第4話 ご主人様、仕事を辞める

「仕事辞める。それから、門番候補も正式に降りる」

 サンソーネ坊っちゃまがそう言い出した時には腰を抜かしたものだ。


 私はサン・サンドロ・サンソーネ坊ちゃまに仕えている護衛騎士。坊っちゃまは我ら火の一族の中でも門番候補と呼ばれる、特殊な生い立ちをしている。

生まれながらに神の視点を持つ門番候補さまがたは俗世ぞくせ馴染なじむのが難しく、一族の中から選抜された専門の教師“司書”と、専属の見張り、“騎士”をあてがわれる。私は騎士のほう。

「お、降りる……? 本当に、でございますか?」

「決めた」

己の主にこう言ってはいけないだろうが、サンソーネ坊っちゃまは相手が害とならなければ大抵のことは無関心だ。知らぬ存ぜぬ。そう言う態度。

だから彼は生まれながらに持つ門番候補の資格を、周囲との付き合いが面倒と言いながらもそのままに放置してきた。

そんな坊っちゃまが、門番資格を降りると。もう決めたとおっしゃる。

「……何があったので?」

いた人間ができた」

「なんと!?」

「結婚したい。する」

「ななんと!?!?」

まさしく青天の霹靂へきれき。寝耳に水。

「で、では……」

「もし門番になったら世界へかえる彼女の魂を見送り続ける羽目になる。それは嫌だ。だから降りる」

「……なんと」

坊っちゃまにも愛おしいと思える娘御むすめごが出来たのか。

いつ? 我ら側近を差し置いていつ出会った? まずどこの女だ?

喉から出かかった言葉を飲み込んで、坊っちゃまの顔をのぞき込んだ。

坊っちゃまは柔らかく微笑んでいらした。珍しい。本当に珍しい。

そしてどこの誰とも知らぬその小娘は、我が主にこのような顔をさせるだけの存在であるらしい。

(悔しいが……坊っちゃまが幸せであるならば何よりの喜びです)

実家いえに俺の荷物やら押し付けられた宝物ほうもつやら何やらあっただろ。全部売っぱらえ」

「全部!?」

「換金して俺が暮らしてる次元くにで使えるようにしろ。貯金も下ろせ」

「いえ全部はダメです!! 司書ルースにも連絡して……!」

「ディーン」

「はっ」

「命令だ」

坊っちゃまは我らに命令らしい命令など下したことがない。

こうハッキリ申されるのは初めてではなかろうか。

(こんな、最初で最後になるなんて……)

