第3話②

「すいません通ります!」

先程、ドイトンさん、カーノさんとゆっくりと歩いていた大通り。通りには先程よりも人が増え、前に進むのも困難なほどの中。

「ナリオ、そこ右だ!」

「分かった!」

そんな人の並の中を。僕とルーマは。

「後は真っ直ぐに……悪りぃ、通る!退いてくれ!」

「あ、見えたよルーマ!」

「アレだアレ!おい、そこの馬車!ニール平原行きだろ!止ってろ!」

「乗ります!僕達も乗ります!」

「おいゴラなに出発しようとしてんだ!止まっとけや、ボケぇ!」

周りにかなり迷惑をかけながら、全力疾走をしていた。



時は少し遡って。

イシューさんからの調合依頼を聞いた僕達は。

「行こうぜナリオ。邪魔したな」

僕の肩を叩き、その場を立ち去ろうとするルーマ。

「ちょ、ちょっとルーマちゃん!どうしたの急に!」

慌てて出て行こうとするルーマを止めるカーノさん。

「どうしたもこうしたもねえよ。銀貨一枚で下級ポーション十本と上級ポーション一本を作れ?はっ!ふざけてるにも程があんだろ」

怒りをふくみながらも、静かにルーマは答えた。

「ガキの小遣いじゃねえんだ。んなはした金で作れるほど安くはねえのは冒険者の俺でも分かるわ」

「大丈夫。入れ物はこちらで用意しますから。なんならここで調合して貰っても構いませんよ?道具は知人のを貸しますし」

「そう言う問題じゃねえ。別の問題がいくつもあるわ」

笑顔で応対するイシューさんに、怒りゲージがまた少し溜まったルーマは、先程よりも怒りを込めながら答えた。

「まあまあ、落ち着いて下さいよルーマさん。俺は『銀貨一枚で必要数のポーションを作って欲しい』と言っただけです」

「それが問題なんだっての!」

爆発寸前になりそうなルーマと、相も変わらず飄々とした姿のイシューさん。そんな二人を少し引いたところで見ていたカーノさんは僕に耳打ちで。

「ねえナリオちゃん。ルーマちゃんが言ってる問題って、どういうこと?」

「たぶん、ルーマが言いたい問題ってのは、二点ほどなら分かります。材料とコストのことだと思いますよ」

「コスト?」

カーノさんは小さな声で疑問符を浮かべながら。

「あと材料が問題、とは?」

ドイトンさんもひそひそ話しに加わった。

「まず第一にルーマは冒険者だから、少なからずポーションの作成は簡単な物じゃないとは分かってるんです」

「まあ、そうだろうな」

「ルーマちゃんもナリオちゃんが作ってるのも見たことあるから、簡単じゃないってのは知ってるんでしょうね。でもナリオちゃん」

「はい?」

「今日と明日でポーションを作るって、本当に出来るの?」

「調合だけなら何とか間に合いますね」

そう。

調合だけならポーションを作るのは造作も無い。

「ポーション十一本のうち十本は下級とはいえ上位のポーションを作るとなると、やっぱりそれなりに時間は掛かります。ですが、これは半日あれば余裕で出来ますよ」

「上級ポーションも出来るの?」

「材料があればできなくはないです。まあ材料があればですが……」

そう、問題は材料だ。上級ポーションを作るための薬草は希少であり、この町で材料を調達できるか分からない。

「『材料がそろわない』というのが一つ目の問題点です。上級ポーションの材料には、品質の良い薬草が必要になるんです。良い品質の薬草は売られる前に選別してギルドや商業で認定を貰って初めて売ることが出来る希少な物なんです。そんな品質の良い物がこの町にあるかどうか。まあ、材料が希少とはいえもしかしたら探せばこの町にもあるかもしれません。だけど、ここでもう一つの問題が発生するんです」

「もう一つの問題?」

カーノさんとドイトンさんはお互いに顔を見合わせ知っているかの確認を行なったが、無言のまま数秒が経過したことで、お互いに答えが見つからないことを悟り。

「その問題ってなんなの、ナリオちゃん」

「……その薬草、高い物だと一株銅貨三枚、安い物でも一株銅貨一枚です。ちなみにポーション一つ調合するのに薬草三株程を使います」

「つまり……?」

「ポーションを十一本作るのに銀貨一枚じゃとうてい足らないんですよ」

詰まるところ。

お金がない。

「自腹で出すってのも手ですが、そんなことをしたら今後に関わりますから」

「あらあらそれは……どうするの?」

「どうしましょう……?」

困ったような表情をするカーノさんに、同じ表情で返すしかない僕。

僕とカーノさんはお互いに「うーん」とうなり声を上げていると。

「イシューめ……なぜこんな無理難題を……」

ドイトンさんがポツリと一言。

確かにドイトンさんの言うとおり、無理難題ではある。

ポーションを作るにも薬草がない。

薬草を調達しようにも手段がない。

「今の僕に残されている『薬草を手に入れる手段』はお金で買うって方法のみですね」

「まあ、そこいらに生えてるもんじゃねえし、生えてたらそもそも売ってないな」

「この町で自生している薬草を探すのは難しいですね。薬草が生えているのは魔力が豊富な山や湖、森などの場所ですが、そういう場所には禁竜や魔物が付きものですし。まず見分けるのにも時間が掛かります」

「なるほど、素人が取るのは無理って事か」

再び『うーん』と唸る僕とドイトンさん。

「あ、それじゃあ」

すると、カーノさんが一言。

「素人が無理ならナリオちゃん取ってきてくれば良いんじゃない?」

そんなカーノさんの一言に、ドイトンさんは難しい顔をしながら小さくうなり声を上げ。

「それは、難しいだろ」

「ええ、なんで?」

「禁竜や魔物と出会ったら、ナリオ死ぬぞ」

ドイトンさんが僕が取りに行けない理由を代弁する。

「それじゃあルーマちゃんに取りに行って貰うとか」

「それだと時間的に間に合うか微妙だろ。それに、ナリオも言っていたが上級ポーションを作るには良いい薬草を選別しないといけない。ルーマは出来るかどうかも分からん。大量に採ってくれば良いとは思うが、ルーマを一人で大量の薬草を探してこいとも言えまい」

「じゃ、じゃあどうするのよー!」

「ちょっと待って!」

二人の会話を止めるように、僕は未手を挙げ、二人が話すことを制止させた。

「そうか、そうか!カーノさんの言うとおりだ……!僕が取りに行けば良い……」

「ナリ…………?」

「ど、ど…し……ナリオちゃ……?」

だれかの何か言う声が聞こえた。

でも今は、それどころじゃない。

「だけど、まてよ、どうするかだ……」

ポーションの本数から必要な薬草の株数。

薬草の餞別方法と必要時間。

そしてポーションを作る方法。

頭の中で逆算を行なう。

「明日まで……作る、ポーション、僕、ルーマに案内、ドイトンさんとカーノさんに、借りる、必要な物、今日の飯……」

道筋を立てろ。

必要な物は何か。

誰に何を頼めば良い。

考えろ。

まず。

まず何をすべきかを。

「確認だ」

そして僕は言い争うイシューさんとルーマに目線を向け、そのまま一直線に歩き出す。

「まずナリオに仕事を見つけるってのが怪しいもんだろ。今日初めて会った奴を信じろとでも?」

「はい。おじさんの甥っ子って事で、他人よりも信頼度は上なはずだと思うのですが」

「ならなんで、銀貨一枚でポーション十本を作れなんて無茶を言う?駆け出し冒険者でももう少し良い依頼があるぜ?」

「十本じゃないですよ。十一本」

「てめえ……!」

「イシューさん!」

先程よりも爆発寸前で破裂寸前のルーマと先程と変わらず飄々と話すイシューさんとの会話に、僕は割って入る。

「ルーマも話の途中にゴメン。先程の条件で、確認したいことがあるんですが」

「はい、なんですか?」

「イシューさんが先程言っていた試験内容の条件ですが」

「はい」

「『銀貨一枚で下級上位ポーションを十本、上級下位ポーションを一本を作る』ですね?」

「そうですよ」

「それが無茶だって言ってん……」

「逆に言えば」

ルーマの言葉を遮り、僕は再度、イシューさんに問いかける。

「『銀貨一枚で下級上位ポーションを十本、上級下位ポーションを一本を作る』『事だけ』が条件な訳ですね」

「……解釈は、あなた次第ですよ」


確認が。

確信に変わった。


「あとは……。ルーマ!」

僕が大きな声で呼ぶと。

「お、おう……。どうした、ナリオ」

少し戸惑った表情で対応する彼に、今ここで全てを話す時間は無い。だけど説明も無しに協力しろ、何て虫のいい話をする気は無い。

「ルーマ……」

僕はルーマを信じている。だからこそ。

「僕と一緒に無茶してくれないか?」

「…………!」

目を見開き驚いた後、これでもかという程口角を上げ笑うルーマ。この表情は知っている。いつも通り、悪巧みをする表情だ。

ああ、いや、違うかもしれない。

きっと僕も同じような表情をしているのかも。

隠しきれない高揚感。

一人では味わえない冒険心。

悪巧みにも似た胸の高まり。

「ああ、良いぜ……!」

僕の問いにすぐさまルーマは回答し手くれた。そして間を置かずにもう一言。

「どこにいくんだ?早く行こうぜ!お前となら、地獄にだって付き合ってやるよ、相棒!」



「いやー、間に合ったな。しかも運賃が二人で往復、銀貨1枚とは安い安い」

揺れる馬車に息を整えたルーマがそう言うと。

「ほ、ほん、とに……ね。よ、かた、よ……」

ルーマの隣に座り、息切れにも程があるほどゼーゼーと呼吸する僕は、何とか答えた。

「でもよー、ニール平原息があって良かったよなー。偶然、ニール平原でガングが出没してるって依頼があってよ。ま、軽く十体程度を狩れば良いだけだから楽勝だけどよ」

「ガ、ガングは、二足歩、行の、トカ、ゲ型の、魔物、だけど、はあ、はあ……。成長したら、禁竜に、なるよね……」

「ああ。ある程度の大きさ以上になったら、ゾクガングになんだけど。まあ成長しても、所詮は第三級禁竜だからな。余裕余裕。といいつつ、しっかりと装備やら対策やらを準備している辺り、俺も真面目だよなあ」

「ルーマなら、大丈夫だよ……。油断せず、気をつけて、ね……」

「ナリオ、息切れすぎじゃねえか?」

「いやあ、あはは……」

久しぶりに全力疾走したもんだから、呼吸しても酸素が肺に入っていかない……。

「結構な距離を、走った、からね……。ルーマは、大丈夫、なの……?」

「おう。まあ鍛えてっからな。銀級冒険者の名は伊達じゃねえぜ」

「それ、は、すごい、ね……」

「とりあえず落ち着くまで喋んなくても良いぞ?」

ルーマは心配そうに僕を見る。僕は自身を落ち着かせるために、大きく深呼吸をして。

「あー。でも、少しは落ち着いてきたかも……」

「おー、そりゃ良かった。んでよ、ナリオ」

安心した表情を下ナリオ。腕を組み、そして頭を横にして。

「何で俺達はニール平原に向かってるんだ?」

「あ、ゴメン。説明してなかったっけ?」

「『無茶する』って事以外は聞いてねえな。まあ別に、説明は現地に付いてからでも良いんだけどよ」

「いやいや、ちゃんと説明するよ。そうだな、どこからしようか……」

顎に右手を当て少し猫背になり考える僕に。

「俺はまず、お前が持ってるモノの説明を聞きてえんだけど」

ルーマは僕が持っていた荷物を指さした。息を整えた僕は。

「そうだな、それじゃあ……」

説明をはじめるのだった。

「ルーマに無茶してとお願いしたところからかな?」



地獄に付き合う。そのルーマの一言を、僕はイエスと取った。すかさず僕はルーマに対して。

「ルーマ、今すぐこの町のギルドに行って、依頼を受けて欲しい。依頼内容は簡単なモノで構わないけど、場所だけは注意して。場所は草原や平原、森林などの……」

「薬草が手に入りそうな場所、だろ?」

僕の考えをくみ取ってくれたのか、ルーマはしたり顔で僕に聞いた。僕は笑顔で頷き。

「他の準備は僕がしておく。ルーマには依頼の選定と依頼場所まで乗る馬車の時間を聞いて欲しい。なるべく早く、できればすぐにでも出たいんだ」

「了解だ。それじゃあ、ちょっくらギルドまで行ってくる」

そう言うとルーマはすぐに力強く扉を雑に開け、大通りを町の中心部方面に走って行った。

ルーマの姿を見送った後、さてと、と一言つぶやき、ある方に目線を向ける。

「カーノさん」

「えっ、はい!わ、私?」

ある方、カーノさんは突然呼ばれたことに驚きつつも返事を返してくれた。

「何かしら、ナリオちゃん……?」

「お願いがあるんですが……」

「お願い?」

はい、と僕は返事をし、続けて。

「鍋を借りたいんです。出来るだけ大きなモノが良いんですが」

「鍋?ええと、良いけど……」

カーノさんは困惑した無表情で、頷くと。

「あなたも良いわよね?持ってきた大鍋を貸しても」

「あ、ああ……」

カーノさんから声をかけられたドイトンさんもまた、困惑した表情をしていた。

「貸してはやるが、なんに使うんだ?」

「分かった、薬草を煮るんだ!」

「妻よ、それはないだろう……?」

「あ、惜しいです」

「惜しいのか!ナリオ、いったい何に使うんだ?」

再度、僕に聞くドイトンさん。

「今日の食事に使います」

「今日の食事?え、ナリオちゃんそれって今日の夜のこと……?」

「はい。僕はルーマと一緒に、今から薬草を採りに冒険に行ってきます」

「え?」

「い、今から?」

「はい、今から言ってきます!」

「な……!」

言葉に詰まりながらも驚くドイトンさんと。

「えええええええーっ!」

オーバーリアクションで驚くカーノさん。

「ナ、ナリオちゃん!大丈夫なの、冒険なんて行っても!危険がいっぱいよ!」

「まあ、ルーマが一緒ですから。そこは大丈夫だと思います。それに僕は、『休憩所』からあまり遠くに行くつもりはありませんし」

「あら、そうなの。休憩所から出ないなら安心ね。って、休憩所ってなんなの、ナリオちゃん?」

「あ、あはは……」

カーノさんの問いに苦笑いで返す僕。あれ、前にもこんなやり取りをしたような、なんて思ったが、とりあえずは置いといて、僕は「それはですね」を話し出す。

「冒険者の仮拠点のことですよ。普段は無人で、冒険者が必要なときに使用することになってます」

休憩所には、禁竜や魔物が意図して避ける場所に建設されており、広い場所と給水できるわき水などが完備されている。依頼に多くの日数が掛かる冒険者は、そこにテントを張り、数日間を寝泊まりしながら禁竜の狩猟や撃退を行なう。今回、僕達のように薬草の採取で行くのはあまり例を見ないが、基本的には冒険者は無料で使用可能である。

「もちろん、冒険者の付き添いという形であれば、同じく寝泊まりは可能です。あくまでも寝泊まりが無料であって、食事や寝床は自分たちで用意しないといけません」

そこで、カーノさん達に鍋を借りたのだ。

食べ物は出来ればこちらから持って行きたいし、無理なら現地調達をすれば良い。ただ調理できる道具がなければ、僕達は素材のまま食べることになる。

「そのまま食べられれば良いですが、煮たり焼いたりしないと食べられないものもありますからね。鍋があれば一通りの調理は出来そうですし」

「なるほどな」

「それで急に鍋を借りたのねー」

「はい。ああそれと、ナイフは自前のがありますので大丈夫なんですが、お玉やお椀なども借りていきたいんですが……」

「全然良いわよー。使えるモノは何でも持って行って」

「ありがとうございます!ああ、それと、ドイトンさん」

「ん?」

「調味料を少し分けて頂きたいんですが……。塩や胡椒を少し頂きたいです」

「構わん。やる。全部持って行け」

「いや全部は……」

荷物になりますから、と僕は小断ると、無表情でガッカリするドイトンさん。自分が持っていたリュックをお下ろし、ごそごそと探す。そして中から中身の入った透明なビンを三つ取り出すと。

