第3話①

僕が目を覚ました時には、太陽が真上に昇っていた。ゴトゴトと揺られる馬車に、変わらないのどかな景色は人を睡眠に誘わせるとは分かっていたけど、ここまで効果的だとは。ギルド職員だった頃の常に頭をフル回転させていた時とは違って、こう、なにも考えずにただただ馬車に乗っているだけの暇な時間は、つい睡魔に負けてしまうものなんだろう。などとセルフ言い訳をしていた僕に。

「よう、起きたか」

声のする方へと向くと、向かい側に座るドイトンさんの姿が。読んでいた本を膝の上に置き、相変わらずの無表情でそう言った。

「あ、ドイトンさん。すいません、少しうたた寝しちゃったみたいで」

「気にするな。こいつらよりはマシだ」

そう言ってドイトンさんは僕のとなりで口を大きくあけて爆睡するルーマを指さし、次にドイトンさんの横で船を漕ぐ様にクビをカクンカクンと動かすカーノさんを指した。

「あはは……」

「こいつら出発してからすぐに寝たぞ」

「しょうがないですよ。今日で移動も五日目ですから。疲れも溜まりますよ」

「座っているだけなのにな」

「寝かしておいてあげましょう」

「そうだな。きっともうすぐ着くはずだ。起こすのは着いてからでいい。ナリオも寝てていいぞ?」

「いや。せっかく馬車に乗ったんで、外の景色を楽しんでます」

「ずっと変わらないぞ?」

「人生で五回目の馬車ですから。何事も楽しみながら経験しますよ」

ドイトンさんは目を大きくし少し驚いたような仕草をしたが、すぐさま無表情に戻り。

「わかった。何かあったら呼べ。俺も何かあったら呼ぶから」

そう言って、再び本を読み始めたドイトンさん。僕は振り返り外の風景を見る。地平線まで続く草原の景色。少し目を右にそらすと、生い茂った大樹の森が景色と共に流れていく。そう思っていたら、大きな湖が水に光を反射させながら景色に現れる。湖の近くに白い毛玉の大型動物がいるのを発見した。すぐさまアレがポプポプだと確信し、文献通りの見た目なんだなあと感動する。そんなポフポフの群れが入るのを見て一人喜んでいたが、ドイトンさんや他の乗客はまるで気にしない。きっと当たり前の景色なのだと理解する。まあ草食獣だしなんの危険もないから気にしないのだと思うけど、ポフポフを初めて見る僕は感動するには十分なほどだった。

「これが、外の世界なんだなぁ……」

初めて見る、外の世界。

ずっとルナカニア王国で暮らしていた僕は、再度、自分が本当に旅に出たのだなと実感した。



五日前のこと。

僕とルーマは旅をすることを誓った後、僕達はドイトンさんとカーノさんを訪ねた。以前カーノさんが誘ってくれた件に対して、今からでも一緒に行くことはできないかと尋ねると二人は喜んで賛同をしてくれ、僕達はドイトンさんとカーノさんと共に東を目指すこととなった。旅の目的地を定めた僕達はお互いに準備を整えて集合する事として、その日、ルーマとはそこで別れた。僕はエリー姉さんにアトレの学費の件と新天地で仕事を探す件、そのために旅に出る報告をするために、エリー姉さんの家を訪ねた。エリー姉さんには、僕とルーマが中央ギルドを訪れ、しかもルーマが銀級へと降格になったことまで知っており、詳しい内容を話すと。

「そんな緊急処置の使い方は、本当にルールギリギリの行為ね……」

僕と同じ感想を言っていた。

仕事に関しては、新天地で探すことには賛同してくれた。ただ、新天地に行くこと自体には反対はしなかったものの、不安を表情に出しており。

「遠くに行くんでしょ?心配よ……」

僕は安心をして欲しいと思い、ルーマと一緒である事を伝えると。

「もっと不安だわ……。今からでも考え直した方が……」

不安を煽ってしまったようだった。

ただ、旅をする際に、気がかりなことがあった。

妹、アトレのこと。

僕がこの国から別の町に移動することを僕は妹に伝えていなかった。まあ無職も伝えてなければ、学費が払い終えていること、はたまた別の地に移住して働くつもりである旨などなど、全て伝えていないけど。

