第5話
朝日が昇ると同時に、中央の広場から町全体に大きな鐘が一度鳴り響く。鐘の音の振動が窓ガラスをカタカタと少し揺らし、その音に気がついて僕は目を覚ました。
「…………」
起き上がって辺りを見渡す。大きな机の上に置かれた木箱と調合の道具。椅子に掛けられた上着。そして開いたままの調合士大全。
「……そうだ」
ボーッとする頭を徐々に動かしていき、ここがどこで、僕は一体、何をしていたのかを思い出していき。
「とりあえず、起きないとなぁ……」
頭をユラユラ動かしながら、僕はそう呟く。ああ、だめだ。まだ頭が機能していない。とりあえず、ベットから立ち上がり、窓の近くへと移動をする。ふと外を見ると、表の通りには人がほぼいない。朝早いから、仕方ないか。
少しずつだけど、ようやく頭が機能してきた。ここがどこで、僕が何をしていたかをはっきりと思い出す。うん、完全に覚醒した。
でも珍しいな。僕が今まで寝ているなんて。
ギルド臨時職員時代なら朝日が昇る前に起きて、朝日が昇ると同時に出社していたのに。昨日のことで疲れていたとはいえ、正直驚きモノだ。人間、案外早く生活リズムが崩れるモノなんだなあと考える。
「さて、今日の予定はっと」
窓の前で両手を掲げ背伸びをした僕は、本日行なうべき業務。もとい、本日行う行動の考えを声に出す。
「そうだ、ギルドに行って、ウバルさん達に会って昨日の報酬のことを話し合わないと」
昨日のこと。
イシューさんからの依頼でニール平原にポーションの調合に使う薬草の採取をしている途中、第二級禁竜 ジゴセググと出くわした。ウバルさん、ディンさん、キャディさん、ルフーナさんの力も借りて、ジゴセググの尾を切断し何とか撤退に追い込むことが出来た。
その後、僕達はギルドでジゴセググについてを報告した。ギルド職員は怪訝そうな表情をしていたが、証明として持ち帰った、と言えば聞こえは良いが、ジゴセググを撤退させるために皆で何とか切り取った尾なのだけど。その尾がニール平原で戦ったことに嘘偽りがないことを証明してくれていた。
「……でもなぁ」
ギルド職員の怪訝な表情。本当に僕らがニール平原でジゴセググと戦ったのか。という疑問とは違う事を考えていると思う。
ならば、と僕は考える。
どうせ今日、ギルドに報酬の受取りに行くのだから、そのとき話を聞いてみよう。何か分かるかも知れないし、大したことじゃなければ、それはそれで良い。
「まずは、着替えるかな」
そう呟いて、頭をクルリと一回転させて首をならした。
「ナリオか」
「ドイトンさん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
階段をゆっくり下って一階の食事場に降りると、足音で気がついたのか、カウンターの奥からひょっこりと顔を出したドイトンさん。
「早いな。眠れなかったか?」
「いえいえ。むしろ快眠でした。二階を貸していただき、ありがとうございます」
無表情で心配そうに僕を見るドイトンさんに、僕は笑顔を見せた後、深く頭を下げた。
昨日、無事にイシューさんからの依頼であった『下級上位ポーション十本と上級下位ポーションの調合』は無事に終わり、イシューさんが作る予定のクランへ入る決意をしたあと、僕とルーマはナネテブ・ワルの二階で泊まることとなった。イシューさん曰く。
「部屋はいっぱいあるんで、好きな場所を使ってください」
とのこと。日が沈みかけている時間ということもあり、今から宿を探せるか、いや無理だなと判断した僕達は、イシューさんに二つ返事で返したのだった。
「気にするな」
ふっ、と無表情で微笑むドイトンさん。
「朝飯を用意しよう。座って待ってろ」
「あ、お気遣いなく……」
「そう言うな。カーノがもうすぐ来るから、その時に一緒に食おう」
「……すみません。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ」
僕は空いているテーブル席に腰かけた。ドイトンさんはカウンター近くに置かれた木箱から数種類の野菜を手にとって選び、流し台持っていった。
「そうだ、ナリオ」
ドイトンさんは流し台へと向かう途中で体を停止させる。僕は何ですか?と聞き返すと。
「ルーマはまだ起きないのか?」
「あ、どうでしょう?まだ寝てるんじゃないかな?」
「確か今日、お前たちはギルドに行くんだろ?」
「ええ。昨日のジゴセググの報酬のことで、とあるパーティと待ち合わせしています」
「待ち合わせは昼からか?」
「いえ。四回目の鐘が鳴るときにギルドで落ち合うんですが……」
「なら、早く起こした方がいい」
「え?」
「まだ一回目の鐘が鳴ったばかりだからとか悠長な事を言わない方がいい。ルーマとカーノは寝起きが悪い。知ってるだろ?」
「ははは。心配しすぎですよ、ドイトンさん。ルーマも良い大人だから、きっと余裕をもって起きますって。もしかしたら起きてるかもしれないし」
ルーマもいい大人だから、きっと余裕を持って起きる。
そんなことを思っていた時が僕にもあった。
朝、僕はドイトンさん、カーノさんとの食事を終えると同時に、二回目の鐘が町に鳴り響いた。僕はドイトンさんにルーマを起こしに行くことを伝え、二回へと向かった。
「ルーマ、起きてる?今二回目の鐘が鳴ったけど」
「……んぉ。そうか……。も少ししたら起きるわ……」
「わかった。それじゃあ下で待ってるよ」
「……おう」
ベットから起き上がらず、寝ぼけている様子の本人だったが、しっかりと意識はある様子。きっとこれなら、すぐに起きるだろうと思い、僕は一階と下りていった。
そう。
思ってしまったのだ。
ギルドへと向かう準備をしている最中、三回目の鐘が町へ鳴り響くのが聞こえた。ルーマも、そろそろ起きて準備をする頃だろう何て考えながら二階へ行くと。
「…………んがっ………」
「嘘でしょ……」
熟睡のルーマ、まさかの二度寝。
「ちょっ、ルーマ。もう起きないと」
僕はルーマの肩を揺らすと。
「んあ……?おう、ナリオ……どうした……?」
「いや、どうしたじゃなくて。もう起きてギルドに行く準備しないと。ウバルさん達を待たせちゃ悪いから」
「大丈夫だろ、少しくらい……」
「ダメでしょ……。もう起きなよ?」
「おー……。任せとけ……」
またも起き上がらず、寝ぼけながら僕の話を聞いていたルーマ。その様子が少し不安だったけど、その不安を大丈夫という言葉で上書きした僕は、微妙な顔をして一階へと下りた。
そう。
上書きをしてしまった。
そして現在。
「ちょっ!ルーマ、起きて!急いで起きて!」
三回目の鐘が鳴ってから、かなりの時間がたった後。
全く下りてこないルーマを心配して部屋まで行くと、先程と同じ体制で熟睡するルーマの姿があった。
「任せろよ、相棒……。ジゴゼググの尾は切り落としたからよ……」
「そうだね、切り落としたね!だから起きて!」
「分かってるって……ウサギより鳥の方が合うってことだろ……」
「何の事!ああ分かった、スパイスの話ね!そうだね、合うね!だから早く起きないと……!」
「銅級共……!これが俺と相棒の実力だぜ……!」
「その銅級の皆さんに迷惑掛けるから早く起きてって……」
ゴォン、と。
町に鳴り響く鐘が四回ほど、窓ガラスを揺らした。
「あ、マズい……」
早く起こした方が良い。
ドイトンさんの言葉に素直に従わなかった自分に激しく後悔しながら、僕はルーマの肩を必死に揺らすのだった。
「それが遅れた原因っすか」
ガルイダのギルドの受付室。四回目の鐘が鳴ってからしばらくたって。
椅子にどっしりと座ったウバルさんは、呆れながら僕にそう言って。
「はい、そうです……。面目次第もございません……」
僕は必死に頭を下げた。
「いやいや、ナリオさんは全然悪くねーじゃん」
「そうそう。てか遅れた原因、やっぱりルーマさんなんだ。ま、だいぶオチは分かってたけど。ねえ、ルフーナ」
「え、いや、まあ……。あはは……」
丸いテーブルを囲むように座っているディンさん、キャディさんは僕を擁護するようにそう言ってくれ、同じくテーブルを囲むルフーナさんはキャディさんの言葉に困ったように返していた。
「ま、まあまあ。僕達はそんなに待ってませんから。あまり気を落とさないでください」
「いやー。お前らからそう言われっと気が楽になるぜ。なあ、ナリオ」
「いや、ルーマはもっと申し訳なさそうにして」
「本当す。ルーマさんは反省して欲しいっす」
「その申し訳なさ感ゼロの態度は若干腹立つけど」
「いや、かなり腹立つわ」
「ま、まあまあ……」
ルフーナさん以外の僕らはルーマに対し厳しい意見を告げると、ルーマはばつが悪そうな表情をして。
「いや、マジで悪かったって……」
素直に謝っていた。
少し前、僕は寝ぼけるルーマを何とか起こし、人生最大のダッシュでギルドへと向かった。ギルドに着いたときには、ウバルさんが一人で受付にいた。他の人はどうしたのかと言う僕の問いに対して。
「皆、到着していて別の部屋にいるんす。待ち合わせにお二人の姿が見えなかったんで、俺だけここで待っていたんすよ」
なんとウバルさんは律儀にも受付で待っていてくれたのだ。僕は何度もお礼を言い、ウバルさんは僕達を皆が待つ部屋へ案内してくれた。
案内されたギルド受付場のすぐ隣の一室、三つある大きな窓が印象的な広い部屋で、家具等はなく照明と丸いテーブルが二つ、四つのイスが置かれていたシンプルな応接室。入り口から入って左のテーブルにディンさん、キャディさん、ルフーナさんの姿があった。
「それですけど、お二人がいない間に、ギルドに手続きはしといたっす」
僕らから遅れた理由を聞いたウバルさんは、現在の状況を僕らに伝えてもらい。
「ギルド職員が、今からジゴセググの尾と必要な書類をここまで持ってきてくれるらしいんで、それまで待機っす」
「なんだ、それじゃあ早く来る必要なかったな」
「それとこれとは話が違うよ、ルーマ」
「寝坊は論外す」
「流石に待ち合わせの約束を破るのはダメだぜ、ルーマさん」
「しかもナリオさんに迷惑かけちゃうなんてダメダメのダメだよ」
「キャディ、ダメダメのダメってなに?」
「ルーマさんのこと。ダメの最上級」
「ちょっと待て。お前らさっきからルフーナ以外、俺に当たりキツくない?」
まあ、それはねえ。
銀級冒険者が寝坊して報酬の打ち合わせに遅刻なんて、流石にアウトだからだと思う。
「皆さん、お待たせしました」
声と同時に両開きの扉が開いた。扉の先には台車に乗せられたジゴセググの尾と、それを押す一人の女性の姿が。ルーマと同じくらいの長身。長い髪を紐でひとまとめに縛り動きやすくしていた。二重の目にかけた眼鏡は整った顔立ちによく似合う、ギルド職員の制服に身を包んだ美人の女性。
「ジゴセググの尾です」
女性は台車に乗せた尾を僕らに見せて、そう言った。
「あとはお待ちの方がくれば良いだけで……。あら?」
話している最中、女性は僕達に気がつくと。
「こちらは待ち合わせしていた方ですね。えっと……」
「ナリオさんとルーマさんす。今さっき、到着したんすよ」
「あ、そうでしたそうでした。すいません、ウバルさん達からお名前を聞いたのにすっかり忘れてしまって……」
女性はそう言うと、深々とお辞儀をする。
「い、いえ!こちらこそ遅くなり、申し訳ありません!」
つられて、僕も深く頭を下げた。
「いや、悪いな。俺が寝坊しちまって」
左手で頭の後ろを掻きながら、ルーマも小さく頭を下げた。
「ああ、大丈夫ですよ。気にしないでください」
僕は恐る恐る頭を上げると、女性は優しく微笑んでいた。
「冒険者の中には約束破る方も多いですから。今日はまだ、早いもんですよ」
「はは……。そう言って貰えるとありがたいです……」
「でも、ウバルさん達にはしっかりと謝ってくださいね?待っていてくれたんですから」
女性は腰に両手を当てて、注意するように僕らに言った。
「ああ、申し遅れました。私、ガルイダのギルド職員、ブレンダと申します。昨日お会いしているので初めましてではありませんが、どうかお見知りおきを」
そう言って、僕らの前に右手を差し出す。僕はルーマをちらりと見ると、ルーマは「任せた」と僕に伝えた。
「銅級調合士のナリオです、よろしくお願いします。こちらは銀級冒険者のルーマです」
僕はそう言って差し出された右手を握り返す。ルーマは「ども」と軽く会釈をした。
「ナリオさんにルーマさんですね。よろしくお願いします。どうぞ、お掛けになってください」
手を離したブレンダさんは、ウバルさん達とは別の机に手をかざした。
「どーも」
「ありがとうございます」
ルーマと僕はそれぞれお礼を言って着席するとブレンダさんはコホンと咳払いをして。
「では、改めまして。こちらがジゴセググの尾です。お間違いは、ありませんね?」
「はい、大丈夫っす」
ウバルさんはそう受け答え。
「ああ、間違いねぇよ」
次いでルーマも答えていた。
「了解しました。それでは次に、対価報酬の分配についてです。立ち会いは私、ガルイダギルド職員、ブレンダが行います。分配のご希望はどうしますか?」
「俺たちの希望は、俺とルフーナ、ディン、キャディで五割を分配。あとの五割をルーマさんに分けてほしいっす」
ウバルさんは僕達と半分ずつ分けることを提案。ブレンダさんも納得している様子。妥当だと考えたのだろう。
「了解しました。ではルーマさん、いかがですか?」
「不満だ」
「えっ?」
不意を突かれた様に、ブレンダさんが驚きの声を上げた。ウバルさん達も驚いた様子でルーマを見ていた。
「い、今なんて?」
「半々じゃ不満だ。せめて七対三にしてくれ」
「で、ですがルーマさん。話を聞く分にはウバルさん達と共同で戦ったと伺っています。ウバルさん達の頑張りもあって、ジゴゼググを撤退へと追いやりました。それに昨日、報酬は半分半分で同意したと聞きましたし。なのに対価報酬の割合が七対三なのは……」
「ああ、そうだな。でも、こいつらは銅級だ。銅級が第二級禁竜と戦って、そんで撤退させた。俺がいたとはいえ、すげぇことだ。だからこいつらには、報酬は上乗せするべきだろ?」
「……え?」
「あ?」
「え、あ、いや、あーっと……。どういうことですか?」
「え、いや。だからよ」
ルーマの言葉に混乱するブレンダさん。ウバルさん達も、ルーマが何を言ってるのかが分からなさそうにしていた。
「ああ、なるほど」
そんな中で、僕はルーマの意図を読み取る。しばらく一生懸命説明をするルーマと説明の理由が理解できないブレンダさんのやりとりを見守った後。
「ちなみにさ、ルーマ」
僕は二人に助け船を出すことにした。ルーマは「ん?」と僕の言葉に反応する。
「報酬はどちらが七でどちらが三なの?」
「そりゃあ、こいつらが七で俺達が三だろ」
さも当たり前だと言わんばかりに堂々と答えるルーマに対し、ブレンダさんは「えっ!」と声を上げて驚いていた。
「ル、ルーマさんが三割報酬でいいんですか!」
「そうだよ。てか、さっきっからそうだって言ってんじゃん」
「いや、あの言い方じゃ伝わりにくいよ……」
「ああっ?でもナリオには伝わってんじゃんかよ」
「それはそうだけど、そういうことじゃなくてさ……」
眉間にしわを寄せるルーマに、僕は「ははは……」と力なく笑う。ブレンダさんを見ると、口をぽかんと開け、物珍しい者を見る表情でルーマを見ていた。きっとブレンダさんの頭の中は今、目の前にいる冒険者が言っている言葉を理解しようと必死なのだろう。
ま、それもそうか。
冒険者にとって、報酬を貰うことは生活の生命線。報酬が多く貰えるとことは、そのまま自分が貰えるお金にも直結する。
そもそも冒険者は、依頼を達成することで貰える報酬が二種類ある。一つが依頼を達成の対価としてお金を貰う報酬。これを依頼報酬と言い、貰えるお金は依頼によってまちまちで、依頼の内容に対して貰えるお金が少ないと言ったクレームも多々ある。と言うか僕がギルド臨時職員時代に実際にあった。武器やポーションの準備など次の依頼のために必要な装備を整える者、自分や家族のために生活費に充てる者、はたまた膨れあがった借金を返す者など、冒険者は何かと出費が多い。依頼報酬の少なさは、冒険者にとって致命的である。そんな冒険者にとってもう一つの生命線である報酬が対価報酬である。これは、依頼で狩猟した禁竜をギルドが査定して、冒険者へと渡す報酬である。魔物、例えばルーマが狩ったガングなどは、倒した冒険者が必要な部位(ガングの皮や爪など)を報告をすれば、ギルドの鑑定調査をせずにに手に入れることが出来る。ただし、禁竜に関しては、ギルドの鑑定調査を入れなければ手に入れることが出来ない。理由は多々あるが、一番は安全のためである。ともあれ、冒険者は自身が倒した禁竜をギルドから受け取ることが出来る。これを対価報酬という。冒険者はこの報酬で得た禁竜の皮や鱗、爪などの素材をを自身の武具や防具に活用したり、依頼報酬で足らないお金を禁竜の素材でまかなったりしている。
冒険者にとって対価報酬は固有の財産そのものである、のだけれど。
ルーマは自身の報酬を減らして、その分をウバルさんたちに分ける提案をしたのだ。報酬を増やして欲しいと言う冒険者は星の数ほどいるけど、報酬を減らして欲しいなんて言う冒険者はまずいない。
「あの、えと、ルーマさん?何を言ってるんですか?え、報酬が不満で、だからウバルさん達に多く渡せ?」
だから、ブレンダさん達が混乱するのもよく分かる。
「ああ、そうだって。いいだろ?」
「え、いや、なんで?なんでそんな主張をするの!」
「なんでキレてんだよ……。おいナリオ、助けてくれ……。こいつに説明を……」
「ルーマ、こいつじゃなくてブレンダさん」
「わーったって……。俺の代わりにブレンダに説明をよ……」
「ルーマさん!」
混乱しているブレンダさんに代わり、ウバルさんが声を上げた。
「その、俺達の立場から言えることじゃないっすけど!やっぱり報酬は半々がいいと思うす!」
「ああ?何でだよ」
先程よりも眉間のしわが深くなったルーマ。
いや何でけんか腰なのさ。
このままルーマが話を進めると話が進まないどころか、下手したら暴れそうだったので。
「その理由を聞いてもいいですか?」
代わりに僕はウバルさん達に理由を聞いた。
「いや、理由てほどじゃないですけど……。俺達が尾を切り落としたわけじゃないし、それなのに俺達の方が報酬が多いなんて」
「多いんじゃねぇ。人数で割ったら、それぐらいなんだろ」
「……え?」
「ウバルさん、僕達は皆で力を合わせてジゴセググに立ち向かい、撤退させました。なら、全員か平等に対価報酬を貰う権利があります。ウバルさん達は四人で、こっちはルーマの一人」
「ナリオも入れて二人だけどな」
「僕は作戦を考えただけで、実際にはなにもやってないけどね」
「作戦考えただけって、あの状況で良く考えられたと思うけどどな」
「あはは……。まあ、それは置いといて。五人平等プラス僕ってことで、平等に割り当てて対価報酬は僕らが三、ウバルさん達が七にしたいってことでしょ、ルーマ?」
「そゆこと。流石はナリオ、俺の言いたいことを全部説明してくれる」
ニヤニヤと笑いながら、ルーマは左右の人差し指で僕を指した。
「説明してくれると言うか、ルーマがしなさすぎるんだって」
「いいよ、とりあえずナリオに伝われば何とかしてくれんだろ」
「人任せすぎない?」
「そんなことはないぜ。俺が仕事を押し付けんのはナリオだけだ」
「それはもう、ただの使いっぱしりじゃん」
嫌がらせのレベルだよ。
「ま、俺が言いたい事はナリオが言った通りだ。それでも対価報酬の多さに不満があるなら、先行投資とでも考えとけよ」
「先行投資……ですか?」
ルーマの言葉に、ルフーナが反応した。
「お前ら、銀級の試験を受けんだろ?ジゴセググの素材使って武器や防具を作っとけって。そうすりゃ、少しでも受かる確率上がんだろ」
「ルーマさん……」
「そこまで考えてたなんて……」
ディンさん、キャディさんはルーマの言葉に少々驚いていた。ウバルさんとルフーナさんはなにも言わなかったが、同じく驚いているだろう。証拠に、二人とも真剣な眼差しをルーマに向けていた。
「んで、銀級に上がったら俺の依頼を手伝って、俺らを楽させてくれ。できることなら休憩所で寝てる間に依頼完了、報酬ゲットが理想なんだが」
「「「「……えぇー」」」」
ウバルさん、ディンさん、キャディさん、そしてルフーナさんからすらも不満の声を漏らしていた。
真剣な眼差しが薄れていくのが分かる。
「いやルーマ、それはちょっと冗談でもダメだよ……」
僕は苦笑いをしながらルーマにそう言うと。
「ん、冗談なんか言った覚えねえぞ?」
真面目な表情のまま、首をかしげるルーマ。
「え?ああ、銀級に上がったら依頼を手伝って欲しいって事ね。でも流石に休憩所云々は冗談でしょ?」
「ん?ああ。それは流石になー」
「はは、だよね。あぁ、良かった」
「あんまり期待はしてねえよ。ただ、そうなると俺はすごく嬉しいがな」
「えぇー……」
何で少し期待してるのさ。
「あのー、ルーマさん……」
「んあ?なんだ、ウバル」
小さく手を上げるウバルさんに、ルーマは目線を向けて応対する。
「あの、本当に対価報酬は七対三で良いんすか?」
「いや、良いっての」
「それって、後に何か代わりの対価払えとか、金の要求とかないよな?」
「ねえっての。ディンお前、何を疑ってんだよ?」
「そ、それじゃあまさか体で払えとか……。ど、どうしようルフーナ!」
「張っ倒すぞキャディ。ガキの体に興味が微塵もねえよ」
「それはそれで腹立つ!」
「いや、今のはキャディが悪いと思うよ……」
ご立腹のキャディさんに少し引き気味のルフーナさんはそう言った。はあ、とルーマがため息を吐いて。
「お前ら俺を何だと思ってんだよ。あ?何か不満か?不満なのか?」
「いや、不満はないんすけど、何と言うか……」
「何か、こう、上手くは言えねえけどさ、なあ?」
「うん。不満と言うより再確認しないといけない感じがして」
「確認ですか?」
僕がそう聞くと、キャディさんは「そう!」と元気良く僕の言葉を肯定して。
「なんか優しさが不気味で気持ち悪い!後でなんか要求されそうで怖いの!」
「それだ!ルーマさんが優しいのがなんか怖いんだ!」
「そうだわ、俺もそう思ってたわ。ナリオさんが優しいのは分かるが、ルーマさんはなぁ。あー、何かスッキリしたわ」
「よし分かった銅級どもお前らそこに座ってろ全員俺が切ってやる」
「ま、まあまあ。ルーマ、落ち着きなって。皆は本気でいってるわけじゃないよ」
「も、もちろんですよ。皆、ルーマさんが冗談が分かる人だから調子にのってるたけで……」
「え、ルフーナ。俺は冗談なんて言ってねーよ?」
「私も。結構本気で思ってるけど」
「……………………」
「ル、ルーマ!落ち着いて!怖いから無言で剣を抜こうとしないで!」
「ディン!キャディ!今のは冗談だよね?今のは冗談だよね!」
「「いいや」」
「いつも喧嘩ばかりなのに何でここぞとばかりに息ピッタリなのさ!」
「ルーマ!刀身!刀身を見せるのは流石にマズイ!今すぐ戻して……!え!力強っ!」
「うわっ!びくとも動かない!二人ともルーマさんを押さえるの手伝って!」
「ちょっとルフーナ。こんなデリカシーゼロ男と息ピッタリなんてやめてよね」
「空気が読めないアホと一緒なんてこっちがゴメンだぜ」
「はあぁ?」
「あんだよ?」
「何でそっちでも一悶着ありそうなのさ!」
「ははは、頑張れよルフーナ」
「楽しそうで何よりですね」
「いや、兄さんとブレンダさんも止めるの手伝って!」
結局は。
ジゴセググの尾の報酬分配よりも、三人をなだめる方が時間がかかったのだった
「お疲れ様でした。これで対価報酬の分配の手続きを終了とします」
ブレンダさんはそう言うと、報多くの書類を机に数回ほどトントンと叩いてまとめた。
「いやー、やっと終わったぜ」
ルーマは両手を上げて背伸びをし、大きく息を吐いた。
「対価報酬の分配って、結構時間がかかるんすね」
「だな、こんなに大変だとは思わなかったぜ」
ウバルさんとディンさんは少し疲れた様子で苦笑いをしていた。
「ん?何だ、銅級ども。対価報酬の分配は初めてか?」
「まあね。私たち、他の冒険者と共闘なんてしたことないし」
「共闘は銀級なったらイヤでも増えるぞ。それに、普通はこんなに早く終わらねぇから」
「ひぇー」
「ま、なれるために経験できて良かったじゃねえか。なあ、ナリオ」
ルーマは笑顔で僕に話を振って。
「……そうだね」
僕は疲労困憊の表情で答えた。
「あ、どうしたよ?何でそんなに疲れたんだ?」
「いや、僕だけじゃないよ……」
そう言って、僕は右を向く。
「ん?どうしたよルフーナ、机に突っ伏して」
向いた視線の先には、ルフーナさんが机に顔を付けるように寝ていた。
「対価報酬の分配がそんなに疲れたか。ま、初めてじゃしゃーねぇだろ」
いや、原因は他に、と言うかルーマ達を止めていたからなんだけど。
「あっ、はい……」
反論する元気もないのか、机に倒れたままのルフーナさんは、ルーマの問いに力なく返答していた。
「大丈夫かよ、ルフーナ?」
「やっぱり昨日のジゴセググとの戦いの影響が残ってるとか?」
「いや、原因はお前らだよ。あとルーマさんも」
ルフーナさんの心配をするディンさんとキャディさんに、ウバルさんは呆れながら答えていた。
「お前達の喧嘩を止めてたからルフーナは疲れてんだよ。ちなみにナリオさんはルーマさんを止めていて疲れてるっす」
「ちょっとウバル。まるで私がバカディンと喧嘩してたみたいな言い方じゃない」
「そうだぜ。俺がアホキャディと喧嘩なんてしねえよ」
「「ああん?」」
「いや、してたぞ?最初は見ていて面白かったが、途中から俺もブレンダさんも引くぐらい喧嘩してたからな?」
「「ええー」」
不満そうに二人は声を合わせるも、ウバルさんの「言い訳は無用だ」の一言で静かになった。
「んで、ルーマさんはマジでキレてたっすよね?」
「アレはジョークだっての。冒険者のお茶目な冗談だ」
「目がジゴセググ狩るときと同じ目をしてたっすよ?」
「銀級冒険者は演技も銀級だからな」
「殺意だけは金級でしたよ……」
はあ、とため息を吐くウバルさん。ふとブレンダさんを見ると微笑んでいたが、先程よりもぎこちない笑い方だった。
「ルフーナ、疲れてんなら依頼受けるの辞めておくか?」
「あ、いや。大丈夫だよ、兄さん。昨日の疲れは少しはあるけど、そこまでじゃないから」
心配そうな表情をするウバルさんに、ルフーナさんは笑いながら答えていた。
「ん?お前ら、今日も依頼を受けるのか?」
「はいっす。一歩でも早く銀級に近づきたいんで」
「って言っても、受けられるのは軽めな依頼だな」
「だね。ルフーナの体も心配だし」
「ありがとう、キャディ。でも、大丈夫なのは本当だから」
「本当に?何かあったらちゃんと私に言ってね?」
「分かってるって」
心配そうにルフーナさんを見つめるキャディさん。ルフーナさんは、少し苦笑いしながらも、自身の体調を気遣ってくれたキャディさんにお礼を言っていた。
「別にキャディじゃなくても、俺に伝えてくれたっていいぜ?」
「あはは。ありがとう、ディン」
「いや、ディンより私の方が絶対ルフーナを気遣えるから!」
「え?あ、ありがとう、キャディ……」
「体調が悪いときには俺にも相談しろよ?」
「うん、分かったよ兄さ……」
「いや、ウバルより私の方が絶対にルフーナに相談されるから!絶対に!」
「俺、実の兄貴なんだけど!」
「それでも私の方がされるの!」
「なんでだよ!」
戸惑うウバルさんに何故か強気のキャディさん。
「てかキャディ、ルフーナのこと心配しすぎじゃね?」
「えっ!そ、それは、その……」
ディンさんの指摘に、声をしぼめてソワソワしだすキャディさん。あれ、どうしたんだろう?少しだけうっすらと頬が赤い気がする。
「まあ、僕が一番年下だからね。キャディが心配するのも無理ないよ」
「そ、それもあるけど……」
笑顔で話すルフーナさんにキャディさんは目線をそらしながら渋々肯定していた。
「まあ、何でも良いけどよ」
四人の会話に、ルーマはそう割って入った。
「昨日の今日だ。あんま無茶はすんなよ?特にニール平原には近づくな」
そう言って、ルーマはブレンダさんをチラリと見た。察したブレンダさんは「そうですね」と話し出す。
「ニール平原でのジゴセググの調査が始まったばかりですから、ルーマさんの言うとおり平原に近づく事はオススメできません。何より皆さんお疲れでしょうから、無茶をしないことが一番です」
静かに淡々と語るブレンダさんの言葉に、四人は真剣な表情で頷いていた。
「了解っす。しばらくニール平原には近寄らないようにするっす」
「ああ、そうしとけ。俺とナリオも下手に近づかねえようにする」
「そうだね。しばらくはやめておこう」
ルーマの言葉に、僕は同意をした。
「それでウバル。依頼はどうするよ?」
「いいと思うぞ。ガルイダの近くで採取依頼や駆除依頼でも受けようか」
「うえぇ、駆除依頼かぁ……。デカい虫とかは私ヤダよ?」
「ま、それはブレンダさんに相談だな」
ウバルさんがそう言うと、四人はブレンダさんへと目線を向ける。
「ふふ、分かりました。今、受けられる依頼を探してきますね」
微笑むように笑うブレンダさん。ウバルさんの「お願いします」と答えを聞いて、足早に部屋から退出した。
「ところでナリオさんとルーマさんは、これからどうするんですか?」
ふとルフーナさんが、僕達に予定を聞いてくる。
「今日はもう休みにするとかですか?」
「いえ、今からクランのことでブレンダさんに話がありまして」
「なになに、クランのこと?」
キャディさんはルフーナさんの隣からひょっこりと顔を出す。二人の後ろにウバルさんとディンさんが、何だ何だと興味本位で近づいてくる。
「ナリオさん、どこかのクランに入るんですか?」
「ちげーよ。俺とナリオでクランを作んだ」
「え、クランを作るんですか?」
驚くキャディさんに、僕は「そうです」と頷いて。
「僕とルーマ、あとイシューさんという方でクランの設立を考えていまして。そのための書類等や手続きなどをブレンダさんから教えて貰おうと思っています」
「はえー、なんかすごいね」