「ほら。塩と、胡椒。あと俺の特製スパイスも持ってけ」

「え、良いんですか?確か秘伝て言ってたような……」

「また調合すれば良い。いいから持ってげ」

「……すいません。ありがとうございます」

「肉にかけて焼くと上手いぞ」

「それは知ってます。ほぼ毎日食べてましたから」

あはは、と笑う僕薄ら笑いのドイトンさん。と、そこに。

「ナリオちゃーん。鍋とお玉、あと器って、これでいいかしらー」

右手に二つの器を入れた大きな鍋を持ち、左手に持ったお玉を振りながら登場したカーノさん。

「はいこれ」

そう言って、両手持ちの大きな鍋にお玉を入れ、その状態で僕に渡すカーノさん。

「ああ、十分です!すいません、お借りします」

「どうぞどうぞー。でも、ちょっと大きかったかしら?」

「そうかもな」

「使いにくいなら別のを用意するわよ?」

「大丈夫ですよ。大きい方が料理しやすいと思いますし」

僕は渡された鍋とお玉を一度カウンターに置き、頂いた調味料を自分のショルダーバックに入れる。そしてあらためて鍋を両手で持った。さて、料理器具は確保できたし、移動手段と依頼は、ルーマが持ってくるとして、後は。

「薬草入れるカゴだけ手に入れれば大丈夫かな?」

僕がそう呟くと、それなら、と笑顔で会話に入るイシューさん。

「カウンターの裏におあつらえ向きの網カゴがありましたよ」

「本当ですか?あ、でも、勝手に持って行って良いのかどうか……」

「大丈夫ですよ。この店のオーナーは俺ですから、店の中にあるモノは全部俺のモノです。それを貸し出すだけですよ」

「な、なるほど……」

確かに、さっきのドイトンさんとの話で『オーナーは自分』と言っていたっけ。

「お願いします、貸してください」

「ええ、どうぞ。持って行ってください」

カウンター裏にあるであろうカゴに向かって右手をそっとかざし誘導するイシューさん。僕はカウンター裏へと回ると、すぐさま大きなカゴを確認した。植物性のひもで編んだ編み目の細かいカゴで、片側の肩掛けひもで持ち運ぶタイプだ。中身も十分に入りそうだし、網の強度も十分でまだ全然使えそうだ。

「よっと」

僕はカゴを右肩へと掛けて見る。肩掛けひもは少し長いけど、許容範囲内だな。

「これで、一通り準備はそろったな……」

ふう、と僕が安堵のため息を吐くと。

「あれ、でもナリオちゃん」

何かに気がついたカーノさん。

「寝床とかテントはどうするの?さっき自分で『食事と寝床は自分で用意する』って言ってたじゃない。まだテントの準備は出来てないんじゃないの?」

カーノさんの言葉に、「ああ、そういえば」と気づいたドイトンさんとイシューさん。そんなカーノさんの疑問に対して僕は。

「ああ、テントとかは準備しなくても大丈夫ですよ」

笑顔でそう答えた。

「今回はいいんです」

「ああ、なんだ。もう用意してあるのね。良かった」

「いえ、用意はしてません」

「あら?でも、テントが必要って……」

「野宿します」

今回、寝る事に関しては準備する暇も無い。ということで。

「何とか野宿で乗り切ります」

「え、ナリオちゃん……なに言ってるの……?」

「最初からテントは諦めてました。とりあえずご飯だけ用意できれば良いと思っていたので。たぶんルーマが選ぶ依頼は、草原や平原、もしくは森とかなので、凍死の心配は無いですよ。季節も春の月だし」

「ナリオちゃん……?そう言う問題じゃ無いと思うんだけど……」

カーノさん、ドイトンさん、そしてイシューさんまでもが、驚いた様子で僕を見ていた。カーノさんに至っては、少し引いていたかもしれない。

と、そこに。

「待たせたな、ナリオ!」

ドアを勢いよく開けながら、ルーマが入室。

「丁度良い依頼があったぜ。この町近くの『ニール平原』って場所でガング十頭の狩猟だ。移動は半日もかからんらしいから、すぐにでも出ようぜ。てか今すぐ出ないとマズい。ニール平原行きの馬車がもうそろそろ出ちまうらしいぜ」

「う、うん、分かった!こっちも準備は終わったから、すぐに出よう!」

「まだテントを用意してないわよ?」

「テント?平原だし春の季節だから凍死はしねえよ。地面で寝るからそんなのいらねえ!」

「発想がナリオちゃんと一緒じゃない!」

「大丈夫ですよ。僕がギルドで働いていたときは、四日連続で石の床に寝てましたから……」

「あなた大変!私、ナリオちゃんの開いちゃいけないトラウマを呼び起こしたかも!どうしましょ!」

「どうしましょと言われても、どうにも出来ん……」

「ってこんな話してる場合じゃねえ!行くぞナリオ!荷物は俺が持つ!」

そう言ってルーマはカゴを持ち、急いで扉を出る。

「分かった、お願い!それじゃあ、急ですいません」

僕はルーマの後を追って、扉をまで近づき、出る直前で立ち止まった

「カーノさん、ドイトンさん、イシューさん」

僕が名前を喚ぶと、三人はそれぞれ。

「はい?」

「ん?」

「なんですか?」

僕にそう、言葉を返した。

「いってきます!」

僕は大きくそう言って、ルーマに続いて扉をくぐった。

「行ってらっしゃい!」

「怪我はするなよ」

「お気をつけて」

皆は僕にそう返してくれた言葉を聞いて、僕はルーマを追いかけた。



「お、見えてきたぜ。たぶんあそこだろ」

ガタゴトと揺れる馬車の中。外をちらりと見たルーマが一言。僕は本を読む手を止め、ルーマと同じ方向を向く。目の前には、背の低い草が一面埋め尽くす草原と、平原の中心部にある一本の大樹を中心ににして木々が生い茂っていた。

「あれが『ニール平原』か。すごい、草原なんて初めて来たよ」

平原の名前の通り、地平線まで草原が見える。

「確かギルドからは、第二級禁竜もいるから注意して欲しいって言ってたな」

「え、そうなの?嫌だなあ、会いたくないなあ……」

「ああ、確かに会いたくねえわな。ま、聞けば第二級禁竜の現れる時期じゃねえみたいだし、もし会っても逃げるだけだろ。今の装備で戦うなんて、まず無茶だし面倒だしで、相手する気は更々ないね」

「ええー……」

僕はルーマの腰に下げられた剣をチラと見た。装飾はなく鍔は白い十字型のロングソード。ルーマ曰く。

「安かったから買ってきた。これでいいわ」

とのこと。

前に比べると切れ味、耐久性、魔力、どれをとっても劣化した剣なのは一目瞭然であるが本人は別に構わないの一点張りである。

「本当にそんな装備で大丈夫なの?」

「ガング十頭なら問題ねえよ」

「まあそれなら良いけど」

ルーマのことだから無茶はしないと思うし、技量も問題ないから大丈夫だと思うけど。

「無理はしないでよ。あくまでも目的は薬草だから」

「分かってるって。俺だって無理な依頼を受けたつもりは無えさ。依頼をさっさと終わらせて、目的のブツを手に入れる、だろ?ああ。尻が痛え!早く降りてえなあ」

「まあまあ。もうすぐ着くって。降りる準備をしておこうか」

僕は本を閉じ、ショルダーバックを開ける。あ、しまった、服とかに持つそのまま出来ちゃった。邪魔だなあと思いつつ、本をバックにねじ込んでいると。

「なに読んでたんだ?」

「ん?調合書大全。ポーションの作り方のおさらいしてた」

「真面目なことで」

「どうも。他にやることもなかったからね」

「まあな。俺も寝る以外やることが無えよ。暇だ……」

「外の景色を楽しめば?」

「速攻で飽きた」

「まあ、ルーマなら、そうだろうね」

大きなあくびをするルーマ、僕は姿勢をずらし、固まった体を小さく伸ばす。

「そうだ、到着したらどうしようか?」

僕がそう言うと、「ん?」と首をかしげるルーマ。

「どうするって、なにが?」

「ルーマは休憩所に寄らずに、すぐに狩猟に行くの?」

「おお、もちろん。速攻で狩ってくる」

自信満々に答えるルーマに僕は「そっか」と返答する。

「なら、休憩所には僕一人で言ってるよ。ルーマが来たときも、分かりやすい場所にいるようにするから」

「ん、何言ってんだ?」

「え、何か変なこと言った?」

「俺が行くときって、そん時はナリオも一緒だろ?」

「どういうこ……」

長いつきあいだから分かる予想。

そして感じてしまういやな予感。

その二つが重なる、問題しかない答え。

そして笑顔のルーマが、僕が考えた答えが正しいモノだと理解させる。

「だってナリオも行くだろ、ガング狩り?」



拝啓、エリー姉さん。

ルナカニア王国を出て早五日。

未だに職を見つけられてはいませんが、職を紹介して貰うための試験を受けている真っ最中です。

その試験内容ですが、なんと下級上位ポーションを十本、上級下位ポーションを一本を銀貨一枚で作ることです。

無茶だろうと思いますが、もしかしたら出来るかもしれないという方法を思い付き、そして今、行動している最中です。

その行動ですか?

