。かみ続けると少し苦みが出てきますが。ただただ冷たいだけの味のないキノコです」
ちなみにカイロダケも同じ。冷たいのが温かくなるだけで、基本は無味。とても美味しいとは言えない代物である。
「これを、布に着けて貼り付けます」
ショルダーバックからキレイな布を取り出し、ナイフで小さい長方形に切る。ホレイダケをすりつぶしたモノを布にほどよく着けて。
「少し冷たいですが……」
ゆっくりとイコナさんの右足首に貼り付ける。冷たさに驚いたのか、表情をピクリと少し動かしたイコナさん。だけどそれは最初だけで、貼り付け終わるまで余裕の表情であった。
「その上から包帯でグルグルと巻けば……」
残った布を細長く切り包帯代わりにして、貼り付けた布に巻いて固定する。僕は少しキツく縛って。
「動かせます?痛かったなら緩めますが」
「いいえ、大丈夫よ。動かせるし、上手く固定されているわ。貼り付けた方もじんわり冷えてきて気持ち良いわ」
「よかったです。ガルイダに戻るまでの応急処置ですので、戻ったら医者の診察を受けて下さい」
「ええ、分かったわ。ありがと」
イコナさんは包帯の上から右足をさすり、小さく笑う。
「すごいですよナリオさん。冒険者で調合士の腕も一流なんて」
満面の笑顔で答えるキャディさんに、僕は申し訳ない気持ちと共に目線をそらして。
「ただの銅級調合士ですよ。それに、僕は冒険者じゃないですので……」
「ええっ!」
キャディさんの驚く声が、休憩所全体に、そして森までこだまして消えていった。
「「ええっ、冒険者じゃないの!」」
口いっぱいにこんがりと焼いた肉を頬ばったディンさんとウバルさんは、一言一句同じ言葉を被せて言った。
「てっきり冒険者だとばかり思ってた」
「俺もだ……」
「しかも!私達より年上だからね!」
「「ええええっ!」」
「あははは……。これでも二十一歳でして」
まあ僕、身長小さいからね……。
外見は幼い感じはしないとは思うけど、身長が小さいとどうしても幼く見えてしまう。この中で一番小さいのが僕だから、どうしても幼く見えてしまうのだろう。
「ああ、ナリオは俺と同い年だぜ。っておい!ディン、ウバル!お前ら食い過ぎだぞ!」
「いや、一番食べてるのルーマだからね?味見したいって言うから一口あげたけど、それで何口目なの?」
「結構食ったぜ」
「自慢にならないから」
「安心しろよ、まだまだ入る」
「それは飯の時にしてね。て言うか、味見の意味分かってる?」
「おう、美味かった」
「それはどうも。すぐに準備するから罰としてテーブルでも拭いといて。ウバルさん、ルフーナさんを起こして貰えますか?スープを作りましたから、消化に良いと思いますし。食べられれば良いのですが」
「おうっす!あ、いや、はい!」
「別に良いですよ、無理して敬語を使わなくても」
「分かったっす。今、呼んでくる」
「それじゃあ皆さん、料理を配りますから配膳を手伝って下さい」
僕は残ったメンバーに、作った料理の配膳をお願いした。
すこし前に経緯を遡る。
イコナさんの足に包帯を巻いて、調合に使用していた道具を片していると。
「ナリオ、戻ったぜー」
右手に耳の長い魔物を持ったルーマの姿があった。大きさは一メートル程の大きさでまるまると太っており、白い毛皮と黒の斑点模様が特徴的な魔物だった。
「見ろよ、でけえウサギだ」
「シグラビット!この辺にもいたんだ」
「シグ……。これ食えんのか?」
「美味しいよ。……って、知ってて狩ってきたんじゃないの?」
「知らん。たぶんウサギなら食えんだろ的なノリで狩った」
「ノリて……」
食べられなかったらどうしたんだろうか?
たぶんルーマのことだから『無理矢理食えるようにしてくれ』とか言いそう。
「血抜きはしてある。後は洗って解体するだけだ。井戸近くでやってきちまうよ」
「お願い。ディンさんとウバルさんは?」
「ああ。あいつらなら後ろにいるよ」
左の親指で後ろを差し。
「ルーマさぁん……」
「は、速いっす……」
ディンさんとウバルさんは疲労の表情で、ルーマに少し遅れて現れる。二人の両手には葉物野菜や根菜が沢山抱えられていた。
「遅えぞ?」
「ルーマさんが速いんだよ……」
「シグラビット追いかけた後なのに何でそんなに動けるんすか……」
「ウサギはそんなに速くはなかっただろ。動きも単調だから捕まえるのは楽だし」
「あれ、そうだっけ?シグラビットって、速い動きと素早いフェイントで他の魔物から逃げるのが特徴だったと思うけど」
「細けえ話は後にしようぜ。捕まえられたから良いじゃねえか。俺はこいつ解体して来っから、ナリオは取った野菜が食えるかどうか判別しといてくれよ」
「食べられるモノを取ったんじゃないの?」
「訂正。美味く食えるかどうか判別しといてくれよ」
「はいはい、了解」
僕がそう答えると、ルーマは井戸のある方へと、シグラビットを持って歩き出した。僕はルーマを少し見送った後。
「ディンさん、ウバルさん。野菜の採取、ありがとうございます向こうのテーブルで仕分けますから持ってきて貰っても良いですか」
「それは良いんすけど……。一ついいすか?」
ウバルさんは申し訳なさそうな顔をして、僕に恐る恐る聞いた。
「野菜なんですけど、俺達にも少し分けて貰えませんか?」
「良いですけど、何をするんですか?」
「何を……?いや、普通に夕飯として食うんですが」
首を横に捻った僕に、戸惑いながらウバルさんはそう言った。僕はすぐさま、ウバルさんの言うことと僕の言い分がかみ合っていないことを察して。
「それなら大丈夫ですよ。僕が皆さんの分も作りますんで、一緒に食べましょうよ」
「えっ?」
「良いんすか……?」
「はい、是非とも。皆で食べた方が美味しいですから」
ウバルさんとディンさんから野菜を受け取った僕は、食べられるかどうかの餞別をはじめた。結果的に言えば、三人が採ってきた野菜は全て食べられるものであった。トトイモ、アークニンジン、カジカブにセメンキャベツ、ヤラナノハナの芽。僕の想像以上の食材がそろっていた。後はルーマが狩ってきたシグラビットも合わせれば、今日の人数分は十分に賄える。ルフーナさんの体調のことも考えて、消化の良いスープは作りたい。とするとだ。
「こうなるよな」
ドイトンさんから借りた鍋の中身をかき混ぜながら、僕は呟いた。
トトイモは粘りが強いが、茹でることで粘りは少なくなる。これは皮をむくだけで下処理が終わる。アークニンジンとカジカブは皮をむいてから細かく角切りに。セメンキャベツは大きくちぎれば大丈夫。ヤラナノハナの芽は、半分に切るだけオーケー。
下処理した野菜をお湯の中に全て入れて、しこたま煮込む。具材に火が通ったら塩で味を調えて。
「完成、なんちゃってスープ」
別名、投げやり鍋とも言う。まあ味付けはしっかりと行なった。少し薄味だけど、ルフーナさんが食べるなら、これくらいの塩気が妥当だろう。足らない分は各々調整して貰おう。
「味見を誰か……」
「俺がする!」
手を挙げたディンさんに、僕はスープを入れた器を渡す。ディンさんはなんの躊躇もなく一口のみ。
「美味いっ!暖けぇ……」
「ただの塩味ですけどね。味は大丈夫そうですね。お肉の方はどうですか?」
「さっき見た感じだと良い感じに焼けてたぜ!」
僕は同時進行で調理を行なっているシグラビットの丸焼きに目をやる。ドイトンさんからかりた秘伝のスパイスをかけ、焦げないように丁寧にローストしたシグラビットは、肉汁をこぼしながら表面をこんがりと焼かれていた。ほどよい焦げとスパイスの香りが、食欲をそそる。
「肉の様子はどう、ルーマ?」
僕はシグラビットの表面をローストするルーマに声をかけると。
「ナリオ……」
「ん、どうした?」
「腹減った……」
「ははは……。良く焼けてると思うし、もう良いんじゃないかな?向こうに持って行って温かいウチに食べよう」
「賛成だ!ああ、やっと食えるぜ……」
安堵したような表情をするルーマに、僕はクスリと笑うのだった。
「「「「「ごちそうさまでしたっ」」」」」
テーブルの上にあった食材は空となり、食事を終える挨拶をして。
「あーっ、マジで食った!今すぐに横になれれば寝れるっすわ!」
「本当にね!冒険中の食事で一番美味しかったかも!」
「それな!温かいスープがあるだけで格段に違うな!」
「うん。お肉も良い香りで美味しかった」
ウバルさん、キャディさん、ディンさん、そしてルフーナさんは、満足した表情で食事の感想を言ってくれた。
「そんな、大げさですよ。ねえ、ルーマ」
「いや、美味かったぞ?なあ姉御」
「ええ。私はスパイスが最高だったわ。アレはナリオちゃんの手作り?」
「いえ、友人のを借りしました。僕もよく食べていた味でして、特に鶏肉に掛かっていると絶品なんですよ」
「ああ、あのスパイスは鶏肉だと美味いよな。いや、このウサギでも美味いけどよ」
「でもシグラビット以上に美味しいんでしょ?いつか食べてみたいわね」
二人も満足した表情で、僕にそう言った。
「やっぱ出先で温かい飯を食うだけで、明日の疲れからやる気まで違うからなー。美味いと尚更テンション上がる」
ルーマの言葉に、ウバルさん達は大きく頷き、イコナさんまでも「確かに」と納得していた。
「それこそ大げさじゃない?」
僕が笑いながらそう言うと、ルーマ以外の皆が「え?」と目を丸くした表情で僕を見た。
「いやいやナリオさん。マジでうまいもん食うとテンション上がるっすから!」
「依頼が終って疲労困憊のなか休憩所に来た時なんて、誰も何も作る気ないもんね」
「結局、非常食として持ってきたカチカチの硬いブロッククッキーを水で流し込むもんな」
「アレ美味しくないんだよね……」
「はは、おめえら銅級はまだ青いな。俺なんて、非常食のブロッククッキー一口分しかなかった時もあったぜ。腹減って寝られなかったっつーの」
「それでも食べられるだけマシよ。アタシなんかカビが生えてたわ。その日は夜ご飯抜きだったわよ」
「なんか食いもん取りに行けばいいじゃねーか」
「疲れてたのよ……死ぬほどねっ!」
冒険者あるあるが次々と出る中。
「ところで、お前ら銅級の数字はいくつなんだ?」
そうルーマは四人に気軽に聞いたルーマの問いに答えたのはウバルさんで。
「俺とディンが銅級の十九。キャディが銅級の十七、ルフーナが銅級の十六っす」
「へえ。もう少し頑張れば銀級になる試験を受けられるじゃねえか」
「今が一番の頑張り所って訳で」
ルーマとイコナさんは軽く頷いて、四人にエールを送った。
「はい。なので銀級への試験の為、数字をあげようとして依頼を受けていたんです。依頼は無事に終わっていたのですが……」
「急に、僕が何かに襲われたんです」
ルフーナさんは目を伏せ、両手を組み、強く力を入れて握る。
「皆、ゴメン……。僕の不注意で……」
「でもあれは!いきなり襲われただけで、ルフーナにも俺達にも落ち度はなかった!」
「そうだよ!あんなの防ぎっこないって!」
落ち込むルフーナさんに、ディンさんとキャディさんは、励ますように声をかけるも、ルフーナさんの表情は暗いままであった。
「でも、僕は……」
「下手したら死んでいた」
ルフーナさんの言葉を遮り、イコナさんは静かに言った。イコナさんの言葉に皆、言葉をなくす。
「ルフーナちゃんが気にしてるのは、その点でしょ?ナリオちゃんがいなかったら、十中八九死んでいた。そんな自分が本当に銀級に何てなれるのか、何て思ってるんじゃないの?」
「……はい」
ルフーナさんの心を読むように、イコナさんはそう言って。
「間違いよ」
すぐさま否定をした。
「考え方がネガティブなのは別に構わないわ。性格なんて人それぞれだし、アタシも否定する気はない。準備不足なのは、あなたの問題ではなくチームの問題よ。貴方一人だけ気にしても意味ないわ。全員、次から気をつけなさい。死にかけた?あなたは生きてるじゃない」
「でもそれは、結果論であって……」
「良いじゃねえか、結果論だろうがなんだろうが生きてんだから」
戸惑うルフーナさんにルーマはイコナさんの意見に同調したようで。
「冒険者家業なんて、生きたもん勝ちだよ。死ねばそれまで、そこで終わり。そんなの俺達は冒険者になったときから変わらねえよ」
仲間割れだろうが。
準備不足だろうが。
禁竜との戦闘だろうが。
死ねば終わりなんだ。
「銀級の奴ら全員が全員、ルフーナのような覚悟を持って冒険者やってる奴らばかりじゃねえ。銀級の奴でも、突然、毒で命を落とす奴もいれば、他の生物との急な戦闘で命を落とす奴もいる。仲間との報酬争いで死ぬバカな連中もいたっけな」
ま、俺が言いたいことは。
「お前達は確かに『何か』に襲われて、死にかけた。不慮の事故に対して対策もしていなかった。んで、そのせいでルフーナが死にかけた。でも運良く俺達に助けられた。冒険者は生きたもん勝ち。だからお前らの勝ちだ。そう言うことだろ、姉御?」
「ええ」と少し笑いながら頷くイコナさん。
「だから悲観することはないわ。今まで通り、間違いを無くす事に努め、精進しなさい。なんて、アタシ達が偉そうに言える立場じゃないのだけれども」
「まーなー。俺なんて、銀に落ちてからまだ数日だからな」
「ええっ!ルーマさん銀に落ちたって……!元々金級だったんですか?」
「あら、知らないのかしら?ルナカニア王国ではかなり有名な冒険者なのよ?」
「マジで!ルーマさん実はすごい人だったの?」
「実はってなんだ実はって」
驚くキャディさんに目を丸くしたディンさん。特に金級であったという事には、四人とも驚いていた。
「実際にルーマはすごいからね。いろんな記録を立ててたじゃない」
「そうなんですか?」
僕がそう言うと、先程よりも明るい声でルフーナさんは興味を持って。
「あー。アレ実はカラクリあるぞ?対峙する禁竜の情報は全部ナリオに調べて貰ってたとか、討伐に持っていく薬をナリオに全部そろえて貰ったりしたとか。ああ、あと武器の手入れもナリオに一緒にやって貰ったっけ」
「ナリオちゃんにオンブにダッコじゃない。どんな金級冒険者よ」
「いつも助かってまーす。それに、もう銀級でーす」
「あら、今アタシの琴線に触れたわね?足をくじいてなかったら、今頃アナタを切ってるわよ?」
「止めてくれ、切られたら死ぬから。いや、ホントに。いつも助かってますわナリオ。明日の仕事も全力で頑張りますわ」
「あ、それは助かる」
体を左右に揺らしながら、どこか戯けた様子で話すルーマ。まあ、ルーマがこんな状態の時は、大体恥ずかしがっているときでもある。
「仕事……。ねえルーマさん。ルーマさんの依頼って聞いてもいい?」
「ん?ガング十頭の討伐。もう終わってるぜ?素材解体と証明解体はどちらも終わってるし、ちゃんと遺体も埋めた。なあ、ナリオ?」
「ああ、うん。埋めたね……」
ちなみに解体も僕は手伝わされた。別に血を見ることに関しては、特に何ともなかったけれど、内蔵系の処理が少し血なまぐさくて気持ち悪くなってしまったのを思い出し、少し吐き気が口へと上りかける。食べたものを戻さないよう何とか押さえ込み、頭の中に浮かんでしまった映像を、頭を数回ほど横に振り消し去ることに努めた。
「明日は少し野暮用でよ。てか、こっちの野暮用の方がメインだけども」
「メイン?依頼も終わったのに他に仕事ですか?」
ルフーナさんの疑問に、ルーマは気怠そうに。
「変な奴からポーション作れと依頼され、しかも頭の悪い条件を出してきやがってだな。銀貨一枚でポーション十一本作れと言われたよ。面倒くさいったらありゃしねえ」
「変な奴って……。その依頼って断れないんですか?」
「喧嘩売られたんだよ。買うしかねえだろ?」
「ルーマさんが喧嘩を買ったんですか?それとも売ったんですか?」
「どういう意味だ、キャディ。俺が喧嘩を売る人間に見えるか?俺とナリオは買った方だよ」
「え、でもポーションを調合するんですよね?それは……」
「ナリオがするぜ。第一俺に調合なんて出来るわけねえだろ」
「……ナルホド、ソウデスか」
何か諦めたように、キャディさんは事務的かつ機械的に会話を終わらした。それを見ていたルフーナさんは呆れたようなから笑いをした後。
「でも銀貨一枚でポーション十一本作れって、それは可能なんですか、ナリオさん」
「普通の方法じゃ不可能です。材料を買い揃えるのにお金が足らなすぎます。なので別の方法で材料を集めることになりまして。その方法って言うのが自分達で薬草を採取しようと。それで、ルーマと二人で薬草取りにきたって訳です」
「でもそれって、かなりの本数が必要なんじゃ……?」
「ざっと計算して……。薬草五十株あれば間に合います」
僕の発言に「五十株!」と声に出して驚くルーマ。
「マジかよ……。めんでー事頼みやがってあのヤロー!」
座る体勢から寝るように倒れ込み、両手両足を伸ばせるだけ伸ばして背伸びをする。
「ま、ぼちぼち頑張るわ」
「そうだね。頑張るしかない」
ルーマの気の抜けた言葉に、僕の気の抜けた返答していると。
「ナリオさん!」
覇気のある声で、ウバルさんは立ち上がって会話を切り出して。
「その薬草集め、俺達にも手伝わせてくれっす!」
そのまま頭を下げた。
「え、いや、どうしたんですか急に……」
「ルフーナの命を助けて貰って!その上、飯までごちそうになって!これでこのまま帰って良いわけがない!あなた達に恩返しをしないと、俺達は冒険者として大事なモノを失うと思うんす!」
「ウバルさん。そこまでのことじゃないと思いますが……」
「そこまでのことっす!どうかお願いするっす!」
頭を下げるウバルさんの姿に、ディンさん、キャディさん、ルフーナさんも立ち上がり、頭を下げた。
「俺からも、お願いだ!恩返しをさせてくれ」
「私も精一杯お手伝いします!」
「僕も、お願いします。ウバル兄さんの言うとおり、このまま何もせずにこの場所を離れたら、冒険者として停まってしまう。金級どころか銀級も、夢のまた夢で終わってしまいます。だから、アナタに恩返しをさせて下さい」
四人が深く頭を下げる姿に僕は少し戸惑い、慌ててルーマを見た。
お前の好きにすれば良い。
ナリオは優しく笑いながら言って、僕に判断を任せてくれた。ぼくは小さく頷いて。
「分かりました。是非とも、お手伝いをお願いします」
僕の言葉に、四人は静かに頭を上げて。
「任して下さいっす!」
「薬草集めは銅級の十八番だ!速攻で集めてやるぜ!な、ルフーナ!」
「うん。しっかりとお役に立つよう頑張ろう」
「でも、ルフーナはあまり無理しちゃダメよ?病み上がりなんだから」
「そうですね。でもそれはルフーナさんだけじゃなく皆さん全員にいえることですから。あまり無理はしないで下さい」
「そうだぞー。無理せず無茶せず、俺とナリオに楽させろー」
「ルーマそれはちょっと……」
「大丈夫っすよ、ナリオさん!俺とディンななんてこの前……」
声高らかに話を始めたウバルさん。僕は話を聞きつつ、上体を起こし、座る体勢へと戻したルーマがイコナさんとの会話をしているのを見て。
「ん?姉御、なんだか楽しそうじゃねえか」
「ええ。久しぶりに騒がしい夜だわ。足を挫いて最悪だわと思っていたけど、皆でご飯を食べて話をする。これだけで、今の気分は悪くないと思えるわ」
「へえ。ま、そう言う俺も久しぶりに楽しいけどな」
「お互い苦労してるわね」
「いや、まったく持ってそうだな」
「彼らも、彼も、最高に素敵よ。ああ、もちろんアナタもね」
「そりゃどーも。お褒めに預かりコーエーだぜ」
笑顔の二人を確認した後、僕はウバルさん達の話に耳を傾けていった。
「よしっ!これで八株目だぜ!」
「マジかよ!早いなディン。俺はまだ、さっき見つけたので六株目だ」
「この調子でどんどんといくぜー!」
「おー。頑張れよ銅級ども」
「ルーマさんはどんだけ集めたっすか?」
