第4話

僕達がナネテブ・ワルに着いたとき、お昼を告げる鐘が鳴り響くのが聞こえた。日が昇ってから落ちるまでの間に響き渡る十三回の鐘の音。今は七回ほどなったから、お昼ぐらいに着いたわけで。

「ただいまです」

「ういーっす」

僕達が店内に入ると。

「あら、お帰りなさい!」

「よく戻ったな」

カーノさんが笑顔で、ドイトンさんが無表情ながらも安心した表情で、出迎えてくれた。

ジゴセググの撤退後、僕らはギルドから出される定期便に乗り込み、ガルイダへと帰ってきた。ニール平原へ来る冒険者は数多くいたが、ニール平原から乗り込むのは僕達のみであった。なのでほぼ貸し切り状態、ジゴセググの尾もそのまま馬車へと乗せられた。ちなみに尾を乗せるときに他の冒険者達が驚いた様子で僕達を見ていた。やっぱり、ニール平原にジゴセググが現れるのは珍しいんだろうなと考えていると。

「たぶん、ここにいる奴らは全員銅級だから、物珍しいんだよ」

ルーマがぼそりと僕に耳打ちしてくれた。ナルホド。どうりで驚いた表情をしてるんだ。ふとウバルさん達を見ると、どこか誇らしげな表情をしていた。

「銅級の自分たちが曲がりなりにも第二級禁竜の尻尾を手に入れてたんだもの。他の銅級冒険者よりも一歩先に行った自分たちが誇らしげになるのも分かるわ。私も昔はそうだったわー」

「姉御が若い頃ってどれくらい昔のことだよ」

「あらルーマちゃん、死にたいの?口の利き方がなってないわよ」

「おいおい姉御。まるで俺より強いみたいな言い方するじゃねえか?」

「あら違った?実際にそうだと思ってたんだけど」

「だとしたら考えを改めた方が良いぜ」

「そうね、ルーマちゃんの認識が甘いって考えは、どうかと思うわ」

「いやいや、認識が甘いのは姉御のほうじゃねえか?」

「はあ?」

「ああん?」

「あはは……」

二人が何をどう張り合っているか分からなく、僕が苦笑いするしかなかった。

ふとルフーナさんをと目が合った。照れくさそうにしながらも、どこか誇らしげな表情をしていた。ウバルさん、ディンさん、キャディさんも同じように自信に満ちた顔つきをしていた。

馬車に乗り込み、そのままゆっくりと揺られながらガルイダへと戻った。車内では、皆熟睡しており、起きていたのは僕とイコナさんだけ。まあ、朝からあんな戦闘があったんだから、疲れていて当然だろう。戦っていない僕でも眠い。ふと、僕が大きくあくびをするとイコナさんも右手で口を押さえながらあくびを押し殺す。

「寝てても良いですよ。ガルイダに着いたら起こしますから」

僕はイコナさんにそう言うと。

「ありがたいお誘いだけど、遠慮しておくわ。馬車の中では怖くて眠くても眠れないの」

やんわりと断りを入れた。

「勘違いしないで欲しいのは、あなた達が信用に値する人達だって分かっているの。でもどうしても、今までの習慣を変えることができなくて。それにね」

「それに?」

「アタシが次に目を閉じるのは、自宅のベットの上って決めてるの。ああ、早く安心した場所で熟睡したいわ」

「あはは、分かりますよ」

首を左右に動かして、首のこりを解そうとするイコナさんに、同調するように僕は答えた。

結局、ニール平原からガルイダまでの道中、寝ていた物は誰一人として起きることなく、ガルイダについてから、皆を起こした。皆が皆中々起きない中、一番寝起きが悪かったのはキャディさんで。

「すぐ起きるから……」

と言う言葉を声をかける度に繰り返し言っており、先に起きたルフーナさんが必死でキャディさんの肩を揺らしていた姿に、皆笑っていた。

馬車を降り、依頼の達成とジゴセググの発見をギルドに報告するため向かう。イコナさんはギルドの報告よりも医者に先に行くとのことで、下車した場所で別れた。別れ際にイコナさんから。

「ナリオちゃんとは、また会いそうだわ。その時はよろしく頼むわね」

そんな事を言った後に華麗にウインクをして、イコナさんは去って行った。

ギルドに向かった僕達は、ジゴセググをニール平原で発見したこと、発見した時間と場所から個体の大きさと特徴、そして尾を切ったことまでありとあらゆる事を報告した。ギルドへの報告はルーマが慣れており、すらすらと職員へと説明を行なってくれた。ジゴセググの報告を聞いた職員から。