詳しくは忙しくて伝えられませんが、僕は今。

ガングに追いかけられています。

「ちょっと待ってえええぇぇぇぇええっぇえぇっぇえええええ!」

大声で草原を走る僕。後ろからは何かが僕の後を追ってくる気配。たぶんガングだとは思うけど、何しろ追いかけられている最中。後ろを確認したいが余裕はない。

ギャウワ!とガングが鳴く声が複数聞こえる。たぶん追いかけているガングは二頭か三頭程だろう。

まあでも。

それが分かっただけで僕にどうしようも出来ないけど。

少し前。

ニール平原到着時。

「良し行くぞ、ナリオ。大丈夫、いけるいける」

「お、早速発見したな。いちにーさん……。面倒くせえ、大体十頭だ」

「とりあえずバレないところまで近づいて……。え?大丈夫だよ、バレやしねえって」

「あ、やべえ。こっちの居場所バレたっぽいかも」

「ヤバっ!いったん逃げるぞ!」

「どうするっつったって、とりあえず逃げながら狩っていくしか……!うお、アブねえなチキショウ!飛びかかって来やがって!あいつコロス!てか全頭コロス!」

とまあ。

ルーマが切れてガングをコロ……狩猟しに行っている。今ここにいるわけで。

ルーマは六匹程度のガングを相手にしているが、戦っていないガングは当然。

「僕の方に来るのさあああぁぁぁああぁぁぁ!」

とりあえず走る。走る。走る。

止れば間違いなく食われる。殺されるのは確実に分かる。

ガングの鳴き声が近づいてくるのが分かる。じりじりと、差を詰まってくる。

死にたくないなら、走るしか無い。

走って、走って、走りまくって。

「ぐえっ!」

足がもつれて転んでしまった。

すぐさま振り返ると、間合いを詰める二頭のガングの姿が。二足歩行のトカゲ型のガング。特徴的な長い手足の鉤爪と鋭く長い口からのぞく鋭い牙が。

「とっても怖いわけで……」

一歩、一歩とにじり寄る二頭のガング。そしてそのうちの一頭が姿勢を低くし右足を踏ん張って勢い良く。

「させねえよっ!」

僕に飛びかかろうとしたガングは、そのまま左に倒れ込み、その後ろから現れた。

「ルーマ!」

「間に合ったか。生きてるな、相棒」

ルーマは息を切らしながら、安堵の表情をしていた。ルーマの姿に気がついたガングは、僕を見つつも、ルーマとの間合いを計る。ルーマもまた、真剣な表情でガングにロングソードを構え直す。

そのまま睨み合い、しびれを切らしたガングは、ルーマに飛びかかる。足の鉤爪でルーマに掴み掛かろうとするも、それを読んでいたルーマにあっさりよけられ、着地したガングに斜め右からロングソードを振り下ろす。

「がぎゃ!」という声と共にガングは横に倒れ込む。一瞬、ビクッと震え、その後再び倒れ込んだ。

数秒勘、ガングが動かないことを確認した後。

「ふう、大丈夫かナリオ」

僕に安否の確認をするルーマ。その表情は満面の笑顔で、僕に安心感を与えてくれた。

「ル、ルーマ……」

僕は立ち上がるも、ぷるぷると震えながらへっぴり腰でルーマに近づく。

「おいおい、大丈夫かよ?」

「すっごく大丈夫じゃ無いよ……」

「ははっ。まあ初めてならそんなもんだぜ。生き残っただけでも儲けもんだよ」

「何で僕を、そんな命が掛かる現場に連れてきたの……」

少しだけ。

少しだけルーマを恨みたくなってきた。

「そ、そうだ!他のガングは……!」

僕は急に思い出したようにそう言って、立ち上がり辺りを確認する。

「おお、あそこにいたガングは全部狩っといたぜ。全部で十二匹いたわ」

「ええっ!全部倒したの!」

「おお。おかげで剣がボロボロよ。やっぱ安物は厳しいなー」

あっけらかんと笑うルーマ。着ている鎧は傷ついてるモノの、損傷している様子は無く、擦り傷はあるモノの、大きな怪我は何一つ無い。

「………………………」

素直にすごいと思えた。何体も相手をしたのに大けがもなく、しかも短時間で十頭も狩るなんて。改めて冒険者の仕事が大変なモノだと認識し、そして冒険者のトップにいたルーマは、改めてすごい人出ある事を理解した。

「ああそうだ。まだ狩ったガングの証明のはぎ取りするの忘れてたわ。ナリオ、こいつらはぎ取ったら、向こうのもやろうぜ?」

「え、僕もやるの……?」

「え、やるだろ」

笑顔で無言の圧力を掛けてくるルーマ。

「はい、やります」

圧力に屈し、僕は敬語で答える。

エリー姉さん。

僕はルナカニア王国をでて、どんどんとスキルが上がっている気がします。

調合士ではなく、冒険者のだけど。



「あっ、見てアレ!あそこにも薬草が生えてる!これでもう六本目だよ。ああ!隣には毒消し草も生えてる!これも取っていこう!」

「全部草じゃね」

「うわっ!これカイロタケだよ!自然に生えてるの初めて見たー!さっきはホレイダケも見つけたし!興奮するなあ!」

「全部キノコじゃね」

「いや、いやいやいや!待って待って!あそこにあるの誉草だよ!これ調合の基礎に使えるんだよなあ!これも貰っておこう!」

「テンションが高くねえか、ナリオ」

それはそうでしょ。

さっきまで命の危険を感じながら逃げ回っていたのに比べればと、採取がどれだけ安全でかつ楽しいか。

天国だよ、天国。

「そう言うルーマはお疲れだね」

「まあ、疲れてるっちゃあ疲れてる。ガングの相手をしたって言うか、移動疲れの方で疲れた感じだな」

ガングの群れを倒した僕たち。まあ、全てルーマが狩ったんだけど。討伐したガングを解体し、討伐証明となる鉤爪や皮を回収しガングの遺体を処理(きちんと地面に埋めました)したあと、僕たちはニール平原の休憩所へと向かっていた。

「んで、今日の工程としてはどうすんだ?」

ロングソードをぶら下げ、けだるそうに歩くルーマ。それだけなら普通なのだが。

「行程としては今日はゆっくりしよう。と、その前に。何担いでるのさルーマ……」

なぜか右肩に背負うように持つ白い袋について聞いてみると。

「ん?ガングのトサカ。ギルドに報酬貰うのに持って行かねえと。あと、自分用にガングの皮やら爪やらも入れてる」

「ああ、なるほど」

「ギルドから支給される袋なんだけど、この袋、中に入っちまった魔物や禁竜の血がしみ出してくるのがなあ……。うわ、手かちょっと滲んでるし」

「うん、絵面がヤバいね。なんか、こう、猟奇的な人って感じでさ」

「まったくな。さっさと休憩所で水浴びでもしたいぜー」

「ところで、その休憩所ってどこなの?」

「最初に馬車降りた森の近くらしい。目印はあの大樹だと。どこの場所でも、馬車が止まって冒険者を下すのは休憩所の近くだし、あの辺に行けば看板もあるし、大体わかるだろ」

「あっ、ナナイロダケ!」

「俺の話を聞けって」

「ごめんごめん」

そう言ってお互いに笑いながら、僕たちは二人で大樹を目指した。時々、僕が採取であちこち寄り道をしてしまい真っ直ぐではないものの、着実に大樹へと近づいていく。

そして大樹周りの森に到着した時のことだった。

「ああ?」

最初に気が付いたのはルーマ、数秒遅れで僕が気が付く。

「あれ、人……?」

片膝を立て、大きな木にもたれかかるように座る一人の男性。座っていてもわかる長身に褐色の肌。腰にはロングソードよりも細い刀身の剣を下げる。髪はほぼ丸坊主のように短く、切れ長の目と整った顔立ちが少しだけ怖い印象を受ける。

「あ、あの、大丈夫で……」

僕は男性が何か弱っているんじゃないかと心配になり近づこうとした瞬間、ルーマが左腕を僕の前に出し、近づくことを制止させる。

「ど、どうしたの、ルーマ……?」

「ああいうのはマジで怪我をしてるか、ケガしてるふりして冒険者を襲う危ねえ奴の二択なんだよ。あんまり見かけねえが、もし危ねえ奴なら不用意に近づいて、男なら殺されて金品や装備を盗まれるの一択だし、女なら殺されるか犯されてから殺されて、最終的には金品や装備を盗まれる二択を選べるぜ。どっちも地獄だがな」

「ええっ!でもそうじゃなかったら……。どうするの、ルーマ……」

「分かってるって。任せろ」

ルーマはそういうと、座っている男性へと近づいていき、「おい」と一定の間隔を開けた状態で男性へと声をかける。

「あんた誰だ。ここで何をしている」

男性はルーマと僕の姿に気が付き、長い溜息を一つ吐いて。

「別に、なんだっていいじゃない。それとも何?疲れたから座っているなんていったら、信じてくれるのかしら?」

「俺は銀級の三十番で名前はルーマだ。あんたは?」

「……銀級の六十五番、名はイコナよ」

「イコナ、再度質問だ。あんたここで何してる」

「さっき言った通りよ。疲れたから座っているの。心配いらないわ」

「俺一人なら『そーか』って言って見捨てるところだが、俺の相棒があんたを見つけてすぐさま近づこうとしたほど心配してるんだ」

「そう。それなら心配は無用と伝えて頂戴」

「そんなこと伝えてもあいつは納得しねえから聞いてんだ。俺の相棒に、あんたを見捨てて良い理由をくれよ」

ルーマの言葉に、眉間にシワを寄せ、頭を掻くしぐさをするイコナさん。そして。

「足を挫いてしまったの。このあたりで散歩中にね」

そう言ってイコナさんは膝を曲げている右足首をさすった。

「散歩中?」

この平原、この森の中を、散歩していたのか?

「すいません、それってどういう……」

「分かった、邪魔したな」

僕の言葉を遮り、ルーマは会話を終わらした。

「いいえ、心配してくれてありがと。あ、あと一つだけ聞いて良いかしら?ガルイダ行きの馬車は、もう出ちゃった?」

「ああ、俺達が乗ってきたのが出たら最後だ。往復する馬車は、今日はもうねえよ」

「そう、残念。それじゃあここで野宿かしらね」

「もういいわ」と言ってイコナさんは目線を合わせずに、左手をひらひらと動かしここから立ち去るようにジェスチャーをする。

「行くぞナリオ」

ルーマは僕の名を呼ぶと同時に、早足でこの場所を離れようとする。

「ちょ、ちょっとルーマ!」

僕は小走りでルーマに近づき、ルーマの歩く速度に合わせて隣を歩きながら。

「どういうことなの、ルーマ!」

「どうでもねえよ。ただ、足を怪我してるのは本当かもな」

「そんな!それじゃあ手助けしなきゃ……」

「助けようにも、本人が関わって欲しくないって言ってんだから無理だろ。下手に近づかないのがベストだ」

「それは……」

たぶんルーマの言うことは正しい。冒険者としても、人としても、僕よりも遙かに危険感知能力が高い。イコナと名乗る冒険者からも、何かやっかいなモノを感じ取ったんだろう。

「ねえ、ルーマ……」

僕は足を止め、ルーマを呼ぶ。僕が止るのと少し遅れて、ルーマも止まり、振り返って僕に返事をした。

「イコナさん、確か足を捻って言ってたよね」

「ああ、たぶん捻挫か何かだろうな」

「ルーマは、イコナさんが一人で動けると思う?」

「あ?ああ。たぶん無理をすればいけなくはないだろ。最も、ありゃ動くのは困難だろうが」

「うん、僕もそう思う」

だから僕は。

「あ、おいナリオ!どこ行くんだよ!」

「イコナさんのとこに行ってくる!」

振り返り、イコナさんの元へと早足で向かった。僕がイコナさんの前に着いたとき。

「あら、銀級冒険者のお仲間さん?忘れ物かしら?」

「すいません、失礼します!」

僕はそう言ってイコナさんの前に座り込み、両手で右足首を握らないように触った。触られたイコナさんは、「いっ!」小さく言葉を発し、顔を歪ませた。少ししか触れていなかったと思うけれど、ここまで痛がるとは。もしかしたら捻挫ではなく骨まで……。

「ちょっと!何するのよ!」

右足首に触る僕の両手を右手のみで覆い掴むイコナさん。

「あ、いえ。足首怪我してるんで、捻挫なのかどうなのかを調べようと……」

「そうじゃないわよ!なんで急に人の足に触ってるのって聞いてるの!」

「あ、すいません。触りますね」

「許可取ってるのかなんて聞いてないわよ!」

「あードンマイおっさん。ナリオに捕まったら、そいつが納得するまで終わらないぜ」

「誰がおっさんよ!」

「怒る所そこかよ……」

ため息するルーマをよそ目に、僕は優しく足首を触る。イコナさんは触る度にいたそうに顔を歪ませるが、声を荒げるまでではなさそう。骨も、うん。異常なさそうだな。

「イコナさん!」

足首を触り終わった僕はすかさず立ち上がり。

「な、何かしら……?」

「これは軽い捻挫と見ました。適切な処置をすれば痛みは和らぎますよ」

「そ、そう。それは良かったわ……」

「はい、良かったです!なので一緒に休憩所に行きましょう」

「……はい?」

「捻挫に効くモノを調合しますが、やはり調合は落ち着いた場所で行なった方が良いですから。ここではなく休憩所の方が調合の確率は大幅に上がります!それに、落ち着いて食事も取れれば安心しますから。あ、あと……!」

「いや、ちょっと……」

「大丈夫です調合素材は持ってますから。それに、調合もそんなに難しいモノじゃないので安心してください。それに時間も掛かりません。まあ捻挫に効くと言っても、本来使用する用途とは違いますから、効果は抜群というわけには生きませんが。しかし、今の状態よりも確実に良くなると断言は出来ます!だからですね……」

「聞いて、無いわね……」

「だから言ったろ。俺はともかく、俺の相棒に、アンタを見捨てる理由を説明しろって。ま、諦めて、ナリオに助けられてくれや。俺が止めるのは無理だ」



「改めて、アタシはイコナ。声を掛けてくれたのに邪険にしてごめんなさいね。冒険者の中には無礼な輩や犯罪者もいるからどうしても警戒しちゃって」

「僕はナリオです。隣にいるのは冒険者のルーマ。どうか気にしないでください」

イコナさんに声を掛けてから、少したち。

僕はイコナさんに肩を貸し、ゆっくりと森の中を歩いていた。イコナさんの身長が大きいから、どうしてもアンバランスな体勢になってしまい、一歩一歩がどうしてもゆっくり歩いてしまうが、少しふらつきつつも着実に休憩所に向かっていた。

「ところで、ナリオちゃんは冒険者なの?もしそうなら武器が見当たらないけど……」

「ナリオは冒険者じゃねえさ。調合士だよ」

「あら、そうなの?」

「銅級ですけど……」

あはは、と僕はしらけた笑いをする。

「でも珍しいわね。こんな時間に調合士がニール平原に来るなんて。しかも二人で。何か緊急の仕事とかかしら?」

「と言うか、仕事を見つけるために平原に来ました」

「え、どういうことかしら?」

「銀貨一枚でポーション十一本作れれば、仕事紹介してやるって言われてよ。材料買う金も無く、素材も持ち合わせていないで仕方なく、俺達は調合材料欲しさにのこのこニール平原に来たって訳だ」