しかし、それに関してエリー姉さんは。

「私の方から伝えておくわ。手紙は、向こうに行ってからでも出せるんでしょ?今までと変わらずに出してあげなさい。もちろん私にも出すこと。良いわね?」

そんなありがたい事を、笑顔で僕に言ってくれた。

次の日に、エリー姉さんに見送られながら、僕達は馬車へと乗り込んだのだ。ちなみに、向かう場所を聞いていなかった僕は、どこへ行くのか、何日かかるのかと二人へ尋ねると。

「ここから五日ほど東に行った所よ。馬車での移動になるわー」

「目指すは東の小さな町ガルイダだ。馬車移動は一日ごとに町を移動していき、その日着いた町に一泊する。お前らは宿屋に泊まる金はあるか?」

「ん、ああ。旅の準備分を抜いても全然あるぜ。安い宿なら余裕余裕。少し高くったって七日はいけるな」

ドイトンさんの問いにルーマは自信満々に答えていた。

町に鐘が鳴り響き、出発の時間となった。僕はエリー姉さんへと向いて。

「エリー姉さん、見送りありがとう」

「気をつけてね、ナリオ。着いたら、まずは連絡を頂戴ね。仕事が決まらなかったり、お金がなくなったり、困ったことがあれば何でも連絡して頂戴。すぐに助けに行くわ」

「だ、大丈夫だよ。たぶん……。でもありがとう、エリー姉さん。そう言ってくれると、安心できるよ」

「行ってらっしゃい、ナリオ。貴方の旅が平穏無事なことを祈ってるわ」

「うん、行ってきます」

「ルーマ、ナリオをお願いね」

「任せろ、副長。親友と二人頑張ってくるからよ」

「カーノさん、ドイトンさん。ナリオをお願いします」

「大丈夫よ。ナリオちゃんは良い子だから。寂しくなるわ、元気でね、エリーちゃん……」

「ナリオのことは心配するな、こいつは大丈夫さ」

そして馬車がゆっくりと国の門を抜け、そこから軽快に走り出す。僕はエリー姉さんの姿が見えなくなるまで見送り、そしてエリー姉さんは僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。

それが、五日前のこと似なる。

ルナカニア王国を出発した僕達は、ドイトンさんの甥がいる町、ガルイダに向かった。ドイトンさんが言ったとおり途中、村と町を五つほど経由し移動をした。移動自体は午前中のうちに移動を終えることが多かったが、三日目だけは移動中に降った大雨のために村への到着がお昼すぎまで遅れた。その日は、雨と移動時間の長さから僕とカーノさん、ドイトンさんは疲労が溜まっていたのだが、ルーマが言うには。

「雨にゃ降られたが、降ってる時間も短かったし、泥濘みにはまらなかっただけでもラッキーと思わねえとな」

流石は金級冒険者、もとい銀級冒険者。並大抵のタフさじゃなかった。

四日目は天候が回復し順調に旅は続いて、そして今日で五日目。

ドイトンさんが言うには、もうすぐ見えてくるはずだ。などと考えていると。

「ナリオ」

ドイトンさんが呼ぶ声に、景色を見ていた僕は体勢を戻しドイトンさんへと視線を向ける。

「目的地が見えてきたぞ」

「本当ですか?」

「目の前の大きな門があるだろ。あそこがガルイダだ」

僕は馬車から顔を出し、進行方向を確認する。目の前には白く大きな城壁と、それに負けないほどの大きな門が聳え立っていた。

「あれが、ガルイダ……!」

僕が門に見とれていると、馬車はふとした段差にゴトンと大きな衝撃を立てた。揺れる車内で少しだけバランスを崩した僕と。

「んがっ……」

体がぶれることなく、振動の衝撃で目覚めたルーマ。

「あ、ルーマ起きた?」

「……寝てたわ」

「知ってる。爆睡だったよ」

「……着いたのか?」

「もうすぐ。目の前に門があって、アレがガルイダなんだって」

「……ああ白門か。ならここいらは、ふぁあ……。安全そうだな」

大きなあくびをするルーマ。

「白門って?」

「町や村にはそれぞれ城壁となる門があるが、その門の色で周辺の禁竜の危険度が分かるんだ。赤や黄色なら飛竜種、緑は獣竜種、青は水竜種とかだな。禁竜に対して苦手な色と警告する臭い、そして効果抜群の毒が塗られていたりする。白い壁は比較的弱いモンスターしかいない場所の証。ちなみに黒は一番ヤバい」