「ジゴセググについては、こちらで調査させていただきます。至急、ニール平原に銀級冒険者を向かわせますので。まずは情報提供のご協力、感謝いたします」

丁寧な口調で対応押してくれた。

また、ジゴセググの尾については、ルーマは半分分けを行なう事を提案した。ウバルさん達は報酬を受け取る程の仕事をしていないと断ったが。

「命がけで第二級禁竜に立ち向かったんだ。仕事をしてねえわけがねえだろ」

ルーマから一喝された。そこから、報酬について話し合い、結局、取り分は僕達とウバルさん達で半分半分に分け合うことで合意した。分け合う素材は後日ギルドで解体する際に決めることとなった。申し訳なさそうな顔をするウバルさんやディンさん、ルフーナさん、キャディさんはどこか納得していないようであったが。

「気にすんなよ」

この言葉で押し切ったそうだ。

尾はギルドで預かることとなり、ギルドの保管庫へ職員が運ぶ最中。

「こちらはどちらに渡しましょうか?」

手のひらに乗っけられた青色の小さい宝石のような球が一つ。

「これってもしかして……」

「竜宝……の出来損ないですね。尾の切り口近くにありました。でも不完全過ぎて武器や防具には向きませんね」

竜宝、特定の禁竜の体内にできる宝石のような球のことであり、竜宝には多くの魔素が蓄えられている。武器に使えば切れ味がより鋭くなったり、防具に使えば純粋な硬化に加え特殊な耐性を付与できたりできる。今回のジゴセググの尻尾から見つかった竜宝は素材としての基準を満たしてないモノであった。

