第13話ファミレスでお昼ご飯を食べる話
抜けるような青空の下で、手をつないで、二人で歩く。
いつになく華やかな恰好をしたハクは、おさえきれない笑みを口の端に浮かべて、俺を先導していく。
細く、しなやかな指は、俺の手をしっかりと掴んでいて、その小さな手からは、親し気なぬくもりが伝わってくる。
……のは、いいのだが。
「……あの、どこに向かうので?」
「……そういえば、そうじゃな」
ゆっくりとはいえずんずん進んでいくので、どこか心当たりがあるのかと聞いてみれば、立ち止まり、振り向いたかと思えばキョトンと真っ赤な目をまん丸にするハク。
ずいぶんと幼い顔でこちらを見るものだから、俺も同じようにキョトンとする。
二人してキョトンと顔を見合わせて数秒、どちらともなくクスクスと笑う。
「ふふふ。なんじゃ、おぬしは考えておらんのか?」
「はは。俺のプランだと服を買うまでだったからねぇ。一日丸ごとのスケジュールはまだ考えてなかったよ」
「なるほど、では昼を食べながら考えようかのう」
「あ、ファミレス行ってみたいんだっけ」
もう一度手をつなぎなおして、隣り合わせで歩き始める。
この時期だと、こうして歩いているとちょっと暑いのだけども、ハクがうっすらと調整してくれるおかげでそこまで不快でもない。
だから、のんびりと行く当てもなく歩くのも悪くはないのだが。
しれっと凄いことをしているとは感じさせないのんびりとした口調でこれからのことを話し合う。
「ファミレスか、そうじゃな。入ったことが無いのじゃが、このあたりにもあるのか?」
「あるある。ファミレスなんてどこにでもあるよ」
一つ結びの長い白髪を揺らしながら、そうかと頷くハク。
モールの中にもファミレスはいくつかあるし、当然外にもいくつかある。
好み次第では入る店を考えなければならないが、ハクは好き嫌いが無いし、初めてならば普通に美味しい店を選んでおくのが良いだろう。
「……となれば、あの店かな。ちょっと高めだけど料理がおいしいし、ドリンクバーの種類も豊富なんだよね」
「おぬしのチョイスならば、それが良いじゃろう」
信頼しきった笑顔でそんなことを言ってくれるものだから、責任を感じてしまう。
いや、昨日の時点でエスコートを期待されていたわけで、むしろ自覚が足りなかった?
ここは高級レストランへのエスコートをしなければならないのでは……っ!
「いや、それはよい。おぬしの暴走しがちなところは治らんのう」
「ハクの喜ぶ顔を見るのが趣味だからね。趣味にお金をかけるのは健全だもの」
「もっと自分の為に……と言うてもムダじゃろうな。全く、返さねばならぬ恩が増えるばかりじゃな」
「それはつまり、一生一緒に居てくれるという事では」
「一生かけても返せそうにないから、悩んでおるんじゃがなぁ」
はあ、とため息をつきながらも、まんざらでもなさそうに目を細めるハク。
確かに、最初の目的は恩返しだったわけだけども、ここ最近は俺も忘れかけていた。
正確には、考える必要もなくなったというのが正しいだろうが、どちらにせよハクとの日常を何の気無しに楽しんでいたという点に違いはない。
……雨に濡れていた狐を助けただけで、ハクとの生活が続けられるなんて、今でも信じられない気持ちがあるのに、始めのころは更に信じられなかったわけで。
だいぶ過剰な反応をしていたなあ、なんて反省をしたりもするのです。
「じゃからと言って、おごりとかは無しじゃからな」
先んじて釘を刺されたという。
ここのところ何かしらにかこつけて貢ごうとしていたので、残念ながら当然か。
今度からはもうちょっと策を巡らせて行かなければならないか。
「……どうやったら奢らせてもらえる?」
「なんでじゃ」
「だって、一応エスコート役だし。良いカッコもしたいじゃないですか」
これについては嘘がない。
一応、男としては女性とのお出かけで割り勘をするのは甲斐性が無いように感じてしまう。
ハクが気にしないだろうし、俺もハク以外だったら気にしないのだけども。
「しかしのう、今日は良い服も買ってもらえたのじゃから……」
少し照れくさそうに、カーディガンの袖をつまんで言うハク。
クリーム色ですら映えるほどの、しみ一つなく抜けるような白い二の腕。
細くはあるが、程よく肉の付いた腕は、折れそうといった不安は抱かない。
そして、当然その先には俺がいるわけで。
「あ、この店だよ。入ろう」
「ほお、良い店構えじゃな」
赤くなりかけた頬をごまかすために、つとめて明るい声で指し示す。
落ち着いた内装の、高級感のある店だ。
