一夏

　特に理由もなく公園のベンチに座っていた大人と、その大人になぜかカブトムシを取らせようとする子供たちの、とある夏の一日のお話。

　うわーっ面白かった！
　面白かったんですけど、でも「何がどう」と言われるとなかなか説明しづらいというか、
「こんなレビューなんかで言っちゃうのがもったいないので読んで！」
　という気持ちにさせてくれるお話。こういうのすっごい好き……。

　きっと誰しもの心の中に置き去りにされている、終わらない「あの夏」のイデアか幻影みたいな何か、の物語。
　というのは嘘ではないのですけれど、でもこういう説明だとあまりに大仰にすぎるというか、もっと何の気なしにするっと読みたいお話…続きを読む

夏の描写が淡々と語られることで、主人公のフィルターを通していつしか体感することが可能となる。
そこに過度な感情移入はなく、現在起きつつあることであるものの、同時に読者は過去をも見出す。

セミの抜け殻（亡骸）とお化け（言霊）は思考と記憶にまつわり、それによって、主人公はちっぽけかもしれないけれど節目となる「一夏」を迎える。

ほのかな現実味と重なってゆく追想とが、読者にゆたかな読後感を与えてくれる。