全員が全員、不完全という言葉にこの素材は自分たちに必要ないことを考える中。

「もし良ければ、僕が貰いたいんですが……」

戦闘に全然参加していない僕が手を挙げた。

「もちろん、他に欲しい人がいるのならお譲りしますが……」

ルーマはキョトンとした顔でウバルさん、ディンさん、ルフーナさん、キャディさんの順に顔を見合わせていき、全員笑顔で頷いて。

「俺達には無用の長物だから、構わねえよ。ナリオが貰ってくれや。こいつらも賛成してそうだし」

「え、良いんですか?」

「全然いいっす!」

「異議なし!」

「ぜひとも貰って下さい」

「構わないですよ!」

「だそうだぜ。貰っちまえよ」

皆、優しくそう言ってくれた。

「ありがとうございますっ」

僕は深くお辞儀をして、ギルド職員から竜宝を受け取った。

ギルドを出たところでウバルさん達と別れ、ナネテブ・ワルへと到着した僕達はドイトンさんとカーノさんにニール平原で会った一部始終を話すと。

「あら、大変だったのねー」

「いや、感想が軽いな」

カーノさんからだいぶ軽い返事をいただいた事に、カウンターに座るルーマはそう突っ込みを入れた。ドイトンさんは同じくカウンターに座っている僕に呟くように。

「なんか、すまん………」

と謝罪をしてくれたので、僕は笑顔で「別に構いませんよ」と返事をした。

「それでナリオちゃん。ポーションは出来たの?」

「いえ、まだです。今から調合しようかと思いまして」

「今からで間に合うの?」

「下級上位十本と上級下位ですが、まあ時間的には間に合うかと」

「なんだ、間に合いそうなのね。はあー良かった」

「ああ、そうだな」

僕の言葉に、胸をなで下ろすカーノさんと、無表情で安心していたドイトンさん。

「はい。それで、実はお二人に相談がありまして」

「ん、なんだ?」

「食堂の一部をお借りして調合を行ないたいんですが」

「そんなことか。好きな場所でやってくれ」

「まだオープンできてないから、暇なのよねー」

苦笑いするカーノさん。辺りを見渡すと、まだ整理途中の荷物があちらこちらにあった。

「どうりで客がいないわけだ」

「今はそうだけども、オープンしたら大混雑よ~」

「混雑したら、ドイトンが大変になるな」

「あれ、ルーマちゃん。私のことは心配じゃないの?」

「いや、全くもって。心配するなら、今日の昼飯をどうしようかの方が心配だな」

「何だお前ら、まだ食ってないのか?」

ルーマの言葉に、ドイトンさんは驚きながらもとっさに反応した。流石は栄養調理士。ご飯のことになるといつもの無表情ではいられなくなるほどだ。

「はい、まだです。ガルイダに戻ってきたと思ったら、すぐにギルドに行きましたから」

「んで、ギルドが終わったら真っ直ぐこっちに来たってわけ。あーもう。これ以上腹が減っと、背中と腹がくっつぐぜ」

ルーマはゴツンと倒れるように、座っていたカウンターの机におでこをぶつけた。

「なら、今から何か作ろうか?」

「マジ?頼むわ」

「ナリオも食うだろ?」

「え、あー。出来れば欲しいですが、金が……」

「タダで良い。代わりに一つ約束して欲しいんだが」

「はい?何ですか?」

「ポーションの調合は成功させるんだぞ?」

「はい。頑張ってみます」

笑顔で、僕は答えた。



「やあやあ、ナリオさんとルーマ君も。聞きましたよ。ニール平原でジゴセググと会ったって。良く生き残りましたね。ああ、皮肉を言っているわけではないのですよ。純粋なる感想です。どうでしたかニール平原は?珍しいモノはありましたか?使えそうな素材は手に入りましたか?あそこは銅級冒険者にとって登竜門のようなエリアですから、めぼしいモノがあるかどうか。ああでも、たまに銀級の冒険者の出入りがある様ですよ。何か珍しい禁竜があの平原にいるんですかね?それはそうと、ジゴセググをどうやって撤退させたんですか?やっぱりルーマさんの力が強かったとか?でも武器や防具は銀級冒険者にしては貧弱そうですが……。いやいや、馬鹿にしているわけじゃないですよ。本当ですって」

イシューさんがナネテブ・ワルに来るやいなや、止ることのない言葉の襲撃。僕は苦笑いしつつも、昼ご飯を食べるのを止めて。

「こんにちは、イシューさん」

「どうも、ナリオさん」

イシューさんは足早に僕の左隣へと座り。

「どうですか、ポーションの方は出来ましたか?本数が本数ですから、作るのは容易じゃないでしょうけど」

「あはは……。それなりに材料は手に入りました。ご飯が終わったら調合します」

「それは良かった。調合中は俺が立ち会っても?」

「構いませんが……。あまり楽しいモノじゃないですよ?」

「構いませんよ。調合を見学させていただきます。ゆっくりと食事をしてください」

「うるさくて食事どころじゃねえっての」

右隣に座るルーマは、そう苦言を口にした。

「おや、これは失礼。このお喋りの口はどうにも性分でして。いやはや、お恥ずかしい。ルーマさんの方は食事が終わりで?」

「まーな。てか、自覚があんなら少しは口を閉じる努力をしろよ」

「それは遠慮します」

「いや、直さねえのかよ」

「ええ。これは私の強みですからね」

「強み?弱みじゃなくてか?」

「ええ。この口からでるお喋りは、俺が俺である唯一無二の証ですから。これだけは譲れないし、譲る気もないです。ルーマさんにもあるでしょう?信念にも似た意志が」

「……さあね。考えたこともねえや」

「ははは、なるほど」

「良く来たな、イシュー」

「いらっしゃい、イシューちゃん」

カウンター越しにイシューさんへとあいさつをするドイトンさんとカーノさん。カーノさんのイシューさんへの呼び方もフランクなものになっていた。きっと、昨日でだいぶ打ち解けたんだろうなあ。

「やあ、ドイトンおじさんとカーノさん。こんにちは。お店はまだ開いてはないようだね」

フランクに返事を返すイシューさん。

「ええ。まだ荷物整理がねえ……」

「ははは。それはボチボチやってけばいいでしょう。まずはしっかりと準備しないと」

「そうだな」

「ところでおじさん。ナリオさんやルーマさんが食べているモノは?」

「俺の料理だが?」

「俺にはあったりしないかい?」

「作れば、あるが。作るか?」

「お願いしたい。いやー、昼どころか朝も食べ損ねてまして。お腹が空いていた所にナリオさんたちが美味しそうに肉を頬ばっている姿を見たら、ついに限界が来ましてね。お腹の虫がグーグーと……」