「二株」
「少なっ!」
「真面目に探さないと、ナリオさんに怒られるっすよ!」
「あいつら何やってんだか……」
森の中で薬草を採りながら騒ぐルーマ、ウバルさん、ディンさんの三人を見て、キャディさんはため息と共にそう呟いて。
「まあ、元気なのは良いことじゃない?元気すぎるのはウザったいけど」
「アレは元気すぎますよ!ルフーナもそう思うでしょ?」
「実の兄をウザいとは言いたくないよ……。まあ、元気すぎると思うけど、元気なことは良いことじゃない?」
「限度があるわよ」
「確かに。アレは限度を超えてるわ」
遠くで採取する三人に、厳しい意見のキャディさんとイコナさん。困った表情で笑うルフーナさんに少し同情しながらも、僕は薬草の仕分けをしていた。
一夜明けて。
僕達は休憩所から少し離れた場所。森の中を出て、草原地帯へと足を伸ばしていた。森の中とは違い木々はなく、背の高い草が至る所で塊で生えており、高い草の近くで生えている薬草を採取していた。採取を行なうのはルーマとウバルさん、ディンさんの三人。僕も参加しようとしたのだが。
「採取なんて三人いれば十分だ」
ルーマの一言で、僕は採取から後方へと下がり、集めた薬草の仕分けを行なうことになった。ルフーナさんは体長が完全ではないため、キャディさんはその付き添いのため、僕と一緒に薬草の仕入れを行なうことに。ちなみに、イコナさんは馬車が来るまでの間、暇なので一緒にいると言うことになり、仕分け組を見守る監督者を行なうことになった。
「ナリオさん、これはどうですか?魔素量が少し微妙なんですが……」
ルフーナさんは、僕に薬草一株を見せる。僕は右手の円で薬草をのぞき。
「そうですね……。これは予備に回しましょう。個数には入れないと言うことで」
「分かりました。キャディ、これは予備に回して」
「オッケー。それじゃあ必要な株数は、二十二株と変わらずね」
「なら、次、彼らが持ってくる薬草のチェックで十分足りそうね」
「そうですね。僕もナナイロダケやマルダケとかの採取も出来たことだし、採取は十分ですね」
僕はそう言って、カゴの中を見る。初日にゲットしたナナイロダケや、新しくゲットしたマルダケや蒸気草など、調合の手助けになりそうなモノも手に入った。
「おおむね順調です。と言うか、取り過ぎるかもしれないと心配になってきました……」
僕は真顔でそう言うと、ルフーナさんとキャディさんは噴き出すように笑って。
「流石の兄も、取り過ぎるまでは採りませんよ。銅級だって、冒険者の心得ぐらいは身に付けてますから」
「ディンもバカだけど、それぐらいは覚えてますよ」
「冒険者の心得、ですか?」
僕は先程と変わらず真顔でそう尋ねると。
「『冒険者の心得その七 採取は完全には行なわず』って考え方があるのよ。取り過ぎは森の生態系に影響を与えてしまうから御法度なの。それは薬草以外にも、鉱石や昆虫採集、漁でも言えることで、採取の仕方があまりにも悪質な場合は、ギルドからペナルティをくらって、自信の階級が下がる事もあるわ」
「悪質ですか……」
確かギルド職員時代にも見たことあったっけ。あのときは確か、金級冒険者が、鉱石の採取をしていた銀級冒険者数名を摘発してたっけ。取り過ぎた鉱石はギルドが関与しない商店に横流ししていたとか聞いたけど。摘発された冒険者は階級数字が下がり、数日の謹慎処分になってたっけ。
「今回のを見る限りは、取り過ぎではないわね。三人ともほどよく残して採っているわ」
「それは良かった」
イコナさんの言葉に、僕は胸を降ろした。ここでルーマが摘発されてしまったら、銀級所か銅級にまで下がってしまう。流石にそんなことがあってしまっては、今度こそルーマに合わす顔がなくなってしまうモノだ。
「この調子ならすぐに終わりそうね。馬車を待ってる時間の暇つぶしにはならなそうだわ」
「ええ、余裕を持って休憩所に戻れそうですね」
「このまま何事もなければ幸いよ。間違っても、ルフーナちゃん達を襲った奴なんかには会いたくないわ」
イコナさんは冗談交じりか本気かは分からない仕草であったが、僕はその意見に対して。
「本当に、そうですね」
そう言って、同意をする。
「ナリオさん」
すると、キャディさんは会話に横入りをして。
「ルフーナを襲った奴の正体、知ってるんですよね?」
「確証はないけど、思い浮かんだ生物ならいます」
「それってどんな……?」
真剣な表情のキャディさん。ルフーナさんも真っ直ぐ僕を見つめ、答えを待つ姿勢をとる。
僕はイコナさんをチラと見ると、イコナさんは静かに頷いた。僕は了解し、そして二人に向けて。
「キャディさん達が見た青色の体、丸い岩のようなモノ、そしてルフーナさんの近くにあった白いトゲ、極めつけに相手を毒状態にさせる生物」
その条件下で僕が考えられる禁竜は、一体のみ。
「第二級禁竜、ジゴセググです」
第二級禁竜、ジゴセググ。
青色の体と尾の先にある丸い膨らみ、そこに生えた無数の白いトゲが特徴のある飛龍型の禁竜である。別名、毒の女王とも言われ、尾の先にある丸い膨らみを振り回すように相手にぶつけて攻撃し、白いトゲから出される毒で相手を弱らせる。ジゴセググは雌個体しか存在せず、好戦的ではないものの繁殖期には気性が荒くなり、同種で雄個体のジゴセギアと共に縄張りに侵入した生物を襲うと報告されている。
「ジゴセググの毒は禁竜の中では弱く、毒の種類も麻痺などではなく相手を弱らせる毒なのも特徴の一つですね。弱いと言っても毒なので、危険には変わりありませんが」
「ジゴセググって聞いたことある!」
「確かユドラ台地にはよく出現するって聞いたことがあります。だから繁殖期にはあの辺一帯は立ち入りを禁じるって」
「そうね。この辺りでも個体数は多くないけど、それでも確認はされているわ」
「そうですか……」
この辺りにも出現することはするけど、珍しいのか。
だとしたら、何か引っかかるな。
「採ってきたぜー」
「いや、ルーマさんは三株しか採ってないじゃん」
「結構取れたっすよ。ってあれ?どうしたんすかナリオさん。考え込んじゃって」
僕らの元に、採取から帰ってきたルーマ、ディンさん、ウバルさんの三人の姿が。
「昨日ルフーナさんを襲った禁竜について話してたの」
「襲った……!そいつはやっぱり、禁竜なんすか?」
真面目な表情と鋭い目つきで、ウバルさんは僕に尋ねる。
「おそらくは、第二級禁竜のジゴセググかと」
「マジかよ……」
「……良く生きてたな、ルフーナ」
「ははは……。やっぱり兄さんもそう思う?」
「笑い事じゃないんだからね、ルフーナ」