店員の制服もしっかりとしていて、ファミレスとしては高級店と言っていいだろう。
席まで案内されて、流れるようにメニューを手渡される。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「……ふむ。知らぬ料理もいくつかあるのう」
「ファミレスって手広いよねぇ」
メニューを眺めて、ハクがこぼす。
暇になれば料理番組を見ているハクですら知らない料理があるとは、ファミレスもなかなか侮れない。
「そうじゃな、これにしようかの」
「んー、俺はこれで」
軽く一通りのメニューを見た後、早々に注文を決める。
ハクは初めて見る料理を、俺は好きな料理を頼んだので、特に悩みもしなかった。
「あ、ドリンクバー分かる?」
「いや、わからぬ。どうすればいいんじゃ?」
「オッケー、ついてきて」
席を立って、ドリンクバーについて説明する。
難しいシステムではないし、サクッと理解できたのだが。
「……なんでジュースを混ぜておるんじゃ?」
「たまに美味しいのができるから……」
ジュースを適当に混ぜる飲み方をちょっと白い目で見られました。
「こうして待つ時間も良いものじゃな」
「普段は手を動かしながらだし、ちょっと不思議な気分だね」
そんな他愛のない話をしつつ、料理が来るのを待つ。
対面に座ったハクは、楽しそうな笑顔を柔らかく浮かべている。
何もせずに、こうして向かい合って座ることは少ないので、やっぱり新鮮だ。
観察していると、ハクが首をかしげて目を細める。
それに対して、俺も頬を緩めて、眩しいものを見るかのように目を細める。
「すみません、ご注文の品をお持ちしました」
「ああ、はい。そっちは俺ので」
「それはわしのじゃな」
見つめ合っている中に、申し訳なさそうに店員さんが料理を持ってきた。
つい長時間見つめていたらしい。ハクの綺麗な顔はいくら見ても飽きないから仕方ないね。
二人でいただきますを言って、食べ始める。
「うん、おいしい。たまにはファミレスもいいね」
「ふむ、なかなか美味じゃのう。それに、意外としっかり下ごしらえもされておる」
一口目を飲み込んで、料理人としての視点を見せるハク。
どうやらお気に召したようで、一言で食事に戻り、もぐもぐと一心に食べ始める。
真剣な表情で料理と向き合っている姿は、子供のようでとても可愛らしい。
いかんいかん、この調子では俺は料理を食えないじゃないか。
あがりきった口角を何とかしようと頬を揉み、俺も食事に集中する。
「そういえば」
珍しく一言も発さずに食事を終えかけたところで、何となく口を開く。
時間をおいて余裕が出たのか、お腹が満たされて余裕が出たのかは分からないが、ひとまずはハクの顔を見ても見とれてしまわないようにはなったので、気になっていたことを聞こうと思ったのだ。
声をかけると、ハクも目線を上げてこちらを見る。
まだ咀嚼中なので、目で続きを促された。
「こうやってお出かけはすごく楽しいし、ホントに興味本位なんだけど。これから何をするつもりなの?」
服を買い終わった後、ハクはまるで俺が帰るのを引き留めるかのように強引だった。
行く当てがないとは言っていたが、正確にはどこに行けば目的が達成できるのか知らない、という風であった。
何かしらの意図が無い限りは、ああいった行動はしないので、したいことがあるのだろうとは思い至るのだが、肝心なしたいことがサッパリ分からないのである。
これでもハクマスターを目指す男、多少のことならハクの様子を一目見ただけで分かると自負しているし、ハクにもおおよそ期待されている程度には実績もある。
それなのに、全く分からないとなると、どうしても言葉選びも慎重になってしまう。
「ああ、そうじゃ。何のことは無いぞ」
「え、いや。その反応はだいぶ怖い」
耳も尻尾も無いのに、妖狐のオーラをまといながら少し圧のある笑顔を浮かべる。
自分の提案をゴリ押す気が、ありありと全身から漂っている。
でもなんか見覚えがあると言うか、妙な安心感を覚えるのはなぜだろうか。
「何をなさるおつもりで?」
おずおずと聞いてみると、ハクは最後の一口を急いだ様子で飲み込んで言い放つ。
「サプライズじゃ」
「え」
「おぬしの服をわしが選ぶ」
「え」
「これで、トントンじゃな」
「えぇ……」
あぁ、思い出した。
これ、初日に恩返しをさせろと詰め寄られた時と同じやつだ……。
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