「分かった。分かったからもう喋らなくていい。とりあえず作るから待ってろ」

呆れながら、カウンター端へと向かうドイトンさん。袋から食べ物を選び、包丁を持つ。

「いや失敬、またお喋りが過ぎまして。ああでも、助かったと思っているのは本当ですよ」

「あはは……」

僕は力なく笑って、自分の食事へ手を動かす。

「それじゃあナリオさん」

「ふぁい?」

口にお肉を運んだのを見計らってなのか、それとも偶然か。イシューさんの言葉に、僕は口の中のものをどかしながら返事をして。

「俺の食事が終わってから、調合を始めてもらっても構わないですか。どうしても見学をしたくて」

「へ、かまいまへんが……」

そう答えた僕は途中で、ああ、なるほどと理解する。

イシューさんは僕が調合を行う際の不正を心配しているんだ。どうしても見学をしたい。その意図が分かった僕は、口の中をカラにして。

「構いませんよ。お待ちしてます」

ギルド臨時職員時代に何回も行った、とびきりの営業スマイルで応対した。



お昼の食事を終え、僕はお店のテーブルを借り、材料を広げた。今朝にウバルさんとディンさんに集めてもらい、ルフーナさんとキャディさんと一緒に選別を行なった薬草。

「さて」

僕はショルダーバックの中から、木箱を取り出し、箱からビーカーと小さい皿を三つ、ナイフ、吸純石と精製石、アルコールランプをを取り出し、テーブルに並べる。木箱を閉じてまな板代わりにし、薬草の葉と茎を切り離すように切り込みを入れる。

「んあ?なんで分けてんだ?」

ルーマが隣からのぞき込むように見に来た。

「茎は葉に比べて魔素量も材料の抽出量も少ないんだ。下級中位程度のポーションを作るなら別に構わないんだけど、今回は上級下位と下級上位だからね。丁寧に作らないと行けないから、一手間掛かるんだ」

「面倒くせえ依頼だからな」

「いやはや、どうもすいません」

いつの間にか、ルーマの後ろに立っていたイシューさん。突然の登場に僕は「うわっ!」と声を出して驚いてしまった。ルーマも体をビクッとしたが声には出さず、代わりにいぶかしむ様な視線を向ける。そして一言。

「現れたよ……」

「はい。見学させてくださいと言いましたからね。今行なっているのは……。ほほう、葉と茎に分けている最中ですか」

「はい」

「精製水はどうするんですか?」

「今、ドイトンさんにお湯を沸かして貰ってますので、それが出来てからですかね」

「なるほど。ちなみに、薬草はどれくらい使う予定で?」

「おおよそ五十株ですかね。切り分けたのはこれで三株目ですけど」

「ほほう。それはそれは。頑張ってください」

「あんた、手伝う気はねえのかよ?」

「ありませんね。というより、手伝えることがありません」

ルーマの問いに、すぐさま返答をしたイシューさん。

「なんでだよ。葉と茎を切り分ける位ならあんたでも……」

「いえ、ダメなんですよ。それ位の作業何てモノじゃない。この作業は、調合を行なう上で数ある重要な作業の一つなんですから」

「ああ?あんた適当なこと言って……」

「ルーマ。実は……」

「あ?まさか。こいつの言ってること……。マジなのか、ナリオ?」

「マジです」

イシューさんの言うとおり、僕が行なっている葉と茎の切り分け作業は重要な作業の一つである。と言うのも、ただ葉と茎を切り分けているわけではなく薬草に含まれている魔素の塊を壊すように切っている。