「うん。僕らが考える以上に大変なんだと思う」
「ま、実際に大変だからな」
少し驚いた様子のキャディさんとルフーナさんに、ルーマは腕を組みながら一つため息を吐いた。
「書類やら契約関係やらやることが多いからな」
「まあね。ギルドのクラン連盟加入についても話を聞かないとね」
「後は、金か?」
「その問題は大きいかも……」
「マジかぁ……」
クラン設立のための問題、特にお金が掛かることに、僕とルーマはお互いに苦い顔を見合わせながら、頭を抱えた。
「ま、なるようになんだろ」
「そうだね。とりあえず今日は説明を聞こう。今後の方針を決めるのはその後だ」
項垂れるようにテーブルに倒れ込んだルーマに、僕は苦笑いながらも、そう定案をした。
「ナリオさん、ルーマさん。もし何か手伝えることがあれば言ってくださいっす。俺もルフーナも、ディンやキャディも、力をお貸しするっすから」
「おう!出来ることがあったら何でも言ってくれよ!」
「僕らでできることがあれば協力させてください」
「私も!あ、でも、書類とかは力になれそうにもないけど……」
僕に向けて、四人は屈託のない笑顔で、そう言ってくれた。
「皆さん……。ありがとうございます」
「なんのこれしきっす!」
「応援してますよ」
「うん!頑張って、ナリオさん!」
「ナリオさんなら、クランなんてちょちょいのちょいで簡単に作っちまいそうだけど」
「おいまてキャディ、ディン。俺にも『頑張れ』は無いのか?」
「え?だって、書類も手続きもやるのはナリオさんで、どうせルーマさんは何もしないでしょ?」
「たぶん、やるとしたら荷物運び位だと思ってるし」
「良し分かったマジでお前らたたき切ってやる」
「イヤ、待ってルーマ。疲れるから本当に止めて」
タダでさえクラン設立のための準備という本来の目的がまだなのに、これ以上ルーマを止めるので疲れたくない。
「わーってるって。冗談だよ、銀級冒険者のちょっとした冗談」
「はあ。だと良いけど」
僕は鼻からゆっくり息を吐いて、はは、と一度だけ小さく笑った。
「以上がクラン設立に必要な書類となります。提出の際には私にお声がけくだされば、本部である中央ギルドへ送付いたしますから」
ガルイダギルドの受付。十枚程度の書類を丸いテーブルの上でそろえるブレンダさん。
「やーっと終わったよ」
そう言ってルーマはおもむろに立ち上がり背伸びをした。その姿を見たブレンダさんはクスリと笑い。
「それじゃあ、書類はナリオさんにお渡ししますね」
「ありがとうございます。色々教えていただき、助かります」
「いえいえ、お仕事ですから。クラン設立は大変ですが、頑張ってくださいね」
そう言ってブレンダさんは微笑んだ。
「他に、ご質問とうはありますか?」
「僕は、特にクランに関してはありません。ルーマは?」
「あ、俺は聞きたいことあんだけど」
「何ですか?」
「先日の……」
ガタン!と。
ルーマが話し出すと同時に、壊れたんじゃないかと言う程に大きな音を出して、ギルドの扉が開いた。
「やーやーやー!ナリオさん、ルーマさん!遅くなりました!いやー、まさか寝坊するなんて俺自身も考えられませんでしたよ。ドイトンおじさんから二人はとっくにギルドに向かわれたと聞いたから、俺もまあ走った走った。おかげで息は切れ切れ、汗もダラダラ。全力疾走なんて何時ぶりだろうか。まあ、それはいいや。あれ、もしかしてクランの話って終わっちゃいました?ありゃりゃ、こりゃ失敗したかな」
扉をくぐる前から情報過多な話が聞こえてくる。この登場のしかたは、ガルイダどころかルナカニア王国でも一人を除いていないだろう。
「どうもイシューさ……」
「イシュー、あなたどうしてここに!」
僕の挨拶を遮って、ブレンダさんが声を上げる。
「やあやあ、ブレンダ。久しぶりですねぇ」
「久しぶりって、昨日会ったばかりでしょ!それよりも何でここにいるの!仕事はどうしたの!」
「その仕事のために来たんですよ。ナリオさん達とクランの話をしたでしょう?あれ、設立に俺も関わってましてね」
「え、いや、関わってる?」
目に見えてパニックになるブレンダさん。
僕は「あのー」と小声でイシューさんを呼んで。
「イシューさん、お知り合いですか?」
「そうですね。昔ながらの友人です。いわば幼なじみと言うやつです。腐れ縁とも言いますね。お互いに恥ずかしい話を知った仲でもありますが、友人の中でも特に彼女は面白い逸話を残していますからね。特に小さい頃は……」
「ちょ、ちょっと!何も言わなくていいから!」
「そうですか?君の小さい頃の話、俺は面白いと思うんですけどね。それとも大人になってからの話の方が良いとか?」
「そうじゃなくて、いいから静かにしてて!」
「いや、難しいですね。俺にそれを言うのは酷です。話をするななんて、俺にとっては息をするなと同意ですよ?」
「いいから黙ってろって言ってるんですの!」
恥ずかしそうに頬を染め上げ、大きな声を出したブレンダさん。と思ったらら両手で口を押さえ込んで、僕達の方へ振り返り。
「あ、いや、えと……」
「ど、どうしました、ブレンダさん?」
「い、いえ、どうもしていませんよ……」
「おいイシュー、ブレンダの奴『ですの』って言ってたぞ?」
「彼女の口癖なんですよ。幼く見えてしまうからという理由でギルドに働き始めてから直したらしいんですが、パニックになると出てしまうんです」
こそこそ話、と言うには大きすぎる声で、ルーマはイシューさんに耳打ちをし、イシューさんはイシューさんで悪びれる様子もなく淡々と答えていた。
「イシュー!本当に何しに来たの!仕事の邪魔をするなら怒るから!」
「あ、ですのが消えた」
「彼女も冷静になれば口癖が消えますが、すぐにパニックになリやすいんですよ。大目に見てあげてください」
「もー!イシュー!」
「ま、まあまあ落ち着いてください」
両手を振るい、悔しさか恥ずかしさかがよく分からない感情を表わすブレンダさん。先程のルーマといい、今日の僕、止める役ばっかりだな。
「まあ落ち着けよ、ですの」
「ルーマさん、怒りますの!」
「もう怒ってるじゃねえかよ……。俺、質問したいんだけど、いい加減いいか?」
「あ、も、申し訳ありませんのっ!じゃなくて!申し訳ありません!」
慌てながら口調を戻すブレンダさん。ルーマは気にせず話し出す。
「先日のジゴセググなんだがよ。どこまで調査が進んだ?」
「え、あ、ちょ、調査ですか?」
どこか不意を突かれたように、妙に動揺するブレンダさん。
「質問はクランのことじゃなくて……」
「いや、ギルド調査の質問だ。ジゴセググが現れたのが昨日だが、何かしら調査は進んだのかと気になってな」
淡々と話すルーマの言葉を聞いて、ブレンダさんは表情を曇らせながら。
「いや、えと……。申し訳ないですが、公式に発表されていない情報をギルド外部に漏らすわけには……」
「ちなみに俺の予想だと、すでに何かしらの痕跡が何個か見つかっているか、痕跡が何一つ見つかってないかの二択だ。俺は見つけれてない方だと思う。ちなみにこれは、ナリオも同意見だ」
「えっ!何で知って……!」
「へぇ、どういう事ですか?」
静かに頷くイシューさんとは対照的に驚く、と言うよりも絶句に近いブレンダさん。
「説明はナリオから聞いてくれ。俺じゃ上手くできん。つー事で、あとは任した」
そう言ってルーマは僕に向けて手をかざした。
なるほど、了解しました。
僕はルーマからのバトンタッチを受け、頷いて返した。
「僕がルーマに伝えたのは、可能性の話です。あとはこうならないで欲しいという希望的観測も含まれますが」