四人はお互いに顔を見合わせながら、禁竜について話していると。
「ナリオ」
「どうしたの、ルーマ?」
「ジゴセググの出現はこの辺じゃよくあるのか?」
「いや。イコナさんが言うには、出現は稀だって」
「近くのユドラ台地って所なら、ジゴセググの生息を確認されてるからあり得るけれども、ニール平原で生息しているなんて聞いたことがないわ」
「ははー。それってなんかオカシクね?奴ら、自分のテリトリーを徘徊するだろ。繁殖期ならテリトリーの外に出て食料調達するのも分かっけどよ、繁殖期は夏の月の中旬ぐらいで、今は違う。わざわざこんな中途半端な時期にテリトリーの外に出てくるって……。なんでだ?」
「うん。僕もそれは思った。やっぱり変だよね……」
ルーマも感じていた不可思議な疑問点。
なぜ、出現するはずもない場所に、ジゴセググは現れたのか。
ルーマの言ったとおり、繁殖期であればこの場所に出現する可能性はある。ただ今は、繁殖期前だ。縄張り意識の強いジゴセググが、テリトリー外にわざわざ出る事はしないだろう。
「ともかく、考えるのは後にしようぜ。鉢合わせしないようにさっさと移動を……」
頭を掻きながら僕にそう言うルーマ。が、突然話を止め立ち尽くす。
「ん?ルーマ、どうし……」
「しっ!」
ルーマは自分の口に人差し指を当て、僕に黙るようジェスチャーをする。ルーマジェスチャーをみて、全員静かに立ち止まった。そして。
「全員!近くの茂みに隠れろ!」
「えっ?」
「どうしたんですか、ルーマさ……」
「早く!何でもいいから隠れろ!急げ!」
ルーマの言葉に、すぐさま身を隠すウバルさんとディンさん。理由を聞いたキャディさんとルフーナさんは前の二人にワンテンポ遅れるも、素早い動作で茂みの影に隠れた。僕とイコナさんも、ルフーナさんの後に続いて身を隠す。最後にルーマが全員身を隠したことを確認し、反対側の茂みに姿勢を低くして隠れた。
そして、全員が姿を隠してから、間もなく。
「クギャァァァァァァァァァ!」
耳をつんざくような低い鳴き声が風切音と共に聞こえ空を見ると巨大な影が台地に降りる。瞬間、巨体が地面へと落下するように着地し、大きな砂煙を巻き上げた。砂煙の中から現れたそれは。
「ジゴセググ……」
青色の巨体、尾の先にある強大な丸い膨らみに無数のトゲ。そのトゲの一部が、何本か折れていた。予想通り間違いない。飛龍型の第二級禁竜、ジゴセググだ。折れたトゲあら察するに、ルフーナさんを襲ったのはこいつだろう。
ともあれ、今はそんなこと考えてる暇はない。
「ルーマ……。どうする……?」
息を殺し、小虫が飛ぶようなかすかな声で、ルーマへと聞くと。
「バレてなきゃ逃げる……」
同じくかすかな声で話すルーマ。ジゴセググを目をそらさずに観察をする。辺りを見回す動作を繰り返すジゴセググは、一歩、また一歩と、僕達が隠れる茂みへと近づいて。
「もし、バレていたら……?」
泣きそうになりながらも必死に息を殺すウバルさん、ディンさん、キャディさんとルフーナさん。僕の疑問に、ルーマは余裕のない笑顔で返して。
「二択だ。あいつの餌になるか……」
周りを見渡すジゴセググがぴたりと止まり、ゆっくりと首を下げ、茂みを一直線に見つめ。
そして。
目線が合ってしまった。
「倒すしかねえよな!」
すぐさまルーマは剣を抜き、一直線、最短ルートでジゴセググに近づく。ルーマの姿を確認したジゴセググはすぐさま左旋回をし、膨らみをルーマめがけて大きく振った。当たる瞬間にルーマは体をうつぶせにし回避をして、右手で持ったロングソードで切り込む。だがジゴセググの甲殻が硬く、一部を切り取る程度。すぐさまルーマは、ジゴセググと間合いを取る。
「すげえ……」
「ルーマさん、動きがやばいぜ……」
目を見開き、唖然とするディンさんとウバルさん。キャディさんとルフーナさんに至っては、言葉をなくしていた。
間合いを確認しつつ、相手の出方を確認するルーマ。突進するジゴセググを交わして、今度は右足の甲殻を切った。
すごい……。ジゴセググ相手に善戦している。ルーマなら、もしかしたら倒せるかも。
「マズいわね……」
ただ一人。
イコナさんだけは怪訝な表情をして、焦る表情をする。
「何がっすか、イコナさん。ルーマさんは一撃も食らってないどころか、ジゴセググに二回も切りつけているんすよ?」
ウバルさんはルーマが好調ようなことを伝えるが。
「ルーマちゃんは確かにいい調子わ。ダメージを貰っていないことは評価する。ただ、問題は武器よ。得物の問題」
「武器?」
イコナさんの言葉に、僕はハッと気がついた。
「そうだ、あの武器……!」
安かったから買ってきた。これでいいわ。
ルーマが言っていた。アレは、ルーマに合わせて作った剣じゃない。市販品、しかも安物の剣だ。
「ルーマちゃんはともかく、武器が持たないわ。戦っている最中に壊れると思うの」
「だったら、どうするっすか?」
「どうすればいいと思う?」
慌てるウバルさんに、静かに、されどはっきりと、眉間にしわを寄せたイコナさんは言葉を返す。
「このままルーマちゃん一人で戦っていたら、間違いなく負けるのは確実だわ」
「ならどうすれば……!」
「戦おう……」
慌てる二人に対して、ルフーナさん、小さな声ではっきりと言った。
「ルーマさん一人じゃ負けるなら、僕達で力を合わせて討伐するしかないよ」
「で、でも、私達だけで、出来るの……?」
「出来るかじゃない、やるしかないんだよ、キャディ……」
「だってお前、昨日ジゴセググにやられたばっかじゃねえか……!」
「でもディン……。このままじゃルーマさんが死ぬかもしれないんだよ。分かってる……。僕も怖いよ、でも……」
「……そうだな。ルフーナの言うとおりだ」
慌てるキャディさんとディンさんに対し、ウバルさんはルフーナさんの意見に賛同して。
「このまま、ここでウダウダしていても状況は変わらない。むしろ、ルーマさんが戦っている今じゃないと、ジゴセググを討伐できるチャンスはない」
「でも、討伐って言ったって……。まず何をどうすればいいんだよ?」
「それは、その、あれだよ!俺が敵を引きつけて、その間にディンが切りつけて……」
「ちょっと!あんたジゴセググが、今までの方法が通用する相手だとでも思ってるの?」
「毒がある分、厄介だよ。かといって、遠くから魔法だけで倒せる相手だとは思えないし」
そうだ。
皆はまだ、この状況でも諦めていないんだ。
皆、ルーマと一緒に、戦おうとしている。
なのに、僕は……。
いや、考えるんだ。
考えろ考えろ考えろ!
僕も何か役に立つことをするんだ!
