第3話 掃除屋、オーナーに会う

 和泉を拉致らちって二日目。

我ながら目的があって少女籠に来たのは珍しい。騒ぐだけのダチをスルーし、広い廊下を歩いてオーナーを探しているとわかっていたと言わんばかりに本人と遭遇した。

「どうも」

「少女は気に入っていただけましたかな?」

「あー、まあ……」

別にそのつもりで通っていた訳じゃないが、結果的に変態ジジイどもと同じことをしているなと自嘲じちょうし、オーナーが差し出した契約書に目を通す。

「よいのですよその気がなくても。事実、のにそうはならず通うだけになるお客様もおりますし」

客ね。つまりこれは奴にとってそれなりに収益が出る商売な訳だ。

「ふうん」

悪魔の家系の俺は契約には慎重なため、しつこいくらいに書類に目を通してやっとサインを入れた。オーナーは満足そうににっこりと口の端を上げる。

「■■■■■■家のお方に気に入っていただけたようで何よりです」

彼は演技くさい礼をすると書類を手にご機嫌で戻っていった。


(少女を売り捌くより人脈作りで契約書交わしてるな、あいつ)

 ここは少女趣味の男たちのサロン。無料のサロンで満足したなら次の段階は少女に関する物品の調達か何か……。何にしろ子供は稼ぎの窓口なわけだ。

オーナーがそのつもりなら今後は直接接触しないよう世話係を窓口にしておけばいい。

(代理を立てるなら司書せんせい騎士ごえいか……まあ、騎士だな)

俺は一族の中でも門番候補と言って、若干特殊な生まれにある。

一族の中でも重宝される門番候補は、専用の教育係と護衛がつく。俗世の知識を突っ込んでくれるのが司書、護衛が騎士。

こう言う時ばかりは普通の家系じゃなくてよかったなと感じる。

(うちは人間を直接相手にすることも多いしオーナーに頼り切りってことはない。でも人馴れしてない純粋なこっちの住人はそうもいかない。世話が上手くいかなければサロンを頼ることになる。なるほど、賢いな)

まあ俺が奴を頼ることはない。人間を相手にしたことがないわけじゃないし、多少は次元をまたいだ知識もある。

(まあ、今回でさようならだな。バカ騒ぎのダチとも)




 暇つぶしの理由が少女籠になくなり、俺は翌日以降家へまめに帰るよい伴侶のように振る舞った。

家財をちょこちょこ増やしながら、気付けば一ヶ月経っていた。


 和泉、お前は売り物だったんだよ。そう言うのは気が引けた。

知る必要がないとも思ったし、黙っているのも大切なことだと思った。

俺は思いのほか和泉を大事にしたいらしい。

それをより強く自覚したのは和泉がうっかり、包丁で指を切りそうになった時。俺はとっさにかばっていて、包丁の刃は炎の手を突き抜けていた。

「サンサンさん!」

「危ねえぞ」

「サンサンさんの手が……」

「いや、炎だし」

無傷なのを確認させると和泉はほっと胸を撫で下ろした。

「よかった」

うなじを美味そうと思ったのに、彼女の体が血を吹くのはイヤだと言う矛盾した自身の心に困惑する。

食欲と飢えに似た何か。

和泉を見るたびにそう言う感情が沸き起こる。

これは何だろう?

(髪なら……)

それから一生懸命、口に入れても大丈夫なところを探している。

(……髪なら平気じゃね?)