「へぇ。聞かせてもらっても?」
「はい。まず、ジゴセググがニール平原に出現した理由について、僕らは三点ほど考えました」
一つ目の理由として。
現れたジゴゼググが繁殖期中であったことが考えられる。
「本来は夏の月の中旬であるジゴセググの繁殖期が早まってしまった個体が出現したのではと考えました。が、この線は限りなく零に近いんじゃないかと思います」
「ん、なんでですか?」
「気温がジゴセググが卵を生む条件下の温度に達してないんですよ。春じゃまだ寒すぎる。卵を産んだとしても、孵化できる可能性は低くなってしまう」
ジゴセググが夏の中旬に卵を産む理由の一つとして、気温が孵化の必須条件だからである。近くに火山がある、もしくは安定して高い気温が保たれる地域であれば、ジゴセググが繁殖期外でも卵を産んだという例が報告がされたのを聞いたことがある。だけどここは平原だ。気温は安定しているものの、孵化条件の温度までは上がらない。
「特に夜の気温が高くない今、ジゴセググが繁殖期を迎えてニール平原にやってきたと言う可能性は低いと思います」
「なるほど……」
ブレンダさんは右手を口に当て、考えるそぶりをした後に真っ直ぐに僕を見つめて。
「二つ目を聞いてもいいですか?」
「あ、はい。二つ目は住んでいた場所が適した環境じゃなくなったのではないかと思いました。元々ジゴセググが住んでいた場所が、適した環境下では無くなってしまった。なので、やむなく移動した場所がニール平原であったと言うことです」
気象条件の悪化、食糧不足、地殻変動や自然災害などの自然条件の変化で住む場所を追われてしまったジゴゼググは、気候の安定していたニール平原へとやってきた。禁竜とはいえ、自然に適応はすれど敵うモノなどいない。ジゴゼググも例に漏れず、自然の驚異にただただ逃げるしかなかったのだ。
「ですが、この線も薄いと思います」
「ん、何でですか?」
イシューさんは首をかしげて。
「ジゴゼググも生物ですから、自然くらいには負けますよ?」
「それはそうですが、問題はどこで自然災害や異常気象に見舞われたのかと言うことです」
ジゴセググが逃げ出すほどの自然災害や異常気象が発生したと言うことは、当然、他の禁竜にも影響が出たはずだ。ジゴセググ以外にもニール平原に現れても不思議じゃない。何より、ガルイダの周辺、もっと言えばギルドが管理している村や町の近くで自然災害や異常気象があれば、ギルドは内部や他の町に連絡をするはずだ。
「ブレンダ、この辺で自然災害とか異常気象とか観測されたとか、ギルドの報告で聞いたか?」
「い、いいえ。聞きませんわ。冒険者からもギルドの報告からも、生物が住みかを追われる程の自然災害の発生なんて誰も言ってなかったですわ」
ルーマの質問に首を橫に振るうブレンダさん。
「となると、この線も薄いんですかね」
「そうだと思われます。もちろん、一つ目の意見よりは可能性がありますが、それでも可能性的には低いです」
「なるほどねぇ。三つ目は?」
「三つ目は生態系の変化、もしくは縄張り争いに負けたと考えました。こちらが一番可能性が高いと思います」
元々住んでいた生態系の長が代わった、もしくは、自身よりも強い個体が住んでいたテリトリーに侵入し敗北してしまう事で、住んでいた場所を追われてしまった、など。ジゴセググは何かしらの外的な要因があって、ニール平原へと逃げ込んできたと考えた。
「禁竜も自然界で生きる生き物ですから、居場所を追われる事だってあります」
「仮にこれが正解だったとしたら、一番の問題はジゴセググを追い出したの禁竜の存在だな」
「そうだね。僕達が遭遇したジゴセググ以上の実力を持つ禁竜が存在することになる」
ルーマの発言に、僕は小さく頷き肯定した。
「そしたら、マズいんですの……!今こうしている間にも、ジゴセググより強力な禁竜がガルイダの近くに存在することになりますの!」
「いや、それなら御の字だろ」
「御の字って、仮にそれが第一級禁竜だったらどうするんですの!そんな禁竜がニール平原やガルイダに来るなんて、そんなの最悪のケースになりますの!」
「第一級だろうが第二級だろうが、ジゴセググがニール平原に来た原因が分かるに超したことはねえ。ジゴセググがニール平原まで逃げてきただけなら、まだマシだ。最悪のケースは、ナリオが言ったこと全てに当てはまらねえ時だ」
「えっ……」
ルーマの言葉に、再度絶句するブレンダさん。イシューさんも真剣な眼差しで。
「もう一つ、考えていることがあるんですね、ナリオさん」
僕にそう、尋ねた。
「考えという程のモノではないんです。まだ、まとまっていなくて……」
三つ目の考えの延長として。
ジゴゼググはあの時、何かの脅威から逃げてきたんじゃなく、今も逃げている最中だった。
「ジゴセググは現在進行形で逃げている最中なんです。奴の目的地はニール平原ではなく、もっと遠くに移動することであったと思うんです。」
僕らは仮に、ジゴゼググがユドラ台地から来たと仮定した。
調べたところ、ユドラ台地はニール平原よりも北東にあり、ガルイダからも馬車で二日は掛かるほど遠い場所である。そんな場所から、僕が予想したジゴゼググがまだ逃げている最中である事を考えに入れる。
そして、僕らが遭遇したジゴセググの状態。
体に大きな損傷はなく、争った形跡もない。なのに、どこか怯えている様子で常に気を張っていたようだった。
「もしかしたら、ユドラ台地近くで第一級禁竜よりも危険な禁竜が存在するのかも知れません。それも、ジゴセググが戦うことよりも逃げることを選ぶほどの禁竜が存在すると思います」
「な、何言ってるんですの、ナリオさん……。ガルイダの周辺は他の場所に比べて比較的平和な場所ですの……。そんなところにジゴセググが現れただけでも驚異なのに……」
「ブレンダ、落ち着いてください」
激しく動揺するブレンダさんにイシューさんは肩に手をおいて、落ち着くように言葉を掛けた。
「これはあくまで、ナリオさんの予想です。実際にそうなるとは限らない。そうでしょう、ナリオさん」
イシューさんの言葉に、僕は「はい」と頷いた。
「これは僕の予想ですので、信憑性は何一つありません。ですが、考えに至った根拠はあります」
「その根拠って、一体何ですの……」
「ルーマがブレンダさんにした質問です」
すでに何かしらの痕跡が見つかっているか、何一つ見つかってないかの二択だ。
ルーマはそう、ブレンダさんに話していた。
「ブレンダの反応で、すぐにジゴセググの痕跡が未だに見つかっていないことが分かったからな」
「な、なんで痕跡が見つからないことが、第一級禁竜以上の脅威がいるなんて考えに至るんですの……」
「脅威についてはマジで俺らの勘だ。ジゴセググの体の状態と戦ったときの興奮状態から、そんな考えに至ったわけだが。それ以前にジゴセググがそんな状態である事が変なんだよ。痕跡が何も見つからない事が不自然すぎる。生物が今から住もうとしている場所でマーキングをしないなんてことは、まずありえねえ。例外もあるだろうが、ジゴセググの様なテリトリー重視の禁竜が自身の痕跡を残さないなんてのは、いくら何でも怪しすぎる」
そう。
その不自然さが、気になっていた。
僕達がニール平原に入った時には、ジゴセググの痕跡は何一つ見つからなかった。これは、ウバルさん達にも聞いて、大型の禁竜の痕跡は発見していないらしい。
なら、ジゴセググがニール平原に来たばかりで、そこにウバルさん達が遭遇してしまい、運悪くルフーナさんが負傷してしまったのではないか。それなら、僕達がニール平原に訪れた日に痕跡が見つからない事にも納得できる。