「考えろ……考えろ……」
「ん?ナリオちゃん?」
ジゴセググの特性。何でもいい。思い出せ。まずは攻撃方法からだ。奴は主にしっぽの膨らみを振り回すように攻撃する。足の爪や噛み付きも行なうが、それは近づきすぎた時のみする行動だ。中距離を保てば、行なう行動は尾の振り回しに限定される。遠すぎれば体内にふくむ火炎袋から直線的に火炎放射を吹くが、ジゴセググは体内に毒袋も有しているため、袋の大きさはさほど大きくない。そのため、吹く火炎放射は極々短時間。直線的だからよけるのも容易いはずだ。なら一番の危険視は、尾の振り回し。
「そ、それじゃ……を狙……」
「だけどそ……ルーマさ……当……」
「考えろ……考えろ……」
「ナリオちゃ………どう……」
奴の生態はどうだ。ジゴセググは縄張り意識が強い。自身のテリトリーに侵入される事を非常に嫌う。ジゴセググがテリトリーに侵入した第二級禁竜と争う姿はよく確認されている。同時に自身が他のテリトリーに侵入することを嫌う。新しい場所へ移動は、慎重に行なうんだっけか。何度も何度も下見を行ない、自身の餌となる生物を見つけても、下見中であれば絶対に手を出さない徹底ぶり。安全を確保するまで、その場所には降りず、仮にその場所に降りたとしても、安全が確保されていなければ、その場所を去る事だってある。繁殖期前の時期はその姿がよく確認されている。
「どう……!倒せないじゃ……!」
「でも……だし、しかた……!」
「ちょ、ナリ……!」
「考えろ……考えろ……」
どうする。どうすれば倒せる。今の戦力で、長時間かけて。いや、かけられない。ルーマの武器が持たないんだ。行なうなら短期決戦だ。どうするどうやって勝つ……。勝つんだ。勝つ方法を。考えろ、考えろ勝てる方法を。勝てる、方法を……?
待てよ。
勝つ方法なんて入らないのかもしれない。
別に勝たなくても……。
「ナリオちゃん!」
「へっ……」
気がつくと不安な表情をしたイコナさんは、僕の左肩を掴み揺らしていた。
「……なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないわ!何度も呼んだのだけど、返事がないから心配したのよ!」
「す、すいません……。考え事をしてまして……」
「考え事?この状況をひっくり返せる策でも思い付いたとか?」
あまり期待していなさそうに、イコナさんは僕にそう言ったので。
「そこまでじゃないですが……。でも、状況の方向性は変えられそうな愚策は、思い付きました」
自信なく、僕はそう伝えた。驚いたイコナさんは僕に目線を合わせ、そしてニヤッと笑みを浮かべ、そして一言。
「聞かせてくれるかしら?」
「……を狙います」
「ナルホド。勝つのではなく、ね。試してみる価値はありそうじゃない」
「でも、成功するかどうか……。上手くジゴセググをそっちへ誘導出来るかどうかが……」
「今は他に考えがないから、それに賭けるしかないわ。後のことは神様に祈りましょ。聞いたかしら、皆?」
「了解っす」
「それなら、俺達でも出来そうだぜ」
「私は、少し不安がするわ……」
「大丈夫だよ、キャディ。僕達なら出来る」
「全員作戦には賛成のようね」
「皆さん、協力をお願いします!」
僕がそう言うと、ウバルさんとディンさんはジゴセ
ググへと向かって走り出し、キャディさんとルフーナさんは、遠くから迎え撃つ姿勢を取った。
息を吸う。
目の前にいるジゴセググを見続けろ。集中力を切らしたら死ぬぞ。
考えるな。
俺は何も考えず剣を構え、強く握る。
「………………………」
考えるなと言っても心配になる。
まず第一に、この剣は持つのか。
使っていて分かる、この剣はもうすぐ壊れる。たぶん刃の当たりからポッキリ砕けるんじゃないか。てか、俺が思いっきりあいつに一太刀入れたら、この剣は確実に折れる。
ったく、安物を選ぶんじゃなかった。
第二に、ナリオ達のことだ。
仮に俺がやられた場合、まあ本当に仮に、あくまで仮定の話であってまだやられたわけじゃないのだが、俺がやられた場合、次の標的はナリオ達だ。ウバル、ディン、キャディとルフーナじゃ、こいつには勝てない。銅級のあいつらに、第二禁竜を倒せというのは、さすがに荷が重すぎる。姉御は足を怪我しているし、戦力と考えない方がいいだろう。ナリオは、うん、まあ無理だな。
俺が負けるわけにゃーいけねえ。
そして第三に、俺がこいつに勝てるヴィジョンが見えねえ。
貧弱な剣と防具。攻撃を与えるにしても受けるにしても、何時壊れるか分からない剣を頼りには出来ない。かといって、武器がなくなればその場で食われ死ぬのは確実だ。
やっべえな、おい。
間合いをとってお互いに相手の出方を伺うも、先にしびれを切らしたのはジゴセググの方だった。長い尾の先にある膨らみを俺に向かって大きく一降り自分の体を反対方向へと回すほど、勢いは大きい。俺は先程同じく体を低くしゃがまして避ける。体を大きく反転させても二本足でバランスを保つジゴセググ。
起き上がり、息を整え、すぐさま剣をジゴセググへと構える。
まずは、考えるな。
何も考えず、この状況を少しでも長く持たせろ。
分かってるって。
俺は信じているから考えないだけだ。
お前が何かを考えてくれているって、俺は信じている。
「あいつを信じねえで相棒がつとまるかよ……!」
何て考えてたら、ジゴセググのやつ、大きく一歩踏み出し、俺に噛付きしてきやがった。ま、俺は間一髪で避けたが。
少し距離を詰めすぎたか。そう思い、後ろへピョンと跳ぶように下がる。
「おおおおおおおおおっっ!」
「この野郎がっ!」
俺が跳ぶのと同時に、ディンとウバルはジゴセググの左右から挟み込むように切りつける。
ディンのロングソードは案の定はじかれたが、ウバルの大剣は、鱗を少し削りやがった。
「ルーマっ!」
そして、待望の声が聞こえた。
ルーマは左手で拳を作り俺に見せ、広げた右手で自分の左手首を思い切り叩いた。
そんな動作を、ゆっくり三回程繰り返したところで。
「ああ、ナルホドっ!」
俺はすぐさま理解する。
「そっちでタイミングを作れるか!」
俺の言葉に、ナリオは左拳の親指を立て、笑顔を見せた。
はっ、さすがだぜ。
そう思って再度、ジゴセググに目線を移すと、ジゴセググの目の前にウバル、尾の先にディンの姿があった。二人とも、適度な距離を保っている。たぶんナリオが教えたんだろ。緊張感は持っているが、ビビってる様子はねえ。やるじゃねえか。
次の瞬間、我慢できずにシビレを切らしたか、前と尻からチクチクされたのが気にくわなかったのか分からんが、ジゴセググは息を大きく吸い、息と共に火炎放射を辺りに吐き出す。
「やべっ!」
とっさに俺は火炎放射の範囲外に避ける。
「うおっ!」