「魔素の塊が壊れれば、抽出される魔素が濃くなるんですよ。その濃い魔素と抽出物とのバランスを上手く取れれば、より高位のポーションが作れるんです」

「はーん、なるほどね。それじゃあ、邪魔したらポーション作りはパアになるわけだ」

「そうなるね。だから僕は集中力を切らさないように気をつけ……」

「ナリオちゃーん!お湯が沸いたわよー!」

耳を貫くような大声が聞こえた。いけない、集中力が下がりそう。

「ちょっ……!カーノ、うるせえぞ!今、ナリオが集中してるんだから静かにしろっての!」

徐々に動く手の速度が落ちていく。

「何言ってんの!ルーマちゃんの声の方がでかいでしょ!おばちゃんが悪い言い方しちゃダメよ!」

集中力が完全になくなったのと同時に。

「分かったよ!分かったからボリュームを落として……!」

そして完全に手が止まる僕。

「ナリオさん……」

「何でしょう、イシューさん……」

「俺が止めてきますよ。集中力が高まったら、また作業を行なってください」

「……お願いします」



ルーマとカーノさんの大声は無事、イシューさんに止めて頂いた。止められた二人は一部始終を見ていたドイトンさんに呼ばれ、現在進行形でお叱りを受けている。僕も自分自身を落ち着かせ、集中力を取り戻し作業に戻った。薬草五十株の切り分けが終わり、ドイトンさんから貰ったお湯に吸純石をいれ再度沸騰させた。ろ紙で不純物を取り除いた後、続いて精製水にするためにろ過したお湯を入れたビーカーをアルコールランプへとかけた。

「次に作るのは精製水ですか?」

二人を止めてくれたイシューさんは僕の隣へと戻ってきて、そう聞いてきた。

「はい。ビーカーに精製石を入れまして」

「後は沸騰を待つだけ」

「いえ、今回はこちらも入れます」

僕はそう言って、ポケットから青色の宝石を取り出した。

「これは……」

「ジゴセググの竜宝です」

「ええっ!まさか……!いや?でも、小さいですね……。

「はい。未成熟品です」

「分かりましたよ!ずばり、今回の戦いで手に入れたモノですね!」

「ええ。でもこれは、出来損ないなので武器や防具には使用できないと言われまして」

「はあ、なるほど……。それでこれを、どうするんですか」

「ええ、これを……」

僕はビーカーをひと目見て、手をかざし。

「入れます」

ポチャン、と音を立てて沈んでいったジゴセググの竜宝は水中の中を転がって、精製石の横にぶつかって、止った。

最初は目を見開いて驚いていたイシューさんは、「ほう」と今度は目を細めながら。

「精製水の質の向上が狙いで?」

「え!良く気がつきましたね!」

「やっぱり……」

「僕の使う精製石じゃ質がギリギリですからね。出来損ないとは言え竜宝ですし、せっかくだからその効果を使おうと思いまして」

竜宝事態には、精製水に関わる効果は何一つ持っていない。と言うよりも調合で竜宝を使う人は基本はいない。竜宝には精製水を作る力はないが、精製石の効果を上げる効果がある。

竜宝の特性として、鉱石の相乗効果がある。鉄鉱石に混ぜて精製すれば、竜宝が入った鉄は、この世に存在する鉄を超えるとも言われる程、その性質は変わる。その効果は精製石も例外ではなく、相乗効果でより純度の高い精製水が作れるようになるのだ。

「もちろん、竜宝を入れるよりも高純度で高密度な精製石を使う方が、断然良いですよ。同じ効果でも、コストと手に入りやすさに雲泥の差がありますから。こんなやり方をする調合士なんて、普通はいませんよ」

「ですね。俺も初めて見ましたよ」

「それじゃあ沸騰したこれを、ろ過してっと」

冒険先で忘れいった手袋をはめ、ろ紙にゆっくりと流し込む。解毒薬の時の精製水よりも不純物が多く、ろ過に時間が掛かる。ゆっくり、ろ過された精製水が入ったビーカーをアルコールランプにかけ、沸騰までの間に右手の円で魔素の量を確認する。よし。魔素の量は十分だ。精製水の純度も申し分ないだろう。

ゆっくりと薬草の葉を入れていき、ガラス棒でかき混ぜる。その都度、円で魔素の確認を行ない、調整しながら薬草を入れていく。三回目の円での確認で、ポーションの魔素の色は全体的に紫がかっていた。僕がイメージする魔素の濃さよりも濃い。これは、上手くいったかもしれない。

「さすがは竜宝だ」

僕はそう呟き、ビーカーを火から取り出し、ゆっくりと冷ましていく。

そして僕は。

ショルダーバックから一冊の本を取り出した。

調合士大全。

その一ページ目を開く。そこには立てに十個、橫に十個の四角が描かれていた。

「ええと、上級下位、上級下位……」

左上にある四角に人差し指を置き、下になぞりながら捜し物をする。

「あった」

僕の人差し指がとある四角の団で止る。四角の中には『上級下位 ポーション』と書かれてあった。

「何やってんだ、ナリオ?」

「うわ、ビックリした!」

突然後ろから話しかけられた僕。後ろを振り返ると、おとなしくなったルーマが立っていた。

「こっちに帰って来れたんだ」

「……ああ。ドイトンの説教、長かったぜ……。んで。ナリオは何やってんだ?作り方の確認か?」

「違うよ。出来たかどうかの確認。出来たポーションをここの四角にさ……」

冷ましたビーカーを持ち、僕が指した四角に一滴垂らした。すると本は、垂らした部分からうっすらと光り、その光は四角の隅にまで広がっていき、そして一瞬、四角全体がまぶしく輝いて、ゆっくりと消えていった。