「へえ。禁竜にも苦手な色なんてあるんだ」

「まあ苦てっつうか、禁竜の天敵色と同じ色にしてるって事だな。だから禁竜は、自分からはあまり近づかないって訳」

「ちなみに、白が苦手な禁竜ってどんなの?」

「いねえ」

「いないの?」

「白が天敵色の禁竜はいない。禁竜にとって興味がない色なんだよ。白色の禁竜が大好物の禁竜もいるけど、出んのは北や南の奥の方だから気にする必要がないんだろ。白色城壁は毒も小型に効くもんばっかりが調合されてるから、ここいらはたぶん大型の禁竜は出ねえ。出ても小型かその他ばっかだ」

「そうなんだ。それは知らなかった」

「でも珍しいこともあるんだな」

首を左右に振りクビのこりをほぐす操作をして、眠気の取れたルーマは僕に言った。

「ナリオに知らないことがあるなんてな。しかも俺が説明するなんてよ」

「旅事態が初めてだからね。他の町や村がどうなってるのかなんて全然分かんないよ」

「良いじゃねえか。旅することは、初めてを知ることばっかだぜ」

「うん、結構ワクワクしてる。ちなみにさ、今まで通ってきた町や村にも門はあったけど、あれも?」

「ああ。白色の理由はここと同じだろ。まあ三日目の門は確か青色だったド思ったが」

「青色って事は、水竜系だっけ?村の周辺に禁竜が出るの?」

「たぶんな。途中に池もあるし、あそこらには出るんだろ。見たところ村にしては規模はまずまずな大きさだったけど。まあ門の作りと状態から見るに、小型の禁竜か禁竜指定外の魔物ばっかだな」

「へえ」と僕が感心をしていると向かいに座るカーノさんが。

「むにゃ……」

「起きたか。すぐ着くぞ」

本を読んでいた手を止め、無表情のドイトンさんは優しく伝える。

「もうそろそろ、荷物をまとめないとな」

「ふわぁ……。大丈夫。ええ、まとめるわー」

「忘れ物とかは大丈夫か?物を忘れて置いてきましたっては嫌だぞ」

「忘れ物は、大丈夫よー」

「我が妻カーノよ」

「なにー、大丈夫よー」

「お前、眠いんだな?」

「とってもー」

頭をかくかく動かすカーノさんに、ドイトンさんは困ったように頭を抱えていた。僕とルーマがそんな二人の姿を見て、こっそり笑っていた事は、二人には黙っておこうと思った。



僕達の乗った馬車が門をくぐると、門番に誘導されながら指定の場所へと停車する。門番と御者が話す声が聞こえ、その後、門番から下りる許可を貰った。僕達は荷物を持ち、馬車から石畳へと降りる。降りてすぐに、自分たちがくぐった門を上まで見上げると。