「騙されてる可能性は無いのかしら?」

「大いにある」

イコナさんの疑問に堂々と答えるルーマ。

いや、堂々と騙されてる何て答えなくても。

「まあ別に騙されても良いけどよ」

「良くないと思うけど、良いの?」

騙されている、ということに対し、頷くルーマに微妙な表情で僕は言う。騙されていると言うことに対しては、僕煮も責任はあるけども。それに対してルーマは。

「お前と冒険出来てんだ。俺はそれがたまらなく楽しいんだよ」

ニカっと笑うルーマに、遠慮しがちに僕が笑って返す。

「と言うわけで、ポーションの素材を探してるって訳よ」

「事情は大体分かったけど、それじゃあ私を助けている暇なんて無いんじゃない?」

「それは大丈夫です。今日ルーマが受けた依頼は終わらしたので、素材探しは明日の朝から行なう予定です」

「そうなの。それは安心したわ。私がいて依頼が達成できないなんてこと、あっちゃいけないしね」

「あんたがいても依頼は達成できるっての。俺をなめんなって」

「ちなみに僕達は休憩所に真っ直ぐ向かっていますが、着いたらご飯にする予定です。イコナさんもいかがですか?と言っても、今のところご飯の材料は何も取れてないんですが」

「あらいいの?出来ればお願いするわ。もちろん、ちゃんとお金は払うわよ。この足じゃ夕食を取りに行くのも作るのも一苦労だし、出来ればナリオちゃんのお言葉に甘えさせて頂戴」

「移動で疲れたからなあ。今日の飯は美味いと良いな」

「僕が作るから期待はしないでね」

「俺よりはマシだろ。ドイトンから貰ったスパイスぶっかけりゃあ美味くなるだろ」

「適量が一番だよ。第一に……」

「うわあああああああああああっ!」と。

急に、大きな叫び声が聞こえた。

ルーマとイコナさんは同時に。僕はワンテンポ遅れて、声の聞こえる方向へと向いた。若い男性の声。叫び方からして何かあったんだろう。

「悪い、先にちょっくら見に行く!」

ルーマはそう言って、声のする方向に藪をかき分けながら走る。

「イコナさん、行けますか?」

「大丈夫よ。ルーマちゃんが先に見に行ってくれてるから、アタシ達は慎重に進みましょう」

イコナさんから了承を得た僕は、ルーマが通った藪をゆっくりと進む。一人分のスペースを肩を組んだ二人が進むわけだから、先程よりも速度は遅い。

「おい、大丈夫かっ!」

ルーマの大きなが聞こえる。僕達は慌てて、ルーマの後を追いかける。

「どうしたの、ルーマ!」

僕とイコナさんが到着したとき、ルーマと倒れている者、そしてうろたえる若い三人組の姿があった。

「毒にやられた!おい、お前ら!」

怒鳴るように呼ばれた三人組は、戸惑いながらも返事をすると。

「解毒薬は持ってるか!下級の中位……いや、下位でも良い!」

「も、持ってないです……。お、お前らは……」

「い、いや……」

「………………っ!」

男性が、仲間であろうもう一人の男性と女性に聞くが、二人とも緊迫しながらも首を横に振るだけだった

「イコナ!アンタは!」

「持ってないわ……」

「クソッ!」

舌打ちをして地面を殴るルーマ。僕はイコナさんをゆっくり座らせると、すぐさま倒れている人に近づいく。倒れていたのは銀髪の青年。弓と一本の矢が落ちていた。おそらく倒れた拍子に落としたのだろう。

「どういう状態なの?」

「毒にやられてる以外は何も……。近くにこれが落ちてた」

ルーマは僕に白く細長い棒状のようなモノを差し出す。

「これは……。トゲ?」

「たぶん毒持ちの禁竜のトゲだと思うが。イコナ、アンタは見覚えはあるか?」

イコナさんは目を細め、数秒黙り込んだ後。

「……ごめんなさい。流石にトゲだけでは絞り込めないわ」

首を横に振った。

「くそっ……。それじゃあお前ら!」

眉間にしわを寄せたルーマは、再度三人組を呼ぶ。

「お前らこのトゲを持つ禁竜、もしくは魔獣を見たか?」

「い、いや……。急に、ルフーナが吹っ飛ばされて……」

ルーマと同じロングソードを腰に下げバンダナを頭に巻いた青年は、恐る恐る答えた。

「何でも言い、目の前の奴を死なせたくなかったら思い出せ!」

ルーマの言葉に、青白い顔色が一層悪くなる三人組。体験を背負った鎧姿の青年は、ルーマの言葉に一番動揺したのか。

「ディン……。ルフーナが死ぬのか……!なあ、あんたら、どうにか出来ないっすか!俺の弟なんすよ!たった一人の家族で、そんで、俺の……!」

ルーマの左肩に乱暴に掴み掛かり、小刻みに揺らす鎧の青年。

「落ち着きなさい。このまま放置すれば最悪の場合、死ぬかもしれないって言うことよ。助けたいのならば、落ち着いて彼が倒れた時のことを思い出しなさい。どんな敵から受けた攻撃なのか。それが分かれば処置ができるかもしれないわ」

イコナさんは鎧の青年を落ち着かせるようにルーマの言葉に助言をする。

「で、でも、落ち着けったって……」

「ディン!良いから考えなさいよ!このままじゃルフーナが……」

「分かってるって!俺だって落ち着いて考えようとしてっけど……!キャディ!お前近くにいたんだろ!何か思い出さねえのか!」

「わ、私だって思い出そうとしてるけど、してるけど……!」

バンダナの青年の言葉に、杖を持ち大きな帽子をかぶった女性は、目に涙を浮かべ嗚咽を混じりながら必死に言葉を返そうとする。

「急に、青色の何かが通って!それで!ルフーナが急に飛ばされて!それで……!」

「まって」

彼女の言葉に、僕は待ったを掛ける。

「『青色の何か』は間違いないですか?」

「え?ええ、たぶんそう……。でも姿は見えなくて……」

「青色、青色……。ああ!俺も!俺も見た!青色の丸い岩みたいなのが!一瞬だけ!」

「ああ、俺もだ!たしか林の奥から伸びてきたような……」

青色のなにか。

丸い岩のようなモノ。

伸びるように。

白いトゲ。

毒状態。

これらの情報から考え出される禁竜の中で、考えられる一体。

「まさか……」

僕が思い浮かべたとある一体の禁竜。その考えから、僕は焦りと不安を顔に出すと。

「俺も絞り込めた……」

「毒自対は弱いと思うけど、状況を見るとマズいわね……」

ルーマ、イコナさんもこのトゲの正体が分かったようで、その表情は僕と同じく、焦りと不安に入り交じっていた。

「どうする、ナリオ!」

「たぶん、奴の毒なら下級中位の解毒薬であれば、体内の毒を中和できると思うけど……」

「でも肝心の解毒薬をだれも持ってない。毒消し草を大量に摂取させたら……。いや、無意味ね」

「ああ、無駄だ。解毒薬じゃなきゃ効果が足らねえよ」

そう。

今大事なのは、目の前に倒れている毒状態の青年を助けることなのだが。毒状態である彼に処置できるクスリが一つも無い。

僕は一度倒れている青年の姿を見た。荒い呼吸と苦痛の表情。右腕の脈を測り、彼の胸に手を当てた。呼吸は荒いが、まだ息を出来ている。

大丈夫だ、彼の命はまだ持つ。すぐに死ぬわけではない。だけど、馬車がこの平原に来る明日の昼まで彼の体力が持つかどうか。

それまで延命処置をすれば?ガルイダまで戻れば治療が可能かもしれない。

「大丈夫です」

そうだ、僕は調合士だ。

日雇いの調合仕事で何度も作ったはずだ。

頑張れ。

僕なら出来るはずだ。

自分を信じろ。

信じろ。

「大丈夫」

皆に、そして自分に言い聞かすように、僕はそう言って、そして僕は続けていった。

「僕が解毒薬を調合します」



「彼をゆっくり降ろして寝かしてください!ルーマ!ドイトンさんから借りた鍋に水をくんできて!カゴをこっちへ!素材の確認をします!」

休憩所に到着した僕は、後ろに大声で指示を出す。そして辺りを見渡し作業を行える場所を探す。なるべく平たい居場所で、テーブル代わりになるモノがあると良いと探す。不自然に平行に切られた石があり、僕はそこにショルダーバックを置くと。