我ながら唐突に和泉の髪の、後頭部から立ち上がったふさふさの毛束をもしゃりと口に含んだ。

(いややっぱ食う部分じゃねえわ。仕事でもそうだけど羽根と毛髪はちょっと……)

とは言いつつやめられない。

彼女を口に含みたかった時間が長かったせいか酒のさかな並みにやめられない。

(これはこれでアリ)

「サンサンさん」

「ん」

「お腹が空いたのはわかりますが、私を食べないでください」

「なんか和泉を口に入れたくて」

「困ります」

そうか、困るのか。

でも今回の困り具合はなかなかイイなと感じたので、時々こうして口に入れてしまおうと考えた。




 和泉が来てだいたい二ヶ月。また招集がかかった。

(呼ぶなっつったろうが)

手紙を前に嫌悪感を丸出しにしていると和泉が珍しく俺の顔色をうかがっていた。

「どうしたんですか?」

「……親戚の集まりみたいなのがあって、毎回呼ばれるんだよ」

「行きたくないんですか?」

「ああ。縁切りたいくらいには」

「ありゃ……」

手紙には従兄弟から「先に帰るなんてひどいじゃないか。今回も助けてくれ!」とだけあった。

(いい加減にしろ)

今度こそは呼ばれてやらねえ、と決めて手紙を暖炉へ放った。

手紙は悲鳴をあげて燃え尽き、俺は鼻をフンと鳴らしていい気味だと言い放った。

和泉は恐ろしいものを見た、と硬直こうちょくして俺を見た。

「手紙、叫んでましたけど……」

「さすがに叫ぶだろ焼かれたら」

「魔法の手紙ですか?」

「毎回律儀りちぎに、俺に確実に届くように魔法をかけてくるから普通の手紙の三倍くらい手間かかってる代物しろものなんだけど、作るには筆者の血が必要で……」

つらつらと説明をすると和泉はほうほう、といつもの調べ物の調子に戻った。

「まとめると、書いた奴の血を使うから分身みたいな感じになる」

「分身焼かれたら本人も痛いんですか?」

「そ。だから血の手紙は基本重要なものにしか使わない。奴は俺に無視して欲しくないから血で書いてくるわけだ」

「ふむふむ……」

「しかし俺はいい加減頭にきた。だから焼いてやった。終わり」

和泉は鉛筆を持ったままふむ、と考え込んだ。

「……それなら今日はサンサンさんの行きたいところに出かけましょう」

「なんでそうなる」

「サンサンさんの気晴らしに」

和泉は俺の心情をおもんぱかってくれたらしい。

それが嬉しくてむずがゆい。

「……いい、別に行きたいところとかねえし」

自分で機嫌をなだめないといけないことはわかっている。

ただ方法が……。

(いつもなら仕事がてらヤケ食いに行くけど……)

「あ」

唐突に思いついた。

俺はさっと人に化けて和泉に向かって腕を広げた。

「ぎゅうってして」

そうだ、これがいい。

和泉は驚いたようで、二秒くらい固まっていたが望みは叶えてくれた。

和泉の細い腕の中に収まって、彼女の匂いをいで、顔を動かして見上げれば彼女の青い瞳に人に似た俺が映る。

さすがにそろそろ自分の心情に気付いてきた。

(惚れたのか、こんな子供に)

結局俺も少女趣味なわけだ。

(最低……)

「和泉」

「はい」

「……和泉を食べたい」

「食べられたら困ります」

「君の体が欠けたら俺も困る」

だからこうしよう、と言って俺は彼女のほっぺたを吸った。口に思いっきり含んで。

本気でかじられると思ったのか彼女はちょっと緊張して、でも吸い込むだけだと気付くとほっとした。

「私を食べても美味しくないですよ」

「いやぁいつも美味そうだけど?」

「美味しくないです。食べないでください」

「わかった。食べないように吸う」

そのままほっぺたをちゅうちゅうと吸っていると和泉は俺の顔を両手で押しやった。

「これ以上はだめです」

「なんでー」

「だめです」

和泉の顔は赤くなっていた。

「可愛い」

素直に言えば彼女の顔はますます赤くなる。

そのまま彼女を腕の中に閉じ込めてしまえば後は何も要らなくなった。

明日は何を買おうか?

どこに買い物に行こうか?

君がいると無意味な日常が物語のように色付く。

これはきっと、幸せというやつなんだろう。

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