しかし、僕達がジゴセググを発見してからすでに二日はたっている。もしジゴセググがニール平原にいるのならば、何かしらの痕跡が見つかっていても良いはずなのに。
「そこから考えたのですが、ジゴセググはニール平原に休憩のため立ちよっただけで、そこに僕達が遭遇したんじゃないかと思ったんです。もしかしたら、休憩を終えたジゴセググは、もう別の場所に移動しているかも知れません」
「移動途中の休憩なら、辺りに痕跡をばら蒔く必要はないしな。獲物食って体休めて移動する予定だったんじゃねえか。もしくは、痕跡を残す時間すら惜しんだか。ま、こればっかしはジゴセググに聞くわけにはいかねえからなー」
「いや、でも、そんな……」
戸惑い、困惑するブレンダさんに、ルーマは軽く笑いながら。
「心配しすぎんなよ。イシューも言ってたろ。『あくまで可能性の話』だって」
「ええ。僕達も別に脅かすために言ってるんじゃなく、予想を立てておけばいざって時に対応できるっていうだけです。もしかしたら、予想自体外れているかも知れませんし」
「そう、ですのよね……。あくまでナリオさん達の考えですもの。外れる可能性もありますの……」
ブレンダさんはそう言うも、動揺を隠せないままでいる。
「ま、安心しろよ。ここに元金級冒険者様がいるんだぜ?ジゴセググの尾の素材があれば俺の剣もちっとはまともになるから、どんな奴が来てもチョチョイのチョイよ」
そんなブレンダさんに、ルーマは腰に差していた剣を鞘やごと取り外し、二、三回ほど軽く振ってブレンダさんに見せた。
「いざとなったら俺も狩猟に参加するからよ、そんなに不安がんなって。知識が足りなきゃナリオもいる。ルナカニア王国中央ギルド職員の実力は伊達じゃないからな」
「元ね。元中央ギルド臨時職員」
「ま、何はともあれ頼りにはなるぜ。だからブレンダも大船に乗った気持ちでいろよ」
ニカッと笑うルーマ。その姿を見て、ブレンダさんは少し安心したのか、徐々に落ち着きを取り戻していって。
「そ、そうですね……。ルーマさんは元金級冒険者ですから……。えっ!ルーマさんって、金級冒険者だったんですの!」
そしてすぐにパニックに戻ったのだった。
「元な。元金級冒険者。事情があって今は銀級だ」
「それで!ナリオさんって中央ギルドに勤めてたんですの!」
「元ですよ。しかも臨時で働いてただけです。今は無職です」
「ふ、二人とも、一体何者ですの……。ルーマさんは銀級冒険者なのに武器も防具も銅級の駆け出し冒険者並の装備だったので変だなと思ってたのですが、まさかナリオさんにもそんな秘密が……」
「あはは……」
秘密と言うほどでも無いけど。
むしろ無職なんて、自分から言える言葉じゃないからね。
「え、なんで、そんな、そんな優秀な人達がガルイダに?あれ?どういうこと?」
「ははは。まあブレンダ、落ち着いてくださ……」
「イシュー!」
イシューさんの言葉を遮り、慌てるブレンダさんはイシューさんの胸ぐらを掴んで。
「あなたこの事知っていたの!知っていて黙ってたんですの!」
「ぐぇ……!ブレンダ、くるひいです……」
前後左右にイシューさんの頭を振っていた。
「いいから答えるんですの!」
「だったら、まずこの手を離してくださ……うぐぅ!」
ブレンダさんはイシューさんの言葉を聞き終わる前に、再度、前後左右に降り続けた。
「ありゃ、しばらく終わんなさそうだな……。先に帰るか?」
「あはは……。とりあえず終わることを願って待っていようか……」
「あいよ。でも、あの痴話喧嘩が収まるのを待つのは昼飯までな。それ以上は流石に待てん」
ルーマは大きなあくびをしながら、剣を左腰に差し直した。僕はルーマの剣をジッと見つめて。
「ねえ、ルーマ。ブレンダさんがさっき言ってたけど、ルーマの剣って、そんなに状態が酷いの?」
「状態つーか質が悪いって感じだな。駆け出しの冒険者が初の依頼達成で買った武器と同じ出来だ。いやもう、刃こぼれもしてるし魔石に魔力も溜まってねえしでボロボロだぜ」
「そんな装備でジゴセググの尾を切ったの?」
「おー。すげえだろ?あいつの尾を切り落としても剣が原型保ってるんだから、やっぱり俺は天才だなと思ったぜ」
「いや、うん。それは本当にすごいと思う。良く切ったね」
僕が唖然とする姿を見て、予想外の答えを聞いたからか少し恥ずかしそうに「だろ?」と答えたルーマ。
「ま、前の剣があれば、尾じゃなくて、ジゴセググ自体を狩猟してやったんだがな」
「前の剣……。ああ、『レーニアー』のこと?」
「そんな名前の奴。なんか偉い奴からタダで貰ったにしては良い剣だった」
「名誉ある剣なんだから覚えようよ……」
しかもルーマは、ルナカニア王国の王から直接貰ったんでしょうが。
偉い人って、国のトップだよ?そんな名誉、一生に一度あれば大喜びしそうなものなのだけど。
「いや、どうでも良いわ」
僕の言葉に何一つ興味を持たなかったルーマは、話題をレーニアーへと戻して。
「あの剣、切れ味も魔石も飛び抜けて良かったからな。今までのどの剣よりもメンテナンスが楽だったんだよなー」
「そうだね。僕も何回か魔石のメンテナンスをさせて貰ったけど、特に調整の必要は無かったっけ」
ルナカニア王国にいるときのこと。
あるときルーマが冒険から戻った時に、僕に使用している剣を見せに来た事があった。どこで知ったのか、僕が魔力操作が上手い事を聞いてきたことがあったっけ。僕としては、魔力操作は人並み程の実力しか無かったが、結局はルーマにせがまれて剣への魔力補給を行なった。ところが、魔力を魔石に注入しようとしたのだけれど、魔力が全然入っていかなかったと言う事態が起きたのだ。
原因は、魔石に、魔力を注入する要領がなかったこと。つまるところ、魔石には魔力が十二分に蓄えられていたのだ。
「あん時はたしか第一級禁竜と対峙して、魔法も結構使ったと思ったんだけどな」
「たしか全然減ってなかったんだよね。それで調べたら、魔石に魔力が入りそうな隙間を発見したから、とりあえずそこに注入しようって話になったんだよね」
「あ、そうだっけ?なんかいつも魔力を注入してくれっけど、その隙間が何とか言ってたのは覚えてるが」
「あはは……。でも魔力を隙間に注入して以降、魔力の減りは普通になったよね。ルーマが使った分だけ供給してたと思う。それでも、魔力を十分に貯められる上質な魔石だったけど。あ、でも……」
「んあ、どうしたよ?」
「いや、レーニアーの魔力補給での、あの魔力が入る隙間。今更ながら、アレって何なんだろうなと思ってさ」
「ナリオが分からないことが、俺に分かる分けねえって。俺に頭を使わせるなよ。どうせバカなんだから分かるわけねえって」
「そんなことは無いでしょうに」
ルーマは冒険者業や禁竜のこととなるとかなりの切れ者だと思うけど。
「ま、何でも良いわ。つーことでナリオ、この剣も魔石メンテと魔力補給を頼んだ」
そう言って、ルーマは剣の塚の先を二回ほど叩いた。
「でもルーマ。本来なら魔石のメンテナンスと魔力補給は冒険者自身がやることじゃない?」
「えー。俺、魔力を貯める作業が苦手なんだよなぁ。と言うより、ナリオの魔力操作が上手いんだよ。魔石に隙間無く魔力を埋められるっていうか、無駄がねえっていうか」
「そんなことないよ。普通だって」
「お、なんだ自慢か?」
「そうじゃないってば」
「わーってるって。冗談だよ。でもあの剣のメンテは少し特殊で俺には……あっ!」
ふと、何かお思い出した様子のルーマ。
「どうかした?」