「分かった!」

僕の言葉を聞いてルーマは鍋を持ち井戸へと走り出し、倒れていた青年ルフーナさんを担ぐ鎧の青年ウバルさんは、ルフーナさんをゆっくりと降ろす。カゴを持っていた大きな帽子の少女キャディさんは僕の前へとカゴを置く。バンダナを巻いた青年ディラさんはイコナさんに肩を貸し、僕らに遅れて到着した。

「ナリオさん!カゴの中身はどうすれば!」

「テーブルの上に並べて!無造作でも良いです!キャディさんは毒消し草の仕分けを!毒消し草以外はカゴに戻してください!」

「はい!」

「ナリオさん!ルフーナを寝かしたっす!」

「頭を高くして!毒のせいで発熱もしてると思うので、衣服を緩めてください!」

「分かったっす!」

「ナリオさん!俺は何をしたら!」

「僕のショルダーバックから木箱を出しておいてください!その後、ウバルさんと一緒にルフーナさんの看病を!」

「了解っ!」

僕は三人にそれぞれ指示を出し、それからキャディさんとテーブルの上に無造作に並べられた素材の仕分けを行なう。キャディさんには素材の仕分けをしてもらい、毒消し草とそれ以外に分けて貰う。僕は分けられた毒消し草を左手に取り、右手の親指と人差し指で円を作り、右目に近づけのぞき込む。

「ナリオさん、何を……?」

「魔素量の計測です」

「魔素量の計測って、それって……」

「右手の円に魔力を流し込んで薄い膜を作って、材料となる毒消し草の保有魔素量をはかるの。材料の選定と魔素量の計測は、調合前の大事な作業。調合士の基本となるものなの」

キャディさんの疑問に、会話に入り込んだイコナさんは補足してくれた。

「静かにしていましょう。私達が見ていても分からないし、ナリオちゃんの邪魔になっちゃうわ。私達は私達の出来ることをしましょう」

そう言って、作業の継続を促すイコナさん。キャディさんは無言で頷き、材料の選定に戻る。

さて、僕も急がなければ。

集中して、毒消し草の魔素量を計測する。最初に手に取ったものを基準としてテーブルの手前に置き、次の毒消し草に手を伸ばす。二株目の魔素量は、一株目に比べて魔素量が多い。どうやら当たりを引けたのかもしれない。続いて、三株目。これは、一株目と二株目と比べて魔素量は低いが、調合をする上での最低魔素量の基準内に入っている。使えなくはない。

そうして四株目、五株目と見ていき。

「よし……」

材料に使用する毒消し草の選定を終えた。だけど、少し魔素量の少なさには気になる。このまま調合しても、成分は基準値を満たすが魔素量は基準値を超えるかどうか……。

「そうだ……!」

僕はキャディさんが仕分けしたかごの中をひっくり返し。

「あった、ナナイロダケ」

七色のカラフルな色をしたキノコを手に取り、毒消し草の鑑定と同じく、魔素量を測定する。うん、これだけでも申し分ない。ナナイロダケの魔素量を合わせれば、十分足りる。僕はナナイロダケの魔素量を確認すると、ディンさんに持って来て貰った木箱を開け、小皿とビーカーを三つずつと、折り畳みのナイフを取り出した。木箱を再び閉じて、その上にキノコを置き、右手の円で魔力が多い場所を確認する。

キノコから目線をそらさずに右手をナイフに持ち替え、魔素量が多い場所へと切り込みを入れる。傘の部分は細かく茎の部分は乱切りになったキノコを皿へと移動させる。

「ナリオ!」

遠くからルーマの呼ぶ声。そちらに向くと鍋いっぱいに入った水を持ったルーマがおり。

「どこに置きゃあいい?」

「とりあえずその場に置いといて!使う分だけそこからとるから」

「おうっ」

ルーマは粗雑に鍋を僕の近くへと置いた。鍋の水は置いた衝撃で少しこぼれてしまったがまだまだ量的には十分だ。水をビーカーに汲みあげ、木箱からアルコールランプと金属の台、金属の棒二本を取り出し、テーブルに置く。アルコールランプの蓋を開けて、その前に指をかざし。

「〈火よ灯れ〉フランっ!」

指先から小さな炎を出し、アルコールランプへと灯す。金属の代をアルコールランプの炎の上へと移動させ、その上に水の入れたビーカーを置く。

「あとは……ああ、忘れたっ」

僕は慌てて木箱を開け、中から長方形で少し厚めの平たい革袋と二つの石を取り出した。石は一つは黒くとげとげした表面が特徴の親指ほどの丸い石と、一つはすべすべした表面の黄色い直方体の石。僕はとげとげした黒い石をビーカーへと入れ。

「ルーマ、沸騰したら教えて」

「あいよ」

僕はルーマの返事を聞いた後、革袋を開け、中からろ紙を二枚取り出す。残ったビーカー二つにろ紙をセットして。

「後は……」

先ほど選定した毒消し草を、魔素量が多いもの三株を手に持ち、木箱の蓋の上に置いて葉を一枚一枚ちぎり取る。三株分すべて取り終わったら、葉を茎の部分と分けるように切り取る。すべて切った後、葉を細かく切り分けて、準備終了。

「キャディさん、毒消し草の仕分けは終わりましたか?」

「も、もう少しです!」

目の前の仕分けに集中しながら、あわてたように答えるキャディさん。

「落ち着いて、まだ時間はあります。引き続き仕分けをお願いします。ルーマ、ありがとう。代わるよ」

「ん、もういいのか?」

「うん。準備は大体終わった。後は沸騰した水をろ過して……ああっ!」

僕がそう話しているとき、突然大声をあげてしまう。ルーマは一瞬驚き。

「ど、どうしたよ……」

「手袋忘れてた!ビーカーのお湯をろ過したいんだけど、いつもは集めの手袋をつけてやっててさ!手袋は職場の支給品を使ってたから……」

どうしよう……。

厚めの布をビーカーに巻いて……。いけるかな。

いや、たぶん熱いよな。

「まじか……。それ無いとどうなるんだ?」

心配そうに聞くルーマ。

「単純に熱くて持てない……。どうしよう、時間ないのに……」

「それだけ?熱い以外は問題ないのか?効果が薄まるとか、失敗するからとか」

「水の中の不純物を取り除くための作業だから、ろ過自体は失敗とかはないけど。お湯のまま使用して、時間の短縮を図りたかったんだ。時間の余裕が無い今、少しでも早く調合したいし……」

「なんだ、そんな事か」

僕がそう答えると、ルーマは安心したように言って。

「このコップのお湯を紙に入れればいいんだろ?手袋が無いとなんか他に問題あんのか?」

「い、いや。さっきも言ったけど、ただ熱いだけで……」

「なら、大丈夫だ。俺が入れる」

ビーカー内の水は、ポコポコと空気が上に上がりお湯になったことを伝える。黒く細かい不純物の粒が、お湯の中で浮かんでは沈むを繰り返す。ルーマは、そんな熱い状態のビーカーを。

「〈纏い守れ〉ポヴォル。っと。手だけでいいか。んで、これはもう入れていいか?」

「え、うん……」

「はいよっ」

素手で軽く持ち上げた。

「えええええええっ!ルーマ、火傷!火傷するよ!」

「いや、しねえよ。身体強化の魔法かけてっから、ちょっと熱いだけだって。ここに入れりゃあいいのか?」

心配する僕を余所に、平然とした態度のルーマは作業を進める。あっけにとられた僕は小さな声で「うん……」と頷いた。身体強化の魔法をかけてるからって、沸騰したお湯をつかむって。冒険者には、これが普通の日常茶飯事なのかな?なんて考えていると。

「入れるぞ、ナリオ」

「あ、うん!ゆっくり入れてね、ゆっくり!」

ルーマはビーカーを傾けろ紙を設置したビーカーにお湯を入れる。お湯の中の不純物はろ紙にこされ、純粋な水が、ビーカーの中へと入っていく。

「中の石は落とさないように。お湯はビーカーの中の半分以上あればいいから、無理して入れないでね」

「おう」

いつになく真剣な表情のルーマ。ビーカー内の水を全体の七割ほど入れ終わってから。

「これでいいかっ?」

「……うん!十分だよ!」

僕はろ紙を丁寧に取り外し、今度はつるつるとした石を入れ、再度アルコールランプの上へと置いた。

「この石はさっきのとは違うのか?」

「さっきのとげとげした石は、水の中の不純物を取るための石だよ。名前は吸純石と言うんだ。こっちは精製石って呼ばれてて、水を調合用精製水に変えるための石なんだ」

調合、とは言ってもただの水に薬草を入れて煮込めばできるというものでもない。調合には大きく分けて三つの重要な要素がある。素材の材料濃度と魔素量のバランス。そして下準備となる調合精製水。これらの調和のとれたバランスが、調合品をより精度の高いものとなる要素なのだ。

