第12話服を買いに行く話
「ちゃんと眠れたかの?」
「はい、ちゃんと眠りました」
一睡もせずに服の勉強をしようとしたら怒られました。
そんな翌日、珍しくハクの後から起きて、お母さんみたいな確認をされているのだが。
「早くない?」
「ぬ、おぬしにしては遅かろう」
「俺じゃなくて、ハクのこと」
耳をくいッと横に曲げてごまかそうったって、そうはいかない。
今の時間は朝8時半。
いつものハクなら寝ぼけているどころか、完全に夢の中の時間である。
ましてや、寝起きの悪いハクのことだ。今の時間にはっきりと受け答えができるのであれば、起きたのは7時台のはず。
「ベッドの調子悪かった?」
「ええい、分かっておるのに勘ぐるフリをするのはやめんか」
頬を染めてそっぽを向くハクに追い打ちをするか悩んだが、これ以上は本気で怒られそうなのでやめておくことにする。
流石に出発前に足がしびれるのは避けたいのだ。
ぶっちゃけ、真面目なハクのことだから、時間に遅れないようにという考えも多分にあるのだろうが、やはり楽しみな気持ちも否定できないと言ったところか。
どちらにせよ、おれとの外出の為に頑張って早起きしてくれという事実だけでにやけが止まらないというもので。
「ほれ、朝飯は作っておいたのじゃ……。なんじゃ、そのにやけ面は」
「いやー、ハクは可愛いな。という思いが溢れてしまいまして」
「そんな幼子のように言うでないわ。これでも、おぬしの十倍以上生きとるおばあちゃんじゃぞ」
「だからこそかな」
なんじゃそれは、と不満げに尻尾を揺らしながらお茶碗に白ご飯を盛る。
小さな体ながらに、その所作は手慣れていて、子供の手伝いという感じは全くしない。
ハクが頑張って早起きしたのを見逃したのはすごく残念だけども、
それはそれとして、今の可愛いハクを見逃すわけにはいかない。
特に今日は、ハクのコーディネートという大役が待っているのである。
「……そういえば、エプロンとか無いね。割烹着のハクも見たいなぁ」
「一着だけじゃぞ」
「うぐ、割烹着は普段家事をしてくれるハクへの感謝の気持ちでして」
「だめじゃ」
にべもなかった。
昨日の交渉の末に手に入れた一着の権利は非常に重たいもののようだ。
ツーン、と澄ました表情のハクが対面に着座し、いただきますと唱和する。
「それで、どこに行くつもりじゃ?」
「ああ。ちょっと歩くけど、ショッピングモールがあるから、そこに行くつもり」
「ふむ……。まあ、そのあたりの口出しはせんでおこうかの」
思案顔に耳を倒しつつ、安い量販店ではだめなのかという言葉を呑み込んだようだ。
正直なところ、そういう考えも昨日まではあった。
しかし、一着しか贈れないのであれば、ブランドものとか関係なくハクが喜んでくれるものにするべきだと、ベッドの上で思い至ったのだ。
ハクの懸念するような、一着に全力を出すようなことは無いので安心してほしい。
ショッピングモールに行くのは、単純に比較対象が多い方が良いだろうという考えである。
と、そんなことをつらつらと語りながら、朝ごはんを食べ終える。
「そういう事ならばよかろう。期待しておると言うたのは、リップサービスではないのじゃから」
納得顔で頷いた後、楽し気に笑みを浮かべるハク。
昨夜はあまり勉強できなかったが、それでも基本は抑えた。
今俺の持てる全力をもって、ハクのコーディネートを実行することを決意する。
***
メラメラと燃える気迫のまま、ハクとモールにやってきた。
ハクは簡素な白いワンピースに麦わら帽子と、ひまわりの似合いそうな夏コーデである。
美少女がそんな恰好をしていれば、当然目立つのだが、明らかにメラメラと気迫をみなぎらせている俺を見ると、ぎょっとして避けていく。
これはこれで役に立つな。
「もうそろそろ、気を静めよ。隣に居づらいじゃろうが」
「すいませんでした」
道中は見逃してくれたけども、さすがにモール内では怒られました。
いつもの耳も尻尾も無い、外出モードのハクだが、そのルビーのように透き通った赤い瞳に、ありありと呆れが浮かんでいる。
水のように流れる白い髪は一つにまとめられたポニーテール、なるほど見方によっては尻尾のように見えるが、それは決して機嫌によって揺れたりはしないのである。
ゆえに、ゆらゆらと楽し気に揺れているのは、その根元が揺らいでいるからであって。
「んー」
「うぉ、なんじゃ。急に奇声を上げおってからに」
ハッ、いかん。ハクの可愛さのあまり感情が漏れてしまった。
驚いて見開いた目を、こちらに向けるハク。
ちょっと意気込みすぎていたので、ハクの可愛さを受け止める心の余裕が少ないのである。
「あんまり可愛いことは、今日はやめていただけると」
「なんでじゃ。わしはいつも通りにしとるじゃろうに」
「そのいつも通りが致命傷なんですよね」
「どうしろというんじゃ……」
実際理不尽である。
とはいえ、そんな軽口をたたいているうちにいつもの調子が戻ってきた。
ハクもそんな俺の様子を確認して、仕方ないのう、とでも言うかのように頭を振る。
「迷惑をかけて申し訳ないので――」
「だめじゃ」
言い切ることも許されなかった。
今ならいけると思ったんだけどなぁ。
そんな感じでいつも通りに戻った俺たちは、モールの中をゆっくりと歩いて回る。