「やべっ、剣をユッカに渡しただけで、メンテの方法を教えんの忘れてた……」
「えっ!説明してなかったの!」
「まあ聞かれなかったからな」
「そうだけども!どうしようなぁ……。あの剣、少しばかし調整が面倒くさいんだけど……」
困った様子の僕に対して、ルーマはすっかり開き直っていて。
「ま、大丈夫だろ。あいつら金はあんだから、どっかにメンテを依頼すると思うし。使っているアギルも形だけとはいえ金級だから、自分で調整ぐらいはするだろ」
「そ、そうかな……」
「俺だって最低限の魔石メンテと補給は出来んだ。流石に知らねえ、出来ねえはあり得ねぇって」
「そ、そうだよね……。うん、心配しすぎだよね」
「本当だよ。あんな奴らを心配してやることなんかねえって。つーか、あんなすげえ剣を壊すなんて事があったら、アギルは金級どころか銀級でもねえよ。銅級からやり直しだっての」
「いやあ、流石に壊れることはないんじゃないかな」
僕が苦笑いを浮かべながら、ルーマにそう言い返すと。
「もし壊れても、文句を言われる筋合いはねえよ。なんせあいつらに売った……んじゃなくて譲ったんだから、壊れようがどうなろうが俺らは何も悪くねえ。ま、剣の方から文句が出りゃ、それ相応に対応してやるけどよ」
皮肉気味に、そう答えたのだった。
ルナカニア王国の近く、日の光が届かない深い深い森のなか。その中を、息を切らしながら走る三人の冒険者の姿があった。一人は鋼鉄の鎧を身に纏い、ガシャンガシャンと鎧と背負った槍を揺らして大きな音を立てながら、他の二人よりも苦しそうな表情で息を切らす青年。もう一人は軽装の装備の青年だが、小さい体に背負う大きな大剣が自身を走らせるのを阻害させていた。しんがりを勤める青年は他の二人に比べ、豪華な防具ときらびやかなマント、そして腰には装飾の多いロングソードがぶら下げられていた。
三人は限界が来たからか、ゆっくりとスピードを落として止ると。
「はあ、はあ……。ま、まいたか……?」
額の汗をぬぐいながら、大鎧の青年は小さな声でそう言うと。
「分からねえよ……。ったく、何なんだよ!」
「お、落ち着いてくださいよ、アギル」
「これが落ち着いていられるかよっ!爺ちゃんからすげえ剣を貰ったと思ったら、急に剣に魔法が乗らなくなりやがって!おかげでこっちは死にかけたぞ!」
「うるせえ!いいから黙れよ!お前の声でジークコアガが来たらどうすんだ!」
「なんだと!」
「アギル!ラージアも落ち着いてください!言い争いは後にしましょう!」
大剣を背負った青年は息を整えながら。
「と、とにかく今は引きましょう……。もしかしたらあのジークコアガは乙種……。いや、丙種かも知れません。一度ルナカニア王国に戻って装備を整えましょう」
「そうだな……。今回、俺達はジークコアガの狩猟に来たが、乙種や丙種がでるなんて情報までは貰ってないしな。装備が不十分のための撤退なら、ギルドも何も言わねえよな……」
「あ、ああ。そうだよな。それに、狩猟の期限はまだ数日あるし、今戻ったって別に失敗って訳じゃねえしな」
「それじゃあ、一度報告も兼ねてギルドに戻ると言うことで良いですか、アギル?」
「ああ、一度ギルドに引いて……」
バギバギ、と。
青年達の近くで何かが折れ倒れる音が聞こえた。不意に聞こえた音に驚きつつも、音が聞こえる方へと恐る恐る青年達が目線を向ける。暗闇で姿が見えない中、バチッ、バチッと所々で弾ける音が聞こえ、弾ける音が鳴る度に辺りが一瞬光る。
ズシンと音を立てながら、暗闇の中から姿を現したモノは……。
「ひっ!ジ、ジークコアガ……!」
大きな体の四足歩行。異常に発達した黄土色の両前足と尾に全身を包む白い体毛から見える逆立つように体中に生えたトゲ、体の左右橫真っ直ぐに通った四本の青線は、脈打つように発光する。そして、体に纏うように流れる電流。
第二級禁竜 ジークコアガは、息を大きくすう動作をした後
「グアアアアアアアアッ!」
耳をつんざくよう咆哮。
三人は顔を歪めながら、各々の武器を手に取り構える。
「クソッ……!」
「しつこいですね……」
「やるしかねえ……」
アギルと呼ばれた青年はジークコアガが動き出すよりもロングソードを振り上げながら走り出す。ジークコアガの側面から近づいて斬りかかる。
「!」
「チクショウが!」
動きに気づいたジークコアガはアギルの一撃を回転するように避け、攻撃を外したアギルに向けて尾でカウンターを仕掛ける。
「なっ!」
「アギル!」
間一髪で剣で尾を受けきるが、衝撃でアギルは体が後ろへと吹っ飛ぶ。と同時に持っていた剣は回転しながらアギルとは反対方向へと弾かれて、大鎧の青年の前にボサリと落ちた。
ピシッ、と。
魔石に小さな亀裂が入るが、周りの誰も気がつかない。
「くそ、剣が……!」
「アギル下がれ!」
アギルの前にラージアと呼ばれた大鎧の青年は立ち、ジークコアガへと槍を構えた。
「俺とバドが注意を引く!その隙に剣を取って……!」
ラージアはアギルへと指示をする途中に、ジークコアガは大きく右前足を振りかぶり、ラージアへと思い切り振り下ろした。
「うわぁっ!」
ラージアは後ろに下がる形で前足の一撃をギリギリ避けるが、ラジルが元々いた場所の近くに落ちたロングソードは、踏みつぶされる形で強く叩きつけられる。
「ああ、俺の剣が……!」
「アギル危ない!下がってください!」
ピシッと。
ロングソードの魔石に大きなひびが入り、魔石は内部から不穏な光を弱々しくはなっていた。
「バド!お前の大剣で尾は切れないのかよ!」
「無茶言わないでください!硬すぎてこちらの剣が持たない!」
アギルからの要望に、怒りを含みながらバドと呼ばれた青年は大剣を構えながら答えていた。
一歩、また一歩と。
ジークコアガは三人の冒険者に近づいていく。
冒険者達は、近づいてくるジークコアガから少しでも離れようとゆっくりと下がるが、距離はすぐに埋まっていき。
気がつけば、大きな巨体は冒険者達の目の前に。
「はあ、はあ……!」
「ふーっ……!」
「ううううううう……!」
過呼吸になる者、息を上手に吸えない者、恐れ震え唸る者。
症状は三人それぞれ別の状態ではあったか、共通して言えたことは。
死への恐怖。
誰一人として、ジークコアガに闘志を燃やす者はいなかった。
バシンと、ジークコアガが高く振り上げた尾を地面へと叩きつけ、ロングソードは尾の下敷きとなる。
目の前の獲物へ威嚇のためか。
はたまた、楽しんでいるだけのか。
両手で持つ槍は震え、大剣の剣先は徐々に下がっていく。
魔石にひびが大きく入り、中の光は強くなる。
そして。
「ゴアアアアアアアアアアアァァァッ!」
咆哮が森へとこだましてて。
再度、尾がロングソードを叩きつける。
パリン!と。
大きなと音と共に、魔石が爆発をした。
三人の冒険者、ジークコアガすらも、音の方向へと注意を向ける。爆発が起きた辺り一面が白煙に包まれており、白煙はゆっくりと薄くなっていく。
「ごはっ!ごはっ!何なのだ一体……。おっ?」
そこには。
「おおおっ!あれっ!もしかして、これって!」
魔物や禁竜が存在する、日の光が届かない深い深い森。そんな場所に似つかわしくない白いドレス姿の女性が一人。
「やったー!出られたのだー!ざまー見ろ、バカ国王ー!くたばれ、アホ大臣共ー!キャハハ!」
笑顔で両手を掲げ、禁竜を背にしながら、されど森にこだまするほどの歓喜の声で。
悪口を叫んでいたのだった。
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