門番候補を降りてしまえば司書と護衛は必要なくなる。一族にとってではなくなるからだ。特別待遇を終えて、ただの民になるのだ。王になれる資格を持っていたのに。

「…………」

ほかの門番候補の司書や護衛たちが、資格を返上したあるじについていく気持ちがやっとわかった。長くお仕えしたお方なら、思い入れも深かろう。

「ディーン」

「……は、では全額下ろして、換金して参ります」

「換金する前にいくつか持って行っていい。今までろくに構ってなかったし、褒美ほうびだ」

「は……」

「要件はそれだけだ。帰る」

我が主は早々に背中を向けてしまわれた。

なんと寂しい。これで最後だとおっしゃるのか。

「……坊っちゃま……」




「マジ!?」

「マジよ」

 頓狂とんきょうな声を出したのは仕事で長く付き合った片割れ。我が相棒。サンソーネ坊っちゃまの司書であるルース。

「坊っちゃまがぁ!? ただの悪魔おんなどころか人間と!?」

「私だって寝耳に水じゃわ」

「ビックリしすぎて喋り方までブレたか」

「だってよりによって坊っちゃまが人間の小娘と……」

「そうだなぁ」

ルースは私と同じようにふかーく息を吐いてから「そうか」と呟いた。

「坊っちゃまがねえ……」

「もう決めたと」

「ハッキリ申されたんなら、我々が何を言っても無駄だろう」

「そうだな」

「そっかぁ……。……坊っちゃまがねぇ」

座学の教育係としても思うところはあるだろう。

私はルースが気分を切り替えるまで大人しく待つ。

「……坊っちゃまが惚れなさったのなら余程良い女なのだろう」

「その辺りはわからんぞ。坊っちゃまの趣味嗜好を考えてみろ。で満足するお方か?」

ルースは思わずといった感じに黙ってしまった。

「……なあ、お相手がとんでもないキワモノだったらどうする……?」

「その覚悟はとうにした」

「マジかよ」




 坊っちゃまご所望の金品をお届けする用事ついでに、坊っちゃまの恋人と会うことになった司書と騎士わたしたちは、まず何より家財が増えていることに驚いた。

食卓、二人分の椅子。ベッド代わりだったソファも一新され真新しく綺麗なものに替えられている。調理器具もほかの小物も揃っている。

(ふ、普通の家のようだ……!)

門番候補という、我ら火の一族の中でも王たる資格を持つお方に普通や常識は通用しない。火の一族はさかのぼれば太陽の化身、神の名を持っていた。神が世界に対してこうあれと望めば、世界はそのようになった。その感覚が残っている門番候補さまは特に、俗世ぞくせと馴染むことに苦労する。

サンソーネ様の場合は、無気力からくる怠惰たいだが目立った。我々が周囲を整えなければ、坊っちゃまは何からも刺激を受けずに一日を終えてしまう。

(その坊っちゃまが、自ら家財を揃えた。ご伴侶はんりょのために……!)

もはやお相手が天使だろうが人間だろうが気にする必要はない。坊っちゃまにこれだけの情緒と欲をお与えになり、刺激となってくださった!


 で、私たちはその恋人とやらに対面した。

背は低く、子供のような童顔。胸も控えめ……。

(いやどこからどう見ても子供では!?)

青灰色とも呼ぶべき髪色の少女は、坊っちゃまから我々を紹介されるとにこりと微笑んだ。頬を持ち上げればそれなりに愛らしい。

隣を見ると、私と同じく衝撃を受けて固まっているルースがいた。

和泉いずみだ。ほかの世界から連れてこられたが、彼女は人間以外の種族の観察が好きらしい」

「よろしくお願いします」

坊っちゃまは呆気に取られる我々をよそに和泉いずみさまへ視線を向ける。

「昨日も説明したけどこっちが司書、こっちが騎士。知識とかマナー教えてくれる先生と肉体や魔法の鍛錬の先生」

「先生が二人いるんですね」

「門番候補だからな。でも正式に降りることにした」

この話は婚約者さまも初めてだったのだろう。彼女は目を大きくさせてサンソーネ様を見上げた。

「候補続けたまま結婚する奴もいるけど、俺は続ける理由がないからやめる」

和泉いずみさまは坊っちゃまの表情をじっと観察したあと、静かにゆっくりとうなずいた。

彼女はそのあと何かを考え再び顔を上げる。

「……結婚?」

「俺、和泉いずみと結婚する」

二人の間に何ともいえぬ間が流れた。

(えっ!! もしや坊っちゃまプロポーズがまだだった!?)

これにはルースの方が焦るだろうと横を見たら、彼は目に涙を溜めていた。

「ぼ、坊っちゃまが順不同とは言えお気持ちを相手にお伝えに……!!」

「いやいやいやいや! 順不同ではいけないと思うが!?」

 我々のツッコミをよそに、当の本人たちはほんのり顔を赤らめている。

「坊っちゃま!? 結婚の周知は我々より先にお相手様になさいませんと!!」

「今した」

「断られる可能性もあるのです!!」

 坊っちゃまはそれこそ、「え、断られるとかあるの?」という顔で和泉いずみさまを見つめた。

「……私は、断りません。サンサンさんと結婚……しますよ」

私に走った衝撃など何のその。お二人の間には甘い空気が流れている。

「……まあ坊っちゃまがお幸せならなんでもよいです!」

さすがの私も若干ヤケになった。


 その後も色々と細かい事件はあったものの、坊っちゃまと和泉いずみさまは火の一族われわれのやり方で式を挙げた。

ですが坊っちゃま、これだけは言わせてください。

挙式よりも前にお子様が生まれてしまうのはいかがなものかと……!!




『掃除屋サン・サンドロ・サンソーネは少女を食べたい』・完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】掃除屋サン・サンドロ・サンソーネは少女を食べたい ふろたん/月海 香 @Furotan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