第7話 松木冬子②

「妹じゃなくなったのなら、私と兄さんはただの男女です。ならもう、遠慮する必要はないですよね」


 冬子の淡々とした口調は、ただ言葉の意味だけを明瞭に伝えてくる。

 だからこそ、冬子が真剣に言っていることがよくわかった。


「……冗談はやめてくれ」

「兄さんは優しいですね。でも、優しさが辛い時もあります」


 冬子は控えめに口元を緩めて、身体を離した。

 その微笑は、少し切なげに見えた。


「行きましょう。おみくじとは違い、福袋はすぐ売り切れますから」

「……ああ、そうだな!」


 人格が入れ替わるという、小説や漫画でしか見たことがない事態。


 菜月が冬子に、冬子が菜月になったわけだけど、二人ともなんだか距離感がおかしくないか……?


 なにかしら問題が起きるのは当たり前だけど、俺たち三人の間では特に気にすることなく、普段通り過ごせばいいと思っていた。

 中身がそっくり入れ替わっただけで、それぞれは元のままなのだ。だから、俺たちの関係性は変わらない……はずだったのに。


 昨日の菜月といい、距離感がバグってる。


 その理由は……わからないフリをして、目を逸らしている。


 デパートに着くと、見知った顔が目に入った。


「あれ、なっちゃんだ! あけおめ〜」

「おうおう、彰人じゃねーか。新年しょっぱなからデートか? ちなみに俺らはデートだ」

「ねー?」


 俺と菜月が所属するクラスきってのバカップル、蓮太郎れんたろうつむぎである。


 冬子にこっそり名前と菜月の呼び方を伝えると「知ってます」と同じく小声で返ってきた。

 まあそうか。二人は美男美女カップルとして、割と有名だ。俺と菜月を通じて、冬子も会ったことがあるはずだし。


「ん? どうしたの? 二人とも」

「なんでもないよ! つーちゃん、あけおめことよろ!」

「ことよろ!」


 すぐにキャラを切り替えた冬子が、紬と二人で話し始めた。


 まったく疑問に思われている様子はない。さすがの演技力を誉めるべきか、普段の菜月の単純さを再認識すべきか……。


「相変わらず、幼馴染と仲良いな。彰人は」

「まあ、腐れ縁だよ。お前と違ってデートじゃねぇ」

「わかってるよ。お前にそんな度胸がないことくらい」


 蓮太郎はニヤニヤと口元を歪めながら、俺の肩に手を回した。


 こいつ……彼女がいるからって上から目線で言いやがって。


「俺だってデートくらい……」


 したことないけど、つい強がる。


「そっちじゃねえよ。菜月ちゃんに手を出す度胸のほうだ」

「……それは別に必要ないな」

「そうかい」


 蓮太郎は肩をすくめて、追求をやめた。


 そんなの、自分でもわかってる。

 俺は今の関係を壊したくないんだ。菜月とも、冬子とも。


「あ、蓮くん、たいへん! 早く行かないと新年限定のペアリングなくなっちゃう!」

「そりゃ大変だな! 彰人、菜月ちゃん、また学校で会おうぜ!」


 突然叫び出したかと思えば、手を繋いで走り去っていった。


「嵐のような奴らだな……いつものことだけど」

「そうですね……。私はあんな風に話しかけられたことはないので、びっくりしました」


 すん、といつもの冬子に戻った。

 切り替え早い……。昨日も家族とともに一切怪しまれずに過ごしたらしい。冬子の優秀さには相変わらず舌を巻くしかない。


「さて、なに買おうか? 服とかか? ああ、金なら俺が持ってきたから大丈夫だぞ」


 まさか菜月の金を勝手に使うわけにもいかないし、俺が出すつもりだ。


 そう思って歩き出すと、冬子が俺の袖を控えめに引っ張った。


「兄さん……ううん、彰人」


 なぜか、俺の名前を呼んで。


「私もペアリングが欲しい」


 潤んだ瞳を俺に向けた。

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