「ナリオ、これは……?」

「成功だよ、ルーマ!上級下位のポーションが出来た!」

「えっ、マジかよ!今ので確認できたのか?」

「うん。この本が証明してくれたから」

調合士大全の一ページ目にある項目。ここには識別の魔法がかけられている。

全部で百もある、四角い項目。その項目一つ一つに番号と名前が書かれている。

例えば一番右上にある、一番の項目。これは下位下級のポーションの証明項目である。この項目にポーションを一滴垂らし、項目内が光輝けばポーションは下級下位ポーション以上であると証明される。

「以上である事?」

「この項目の中で調べているのは、調合薬の効果が基準値を超えてるかどうかだけだから。効果が下位下級のポーション以上であれば項目は輝くんだよ」

「満たされてなきゃ、光らねえって事か」

「そういうこと、こんな風に」

僕は自分が作ったポーションを上級上位の項目に一滴落垂らす。先程と同じく垂らした部分からうっすらと光り、四角の隅にまで広がっていく。

「ここまでは一緒なんだけどね。基準値が足りていないモノは最後に光り輝かないんだ。これもたぶん、うっすらと光るだけで……」

「光ってるぞ。かなり輝いてる」

「そう、かなり光り輝くだけで……え?」

僕は慌てて上級上位ポーションの項目を見ると、ルーマの言うとおり光り輝いており、そして消えていった。

「嘘、これ……」

「ん、どうしたよ?失敗か?」

「こ、これ……。このポーション……」

「おう、ナリオが調合したポーションがどうした?」

僕は息をのんで、そして。

「上級上位……。最高品質のポーションだ……」



「見せてください!」

イシューさんは僕に早足で近づいて、僕が震えながらも持っていたポーションを奪い取る。そしてくっつくんじゃないかと言うほどにポーションの入ったビーカーを目に近づけて。

「うん、色、濃度共に上級上位のモノだ。調合士大全が光ったんだから効果は確実だと思うが、確認したい……。ジゴセググの竜宝が効いたのか……。いや、それだけじゃないはずだ。切り口?調合配分?なんだ、何の要因がこのポーションを上級上位にしたんだ……?」

「あ、あの、イシューさん……」

「調合の仕方は見ていたし、特に特別なことをしている様子はなかった……。材料か?でも、材料も普通の薬草……。いや違う!薬草の魔力量が多いモノを選び尽くされている……。ナリオさんは丁寧な仕事をされている。あとは、そうか切り口か!上手い具合に魔素の塊を壊しているんだ。ここまでキレイに壊しているなんて……。すごい、これはすごい技術だ!」

騒ぎ立てるイシューさんを聞きつけて、ドイトンさんとカーノさんは僕らへと近づいた。

「おいドイトン。あんたの親戚、大丈夫か?」

「どうだろうな……。あいつが大丈夫である自信がない」

「だれか止めた方が良いんじゃない?」

「えと、誰が止めましょう……」

ビーカーを片手に時に大声で、時にぶつくさと呟いてを繰り返すイシューさんの姿は、何か近寄りがたいモノがあった。

「ナリオ、頑張れよ!」

「頼むナリオ、イシューを止めてくれ」

「ファイト、ナリオちゃん!」

三人の目線が僕を指すように見つめる。行きたくないなあと思いながらも、僕はイシューさんに近づいて。

「あ、あのー……。イシューさん……?」

「ん?おおう、ナリオさん!これは失礼、少し興奮してまして!」

いや、少しというかだいぶ興奮してたよ?端から見たら情緒不安定すぎだったし。

「えっと、そのポーションは合格で良いですかね?」

「え?合格?」

「はい、調合の試験で上級下位のポーションを作るように言ったじゃないですか」

「あ、ああ。そうですね。もちろん文句なしの合格で構わないですよ」

「やった!それじゃあ、後は下級上位のポーションですね。今すぐに作りますんで……」

「いえ、もう結構ですよ」

動き出そうとする僕に、左手の平を見せるように差し出し動きを制止させるイシューさん。

「これだけ上等なモノを作ったんです。これ以上の審査は必要ありません。これだけの材料とあなたの技術があれば、下級上位ポーションの作成が簡単なことぐらい容易に分かります」

イシューさんはテーブル近くの椅子を自分の元に寄せ、座り込み足を組む。右手に持ったポーションをテーブルに置き、僕を近くの椅子に座るようにジャスチャーした。僕はイシューさんに従って椅子を引き寄せ、イシューさんとの間をテーブルで挟むように座った。

「ナリオさん。あなたは本当に素晴らしい方だ。今見た調合士の技術から、ポーション作成の無理難題を解決、ジゴセググというイレギュラーの対処に見知らぬ冒険者の人助けまで。何から何まで素晴らしい。ますます気に入りました」

「え、何でウバルさん達のことを知ってるんですか……?」

キョトンとする僕に、イシューさんは顔の前で手を組み、ニッコリと笑みを浮かべながら。

「情報は新鮮なウチに聞かないと。いやはや、商人の悪い癖ですよ」

いや、それにしても耳が早すぎじゃないだろうか。

「ナリオさん。俺はあなたに仕事先を紹介するって言いましたね」

「は、はい!そうです!」

そのために色々と頑張りましたから。

「ですが、それは止めます」

「…………え?」

イシューさんのまさかのセリフに、上手く声が出ずに変な返事で返す僕。

唖然とする僕に代わり、僕達の元へと近づいて来たルーマが。

「おいおい、ふざけんなよ!こっちは死ぬ気で頑張ったのに、今更、約束を破んのか!」

「待って待って!落ち着いてルーマさん。俺は紹介するのを止めただけで……」

「それが問題だって言ってんだよ!」

ルーマの怒りは爆発し、イシューさんの胸ぐらへと掴み掛かる。「ぐえ」という言葉と共に首が絞まる苦しそうな表情を浮かべる。僕やドイトンさんが慌ててルーマを止めていると、苦しそうにしながらも、イシューさんは突然。

「し、仕事のスカウトをします!」

その言葉を来たルーマは手を緩めると、イシューさんは大きく息を吸った。ルーマは手をほどき、近くの椅子に乱暴に座った。イシューさんと僕も椅子へ座る。

「あなたに是非とも紹介したい、どうしても入って欲しいところがあるんです」

先程まで苦しんでいた表情をしていたとは思えないほど目を輝かせ、僕を見つめるイシューさん。

「ぜひとも、俺が作るクランに専用調合士として入っていただきたい!」

「はい?」

「あなたをスカウトします!報酬は今は低いですが、その内あなたに見合う程の給料にしましょう。休暇や仕事内容は俺も要相談で決めます。あなたに損をさせるつもりはない。どうですか?」