「おおう……」

あまりの高さに声を漏らしてしまった。

「どしたよ、ナリオ?」

不思議そうな表情でのルーマは僕に聞いた。

「いや、壁が高いなあって……」

「なに言ってんだよ。ルナカニア王国の方がもっと高けえじゃねえか」

「いや、そうだけど。城壁ってこんなに間近に見たことなくって」

「これでもまだ低い部類だぜ?」

「えっ、そうなの!」

「ああ。禁竜の出ない町より禁竜が危険な村の方が壁が高いこともあっぞ」

「ええ、これでも低いんだ……」

「大丈夫だよ。いずれは禁竜の背中に乗りながら戦闘なんて事もあるかもしれねえし、これぐらいの高さなんてすぐになれるって」

「なれるかなあ……。いや、その前に禁竜の背中なんて乗りたくない」

「俺も飛んでる禁竜に乗ったことはねえ」

「飛んでない禁竜には乗ったことあるんだ……」

「まあ、すぐに振り落とされたけどよ。乗り心地は悪いわ、落とされて痛えわで、あんなの乗るもんじゃねえよ」

「だろうね」

ルーマの話を聞いた人全員が僕と同じ事を言うと確信できるよ。

僕らがそんな話をしていると、後ろから大きな声で。

「ナリオちゃーん。ルーマちゃーん」

僕達を呼ぶカーノさんの声が聞こえた。僕達は振り返ると、カーノさん達は近づいてきて。

「二人とも、待たせたわね。荷物が一つ見つからなくて遅くなっちゃった」

「えっ、大丈夫なんですか?」

慌てる僕に、カーノさんはいつも通り落ち着いた様子で。

「大丈夫よー。見つかったから」

「へえ、見つかって良かったじゃん」

「でしょー。どこにあったと思う?」

「え、どこだろ……?」

「どうせカーノさんが持ってたってオチだろ?」

「なんだ。ルーマちゃん見てたの?つまんないわね」

「見てねえし知らねえけど、アンタが抜けてることは良く知ってるから」

「あら、失礼ね!」

ルーマの言葉を聞いて、優しく怒り出すカーノさん。ルーマも「すまんすまん」と謝りながらも、笑顔で対応していた。そんな二人の和やかな雰囲気を見て、僕は少しだけ笑いを漏らした。ただ、一人。カーノさんの横にいた人物だけが、和やかな雰囲気とは真逆の、疲れた表情をしており。

「あの、ドイトンさん……。大丈夫ですか?」

「…………そう見えるか?」

「いえ、全く……」

もとい、疲れ果てた表情をしていたのだった。

「荷物が無いと言っていたから御者と確認のために荷物を確認して、馬車をくまなく探して、どうしようと思いながら妻の元に帰ると『持っていた』などと軽く言われ……。御者にも頭を下げたりとしていて、かなり気疲れした……」

「あの、お察しします……」

下を向き、気怠そうなドイトンさんを見て、ああ、本当に大変だったんだなあと確信する。そんなドイトンさんの気苦労を知ってか知らずか(十中八九。知らないだろうが)カーノさんは。

「ナリオちゃん達、ガルイダですぐにどこか行く予定あるの?」

「いや、ありませんよ。ルーマは?」

「俺もねえ。ガルイダは何回も来たことあっから町のことは多少は知ってるし、宿を早めに取りに行こうかなと考えてたぐらいだな。ガルイダのギルドへの挨拶は明日すっかと思ってたし、この町ですぐに何かやりたいって事はないぜ」

「それじゃあ、せっかくだから私達と一緒にお店行く?旦那の甥っ子と待ち合わせしてるんだけど。ね、良いでしょ?」

カーノさんはそう言ってドイトンさんの方に向くと、ドイトンさんは無言かつ無表情で頷いた。

「おお、良いぜ。ナリオは?」

「大丈夫だよ。宿はお昼を取ってから行っても取れるでしょ。せっかくだしドイトンさんの甥に挨拶をして、それが終わったらお昼でも食べに行こうか」

「お、いいね。んじゃ、行ってみっか。別に宿が取れねえならっドイトン達の店に泊めて貰うだけだしな」

「床で良いなら歓迎よー」

カーノさんは話ながら歩き出す。その後に大きな荷物をも担ぎながらドイトンさんが追想する。僕とルーマは苦笑しながらもドイトンさんとカーノさんの後を付いていった。



「確かこのあたりで良いはずなのよね、あなた?」

「手紙通りならな。場所は、もう少し先だ」

馬車を降りてから、少し立って。僕達は町の中心へと続く大通りを歩いていた。

「約束の場所は、どこなんですか?」

「たしかね、大通りを歩いていれば分かるって書いてあったはずよ。少し古いけど大きな建物らしいわ。確か『ナネテブ・ワル』って看板の建物らしいわー」

「ナネテブ・ワル?」

「小人の食器という意味らしいわ。なんでも昔、だれかが経営していた料理屋をそのまま買い取ったらしくて、目印代わりに看板はそのままにしているんだって」

「小人の食器ねえ。ドイトンなら小人どころか巨人だって食い切れねえほどの料理を出すだろうよ」

「できるかもしれないけど、そんなことをやったら店が潰れちゃうわ。やっぱり料理は程々が一番よ」

「カーノは運ぶだけだろ?」

「あら?それじゃあ今度からルーマちゃんの食事は、私が作って良いのね?」

「なら飯を食うの諦めるわ」

「どういう意味かしら、ルーマちゃん?」

「ま、まあまあ。カーノさんは料理を運ぶのと、接客の仕事もあるじゃないですか」

「まあね。接客の仕事も大変なのよー」

「大変そうに見えねえけどな」

「それがプロってものよ?」

「へーへー、さいですか」

僕らが談笑をしていると、地図と手紙、そして町の景色を見回していたドイトンさんが。

「ここだ」

そう一言。僕らは立ち止まり、ドイトンさんが見上げる建物を見た。そこには。

「おおー!」

「大きいですね」

「少しボロいけど、悪くねえじゃねえか」

人が五十人は入りそうなほど大きな二階建て、くすんだ白色の壁に、灰色の屋根。窓ガラスは少し埃があるもののキレイな状態。そして看板には『ナネテブ・ワル』とかいてある。

「とりあえず入ってみるか」

少し緊張した様子で、ドイトンさんは建物の扉を開けた。中に入ると、四角いテーブルが六つに各テーブルに長椅子が二脚ずつ置かれていた。奥にはカウンターと厨房があり、カウンターには椅子が七脚。

「中も広いわー」

「でも少し暗えな」

「光石の魔力が切れてるんでしょ。魔力追加すれば明るくなるよ。……あれ?」

店内を見回すと、カウンターの右端に座る一人の男性がいた。黒の長髪と髪の色と同じきれいなスーツ姿、座っていても分かるほどの長身の男性は僕達の声に気がついて振り向き。

「ん、客?すいません。ここの店、休店中なんですよ。後日別の店が出来てオープンするから……あれ?」

僕らに注意したかと思えば、クビを横にする男性。そして僕達の姿、というかドイトンさんの姿を見るやいなやすぐに立ち上がり。

「ドイトンおじさん?」

「ん?お前、イシューか……?」

「おお、やっぱりドイトンおじさん!お久しぶりです!」

イシューと呼ばれた長身の男性はドイトンさんに近づき右手を差し出し握手を求め、ドイトンさんはそれに応じた。

「早かったですね。俺は到着はもう少し後だと思ってたんですけど。いやあ、想像以上に早いお着きだ。まあでも、俺も二日前からここでおじさんが来るのを待ってたんですよ。入れ違いになるのも嫌だし、ほらここの店って見た目ボロいじゃないですか。店を間違えたなんて思われて帰ったりしたらヤダなーって思ってまして。ああでも、少しはリフォームしたんですよ。前はもっとヤバかったんですから。そうだ、店の名前なんですが好きにしてください。おじさんが気が付くようにと目印でかけてあるだけなんで。良いところでしょ、ここ。大通りには面してるし、建物は広い。前のオーナーがお金の工面ができなくなったのを俺が買いとっんたんですよ。いやー良い買い物したなーと我ながら思ってますよ。ああでも、俺、経営とか全然不向きなんでそれはおじさんに任せますよ。一応、オーナーは俺って事になってますが、あれこれ口を出す気は無いですから。ああそうだ。おじさん、仕事止めた理由ってなんですか?俺もおじさんに『こっちで働きませんか』なんていきなり手紙を書きましたけど、すぐに返事が来るなんて思わなかったもんで、ちょっと気になって。ああもちろん、言いづらい理由であれば話さなくても結構ですよ。俺とおじさんの中じゃないですか。ああ、ちなみ……」

「すまん、話が長くて聞き取れんかった」

ドイトンさんがの辛辣そうな一言。

「ええ、ヒドいなあ!これはショックな一言ですよ。久々にあった甥ですよ?もっと他に言うことがあるでしょうよ」

「話が長い」

「これまた厳しい!はははっ、厳しいのは相も変わらずで……。おやあ?」

ドイトンさんに向けられていた男性の目線が、いきなり僕達へと向けられる。

な、なんなんだ、この人。

「おじさん、この方達は?従業員の方?」

「違う。妻と、友人だ」

「おっと、これは失礼」

男性は背筋を伸ばし右手を胸に当てると。

「初めまして、ドイトンの甥のイシューと申します。町でしがない商人をしております。以後お見知りおきを」

優しい笑顔を浮かべ、軽く会釈をした

「あ、あの、初めまして……。カーノです」

「おお、貴方がカーノさん!いやーおじさんから聞いてますよ。もちろんなにを聞いてるかとまでは言えませんね。あれ?嫌だなあ、おじさん。なんで俺を睨むんですか。何も言っていない……ちょ、ちょっと待って!なんで拳を作ってるんですか!ちょっとまあーっ!」

ガツンと。

ドイトンさんの正拳突きがクリティカルヒットしたのか、とんでもない音がイシューさんの腰から聞こえ、その場にしゃがみ込むイシューさん。

「な、なんで腰……」

「お前は背がでかいからな。頭まで届かん」

「殴らないという選択肢はないんですね……」

痛いなあ。と腰をさすりながら立ち上がるイシューさん。

「それで、こちらは……?」

「ああ。友人だ。剣を持ってる方が……」

「ああ、そちらは知ってます。金級冒険者のルーマさんですね」

ルーマはピクリと片眉を動かした。

「中央ギルドの天才冒険者の噂は、こちらでも有名ですから」

「そーかよ。俺はアンタを知らねえがな」

「そうでしょうとも。俺はしがない商人ですから」

ぶっきらぼうなルーマのとげのある言葉を飄々と交わすイシューさん。イシューさんも別に嫌味を言ってるわけじゃないんだろうけど……。なんだかギクシャクしそう……。

ん、あれ?こんなやりとりをつい最近やったような……。

「あーでも、アンタの言うことは一つ間違いがあるな。俺は金級じゃない。銀級だ」

首にかけた銀のプレートを堂々と見せるルーマ。いや、それって自慢するようなことじゃないと思うけど……。

だけど、ルーマの訂正を聞いたイシューさんは。

「おおーやはりそうなんですか。噂は本当だったのですね」

顎に手を当て数回頷き、そう言った。

「あ、噂?」

「ええ。金級冒険者であったルーマさんが不正を行なっており、それがバレて銀級に落ちたという噂です」

え?

ちょっと待て。どういうことだ、それは。

「なんですかその噂は!」

「おや、あなたは……?」

「あ、えと、ナリオと言います」

「ナリオさん。よろしくお願いします」

「え、えっと、イシューさん。今の噂って……」

「この町のギルドで噂になってますよ。クエストを連続で失敗した冒険者ルーマは、失敗を隠していたがバレてしまった。しかも隠し方がルールギリギリの不正まがいであったとか」

「そ、んな……」

一体何だってそんな噂が……。しかも、事実と正反対も良いところだ。

「ま、根も葉もない噂ですから信じている者は少ないでしょうね。ですか銀級であるところを見ると、噂にも信憑性が増します」

「違っ……!」

「ナリオ」

否定しようとする僕を肩に手を置き静止させるルーマ。

「言いたい奴には言わしておけよ。別に構いやしねえって」

「でも、こんな……。ゴメンルーマ、僕のせいで……」

「謝んなよ。俺が選んだ道だ。後悔なんてなにもねえよ」

おい。とルーマはぶっきらぼうにイシューさんを呼んだ。

「噂を信じるも信じないもアンタの好きな方をとれよ。俺はどっちにだって『その通り』って答えてやるさ」

「分かりました。それじゃあ信じません」

……ん?

……ん!

僕は、いや、ルーマやカーノさんまでもがクビを横に傾けた。

「え、なんで……?あれだけ噂がどうこう言ってたじゃないですか?」

「噂は噂ですよ、ナリオさん。それ以上でもそれ以下でもない。俺が価値があると考えれば噂にはが有益な情報になりますが、価値がないと分かれば、とたんに必要は無くなります。今のルーマさんの噂話、俺は価値がないと判断しましたから、信じないことにしました」

「え、あ、なるほど……?」

先程と変わらず飄々と答えるイシューさんに対し、呆気にとられながら僕は答えた。

なんというか、つかみ所の無い人だ……。

「さて」と両手を打ち、イシューさんは仕切り直すように。

「カーノさんとルーマさんの素性は何となく分かった。あとは君だ、ナリオさん」

あなたは。

俺にとって価値があるのかな?

「あるぜ。ナリオにはアンタや俺以上の価値がある」

そう。

ルーマは自信満々に答えた。

そんなルーマに対して「へえ」と感心するように頷くイシューさん。

「銀級冒険者が言うなら、お墨付きかもしれないねえ。それじゃあ質問。君は何級の冒険者なんですか?」

「あ、あの!そのことなんですが……」

「うん」

「僕は冒険者ではないんですが……」

「うん?」

イシューさんは想定外の質問が来たからだろうか、少し慌てた様子で。

「ナリオさん、冒険者じゃないんですか?」

「は、はい……。調合士です。しかも銅級……」

確認するイシューさんに、僕は自信なさげに答えた。

「えと、あー、ゴメンなさい。てっきり冒険者からのお墨付きだから、君も冒険者なのかと思って……」

「そんな、冒険者なんてすごい仕事に就けませんよ。調合士だって精一杯勉強してなったというのに」

「それ、あの激務の中で勉強して取ったんだろ?俺は十分すごいと思うけどよ」

「激務?ナリオさんの仕事はそんなに忙しい職場なのですか?」

「まあ、激務と言えば激務でしたが……」

マズい。

これは仕事のことを聞かれるパターンになりそう。

「ちなみになんの仕事を?」

「いや、えーと……」

「聞いて驚け。ナリオはルナカリア王国中央ギルド職員だったんだぜ」

何で君が答えるのさ、ルーマ。

「元ね。元・ギルド臨時職員。仕事も雑用ばっかだったし」

「元?というと今は……?」

「あ、今は無職です……数日前にクビになりまして……」

「へえ……。なるほど。ちなみにそれは、何日前のことですか?」

「え、えと……。たしか六日前、だっけかな?」

一瞬、何故そんなことを聞くのだろうと思ったが、無言で僕を見続けるイシューさんの圧に負け、答えてしまった。

「ほう、なるほど。やはり君が。そうか。」

「……?どうされました、イシューさん?」

「ん、いえいえ、何でもありませんよ。それじゃあナリオさんは無職に成り立てほやほやですね」

「うっ……!」

イシューさんのストレートな言葉が心に突き刺さる。悪意はないのだとは思う。思いたいけど、これはこれで来る者がある……。

「ギルド職員で調合士って事は、ナリオさんは職を掛け持ちしていたのかい?」

「いえ、掛け持ちなんて。ギルドは臨時職員で仕事も簡単でしたし、調合士も日雇いの仕事ばかりだから出来ただけですよ」

「でも今じゃ、中央ギルドはパニック状態。ま、あのパニック状況ですら何日持つか分からんけどな。ケケッ、ナリオをクビにした報いだぜ」

「大げさな。僕らが行ったあの日は忙しかっただけでしょ。もう仕事は落ち着いてるよ」

「いやいや、ナリオちゃんの見込みの方が甘いわ。私は何日も持たないと思うわよ。あなたはどう思う?」

カーノさんが問いかけるも、ドイトンさんは「興味が無い」と一掃した。

「あ、あとよ。ナリオがやってた日雇い仕事、あれってえげつない数のポーション作ってたよな。今頃、調合士連中も悲鳴を上げてそうじゃね?」

「日雇いが一人いなくなっただけでそんなに変わらないよ。他の人がカバーしてるから大丈夫だって」

それはない。と否定するルーマを、僕は繰り返すように否定した。

「ちなみに日雇いの方は何を調合していたんですか?」

「下級ポーションですよ」

「なるほど。ちなみにランクは?」

「ランク?低級がランクって意味じゃないの?」

カーノさんはどういうこと。と僕に説明を求めた

「ポーションの中に下級、中級、上級とあるのはご存じですか?」

「うん、それは知ってるわ」

「その分け方を等級、調合士の中ではグレードって呼んでます。そのグレードの中での区別を順位、こちらをランクと呼ぶんです」

同じ等級でも、順位が違えば性能は違ってくる。より高い等級、より高い順位ほど、冒険者にとっては喜ばれる。

「もちろんランクが上がればモノ事態のお金も高くなりますよ。逆に等級もランクも低ければ、売り物になりません。買い取り不可にもなり得ますから」

「シビアな世界なのねー」

「冒険者は命が掛かってますから」

苦い顔をするカーノさんに、僕は苦笑いでそう返す。

「ランクは、一応、上位を作ってました。というかそれじゃないと中央ギルドが買い取ってくれなかったもので……」

「下級上位ポーションの作成ね。一日何本ぐらい作成を?」

「一日百本ですかね」

「へえ、百本!それはすごい!」

前のめりになるイシューさん。僕は少しのけ反った状態で。

「あの、イシューさん……?」

「ちなみに通常百本ですかそれとも調子が良くて百本ですか最高記録は何本程ですか性能は安定していましたかどうなんですか!」

「近い!イシューさん近い!」

僕が限界までのけ反ってもまだ迫ってくるイシューさん。止まれの言葉を聞いたからか我に返り「すまない」と謝りながら離れていった。僕は腰をさすりながら自身を落ち着ける。