「アブねえ!」
ウバルたちも上手く避けたな。いや、少し食らったか?まあいいか。
辺り一面が一瞬火の海になるが、禁竜の吐く火炎は特殊な液体に引火して燃えるモノだ。すぐに消えるし、この辺り一面に燃え移り大火事になる心配はないだろう。
辺りがパチパチと音を立てる中。
「いいね」
魔法で身体強化をしていなければ、とっくに全身火傷間違い無しの高温の中。
「いいね」
目の前の禁竜が、俺に敵意をむき出しにしている、そんな中。
「いいね!」
俺はこの状況を少しだけ楽しいと思っていた。
金級冒険者の時には味わえなかった高揚感。さっきまで死と隣り合わせで余裕もなかった頭が、自分のやるべき事が分かり鮮明になっていく。勝てないかもしれないと悟っていた中で見えた、一筋の光。
「やっぱりお前は、最高の相棒だぜ!」
魂を響かせろ。自分の居場所を求めろ。やるべき事をやり尽くせ。
「ナリオの隣は、俺の居場所だ。てめえなんかが邪魔すんな!」
「いいですか、ジゴセググに接近する際には前の牙と爪、後ろの尾に気をつけて下さい。近づきすぎないで、距離は一定に保って下さい。近づきすぎれば、牙や爪で攻撃されます。逆に通すぎると、火炎放射をするらしいです。いま、ルーマが保っている距離が指標です。あの距離を保つように。尾を使った回転攻撃はモーションが大きく避けやすいです。当たれば致命傷になりますが、防御姿勢を保てば、ダメージは抑えられると思います。尾の先にある膨らみのトゲば、説明したとおり毒があります。なので昨日の残りの解毒薬を渡します。下級中位の解毒薬なので、ジゴセググの毒には有効です。毒を食らったらすぐに飲んで下さい」
確かに僕はウバルさんとディンさんにそう伝えたが。
「すごいですね……」
ウバルさんはルーマと一緒にジゴセググの前方で程良く一定の距離を保ちながら、立ち会っている。ディンさんも尾の先から一定の距離を保って立ち会い、隙を見て尾の付け根に攻撃を与えている。
「僕の言ったことをすぐにやってのけるなんて、やっぱり冒険者はすごいですね……」
僕の言葉に、イコナさん、キャディさん、ルフーナさんは何を言ってるんだと言わんばかりに怪訝な表情をした。
「え、どうしました?」
「いえ……。あれだけ詳しく説明していただけたら、大体の冒険者は動けますよ?」
「私でも出来るレベルで動けます」
「駆け出しの冒険者以外ならどの冒険者でも出来るわよ」
「ええ……」
何故か僕が非常識みたいであるとの認識になった。
「いや、一般人はあんなに動けま……」
「そんなことより、ナリオさん」
「そんなことって……」
「僕達も準備しましょう!」
「そうだった!急がないと……!」
ルフーナさんに言われ、僕はやるべき事を思い出す。
僕が考えた作戦。そこでやるべき事は二つある。
まず第一に。
ウバルさんとディンさんにこちらが行なう準備の時間稼ぎをお願いした。ジゴセググに対し、僕が考える作戦の準備の時間を、少しでも長く取って欲しい。
「難しいかもしれませんが、お願いできますか?」
「任して下さいっす」
「ルーマさんもいるんだ。簡単にやられねえよ」
二人は笑顔で、僕の作戦を引き受けてくれた。
「キャディ。準備が整ったら合図して」
「分かった」
キャディさんそう言って頷くと、目を閉じて、杖を目の前に構える。
「〈光よ集まれ〉ルミエル・ポシトナー」
杖の先に小さな光球ができ、光球は徐々に大きくなり杖の先端を隠すほどに。
「〈固まれ〉コンデンセーション」
先端に集まった大きな光球は先程の大きさの半分まで小さくなった。
「……うん、いつでも行ける。ルフーナのタイミングに合わせる」
「分かった」
背中に背負っていた矢筒から一本を手に取り、右足で片膝をつくルフーナさん。構えていた弓に矢をセットして、ゆっくりと引いていく。
「〈硬化しろ〉エンダルク」
矢が橙色に淡く光り、少し立って光は矢に収縮していった。
「もう少し……待って下さい……。修正をしますので……」
そう言って弓を引くルフーナさんだけど、引く右手は少し震え、表情には余裕がない。
「落ち着きなさい」
そんなルフーナさんにイコナさんはそっと声をかける。
「肩の力を抜いて。大丈夫よ、外してもナリオちゃんが何か次の手を考えてくれてるわ」
「はい」
「アナタのタイミングで打ちなさい。そして打ったら、すぐさま次の矢を構えて魔法をかけて撃つ準備を」
「はい」
「先程も言ったけど、狙うは目よ。次に顔。とにかく頭部に当てなさい。当ててもこちらに気がつかないって言うのが一番バッドだわ」
「はい」
「最後にもう一度聞くわね。キャディちゃんもに。あなた達、行けるかしら?」
「放てます」
「狙えます」
そして、ルフーナさんは弓の弦を離した。
刹那、ルフーナさんの左手が静かに矢を離し、真っ直ぐ、そして早く、飛んでいく。次に矢が確認されたのは、ジゴセググ左目のやや右下に刺さっていた。
すぐさまジゴセググは、矢が放たれた方向へ向き、こちらに一直線に向かおうと足を踏み込む動作をする。
「キャディ!」
「任せて!」
ルフーナさんは叫び、そしてキャディさんは応じるように杖の先端にある光球をジゴセググへと向ける。
「〈放て〉マーチャー!」
光球は杖から離れ、ジゴセググへと向かい、
「〈弾けろ〉ポプレイアっ!」
光球は爆発し、中から閃光が一気に放たれた。
瞬間、僕やルフーナさん、キャディさんは閃光に目をくらます。だけどもそれは、ジゴセググも一緒だろう。
作戦の第二として。
ジゴセググ自体の動きを一瞬でも止める事。武器でも飛び道具でも魔法でも何でも良い。とにかく一瞬だけ、動きを止めることができれば、それで良い。
「できれば近くで戦うルーマ達から少し離した状態が好都合なんだけど……」
「ナリオさん。動きを止めるだけで良いんですね。それなら、キャディ」
「うん。私、光魔法があるの。目くらましだけの魔法だけど、動きは止るはずです。それで良いなら……」
「十分です。後は、上手くこっちに注意を引ければ……」
「それならルフーナの出番ね。矢を当てて注意を引いて頂戴」
「……うん、任せて。やってみるよ」
ウバルさんとディンさんがジゴセググを押さえ。
ルフーナさんとキャディさんでジゴセググを一瞬でも足止めをする。
ジゴセググが少しでも動きを止めたならば。
キレイにお膳立てされたようなシチュエーションを。
「君は、見逃すはずがないだろ?」
「あたぼうよ!〈剣よ切れろ〉エペ・コウペズレ!」
走り出し、剣へ強化の魔法をかけるルーマ。左足で踏み込み高く跳ぶ。両手で構えた剣を全体重をかけてジゴセググの尾に押し当て。
「ガアゥ!」
甲殻を破り、肉へと刃を当て、じわりじわりと剣に力を入れていく。
「ゴグァ……!」
肉を切り剣は尾の骨へと食い込んでいって。
「ゴッ……!」
そしてついには、切断した。
「グギャァァァァァァァ!」
苦しんだ声を出し、ふらつくジゴセググ。もつれる足を踏ん張り、着地したルーマへと視線を向け睨み付ける。ルーマもすぐにジゴセググへと向き、ウバルさん、ディンさんと一緒に剣を構えた。遠距離、火炎放射が放たれそうな位置。ルーマ達は下がらず、されど動かず、ジゴセググを睨み返す。
両者、長く短い睨み合いを続ける。
そして。
大きく翼を動かし、その場で浮かび上がるジゴセググ。羽を動かして起きる強風を受けながらも、ジゴセググは別の場所へと向かって飛び立っていった。
遠くに行くジゴセググを、全員で確認した後。
「ふーっ、キツかったー」
そうルーマが言い放ち、緊張の糸を緩めるとウバルさんとディンさんはその場で腰を抜かすように座り込み、キャディさんは力を抜けてしゃがみ込んだ。ルフーナさんは片膝をつきながら、息を深く吐きながら項垂れて。
「はあ、生きてる……」
「なんか、どっと疲れたかも……」
「俺、ジゴセググと立ち会っちゃったよ……」
「俺も……。冒険者人生の中で一番のハイライトかも」
疲れた表情をしながらも、どこか嬉しさを隠しきれない四人。ルーマは剣を鞘に収め、切り取ったジゴセググの尾をトゲの部分を持って引っ張りながら運び、僕の方へと歩いてくる。
「よっ、ごくろーさん」
「やあルーマ。助かったよ、ありがとう」
「そりゃーこっちのセリフだよ。ナイス作戦」
「あちこちガタガタで皆に頼りっぱなしの作戦だったけどね。成功して良かったよ」
「なーに、終わりが良ければ何でも良いんだよ。生きてりゃ勝ちだ」
「だね」
そう、話していると。
「お疲れ様、ルーマちゃん。ナリオちゃんも、作戦が成功して良かったわ」
ゆっくりと右足を庇いながら、イコナさんは僕達へと歩み寄ってきた。
「良く『尻尾を狙う』ことと『討伐ではなく撤退』を促させることを読み取ったわね」
「あ、そんな狙いだったのか?」
首を横に倒すルーマ。
「ちょっと、気がついてなかったの?ならどうして尻尾を狙うことを知ったのよ?」
「ナリオに合図をもらったから尻尾は切っただけだ。ナリオもやってたろ?拳を作った左手首を手刀で切っていた。拳はジゴセググの尾の膨らみ、手刀が俺のすべき行動。つまりはジゴセググの尾を切れって事だろ」
「あれだけど良く伝わったわね。その理由は考えなかったの?」
「全く」
「呆れた……」
「でも尻尾を狙うことが狙いだったんだろ?」
「うん、そうだよ。ジゴセググの武器を破壊して、撤退に誘導したんだ」
ジゴセググは新しい場所へ移動は、慎重に行なう。何度も何度も下見を行なう徹底した慎重さを持ち、安全を確保するまで、その場所には降りず、危険と分かればその場所を去る。
それだけ慎重であり、危険性を一番に嫌う生物と言うことだ。
慎重とはつまり、危険と分かればジゴセググが自ら撤退する可能性があると言うことになる。ジゴセググに僕達と対峙していることを危険と思わせれば、この場から立ち去るだろうと考えた。
討伐、ではなく、撤退をさせる。
その為に、ジゴセググの武器とも言える尾の先の膨らみを切り離す必要があった。ルーマの剣で切れるかどうかは賭けだったけど、ルーマは見事にやってくれた。自身のテリトリー外で自身の武器を失い、そして、自身の敵と対峙している状況の中、ジゴセググの特性上、どこか違う場所に逃げると予測できた。
「勝つんじゃなくて、逃げて貰うことにしたってわけ」
「はあ。良く思い付いたな」
「偶然ね。ふと思い付いてさ」
「偶然でもすごいわよ。良くとっさに思い付いたじゃない」
二人に褒められ、嬉しいような恥ずかしいような。たぶん、今の僕はすごく変顔をしてるんだろうなあと思っていると。
「どうしたんすか」
「なんか問題でもあった?」
「今のところ、この辺に禁竜や魔物の気配は感じませんが」
「魔法で探してみる?私、魔力がまだ余ってるからできますよ」
休憩していた四人は、ゆっくりと僕達に近づいてきて、ジゴセググの作戦について聞いてくる。僕は笑顔で「違いますよ」とやんわり否定し。
「さっきの作戦のことを話してました」
「ナリオさんの作戦のことっすよね!」
「アレ、流石だぜ。良く思い付いたな」
「ま、俺の相棒だからな」
「何でルーマさんが誇らしげなの……」
「いや、キャディ。実際にルーマさん後からは作戦実行に大きく貢献したわけで……」
「でもさっき聞いた話だと、本人は作戦の趣旨を理解してなさそうだったわよ」
「「「ええっ……」」」
「あ、あはは……」
「ああっ!何だ銅級ども、その尊敬とはかけ離れた視線は!別に良いだろ!ジゴセググは撤退させたんだから!」
ルフーナさん以外の三人が残念そうな表情でルーマを見ると、案の定、眉間にしわを寄せるルーマ。少しへそを曲げながらも、笑顔で軽い反論をしていた
「ま、これで安心してガルイダに帰れそうだわ」
「そうですね」
とはいえ、疑問がないわけではない。
繁殖期前の春の月に現れたジゴセググ。一体何故この時期に現れたのか。
縄張り争いで負けた、生態系の変化、実は新種で新たな行動パターンを行なう個体だったっなど。考えられることは山ほどあるけど。
まずは第一に、生きている事への感謝をした。
「とりあえず移動しましょうか。ナリオちゃん達の薬草採取の目的も達成したし、後はガルイダ行きの馬車が来るまで休憩所でゆっくりしていましょ」
両手を二回ほど軽く叩き、指示するようにイコナさんは言った。
「そうですね。さっきルーマ達が集めてくれた分で十分だと思います。戻りましょうか」
「賛成っす。ああ、朝から疲れた」
「本当な。今すぐ寝ろって言われてもできそうだぜ?」
「ルフーナは、ジゴセググにリベンジできたね」
「皆の力が合って撤退できたんだ。でも、次に会ったときは討伐しよう。その時は僕ら四人でできるように」
もちろん、とか、そうだな、などのポジティブな声が四人から聞こえる。僕とルーマは微笑みながらその光景を見ており。
「んじゃ、俺達も戻るか、ナリオ」
「そうだね。ああでも、ポーションの調合、成功するかなあ……」
「できるさ。大丈夫だろ、お前なら。ダメなら他の方法を探そうぜ」
「そう、だね。うん。そうだ。ダメならダメでまた考えれば良いよね。とにかく、調合は全力で頑張ってみるよ」
「おう、頑張れよ。あ、そうだ。忘れてた」
ルーマはそう言うと、左手で拳を作り僕の前に差し出して。
「お疲れ、ナリオ。さすがは相棒」
「そっちこそお疲れ様、ルーマ。もとい、相棒」
僕は右拳をコツンと、ルーマの左拳に合わせた。
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