第34話  アサヒ

 「・・・ハイ、そうですか。分かりました。後のことはご心配なさらずに、私の方からご連絡しておきますので。・・・ハイ、ハイ、そうですね。出来る限り早いうちに、またお似合いの方を見つけて、ご紹介させていただきますので、お待ちになって下さい。

 ・・・ハハハハハ・・・ 確かに、おっしゃる通り、ちょっとゴージャスすぎたかもしれませんね。次は、もう少し抑え気味の方をご紹介できるよう、努力してみます。ご連絡ありがとうございました。では、また、失礼いたします」

 ユイは、そっと受話器を置いた。ふっと小さくため息を吐いた。それは落胆のせいではなく、とりあえず、一つの案件が終わった、という区切りをつける意味でのため息のようであった。

 洗い物をすませた後、テーブルで事務所に届いた郵便物を確認していたルカが、沈んだ声で、ユイに声をかけた。

 「3連敗ですか? 」

 事務机に座ったユイが、ルカに背を向けたまま、軽い口調で応じた。

 「アウトが3つ続いただけよ。野球に例えるなら、1回が終わったところ。野球は9回まであるんだからね」

 ルカは、心の中で毒づいた。

 (27個のアウトが続いたら、完全試合になっちゃう。アサヒさんなら、ありえるかもしれない)

 アサヒさんの見合いを成立させるために、ユイは、いつも以上に精力的に動いた。見合い相手の候補として、起業家、青年実業家にターゲットを絞った。

 業界の枠を打ち破り、新参者として割って入り、他の会社との差別化を図るために、従来にはない大胆な発想で、顧客の関心を集め、確固たる地歩を築いていく。

 出る杭は打たれる、という格言通り、新参者は既存の経営者から、あらゆる局面でバッシングを受けるハメになる。でも、それで、メゲるようでは、起業家失格だ。不屈の魂で、自ら描いた夢を実現させるために、次々に新機軸を打ち出し、実績を上げることで、数多のバッシングをはねのけていく。

 それが出来るタフな人物ならば、常識の枠に捕らわれない、ぶっ飛んだアサヒさんと意気投合し、妻に迎えられるのではないか・・・? アサヒさんの非常識さを笑い飛ばし、面白い! と楽しめる器の大きな男性。ユイが探し求めた見合い相手の候補者たちとは、そんな人たちだった。

 ユイの結婚相談所に登録している会員から探し出すのはもちろんのこと、知人の結婚相談所にも頭を下げ、理由を話して、該当する会員を紹介してもらったりもした。かつて、ここまでしたことはなかった。ギブ・アンド・テイク。助けてもらった以上、いつか別の機会に、借りを返さなければならない。負担は負担だった。それでも、ユイは構わないと思った。

 アサヒさんの頭上に輝く真夏の太陽のまぶしい光を、自らも浴びたかった。彼女の見合いを成立させることが、それを実現させるための唯一の方法だ、とユイは信じて疑わなかった。

 こうした努力の上で選び出した3人の青年実業家、いわばユイにとって三銃士だ。誰か一人でいい(複数現れては、ややこしいことになるが)、アサヒさんを妻にしたい、と申し出てくれる勇者が現れることを、切に願った。だが。結果は・・・全滅だった。

 「さすがに、世界のファッションショーで活躍したトップモデルともなると、違いますね~。美のオーラを感じます。一度、実物とお会いして、話してみたいとは思うんですが・・・何だか、けおされてしまって、お見合いをしたい相手とは思えないんですよ。自分の妻になる女性、というイメージが湧いてきません」

 「185センチですか・・・。私も180センチあって、日本人としては大きい方だと思うんですが。いえ、確かに背の高い女性を希望はしたんですが、ここまでとなると、威圧感を感じてしまってダメですね。正直言って、並んで歩きたいとは思えません」

 「良妻賢母タイプは、趣味ではない、と伝えましたが、余りにも派手というか、ゴージャスすぎて、気持ちがえてしまいます。それと、みみっちい話で恐縮なんですが、妻にすると、カネのかかりそうな人ですね。妻にする以上、もう少し堅実なタイプをお願いします」

 見合いを断ってきた三人の男性が、電話で語った理由だ。アサヒさんの肩を持つならば、反論したいことは山ほどある。けれども、見合いを仲介する結婚相談所の所長としては、返す言葉がない。見合いをイベントとして捉え、例の写真で勝負すると決意したアサヒさんの場合は、なおさらだ。おっしゃることは、ごもっともです、ただそれだけだ。

 人は見た目が9割だ、と言われている。

 見合いを受けるかどうかは、写真と釣り書きといった紙っきれで判断される。要するに、見た目だ。

 日本人離れした、突出した見た目によって、アサヒさんは世界的トップモデルにまでのし上がった。しかし、見合い相手としては、同じ見た目によって、全敗という憂き目に遭っている。禍福かふくはあざなえる縄のごとし、と言うが、この現実はいかんともしがたい。

 ユイは、アサヒさんに三回目の連絡を入れた。受話器が鉄アレイのように重い。

 もちろん、見合いを断ってきた理由をそのまま彼女に伝えるわけではない。オブラートでくるみ、やんわりとした表現で、残念ながら・・・と伝えるのだが、それでも、ユイにはこの仕事が最も苦痛だった。何度繰り返してきたか、知れやしないが、決して慣れることはなかった。

 胃が、キュンと吊り上がり、痛みを覚えることさえある。特に、同じ相手に、繰り返しダメでした、と伝えるのは辛かった。

 だが、ユイの感じた苦しさとは対照的に、連絡を受けたアサヒさんの反応は、いつもアッケラカンとしたものだった。

 「あっ、そう。今度もダメだったの。よっぽど日本人男性には嫌われてるのね~。フランスやイタリアだったら、こんなことは絶対ないのにね。次から次へと言い寄ってくる男性を、蹴散らすのに、ひと苦労するぐらいだもの。いっそ、外国でお見合いを頼もうかしら・・・。なんて、ウソ、ウソ! ユイさんを信頼してるし、期待してるわ。これぐらいの失敗でメゲたりせずに、ハイ、次! ハイ、次! って感じで、次のお相手探しをヨロシクね」

 三回ともこんな調子だった。言いにくそうにしているユイを、反対に励ますのが、アサヒさんの役割にすらなっていた。彼女に限っては、婚活疲れの心配をする必要はなさそうだった。

 (仕事終わりには、焼肉店に直行し、牛一頭をペロリと平らげるアサヒさんのことだけはある。文字通りの肉食系女子。タフでエネルギッシュだわ)

 そう思ったとき、ユイには、アサヒさん自身が、真夏の強い陽射しを放つ、太陽そのものに思えてきたのだった。

 

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