「えと、大体百本が安定してましたよ」

「全部上位ですか!」

「そ、そうです……。下級ですけど。まあ、材料や機材は仕事場に十分そろっていましたから。でも最高本数は、さすがに覚えてません」

「え、でもよ。禁竜が国にせめてきたときとか、ナリオ一人で三百本ぐらい作ってたんじゃねえか?」

ルーマの言葉に、どうだったかなと記憶を巡らせ、そして思い出す。

「ああ、第一級禁竜の『ゴゴバズーチ』が来た時ね。あったね、そんな時」

正直、思い出したくもない。

あの日は、大量のポーションが必要だからと無茶な本数を依頼され、初めて過労死をするんじゃないかと思ったほどに激務であった。正職員、日雇いどちらの調合士も倒れる寸前まで働かされたっけ。最後の方は全員が疲労困憊で、必要本数分のポーション作成を日雇いに押しつけてきたのは、本当に辛かったっけ。

「下級上位のポーションを安定して作れる……」

「それにしてもイシューさん。よくランクなんて言葉を知ってましたね。知ってるの冒険者か調合士くらいだと思ってたんですが……」

「え?あ、ああ。知識程度に知っていただけですよ。商人にとって知識は力だから」

「へえ。博識なんですね」

僕でさえ、日雇いをしてから知った言葉なのに、それを商人であるイシューさんも知ってるとは。知識量の多さに素直に驚くばかりである。

「ははっ、ありがとう。褒め言葉として受け取っておきますね」

冗談と思われたのかな?

純粋な褒め言葉なんだけど。

「ところでナリオさん。先程、無職と言ってましたが……」

「えっ?あ、はい……」

不意に突かれた痛い話。

やっぱり突っ込まれたか……。

「ということは、ここで職を探しに来たという訳ですか」

「えっ?」

「ん?違うの?」

「い、いえ。その通りなんですけど……」

なんだろう。

話がとんとん拍子に行くというか、察しが良すぎる気がする。

「いや、察しが良いもなにも、無職なんだから職を探すのは当然でしょう?」

「心が読まれたっ!」

しかしながら、ぐうの音もも出ない正論。働かざる者食うべからず。早く職を探せと、神様も言っているのだろう。

「実は働き口を探してまして。銅級調合士の資格しか持ってないんですが、どこかに良いとこあればと思うんですけどね」

頭の後ろを掻きながら、苦笑いで僕は話す。

「イシュー、頼む。何か当てがあればナリオに紹介してやってくれ」

「イシューさん、私からもお願い。ナリオちゃんはチョー優秀だから!スッゴい仕事できるから!」

「カーノの話す内容だと、聞くからに仕事できない感じだぜ……。まあでも、ナリオはやる奴だよ。俺の親友だからな」

ドイトンさん、カーノさん、そしてルーマまでも、イシューさんを説得するように話してくれた。イシューさんは目を閉じ顎に左手を当て、瞑想しながら数秒、考え事をする。

そして。

「一つだけ」

僕の前で右人差し指をピンを立てた。

「一つだけ好条件の仕事を紹介できるところがあります」

「本当ですか!」

「ええ。給料は低いですが、自由度の高い職業となってますよ」

「働ければどこでも……!いや、やっぱりどんな職場か聞きたいんですが」

「まあまあ。ちゃんと真っ当な仕事なんで安心してください。ただし、紹介するにも条件があります」

「条件ですか?」

「ええ。実は俺自身が、紹介する仕事の面接官を務めてるんです」

「え、そうなんですね」

「ナリオさんには紹介する前に試験を受けて頂きたい。なに、調合士なら簡単な試験ですよ」

笑顔のイシューさんに対し、試験と聞いて緊張する僕は少しだけ息をのむ。

「まずはこれを」

イシューさんはズボンのポッケから取り出したモノを僕に渡す。僕はそのモノを両手で受け取り確認をすると。

「銀貨一枚……ですか?」

「そう。それは原価。君には今からこの金を使って調合して貰いたいモノがある。それが試験内容だ」

「えっと、なんでしょうか……」

ビビる僕に、イシューさんは先程の笑顔とは違った、企み、もしくは悪巧みをした恍惚とした笑顔を見せて。

ゆっくり、僕に、こう言った。

「期限は明日。それまでに下級上位ポーションを十本。そして上級下位ポーションを一本、調合して頂きたい」

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