「いや、あの……」

「もちろんナリオさんから条件があれば出来る範囲で受け入れます。道具も、あなたが必要だと思うモノを揃えます。どうか、考えていただきたい!」

「あの、えっと……」

「おい、俺はどうなんだよ。ナリオをクランに引き入れるなら、まず俺を通してからじゃないとな」

「もちろんルーマさんも一緒にスカウトします。給料は、金級冒険者の時と同じようには払えませんが、好待遇を考えています」

「えと、その……」

「良いじゃねえか!おいナリオ、ここにしようぜ!俺も入れるってよ」

「ナリオさん、是非ともウチに来ませんか?」

「あの!」

ぼくは大きな声で、興奮する二人を止めた。

「あの、僕、調合士の資格も銅級で」

「そうですか。それなら、これから一緒に上げていきましょう」

「今回もたまたま上級上位のポーションを調合できただけですし」

「偶然でも何でも上級上位が出来たんです。俺の目に狂いはない」

「たまたまジゴセググの竜宝が手に入って、そのおかげで上級上位のポーションが出来ただけで」

「それでも構いません。俺は、あなたを雇いたいんです」

「僕の……」

僕の力なんてたかが知れてます。

低い自己評価。

壊れていた自信。

否定だらけの自我。

どこに行っても役に立たない、そんな僕が

そんな僕が、スカウトなんて。

あって良いはずがない

「ありがたい話なんですが、僕の力では……」

「ナリオさん。俺がこのクランを作る目的はですね」

イシューさんはそっと、一冊の本を指さす。

「この本の全てを知りたいんだ」

調合士大全を指さした。

「調合士大全の、全てを……」

「馬鹿馬鹿しい夢かも知れない。誰にも、この本の全容なんて分かるはず無いかもしれない。でもそれは、この本のうわべしか知らない人の戯言だ」

本質はもっと奥底にある。

真実はまだ隠されている。

まだ誰も。

この本の信念に気がついていない。

「内容の問題じゃない。俺が知りたいのは、この本に隠された、作者の本音ですよ」

「作者……カルフレットの、本音」

調合士大全の作者であり。

全ての調合薬の基礎を作った人物であり。

調合士の元となる人物である。

偉大なる調合士。

「カルフレットの意思は、多くの調合士に受け継がれている。俺は、それを物語のように紡ぎたいんですよ」


ナリオさん。

あなたの夢って何ですか?


心臓が大きく弾む音がした。

ルーマに誘われた時と同じ、大きな高鳴りが聞こえる。

「僕は……」

ルーマは肩を軽く叩いた。

振り向くと、屈託のない笑顔で僕を見てくれていた。

それを見た僕は安心して、イシューさんに向かって。

僕の夢はですね。

そう、話し始める。

「かなえたいと思っている夢があるんです」

はい。

「近づきたいと思う人がいるんです」

うん。

「僕が調合士であると、胸を張って言いたい人がいんです」

へえ。

白い本を手に取った。

皆の前で、本を開く。

この本の知識を全て知りたい。

この本の中身を全て調合した。

全ての調合素材をこの目で見たい。

この本の全てを。

「小さいころからあこがれていた。偉大なる調合士、カルフレットは何を見て、何を感じ、何故調合できたのか」

彼は僕に右手を差し出す。

真っ直ぐな瞳で僕を見る。


ははっと笑う声が聞こえる。

僕が話すのを待ってる気がする。


心配そうに見守る婦人と。

無表情ながらも緊張している旦那がいる。


風は吹いてはいなかった。

追い風も、向かい風もない、静かな時間。

だけど不思議なことに。

僕は一歩を踏み出そうとしていた。

「イシューさん」

「はい?」

「僕は足を引っ張るかも知れない」

「そうですか」

「仕事も上手く出来ないかも知れない」

「それは大変ですね」

「もしかしたらイシューさんに嫌われるかも知れない」

「ははは、可能性は零ではないですよ」

「それでも、イシューさん」

決意とあこがれと好奇心が。

僕の足を止めてくれそうにはない。

「あなたの見たいと思う景色を、僕達にも見せてください」

僕は、ゆっくりと右手を差し出し、イシューさんの右手を握った。

イシューさんは満面の笑みと共に。

「ようこそナリオさん、ルーマさん!俺の作る最強のクランへ!」

「最強ねえ。で、何をするクランだよ、ここは?」

「調合士のためのクランですよ。それ以外はまだ考えていません」

「おいおい、マジかよ……」

呆れるルーマ。イシューさんは僕の右手から手を離し、両手を大きく広げて。

「でも名前だけは決まってますよ」

「名前、ですか……?」

「ええ、そうです!偉大なるクランには偉大なる名前を使いましょう!」

調合士大全の本心を探し出す、調合士の調合士による調合士のためのクラン。

そのクランの名は。


〈知識の大樹〉ミーミルスール。


「ねえ、ワクワクするでしょ?」

「はっ、ワクワクするかは知らねえけどよ。どうだ、ナリオ。気に入ったか?」

「うん。良いと思うよ、〈知識の大樹〉ミーミルスール。僕は好きだな、その名前」

「んじゃ俺もその名前で賛成」

「なにそれ」

ははは、と笑い合う僕ら。そして。

「さて。まず手始めに、何をするよ相棒?」

ルーマが僕に悪戯っぽく聞いてきたので。

「やることは沢山有るよ。書類を提出したりやら、依頼をこなしたりやら。まあ、力は貸してよ。一人でクランをを作ろうなんて、無茶と言うか無理だから」

「わーってるって、任せろよ。出来ることは何とかする。出来ないことはナリオに任せた」

「まあ、適材適所って事で。頼りにしてるよ、相棒」

僕がそう言って右拳を差し出すと、ルーマは心から嬉しそうに左拳を出して。

「おうよ!任せとけって!」

互いの拳を、コツンと合わせたのだった。

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