だから、抽出された材料濃度が濃く、濃度だけ見れば中級高位の品でも、入れた材料の魔素量が少なく、調合精製水の作りが雑であれば、中級どころか低級高位にすら届かないこともある。逆もまた叱りで、調合精製水と魔素量が中級高位の物でも、材料の抽出がうまくいかずに失敗したりもする。

調合士はその手で調和を作り、混沌すらも手中に収めるべし。

調合士の祖、調合士大全の作者、カルフレットの言葉である。

「沸騰したかな。それじゃあルーマ、さっきと同じように新しい紙にろ過をして」

「はいよ。〈纏い守れ〉ポヴォル。んじゃ、いれっぞ」

ルーマは先ほどと同じようにゆっくりとろ過を行い、ビーカー内の精製水を七割ほど入れる。ろ紙には細かい白いゴミが取れるだけで、不純物を取り出したほどのゴミは出ない。

「これでいいか?」

「うん、ありがとう。ここからは僕がやるよ」

ルーマに精製水を入れたビーカーをアルコールランプの上に戻してもらう。僕は沸騰する精製水の中に、先ほど切ったナナイロダケを、全体の三分の一ほど入れて、すぐさま右手の円で魔素量を確認する。円から見ると、じわじわと黄色い魔素がビーカー内に広がっていく。僕はガラス棒でビーカー内をひと混ぜすると、魔素は全体に広がって薄い緑色となった。

「もう少し……」

そう呟くと、ナナイロダケの傘を二欠片ほど入れ、再度混ぜる。先ほどよりも濃くはなったが、まだ透明感のある緑色の状態。

うん、良い状態だ。

魔素の濃さを確認した僕は、キャディさんに分けて貰った毒消し草をナイフで切っていく。茎を切った毒消し草を全部入れ、円で青色の抽出物が出ていることを確認。ゆっくりと混ぜていく。するとビーカー内の魔素は、どんどんと水色へと変化していった。

「よし、いい状態かも。完成、かな?」

僕がそう呟くと。

「え、もうできたのっ?」

驚くキャディさん。正確に言えば、まだできてはいないんだけど。

「はい、大体は。これを冷ませば、完成です。今回は熱いままでゆっくり飲んで貰いましょう。確認はしていませんが、たぶん下級中位ぐらいにはなったと思いますから」

「ほ、本当に!」

「本来はできた調合薬は確認しないといけないですが、今回は確認作業は省きます。ルーマ。お椀ある?」

「ドイトンから借りた木の椀でいいか?」

「うん。お椀に移して冷ましながら、ルフーナさんに飲ませよう。これは、キャディさんに任せても良いですか?意識が朧気なので、無理のない範囲で飲ませてあげてください」

「こ、これでルフーナは助かるの……!」

「助けるための調合薬ですから。効くかどうかは飲ませないと分かりません。でも、最善はつくしました」

「早く持って行って冷ましながら飲ませてやれ。大丈夫だ、ナリオが調合した薬だからな。効かねえはずがねえよ」

「……はい!」

涙目になりながら、キャディさんは解毒薬を移したお椀を持ち、ゆっくりこぼさない様に歩きながら、一直線にルフーナさんのもとへと向かった。

「さてと、また作らなきゃ」

「ん、何を作るんだ?」

「解毒薬。あれが今の材料で作れる解毒薬で一番効果が高いものだけど、効かない可能性もあるし」

「ナリオが作ったやつだぜ。効くに決まってるさ」

「この世に絶対はないよ。一本だけじゃ効かない場合だってある。複数本用意しとけば心強いしね」

「ま、俺が止めても作るんだろうな。ナリオの気が済むまで付き合ってやるよ」

「申し訳ない、小心者なもんで」

僕の言葉に「はっ!」と笑うルーマ。

「良いんだよ、小心者で。冒険者は小心者と運が強え奴が生き残る職業だからな。証拠にあいつらがそうだよ。見知らぬ敵に会ったのは運がねえが、俺らに会ったのは豪運も良いところだぜ。あいつは生き残るよ」



「ナリオさん、ルフーナが気がついたっ!」

キャディさんの弾んだ声が聞こえたのは、僕が下級中位の解毒薬を三本目作ったときであった。アルコールランプを消し、ナイフを片つけてからルフーナさんの元へと向かう。彼の顔をのぞき込むと先程よりも血色が良く、朧気ながらも意識がある様だった。

「ご気分はどうですか?」

「あ、なたは……?」

「この人はナリオさん……。俺達の恩人だよ……」

安心しきった表情のディンさんは、右手で涙をぬぐいながらそう答え。

「ルフーナぁぁ……!」

ウバルさんは大粒の涙を流しながら、男泣きをしていた。

「キャディ……。ディンにウバル兄さん……。何が……。僕、急に後ろから何かに飛ばされるような……。そうだ……!」

うとうととするルフーナさんは、急に何かを思い出したように目を見開き起き上がろうとするモノの、毒のせいか上半身を少し起こすに留まった。あわててキャディさんは起き上がろうとするルフーナさんを押さえつけるように止め。

「ダメよ、まだ起きちゃっ!」

「何か!何かがいたんだ!青色の、大きな『何か』が!」

「落ち着きなさい。大丈夫よ、ここにその『何か』はいないわ」

混乱するルフーナさんにイコナさんは冷静な声で落ち着かせた。

「えっ!だって……!あれ、ここは……?」

「ここは休憩所だ。お前の目の前にいる方がナリオさん。後ろにいる方達がルーマさんとイコナさん。この方々が、毒にやられたお前を助けてくれたんだ」

「ま、俺やイコナの旦那は何もやってねーけどな」

「誰が旦那よ。姉御と呼びなさい。まあ、何もやってないのは否定できないわね」

「怒るとこそこかよ、旦……姉御」

「まあまあ……。それで、ルフーナさん。ご気分はどうですか?気持ち悪いとか、動けないとか」

僕の問いかけに、ルフーナさんは小さく息を吸って、か細い声で。

「調子は……大丈夫……です。気分も……悪くは、無いです……。体は痛いですが……動きます……。ああでも、お腹は空きました……」

「うん。それじゃあもう少し横になってましょう。消化の良いモノを作りますので、それを食べたら解毒薬をもう一本飲みましょう。今は、寝ていてください」

「はい……。助けてくれて、ありがとう、ございます……」

お礼を言い切ると同時に、ルフーナさんは深い眠りへと着いた。先程よりも息を大きく吸って呼吸をしている。ルフーナさんの体から毒は抜けてるようだ。

「さてと!それじゃあ、毒やられは直ったところでだ。おい、バンダナ、鎧。ちょっくら付き合え」

立ち上がったルーマは腰を伸ばし、おそらくはディンさんとウバルさんを呼んだんだと思うけど、二人に対して。

「今から俺と森に入って飯取りだ。解毒薬分は働けよ?」

ニカッと笑うルーマ。呼ばれた二人は。

「了解っす!」

「任して下さい!」

元気よく返事をして立ち上がった。

「あ、あの!私は……?」

「ナリオや姉御と一緒にそいつの看病してろ。飯取りなんて三人いれば十分だ」

ぶっきらぼうに、ルーマはそう言った。キャディさんは小さく「はい」と返事をして、看病のためルフーナさんの方へと向いた。

「んじゃ行ってくるわ、ナリオ」

「うん。気をつけてね」

「飯ぐらいで大げさだっての。なんかリクエストあっか?」

「え、じゃあ消化に良い物を取ってきて」

「せめて肉とか魚とかで言ってくれ。まあ、野菜の名前とか言われても困っけどよ」

「ええー。それじゃあルーマのお任せで良いよ」

「じゃあ肉だな。肉オンリー」

「それは止めて」

僕は笑いながら否定すると、ルーマもははっと笑い返す。

「あまり期待すんなよー」

そう言い残して三人は森へと入って行ったのだった。



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