有名というほどではないが、このあたりでは一番のモールだけあって、非常に広い。
当然、服を売っている店も多くあるわけだが。
「髪の色に合わない気がするなぁ」
「ならば、こっちかの?」
「目の色に合わないし、ちょっと主張が弱い」
カラーバリエーションだとか、季節に合わせたコーデとか、色々と知識は入れてきたのだが、どうもしっくりこない。
そもそも、ハクが芸術品のごとく整っていることもあり、素材を活かすコーデなどしようものなら、ほぼ服の意味をなさない。
かといって服を見せるコーデではハク本来の美しさを損なってしまう。
絶妙なバランスの上で、最高の一着を目指すためにも、妥協は一つもできない。
「ちょっと派手目なのは……」
「さすがに似合わんじゃろう」
「何を言いますか。ハクに似合わない服があるなら、服の方が間違ってるよ」
世の摂理である。
当然のことであるかのように言えば、ふふと困ったように笑われる。
三件ほど、そんな感じで回ったのだが、やはりどうもしっくりこない。
これ以上はハクにも迷惑だからと、いったん休憩をはさむことにした。
「ごめん、俺の勉強不足で」
「よい。おぬしが必死で考えてくれておるのに、迷惑とは思わんよ」
「優しい……。女神か」
「そのように見えるか、光栄じゃな」
茶化したように言いながら、店で買ってきたアップルジュースを差し出すハク。
それを受け取りながら、自分のふがいなさに再度歯噛みする。
ハクは何でも似合う。それは事実なのだ。だからこそ、難しい。
その白い髪にはどんな色だろうと調和するだけの優しさがあるし、その赤い瞳は下手な装飾品を一蹴するほどの美しさがある。
だからこそ、何の模様も無い白のワンピースがそこら辺のブランド物に負けないほど輝いて見えるのだ。
「でも、それじゃダメなんだよなぁ……」
「ほう、何がダメなんじゃ?」
「ハクが綺麗なのは事実だから、それだけじゃダメだよなぁ、って」
ハクの魅力に甘えたコーデでは、俺が納得できないのだ。
ジュースを飲みながら、もう一度考え直す。
カジュアルなパーカー、はちょっと子供っぽくなってしまうな。
お洒落にレースの入ったワンピース、だと普段使いには難しいか。
「考えておっても、仕方が無かろう。いくらでも付き合うゆえ、ゆっくり決めるとよい」
ふんわりと、笑顔を浮かべて立ち上がるハクに思考を断ち切られる。
確かに、ハクと一緒に居るのにハクを見ないのはもったいないよな。
ジュースを飲み干して、俺も立ち上がる。
まだ昼前だし、ハクと一緒に歩ける時間が増えると思えば、むしろ役得でしかない。
「お昼は、どこで食べようか」
「そうじゃな、せっかくじゃからファミレスに入らんか? わしはあまり食べたことがないんじゃ」
「いいね、ファミレス。俺もけっこう久しぶりだ」
店先を眺めながら、何気ない話をしながら二人で歩く。
ちょっと、思っていた以上に気負っていたらしい。
肩の力を抜いて、ハクと歩いている時間が楽しいのなら、たぶん俺の目的は達成できているのだ。
ただ、それだけでは足りないと感じてしまう、俺のわがままを満たすために、少しの時間が……。ん?
ふと、視界の片隅に映ったマネキン。
なんとなく、ハクに似合いそうな気がした。
「あっ。うーん」
「どうした? なんじゃ、あれが良いのか?」
「いや、あれだとハクの髪色と被るし、もうちょっと柔らかいコーデの方が……」
「おぬしが気になったのであれば、それが正しいじゃろ」
そう言って、ハクが強引に手を引く。
目についたのは、上が赤いレースタンクトップにクリーム色の肩出しカーディガン、下は薄い色のデニムパンツ。
全体的に活動的な装いなうえ、ハクのパーソナルカラーと被ってしまう。
ハクに似合うかにあわないかで言えば、そりゃあ似合うだろうけども……。
「どうじゃ?」
「うっ」
カッ……。
一瞬、心臓が止まったかと思った。
真っ白な肩を露出した色気、カーディガンとレースタンクトップの女性らしさ、デニムパンツで細い足が強調されている。
それでいながら落ち着いた雰囲気はそのままで、小さい体の可愛らしさは倍増している。
ハクの持てる魅力を余さず活かしたコーデに、俺の意識は遠いところに飛びかけていた。
「ふふ、その様子ならば気にいったようじゃな」
「はっ。ごめん、なんかもう。言葉が出なくて……」
「よい、十分じゃ。それで、これはどうする。プレゼント、してくれるかの?」
「はい、喜んで」
クスリ、と色気のある微笑みに、敵わないなぁとひとりごちる。
なんと言うか、考えすぎだったのだ。
ハクは嬉しそうに、服をそのまま着ていけるようにと店員に言っている。
それほど高くも無いお金を払って店を出る。
「良い買い物じゃったな」
「まったくだねぇ」
一つ結びの白髪を揺らして、楽しそうに笑うハクと一緒に、ゆっくりと歩く。
綺麗だなぁ、とチラチラと見ていると、それに気づいたハクがニヤリと何かを企んでいるような笑みを浮かべた。
「もしや、これで終わりと思っとらんじゃろうな?」
「へ?」
するりと、ハクの細い指が俺の手を摑まえる。
まだまだ、ショッピングは終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます